憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
 9月2日(火)、晴れ、風少し、冷たさを感じる。人多し。
毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園5時20分。虫の声あり、鳥の声なし。公園を抜けて、大堀川河口へ。川岸を歩く。水面には鴨が十数羽浮かぶ。土手に咲く月見草にさわり、残り少ない花に触る。
柏下の水路沿いの草原を歩く。昨夜来の大雨のため、草原の窪みに水がたまって、池のようだ。
 水路の対岸の土手の藪中から、盛んに虫が鳴く。ズート鳴き続ける。
 機場の林へ、昨夜の雨で、草に露が多すぎるので、藪は避けて、通路を歩く。ユリノキがまだ花を見せない。帰ってパソコンで調べたら、花期は5-6月とのこと。葉が出始めつころから、芽の見つめ続けてきているが、まだ芽が開ききってはいない。機場のユリノキは、これから開花するのだろうか? 滝はなく、水位はいつもより数十センチ低い。
 戸張側の林の中で、もも上げ体操。藪の中に咲いていた鬼百合が、除草隊に上半分を借り落とされている。残りをつかんで引いてみたら、根が浅いらしく、スポット抜けた。捨て置くのはかわいそうなので、我が家のプランタンでかわいがることにした。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。歩きはじめの水路、雨上りのため水は澄みきっていた。水の中を走る子亀あり。
 まだ、田圃は一枚も、稲刈りはされていない。
 彼方此方の草薮のなから、虫の声が聞こえてくる。虫のオーケストラを聴きながらあるく。
 目の前の水路壁から、カワセミ一羽飛び立って、先の橋の上に止まる。
 草原に結ぶ露が、正面の太陽の光をうけて、水晶の球と輝く。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路は、3本の山法師の木の下に落ちた、完熟の実を拾い、食しながら、鳥に代わって種をあちこちまき散らしながら、草原を歩く。
 帰路の、柏下の水路、今日はアオモンイトトンボに遇う。、
# by sasakitosio | 2014-09-02 15:18 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 8月29日付朝日新聞社説に、「聞きたい首相の歴史観」という見出しで、安倍首相が自民党総裁名でA級戦犯法要に送ったメッセージのことが載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 社説は、「「私人としてメッセージ」で済む話ではないでだろう。
 安倍首相が今年4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた。
 「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」
 送付先は、高野山真言宗の奥の院(和歌山県)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。
 碑は連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された。名前を刻まれている人の中には、東条英機元首相ら A級戦犯14人が含まれている。首相は昨年と04年の年次法要にも、自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付していた。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「官房長官は会見で、内閣総理大臣としてではなく、私人として行為との認識を示した。
 その上で、「A級戦犯については、極東国際軍事裁判所{東京裁判}において、被告人が平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受けたことは事実」「我が国はサンフランシスコ平和(講和)条約で同裁判所の裁判を受諾している」と述べた。
 戦後69年。このような端的な歴史的事実を、いまだに繰り返し国内外に向けて表明しなければならないとは情けない。
 日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。
 連合軍による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方がない。いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。戦後日本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。」と怒りをもって指摘した。
 最後に社説は、「首相の口からぜひ聞きたい。多大の犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、いったいいかなる意味なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。
 「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのをやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの歴史観を語ってほしい。
 首相にはその責任がある。」と、締めくくった。
 読んで知識が増えた。
 ①「高野山真言宗の奥の院(和歌山県)に、「昭和殉難者法務死追悼碑」があること。
 ②「碑は、連合国による戦犯裁判を「歴史上世界にれを見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された」とのこと。
 ③「その碑に名前を刻まれている中には、東条英機元首相らA級戦犯14人が含まれている」とのこと。
 ④「安倍首相が、今年4月、A級、BC級として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた」とのこと。
 ⑤そのメッセージの内容は「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉難者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」であったとのこと。
 以上全部に驚いた。この感覚で、自由と民主主義の名を持つ政党の総裁で居続けられる、自民党とは何なのだろうか?
 この歴史観では、安保廃棄をアメリカに提案しないのが不思議なくらいだ?
自民党の中から、異論が一つも出ないこと自体、異常事態ではなのか?
 これを日本社会が放置すれば、まちがいなく日本は、北朝鮮並みに、米欧からもアジアからも、相手にされなくなること必定だと思うが?
 これこそ日本の危機ではないか?
 社説の指摘のように、「あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。」首相の口から、是非ききたいと思った。いや、むしろ聞かない方が世界に対し、これ以上日本人が恥ずかしい思いをしなくて済むような気もしてきた。
# by sasakitosio | 2014-09-02 07:19 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 8月28日朝日新聞朝刊17面に、「あすを探る」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は千葉大教授(中東研究)・酒井啓子氏だ。今日はこの記事を学習することにした。
 筆者は、「この土地こそわが理想の地、という主張は、それを謳いあげる者にとっては実に甘美な言葉だ。かってそこに美しい祖国があった、という夢には、最も愛国心をそそる力がある。
 だが、夢に目が眩み、踏みしだく土地に他者が住んでいることを忘れてはいないか。自分たちの理想を共有しない者に、住む権利を認めない暴力が、横行してはいないか。
 7月から激化したイスラエルによるガザ攻撃は、パレスチナ側に2100人以上の死者を出すという事態に至っている。世界でも有数の人口密集地であるガザでは、イスラエルが設けた壁と検問による封鎖で、住民は外部への移動もままならない。天井のない牢獄に、空から爆弾が降り注ぐ状況に、世界中で数万人規模のデモや抗議が繰り広げられる。
 イスラエルとパレスチナの対立の根源にあるのは、イスラエルという国の建国でそこに住んでいたパレスチナ人が追い出された、そのパレスチナ人が生命と人権を取り戻すための戦いにほかならない。
 逆に言えば、パレスチナ人の生命と人権がなぜいまだに得られていないのか、ということこそが、問題である。」と切り出した。
 つづけて筆者は「そもそも、ヨーロッパで迫害を受けたユダヤ人が祖国の建設を願うに至った結果、パレスチナに異教徒、異民族が住んでいたにもかかわらず、それを追い出してまで、イスラエルという国をユダヤ人のための理想郷として造った。
 そんな国づくりをしてもいいのだ、と考えた100年前の発想と、ヨーロッパには住めないと切羽詰るまでユダヤ人が迫害され続けた、ヨーロッパの排除の歴史そのものにこそ、疑問が投げかけられるべきではないのか。
 そんな昔のことは、いまさら問い直しても仕方がない、というかもしれない。過去に問題があっても、既に70年近くその問題を前提に国際社会はうごいてきたのだから、そこは不問に付そう、と言うかもしれない。
 そもそも、自由と民主主義の国アメリカにしても、もとは理想を掲げてヨーロッパを脱出した者たちによって、現地住民に対する迫害の上に造られたわけだし。
 だとすれば、いまイラク北部に勢力を広げて住民を恐怖を与え、難民を多く生んでいる武将組織「イスラーム国」が同じようなことを考えたとしても、不思議ではないかもしれない。
 「シリアとイラクで無法と化した地域に、自分たちの理想のイスラム国をつくって秩序を与えよう。そのためには、現地住民を殺害したり追放しても構わない。理想を共有する同胞が、チェチェンや北アフリカなど、世界中から集うから」 オスマン帝国を最後に潰えたイスラームのカリフ制を再考しよう、という思想自体は、イスラーム国に限らず、さまざまなイスラーム主義者が掲げてきたものだ。
 国際社会は、イスラーム国の少数民族や少数宗派に対する不寛容な政策を懸念しているが、そんなことは歴史的に繰り返されてきたじゃないか、ほら今でもイスラエルが、などと、イスラーム国は言わないだろうか。」と指摘した。
 さらに筆者は、「かって私の土地だったという記憶をたどれば、クリミアもまた、誰の土地かが複層的に絡まる土地である。だが、どこまで遡ることが許されるのか。ロシア人の土地かウクライナ人かは紛争の渦中にあるが、かってクリミア住民だったタタール人やユダヤ人はほとんど言及されない。
 クリミヤやイラク北部の少数民族や、さらにイスラエル建国までアラブ社会の一員だったユダヤ人もまた、これまで共存の歴史を続けてきた。それを壊すのは、土地の外から聞こえる「これはわが土地」との主張である。地元社会が聞きたい声は、違う。
 これは住んでいる人たちのすべての土地だ、との言葉だ。
 外から夢を押し付ける者たちには、暴力はあるが政治はない。そこに住む多様な人々が求めているのは、多元性を調整する政治なのだが、今、政治が無い。」と締めくくった。
 読んで大変勉強になった。
 ①「イスラエルとパレスチナの対立の根源にあるのは、イスラエルと言う国の建国でそこに住んでいたパレスチナ人が追い出された、そのパレスチナ人の生命と人権を取もどすための戦いにすぎない」との指摘。
②「今イラク北部に勢力を広げて住民に恐怖を与え、難民を多く生んでいる武装組織「イスラーム国」が同じように考えたとしても不思議でないかもしれない。」との指摘。
③「「シリアとイラクで無法と化した地域に、自分たちの理想のイスラーム国を造って秩序を与えよう。そのためには、現地住民を殺害したり追放したりしてもかまわない。理想を共にする同胞が、チェチェンや北アフリカなど、世界中から集うから」オスマン帝国を最後に潰えたイスラームのカリフ制を再興しよう。と言う思想自体は、イスラーム国に限らず、さまざまなイスラーム主義者たちが掲げてきたものだ」と指摘。
 ④「クリミヤやイラク北部の少数民族や、さらにイスラエル建国までアラブ社会の一員だったユダヤ人もまた、これまで共存の歴史を続けてきた。」と指摘。
 その他、アメリカの建国の歴史、ヨーロッパでのユダヤ人迫害の歴史、は刺激的だった。
 最後に「外から夢を押し付けるものたちには、暴力はあっても政治はない。そこに住む多様な人々が求めているのは、多元性を調整する政治なのだが、今、政治が無い。」と指摘はその通りだと思った。それが、双方の住民の不幸の元だと思った。
# by sasakitosio | 2014-09-01 20:42 | 東京新聞を読んで | Trackback
 9月1日(月)、小雨、風あり、人少なし。
毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時半。虫の声少しあり、カラス静かに飛ぶ。公園のソメイヨシノが、黄色くなった葉を盛んに落としている。
 例年、桜の葉も紅葉していたような気がするが。気象の異常現象の現れか?
 桜の葉が、黄色いままで散ってしまい、木の下は枯れ葉でいっぱいだ。
 公園を抜けて、大堀川河口へ。水位が下がって、河口の中州が一段と広がったような気がする。水面に鴨やハクチョウが遊ぶ。
 土手の斜面の藪には、刈残された数少ない月見草が、曇り空の中、黄色い花を咲かせていた。
 柏下の水路沿いの草原を抜けて、機場の林へ入り、通路を通って、滝を見る。そばにネコジャラシと雌日芝の草薮の中に、一段高く月見草が5本立っている。藪なればこそ冴える月見草の黄色だ。
 戸張側の林の中で、虫の声を聞きながら、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。田圃の稲は、まだ一枚も刈られていない。
 ヒドリ橋に近い水路壁で、いつもカワセミを見るところを、少し離れて覗いてみたら、おおー、雨にぬれながらカワセミが二羽ならんでいるではないか。
 驚かせないように芝生を避け、緑道を歩いて遠まわりをして、先から確かめたら、その時はまだ二羽がじっとしていた。
 帰路には、もうどこかへ行ってしまっていたが。
 ひどり橋近くの葦原や、木の枝には数え切れないほどスズメが囀り、飛び回っていた。近くには実って黄金色した稲穂穂が頭を垂れている。スズメが収穫祭をしているのかもしれない。
 ひどり橋、よこの柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路、カワセミは、居なくなっていた。山法師の赤い実を拾って食す。機場の通路に面した、沼の藪から、イッピツケイジョウの声がした。藪が影になり、小鳥の姿が見えない。
薮に向かって、おはよう、おはよう手を振りながら声をかけていたら、小鳥が藪から飛んで出て、目の前の樟の天辺に止まった。手を振り、声をかけども、逃げもせず、鳴きもしなかった。
# by sasakitosio | 2014-09-01 13:20 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 8月28日付東京新聞朝刊24・25面にわたり「こちら特報部」の記事があり、縦横大見出しが、下記の内容で躍る。
「辺野古ジュゴン訴訟の行方」。
「建設暗礁乗り上げも」。
「米文化財保護法が根拠」。
「工事車両 基地出入り禁止問う」。
「早ければ半年で結論」。
 今日は、この記事を学習することにした。
 まず記事は、「米軍の飛行場移設工事が強行着工された沖縄県辺野古沖は、絶滅危惧種に指定され、国の天然記念物でるジュゴンの生息域だ。着工の直前、米サンフランシスコ連邦地裁は、日米の自然保護団体などが米国防総省を相手取り、事実上の工事中止を求めた追加の申し立を受理した。早ければ、半年以内に結論が出るという。認められれば、工事は再び暗礁に乗り上げることになる。
 名護市から東に約7キロの海域で26日、ジュゴンがアオウミガメと並んで泳いでいる姿をNHKのヘリが撮影した。海底調査に着手した17日以来、メディアにその姿が確認されたのは3回目だ。
 移設中止に向け、米国防総省を相手取り、ジュゴンの保護を求めて米サンフランシスコ連邦地裁で争ってきた日米の環境保護団体や沖縄の地元住民らは今月1日(米現地時間7月31日)、同地裁に工事中止の追加の申し立てをした。
 申し立ては即日、受理され、既に裁判官も選任。原告、被告双方の代理人による話し合いも始まった。
 ジュゴンも原告とした、この沖縄ジュゴン訴訟は2003年に始まった。原告側がジュゴンの保護を託す法律は米国の文化財保護法(NHPA)だ。
 この法律は米国内だけではなく、世界の文化財を保護対象にしている。ジュゴンは日本の文化財保護法で、天然記念物に指定されている。文化財ゆえ、米政府はNHPAによって、日本のジュゴンの保護措置を取らなければならないというのが原告側の論理だ。
 国防総省はNHPAの対象は建造物と主張したが、連邦地裁は05年ジュゴンを保護対象と認定。08年には国防総省に対し、辺野古への米軍飛行場移設では、ジュゴンへの影響を「考慮」するよう命じた。
 米国内でのNHPA適用の初適用で、原告側の事実上の勝訴だった。
 ところが国防総省は、新たな保護策を打ち出すどころか、日米の調査に基づき「移設工事によるジュゴンへの影響は限定的」と結論づけた報告書を今年4月に連邦地裁に提出した。これが今回の着工の一因になっている。
 原告側はジュゴンへの影響を「考慮」した措置とはいえないと反発。原告団に加わる「日本環境法律家連盟」の籠橋隆明弁護士は「国防総省の報告書は不十分なうえ、関係団体との協議もしていない」と語り、今後の裁判で国防総省の対応の是非を争う方針だ。
 移設計画は米軍キャンプ・シュワブの沿岸を埋め立て、二本の滑走路を基地内から大浦湾に延ばす。
 付近にはジュゴンの餌の海草藻場が広がる。
 今回の追加申し立ては具体的には、キャンプ・シュワブの管理者である国防総省に対し、同基地内に移設工事の関係車両を立ち入らせぬよう求めている。
 工事は日本の防衛省と契約業者が担っているが、キャンプ・シュワブに入ったり、そこを足場にしない限り、物理的に滑走路の新設工事は進めることができない。
 籠橋弁護士は「日米地位協定で、米国は米軍基地に排他的管理権を持つ。つまり、基地への出入りには米軍の許可が必要で、それは米国の法律、司法判断に縛られる。申し立てが認められれば、工事は事実上できなくなる」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「問題は連邦地裁の判断の行方だ。日本では、安全保障など「高度の政治性」に絡んだ訴訟は「統治行為論」などにより、司法が及び腰になりがちだ。環境団体の力も限られている。
 しかし、今回の舞台は米国。しかも裁判の途中ではいったん勝っている
 「世界最強の軍隊」を誇る米国だが、環境団体もパワフルだ。加えて、裁判所も安全保障に「環境」が優先するような大胆な判断をいとわない。これまでにも、新基地の建設や新兵器の利用が差止められた例は少なくない。
 ジュゴン訴訟の原告の一人である「生物多様性センター」のピーター・ガルビン氏は、02年には「渡り鳥を危険にさらしている、渡り鳥保護条約違反」と主張し、西太平洋の米自治連邦区、北マリアナ諸島での海軍の砲撃演習の中止を求めて、ワシントン連邦地裁に提訴。認められて、演習をやめた実績がある。
 03年には米ノースカロライナ州東部で、海軍機の夜間の離発着訓練用の基地を新設する計画が浮上。それに対しても、複数の環境団体が中心となって「環境保護法違反」と地元の連邦地裁に訴えて勝訴。控訴審にも勝って、国防総省は08年に計画を断念した。
 変わり種では「海軍の対潜水艦用の新型音波探知機(ソナー)が鯨やイルカに」悪影響を与える可能性が高く、環境保護法などに違反するという主張が、今回の舞台であるサンフランシスコ連邦地裁で02年に認められた例もある。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「今回の追加の申し立てでは、国防総省が4月に連邦地裁に提出した報告書の中身が焦点となる。この内容が十分か否かが争点だ。
 この報告書は、日本政府の環境アセスメントと、米海軍が委託した専門家チームが09年7月から翌10年3月にかけて作成した文書が基になっている。専門家チームによる文書は未公開になっているが、それを基にしたA5判25ページの報告書では、辺野古沿岸部にはジュゴンの餌となる海草があり、目撃情報があることにも触れている。
 しかし、結論は「影響は限定的」としている。
 これに対し、原告側は追加申し立てで「文化財保護法では、原告などの利害関係者との協議に基づいて報告書は作成されるべきだ」と主張。さらに、今年5月から7月にかけての市民の調査で、ジュゴンの海藻の食跡がシュワブ沿岸で118本も見つかったと指摘している。報告書には記されていない有力な情報だ。判断は早ければ、今年末か、新年早々にも出るとみられている。仮に原告側が勝てば、国防総省が控訴することは必至だが、二審判決までの間は、キャンプ・シュワブに移設工事の関係車両は入れなくなる。
 今回の申し立てなどジュゴン裁判にについて、沖縄防衛局は日米の環境団体と国防総省の間で争われていることから「コメントする立場にない」としている。
 原告の一人、島袋安奈さんは今月一日記者会見で「ジュゴンが暮らす生きた海を埋め立てて基地をつくることを、人間だけで決めていいのか。海は世界みんなの財産と考えて、沖縄の未来を平和に向けて進めていきたい」と訴えた。
 原告の代理人弁護士マーチン・ワグナー氏は「基本的精神として、米国は他国の文化財を壊さぬよう、あらゆる努力をすべきだ。米国の国内法も国際法もそれを求めている」と話す。
 前出のガルビン氏は「国防総省は08年に事実上、違法状態を指摘されながらも、姿勢を変えず、連邦地裁の心証は悪いはずだ。報告書も私たちが知らない間に提出され、これもマイナス材料。経験上、追加の申し立ては原告有利に進むのでは」と自信を示した。」と教えてくれた。
 読んで、為政者、権力者よりも、多くの国民が英知を結集すると、すごいことができるものだと、感心した。
 辺野古沖の埋め立てを阻止する、大手門からの、真正面・真っ向勝負は、沖縄知事選であり、国政選挙だ。それには少し間がある。
 いわゆる「ジュゴン訴訟は」からめ手からの、辺野古埋め立て阻止の戦いだ。米軍基地の治外法権を立てに取った、知的に巧妙さを感じさせる、素晴らしい戦術でなないか?
 今回の沖縄ジュゴン訴訟は2003年に始まっており、連邦地裁は05年にジュゴンを、米国の文化財保護法(NHPA)で保護対象と認定し、米国外でのNHPA適用の初適用で、原告側の事実上の勝訴だったとのこと。
 その事実の延長線上で、今月1日(米現地時間7月31日)に工事差し止めの追加の申し立てをしたとのこと。
 申し立ては即日受理され、既に裁判官も選任。原告、被告双方の代理人による話し合いが始まったとのこと。
 そして、アメリカの裁判所は、記事中で紹介されているように、裁判所も安全保障に「環境」が優先するような大胆な判断をいとわない、とのこと。つまり、日本では、安全保障など「高度の政治性」に絡んだ訴訟は「統治公論」などにより司法が及び腰になりがちが、アメリカは三権分立が機能しているらしい。
 しかも、判断は早ければ、今年末か、新年早々にも出ると見らているとのこと。
 アメリカでのジュゴン訴訟の結果に、大いに期待したいと思った。追加の申し立てが受理された直後に、工事を急いだ政府の考え方が、理解できない。
# by sasakitosio | 2014-09-01 07:38 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月31日(日)曇り、風あり、草に露あり、人多し。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時50分。虫の声、少し。公園を抜け、大堀川河口へ。鴨数羽、ハクチョウ三羽岸により、ハクチョウ三羽は遠くで、水遊び。
 時々、月見草の黄色い花が見つかる。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。無視の声が聞こえる。
 機場の林へ入り、草薮を歩く、楠をはじめ常緑樹に新芽が生えている。新芽は春先によく見るが?中で、葉の中に赤い実のようなものが見えた。ごつごつ感のある緑色の実の一部が赤ピンクになってた。葉っぱ、幹の色で、コブシと確認。
 通路の草薮に月見草が一本立っていた。黄色が爽やかだ。
 滝は、濁った水を落とし、音を立てていた。
 戸張側の機場の林で、虫の声を聞きながら、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。稲穂は深々と頭を垂れている。今日もすスズメの団体はなし。
 ひどり橋近くの萩の植込みは、蕾がいっぱいにつき、朝露と蕾の重さで、枝先が地に就くほど、枝垂れていた。
 ひどり橋、横にある柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路、花で確かめておいた、コブシの下で、コブシの実をさがしたら、機場の林のものよりは少し小ぶりだが、緑のごつごつした実の一部が赤ピンクになっていた。
 帰路、落ちている山法師の実を拾い、戸張下の水路沿いの草原を歩く。途中、カワセミ一羽、水路壁にとまっていた。先に気付かれて、逃げられた。
 機場の林の近くへ来ると、沼の方からイッピツケイジョウの声がする。沼に立つ柳の大木の天辺を探したが見当たらない。声を頼りに、探すと。緑道近くの沼に立つ、一本のアシのうえで囀っていた。近づいて、手を振る、なぜか逃げない。何回もてを振って、あいさつ。クチバシを上にして、くちばしが開いているのが分かるほど、思い切りイッピツケイジョウと鳴いてくれた。私が遠ざかっても、しばらくイッピツケイジョウが聞こえていた。
 柏下の水路沿いの草原では、ショウジョウトンボが数匹、歩く先々に舞っていた。
# by sasakitosio | 2014-08-31 18:55 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

戦争する理由

 8月28日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、このに記事に学ぶことにした。
 筆者は、「最近の政治と社会は戦争へ転がり落ちて行った暗い時代を思い起こさせるという議論がある。小さな幸せもあった昭和初めの庶民の暮らしは、満州事変以降ファシズム体制に飲み込まれ、敗戦で荒廃の極みに達した。この間、わずか15年。
 思想統制があったにせよ、国民がファシズムを支持したというのがポイントだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「他方、民主主義の下でなぜ戦争が起きるのかを知るには米国の例が重要だ。実際、米国は建国以来、国際紛争の解決のために戦争やクーデター支援やジェノサイド(民族大量虐殺)を躊躇してこなかった。フィリピン植民地化、中南米独裁政権の支援、(ブラジル、チリ、グアテマラ等)、ベトナム戦争など。湾岸戦争やイラク侵攻もそうだ。
 ルーベンスタイン著「殺す理由」はこう説明する。
 米国人の生命・財産・海外権益だけでなく、自由や文明秩序といった米国的価値観を邪悪な敵が侵害する時に限り、つまり米国の拡大された「自己」の自衛権行使として米国民は戦争に同意するという。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「同書は邪悪な敵とは自分の影の分身であり、戦争とは紛争解決努力の否定だという。
 軍備拡張と政治的弾圧の中国や北朝鮮が戦前日本のデフォルメした姿であり、安倍政権の奉じる国家主義の行き着く先あるからこそ、仮想敵とされるのであろう。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。特にルーベンスタイン著「殺す理由」に
 ①「米国人の生命・財産・海外権益だけでなく、自由や文明秩序といった米国的価値を邪悪な敵が侵害する時に限り、つまり米国の拡大された「自己」の自衛権の行使として米国民は戦争に同意する」、とあるとのこと。
 ②「邪悪な敵とは自分の影の分身であり、戦争とは紛争解決努力の否定」、とあるとのこと。
 この視点は、アメリカの過去と現在と将来を見る上で、大切なことのような気がした。
 筆者の「軍備拡張と政治的抑圧の中国や北朝鮮が戦前の日本のデフォルメした姿であり、安倍政権の奉じる国家主義の行き着く先であるからこそ、仮想敵とされるのであろう」との指摘は、なるほどそういう見方もあるかと新鮮な気がした。
 
# by sasakitosio | 2014-08-31 10:29 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月28日付東京新聞朝刊9面に、「「イスラム国」兵士100人」と言う見出しで、「米国人兵士のイスラム国参加」についての記事が載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 記事は、「「ワシントン=斎藤保伸」米国務省のハーフ副報道官は26日、CNNテレビのニュース番組に出演し、シリア国内で最大百人の米国人が兵士としてイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」などに参加していることを明らかにした。米当局者が具体的な数字に言及するのは異例で、米国人のイスラム過激派への関与の実態に衝撃が広がっている。」と切り出した。
 つづけて記事は、「ハーフ氏はこれまでの記者会見で、シリアやイラクの紛争に欧米を含む約1万2千人の外国人兵士が加わり、米国への大きな脅威になっていると指摘するなど危機感を示してきた。
 ロスアンゼルス・タイムス紙は司法当局の者の話として、過激思想に共鳴する欧米からの合流者が3千人いると報じている。
 イスラム国は米本土を含む西側諸国をテロ攻撃の長期的目標として掲げている。
 USAトゥデー紙によると、米国ではイスラム教徒の人口が急増中で200万人を超えるとみられている。現在、その半分以上が移民だが、中には米国社会にとけこめず、反感を抱いてイスラム国に移るケースがあると指摘されている。
 AP通信によると、連邦捜査局(FIB)のコミ―長官は「過激派に参加するためシリアへ向かう人が広範になっており、把握が難しくなっている」と述べた。
 米国人、ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏が「イスラム国」に処刑された事件では、実行犯が英国人見られている。
 一方、ホワイトハウスは26日、シリアで米国人男性が死亡したことを確認。ニューヨーク・タイムズ紙はこの男性がミネソタ州出身の33歳で、「イスラム国」の兵士として戦闘に参加した米国人で最初に死亡したケースと報じた。
 ミネソタ州ではこれまでもイスラム教徒が10人単位で過激派の戦闘員としてシリアに出国したケースあると地元ラジオ局の「MPR」が報じている。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「オバマ大統領は9月下旬の国連総会にあわせ、過激派への外国人流入を阻止する方策の検討のため、安保理首脳級会合を主催する方針。」と教えてくれた。
 この記事を読んで、驚いた。
 ①「シリアやイラクの紛争に欧米を含む約12000人の外国人兵士が加わり、米国への大きな脅威になっている」とのこと。
 ②「イスラム国は米国本土を含む西側諸国をテロ攻撃の長期的な標的として掲げている。」とのこと。
 ③「米国のイスラム教徒は200万人をすでに突破。・・・中には米国社会に溶け込めず、反感を抱いてイスラム国へ移るケースがある」とのこと 。
 ④「オバマ大統領は9月下旬の国連総会にあわせ、過激派への外国人流入を阻止する方策の検討のため、安保理首脳級会合を主催する方針、」とのこと。
 上記の記事は、アメリカのテロとの戦いが、いたるところに反米勢力を産み、国内にも米国に反感をもつ者を増産しているようだ。格差の拡大が、さらなる格差を生み、国内外に亀裂を生んでいるような気がした。
 テロ対策は、集団的自衛権の行使や、軍による封じ込め策ではなく、世界的規模での「格差対策」が不可欠のような気がしてきた。
 
 
# by sasakitosio | 2014-08-31 10:23 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月28日付東京新聞社説に、「苛烈な現実を見た判決」と言う見出しで、「自殺と原発」の福島地裁の判決が載った。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「自殺と原発事故の因果関係を認めた福島地裁の判決は、苛烈な避難生活を直視した結果だ。「東京電力はストレスによる自殺も予見できた」と述べた。東電も国も、血の通った対応が迫られよう。
 2011年7月に自宅で焼身自殺した58歳の女性がどんなにつらい立場に置かれていたか、判決文からも如実に伝わってくる。
 生まれてからずっと福島県川俣町に住んでいた。夫と子ども三人を育てて、00年には自宅を新築した。
 そこに東日本大震災と福島第一原発事故が襲った。女性の家は計画的避難区域に指定され、福島市内でアパート暮らしをせざるを得なかった。
 農場での仕事を失い、家族や地域の共同体とのつながりも失った。住宅ローンの支払いも残っていた。帰還の見通しがたたないまま、心細い避難生活を続けるーー。
「ストレスは非常に強いものだった」「耐えがたい精神的負担を強いて女性をうつ状態にした」と判決が述べたとおりだろう。
 特に東電に対して、「事故が起きれば核燃料物質が広範囲に飛散し、居住者が避難を余儀なくされ、さまざまなストレスを受けて自死に至る人が出ることも予見できた」と明確に言い切った。
 自殺と原発事故との因果関係をはっきり認めたことは重い。他の訴訟にも大きな影響を与えよう。」と指摘した。
 つづけて社説は、「原発事故の避難中に病気や自殺などで亡くなった「原発関連死」は本紙独自調査で少なくとも1千人を超す。昨年三月から約260人増えている。
 内閣府が公表している「震災関連自殺者は」福島で56人に上っている。この自殺者数は、11年10人、12年13人、13年に23人とむしろ時がたつほど増えているのが特徴だ。今年も既に10人に達している。
 阪神大震災でも震災後3年から、ストレスによるアルコール依存症などが増えたと言われる。これが意味するのは、当然、避難生活が長期化すればするほど、ストレスはドンドン蓄積され、人間の心や身体を蝕んでいくことだ。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「地域防災計画は、まず災害時の非難に重点をおいている。それは当然のことだが、長期にわたる避難生活に伴う心身のケアにももっと目配りするべきだろう。
 東電や国は責任を痛感してほしい。「真摯に対応する」とコメントした東電は、そのことば通りにすべての被災者に真摯な対応をしないと、さらなる怒りを買う。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 自殺と原発事故の因果関係をはっきり認め、「東京電力はストレスによる自殺も予見できた」と明確に言い切った「この福島判決」画期的な判決だと思った。丁度、多重債務問題で、行政や立法では既得権益を打破できず解決できなかったのを、判決が解決してくれた。それを思い出した。
 政府や国会が、電気マネーで金縛りにあって、被災者国民の立場に立って「法の運用、新規立法」ができないまま時が過ぎてきた。福島地裁の判決は、原発事故と自殺の因果関係、その予見性を明確に認めた「画期的判決」で、これからの同種の裁判に影響することは間違いないと思った。
 この判決をみて、久しぶりに三権分立が国民の権利を守るために機能したような気がした。この判決が、被災者の励ましになること間違いなし、と思った。
# by sasakitosio | 2014-08-31 08:10 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月25日付東京新聞社説に、「語らねば、伝えねば」の見出しで、満蒙開拓団のことが載った。
 今日は、この社説を学習することにした。
 社説は、「国家は時に、自国民を平気で犠牲にします。昭和の戦争がそうでした。その渦中で進められた国策「満蒙開拓」も・・・。これは遠い昔の物語でしょうか。
 一冊の本が手元にあります。
「証言 それぞれの記憶」という百ページにも満たない冊子ですが、そこには、数えきれない命の記憶が詰まっています。
 戦前から戦中にかけ満州(現中国北東部)へ移民し、敗戦時に、地獄の思いを味わった13人が絞り出すように語った体験を書き起こした証言集です。
 昨年、長野県阿智村にできた民間施設「満蒙開拓平和記念館」のスタッフが聞き取り、来館者の要望に応えて発行しました。
 戦後、堅く口を閉ざしていた、あの戦争をじかに知る人々が、ようやく語り始めました。それほど惨い体験だったのです。満蒙開拓も例外ではありません。
 「開拓じゃないに。中国人を追っ払って、既に開墾してあったところに入ったんだから。後ろ盾には日本軍がいて・・」
 先の証言集からの引用です。
 入植直後から、意図せずとも自分が「侵略」に加担させられれている、と気づいた移民は少なからずいたのでしょう。証言は、その無念の思いの吐露なのです。
 1932年、現中国東北部に日本の傀儡国家、満州国が建国された後、貧困にあえぐ農村救済のためなどと、移民は国策で満州に送り込まれた。
 「20町歩の大地主になれる」と入植を進められた農家も多く、その総数は、開拓農民を中心に27万人に達しました。
 しかし終戦後に突然、ソ連軍が侵攻、関東軍には置き去りにされた。逃避行の途中で、その半数以上が集団自決や病死、行方不明という惨禍に。離散した家族の子どもらは中国人に託され、残留孤児、婦人になったのです。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「戦争とは、人と人とが殺し合うことです。領土や宗教、民族、資源などその理由はさまざまでも、「国を守る」ため、国家や権力者が敵をつくる。だが、実際に戦場に行かされ、血を流すのは普通の人々、弱い立場の人々です。
 あの昭和の時代、国家統制が強まる中でも、戦争や戦場は遠いよそ事のような日常が続いた。「お国が言うなら」と流されがちな当時の世相や国民性が、満蒙開拓と言う国策を推し進めた背景と無縁ではありません。開拓民も、戦場に巻き込まれるとは思いもよらなかったでしょう。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「命や教訓を次代に繋ぐ方法は語りや文章に限りません。
 映画監督の山田火砂子さん(82)は、年内の公開に向けて作品「望郷の鐘~満蒙開拓団の落日」を制作しています。東京大空襲で命拾いをした経験を持つ山田さんは「戦争のひどさを伝えて行くのが私たち世代の務め」と言います。
 戦後「残留孤児の父」と慕われた阿智村の住職、故山本滋昭さんが主人公です。地元開拓団の教員に請われて心ならずも渡ったが、自身はシベリアに抑留され、妻子とは生き別れてしまいます。
 72年の日中国交正常化の翌年に、滋昭さんは独力で「日中友好手をつなぐ会」を設立。その活動は全国に広がりました。
 仲間らと中国に残された孤児の帰国支援や肉親捜しに奔走。一人で4万通を超える文通や交流を重ねました。死んだとされていた長女とも対面を果たし、90年に88歳で亡くなるまで、心は日中を行き来していた。
 これら民間の活動が無ければ、長く帰国者の問題に目を背けてきた国の償いも支援も、さらに遅れていたでしょう。
 中部の「手をつなぐ会」代表理事」の林隆春さん(64)=愛知県一宮市=は「それでも二世、三世の仕事は今も派遣や非正規が多い」と見ています。滋昭さんら先人の遺志を継ぐという林さんも決意を聞いて、あらためて思うのです。
 国家や権力者の都合で、最後に犠牲になるは誰なのか、と。 」と教えてくれる。
 最後に社説は、「安倍政権の集団的自衛権の閣議決定は、憲法の論議も、国民も置き去りでした。
 沖縄戦の、ひめゆり学徒隊の惨劇の証言を今も続けているのは、86~89歳の9人だけです。多い時は30人いた。ひめゆり平和祈念資料館では10年余りかけて後継者を育てています。
 広島の被爆体験の証言者は恐らく百人前後しかいないと指摘する人もいます。そして「ほとんどの人が話したがらなかったが、まだ今なら間に合う」とも。
 危うい空気を感じるから語りたがらなかった人々が、あえて凄惨な過去を振り返り始めた。
 それに学び、行動しないことには、無関心や傍観者だった、あの時代と重なってしまうのです。」と締めくくった。
 読んで、満蒙開拓団のことが、少しわかった。
 「戦争とは、人と人が殺し合うことです。領土や宗教、民族、資源などその理由はさまざまでも、「国を守る」ため、国家や権力者が敵をつくる。だが、実際に戦場に行かされ、血を流すのは普通の人、弱い立場の人々です」との社説の指摘は、その通りだと思った。だから、普通の人びとは、権力者が威勢のいいことをいって、戦争の準備を始めたときに、自分及び家族が真っ先に、戦争に行かされ、血を流させられるということを考えなけれなならないと思った。そして、普通の人びとは、皆が皆、特定秘密保護法や集団的自衛権に賛成した政党、議員には間違っても投票しないようにしたいものだと思った。
# by sasakitosio | 2014-08-31 07:51 | 東京新聞を読んで | Trackback