憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
 4月2日付東京新聞社説に、「武器輸出新原則 厳格な歯止めが必要だ」の見出しで、閣議決定された「武器輸出新原則」が記事に載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「政府はこれまで武器や関連技術の輸出を基本的に禁止してきた。「武器輸出三原則」である。対米武器技術供与など一部例外として認めてきたが、武器輸出を慎む国是は、戦争放棄の憲法九条、核兵器を「持たず、造らず、持ち込ませず」の非核三原則とともに、平和国家という戦後日本の国のかたち」の根幹をなして来た。
 それを根本から変えるのが、武器輸出管理政策の新たな指針となる「防衛装備移転三原則」だ。」と切り出した。
 つづけて社説は、「新原則は①紛争当事国や国連安全保障理事会決議に反する場合は輸出(移転)しない②輸出は平和貢献や日本の安全保障に資する場合に限定。透明性を確保し、厳格審査する③目的外使用や第三国移転について適正に管理できる輸出先に限定するーーの三本柱。
 政府は、時代にそぐわなくなった旧原則を整理したもので、「基本的な考え方はかわらない」(小野寺五典防衛相)と説明する。そこに落とし穴がある。」と指摘した。
 さらに社説は、「まず紛争当事国の扱いだ。旧原則は武器輸出をしない対象に「国際紛争当事国またはその恐れのある国」を挙げていたのに対し、新原則は「紛争当事国」を、国連安保理決議に基づく平和回復処置の対象国に限定している。
 現在そのような国は存在しない。実際に軍事衝突が起きていても、朝鮮戦争時の北朝鮮や湾岸戦争時のイラクのように国連の平和回復処置がいなければ、日本からの武器輸出は可能になる。
 厳格審査というが、一方に肩入れし、国際紛争を助長することにならないか、歯止めが必要だ。
 透明性の問題も残る。武器輸出の許可状況について、政府は年次報告書を作成、公表することで情報公開を図るとしている。武器輸出を新たに認めるたびに官房長官が談話を発表していた従来の方式と比べ、詳細が分かりにくくなる可能性は否定できない。」と指摘した。
 最後に社説は、「新原則の目的の一つは武器輸出の拡大や、武器の国際共同開発への参加で、国内防衛産業の生産・技術基盤を維持、拡大することにある。政府開発援助(ODA)を軍事面に活用することも検討されているという。平和国家に泥を塗り、「死の商人」などと不名誉な称号が与えられるようなことは、ゆめゆめあってはならない。」と結んだ。
 社説の結びにある、「平和国家に泥を塗り、「死の商人」などと不名誉な称号が与えられるようなことは、ゆめゆめあってはならない」は全くその通りだ。今の政府は、役人は、議員は、人類の歴史の方向をどのように考えているのだろうか?かって新聞で、「生活と命の乖離」という言葉をしって、個々の人間の「弱さ」を知った。今の生活のために、将来の命に考えが及ばいなくなるとのこと。武器輸出三原則の変更は、まさに国家的・政府的に「生活と命の乖離」現象が起きているようだ。グローバル化というのは、良いことも悪いことも所業は、広く早く明らかになるということだと思うが?
その時、今の日本の指導者・為政者は、責任を取る覚悟ができているのだろうか?
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# by sasakitosio | 2014-04-08 21:24 | 東京新聞を読んで | Trackback
 4月8日(火)。快晴。風冷たし、草原に露あり、人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時。すずめの鳴き声、ヒヨドリの雄たけび、小綬鶏の走り、まだ五分咲き状態にさく、ソメイヨシノの花見。公園を抜けて、柏下の水路沿いの草原を歩く。水路に近い草はらでは、スミレが団体で咲いている。歩く広い草原では、草の葉に結ぶ露が、朝日に水晶のように輝く。歩くたびに、次々と新しく輝く。
 機場の林で、小鳥の声のなか、体操。
 緑道をセキスイの乙女7人、コーチ2人が走り抜けていった。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。ここも朝日をあびて、草の葉に結ぶ露の輝きを楽しみながら歩く。水路の田圃側の土手に咲く、山桜が満開だ。白い花びら、薄茶色の葉、青い空の中に、しばしたたずむ。
 ひどり橋の、横の柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。最近はこの運動が、楽にこなせるようになった。すこし、筋肉がついたか。
 帰路は、河津桜の葉桜、草原の葉に宿る露が、うす赤く輝く。
向かう太陽の光の反射と、背にする太陽の光の反射が、草の露に微妙に影響するらしい。いづれも、輝きは美しい。
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# by sasakitosio | 2014-04-08 21:14 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

消費税の裏側

 4月2日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「私たちがお店に支払った消費税はお店がまとめて納税するのだろうと私たちは思っている。
 しかし、事はそう単純ではないらしい。納税されない支払い分がじつは少なくないからだ。 
 国税庁によると、2012年度に新しく発生した税金滞納額は5935億円。そのうち54%に当たる3180億円が消費税である。
 なんだよ、さっさと払えよなと一瞬思うけれども、赤字でも納めなければならないのが消費税。
 価格競争のあおりで、価格に消費税分を転嫁できない零細業者も多い。
 結果的に滞納を重ね、差し押さえにあって倒産する事業主が続出する。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「一方、大企業には「輸出割戻し税制度」というものがあり、輸出企業が仕入れのために支払った消費税分はほとんどが還付されるのだそうだ。
 この件を「消費税のカラクリ」(講談社現代新書、2010年)ほかで厳しく追及してきたのはジャーナリスト斎藤貴男氏だ。低所得者層にしわよせが行く逆進性や税の使い道ばかり問題なる消費税だが、その前にこの理不尽なしくみーー」と指摘した。
 最後に筆者は、「4年前、菅直人政権が消費税を打ち出した際にも、三年前、野田佳彦政権が「社会保障と税の一体改革」をぶち上げた際にも反対論が渦巻いたのに、今は駆け込み需要のはなしばかり。消費税は自殺率を上げるとの斎藤氏はいう。ゾッとする予測である。」と締めくくった。
 税を負担できることは、社会貢献の大事と考えているので、その支払いが終わるたびに、自分を褒めてやっている。
 しかも、戦争以外で「国の借金が1000兆円」と聞けば、消費税に限らず、増税そのものに絶対反対はできにくい。
 しかし、今回の消費税増税は、国民をだまし討ちにしたので許せないと思い。これは決して、忘れてはいけないことだと思っている。民主党が選挙での約束を、反古にして、それに自民党と公明党が悪乗りして、できた消費税増税だ。政治は国民をだましてはいけない。民主党が政権から、隔離状態にされたのは、国民の正常な怒り・判断であったと思う。
 ただ、責任を民主党だけに追わせていいものではないと思うが? 
 また、国民に負担を強いるときは、堂々と、そのことを知らせ、自分も痛みを分かち合う、為政者の信念と確信と自己犠牲を国民に理解してもらう必要があるのではないか?
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# by sasakitosio | 2014-04-08 07:37 | 東京新聞を読んで | Trackback
 4月7日(月)。快晴。冷たい風つよし。人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時。冷たい風、冬が来たようだ。
 街なかから、明け六つの鐘が聞こえる。強い風が吹くと、地に残る花びらが舞い上がる、咲いている桜の花びらが、吹雪のように走る。しばし、立ち止まり、花吹雪の風情を楽しむ。
 公園を抜けて、柏下の草原へ降りて歩く。すぐに、ピンクの花、ハルジオンを発見。数株に花が咲いていた。 植物は、花開いて初めて、分かる所在、そして美しさ。
 機場の林で、花吹雪の中、ヒヨドリの声を聞きながら、体操。
 戸張下の草原をヒドリ橋まで歩く。ホトケノ座は花仕舞いのようだが、近くに葉っぱの多い似たような花をつけた「花」が今真っ盛り。ヒメオドリコソウの群生だ。
 ひどり橋、横の柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。
 帰路は、河津桜の葉桜を愛で、開きかけたモクレンに声をかけ、水路沿いの草原を、朝日に輝く雪柳にさわりながら歩く。雲一つない青空に、白い機体の飛行機が北に向かって飛ぶ。
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# by sasakitosio | 2014-04-07 17:43 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

「ハル字音


「ハルジオンの花」が咲いた、「姫踊り子草」も真っ盛り

4月7日(月)。快晴。冷たい風つよし。人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時。冷たい風、冬が来たようだ。
街なかから、明け六つの鐘が聞こえる。強い風が吹くと、地に残る花びらが舞い上がる、咲いている桜の花びらが、吹雪のように走る。しばし、立ち止まり、花吹雪の風情を楽しむ。
 公園を抜けて、柏下の草原へ降りて歩く。すぐに、ピンクの花、ハルジオンを発見。数株に花が咲いていた。植物は、花開いて初めて、分かる美しさ。
 機場の林で、花吹雪の中、ヒヨドリの声を聞きながら、体操。
 戸張下の草原をヒドリ橋まで歩く。ホトケノ座は花仕舞いのようだが、近くに葉っぱの多い似たような花をつけた「花」が今真っ盛り。ヒメオドリコソウの群生だ。
 ひどり橋、横の柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。
 帰路は、河津桜の葉桜を愛で、開きかけたモクレンに声をかけ、水路沿いの草原を、朝日に輝く雪柳にさわりながら歩く。雲一つない青空に、白い機体の飛行機が北に向かって飛ぶ。
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# by sasakitosio | 2014-04-07 17:38 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 4月2日付朝日新聞社説に、「調査捕鯨中止 政策を転換する時だ」の見出しで、捕鯨のことが記事に載った。今日はこの社説を勉強することにした。
 社説は、「南極海での日本の調査捕鯨について、厳しい決定が出た。国際司法裁判所(ICJ)が中止を命じた判決である。
 捕獲数が多く、肉を販売しており、実質的に商業捕鯨に当たる。――――。反捕鯨国家オーストラリアの訴えに、日本は国際条約に沿った科学的研究だと反論したが、ICJは「現状は科学目的とはいえない」と断じた。
 ICJの判決には拘束力があり、控訴できない。日本は世界に「法の支配」の大切さを訴えている。政府が南極海での現行の調査捕鯨を中止すると決めたのは当然だろう。
 今後は頭数などを見直し再開を目指すか、検討するという。北西太平洋での調査捕鯨は裁判の対象ではなく、継続する構えだ。
 ただ、今回の判決は世界でただ一国、調査捕鯨を続ける日本に対し、国際社会の視線が極めて厳しいことをあらためてつきつけた。北西太平洋での捕鯨も、ICJへの提訴が予想される ここは政策を転換すべきではないか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「調査捕鯨は事業として行き詰まっている。
 捕鯨事業を担うのは、一般財団法人「日本鯨類研究所」で、調査捕鯨で取ったクジラの肉の売り上げを活動資金に充ててきた。
 しかし、鯨肉の消費が低迷しているうえ、近年は反捕鯨団体シーシェパードの妨害行為の影響もあって、運営が一気に悪化した。
 東日本大震災の被災地支援を名目に、復興予算約22億円が財団に拠出され、厳しい批判を浴びたことは記憶に新しい。
 現在は、漁業への補助金を特例的にだしてしのいでいるが、毎年数十億円の予算を使い続けるのは妥当だろうか。」と指摘した。
 さらに社説は、「ICJは調査捕鯨自体は認めており、鯨が増えすぎると生態系をこわすおそれもある。国際的な共同事業として調査捕鯨に取り組むよう、政府は粘り強く呼びかけていくべきだ。 
 一方和歌山県太地町など全国数か所で行われている「沿岸小型捕鯨」は、国際捕鯨委員会(IWC)が 規制しいない鯨種を捕っている。地域の文化や経済と深く結びついており、今回の判決と混同されないよう、国際社会に説明していく必要がある。」と指摘した。
 最後に社説は。「IWCや米国やロシアなどの先住民を対象に「先住民生存捕鯨」の枠を認めている。日本は「沿岸小型捕鯨も同様に位置づけてほしい」と訴えているが、なかなか認められない。
 調査捕鯨を見直しつつ、働きかけを強めたい。」と締めくくった。
 読んで、日本政府のやったことが、国際的に否定されたことは、政府の説明しか聞いていなかった国民としては、刺激的な結果であった。
 政府が、判決に従い、南極海での現行の調査捕鯨を中止したことは、法治国家としての国際版として当然。このことが、国際司法裁判所の国際的権威を高めることにもなろう。長い目で見れば、国家間の紛争が、武力による威嚇や行使によってではなく、国際司法裁判所の判決によって、解決がはかられるという一歩になればいいと思った。それは、敗訴した国が、判決に従うという、国際慣習ができ、戦争が無くなれば、世界から「軍事費」という莫大な「財源・資源」が、人類の福利に使えるのだから。
 また、鯨の食文化は、粘り強く世界を説得し続け、鯨資源の保護は社説の指摘のように、国際的に共同実施する方向へ転換べきではないか。  
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# by sasakitosio | 2014-04-07 07:56 | 朝日新聞を読んで | Trackback

金鳳花、鬼田平子、か?

 4月6日(日)。霧雨のち晴れ。風は寒く、歩く人ほとんどなし。釣り人多し。
 入りの柏公園6時30分。小雨の中、傘をさしてソメイヨシノの花見。地面の花びらを踏みながら。公園を出ると、山吹の白い色、黄色い色の花が、数輪開いていた。
 柏下の水路沿いの草原を、機場の林まで歩く。水路ではときどき大物が跳ねる。
 機場の林で、ユリの木の若葉(祭り半纏状)の成長を見ながら歩く。
 戸張下側の林で、小鳥の声を聞きながら体操。
 戸張下の水路沿い、草原を歩く。雪柳の植込みをみながら、歩く。
 すこし離れた田圃にゴイサギが二羽、首を伸ばし、私を警戒している様子だ。
 水路への斜面には、紫色のスミレがところどころに咲いている。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、屈伸運動。眼下には、大堀川河口にハクチョウ一羽水面に遊び、釣り人、こちらの岸にも、あちらの岸にも、数人あり。
 帰路、すっかり緑になった、河津桜を眺めながら、歩く。
 帰路の戸張下の田んぼの畔に、キジの雄が一羽。手を振るが、答え無し。
 水路の枯れたアシの中に、いろいろな、さえずりの声、姿、形、色の小鳥が飛び交う。帰路の水路沿いの斜面に黄色い花を二種類発見。帰ってパソコンで、花の名前を探したら、金鳳花、と鬼田平子らしい。ブタクサは、機場の林の中に、根性葉をあちこちに広げて、時期の到来を待っている。咲けば黄色い花の林だ。
 帰路の柏下の水路、つがいで見るカモが、一羽で水路に浮かんでいた。通りすぎると、大きな声でギャク,ギャク、鳴いている。なぜかと、注意してみたら、前方にもう一羽が急いでこちらに向かって泳いできた。
 私を危険物とみて、相棒に、叫んでいたらしい。心配をかけてはいけないので、遠回りして、歩いた。
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# by sasakitosio | 2014-04-06 19:00 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

人類と科学への情熱

 3月31日付東京新聞社説に。「人類と科学への情熱」という見出しで、自然科学を志す人たちへのメッセージが載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「自然科学を志す人たちには・・・、というのは、STAP細胞をめぐる論文不正に内外が大きく揺れたばかりだからです。若い人たちに、科学とは何かをもう一度考えてほしいと思ったからです。
 科学的思考とは、古代ギリシャあたりから始まるのでしょうか。この世界は一体何からできているのか。土、水、空気、火の4元素というのが当時の答えでした。
 ばかばかしいようですが、笑ってはいけません。考えること、探究心こそが今に至る人類の力の源なのです。」と切り出した。
 つづけて社説は、「1905年26歳の青年アインシュタインは物理学史を塗り替える特殊相対性理論をドイツの物理学年報に発表します。工科大学では講義に飽き足らず欠席しがち。教授の信頼が得られず、研究室に残れなくなってスイスの特許局の技師に就職したところです。
 自伝ノートによれば、彼は16歳の時、光の矢を光の速さで追いかけたら、光の波は止まって見えるのか、いやそんなはずはない、と自問したそうです。
 以来長い思考の論理的帰結として光速度不変の原理、相対論は出てきました。だれも思いつかなかった論文は、もちろん引用文献なしでした。<中略>
 発見にはプライオリティー、先取権とも呼ぶべき名誉、栄光が伴います。未知の高峰への初登頂にも似ていますが、一人の英知が万人の知恵となる人類への貢献でもあります。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「先陣争いで知られるものの一つに、微積分法をめぐる英国のニュートンとドイツのライプニッツの対決があります。
 ニュートンは17世紀半ば、ペストで大学が閉鎖されていたころ、微積分法を着想し論文も書いたが、仲間内の回覧にとどまっていた。その少し後、ライプニッツは独自に発見し、論文として発表した。
 のちにライプニッツはプロイセン科学アカデミー院長、ニュートンはロンドン王立協会の会長となり、国の威信もかかって、結局決着はつきかねたのですが、二人の功績は今に続く数学のまさに基礎となっています。
 “初登頂”は」二人いたということでしょうか。ニュートンの代表的力学書「プリンキピア」の初版は同じ発見者としてライプニッツの名も記していました。
 先取権で言えば、エンドウを使って遺伝法則を見つけたオーストリアの修道院僧メンデルが「植物の雑種に関する実験」と題して発表を行ったのは1865年でした。小さな研究室での発表論文は長く埋もれたままでしたが、1900年に日の目を見る。
 同じ法則をオランダやドイツの学者らが見つけ、念のため過去の論文を調べたらメンデルの先行が判明したのです。残念ながらメンデルはなくなっていました。」と教えてくれる。
 さらに続けて社説は、「人は死すとも、その情熱は死なず。しかも先人の情熱が積み重なった上に、つぎの情熱は生まれるのです。ニュートンの言葉を借りれば、私たちは「巨人の肩の上に乗っている」のです。
 科学とは人類史の蓄積にほかなりません。自然科学のみならず、政治、経済、文学など人文科学ももちろん先哲たちの情熱のたまものに違いありません。
 研究には競争が、また人間ですから欲望もあるでしょう。
 そこでアインシュタインはこんな風に言います。 「人間が世間から称賛されるため自らが堕落することを防ぐ道はただ一つ、それは働くことだ」
 ひたすら研究に打ち込め、審理を探す情熱を持ち続けよ、というのです。その確信の裏側には自然は決して裏切らないという信念があります。真理はわが手中ではなく、自然の中にあるのです。」とも教えてくれる。
 最後に社説は、「新入生、また新人研究者の皆さん。あなた方は疑いもなく先人たちの大きな肩の上に乗っているのです。それに恥じぬよう、自然のまだ見せぬ真理を見つけてください。情熱は必ず燃え上ってきます。なぜなら、人間とはそもそもそうゆう存在なのですから。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。アインシュタインがスイスの特許局に就職したことや、ニュートンとライプニッツの微積分の発見のこと、修道僧のメンデルが「植物の雑種に関する実験」と題する発表をしたこと、ニュートンの代表的力学書「プリンピア」の初版に同じ発見者としてライプニッツの名も記していたこと、すべてが新しい知識となった。
 自分が古希の領域に入ったせいもあるが、日本の高齢者は、これからの人生を、今まで蓄積された「もの」をベースにして、現代の思想的閉塞状態、時代の行きづまり感を、打破すべき「哲学」を生み出す努力をしてほしいと思った。
 戦争の被害と恐怖と経済的無駄のない人生を、戦後の約70年、日本で生きてこれた、世界で一番幸運な「人種」日本人こそが、それを実現する役割があるのではないか? 
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# by sasakitosio | 2014-04-06 08:08 | 東京新聞を読んで | Trackback
 4月5日(土)。晴れ。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時45分。
 花は満開、小鳥のさえずり。ヒヨドリの声。昼の花見のブルーシートが彼方此方に敷いてある。この公園で、校友会の花見が、11時から予定されている。
 朝の花見をしながら、公園を抜けて、柏下の水路沿いの草原を歩く。気が付けば、枯れた草原が、すっかり緑っぽくなった。こんもりと緑の膨らみをあちこちに見せるのはクローバーだ。
 いつものキジが、いつもの畑か田圃の畔に今日は見えなかった。機場の木の下にもいない。今日はキジも休日か?
 と思ったら、畑の中に羽ばたきケーンとキジがなく。姿を確かめて、数回手を振る。
 機場の戸張側の林で、体操。
 戸張下の水路沿いの草原をヒドリ橋まで急ぐ。
 ひどり橋、横の柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。眼下の大堀川河口に、釣り人多し。
 帰路、河津桜の若葉の緑をたのしむ。モクレンも明日は開くか?帰路の戸張下の水路沿い、対岸の土手に山桜が二本、白い花を遠慮がちに若葉の間に咲かせていた。
 11時に本日2回目の花見だ。朝は一人で、昼間は20人余の昔の青年男女。公園の中は数えきれない両若男女が集う、ソメイヨシノの柏公園。
 花の下での宴の前に、北千葉上水道のビジターセンターへ学習会。一時間余の学習の後の宴。
 集えば、弾む話、はじける笑い、溢れる教養、楽しくためになる集いであった。
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# by sasakitosio | 2014-04-05 21:00 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

気になる大統領夫人外交

 3月30日付東京新聞社説横に「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「米国の大統領専用機「エアフォースワン」を飛ばすと一時間当たり22万1288ドル(約2280万円)かかるそうだ(全米納税者組合基金調べ)
 その「エアーフォースワン」でワシントンから北京を往復すると約28時間かかるので、専用機の運航費用だけで約6億4千万円かかることになる。
 「オバマ夫人一行 納税者の抗議の中を中国に着陸」
 保守派のワシントンタイムズ紙の見出しだ。
 ファーストレディ―のミシェル・オバマと二人の娘、さらにミシェルの母親のマリアン・ロビンソンさんは20日から1週間中国を公式訪問したが、エアフォースワンの運航費用に加えて、婦人に同行した約70人の随員の費用なども相当額かかる。米国の納税者としてはその付けを回されても、いったい何をしに行ったのか納得がゆかないという記事だった。
 ミッシェルさんの訪中は、中国と微妙な関係にある日本から見ると不可解なものだったが、米国も納得できないという意見があるならば、あながち日本側の妄想でもなさそうだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「ホワイトハウスはミッシェルさんの訪中にについて「米中関係が首脳間だけのものではなく、両国民の間のものである」と発表していた。
 しかし、今回の訪中には記者団の同行はなく、マスコミはミッシェルさんたちとの接触は一切排除された。それで「両国民の間の理解」が深まったのだろうか。
 ミッシェルさんたちの訪中の真の目的はなんだったのか、米中関係の専門家がさまざまに論じているが、その中で注目できるのがオンライン外交誌「ザ・ディプロマット」に掲載された上海外国語大学の韋宋友教授の分析だ。  
 オバマ大統領は来月後半に日本、韓国などアジア歴訪を予定しているが、それには「中国封じ込め」の意図がないというメッセージを発信することが一番の目的だったというものだ。
 大統領のアジア訪問は、中国の東シナ海や南シナ海への進出を危惧する周辺諸国との連携を強めるためのものと期待されているわけだが、米国は中国を刺激しないようにわざわざファーストレディーを送ったということになる。
 一方、中国側では外務省の秦剛報道局長が「米ファーストレディーの訪問は、米中による新しい大国関係の構築の過程で実現したものである」と発表した。
 「米中の大国関係」とは、習近平中国国家主席が「太平洋は米中両大国を受け入れる十分な空間がある」とアジア太平洋を米中で仕切ろうと提唱しているものだ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ファーストレディー訪中で米国がよく言えば「気配り」、言いかえれば「低姿勢」の外交を展開したのなれば、そうした中国の太平洋への野望を容認することになるわけで不安だ。」と結んでいる。
 この間、日中、米中に関する新聞記事を多く読んできた。
 なかで、アメリカの方針が、中国封じ込めから、米中融和へと変更したらしいことを感じていた。その文脈の延長線上で、この記事を読んで、納得できた気がする。
 筆者は、不安だというが、アメリカの陰で、虎の威の陰で、世渡りをしてきた、日本の指導者がアメリカの心変わりをたとえ理不尽だと思っても、逆らえるのだろうか?また、逆らっていいものだろうか?よくよく考えた方がいいような気がするが。
 イラクがアメリカの友好国だったのに、指導者の判断ミスのために、アメリカに滅ばされた、記憶に新しい「現実」を直視し、熟考する必要があるような気がするが?。
 ただ、アメリカの軍事力の衰退も、中国の一党独裁資本主義・経済力・軍拡も、いずれもそう長く続かないと思うが?
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# by sasakitosio | 2014-04-05 17:48 | 東京新聞を読んで | Trackback