憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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1030日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「福島原発事故の避難者は、全国に散らばっている。古里に帰る当てのない生活は、想像してみるだけでも痛ましい。

 福島県の内堀雅雄知事は、20203月には、浪江町、富岡町などの「帰還困難区域」避難世帯への応急仮設住宅提供を打ち切る、と発表している。

 原発誘致を決定したのは県と各自治体だった。被害者への責任がある。避難者の困窮を尻目に再稼働へ突進している電力会社の姿は、犠牲者を跳ね飛ばして走るダンプカーのようにみえる。」と指摘した。

 続けて筆者は、「東電以外の会社は「事故を起こしたのはうちではありません」と言いたいようだが、「事故など絶対起こしません」とは言わない。「避難計画を検討中」というだけだ。

 昔、伊方町の町長にあったとき「国が安全だ、と言うから安全です」と答えてケロリとしていた。

 秋田県の避難先で、夫と死別したある女性は「働いている人のことを思えば、原発辞めろとは言えない」という。 

 「被害者が当事者なんですから」と私は言った。

 「活を入れられました」と書いた手紙をもらった。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「被害者でさえ声をあげずに遠慮して生きる、原発圧政社会の精神支配だ。

 避難者の存在は「復興オリンピック」の喧騒に消されそうだ。住宅は生活と人権の基盤である。

 その破壊が原発の本質だ。最期のひとりまで、非難者の生活を支援する責任が、東電、国、県にある。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「2020年には、浪江町、富岡町などの「帰還困難区域」避難世帯への応急仮設住宅提供を打ち切る、と発表している。」との指摘、

 「原発誘致を決定したのは県と各自治体だった。被害者への責任がある。」との指摘、

 「昔、伊方町の町長に会ったとき「国が安全だ、というから安全です」と答えてケロリとしていた」とのこと、

 「秋田県で、夫に死別したある女性は「働いている人のことを思えば、原発辞めろとは言えない」と言う。「被害者が当事者なんですから」と私(筆者)はいった。「活をいれられました」と書いた手紙をもらった」とのこと、

「被害者さえ声を上げずに遠慮して生きる、原発圧政社会の精神支配だ」との指摘、

 「住宅は生活と人権の基盤である。その破壊が原発の破壊である」との指摘、

 等々の指摘は、よく理解できた。

 筆者は「最後のひとりまで、避難者の生活を支援する責任が、東電、国、県にある」との指摘は、全くその通りだ、と思った。

 その責任を感じない「為政者」に、個人的な責任を追及しないをしない限り、彼らは無責任を通すのかもしれない、と思った。

 原発を推進してきた「歴代の総理大臣」「所管の大臣」、「所管の次官・局長」、「審議会委員」、等々の名簿を調べ、損害賠償を請求するとか、原発被害者の救済基金をつくり応分の負担を促すとか、出来ないものかと、思った。


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by sasakitosio | 2018-10-31 06:26 | 東京新聞を読んで | Trackback

1029日付東京新聞朝刊21面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。 

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先週17歳の飼い猫を連れて動物病院を受診した。数日前から階段昇降に時間がかかり、レントゲンでみると、両足のひざが変形していた。原因は加齢で、治療法はない。苦痛なく過ごせるよう、工夫してやろうと思う。

 腎臓が悪く、在宅皮下補液をしている猫。骨が老化するまで生きられたのも幸運。治療に限りがあるから諦めもつく。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「人間相手はじたばたする。両親の晩年を思うと、治療の手立てがあるだけに、選び続ける大変さがあった。父は糖尿病と肝臓がん。母は膠原病に慢性呼吸不全、大腸がんに慢性骨髄性白血病。

 だんだん狭まる選択肢から、最善のものを選び続けた。諦めることの難しさを、日々感じていた。

 多くの病気を抱えていた母は「年をとればとるほど死にたくなくなるものよ」と言い、80で亡くなった。大病を抱えてよくあそこまで生きたと思う。しかしそれは娘の満足にすぎない。

 死を巡る人の心は大変複雑だ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「残念ながら、こうした複雑さを、政権幹部は理解していないようだ。その筆頭が、麻生太郎副総理。

 先日彼は、不摂生な患者への医療を疑問視する発言をした。「またか」と思う。彼の発言は命に関わる問題を論ずるにはデリカシーを欠く。

 病む人、それを支える人のやりきれない気持ち、諦めることの難しさ・・・。

 意に介さぬ人の悪態をこの先どれだけ聞くのだろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「先週17歳の飼い猫を連れて動物病院を受診した。<中略>骨が老化するまで生きられたのも幸運。治療に限りがあるから諦めも着く」とのこと、

 「人間相手はじたばたする。両親の晩年を思うと、治療の手立てがあるだけに、選び続ける大変さがあった」とのこと、

 「だんだん狭まる選択肢から、最善のものを選び続けた。諦めることの難しさを、日々感じていた。」とのこと、

 「多くの病気を抱えた母は「年をとればとるほど死にたくなくなるものよ」と言い、80でなくなった」とのこと、

 「大病を抱えてよくあそこまで生きたと思う。しかし、それは娘の満足に過ぎない。死を巡る人の心は大変複雑だ」とのこと、

 等々を知ることができた。

 筆者は「麻生太郎副総理の「不摂生な患者への医療を疑問視する発言」がデリカシーに欠ける」と指摘した。その通りだ。そして筆者は「病む人、それを支える人のやりきれない気持ち諦めることの難しさ・・。意に介さぬ人の悪態をこの先どれだけ聞くのだろう」と怒っている。

 安倍政権が続く限り、麻生太郎氏の副総理は継ぐだろう。

 だが、人は誰しも「病気やけが」に何時見舞われるか分からないから、麻生太郎氏が「大病か大怪我」をすれば「悪態」も聞けなくなるかもしれない、と思った。

 


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by sasakitosio | 2018-10-30 06:36 | 東京新聞を読んで | Trackback

1028日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「24日の新聞に、原子力損害賠償法の改正案がまとまったが、基本的な骨格は現行法のままで、事故の際の政府の責任もあいまいにされたという記事があった。」と切り出した。 

 続けて筆者は、「福島第一原発事故の教訓は忘れ去られ、政府と電力会社は事故の際の補償について展望のないままに、再稼働を進めようとしている。

 25日のテレビニュースは、森友学園に対する国有地売却を巡る公文書の改ざんについて、現場の近畿財務局のOBが野党議員のヒアリングに応じ、実態を話したと伝えた。

 改ざんに手を染めた職員は自殺し、それを支持した側はのうのうと生き延びている。

 日本は無責任国家である。公権力を行使する為政者とその近くで影響を持つ経済人などは、犯罪的なことをしでかしても、多くの人々を苦しめても、罪に問われることはなく、地位を失うことも稀である。」と指摘した。

 最後に筆者は、「折しも、安田純平氏が解放され、無事帰国した。案の定というべきか、一部からは「自己責任」という非難が吹き荒れている。

 そう、日本では責任という言葉は、貧困状態にある弱者や、政府の勧告を無視して取材を敢行した独立心に富むジャーナリストを攻撃する武器なのである。

 自己責任という意味不明な言葉で他人を攻撃するものは、権力者の無責任に目をつぶり、自己満足を求めているだけである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「24日の新聞に、原子力損害賠償法の改正案がまとまったが、基本的な骨格は現行法のままで、事故の際の政府の責任もあいまいにされたという記事があった」とのこと、

 「25日のテレビニュースは、森友学園に対する国有地売却を巡る公文書の改ざんについて、現場の近畿財務局のOBが野党議員のヒアリングに応じ、実態を話したと伝えた」とのこと、

 「改ざんに手を染めた職員は自殺し、それを支持した側はのうのうと生き延びている。」とのこと、

 「日本は無責任国家である」との指摘、

 「折しも、安田純平氏が解放され、無事帰国した。案の定と言うべきか、一部から「自己責任」という非難が吹き荒れている」との指摘、 

 「日本では責任という言葉は、貧困状態にある弱者や、政府の勧告を無視して取材を敢行独立心に富むジャーナリストを攻撃する武器なのである」との指摘、

 等々を知り、理解できた。

 そして、改めて「責任」について考えた。

 政治的責任、社会的責任、経営者責任、公務員の責任、刑事責任、民事責任等等たくさんある。

 が自己責任は自分行為について、自由に振る舞って、結果発生した不利益は行為者が負担するというぐらいの意味で、当たり前のことを言っているような気がする。

 そして、自己責任って、自分で自覚することであって、他人にとやかく言われるモノでないような気がするが。


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by sasakitosio | 2018-10-29 06:33 | 東京新聞を読んで | Trackback

1020日付朝日新聞社説に、「殺人ロボット」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「人工知能(AI)を備え、人間の介在なしに標的を定め、攻撃する。SF映画に出てくるような、そんな兵器が現実に使われる時代が来るかもしれない。

 議論を急ぎ、開発、配備される前に歯止めをかけるべきだ。

 自立型致死兵器といい、殺人ロボットとも称される。AIを載せた自動運転車に兵器を積んだものや、昆虫のような超小型無人機が構想されている。

 人類の歴史の中で、火薬や核兵器の発明は戦争の在り方を根底から変えた。殺人ロボットはそれと同じような変容をもたらすかもしれない。

 すでに米国は無人機のドローンを米本土から遠隔操作し、外国の敵を攻撃している。自らは安全な場所に身を置いて一方的に攻撃する行為には、かねて批判がある。

 ましてロボットがその判断で殺傷するとは、戦争もまた人間の所業であるという枠さえも越脱する。」と切り出した。

 続けて社説は、「米国、ロシア、イスラエル、韓国などが研究・開発している兵器は、遠からず殺人ロボットの域に達する可能性がある。

 自軍の兵士を傷つけずにすむことが、推進する側の最大に理由であろう。

 さらに、機械の方が判断や動作が人間よりも迅速かつ正確だとして、誤爆や民間人の巻き添えを減らす効果があるという主張も聞かれる。

 しかし、判断を機会に任せることには大きな疑問がある。

 攻撃の成否にかかわらず、責任は人間がとらなければならないが、その覚悟や恐れが薄れはしないか。

 誤作動やサイバー攻撃によって兵器が乗っ取られる心配もある。

 殺人ロボットがテロリストの手に渡ったら、いったいどうなるか。

 交戦の規則などを定めた戦時国際法、対等な条件下での敵対行為を前提としている。一方が機械になれば、土台そのものが崩れてしまう。」と指摘した。

 さいごに社説は、「こうした兵器規制を検討する国際会議が昨年からスイス・ジュネーブで開かれ、今年3月末に3回目の会合があった。

 全面禁止を主張する国から、ゆるやかな人間の関与で足りるとする国まであって、議論はまだ煮詰まっていない。

 国際社会は、化学兵器や対人地雷などの非人道的な兵器を禁じてきた。殺人ロボットについても同様に対処するべきだ。

 日本は民生用ロボット分野で高い技術を持つ。会議では「完全な自律型致死兵器は開発しない」「冷静でバランスのとれた議論を」述べたが、

腰が引けた感が否めない。ロボットの平和利用を進める立場から、もっと議論を主導してはどうか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「自律型致死兵器といい、殺人ロボットとも称される」とのこと、

 自軍の兵士を傷つけずにすむことが、推進する側の最大の理由だ」とのこと、

 「こうした兵器の規制を検討する国際会議が昨年からスイス・ジュネーブで開かれ、ことし8月に3回目の会合があった。全面禁止を主張する国から、ゆるやかな人間の関与でたりるとする国まであって、議論はまだ煮詰まっていない」とのこと、

 「日本は民生用ロボット分野で高い技術を持つ。会議では「完全な自律型致死兵器は開発しない」「冷静でバランスのとれた議論を」と述べた」とのこと、

 等々を知ることができた。

兵器発達と規制についての議論を見聞きするとき、いつも思うことがある。

 国家の代表は、世界から戦争をなくすることを議論しないのはなぜだろうか。

 世界から戦争をなくするために「会議」をなぜ開かないのだろうか。

 日本は、国家が戦争しない憲法を持ち、戦後73年間戦争をしないできた輝かしい歴史を持つ国だ。日本が先頭になって、世界から戦争を廃絶する「国際会議」を提唱したらいいのに、といつも思っている。開催地は日本の広島・長崎などがふさわしいような気がしている。


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by sasakitosio | 2018-10-28 19:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback

1018日付朝日新聞朝刊社説に、「サウジ国籍のジャマル・カショギ氏」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「言論の自由は最も基本的な人権の一つである。権力からの圧力や暴力によって脅かされることは断じて認められない。

サウジアラビア政府を批判してきた記者が行方不明になり国際社会を揺るがせている。

 米国を拠点に活動するサウジ国籍のジャマル・カショギ氏である。

 今月初めにトルコのサウジ総領事館に入ったあと消息を絶った。トルコ当局は館内で殺害された可能性があるとみて捜査している。

 当初は関与を否定していたサウジ政府も、総領事館の捜索を認めた。

 英仏独3か国の外相は「重大な懸念」を示す声明を出し、サウジとトルコが協力して事実を解明するよう求めた。

 サウジ政府は、国際社会がなっとくできるような説明責任を果たしべきだ。

 外相声明は「表現や報道の自由、ジャーナリストを守ることは優先事項だ」と強調した。」と教えてくれる。

 続けて社説は、「世界を見渡せば、報道の自由はいま、あちこちで危機に直面している。

 米国の非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」によると、世界で投獄されているジャーナリストは昨年末で262人に上る。過去最高の数字だという。トルコ、中国、エジプトの上位3か国で半数以上を占める。

 独裁国家や紛争当事国だけではない。1年前、地中海の島国マルタで首相の資産隠しを追求していた記者が殺された。

 さらに民主主義が根付いているはずの先進国でも、報道の自由が軽視され始めている。憂慮すべき事態である。

 米国のNGO「フリーダムハウス」は昨年、「報道の自由の暗い地平線」と題する報告書を発表した。

 この組織が数値化した世界全体の報道の自由度は、過去13年で最低の水準になった。権威主義的な国に加え、日本を含む主要な民主国家でジャーナリストやメデイアへの圧力や脅しが増している現状を映している。」と指摘した。

 最後に社説は、「メデイア規制の監視や記者の保護を目的とするNGO「国境なき記者団」は「政治的指導者があからさまに助長する報道機関への敵意」に警鐘を鳴らす。

 代表格がトランプ米大統領だろう。

 言論の自由を主導してきたはずの米国で,意に沿わない報道を「フェイク(うそ)ニュース」と決めつけ、報道機関は「国民の敵だ」と言い放つ。

 トランプ氏はサウジ記者の件について、「国王や皇太子はしらなかったようだ」と、指導部を擁護するような発言をしている。

 最大の武器売却相手だからといって、うやむやな幕引きに手を貸すことは許されない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。 

 「米国を拠点に活動するサウジ国籍のジャマル・カショギ氏である。今月初めにトルコのサウジ総領事館に入ったのち消息を絶った。」とのこと、

「英仏独3か国の外相は「重大な懸念」を示す声明を出し、サウジとトルコが協力して事実を解明するよう求めた。」とのこと、

 「外相声明は「表現や報道の自由、ジャーナリストを守ることは優先事項だ」と強調した。」とのこと、

 「米国の非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」によると、世界で投獄されているジャーナリストは昨年末で262人に上る。過去最高の数字だという。トルコ、中国、エジプトの上位3か国で半数以上を占める」とのこと、 

 「独裁国家や紛争当事国だけではない。1年前、地中海のマルタで首相の資産隠しを追求していた記者が殺された」とのこと、

 「米国のNGO「フリーダムハウス」は昨年、「報道の自由の暗い地平線」と題する報告書を発表した。この組織が数値化した世界全体の報道の自由度は、過去13年で最低の水準になった」とのこと、

 「メディア既成の監視や記者の保護を目的とするNGO[国境なき記者団]は「政治指導者があからさまに助長する報道機関への敵意」に警鐘を鳴らす。

 代表格がトランプ大統領だろう。言論の自由を主導していたはずの米国で、意に沿わない報道を「フェイク(うそ)ニュース」と決めつけ、報道機関は「国民の敵」度と言い放つ」と指摘、

 「トランプ氏はサウジ記者の件について、「国王や皇太子は知らなかったようだ」と、指導部を擁護知るような発言をしている」との指摘、等々を知ることができた。

 そして、いくつか疑問がわいた。

 権力者(国の富・税金を使う人)が、批判者を拘束したり殺害しても、権力の座から降りない、下ろせない、根本的理由は何んだろう?

 言論の自由と、それを支持し立ち上がる被支配者「国民」の存在が、民主主義社会に不可欠だと思ってきた。

 言論の自由を守る「ジャーナリスト」・「マスメディア」が権力者の攻撃を受けた時に、主権者国民が、言論の自由を守るために立ち上がらなければならないはずだが。それが起きないのはなぜか?

ジャーナリストとマスメデイアの信頼が、国民にとって「いまいち」ということか?

 主権者たる国民としての自覚とジャーナリスト・マスメデイア関係者の努力に期待するしかない。

 

 

 


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by sasakitosio | 2018-10-28 19:09 | 朝日新聞を読んで | Trackback

1018日付東京新聞朝刊社説に、「松橋事件再審」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「1985年の松橋事件(熊本県)の再審が決まり、殺人犯とされた男性は無罪となろう。決め手の新証拠は何と検察側から出てきた。再審における証拠開示の明確なルール作りが必要だ。」と切り出した。

 続けて社説は、「(小刀の柄に血が付くのを防ぐため、シャツの布を切りとって柄に巻いて刺した。布は燃やした>

 男性は捜査段階の取り調べで、こんな「自白」をしてしまった。

 松橋町(現・宇城氏)で将棋の仲間を殺した容疑が持たされていた。

 首などを刃物のようなもので刺された遺体だった。

 任意で13日間も取り調べを受け、その結果「自白」。そして警察は逮捕令状を取った。

 一審の公判から男性は全面否認に転じたものの、懲役13年の判決が確定し服役した。

 その後驚くべき展開があった。

 97年に弁護団が再審請求も準備で熊本地検に「証拠物の衣類を見せてほしい」と求めた。すると検察が開示した大量の証拠物の中に、問題の布切れがあった。

 燃やしたはずの布切れが存在するーー。

 これは決定的である。「自白」の重要な部分が客観的な事実と矛盾し、信用性が一挙に崩れてしまった。

 弁護側は小刀の形状と遺体の傷も一致しないとする鑑定書も再審請求審で提出した。」と教えてくれる。

 さらに続けて社説は、「熊本地裁も福岡高裁も最高裁も再審開始を認めた。 逮捕から33年も経っていた。

 このテーマは大きく三つの問題のありかを指し示す。

 一つはやはり自白を偏重する捜査の危うさである。

 もう一つは証拠開示の在り方である。2016年に施行された改正刑事訴訟法により裁判員裁判などで全証拠のリストを出す制度になった。だが、再審手続きの場合は制度の対象外である。

 今回、布切れの開示は偶然の出来事だった。

 それを考えると、もはや証拠の全面開示が必要であろう。捜査で得られた証拠は、検察のものだという意識を改ねばならない。

 さらに検察が常に抗告する姿勢の問題だ。

 熊本地裁での再審開始決定のとき、なぜ検察は抗告したのか。

 福岡高裁の判断に対しても・・。抗告を繰り返せば、それだけ時間が経過してゆく。メンツにこだわる必要もない。争う中身があるなら、再審裁判の過程で主張すればよいではないか。」と指摘した。

 最後に社説は、「男性は長く殺人犯の汚名を着せられた。いまや85歳と高齢になった。 司法は早く名誉回復を図らなければならない。再審裁判では検察が無罪を主張してもいいのだ。」として締めくくった。

  読んでひどい話だと思った。

 「一審の公判から男性は全面否認に転じたものの、懲役13年の判決が確定し服役した。その後驚くべき展開があった」とのこと、

 「97年に弁護団が再審請求の準備で熊本地検に「証拠物の衣類を見せてほしい」と求めた。すると検察が開示した大量の証拠物の中に、問題の布切れがあった。」とのこと、

 「燃やしたはずの布切れが存在するーー。「自白の重要な部分が客観的な事実と矛盾し、信用性が一挙に崩れてしまった。」とのこと、

 「弁護側は小刀の形状と遺体の傷も一致しないとする鑑定書も再審請求で提出した。熊本地裁も福岡高裁も最高裁も再審開始を認めた。逮捕から33年も経っていた」とのこと、

 「このテーマは大きく三つの問題の在りかを示す。一つはやはり自白を偏重する捜査の危うさである。もう一つは証拠開示の在り方である。

 <中略>さらに検察が常に抗告する姿勢の問題だ」とのこと、

 等々を知ることができた。

 社説は「男性は長く殺人犯の汚名を着せられた。今や85歳と高齢になった。司法は早く名誉回復を図らなければならない」と指摘する。その通りだと思った。

 そして、冤罪事件や再審のニュースを見るたびの思うことがある。真犯人はどこにいる!事件・被害が発生した以上「加害者」が必ずいたはずだ、と思ってきた。

 冤罪は、無実の者に課した「刑と不名誉」の回復の責任と、同時に「真犯人」を捕まえなかった責任があると、思ってきた。後者の責任も司法関係者には重く感じてほしい、と思った。

 


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by sasakitosio | 2018-10-28 17:06 | 東京新聞を読んで | Trackback

10月10日付朝日新聞社説に、加計学園の加計孝太郎理事長の記者会見」が載った。

 今日はこの社説を学習することのした。

 まず社説は、「世の中の疑問や批判にしっかり向き合おうと言う気持ちは、どうやら一切ないようだ。加計学園の加計孝太郎理事長の記者会見は、またしてもなんの中身のないまま終わった。

 加計問題の核心は、理事長と安倍首相の親密な関係により、学園側が有利な取り計らいを受けたか否か、にある。

 疑惑を否定する根拠として首相は、「国家戦略特区を使った学園の獣医学部新設計画を知ったのは、特区の事業者に決まった17年1月だったと国会で答弁した。

 しかし地元愛媛県の文書には、15年2月に首相と理事長が面会し、学部新設についてやりとりした旨の記載があった。

 これが正しければ、答弁の信用性が疑われることになる。」と切り出した。

 続けて社説は、「会見で理事長は、面会の事実はなく、学院の事務長が県の担当者と会った際に「勇み足」で作り話をし、それが文書に残ったことの釈明を繰り返した。

 にわかに信じがたい話だ。

 県文書には、首相と理事長の面会がなかったとしたら、つじつまの合わない記述がいくつもある。

 一方、理事長は,自身の行動を当時の記録に基づいて説明するわけでもなく、ただ口頭で面会を否定するだけだ。

 「処分中」を理由に当の事務局長を会見に同席させず、さらに驚いたことに、肝心の県文書をいまだに見ていないという。

 大学とは、データや事実に基づいて、考え、議論し、真理を探ることを教える場ではないのか。

 その経営トップが、事実をあいまいにして、説明にならない説明を重ねる。あるべき姿からかけ離れている。

 加計理事長は「これからコンプライアンスをきっちり守っていきたい」と述べた。

 「これまでの責任を果たさないまま、「これから」を語っても、説得力に欠けること甚だしい。」と指摘した。

 最後に社説は、「疑惑が持ち上がって1年5カ月。行政の公正公平が疑われ、信頼回復にほど遠い状態が続く。

 月内に召集される予定の臨時国会では、加計学園や県の関係者を招致し、今度こそ真相の究明に取り組む必要がある。

 首相も、この問題を引きずったままでは、まともな政権運営はできないと自覚すべきだ。

 加計理事長の会見について、中村知事は「もやもや感が拭えない」とコメントした。

 学園には県と今治市から計93億円もの補助金が支払われる。

 平気で「作り話」をするような相手にそれだけの公金を投入することに、県民・市民は納得するか。

 この先、地域の一員として学園は活動していけるのか。

 関係者はよくよく考えるべきだ」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「会見で理事長は、面会の事実はなく、学園の事務局長が県の担当者と会った際に「勇み足」で作り話をし、それが文書に残ったとの釈明を繰り返した」とのこと、 

 「県文書には、首相と理事長の面会がなかったとしたら、つじつまのあわない記述がいくつもある」とのこと、

 「理事長は、自身の行動を当時の記録に基づいて説明するわけでもなく、ただ口頭で面会を否定するだけだ。「処分中」を理由に当の事務局長を会見に同席させず、さらに驚いたことに、肝心の県文書をいまだに見ていないという」とのこと、

 「加計理事長は「これからコンプライアンスをきっちり守っていきたい」と述べた。「これまで」の責任を果たさないまま「これから」を語ってても、説得力に欠けること甚だしい」との指摘、

 「加計理事長の会見について、中村時弘知事は「もやもや感が拭えない」とコメントした」とのこと、等等を知ることができた。

 そして、加計理事長の記者会見は「普通の日本人」の常識を超えている「何かがある」、と思った。

 また、この間の国会答弁や外国での演説を通して、安倍総理の発言に「普通の日本人」の常識を超えている「なにか?」を感じ続けてきた。

まさに、加計理事長と安倍総理は「刎頚の友」にふさわしい、と思った。

 また、このような状況の中で、「学園に県と今治市から計95億円もの補助金が支払われる」とのことであるが、県民・市民の理解が得られるのだろうか??。


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by sasakitosio | 2018-10-28 16:24 | 朝日新聞を読んで | Trackback

1027日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「不摂生の結果健康を害した病人の医療費を、努力して健康を維持する他の納税者が負担するのは不公平、という主張を「良いことを言う」と引用した大臣が話題になったが、良いことか悪いことかは価値観の違いとして、あえて引用するほど新しい議論ではにことは確かだ。トランプ大統領を支持する保守層の常套句である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「自宅からクレーンで運ばれるほど肥満した人間の医療費を、節制を心がける善良な市民が負担するのはおかしい。よって国民皆保険制度は不公平という例えは、実によく聞く。極端な例を挙げて「病気は自己責任」という発想を植え付け、相互補助型医療制度を貶める論法は、到底フェアではあるまい。」と指摘した。

 さらに続けて筆者は、「カナダ出身の友人が、米国留学中にホストファミリーに同じことを言われたそうだ。

 彼女はこう反論した。

 「教師だった父が突然難病に倒れたとき、それでも私が勉強を続けられたのは、カナダの国民皆保険制度のおかげで治療が無償だったから。

 これが米国だったら、私たち家族は路頭に迷っていたでしょう」。

 教師が安心して治療を受けられない不公平と、不摂生患者の医療費も社会が負担する「不公平」。

 どちらを選ぶかは簡単だ。

 彼女はその後外交官になり、紛争地域における平和構築に奔走。独身で、結構な額の税金を納めて、社会に貢献している。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「不摂生の結果健康を害した病人の医療費を、努力して健康を維持する他の納税者が負担するのは不公平、という主張を「良いことを言う」と引用した大臣が話題になった」とのこと、

 「トランプ大統領を支持するアメリカ保守層の常套句である。「自宅からクレーンで運ばれるほど肥満した人間の医療費を、節制を心がける善良な市民が負担するのはおかしい。よって、国民皆保険制度は不公平」という例えは、実によく聞く」とのこと、

 「極端な例を挙げて「病気は自己責任」という発想を植え付け、相互補助型医療制度全体を貶める論法は、到底フェアではあるまい」との指摘、

 「彼女はこう反論した「教師だった父が突然難病に倒れたとき、それでも私が勉強を続けられたのは、カナダの国民皆保険制度のおかげで治療が無償だったから。これが米国だったら、私たち家族は路頭に迷っていたでしょう」と」とのこと、

 「彼女はその後外交官になり、紛争地域における平和構築に奔走。独身で、結構な額の税金を納めて、社会に貢献してる。」とのこと、等等を知ることができた。

 昔、「けがと病気」は自分持ちだ、と言われたことを思い出す。そして、健康保険料の負担が、所得税や市民税より高額なのに驚いてきた。

 しかし、病気やけがをして、納税額を取り戻そうとは、微塵も思ったことはない。

 また国民皆保険は世界中にあるものと思っていたが、調べたらそうでないことをあらためて知って驚いた。そして、日本人でよかったと思った。


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by sasakitosio | 2018-10-28 07:12 | 東京新聞を読んで | Trackback

 10月11日付朝日新聞朝刊社説に、国連の「温暖化報告書」のことが載った。
 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「地球の気温は上昇するばかりで、このままでは異常気象や自然災害で世界が危険にさらされる。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、そんな特別報告書をまとめた。

 IPCCには195カ国が加盟し、専門家が地球温暖化を分析・評価している。

 特別報告書は科学が鳴らす警鐘である、

 真剣に耳を傾けるべきだ。

 温暖化対策の国際ルール「パリ協定」は、産業革命以降の気温上昇を2度未満、できれば1.5度までに抑えることを目指している。

 IPCCは今回、上昇幅が1.5度と2度の場合に何が起きるのかを比較した。」と切り出した。

 続けて社説は、「浮かび上がってきたのは、わずか0.5度の違いで環境への影響に大差があることだ。

 1.5度の上昇でも熱波や干ばつ、洪水の被害が増え、海面の上昇や動植物の生息域の減少といった影響が出る。

 2度上がると、これらが一層深刻になり、水や食料の不足、健康の問題に苦しむ人々が多きく増えてしまう。社会や経済への深刻な打撃は避けられない。

 気温の上昇を1.5度までに抑えるべきだ。それが特別報告書のメッセージである。

 ただ、すでに気温は1度も上がっており、速ければ2030年度にも1.5度に達すると特別報告書は見ている。 

 今年の夏、世界各地で猛暑や日照り、豪雨などの被害が頻発した。IPCCは「温暖化の影響はもう見え始めている」として、社会のあらゆる分野で大胆な変革を急ぐよう訴える。

 カギを握るのは、12月にある国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP24)だ。

 制限目標の公平性や資金支援などについて意見の食い違いが残るなか、いかに実効性のある運用ルールを決めてパリ協定を動かせるか。特別報告書の警鐘を各国は重く受け止め、交渉を加速させなければならない。」と指摘した。

 最後に社説は、「上昇幅を1.5度に押さえるには、温室効果ガスの排出を50年ごろに実質ゼロにする必要がある。

 しかし、現在の各国の削減目標を積み上げても、2度に押さえることさえ難しい。

 各国はより大胆な削減目標をたて、その実現へ努力すべきだ。

 化石燃料から再生イネルギーへの大転換によって二酸化炭素(CO2)の排出量を減らす。

 CO2を回収して貯蓄する技術を実用化する。やるべきことはたくさんある。

 IPCCは「これから数年で何を為すかが歴史上で最も重要だ」と強調した。

 私たちに残された時間は、あまりない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「地球の気温は上昇するばかりで、このままでは異常気象や自然災害で世界が危険にさらされる。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がそんな特別報告をまとめた」との指摘、

 「IPCCは今回、上昇幅が1.5度と2度の場合に何が起きるかを比較した。」との指摘、

 「1.5度の上昇でも熱波や干ばつ、洪水の被害が増え、海面上昇や動植物の生息域の減少と言った影響が出る」との指摘、

 「2度上がると、これがいっそう深刻になり、水や食料の不足、健康の問題に苦しむ人々が大きく増えてしまう。社会や経済への深刻な打撃は避けられない」との指摘、

 「ただ、すでに気温は1度も上がっており、早ければ2030年にも1.5度に達すると特別報告書はみている」との指摘、 

 「鍵を握るのは、12月にある国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24)だ」との指摘、

 等々を知ることができた。

 そして社説は、「化石燃料から再生可能エネルギーへの大転換によって二酸化炭素(CO2)の排出量を減らす。 植林によりCO2を吸収する。

 CO2を回収して貯蓄する技術を実用化する。やるべきことはたくさんある」との指摘、 

「IPCCは「これから数年で何を為すかが歴史上で最も重要だ」と強調した」との指摘、

「今年の夏、世界各地で猛暑や日照り、豪雨などの被害が頻発した。IPCCは「温暖化の影響はもう見え始めている。社会のあらゆる分野で大胆な変革を急ぐよう訴える」との指摘、等々はよく理解できた。

 日本を含め、世界の指導者たちには、IPCCの警告を深刻に受け止め、地球温暖化防止策と実行を競ってほしい、と思った。

 自分としては、日ごろの生活で、自分が原因でかける地球の「負荷」は極力減らそう、と心がけている。食べ物を捨てない、雨水を溜めて掃除に使い、植木の水にも使う、電気はまめに切る、衣類は擦り切れるまで徹底的に着る、等々だ。

 


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by sasakitosio | 2018-10-27 18:54 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 1016日付朝日新聞朝刊6面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・原真人氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「貿易戦争の時代がやってきた。トランプ米大統領が各国に仕掛ける貿易政策はまるでケンカ腰である。

 中国との高関税の応酬、北米自由貿易協定を結んでいた隣国カナダ、メキシコとの一方的で強圧的な最交渉。日本も来年、新たな日米通商交渉が始まれば、同じような厳しい要求を突き付けられるだろう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「米国の言い分は身勝手だし国際常識を逸脱衣している。とはいえ衝撃的でハチャメチャな措置とばかりも言えない。

 米国の行動の背後には、二つの構造変化があるからだ。

 第一に、米国内の労働者の「我々は恩恵を受けていない」という不満の高まりだ。米国は自由貿易の勝ち組の筆頭だった。だが、製造業の労働者に限れば実質時給はこの40年間まったく上がっていない。

 その負け組の支持で誕生したトランプ政権は、不満の声に応え続けなければ次の選挙に勝てない。だから国内雇用のため、と保護貿易に走る。

 それは必ずしも効果的な政策とはいえず、本来なら国内の再分配政策のあり方を根本的に見直すべきだろう。

 ただそれが一朝一夕にいかないから、輸入品に責任を転嫁するポピュリズムに走る。

 第二の変化は中国の経済的台頭だ。

 数年前まで米国など先進国の経済専門家たちはこう見ていた。

 「知的所有権も守れないモノマネ経済の中国では技術革新は進まない。結局、先進国並みの所得水準にはたどりつかず、いずれ中所得国のワナにはまる」

 その兆しはなかなか見えない。国家資本主義のもとで資本、技術、情報を集中させた中国経済は予想以上に強い。

 アリババや華為技術など強大な企業も誕生している。プライバシーそっちのけで14億人のビッグデータを集め、簡単に自動運転の実験都市まで造ってしまう。

 今のままだと2020年代末にも国内総生産(GDP)の米中逆転ががありうる。

 もし、最大市場が米国から中国に移ると、多くの国が中国との経済関係を優先し、企業は対中取引に力を注ぐようになる。

 人民元が決済通貨として広がれば、ドルは基軸通貨の地位さえ脅かされかねない。

 手遅れになる前に中国の技術進歩の歩みを遅らせたい。

 覇権喪失の危機感を抱いた米国政府が、必死になって中国への技術輸出の制限措置を導入し始めたのも無理もない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「自由貿易は走っている自転車のようなもの。こぎ続けないと転んでしまう。

 かって日米貿易摩擦を取材していたころ、自由化交渉が必要な理由のたとえとして、交渉官たちはよく口にしていた。 当時はなるほどと思ったものだ。

 今は単純にそうは言えなくなった。スピードを落とし、安全を確かめ、時には立ち止まる。そんな時代になったのかもしれない。

 ポピュリズムの広がりも、安全保障を背景にした米中対立も、どちらも近い将来の解消は望めない。

 息長く解決策を探る覚悟をした方がよさそうである。」として締めくくった。 

 読んで勉強になった。

 「米国は自由貿易の勝ち組筆頭だった。だが、製造業の労働者に限れば実質時給はこの40年間まったく上がっていない。」との指摘、

 「その負け組の支持で誕生したトランプ政権は、不満の声に答え続けなければ次の選挙に勝てない。だから、国内雇用のため、と保護法貿易に走る。」との指摘、

 「それは必ずしも効果的な政策とはいえず、本来なら再分配政策の在り方を根本的に見直すべきだろう。

 ただそれが一朝一夕にいかないから、輸入品に責任を転嫁するポピュリズムに走る」との指摘、

 「国家資本主義のもとで資本、技術、情報を集中させた中国経済は予想以上に強い」との指摘、

 「今のままだと2020年代末には国内総生産(GDP)の米中逆転がありうる。<中略>

人民元が決裁通貨としてひろがれば、ドルは基軸通貨の地位さえ脅かされかねない」との指摘、

 等々を知ることができ、そして理解もできた。

 筆者の、「ポピュリズムの広がりも、安全保障を背景にした米中対立も、どちらも近い将来の解消は望めない」との指摘は、その通りかもしれない。

 しかも、アメリカのトランプ大統領の誕生とその後の振る舞いを見ていると、アメリカの覇権を終わりにしてほしいし、自滅という手法でアメリカの覇権は、終わるに違いないと、確信するようになった。 

 問題は、アメリカに変わる覇権者が必要なのかどうかである。

 また、世界の平和と安定のために派遣国家が必要だとして、目下その候補者らしきものは国力からいって「中国」だが、国家独占資本主義・一党独裁国家「中国」、大人国らしからぬ振る舞いの「中国」に「世界の覇者」は似合わないのではないか、と思っている。

 

 


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by sasakitosio | 2018-10-27 11:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback