憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

7月1日は忘れない

 7月2日付東京新聞朝刊27面に、「「本音のコラム 集団的自衛権行使容認に物申す」という署名入りの「集団的囲み」記事がある。
 今日は、「7月1日は忘れない」という見出しの「ルポライター・鎌田慧氏のコラム」に学ぶことにした。
 筆者は、「再び戦争しない」。世界から孤立して敗戦を迎えた後、日本の固い約束であり、矜持だった。
 歴史的には一瞬の存在にすぎない自公政権が、批判の叫びに包まれた密室の談合で、人類普遍の理想をドブに捨てた日として、私は7月1日を忘れない。」と切り出した。
 続けて筆者は、「「武力による威嚇又は武力の行使は」は「永久に放棄する」「国の交戦権は認めない」。この潔い決意と共に、私たちは68年生きてきた。「限定」「特定」などは、安倍政権特有の人を欺く話法だが、この欺瞞で見知らぬ「敵」を実際に殺さなくてはいけないのは若き自衛官である。
 「閣議決定」は憲法に背いて、安全装置を勝手に解除した行為である。自衛官が「危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」と宣誓したのは「平和憲法を信じていたからだ。武器を携え、海外へ出動して他国のために戦い、恨みを買うのは憲法違反である。」と指摘した
 最後に筆者は、「武器は執らない。人を殺さない。それが憲法の精神である。
 これから自衛官の訴えが多発する。 私は退職や提訴を支持すると決意している。」としめくくった。
 筆者の、「「閣議決定」は憲法に背いて、安全装置を勝手に解除した行為である。」、「これから自衛官の訴えが多発する。わたしは退職や提訴を支持すると決意している」との指摘は共鳴し、決意は敬意を表したい。
 ただ、為政者を甘く見ないように皆で用心をしたい。過去の戦争で、親を含めた周囲が青年・子供を戦争にやりたくなくとも、それが言い出せない空気がつくられたように。自衛官が退職しにくい環境がつくられたり、転職が不利になる環境がつくられるとか、そんなことにならないように、みなで、監視をつよめたい。
 国民のそれぞれが、それぞれの社会的ポジションで、いまから戦争の芽を摘むことを始めるしかないかもしれない。
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-10 17:54 | 東京新聞を読んで | Trackback
 7月10日(木)、曇り時々雨。風少し、人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時40分、静か。
 小雨の晴れ間、薄暗い公園の木陰を抜けて、大堀川の河口へ。
 土手には、小ぶりの月見草が、また一株花を見せてくれる。
 川の中には、ハクチョウの親子6羽が、陸に上がる準備をしている。
 柏下の水路沿いの草原を抜けて、機場の林へ、藪に珍しい草花がないかと、キョロキョロ歩く。
 戸張側の機場の林で、もも上げ体操。
 戸張側の水路沿いの草原を歩く。カラスの親子が二組、餌取りの訓練か、小鴉が、親に甘えてる声が、響く。
 休耕田のアシ原、蒲原から、今日も元気なオオヨシキリの声が響き渡る。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路も同じ草原を歩き、ミミズを探す。水路壁に一匹、歩道に一匹、機場の通路に一匹、計三匹確保。今日はみな元気印だったので、敷地の隅に放してやった。事務所の掃除後の雑巾水を、捨てるときに見たら、わずか20分足らずの時間で、居なくなっていた。
 帰りの柏公園、行きと道を変えたら、真っ赤なサルスベリの花が、曇り空の下で、雨にぬれながら、あでやかに咲いていた。
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-10 13:48 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

代償は大きい

 7月2日付東京新聞朝刊26面に、「本音のコラム 集団的自衛権に物申す」という署名入りの「集団的囲み」記事がある。
 今日は、「代償は大きい」という見出しの「文芸評論家・斎藤美奈子氏のコラム」を学ぶことにした。
 筆者は「しまった。解釈改憲なんてマヤカシの用語を言われるままに使うんじゃなかった。集団的自衛権の行使とは「大国と結託して他国に戦争をしかける権利」のことだと、もっとハッキリいうんだった。
 政府与党は憲法九条の解釈を変えたのではない。九条を「廃棄処分」にしたのである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「それでどうなるの?
 ①国内の都市がテロの標的となる。
 ②テロ対策に莫大な予算と人員が割かれる。
 ③必然的に福祉予算は削減される。
 ④海外、特に中東での企業活動や非営利活動がしにくくなる。
 ⑤対中、対韓関係はさらに悪化し、東アジアの緊張が高まる。
 ⑥自衛隊員に戦死者が出て、士気が下がる。
 ⑦応募者が漸減し、徴兵制が現実味を帯びる。
 ⑧デタラメな法の解釈を許した以上、もう法治国家ではな
い。
 ⑨国民の合意なく決定した以上、国民主権はないも同然。
 ⑩学校で教える憲法の三原則もうそになる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「半世紀以上かけて築いた「戦争をしない国」のブランドをむざむざ捨てた代償は、私たちに跳ね返ってくる。どこか遠い戦地の話じゃないのである。」と締めくくった。
 いつもながら、歯切れがいい。感性的に分かりやすい。
 アメリカが、イラク戦争をうその情報で、始めたことは、周知の事実だ。それを支持し、その総括の全くない日本。 
その為政者が、アメリカの始める戦争に自衛隊の血を流させる。そのための集団的自衛権行使容認。自民党に選挙で勝たせた結果がこんな形で、国民が被るとはだれも想像できなかったのではないか。
 筆者の①国内の都市がテロの標的となる、との指摘は怖い話だ。この「不安」を現実にさせてはならないと思った。
 特に、アメリカの中東戦争支援に自衛隊を派遣して、集団的自衛権行使(アメリカ軍支援)することは、日本国民の命と暮らしを「不安」に陥れることにつながるはずだ。
 聞く耳を持たない政権では、テロの不安をなくするためには、一日も早く、自公政権・安倍内閣、打倒しかないのだろうか? 
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-10 07:22 | 東京新聞を読んで | Trackback

ミミズ大漁

 7月9日(水)、曇り時々小雨。風少しあり、人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時15分。静か。
 濡れた木の下の草原を歩いて、大堀川河口へ。土手を降りて、川岸を歩く。土手の藪に、小ぶりで澄んだ黄色の月見草が、咲いていた。川の中州に、ハクチョウの親子6羽が、休んでいた。
 岸でたばこを吸いながら、釣りをする人あり。手前で土手に上がる。手賀沼の朝の散歩の快適の一つは、澄んだ、程よく湿った「空気」を吸うこと、もう一つは、周りを全く気にかけないで、キョウロキョロ、空を見、草原を見、水路を見、草薮を見、花を見、鳥のさえずりを聞き、トンボやチョウチョウを見、自然を楽しむことだ。
 何とかして欲しいと思うのは、たばこの煙とラジオの音だ。
 柏下の水路沿いの草原を歩き、機場の林へ。木の下をあるくと、ハグロトンボが一匹、ヒラヒラ。
 機場の通路で、ミミズ一匹ゲット。
 戸張側の機場の林で、もも上げ体操。
 戸張側の水路沿いの草原をヒドリ橋まで歩く。
 途中、休耕田のアシ原、蒲原から、今日もオオヨシキリが。、鳴く。捨て苗もすくすく育っている。
 ひどり橋近く、萩の植込み、周りのセメントの道路に、細めのミミズが、うようよ。熱帯夜の雨の翌朝は、何故かミミズに出会う。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 途端に、大井の寺から明け六つの鐘がゴーン。カネの音を待っていたかのように、大井の村からコケコッコーと鶏の声。
 帰路も草原を歩く。戸張の山から、ウグイスの声、沼のアシの天辺からイッピツケイジョウ、イッピツケイジョウの声。
 草原の切れめ、セメントの道路の、必死に急ぐ鉄砲ミミズ、一匹、一匹また一匹。計三匹。
 家に帰って、敷地の隅、土の山に放置し、しばらくしてまだ残っているミミズは金魚の生餌だ。今日は捕獲袋の重みを指に感じるほどの、大漁だった。
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-09 17:45 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

記者の質問力

 7月6日付東京新聞朝刊29目に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「安倍政権による集団的自衛権行使の閣議決定については、これからも批判、抵抗する場面はある。国民の強い反対論に配慮して、現段階では本来の集団的自衛権からかなりずれた、その意味でガラパゴス的集団的自衛権の宣言にとどまっている面もある。これから具体的な法律整備を行う段階では、政府の矛盾を徹底的に追及しなければならない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「その点で大いに気になるのは、メディアの第一線の記者の力量低下である。7月1日の記者会見の後、私と同年代の新聞記者から、あの記者会見は何だったんだという怒り、不満の声をいくつか聞いた。記者会見の現場に出るのは、比較的若手で、総理にかみつく気概を持った記者がいなかった。」と指摘した。
 最後に筆者は、「ここはあえて説教爺さんになろう。若いジャーナリストよ、批判精神を持ち、権力者に対して臆せず批判の言葉を投げかけよと言いたい。
 最近の記者は、記者会見の時に、速記をとるようにひたすらパソコンに発言を打ち込んでいる。記者は速記者ではないのだ。権力者の発言の要点を掴み取り、そこに潜む矛盾やごまかしに気付くことが大事である。そのためには、記録はメモを取るくらいで、考えながら話を聞かなければならない。
 ジャーナリズムが考える能力を失ったら、国民は救われない。」と締めくくった。
 確かに、筆者の指摘の通り、7月1日の総理記者会見で、突っ込みも、批判も、気迫も、情熱も、感じられなかった記者の質問を聞いた途端、「見たくもない・聞きたくもない、総理の顔と発言」を我慢してきいていたせいもあって、テレビのスイッチを切った。
 「ジャーナリズムが考える能力を失ったら、国民は救われない」との筆者の指摘は、そのとおりだ。新聞の紙面では、隅々に「権力のウソやダマシに記者の怒り」が満ち満ちているのに、あの記者会見はなんだったのだろうか?会見に出席する「記者の事前の行動調査」があったのではないかと疑いたくなるような、情けない総理記者会見であったような気がする。マスコミよおまえもか!!と、普通の国民をがっかりさせないようにお願いしたい気がした。
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-09 07:17 | 東京新聞を読んで | Trackback
 7月8日(火)、晴れ、風なし、靄多し、人あり。
 毎日の手賀沼散歩、入りの柏公園5時10分、静か。
 お日様靄の中、時々白い太陽。草原を歩いて公園を抜け、大堀川河口へ。土手の月見草は、毎日花を咲かせてくれる。
 川岸を歩く。川には、ハクチョウの親子6羽、誰かが置いた「餌」をつまんでいた。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。柏の森からウグイスの声が聞こえてきた。機場の草原に入ると、ハグロトンボが一匹ヒラヒラ。
 戸張側の機場の林の中で、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。水路に、小さな亀があわてて水に潜った。ウツギの葉に、虫に食われた跡があった。昨年アオドウコガネムシに丸坊主にされた、ウツギだ。よく見れば、コガネムシが彼方此方の葉に止まっていた。
 休耕田のアシ原、蒲原に今日も、オオヨシキリが鳴く。
 田圃の中、白くて小さいクワエの花が咲きだした。
 ひどり橋近くの樋管の出口、カワセミ一羽が飛んで、近くの木の枝にとまった。大きなくちばし、瑠璃色の背、何時みてもきれいだ。田圃で、タニシを数個採取。家の水槽に飼育。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路も草原を歩く。戸張側の機場近くの沼に立つ、柳の上から、イッピツケイジョウ、イッピツケイジョウの鳥の声、柏の森から、チョットコイ、チョットコイ鳥の声。
 柏下の水路ではトンボたち、イトトンボ、シオカラトンボ、ショウジョウトンボ、賑やかだ。
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-08 17:24 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

権力者こそ最前線へ

 7月5日付東京新聞朝刊26.27面に、「こちら特報部」に、「戦争絶滅受合法案」に何を学ぶか、という記事が載った。
 「権力者こそ最前線へ」・「ファシズム台頭に警鐘」の大見出しが目を引いた。今日はこの記事に学ぶことにした。
 記事は、「昨年暮れの特定秘密保護法案成立から、一日の集団的自衛権行使容認の閣議決定までわずか半年余、この国にきな臭さが増している。この変化は、大正デモクラシーからファシズムが台頭していく時代としばしば比較される。その昭和の初期、「戦争絶滅受合法案」という題名の一本のコラムが発表された。筆者は自由主義者で、新聞人の先達である長谷川如是閑だ。このコラムから私たちは現在、何を学べるか。
 「戦争絶滅受合法案」は、如是閑や政治学者の大山郁夫たちが創刊した月刊誌「我等」の1929(昭和4年)年一月号の巻頭言として、発表された。「我等」は当時、「中央公論」、「改造」と並び、知識層の青年らに影響力があった。
 当時の日本は大正デモクラシーの末期とも、ファシズムの初期ともいえる端境期だった。世界的に大恐慌の前夜と言える」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「このコラムで、如是閑は冒頭、第一次世界大戦から約10年が経って、世界は再び戦争の危険に脅かされつつあると指摘する。
 ここからは架空の話で、
 その危機から距離を置いているのはデンマークくらいであり、同国のフリッツ・ホルム陸軍大将なる人物が戦争を抑止するために「戦争を絶滅させること受合いの法案」を起草し、各国に配布、採用するように訴えていると記している。
 法律の案文の中身は、戦争する国が戦争行為の開始か、宣戦布告の効力を生じた後、10時間以内に以下の条件に該当する人物を一兵卒として招集し、最前線に送るよう定めている。
 その条件とは、
①国家の元首(発表時は治安維持法に配慮して{××}と伏字)。君主(伏せ字)か大統領かは問わないが男子であること。
②国家元首の男性の家族で16歳以上の者
③総理大臣および各国務大臣、さらに次官
④国民によって選出された男性国会員。ただし、戦争に反対票を投じたものは除かれる
⑤キリスト教、または他の宗教の管長や僧正など高い地位の聖職者を務めながら、戦争に対して公然と反対しなかった者の~~五つを挙げている。
 加えて、その召集に際しては、年齢並びに健康状態などは考慮しないという注釈がついている。
 さらに当人たちのみならず、これら人物の妻や娘、姉妹なども看護師として招集したうえ、最も戦場に近い野戦病院に勤務させることとしている。つまり、戦争することを決めたものたちが率先し、戦場に就くことを義務付けようとしている。
 だが、こうした法案を政策決定者たちが受け入れるはずもない。
 如是閑も承知しておりコラムは「これは確かに名案だが、各国をしてこの法律案を採用せしめるためには、も一つホルム大将に、「戦争を絶滅させること受合の法律を採用させること受合の法律案」を起草してもらわねばならぬ」という一文で締めくくっている。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「如是閑は大正デモクラシー期の代表的な論客で、当時は50代。寺内正毅内閣の新聞弾圧「白虹事件」(18年)で大阪朝日新聞を退社したことで、その名を社会に知られている。
 如是閑研究の第一人者、神田外語大の山領健二名誉教授(日本近代思想史)は、如是閑の人となりについて、「無類の教養人だが、自らは「主義者」を名乗ることを拒み、生まれ育った深川(現・東京都江東区)の職人世界特有の実用主義を重んじた。ユーモアにあふれながらも鋭い批判で、国家に盾ついた」と話す。
 このコラムが書かれた当時の世相は、民主党政権の崩壊、東日本大震災を経た現在と通じる面がある。発表された前年の28年はどんな年だったのか。
 まず、特別高等警察(特高)が設けられ、1500人以上の共産党員らが一斉検挙される「3.15事件」が起きた。治安維持法改正で思想統制が強まった。
 軍部(関東軍)は欧米よりになった中国の奉天軍閥の指導者、張作霖を暗殺。日本の傀儡国家「満州国」建国に走っていた。
 だが、国内では関東大震災からの復興や、昭和天皇の即位の礼で、どこか浮かれた雰囲気もあった。
 「時代の転換期。31年の満州事変まで、言論界には政府を批判する余地が残されていた。」(山領氏)
 その28年の暮れに執筆された「戦争絶滅受合法案」に、如是閑はどんな思いを込めたのだろうか。
 山領氏は「新年号の巻頭言なので当然、29年がどうなるかを想定して書いている。一般人はまだ安穏としていたが、如是閑は明治からのベテランの新聞人として、時代はいつの間にか変わること、日本人の「政府を疑わない」「既成事実に弱い」という特質を熟知していた。
 世界では、28年に日本も含めて不戦条約が締結された。だが、ファシズムも台頭していて、その流れに警鐘を鳴らそうとしていた」と指摘する。
 ジャーナリストの二木啓孝氏も、このコラムは現在の状況に示唆的だと語る。
 「このコラムの力点は、まず戦争の現実を想起させることに置かれている。現在、「解釈改憲」に賛成した与党のメンバーで、自分や子供を前線に立たせる者はいない。集団的自衛権は彼らには観念でしかない。だが、現実にカナダや英国で死者が出ている。」
 二木氏は「このコラムの内容は、私たちが憲法を考える際の原点を示しているともいえる。憲法は政治家がやってはいけないことを国民がつきつけるもの。国民にとって、最もおおきな災禍は戦争だ。それゆえ、政治家たちに「戦争するならオマエたちが先頭に立て」と命じるのは当然のことだ。この法案自体は架空だが、今の政権に対してあるべき国民の構えを説いている」と評価する。
 残念ながら「戦争絶滅受合法案」が発表された4年後の23年、日本は国連を脱退し、37年には期中戦争、41年には太平洋戦争に突入した。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「如是閑は75歳になった50年に「ある心の自殺伝」を出版した。戦前を回顧し、彼はこう記した。
 「(前略)無数の凡人どもはただそれらの優れた人々の作る歴史の流れの内に生死する、溝のボウフラのようなものだ。
 というような見地にひどく反感をもつように育ってきたので、いまこそそのぼうふらの無限数が絶対力を持つ時代である。私がもし野に叫ぶ何やらだったら、「溝の中の無限量のぼうふらよ立て~~」とでも呼ばわるだろう~~などと、そんなことは書きも言いもしなかったが、腹の中では長いことそう思っていた・・・」と、教えてくれた。
 如是閑氏が亡くなった1969年には、就職して2年目であった。だからか、如是閑氏の名前も記憶にあるし、「権力者こそ最前線へ」という言葉は、自分も含めて「人が為政者になった時の責任感」としてヅート持ち続けてきた。
 この新聞記事で、あらためて、如是閑氏の「戦争絶滅受合法案」にあったことを知った。
 宣戦布告後10時間以内に、
 ①国家の元首で男子
 ②国家元首の男性の親族で、16歳以上のもの
 ③総理大臣および国務大臣、さらに次官
 ④男性国会議員、ただし戦争に反対票を入れた議員は除く
 ⑤高い地位の聖職者をつとめながら、戦争に対して公然と反対しなかったもの
以上を宣戦布告から10時間以内に、一平卒として召集し最前線に送る。
 しかも、これには年齢及び健康状態などは考慮しない。
 加えて、これら人物の妻や娘、姉妹なども看護師などとして召集したうえ、最も戦場に近い野戦病院に勤務させる。
 このことは、主権者国民としては、戦争を始めようとする「為政者」に当然の要求として、突き付けることができるはずだ。この内容が、世界の一国にでも、誕生すれば、まちがいなく「戦争は絶滅危惧種」になるのではないか。
 いまの日本でこそ、必要な法案のような気がした。
 
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-08 07:26 | 東京新聞を読んで | Trackback
 7月7日(月)、雨、風なし、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園4時50分。カラスの親子4羽、ムクドリ20数羽、草原に騒ぐ。
 公園を抜けて、大堀川河口へ。川岸を歩く、川の流れは速い、藪に月見草2輪咲く。ハクチョウ親子は川の中。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。雨の中、歩くたびに小さなチョウチョウが飛び出す。
 柏の機場の林で、ユリノキの芽を見ながら、早く咲け咲けと声を掛ける。
 戸張下の機場の林で、もも上げ体操。白百合の花はまだ咲かない。アジサイの花が、ここ数年ドライフラワーになっていたが、ことしは何年ぶりかの本降りの梅雨が続いているため、花のボンボリが腐りかけている。60年前に新潟で見た梅雨時のアジサイだ。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。田圃の畔の草刈りが、され始めた。景色が一変するのが面白い。
 休耕田のアシ原、蒲原のオオヨシキリの声が今日もする。気が付けば、沼側からはヨシキリの声が絶えて久しい。
 ひどり橋近くの草原から、チョウトンボが飛んだ。近くの田んぼには、昨年と同じ田んぼに、タニシがごろごろ。
知人に、タニシを発見したら取ってきてくれと頼まれていたので丁度よかった。
 ひどり橋、横の柵を使って、雨にぬれながら腕立て伏せ、スクワット。眼下の大津川では、ハクチョウの親子が、頭を水に突っ込んで騒いでいた。
 帰路も草原を歩く。 柏下の水路では、雨の中シオカラトンボ3三匹、ショウジョウトンボが一匹、オニヤンマが一匹、目にも止まらぬ速さで、飛び回っていた。
 
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-07 13:37 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

戦争を知らぬ政権危うい

 7月3日付朝日新聞朝刊39面に、「集団的自衛権を問う」との囲み記事がある。発言者は、流通大手ライフコーポレーション会長・清水信次さん(88)、聞き手は、藤生明さん。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 記事は、「岸信介元首相、安倍晋太郎元外相と親しくさせてもらった縁で、安倍晋三首相とも若いころから交流がある。ずけずけ意見する私は煙たい存在のようだが、集団的自衛権の行使に向けた動きも「優先順位が違う」と言わざるを得ない。
 今一番大切なことは、近隣諸国との信頼の構築であり、まずは中韓との関係改善、次に防衛、経済、資源といった問題に着手していくべきだ。中韓の首脳と会談できない現状は嘆かわしい。
 安倍さんは「ドアは開いている」と言っているが、相手に高飛車な印象を与えないだろうか。いくら嫌な相手でも、相手の対応を変えるのは難しい。それならば自分が変わるべきだ。これは岸さんから教わった。私の経験からもその通りだと思う。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「大戦末期、米軍が日本本土に迫りくると伝えられるなか、私は陸軍の本土防衛特別攻撃隊の一員として、上陸してきた戦車に地雷を抱えて飛び込む訓練に明け暮れていた。遺書と髪の毛と爪を切って家族に送った。
 訓練中、国民の望まない戦争を始め、こんな作戦で米軍を食い止めるという為政者、軍上層部を呪った。ところが、迎撃直前、日本は降伏した。あと少し遅ければ死んでいた。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「多くの同級生や戦友が中国南方、沖縄で戦死した。生き残りとして、国家の暴走を二度と許さずと強く思う。
 そのためにも歴史に学ぶ必要がある。
 戦争のなんたるかを知らない現政権は非常に危うく、心配だ。」と締めくくった。
 戦争体験者で、経済界の重鎮の言葉には、実に説得力がある。発言者の「今一番大切なことは近隣諸国との信頼構築であり、まずは中韓との関係改善」との指摘は、その通りだと思う。平和な日本を持続させたいなら、まず、首相が先頭に立って、「会って直談するのが悪感情を一掃するのに最上の方法である」とリンカーンが言ったとそうだが、実践することこそ、「総理大臣」の最優先の平和構築策ではないのか?
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-07 06:39 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 7月3日付朝日新聞社説に、「主権者が動き始める」との見出しで、7月1日官邸前の様子が載った。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「「戦争反対 生きたい」。黒いペンで手書きした段ボールを持った男子高校生。
「憲法壊すな」。体をくの字に折っておなかから声を出す女子中学生のグループ。
 プラカードを掲げる若い女性の爪は、ネオピンクに白の水玉。
 赤い鉢巻組織旗を持った集団の脇で、父親に抱っこされた幼児はぐったりとして。
 年配の参加者は、もはや立錐の余地のない前方を避け、下流の壁沿いに静かに腰を下ろす。
 作業着、ネクタイ、金髪、白髪、リュックサック、高級ブランドバッグ。地下鉄の出入り口からどんどん人が吐き出される。」と切り出した。
 つづけて社説は、「安倍内閣が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした当日と前夜。首相官邸前で「超緊急抗議」が行われ、それぞれ1万人(主催者)が集まった。
 若い世代が目立つ。「国民なめんな」「戦争させんな」を早いリズムに乗せてコールし、年長者を引っ張っているのは大学生のグループ。デモに参加するのは初めて、ツイッターで知った、一人で来た。郊外から来たという人も少なくない。主催者側によると「官邸前にはどうやっていけばいいのか」と多くの問い合わせがあったという。
 「NO」と言わなければ「YES」に加担したことになる。戦場に行かされるのがこわい。「頭数」になるぐらいしか、今できることはないから~~。多様な思いを胸に集まった人たちが、官邸に向けて声をあげた。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「一方 、官邸の主の記者会見は、棒読みのように始まった。
 「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしうを守り抜いていく」。左横には、5月の会見でも用いられた、赤ちゃんを抱いた母親と不安そうな表情の子供の絵。「非現実的だ」「情緒に過ぎる」と強い批判を浴びたことを首相や周辺が知らないはずがない。
 それを再び使ったのは、批判に耳を傾けるつもりはないという意思表明だろう。説明も説得も放棄し、「思えません」「誤解があります」「あり得ない」と、気だるい感じで繰り返した。」と指摘した。
 最後に社説は、「「首相の言動がどんどん火に油を注いでいる状態です」。抗議の主催者の一人は言う。2日間で最も多く叫ばれたコールの一つは、「安倍辞めろ」だ。官邸前で、これだけの規模で公然と首相退陣を求める声が上がるのは極めて異例のことだろう。
 なるほど、安倍首相はこの国の民主主義を踏みつけにした。
 しかし、踏まれたら痛いということを主権者は知った。足をどけろと声をあげ始めている。」と締めくくった。
 読んで元気が出た。
 「首相の言動がどんどん火に油を注いでいる状態です。」抗議の主催者側の一人はいう」とのこと。
 官邸まえで、これだけの規模で、公然と首相退陣を求める声が上がるのは極めて異例のことだろう」とのこと。
 言葉がまともに通じなくなった、内閣に、総理に、早々に政治の表舞台から、退場してほしいという「国民感情」は、寧ろ民主主義の普通の現象ではないか?
 これを、マスメディアには一億総国民全体に伝播する役割をはたしていただくことが、「憲法で認められた報道の自由」を実践する」ものの使命ではないか!!
 
 
[PR]
# by sasakitosio | 2014-07-06 20:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback