憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カワセミ君 お久しぶり

 カワセミ君 お久しぶり
 5月21日(水)雨。風あり、人ほとんどなし。
毎朝の手賀沼散歩。家を出るときから、雨だ。
 入りの柏公園5時半。小鳥の声少しあり。公園の桑の実が熟し始めて数日。今日も、真っ先に桑の木に近寄る。きのう両手にいっぱいのクロ紫の桑の実を食べたのに、今日もいくつか熟していた。雨の滴を払いながら、目に入る桑の実はすべて食べた。今日の目覚めと、ビタミン補給、放射能は年なので気にしないことにしている。ただ、さすが市役所、定期的に公園内の放射能を測定し、公園の入り口や出口など、見やすいところに掲示している。
 公園を抜けて、柏下の水路沿いの草原を歩く。すこし行くと、枯れた一本のアシに、カワセミが止まっていた。
 対岸の木が全て、切り倒されたため、枯れ葦にとまり、カワセミの重みで、茎がしなり水路の真ん中のポイントで、魚を狙っていたのか。こちらが気付くと同時にカワセミも気づいたか、さきの方へ飛び、水路壁にとまった。久しぶりの出会いだ。着地場所を確かめて、遠回りをして歩く。
 機場の林へ入ってから、振り返ったら、まだ水路壁にとまっていた。
 機場の林でユリの木を観察、樹の下の草薮を歩く。
 草薮の中に、黒い鞘になった、カラスノエンドウが見られる。天気がいい時は、実がはじけて、鞘の中が真っ白いカラスのエンドウが見られる。花は紅、実は緑の鞘に、みのると黒くなって、はじけて白い腹のうちを見せる。
 機場の滝は、今日も音を立てて落ちていた。
 戸張側の機場の林で、小鳥の声を聞きながら、体操。草薮は茅の穂がきれいだ。
 戸張下の水路沿いに入ろうとすると、水路の初めのプールに何かが、飛び上がって、水しぶきを上げて、水面に泡を立てながら水に潜った「もの」があった。しばらく立ち止まって見ていたが、正体は不明。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。雨の水田は、すっきりしたいい景色だ。そこに、燕が飛んできた。近くに住宅が立っているので、巣をつくっているのかもしれない。身の回りを1メートルぐらいまで近くを旋回する。ひどり橋で、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。そこへツバメが飛んできた。帰路も、燕が周りを飛び回る。数えたら、5羽いた。
 雨の手賀沼は、人が少ない。今日は1時間余の時間で、合ったのは男女2人だけ。だから、広い手賀沼独り占め、貸切状態で、楽しめた。
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# by sasakitosio | 2014-05-21 10:34 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

クーデターの夢魔

 5月18日(日)付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「気が付くと、私は妙な制服を着て、市谷の防衛省で演説を始めようとしていた。そうか、集団的自衛権の行使に反対する学者グループの代表として、防衛省、自衛隊に呼びかけに来たのだ。
「諸君は、憲法9条の下、日本を守る自衛隊として、国民の生命と生活を守るために素晴らしい仕事をしてきた。平和に徹する活動は、国民の感謝と諸外国の信頼を勝ち取っている。いま、内閣の憲法解釈の変更によって、自衛と言う金看板の捨て、外国のわけのわからぬ戦争に送られようとしている。自衛隊の誇りにかけて、こんなまやかしは断固拒否しなければならない」」と切り出した。
 つづけて筆者は、「なんだか、ハト派の三島由紀をみたいだな。すると数えきれない自衛隊員が列を組んで靖国通りを都心に向かって行進しはじめた。「首相官邸に行って、外国の戦争のために死ぬつもりはないと伝えよう。」と言う声が聞こえた。
 「待ってくれ。シビリアンコントロールを破るのか」と言うと、「戦争知らずで戦争好きの政治家ほど、われわれにとって迷惑なものはない。言葉で言っても止められないから力を振るうしかない。これこそ積極的平和主義だと、首相と取り巻きのばかな学者に思い知らせてやる」と誰かがいった。
 「気持ちはわかるけど、冷静に考えなそう」という自分の叫びで声で目が覚めた。」とおわった。
 読んで、 これが夢でも、決して正夢であってほしくないと思った。
 ただ、自衛隊も警察官も消防隊員も、職務を離れれば「一人の主権者・国民」だ。一般公務員も同じだ。勤務中「制服」でいる職業の人が、勤務外の時間「普段着」でいるときは、一国民として、デモや請願行為をしてもいいような気がするが?だって、日本国憲法に保障された「日本的人権」は、日本国民に保障された、奪うことのできない、奪ってはならない永久の「権利」なのだから。
 また、集団的自衛権の行使、解釈改憲で直接、生命に関わる「ポジション」に、配置される「直接の関係者」が、公に意見表明ができない「制度」って、民主主義的でないような気がするが?
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# by sasakitosio | 2014-05-21 07:11 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月16日付朝日新聞社説に、「集団的自衛権 戦争に必要最小限はない」の見出しで、集団的自衛権が社説に載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした、
 社説は、「歴代の内閣が憲法九条のもとで否定してきた集団的自衛権の行使を、政府解釈の変更によって認めるべきだーーー。
 安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」がきのう、こんな提言を柱にした報告書を首相にだした。
 これを受けて、安倍氏は集団的自衛権の行使容認に向けた与党協議などの政治プロセスに入ることを表明した。
 集団的自衛権の行使を認めるには、憲法改正の手段を取らざるを得ない。歴代内閣はこうした見解を示してきた。
 安倍氏が進めようとしているのは、憲法96条に定める改憲手続きによって国民に問うべき平和主義の大転換を、与党間協議と閣議決定によってすませてしまおうというものだ。
 憲法に基づいて政治を行う立憲主義からの逸脱である。弊害はあまりにも大きい。」と指摘した。
 つづいて社説は、「まず、戦争の反省から出発した日本の平和主義が根本的に変質する。
 日本が攻撃されたわけではないのに、自衛隊の武力行使に道を開く。これはつまり、参戦するということである。
 懇談会は、集団的自衛権を行使するには「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある」「(攻撃された国)の明示の要請または同意を得る」といった条件を付けている。
 だが、いずれも単なる前提にすぎなかったり、国際法上あたりまえのことだったりして、明確な歯止めとはなりえない。
 集団的自衛権を行使するかしないかは二つに一つだ。首相や懇談会はが強調する「必要最小限なら認められる」という量的概念は意味をなさない。
 日本が行使した途端、相手国にとって日本は敵になる。
 また解釈変更は、内閣が憲法を支配するといういびつな統治構造を許すことになる。
 国民主権や基本的人権の尊重といった憲法の基本原理ですら、時の政権の意向で左右されかねない。法治国家の看板を下ろさなければいけなくなる。
 そして、近隣国との関係改善を置き去りにしたまま解釈改憲を強行することで、東アジアの緊張はかえって高まる。」と指摘した。
 さらに社説は、「きのうの記者会見での首相発言は、理解しがたかった。
 懇談会は集団的自衛権のほか、国連の集団的自衛権のもとでの自衛隊の武力行使に憲法の制約はないと解釈するよう、政府見解の変更をを求めた。
 首相はこの考え方を「これまでの政府の憲法解釈とは論理的に整合せず、採用できない」と退けた。
 それをいうなら集団的自衛権の行使容認も、これまでの政府の憲法解釈とは整合しない。
 それなのに首相は、「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置は」禁じられていないという72年の政府見解を引き、集団的自衛権は許されるとの考えは「政府の基本的立場を踏まえている」と評価した。
 だが、72年の見解は、首相の引用部分に続いて「集団的自衛権の行使は憲法上許されない」と明記している。そこには触れないまま提言を受け入れようというのは、二重基準によるごまかしとしか言いようがない。
 これから与党協議に臨む自民党や公明党の議員は、こんなまやかしを認めてしまうのだろうか。協議の行方から目を離すことができない。」と指摘した。
 さらに続けて社説は、「一方、集団的自衛権の行使容認とは別に、報告書は国連PKOの際の武器使用のあり方や、日本領土・領海への武力攻撃とまではいえない侵害への対応にも触れている。
 「PKOでの武器使用に憲法上の制約はない」と言う懇談会の提言は論外としても、PKOなどの問題は一つひとつ丁寧に検討すべき論点であることは確かだ。
 海外での武器使用に関しては、政府は9条の平和主義と国際社会からの要請とのはざまで、針の穴を通すような憲法解釈や立法を重ねてきた。そうした矛盾がPKOの現場で端的に現われたのも事実だ。
 しかし、それは憲法9条を尊重してきた日本国民が自らに課した「たが」でもある。
 この矛盾を少しでも解消するため、さらに知恵を絞るべきはなのは当然でのことである。ただし、憲法を改正するのでなければ、検討は9条の範囲内にとどめるのもまた当然である。」と指摘した。
 最後に社説は、「首相は集団的自衛権の行使容認を突破口に、やがては9条のしばりを全面的に取り払おうとしているように見える。
 これが「戦後レジュームからの脱却」の本質であるならば、看過できない。
 いったい何のための集団的自衛権の行使なのか。日本の安全保障や国際平和への貢献のために何を為すべきなのか。その目的や手段を誤ってはならない。」と締めくくった。
 社説の指摘の通りだと思った。
 そして、なぜ今集団的自衛権なのか、いまなぜ解釈改憲なのか、それの結果のもたらす「問題・課題」について考えてあるのだろうか?前後の見境もない「子どもっぽい」首相の行動のような気がしてならない。そして、これを立憲主義の立場から、止められない自民党・公明党は賞味期限キレか?
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# by sasakitosio | 2014-05-20 19:24 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 5月20日(火)晴れ、空気冷たし、草の葉に露多し、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園5時、小鳥のさえずり聞きながら、公園にある一本の桑の木。昨日に続き、クロ紫に熟した「桑の実」を食べた。近くをあるく人、誰も気にかけない、ありがたいことだ。おかげで、ゆっくり一つずつつまんで口に入れる。薄甘で日本の「春の味」のひとつではないか。
 公園を抜けて、柏下の水路沿いの草原を歩く、水路には、ウシガエルが声を上げやつ、水面に出した目をゆっくり水に沈めるやつ、ジャボーンと水に飛び込むやつ。コイやフナは藻の中で水面に背びれを見せ、立ち止まって見つめるとガボッと水を蹴って姿を隠す。沼の葦原から、ヨシキリの声が絶え間なく聞こえる
 機場の林で、ユリノキの芽を覗き、キンランの実にさわり、月見草を愛で、ブタクサの花に声をかけ、草藪に遊ぶ。
 機場の通路には、アサガオと思ったら、朝にしぼんでいたので「昼顔」か?機場の滝の水は澄んできた。
戸張側の機場の林には、次々ブタクサの花芽が立ち上がる。もう少しで一面に咲きそうだ。
 小鳥の声聞きながら、体操。戸張下の水路沿いの草原を歩く。所々に在る「ハクチョウゲ」の丸く仕立てられた「その中」に数え切れない「ピンクの花芽」がきれいだ。
 雪柳は花が終わり、すっかり刈り込まれていた。
 休耕田かと思って、稲の捨て苗を差し込んでおいた「田圃」が「しろかき」されていた。苗にかわいそうなことをした。
 水路の隙間の水たまりに指し込んでおいた3株は元気に生きている。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。ツバメが後ろから大津川に向けて飛んで行った。
 川も、沼も、空も、靄がかかり、2キロ先は見えない。靄のため東の空には白い太陽、薄雲のため西の空には白い月が見える。
 ひどり橋の向こうの「大井の村」からは、鶏のコケコッコーの声が聞こえ、空にヒバリがピーチクパーチク囀っている。
 帰路の水路沿いの草原を歩けば、燕が追いかけてくる。カワラヒワが囀りながら飛び立つ。枯れたアシのなかからはスズメのおしゃべりが聞こえる。沼の葦原にそびえる、柳の木の天辺から、盛んに、イッピツケイジョウ、イッピツケイジョウと囀る鳥あり。
 帰路の柏下の水路沿いの草原に入れば、対岸の田圃から、ケロケロとカエルの声、沼の葦原からヨシキリの声が聞こえ始めた。
 
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# by sasakitosio | 2014-05-20 13:16 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

大戦の悔恨忘れるな

 5月16日付東京新聞朝刊一面に。「大戦の悔恨忘れるな」の三段縦見出しで、論説主幹・山田哲夫氏の署名入りの記事が載った。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「安保法制懇の憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認は、戦後の平和主義を捨て、戦争のできる普通の国へとの提言だ。国を守る気概は持たなければならないとしても、国民は戦争をする国を望まない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「安保法制懇は元外務次官、元防衛事務次官、憲法、国際法学者らの首相と考えを同じくする識者の会だが、その分野の主流派や多数派を代表しているわけではない。むしろ集団的自衛権行使が憲法解釈の変更によって可能とする主張は学会の少数派だし、砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を容認しているとの見解も異端だ。これまでも歴代政府は、憲法九条から集団的自衛権は行使できず、時々の政府判断によって解釈変更はできない、行使できるようにするには憲法改正が必要――としてきた。そこには時の内閣の短絡や暴走を防ぐ立憲主義や法の支配への誠実や忠実があり、なにより310万人の犠牲を出した先の大戦への深い悔恨があったからだろう。」と指摘した。
 さらに筆者は、「他国の戦争に自衛隊が参加する集団的自衛権の行使容認は、歴史の反省に立つ平和主義憲法の根幹を変えてしまう。小手先の解釈変更でなく、憲法改正の正当な手続きで国民的議論と合意の正攻法で行われるべきだ。
 集団的自衛権行使容認に日米同盟強化や戦争抑止が狙われているとしても、地域に平和と安定をもたらすかどうか疑わしい。相互理解を欠く猜疑が軍備増強の口実を与え、いわゆる安保のジレンマの軍拡競争を招きかねない。」と心配している。
 最後に筆者は、「限定容認の条件を付けても一度開かれた封印は歯止めを失う。かってのベトナムやイラクのような誤れる戦争にも自衛隊の参戦を余儀なくされるだろう。平和主義と専守防衛の枠内で知恵と工夫を凝らすのが日本の未来を開く道だ。
 戦中派歌人、岡野弘彦さんの歌に
 <親ゆづり、祖父ゆづりの、政治家、世に傲り、国を滅ぼす、民を亡ぼす>がある。
 戦争を知らず、歴史への洞察を欠く二世、三世議員たちに国をゆだねる危うさ。そのために憲法の制約もある。隣国との関係に心を砕くべきだ。」と締めくくった。
 記事は、大変勉強になった。
 歌人・岡野弘彦さんの歌の、今日ただいまのリアリティーさに感心した。国民が、忘れないことが、国民に忘れさせないことが、大切のような気がした。
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# by sasakitosio | 2014-05-20 06:45 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月19日(月)晴れ、冷たい風少し、草に露すこし、人少し。
 入りの柏公園5時半。しずか。公園のアベリアはまだ咲いていない。昨日の和歌山城下ではアベリアが咲いていた。 柏市より和歌山市の方があったかいのかもしれない。
 公園を出て、柏下の水路沿いの草原を歩く。沼側の葦原から、今日もヨシキリが賑やかだ。
 機場の林で、ユリノキの芽を覗く、芽がはじけて中から新しい葉っぱが飛び出した。木の根元の草薮には、単子葉の草が、丈や葉の形が微妙にちがうが、花・実が姿を現すと異種であることがはっきりする。藪の花は、今は茅の尾花が目立つ。
 機場の通路の植込み、アサガオの花が、咲いていた。
 戸張側の機場の藪は、ブタクサの蕾が、いまかいまかと咲くのを待っている。
 機場の林で、小鳥の声を聞きながら、体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。所々に植えていある「下野」の赤い花が咲き始めた。ハクチョウゲもピンクの花芽、開いて白い花、かわいくて綺麗だ。ウツギもすこしづつピンクと白の花をつけ始め、アジサイも花芽を見せ始めた。水路では、ウシガエルが鳴いたり騒いだり水に飛び込んだり、騒がしい。
 草原の植込みにある「桑」に実がついた。今日は、黒紫に実ったところを、数個つまんで食べた。少し甘かった。
 ツバメが、草原の散歩の行き返り、時々、近くで旋回する。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路、河津桜にサクランボがなっていた。一本の木に、一個づつ。形は小ぶりだが、色は佐藤錦並みだ。きれいだった花を思い出しながら、一個つまんで食べてみた。苦くて、飲み込める代物ではなかった。
 見渡す限り、田植えの済んだ、水田。小さい頃から見ている、ほっとする、大好きな風景だ。
 公園に入って、駐車場の近くに「桑」の木があることを思いだし、行ってみると、黒紫に熟した桑の実が、紅い実と共に沢山ついていた。両手にいっぱいの桑の実を摘んだ。今年初めて、桑の実を、いっぱい食べた。甘かった。
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# by sasakitosio | 2014-05-19 17:09 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 5月15日付朝日新聞社説に、「路上の民主主義 自ら考え動き出す人たち」の見出しで、今日の民主主義事情が記事になった。今日は、この社説を勉強することにした。
 まず社説は、「変わらなければ。変えなければ。
 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を経験した2011年。「第二の敗戦」といった言葉も飛び交うなか。日本社会は深い自省と、根源的な変革を求める空気に満ちていた。
 それを目に見える形で示したのが、震災から約半年後東京で開かれた「さよなら原発」集会だ。ノーベル賞作家・大江健三郎さんは訴えた。「何ができるか。私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしかない。」あれから3年近くが経った。
 自民党が政権に戻り、原発再稼働が推進され、大型公共事業が復活する。
 何も変えられなかった。
 冷めた人。折れた人。疲れた人。民主主義への失望と相まって膨らんだ諦念が、安倍政権の政治的原資となってきたことは否めない。」と切り出した。
 続けて社説は、「反対意見に向き合い、議論を深める。民主制の根幹だ。しかし、首相はどうやら、選挙で選ばれた、最高責任者の自分がやりたいようにやるのが政治で、反対意見なんか聞くだけ無駄だと考えているようだ。
 憲法のしばりさえ、閣議決定で「ない」ことにしてしまおうという粗雑さ。これに対し、与党が圧倒的議席を持つ国会は、単なる追認機関と化しつつある。
 気付いているのだろうか。
 首相の強権的な政治手法とふがいない国会のありようが、自ら思考し、行動する政治的な主体を新たに生み、育てていることに。怠慢なこの国の政治家にとっては、幸か、不幸か。
「「Fight the power」、これは権力と闘えって意味で、ちょっと過激なんですけど、まあ英語だから大丈夫かなと」
 憲法記念日に東京・新宿で行われた「特定秘密保護法に反対する学生デモ」。集会場所の公園で約400人が声を合わせ、コールの練習を始めた。都内の大学生らが主催した。党派によらない個人参加のデモ。ネットや友人関係を通じて集まった。
 出発。重低音のリズムを刻むサウンドカーを先頭に、繰り返される「特定秘密保護法反対」「憲法守れ」。堅苦しい言葉がうまくリズムに乗っかって、新宿の街にあふれだしてゆく。
 大学生たちがマイクを握る。
 「自分らしく、自由に生きられる日本に生まれたことを幸せに思っています。でも、特定秘密保護法が反対を押し切って成立した。このままじゃ大好きな日本が壊れちゃうかもしれないって思ったら、動かずにはいられませんでした。」
「私は、私の自由と権利を守るために意思表示することを恥じません。そしてそのことこそが、私の「不断の努力」であると信じます」
 私、。僕。俺。借り物でない、主語が明確な言葉がつながる。
 社会を変えたい?
いや伝わってくるのはむしろ、「守りたい」だ。
 強引な秘密法の採決に際し、胸の内に膨らんだ疑問。
 民主主義ってなんだ?
 手繰り寄せた、当座の答え。
 間違ってもいいから、自分の頭で考え続けること。おかしいと思ったら、声を上げること。
 だから、路上に操り出し、響かせる。自分たちの声を。
 「Tell me what democracy look like?(民主主義ってどんなの?)」のコール。
 「This is what demokuracy looks like!(これが民主主義だ!)」のレスポンス。
 ある学者は言う。頭で考えても見通しをもてない動乱期には、人は体を動かして何かをつかもうとするんですーーー 
 彼らは極めて自覚的だ。社会はそう簡単には変わらない。でも諦める必要はない。志向するのは「闘い」に「勝つ」ことよりも、闘い「続ける」ことだ。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「5月最初の金曜日に100回目を迎えた、首相官邸前デモ。
 数は減り、熱気は失せ、そのぶんすっかり日常化している。
 植込みに座って、おにぎりを食べるカップル。歌をうたうグループ。「解放」された官邸周辺を思い思いに楽しんでいる。
 非暴力。訴えを絞る。個人参加。官邸前で積み上げられた日常と、新しいデモの「知恵」がなければ、昨年12月に秘密法に反対する人々が国会前に押し寄せることも、学生たちのデモも、なかったかもしれない。
 つよいその根は眼にみえぬ。
 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ、(金子みすゞ「星とたんぽぽ」)」と教えてくれる。
 最後に社説は、「タンポポのように、日常に深く根を張り、種を付けた綿毛が風に乗って飛んでいく。それがどこかで、新たに根を張る。
 きょう、集団的自衛権の行使容認に向け、安倍政権が一歩を踏み出す、また多くの綿毛が空に舞いゆくことだろう。 社会は変わっている。 深く、静かに、緩やかに。」と締めくくった。
 よんで、勇気と希望が湧いてくる「社説」であった。
 お互いに、国民同士、誰しも自由と民主義を守りたい、と信じられた。
 また、タンポポの綿毛を遠く広く飛ばしてくれる「風」が、毎日の新聞記事だ。戦い続ける「新聞」があってこそ、民主主義は生き続けるような気がした。
 そして、タンポポの綿毛の一個として、次の選挙では決して忘れてならないことは、、秘密保護法に賛成した議員にも、政党にも投票しないと、それを忘れやすい、周りの知人友人にしつこく言い続けようと思っている。信念・思想のない為政者が、一番恐れているのは、権力の座から、落ちることだから!!
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# by sasakitosio | 2014-05-19 07:40 | 朝日新聞を読んで | Trackback
富士山が雪化粧、雲のマフラーなびかせて
5月18日(日)、和歌山城のほとりで、朝日をあびる「虎伏山・竹垣城」の天守閣を目の前に身ながら、目覚めた。
8時43分和歌山発の「特急くろしお」、新大阪で「ひかり516号」東京へ、特急くろしおも新幹線も空いていて、極めて快調な電車の旅であった。日帰りの計画を、無理するなの妻の忠告に従い「和歌山で一泊」に変更したのはは正解だった。
 特に帰りは、富士山が見えるよう「進行方向左側の窓側」に座る。天候もよく、名古屋を過ぎてから、窓の外を覗きっぱなし、中でも三島から見た富士山が感動的であった。
 線路際からせり上がるように富士山の緑のすそ野が左右に広がり、富士の山は頂上を厚く雪化粧をし、薄い雲が山をまき、まるで白いマフラーをなびかせているような、かっこいい富士山をみた。車内で見る、小田原からの富士はすそ野が見えない分、迫力に欠けていた。
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# by sasakitosio | 2014-05-19 07:12 | 今日の感動 | Trackback

なくなるかチップ制度

 5月11日付東京新聞の社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「ゴールデンウィークに海外へ旅行された方も多かったようだが、外国のチップ制度は面倒くさくなかっただろうか。
 タクシーに乗ればチップ、ホテルでもチップ、食事をすればチップ、観光バスのガイドにもチップ、とチップのことを考え続けなければならないのは私にはいつも苦痛だ。
 日本がチップ制度が事実上ない例外的な国なので慣れないのも仕方がないのだろうが、その例外的なノーチップの習慣がここへきて注目され始めた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「それは、チップ制度がもっとも徹底している米国のニューヨークでのこと。昨年マンハッタンの「スシ・ヤスダ」の勘定書きにこんな一文が書き添えられた。
 「日本の習慣に従い、スシ・ヤスダの従業員には十分な給料が支払われています。従ってチップはお受けいたしません」
 つづいて最近、やはりマンハッタンの居酒屋「レストラン・リキ」が続いた。
 「レストラン・リキはノーチップ制になりました。チップは必要ありませんし、期待もしません。」
 日本人からすれば当たり前のことだが、米国人にはよほど新鮮に思えたようでニューヨーク・タイムズ紙など各マスコミが相次いで取り上げている。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「それは、米国人にとってもやはりチップが悩みの種であることを物語るとともに、チップ制度が今直面している問題をあぶりだしたようだ。
 チップは本来「客がよりよいサービスを買う」ためのものだったはずだが、実はそれによって経営者はチップ分人件費を節約できるだけでなく、売り上げにも加算されないため税金対策にもなるメリットがある。
 一方、従業員も不定期なチップの収入は捕獲されにくく、税金を払わずに手取りで10万ドル(約1千万円)の年収がある飲食店のウエーターもニューヨークにはいるという。
 しかし、記録が残るクレジットカード決済の普及と共にこのメリットも薄れてきた。さらに、レストランの裏表収入格差がチップ制度を揺さぶり始めた。 
 レストランで接客する「表の従業員」がチップで潤うのに対して、厨房で働く調理人などには同様の「余得」も期待できない。そこで、チップを一部「裏の従業員」に回すよう訴訟が起きたり、そうした要求に応えてチップを分配した経営者が「表の従業員」に訴えられるようなことが続ているらしい。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ならば、いっそのこと従業員の給料を上げた方がよいとも言われ始めているが、料金をアップするのも怖いので経営者が二の足を踏んでいるという。
 そんなときに導入した日本レストランのノーチップ制は、長年続いたチップ文化を突き崩すきっかけになるか注目されているわけだが、はたして・・。」と締めくくった。
 外国旅行に行くときに、いつも、どうしたものかと悩むのが、チップだ。ニューヨークで始まった、「日本レストランのノーチップ制」は、ぜひ世界中に広まってほしい。
 ノーチップ制と言う「日本文化」の広まりは、日本の「平和憲法」が、「世界文化」となって世界に広まる契機になってほしい。

 
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# by sasakitosio | 2014-05-18 16:47 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月11日付朝日新聞社説下に、「風」という署名入りの囲い記事がある。筆者は、アジア総局長・大野良祐氏だ。 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「バンコク北郊の住宅地で、4月はじめ大きな爆発事故があった。
 第2次世界大戦中に連合国軍が落としていった不発弾が、ビルの基礎工事中に見つかり、作業員が爆弾だと知らずに近くの金属リサイクル工場に持ち込んだ。工場の従業員もそうとは知らずガスバーナーを当てたその瞬間―――工場は建屋の大半が吹き飛び、残った鉄筋もひしゃげていた。8人が死亡する惨事だった。
 隣国のカンボジアやラオスは、ベトナム戦争や内戦時の不発弾や対人地雷が今も数多く残ることで知られるが、タイにも大戦中の不発弾が残っているとは知らなかった。
 取材を始めたが、関心は別の方向に向かった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「8人の犠牲者のうち3人の身元が分からない。成人男性2人と3~5歳の少女。工場関係者はカンボジア人移民労働者2人と労働者の娘だと証言したが、警察署によると、旅券はじめ身元に関する書類はなく、署には誰も遺体を引き取りに来なかった。
 出稼ぎに来て命を落とし、身元もわからないまま無縁仏となる労働者が少なからずいると検視担当医師はいう。
 人口6700万人のタイで、移民労働者は不法移民を含めると300万人とも400万人ともいわれる。ミャンマー人が8割を占めるが、カンボジア人ラオス人も急速にふえつつある。不法移民労働者が登録移民労働者の2倍いると推定されている。
 少子高齢化が進むタイでは、非熟練労働者の必要性が増している。政府はこれまで、不法移民を「黙認」するかたちでその安い労働力を利用してきたが、需要が増すにつれ、労働許可を与えて最低賃金を保障し、長くタイで働いてもらう方針に舵を切った。
 だが当然ながら、そのコストに耐えられない雇用主がおり、密入国してでもお金を稼ぎたいとやって来る隣国人がたくさんいる。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「互助組織をもつコミュニティーをそれなりに形づくっているミャンマー人労働者にくらべて、カンボジア人労働者の環境は厳しい。バンコクの巨大スラム、クロントイでは7~8年前からカンボジア人が増え始めた。実態調査をしているシーカー・アジア財団によると、スラムのなかでもタイ人は危険な重労働を避け、カンボジア人がその仕事に就くようになった。
 タイ労働省によると、今の経済規模を維持するには常に200万人の外国人労働者が必要だという。
 「我々は必要とする人々を異物扱いをしている」とはなすのは、カンボジア人労働者を支援をつづけるNGOのサティエン氏だ。例えば、ミャンマー人人口がタイ人をはるかに上回るバンコク西方の漁業の町マハチャイ。銀行のATMにはミャンマー語が併記されている。しかし、英語には文句が出ないのに、ミャンマー語には「必要なのか」と苦情が地元民から出た。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ミャンマー人労働者を支援するNGOのソムボン代表は「この地域でタイの経済力は抜きんでているいるから、今は来るなと言っても彼らは来る。しかし、経済的な優位は永遠のものだろうか」と問う。彼らはタイが好きでやってきているのではない、と。
 外国人労働者とどう付き合っていくか。日本人にとっても人ごとではない。隣人としっかり向き合い、付き合える国でありたい。」と締めくくった。
 タイは、以前、バンコックとチェンマイを旅行したことがある。その時、バンコクの暑さと、街のにぎわいに驚いた。
 いまも、知り合いの年寄が、チェンマイに家を建てて「移住」している。ときどきメールがきて、タイの事情を教えてくれる。
 今回の記事で、タイに、隣国の出稼ぎ労働者が300万にんもいることに驚いた。人口比で言ったら、日本なら600万人の外国人労働者がいることになる。想像できない状態だ。
 また、タイがミャンマーや、ラオスや、カンボジア、などより経済的な優位を保っている「原因」が知りたくなった。
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# by sasakitosio | 2014-05-18 16:24 | 朝日新聞を読んで | Trackback