憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
 1月29日付東京新聞社説に、「代表質問 「民意」をぶつけてこそ」の見出しで、国会の代表質問に関する記事が載った。
 今日は、この社説を勉強することにした。
 社説は、「安倍晋三首相の施政方針演説に対する各党代表の質問が始まった。政府の進める政策が、国民の思いや願いとかけ離れてはいないか。国会は政権監視の責務を自覚し、執拗に正さなければならない。」と、切り出した。
 つづいて社説は、「前略。民主党の海江田万里代表は、安倍内閣に、「経済」「外交」「国の在り方」という三つのリスク(危険)があると指摘し、「平和と民主主義を脅かす動きに対して断固として戦うと宣言」した。首相が施政方針演説で「政策の実現を目指す「責任野党」とは、柔軟かつ真摯に政策協議を行う」と秋波を送ったことに対する民主党の回答だろう。野党の姿勢としては当然である。
 世論調査結果を見ると、安倍内閣の支持率は50%台でも、個別政策では全面的に賛同しているわけでないことがうかがえる。
 例えば集団的自衛権の行使容認だ。首相は答弁で「我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中、安全保障の法的整備を再構築する必要がある」と積極姿勢を示したが、最新の共同通信世論調査では半数以上が反対している。
 また、首相が「効果的な運用が図られるよう施行準備を進める」と答弁した特定秘密保護法も、世論調査ではそのまま施行すべきとの回答は20%に満たない。選挙結果はもっとも重要ではあることに異論はないが、世論調査に現れた「民意」と大きくかけ離れた政治もまた、あってはならない。」と指摘した。
 最後に社説は、「政治に携わるものは民意に敏感であるべきだ。とくに野党は、国民の思いや願いを政権側にぶつけ、暮らしをよくする政策の実現に尽力することが責務である。
 安倍内閣は「政権暴走」批判を気にしてか、野党の取り込みに懸命だ。施政方針で「責任野党」とは政策協議を行う姿勢を表明し、実際、みんなの党に対して協議を呼びかけたことも、その一環だろう。
 法律をつくり、政策を実現するのは国会の仕事だが、それが政権に都合のいいものであってはならない。政権にすりよる政党には未来はないと心得るべきである。」と締めくくった。
 社説には、全体に野党がだらしないのに、またまた政権に擦りよる一部野党に、いらだつ気持ちがうかがえる。
 しかし、もともと、政権内での不満分子が野党化しただけの「不満分子野党」は、政権側から得な誘いがあれば、それになびくのは格別不思議なことでも、非難すべきことでもないような気がする。世界観、政治的理想・哲学なき政党に多くを期待することが、所詮ないものねだりのような気がするが?
 
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# by sasakitosio | 2014-02-02 13:58 | 東京新聞を読んで | Trackback
 1月29日付東京新聞朝刊5面、「私説 論説室から」という署名入り囲み記事がある。筆者は、久原穏氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「久しぶりに舌鋒鋭いご高説を賜りたく同志社大の浜矩子教授の都内の講演に出かけた。
 「経済活動とは人間による人間のための営みだ。人間への配慮がかけらもないアベノミクスは経済政策に値しないのである」「安倍政権の本質は「富国強兵」だ。秘密保護法から憲法改正という「強兵」を支えるための「富国」策がアベノミクスだ」「強い日本を取り戻す、とか、ぼくちゃんが世界一という思想は他国に脅威を与え、グローバル化の中で孤立するだけだ」・・・“浜節”がさく裂した。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「なるほど安倍晋三首相の24日の施政方針演説を読むと、出るわ出るわ。「世界最先端の・・」「世界に冠たる・・」「世界最高の・・」と。33ページの原稿中に「世界」が35か所、その半分が世界一を目指す意味である。」と指摘した。
 さらに筆者は、「グローバル経済は一見すると弱肉強食のようだが、実は違う。国境を越えて部品の供給や水平分業といった相互依存で成り立つ「共生社会」である。そこには覇権主義的な思想は異端だ。経済成長さえすれば、すべてが解決するような単純な発想が怖い。働く人を犠牲にして、いったい何を取り戻そうというのか。」とも指摘した。
 最後に筆者は、「昨年の株高は外国人投資家の過去最高の買い越しが演出した。株バブル政策を見抜き、「ひと儲けさせてもらう」狙いが明らかだ。
 首相は「バイ・マイ・アベノミクス(買いですよ)」と必死だが、市場の「バイバイアベノミクス」の宣告も遠くない?」と締めくくった。
 浜矩子教授の署名記事を新聞で読ませていただく度に、いつも歯切れの良さに、関心しています。筆者の視点にも共感いたします。
 過日の新聞報道で、1143兆円が国の借金総額の記事を見た。国民の貯蓄総額に、届きそうだ。「いいしみ」とごろ合わせしたが、どうでも美しくない。国債で予算を組み、公共事業に大盤振る舞い。おかげで、公共事業部門は、過熱気味で、職人の賃金が上がっているらしい。入札も業者不足との話が巷にで始めた。これって、タコ足でないのか?気が付いたら、足の無いタコ、ダルマだこになっているなんて、想像したくないが?国の借金の担保に、国民の貯蓄がなっている、なんてことはないと思うが?
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# by sasakitosio | 2014-02-02 09:25 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月1日(土)。晴れ、東の空に雲あり。風なし、草の葉に霜少しあり。人あり。
 入りの柏公園6時半。空に金星あり。お日様まだ雲の中。空は白っぽい青空。柏公園から、金星を見ながら、柏下の水路沿いの草原を歩き、機場の林へ。機場の林は小鳥のさえずり、を聞き。金星を仰ぎ、体操。体操の最中、沼側から、田圃に大きな鳥が着地、キジだ。それが頭を垂れながら、目の前をつーつーつーつーと走った。そのあとに、また一羽キジが田圃に着地。同じようにつーつーつーつーとは知る。記事はなわばりにうるさい鳥だが、どうなることかと思って見ていたら、一匹がもう一匹を追いかけ、追いかけられた方はケーンと鳴いて飛び立った。後を追ってまだ許さないと、また一羽飛び立った。
 戸張下の水路沿い、霜の降りた草原をヒドリ橋まで、歩く。
 ひどり橋からの帰路。緑道沿いの紅梅二本、一木は満開10輪、今一木は満開14輪。梅の香りを嗅ぐ。
 草原へ降り、田圃側の水路の土手を歩く。土手に生える数本の「柳」は、赤い目がほとんど開き「綿の芽」になっていた。 気を付けてみると、山吹も赤い小さな芽、雪柳も赤い小さな芽、をつけていた。感動ものは、小指大の立派な赤い芽を見せている、栃の樹だ。
 やはり、春の近いことを、教えているのか?
 朝日を背に歩く草原、銀の砂をまいたように、草の根に光り輝くもの無数。
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# by sasakitosio | 2014-02-01 20:09 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

政権は謙虚であれ

 1月29日付東京新聞朝刊1面に、「秘密保護法 言わねばならないこと」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、漫画家・小林よしのり氏だ。今日はこの記事に学ぶことにする。
 筆者は、「安倍晋三首相はテレビなどで「報道の自由を保障する」と言い回っているが、騙されてはいけない。裁判になれば法律は条文の解釈をめぐる闘いになる。後でくっつけた「報道・取材の自由」への配慮規定はあくまで「配慮」であり、報道の自由を完全に保障する条文にはなっていない。」と、鋭く、極めて現実直視の指摘をした。
 つづけて筆者は、「政府は、特定秘密保護法を作るのは「米国から情報を入手するため」と説明するが、提供される情報は本当に正しいのか。イラク戦争の大義とされた大量破壊兵器はイラクにはなかった。米が謀略を仕掛けたトンキン湾事件のように、うその秘密かもしれない。
 報道はそれを暴いて国民に知らせなければいけないが、この法律では「人を欺いて」暴こうとしただけで罪に問われる。秘密の保護は現行法で対処できる問題だ。一般人にまで網をかぶせる法律をなぜ作る必要があるのか。
 保守の側はこの法律に反対する人を扇動的というが、わしはそうは思わない。「戦前に戻るはずがない」ともいうが、過去の日本人は劣っていたのか。今の方が愚かではないのか。」と、疑問を呈した。
 最後に筆者は、「米国も9.11以降、とてつもなく沸き立った。北(朝鮮)から一発飛んで来れば、日本だって、わしだってそうなるかもしれない。東京都が集めた尖閣諸島の寄付金だって同じだ。
 「愚かな状況だった」と、未来の教科書に私たちが載ってしまうかもしれない。
 自民党の一党支配になったが、野党がこけただけで(自民党の)得票率は低い。そういう政権は相当に謙虚になる必要がある。そうしないと、民主主義は機能しなくなる。」と締めくくった。
 筆者の言う通だ。いま、自民党の傲慢に、日本の民主主義が、危機的状況だ。国政選挙が数年先という人がいるが、衆議院はいつでも解散総選挙が可能なのだから、野党は解散総選挙を目指した連携を考えた方がいいのではないか?
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# by sasakitosio | 2014-02-01 18:58 | 東京新聞を読んで | Trackback

局内の爆弾

 1月29日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにする。
 筆者は、「25日の就任記者会見で「慰安婦はどこの国にもいた」「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと発言。世界中を驚かせたNHKの籾井勝人会長。発言内容はもちろん問題。しかし、もう一つ見逃せないのは、この件をNHKが今のところ全く報じていないことである。新聞各紙が大きく報じ、あるいは社説で論じ、政権に甘い民放各局でさえニュースで取り上げているのにだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「自らの局内にアンタッチャブルな領域を持ってしまう皮肉。この時点で、すでに報道機関としてはアウトでしょ。
 図らずも爆弾積んで離陸してしまった飛行機と同じ。飛ぶだけは飛んでいるが、怖くてどこにも着陸できない。昨年の特定秘密保護法に至る報道でも、NHKの迷走ぶりは際立っていた。」と、指摘した。
 さらに筆者は、「NHK職員が加入する日本放送労働組合は28日「籾井会長の記者会見について」と題するメッセージを出した。
 会長発言を「異例」としつつも「今後の公共放送のあり方を放送法に即して考えていく上で、強い関心をもって見ていきたい」という歯切れの悪さ。私には悲痛なSOSに見える。」と指摘した。
 最後に筆者は、「彼らはすでに自力で爆弾を取り除く力を失っている。ならば視聴者がSOSに応じなくてはならない。会長の辞任を強く求めよう。公共放送の健全性を取り戻し、国策放送化を防ぐにはそれしかない。」と、締めくくった。
 筆者の指摘の通りだと思う。それにしても、支配階層に公器に値する人材が不足していることの証左であろう。まさに、政権末期の様相なのではなかろうか。政権の中枢はじめ、社会の中枢に座っている人材の、資質も吟味しないと、日本丸を沈没させかねないかも知れない気がしてきた。選んだ人も、選ばれた人も、公器の器量がないのではないか?
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# by sasakitosio | 2014-02-01 08:01 | 東京新聞を読んで | Trackback
 1月31日(金)。晴れ、ほとんど雲なし。風なし、草に霜あり。人少なし、大津川河口釣り人3人。
 毎日の手賀沼散歩。入りの柏公園6時20分。草原には大型の小綬鶏三羽走る。月は見えねど東南の空に、金星輝く。金星を仰ぎながら、柏公園の広場、柏下の水路沿いの草原、機場の林へ。
 機場の林で、小鳥のさえずりを聞きながら、金星を見ながら、体操。
 戸張下の水路はじめに、フナが数匹ぷかぷか。草原をヒドリ橋まで歩く。途中で、日の出、真っ赤な太陽が、どんどん上がる。時に6時45分、まだ、金星は輝く。水路の田んぼ側の土手の斜面に、咲く、小さな花を2.3輪つけた水仙。
 ヒドリ橋の周りの川岸は、ヘラブナの名所。今日は釣り人3人あり。
 帰路、梅の花にあいさつ。香をいただく。緑道の土手をあるく、この暖かさで、いままで大地に這いつくばって、霜の寒さを耐え忍んでいた「草花」が、一斉に立ち始めた感がする。ダイロッパ(新潟の方言?)の芯、タンポポの芯、仏の座の茎、名を知らない草が、葉や茎を立て始めた気がする。春はそこまで来ているか?
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# by sasakitosio | 2014-01-31 17:28 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
 1月28日付朝日新聞社説に、「NHKの新会長 あまりに不安な船出」という見出しで、NHK新会長の発言の記事が載った。今日はこの記事二学ぶことにした。
社説は、「公共放送のトップを任せられるのか。強い不安を感じる。
 NHK新会長の籾井勝人氏が就任会見で、政府の立場に寄り添うような発言を繰り返した。
 尖閣諸島・竹島などの領土問題で、一部経費を国が負担する海外向け放送による政府見解の発信強化に意欲を見せ、「政府が右ということを左というわけにはいかない」と述べた。
 安倍政権が世論の反対を押し切って成立させた特定秘密保護法も、「必要だとの政府の説明だから、とりあえず受けて様子を見るしかない」と語った。 
 だが一方で、議論を呼ぶような問題を取り上げる番組では「了解をとってもらわないと困る」と、会長としての方針も示した。現場を萎縮させる恐れはないのだろうか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「公共放送の先駆けである英BBCは、フォークランド紛争やイラク戦争で必ずしも英政府を支持せず、客観的な報道に努めた。時の政権から非難されたが、国際的な評価は高まった。
 NHKが向くべきは政府ではなく、受信料を納める国民の法である。放送内容が政府の宣伝ととられれば、海外での信頼もかえって損なわれよう。
 籾井氏は「放送法順守」を何度も口にした。大事なことは「健全な民主主義の発達」と明記された法の目的に照らし、社会の諸問題について、視聴者に多角的な視点や情報を提供することだ。その使命を果たす覚悟がなければ、会長は務まらない。」と、指摘した。
 さらに社説は、「籾井氏は個人的見解と念押ししたうえで、従軍慰安婦についても持論を展開した。「今のモラルでは悪いが、戦争をしているどこの国にもあった」とし、補償を求める韓国側の動きには「日韓条約で解決している。なぜ蒸し返すのか」と述べた。
 これには与野党から批判が相次ぎ、韓国でも反発を招いた。
大手商社での国際経験を買われての人選だったはずだが、いったいどうしたことか。
 昨年末の経営委員会では会長任命に先立ち「言葉の選び方に留意して」と注文されていた。籾井氏は昨日、「私的な考えを発言したのは間違いだった。」と釈明したが、早くも懸念が的中した形だ。」と、指摘した。
 最後に社説は、「NHKが自主自立を守るには不断の努力が必要だ。予算承認権を握る国会では、政治が干渉してくるリスクは常にある。会長はそれを率先して防ぐべき立場だ。自らの発言が審議対象になるようでは困る。」と、苦言を呈して、締めくくった。
 社説の言う通である。大手商社で国際経験を買われたとのことであるが、籾井氏のような「人権感覚」「国際感覚」で、外国人に接していたのでは、通常は「日本人・日本文化の宣伝」にはならないはずだ。また、公共放送の公器の認識に乏しく、人権意識の希薄な人が、組織の上に立つことは、公害である。社内的にも社外的にも。ここは、世論の力で、退場願うのが、国益にかなうのではないか?
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# by sasakitosio | 2014-01-31 13:32 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 1月28日付東京新聞社説に、「NHK会長発言 公共放送の信頼損ねた」の見出しで、NHK会長・籾井勝人氏の発言が記事になった。
 今日はこの記事に学ぶことした。
 社説は、「そもそも適任だったのだろうか。NHK新会長、籾井勝人氏である。経済界からの就任だが、放送の役割を深く理解しているとは言い難い。公共放送の信頼を損ねたのなら、退場願うしかあるまい。」と切り出した。
 つづけて社説は、「籾井氏は、NKKが従うべき放送法第一条の「目的」に掲げられた「不偏不党」の意味を取り違えてはいないか。例えば、昨年暮れの臨時国会で与党が強行可決した特定秘密保護法である。
 籾井氏は記者会見で「一応(国会を)通っちゃったんで、言ってもしょうがない。政府が必要だというのだから、様子を見るしかない。昔のようになるとは考えにくい」と述べた。
 同法は、防衛・外交など特段の秘匿が必要とされる「特定秘密」を洩らした公務員らを処罰に処す内容だが、法律の乱用や人権侵害の可能性が懸念されている。
 にもかかわらず「昔の(治安維持法の)ようになるとは考えにくい」と言い張るのは、一方的な見解の押し付けにほかならない。
 秘密保護法を推進した安倍晋三首相側への明らかなすり寄りで、もはや不偏不党とはいえない。
 首相の靖国神社参拝も同様だ。
 籾井氏は「昔の人は「死んで靖国に帰る」と言って心を慰めた。千鳥ヶ淵(戦没者墓苑)ではだめだという人が大勢いる」と述べた。
 賛否が分かれても、時の政権の主張に唯々諾々と従うことを、不偏不党と考えているのだろうか。
 さらに、籾井氏は「従軍慰安婦は今はモラルでは悪いが、現実としてあった。戦争地域ではどこでもあったこと」とも語った。
 女性の人権を著しく蹂躙した従軍慰安婦の存在を、戦争中という理由で肯定的にとらえるのは、公共放送のトップとしての見識が疑われても仕方があるまい。「個人の発言」では済まされない。」と、厳しく指摘した。
 最後に社説は、「心配なのは、籾井氏の会長や安倍内閣寄りの委員が加わった経営委員会の考え方を忖度し、制作現場が委縮したり迎合したりして、放送内容が政権寄りに改変されることだ。
 NHKは視聴者の受信料と信頼で成り立つ、民主主義国家たる日本の公共放送だ。どこかの専制国家の国営放送のように、権力側の言い分を押し付けるのなら存在意義はない。
 良識あるNHKの職員には奮起を促したい。放送法第一条「目的」の三項にはこうある。「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。」」と締めくくった。
 社説の主張・指摘の通りだと思った。 
 籾井氏が、財界の中で公器である「NHKの会長」にふさわしいとして選任されたわけだが、財界で名を成した人は会社に利益をもたらし続けたことだろうが、国民全体に奉仕したわけではない。
 だから、人選に無理があったのではないか?
 社説が心配しているように、会長や経営委員会の考え方を忖度し、制作現場が委縮や迎合したりして、放送内容が「不偏不党」に欠けるよう恐れが十分ある。ここで、思い出すのは、ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」という言葉だ。
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# by sasakitosio | 2014-01-31 08:03 | 東京新聞を読んで | Trackback

デミトロフ

 1月28日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことのした。
 筆者は、「「デミトロフ」といっても、チョコレートやケーキの名前ではない。ましてや「テルミドール」のような料理でもない。東欧ブルガリアの政治家である。
 私など老輩には、デミトロフは「獅子吼」という言葉とともに思い起こされる。獅子吼といえばデミトロフである。
 ゲオルギー・デミトロフは、1933年2月のドイツ「国会議事堂放火事件」の容疑者として逮捕された。が、ナチスの共産党弾圧を引き出すための、自作自演のでっち上げだった。ナチスの法廷に引き出されたデミトロフは徹底的に陰謀を論証して、翌年には無罪を勝ち取っている。
 しかし、名前が記憶されているのは、国会放火事件によってではない。その2年後に行われた「コミンテルン大会」での演説である。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「彼は独善的で公式的、現実に全く通用しない、排他主義的な同志たちを批判、大胆な反ファッショ統一戦線の結成を呼び掛けた。
 ナチスと対抗するための、多様で広範な、民主主義のための共同行動を熱烈に訴えた。その情景が「獅子吼」として語り継がれている。」と、教えてくれる。
 最後に筆者は、「戦争に向かおうとしている、いまのこの危機的な状況にもかかわらず、広く手を組んで共同行動に立ち上がらず、あれこれ批判を繰り返している人たちに訴えたい。いったい敵は誰なのか、と。」と結んだ。
 読んで、 デミトロフの「コミンテルン大会」での演説が、録音でもあれば聞きたいと思った。また、この大会でのデモトロフの「獅子吼」の結果はどうなったのかも知りたいと思った。
 筆者のいらだちもよく分かった。
 そして、筆者の「危機的な状況」についての、共通認識をどう作るかが、難しいのだなとも思いました。文字からうけるもの、言葉からうけるもの、映像から受けるもの、それぞれ人によって「受ける強度、受ける深度、受ける切迫度」等、いわゆる理解度に差があるから、共通の意識づくりは、結構難しい。
 肉声・直伝が一番いいのだが、その場合時間的・距離的・場所的に限定的にならざるを得ない。
 「獅子吼」する人、それを同じトーンで伝える人、それを同じ周波数で受け取る人。全てをどうやってそろえるか?人の手でできるのだろうか?
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# by sasakitosio | 2014-01-30 13:22 | 東京新聞を読んで | Trackback
 1月26日付朝日新聞朝刊2面に、「日曜に想う」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、特別編集委員・冨永格氏だ。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「前略。目ざすシャトウ(醸造所)の正門わき、悲しいまでに澄んだ空を背に、三色旗、五星紅旗が寒風と戯れていた。いずれも半旗である。
 ここの所有者がフランス人から中国人に代わったのはひと月前だ。売買の翌日、売主が(63)が操るヘリコプターが近くの川に落ち、買主(46)と息子(12)、通訳を含む全員がなくなった。
 とんがり屋根の館や、90ヘクタールの敷地を見下ろす趣向だったらしい。
 畑は年に30万本の高級品を産する。
 中国茶で財を成した購入者は「お茶とワインの文化結束」をうたった。投資にリスクはつきものだが、これほどの不運は想定外だろう。12年前、先代も飛行機事故で他界しており、大衆紙は「呪い」の見出しで報じた。
 ボルドーワインの最大に輸出先となった中国。生産技術を求め、あるいは成功の証しとして醸造所を買う実業家が絶えず、紅旗が翻るシャトウはすでに50を数える。40億円とされる先の商談は、中で目立っていた。」と教えてくれる。
 つづいて筆者は、「チャイナマネーの存在感は、フランス中で増している。     <中略>
 中国経済の規模は日本の倍、貿易額は米国を抜いて世界一だ。新車販売は2000万台を越す一方で、大気汚染は末期的、地価を当て込んだ借金癖が官民にはびこる。日本でいえば1960年代の高成長と公害、80年代のバブルが一気に到来したかの狂騒である。
 経済の主役を官から民へ、公共事業から消費に転じられるのか、神戸大の梶谷懐准教授は「戸籍差別のため、農村出での若者が都市で家庭を持つ将来像は描けない。個人消費が広く爆発する展開になりにくい」と語る。
 みずほ銀行(中国)主任研究員の細川美穂子さんは「輸出一筋のころに比べ国民の利害が多様化し、経済運営は難しい。体制維持を最優先に改革も成長もという綱渡りになる」とみる。
 成長の果実が、富裕層のマネーゲームや高官の懐に消えるたのでは、社会の不満は募るばかりだ。消費を担うべき中間層を厚くするにはあれこれの自由化が必要だが、一党独裁の秩序も譲れない。
 永遠のジレンマだろう。」と、指摘している。
 さらに筆者は、「もちろん、自由経済のの下でも国富の「有効利用」はままならない。
 四半世紀の昔、日本は熱狂の中にあった。ソニーが米コロンビア映画を買い、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを手に入れた89年、「アメリカの魂を奪うのか」といった批判をよそに、年末の平均株価は3万9000円台をつける。
 にわか長者たちは、海外で名画を買いあさった。高値づかみをした絵の行くへを取材した時のこと、欧米の画商に通じた人物の言葉にはっとしたものだ。
 「世界の宝は時の金満国家に集まる。勢いが衰えたら安値で買戻し、元気になればまた売りに来るだけさ」
 古き良き時代の遺産がたくさん残る欧州から眺めると、泡と消えた富や後始末で失った時を今更ながら悔やまれる。お隣の泡沫(バブル)がはじけたら、衝撃は日本の比ではない。世界経済が縮み込む悪夢である。」と、心配している。
 最後に筆者は、「個人、企業、国家を問わず、お金というもの、稼ぐことよりも使い道や残し方が難しい。それがあるうちに、将来世代をを含め、一人でも多くの国民を幸せにするのが経済政策だ。あちらは李克強首相が掲げるリコノミクス、こちらはアベノミクス。二つの国策の先にさて、幸せはあるだろうか。」と結んだ。
 読んで面白かったし、ためになった。日本のバブルを二回経験しているが、庶民の自分には、被害をこうむった記憶はない。バブルの中にあったが、バブルに踊るほど泡を食ったわけでなかったからだ。ただ、いま老後の生活に入ってみると、中国のバブルがはじけ、日本の財政危機が現実化した時に、社会は、人は、企業は、銀行は、お金は、株は、物価は、年金は、もろもろ暮らしにかかわる「存在」がどうなるのか、若かった昔より気になる。
 地理的にも時間的にも情報の伝達速度にも、地球が狭くなった現代、どのようなドラマを人類は見ることになるのか?それが、喜劇でも、悲劇でも、一時の出来事であってほしいのだが?
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# by sasakitosio | 2014-01-30 09:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback