憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
 5月11日付朝日新聞社説下に、「風」という署名入りの囲い記事がある。筆者は、アジア総局長・大野良祐氏だ。 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「バンコク北郊の住宅地で、4月はじめ大きな爆発事故があった。
 第2次世界大戦中に連合国軍が落としていった不発弾が、ビルの基礎工事中に見つかり、作業員が爆弾だと知らずに近くの金属リサイクル工場に持ち込んだ。工場の従業員もそうとは知らずガスバーナーを当てたその瞬間―――工場は建屋の大半が吹き飛び、残った鉄筋もひしゃげていた。8人が死亡する惨事だった。
 隣国のカンボジアやラオスは、ベトナム戦争や内戦時の不発弾や対人地雷が今も数多く残ることで知られるが、タイにも大戦中の不発弾が残っているとは知らなかった。
 取材を始めたが、関心は別の方向に向かった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「8人の犠牲者のうち3人の身元が分からない。成人男性2人と3~5歳の少女。工場関係者はカンボジア人移民労働者2人と労働者の娘だと証言したが、警察署によると、旅券はじめ身元に関する書類はなく、署には誰も遺体を引き取りに来なかった。
 出稼ぎに来て命を落とし、身元もわからないまま無縁仏となる労働者が少なからずいると検視担当医師はいう。
 人口6700万人のタイで、移民労働者は不法移民を含めると300万人とも400万人ともいわれる。ミャンマー人が8割を占めるが、カンボジア人ラオス人も急速にふえつつある。不法移民労働者が登録移民労働者の2倍いると推定されている。
 少子高齢化が進むタイでは、非熟練労働者の必要性が増している。政府はこれまで、不法移民を「黙認」するかたちでその安い労働力を利用してきたが、需要が増すにつれ、労働許可を与えて最低賃金を保障し、長くタイで働いてもらう方針に舵を切った。
 だが当然ながら、そのコストに耐えられない雇用主がおり、密入国してでもお金を稼ぎたいとやって来る隣国人がたくさんいる。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「互助組織をもつコミュニティーをそれなりに形づくっているミャンマー人労働者にくらべて、カンボジア人労働者の環境は厳しい。バンコクの巨大スラム、クロントイでは7~8年前からカンボジア人が増え始めた。実態調査をしているシーカー・アジア財団によると、スラムのなかでもタイ人は危険な重労働を避け、カンボジア人がその仕事に就くようになった。
 タイ労働省によると、今の経済規模を維持するには常に200万人の外国人労働者が必要だという。
 「我々は必要とする人々を異物扱いをしている」とはなすのは、カンボジア人労働者を支援をつづけるNGOのサティエン氏だ。例えば、ミャンマー人人口がタイ人をはるかに上回るバンコク西方の漁業の町マハチャイ。銀行のATMにはミャンマー語が併記されている。しかし、英語には文句が出ないのに、ミャンマー語には「必要なのか」と苦情が地元民から出た。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ミャンマー人労働者を支援するNGOのソムボン代表は「この地域でタイの経済力は抜きんでているいるから、今は来るなと言っても彼らは来る。しかし、経済的な優位は永遠のものだろうか」と問う。彼らはタイが好きでやってきているのではない、と。
 外国人労働者とどう付き合っていくか。日本人にとっても人ごとではない。隣人としっかり向き合い、付き合える国でありたい。」と締めくくった。
 タイは、以前、バンコックとチェンマイを旅行したことがある。その時、バンコクの暑さと、街のにぎわいに驚いた。
 いまも、知り合いの年寄が、チェンマイに家を建てて「移住」している。ときどきメールがきて、タイの事情を教えてくれる。
 今回の記事で、タイに、隣国の出稼ぎ労働者が300万にんもいることに驚いた。人口比で言ったら、日本なら600万人の外国人労働者がいることになる。想像できない状態だ。
 また、タイがミャンマーや、ラオスや、カンボジア、などより経済的な優位を保っている「原因」が知りたくなった。
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# by sasakitosio | 2014-05-18 16:24 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 5月11日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は関西学院大学准教授・貴戸理恵氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「日本の「おもてなし」を評価する声は強い。確かに、サービスを消費する立場にとって、約束を確実に守り、連絡を絶やさず、丁寧な日本のサービスは心地よい。だが、質の高いサービスが提供されるとは、それを提供する労働者に負荷がかかっているということだ。
 消費するとき、サービスは便利なほど心地よい。しかしサービスの提供者になる時はどうか。
 「お客さま」の希望(わがまま?)に細心の注意を払うあまり、振り回されて自分の生活を犠牲にしてはいないか。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「私は先月からオーストラリア南部の都市で暮らし始めた。人々がのんびりしていて時間がゆっくり流れるこの街では、日本の感覚からすると「あれ?」と思うようなことが起こる。
 たとえば、「5時まで」の店に4時45分に」入ったら、もう店員が掃除をしていた。5時に店が終わるのではない、5時に帰るのだ。
 業者に送ったメールの返事は一週間後にようやく来る。配達を頼めば「何日になるか分からないけど、つく前に電話するよ」という具合。
 客商売であっても、多くの場合、働く側の都合が優先される。だからサービスを受ける側も、きちんとやってもらうためには、しっかり主張し、確認しなければならない。客の主張がなかったためおこる行き違いは、働く側の怠惰ではなく、消費する側の責任になる。
 最初のうちは「どうしてこんなこともしてくれないの」と腹を立てたり、戸惑ったりしていた。
 だが、それは私が「消費する側に立っていたからだった。もし「働く側」の立場だったら?自分に都合のよいスケジュールは、客を多少待たせても優先させる。
 それで特に文句をいわれなければ、ずっと待ってもらえばよい。それは、働く者にとって、やりやすい環境ではないか。
 やりやすいだけではない。もっと重要なのは、働く側も「あくまでも客と対等なひとりの人間である」ことを見失わない点だ。日本のサービス産業ではしばしば、「お客さんは神様」と言う言葉が使われる。働く者は「下」の存在として客に仕えるのであって、決して対等にはならない。客でいるときは心地よいが、働くときは大変だ。客の都合で突然残業が入るのは当たり前、友人と会うのをキャンセルしたり、保育園に子供を迎えに行くサポートを探したりしなければならない。そうやって、働くあいだは私生活を犠牲にすることが「当たり前」になっている。もっといえば、労働者として神経を使いストレスをため込むほど、逆に客と言う立場になった時、きめ細かなサービスに癒され、思い通りにいかなければ文句をつけるようになるのではないか。」と指摘した。
さらに筆者は、「どちらがよい、というものではないだろう。高質のサービスが価値あることは確かだ。
 だが、客は神様でなく、働く者は下僕ではない。両者がともに人間らしい生活を大切にしながら生きられる環境が第一に重要ではないか。」と指摘した。
 最後に筆者は、「私たちは、消費者であると同時に働き手でもある。暮らしを優先する働き方が受け入れられるようになれば、仕事の敷居は下がり、子育て中の親や対人関係に問題を抱える若者など、これまで働きづらかった人々も、より働きやすくなるだろう。そのために、多少の不便をやり過ごすおおらかさをもつのも悪くない、と思う。」と締めくくった。
 サービス業をしていると。「お客様は神様」であると、思うが、自分的には働く人を「下」だと思ったことは一度もない。多少の不便を感じた時は、人はいろいろ居て面白いと、思うことにしている。
 
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# by sasakitosio | 2014-05-18 15:27 | 東京新聞を読んで | Trackback
5つき18日(日)、晴れ。人少なし。
 毎朝の散歩、今日は和歌山市、和歌山城の周辺だ。静かで、緑があって、人も車も少なくて、町はきれいで好い街だ。5時過ぎに部屋でラジオ体操をして、出発。昨日のうちに、ネットで、朝の散歩コースを決めておいた。目標を絞って、勝海舟の寓居あと、時の鐘の鐘楼、地図で大体の場所を確認して、出発。
 ホテルからまっすぐの大通りを行って、横断歩道橋に登り、地域の周りを確認して、舟大工町の勝海舟の寓居 跡を発見。写真一枚。道々にある街路樹や植え込みに咲く花を見ると、柏市内よりも和歌山市内が暖かいことがわかった。アベリアの花が咲き始め、キバナコスモスは盛んに咲いていた。
 博物館の前に、近年建立された「吉宗公」の騎馬姿の銅像があった。
 博物館の入り口への階段をのぼり、入り口の左に小高い山があった、頂上に銅像があった。
 神社らしき物との境に、金網の出入り口があって、施錠されていなかったので、入ったら、右の一段高いところに、「時の鐘」の鐘楼があった。かねつきの撞木が、外に出ていて、全体は木で覆われていた。見た目、相当年季が入っていることがわかる。写真一枚。そこから、城の天守閣が見えた。現在は天守閣と時の鐘は大きな道路で隔てられているが、当時は、同じ城内ではなかったか?
 労金のローンセンター、朝日生命の和歌山支店が、お城沿いの大通りにあった。
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# by sasakitosio | 2014-05-18 07:09 | 今日の感動 | Trackback
5月17日(土)晴れ。朝の手賀沼散歩は中止。朝早く東海道新幹線に乗って、和歌山へ12時に着いた。
 わけは、6月の修羅場塾での発表会の演目が、「笹野権左道場破り」 で、話の中に「和歌山城」があったので、参考のために、お城を見物に来たからだ。
 新幹線は、名古屋まではトンネルや目かくしが多くて、車外の景色が楽しめなかったが、名古屋から京都・大坂まで、大坂から和歌山までは、春の日本の景色、水田の作業風景、山や野原に草木の緑がいっぱい。
 和歌山の駅を降りて、驚いたのは、道路は広々して、街路樹も立派に手入れされ、きれいな町だが、商店街はお休み、人はほとんど歩いていない。人の数は、私が毎日の手賀沼散歩でであう程度のちょぼちょぼであったことだ。歩いていて、人にぶつかる心配はまったくなかった。ホテルの新聞で見たら、和歌山県は毎年人口が減っているとのことであった。
 ホテルのチェックインが午後の3時なので、それまでゆっくり、お城見物。忍者姿の黒ずくめの男女5人が、来場者のサポートをしていた。その中の和歌山大学の国際経済学部の学生さんと話ができて、よかった。
 また、カメラが入っていて、忍者の型を見ることができた。これもラッキー。
 天守閣からは、町を一望でき、地形がよくわかった。天守閣の展示物にほんものの「長槍」が展示してあった。これも、大いに参考になった。
 ホテルのチェックインの後は、お城の堀をみながら、城の外周を歩いた。外側から、門をひとつづ 確かめ、さわり、由来を写真に収め、ながら歩いた。約5時間あるいて、15000歩万歩計はしめしていた。
 持参したタブレットで何回も投稿を試みたが、いずれも失敗に終わり、結局ホテルからパソコンを借りて、投稿できた。
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# by sasakitosio | 2014-05-17 21:33 | 今日の感動 | Trackback

グローバルな臓器事情

 5月15日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「日本では法的にも国民感情からも問題外だが、米国では断続的に臓器売買の提案が行われてきた。移植医、哲学者、経済学者らが見解を表明している。生体移植も可能な腎臓について提案が多い。 
 背景には人工透析をしながら移植を待つ患者が10万人いるのに、年間の移植手術は1万7千件程度しかないという現実がある。米国の法律が前提とする善意のドナー(利他主義)だけに頼っていては、救える患者が死んでいくというのだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「臓器売買の見解表明はおのずから思想やイデオロギーを明らかにする。先日逝去した経済学者ベッカーの最も極端な腎臓商品化の提案(腎臓の市場価格を試算している)から、年金や税控除を対価として支払うというマイルドな提案、社会的にも医学的にも不利な立場の黒人患者のために検体(死体)移植だけを認めようとする苦渋の議論もある。(グッドウイン「闇の市場」未訳)。」と教えてくれる。
最後に筆者は、「臓器商品化への批判も多い。
 主要な論点は二つある。報酬を求める臓器提供が利他主義を駆逐してしまう可能性だ。善意のつもりがカネ目当てと誤解されてはたまらないといいわけだ。
 もうひとつは上記市場が途上国貧困層に及ぼす構造的効果だ。臓器が高値で売れるとなれば黒い手が動き始め、グローバルな臓器市場がますます拡大する。」と指摘する。
 読んで、臓器市場と聞いて、とんでもないと思った。
 また、STAP細胞やIP細胞の研究が進み、自分の細胞から自分の体のすべての部分が「生産」できるようになれば、臓器は売買でなく「委託生産」に変わるだろう。
 そして、「生産された自分の臓器」を保存し、必要な時にいつでも使えるようにしたいものだ。
 臓器市場はいらない「日本の文化」をつくり、世界へ未来へ広めたいものだ。
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# by sasakitosio | 2014-05-17 05:38 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月11日付朝日新聞社説に、「原発と火山 噴火の脅威を直視せよ」の見出しで、新規制基準に基づく、原発の安全審査についての記事が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「日本は世界有数の火山国である。そこに原発を抱えるリスクを改めて熟考すべきときだ。
 九州電力が再稼働をめざす川内原発(鹿児島県)の審査で、周辺火山の噴火の影響がクローズアップされている。
 昨年できた新規制基準に基づき、原子力規制委員会が噴火の影響や対策の有効性を検討している。原発の安全性を火山との関連で本格的にチェックするのは、実はこれが初めてだ。
 福島第一原発の事故で、津波対策の遅れが大きな反省材料になった。津波に限ったことではない。事故の深刻さを踏まえれば、噴火やテロなど従来軽視されてきたリスクも真剣に考えるのは当然である。」と切り出した。
つづけて社説は、「新基準は160キロ以内の火山の検討を求めており、九電は39の火山の影響を評価した。その結果、桜島の火山灰が敷地に最大15センチ積もる想定で対策をとれば十分とした。火山灰の重みで送電線が切れた時に備えて非常用発電機の燃料を備蓄したり、換気設備や非常用発電機のフィルターの目詰まりに掃除や交換で対処したりするという。
 しかし、数ミリの降灰で人や物の移動が難しくなる恐れが指摘される。対策は実際に機能するだろうか。原子炉を冷やす水の取り込みに支障が出れば、たちまち原発は危険な状態になる。
 こうした中規模の噴火の影響は、現実的な脅威として十分に検討されなければならない。」と指摘した。
 さらに社説は、「頻度が低い破局的噴火のリスクは、判断がさらに難しい。
 高温の火山噴火物が火山ガスと一体となって広がる火砕流が半径100キロ以上も流れ、破滅的な被害を出す。川内原発の周辺には破局的噴火で山が陥没しカルデラ地形が複数ある。
 九電は、カルデラをまとめて破局的噴火が約6万~9万年間隔で起こっていると評価。「最新の破局的噴火からあまり時間がたっていないので、原発が運用される数十年のうちに次の破局的噴火に見舞われる可能性は十分低い。予兆を継続的に監視すれば大丈夫」と主張する。
 これに対し火山学者らは「こうした噴火間隔の推測には疑問がある」「予兆が観測できるか分からない」と反論する。」と指摘した。
 最後に社説は、「破局的噴火で壊滅的打撃を受けるのは原発だけではない。だが、原発が破壊されれば放射性物質は世界にまき散らされ続ける。川内に限らず、日本の多くの原発に共通する難題だ。
 噴火の影響評価手法は世界的にも確率していない。規制委には火山噴火をめぐる人知の限界も含めて、国民にわかりやすく説明する責任がある。」と、締めくくった。
 よんで勉強になった。以下のことを改めて教えられた。
「原発の安全性を火山との関連で本格的にチェックするのは、これが初めて」とのこと、
 九電は「最新の破局的噴火からあまり時間がたっていないので、原発が運用される数十年のうちに次の破局的噴火に見舞われる可能性は十分低い。予兆を継続的に監視すれば大丈夫」といっているとのこと。
 「噴火の影響評価手法は世界的にも確率していない」とのこと。
 社説は、「規制委には火山噴火をめぐる人知の限界も含めて、国民にわかりやすく説明する責任がある。」としているが、特に「人知の限界」についての分かりやすい説明が聞きたい。
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# by sasakitosio | 2014-05-16 19:32 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 5月16日(金)快晴。風なし、草に露多し、人あり。
毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園5時半。静か。公園の草原を抜けて、柏下の水路沿いの草原を歩く。森から、チョットコイ、チョットコイ、チョットコイ、の大きな声が聞こえる。
 沼の葦原からは、ヨシキリの声が、機場までの道のり、絶えない。機場の林でユリの木の芽を見、草薮の花を愛で、滝の音を聞き、戸張側の機場の林へ。入って田植えが終わって、水をたたえる田んぼを見た。途端、ケーンと鳴く声。キジが田圃の畔にいた。
 手を振って、挨拶。何回か手を振ったら、またキジが鳴いた。小鳥の声を聞きながら、体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。すこし近くの田んぼにキジが来た。また、2.3回手を振ると、かのキジ君、ばたばたと羽ばたいて、一声ケーンと鳴いてくれた。
 稲の育ち具合をみながら歩く。鉄塔下の休耕田にアシが生えたままにここ数年ほってあったところ、枯れ葦を、重機で取り払い、畔塗までしている。しかし、耕すわけでもない、また新しいアシが伸びてきた。新芽だけの葦の天辺で、一羽のヨシキリが盛んに鳴いている。ヨシキリの声だけ、響き渡る。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。 
大井の寺から、明け六つの鐘が、ガーンと聞こえる。大井の森から、ウグイスの声、ケキョ、ケキョ、ケ-と聴こえる。
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# by sasakitosio | 2014-05-16 17:45 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

難しい相手だからこそ

 5月13日付朝日新聞社説下に、「社説 余滴」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、国際社説担当・沢村亙氏だ。 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「北京に住む中国人の友人からネットで届く写真の便りがほほえましい。家族の誕生日に焼いた自慢のケーキ、愛息とのベビースイミング。
 裕福とまではいかなくとも、それなりに心豊かな暮らしを望む中間層が中国の都市で増えている。スーパーには日本製の包装用ラップが積まれ、日系衣料品店には行列ができる。「日式」は質の高さの代名詞だ。モノだけではない。日本の児童書は良書と喜ばれる。「窓ぎわのトットちゃん」(黒柳徹子著)は10年以上もベストセラーだ。
 ネットを使いこなして海外事情に通じる彼らは、中国が抱える問題にも敏感だ。かさむ教育費、就職難、遠のくマイホーム。介護制度が整わないのに容赦なく進む少子高齢化。誰が自分の老後をめんどうみてくれるのかーー。
 別の友人からは大気汚染にけぶる風景が送られてくる。
 「毎日これ。生きるのがいやになる」。急成長がもたらすひずみの不満も大きい。
 都市化や公害への取り組みも福祉政策も、日本の知恵や経験が生かせる分野だろう。
 冷え込んだ日中関係を意識して大声でいいにくくとも「日本に学んでみたい」と考える中国人はまだまだいる。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「ひるがえって今の日本に目を転じれば、中国の「反日」をしのぐ勢いで「嫌中」がひろがっている。「嫌い」というよりも「面倒な国と関わりたくない」という空気か。
 中国で学ぶ欧米やアジアの若者が年年増えるのに、日本人留学生は減っている。北京の中国人民大学では2007年200人いた日本人学生が現在は50人ほど。日本語を勉強する中国人学生が会話の練習相手を見つけるのに苦労するほどである。
 公害が心配で中国行きをためらう人もいよう。だが周囲から「なぜ中国なんかに」と言われてきた若者が少なくない。日本で中国語を履修する学生も減っている。難しい隣国だからこそ深く知る人材が求められるのに、心配だ。」と指摘した。
 さいごに筆者は、「日本語が読めるようになった中国の学生は、日本のニュースサイトに並ぶ中国人への悪意に満ちたコメントにショックを受ける。中国にも日本人を中傷するサイトはある。向き合わずに反感だけを増幅しあう構図はむなしい。
 中国政府も共産党も、ネットを通じて国民の本音を探ろうと懸命だ。膨らみゆく中国の中間層に「日本ファン」の種をまいておくのも、立派な安全保障ではあるまいか。」と締めくくった。 
 若いころから、漢字を習い、仏教の話を聞き、聖徳太子や空海・最澄など遣隋使・遣唐使の話を聞き、中国総体にいつも敬意を払ってきた。だから、外国のまちの中で、中国の街(北京、承徳、南京、蘇州、上海、香港、桂林、西安、曲阜)を一番数多く訪ねている。ただ、3年前に孔子のふるさと「曲阜」一人歩きの旅の以後は、共産党の一党独裁下の資本主義は、ここ数年で「膨らみゆく中間層」によって民主化されるだろうと、希望的楽観的観測をしている。
 その時に、筆者の言われる「膨らみゆく中国の中間層に「日本のファン」の種をまいておくことは、不可欠・必須・最大の「国民を守る」安全保障・国防政策だと思っている。
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# by sasakitosio | 2014-05-16 07:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback

個人として

 5月6日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、鎌田慧氏だ。今日はこの記事に学ぶことにする。
 筆者は、「「戦争をさせない1000人委員会」は全国各地に1000人委員会を千箇所つくろうとする運動である。
 米国の戦争に参戦する「集団的自衛権」行使を閣議で認めてしまおうとする安倍政権に、危機意識をもった人たちが、作家の大江健三郎さん、瀬戸内寂聴さんなどを発起人として立ち上げた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「まるで夜盗のように憲法の裏口から隙をついて入り込み、戦争放棄の9条を踏みつぶそうとするのは、集団的自殺行為といえる。憲法は「国の交戦権」を認めていない。
 それなのに尻馬に乗って他国を攻撃するなど、第二次世界大戦の犠牲者に対する冒涜である。」と怒っている。
 さらに筆者は、「敗戦の年の8月、「国民学校」1年生だったわたしは、夏休み明けからはじまった戦後の平和と民主教育とともに歩んできた。憲法によって身体の骨格をつくられた。憲法前文は私の精神であり、その否定は私の否定である。同じ思いの人たちは多いと思う。
 10代で労働組合の結成に参加したのも、学生の時に60年安保闘争に参加したのも、物書きになったのも、原発反対運動をしているのも、日本国憲法の平和と名誉に生きようとしたからである。」と、告白した。
 最後に筆者は、「この理想に公然と泥を塗って恥じない政治家たちによって、現われたのは怒りである。戦争に結びつく、政府のあらゆる策動に対して、「個人として」(憲法13条)」行動する。」と締めくくった。
 筆者の意見に共鳴する。地域にできる1000人員会へは枯れ木も山の賑わい程度に、参加したいと思っている。
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# by sasakitosio | 2014-05-15 18:08 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月15日(木)。雨、風なし、人少なし。
 入りの柏公園5時20分。駐車場に車を止め、歩き始めた途端、柏の森からウグイスが、ホーホケキョ。声のするたびに、パチパチと拍手をおくる。公園を出るまで、ホーホケキョの声は続いた。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。沼の葦原からはしきりにヨシキリが鳴いている。機場の林、マツヨイグサの黄色い花を愛でながら、草薮を通って、戸張下へ。
 機場の林で、体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。ツバメが周りを飛び始める。稲の苗の葉先が水面に揺れる、雨が降ると、田圃の水面が跳ねる、60年以上前の、家の裏に広がる「蒲原平野」を思い出した。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路は、草原を歩きながら、捨て稲の苗チェック。
 時々、燕が来て、周りを旋回する。白いウツギが咲き始め、白い山法師も咲いている。沼側の湿地には、黄色い花菖蒲が咲きだした。
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# by sasakitosio | 2014-05-15 13:04 | 手賀沼をたのしむ | Trackback