憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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4月29日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「公のメデイアで発言する以上、私の主張に対して批判があるのは当然である。しかし、根拠のない言いがかりには反論しなければならない。

 このところ、政府が研究者に交付する科学研究費について、杉田水脈、桜井よしこ両氏など、安倍政権を支える政治家や言論人が、「反日学者に科研費を与えるな」というキャンペーンを張っている。私は反日の頭目とされ、過去10数年、継続して科研費を受けて研究してきたので、批判の標的になっている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「櫻井氏は研究費の闇という言葉を使っているが、闇などない。研究費の採択は、同じ分野経験豊富な学者が申請書を審査して決定される。

 公布された補助金は大学の事務局が管理して各種会計規則に従って、国際会議の開催、世論調査、ポスドクといわれる若手研究者費用などに使われる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「10年ほど前には、COEと呼ばれる大型研究費が主要な大学に交付されたので、文系で億単位の研究費を使う共同研究はめずらしくなかった。

 研究成果はすべて公開されているので、批判があれば書いたものを読んで具体的にしてほしい。

 政権に批判的な学者の言論を威圧、抑圧することは学問の自由の否定である。天皇機関説を国体の冒涜と排撃した蓑田胸喜が今に生き返ったようである。こうした動きとは戦わなければならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「安倍政権を支える政治家や言論人が「反日学者に科研費を与えるな」というキャンペーンをはっている」とのこと、

 「私(筆者)は反日の頭目とされ、<中略>批判の標的となっている」とのこと、等々を知ることが出来た。

 かねがね、思うことであるが、「政権批判が反日」との認識事態がおかしいのではないか?

 だって、愛国ゆえの、愛国民ゆえの「政権批判」があって当然だと思うが?

 ここ二十年弱、毎年、海外一人歩きをしているが、帰国して「日本が一番いい」といつも思っている。自然も、習慣も伝統も、日本が世界一だと思ってきた。海外へ行って、日本大使館に日本国旗が高々と掲げられ、風にたなびいているのを見るのが好きだ。日本の平和憲法を世界へ未来へ広げて、世界中から戦争と貧困をなくしたいという「願望」を持ち続けているが、かなりの愛国者だと自認している。

 そんな私から見て、筆者(山口二郎氏)は尊敬すべき人物だ。「櫻井よしこ氏」等安倍政権を支える言論人よりは、何倍も「世界に誇れる日本」にとってに必要な人物だと思っている。


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by sasakitosio | 2018-04-30 04:36 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月28日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「イスラエルが建国されて来月で70年。ヨルダン西岸とガザ地区が占領されて51年。そしてイスラエル(とエジプト)によるガザの封鎖始まってから10年がたった。アメリカの強力な後ろ盾があるイスラエルの国際法違反や人権侵害は基本的に見逃され、他国がいかに咎めようとも、米国政府・議会は一貫して擁護してきた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そのアメリカでも、大統領予備選挙でヒラリー・クリントンと民主党指名を争ったバーニー・サンダース上院議員は、自らもユダヤ人でありながらユダヤ国家イスラエルの政策を批判し、ガザにおける人道危機の解消を訴え続けている。陸海空の封鎖による物資の深刻な不足や水資源の汚染、若者の間で60%に上る失業率など、ガザは「すでに生活不可能な地域」になっており、人道的大参事は目の前に迫っている、と。

 その現状に抗議し、イスラエルとの境界線付近で毎週デモを続けるパレスチナ人に向けて、イスラエル軍はたびたび実弾を発射、死傷者はこの一カ月で39人に上る。」と指摘した。

 最後に筆者は、「シリアのアサド政権が化学兵器を使い、40人以上が死亡したとされる攻撃には憤慨し、市民の犠牲を嘆いてみせて、ミサイル打ち込んだ米英仏の首脳たち、彼らがサンダースのように、パレスチナ人の命にも同等の尊厳を認められる人びとだったら、世界は違っていたろうに。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「イスラエルが建国されて来月で70年。ヨルダン川西岸とガザ地区が占領されて51年。そして、イスラエル(とエジプト)によるガザの封鎖が始まってから10年がたった。」とのこと、

 「イスラエルの国際法規違反や人権侵害は基本的に見逃され、他国がいかに咎めようとも、米国政府・議会は一貫して擁護してきた。」とのこと、

 「バーニー・サンダース上院議員は、自らもユダヤ人でありながらユダヤ国家イスラエルの政策を非難し、ガザにおける人道危機の解消を訴え続けている。」とのこと、

 「その現状に抗議し、イスラエルとの境界線付近で毎週デモを続けるパレスチナ人に向けて、イスラエル軍はたびたび実弾を発射、死亡者はこの一カ月で39人に上る」とのこと、等々を改めて知ることが出来た。

 「シリアのアサド政権が化学兵器を使い、40人以上が死亡したとされる攻撃に憤慨し、ミサイルを撃ち込んだ米英仏の首脳たち、彼らがサンダース氏のようにパレスチナ人の命にも同等の尊厳を認められる人びとだったら、世界は違っていただろうに」との筆者の想いはよく理解できた。同じ人間、何とかしたいなあ!

 過日エルサレム一人歩きの旅をして、嘆きの壁と、聖墳墓教会と、神殿の丘で、それぞれの神に敬虔な祈りをささげてきた。そこで見た、真摯な祈りは、すべて確かなものであった。

 神々は、決して、信者である人の間での「争い」を好んでいないはずだ、と思った。


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by sasakitosio | 2018-04-29 06:43 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月27日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「筆者は外務官僚だった。官僚時代の経験で痛感したのは能力と倫理観の間にはまったく関係がないことだ。

 優秀な成績で外交官試験に合格し企画立案能力はあるが、料亭で醜態をさらし、その費用を政治家に付け回す官僚や、闇ルーブルで蓄財するモスクワの日本大使館幹部を見てきた。

 筆者は官僚には以下の4つのカテゴリーがあると考える。

 ①能力が高く倫理観も高い。

 ②能力は高いが倫理観が低い。

 ③能力は低いが倫理観が高い。

 ④能力も倫理観も低い。」と切り出した。

 続けて筆者は、「福田淳一財務次官のセクハラ疑惑は、能力は高いが倫理観に欠ける官僚にありがちな問題だ。

 福田氏は、神奈川県立湘南高校を1978年に卒業している。筆者は埼玉県立浦和高校を同じ年に卒業した。当時、浦和高校と湘南高校は姉妹校で、毎年、定期戦を行っていた。

 こういう公立の難関校には、豪胆さを装うが本質的に小心な秀才が多い。

 福田氏が執拗に過ちを頑強に認めないのは小心だからだと筆者はみている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「これまで財務省は次官である福田氏を守ることが組織防衛と考えたいた。

 これからは、福田氏を切ることで、財務省は組織防衛を図ると思う。

 その未来図が外務省という組織によって切られた筆者にはよく見える。」としてしめくくった。

 読んで勉強になった。 

 「福田淳一前財務次官のセクハラ疑惑は、能力は高いが倫理観に欠ける官僚にありがちな問題だ」とのこと、

 「公立の難関校には、豪胆さを装うが本質的に小心な秀才が多い。福田氏が執拗に過ちを頑強に認めないのは小心だからだと筆者は見ている」とのこと、

 「これからは、福田氏を切ることで財務省は組織防衛を図ると思う。その未来図が外務省という組織によって切られた筆者にはよく見える」とのこと、等々を教えてもらった。

 そして筆者は、能力と倫理観を要素として官僚を4つのカテゴリーに分類した。

 わかりやすい分類だし、それなりに説得力があると思った。さらに、その倫理観を麻痺させ麻痺を増強させるのが回りの「ちやほや」「太鼓持ち」ではないだろうか。
 ふと、実るほど頭を垂れる稲穂かな、ということわざを思い出した。
 また、今朝の東京新聞の「時事川柳」に、「実るほど頭を上げる東大卒 (筑西市 中澤はま)」と言うのを発見!うまい、座布団一枚! 


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by sasakitosio | 2018-04-28 06:25 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月27日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、共同通信編集委員・原真氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「前財務事務次官のセクハラ疑惑で、テレビ朝日社員が会話の録音を週刊新潮に提供したことが、報道倫理に反するとの指摘が出ている。

 「取材源の秘匿」を破った、というのだ。取材で得た情報を自社で報道せず、他社に渡したことが目的外使用にあたる、などの批判もある、

 「知る権利」の観点から考えてみたい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「一般に、取材源(ニュースソース)はできるだけ明示するのが報道の原則だ。

 ただし、内部告発などの場合に限り取材源の秘匿が要請される。

 それは第一に、取材源を不利益から保護するためだ。例えば、公務員が守秘義務に反して記者の情報を提供したことが明らかになれば、処罰される恐れもある。

 第二に、取材源の秘匿を守らなければその記者や所属する報道機関だけでなくマスメデイア全体が信頼を失い、新たな情報提供を期待できなくなる可能性がある。

 第三に、そうなれば、重大な不正などの報道が出来なくなり、市民の知る権利が損なわれる。

 しかし今回は、取材源自信がセクハラを繰り返していたという。オフレコの会話だったとしても、不利益からの保護には値しない。

 また、隠し録音で証拠を保全しなければ、最強官庁の事務方のトップが不法行為を重ねていると伝えられない。取材源の秘匿にこだわれば、市民の知る権利を充足できないことになってしまう。」指摘した。

 さらに筆者は、「週刊新潮が報じたことで、前次官は辞職に追い込まれた。今後、公務員らが記者との接触に慎重になるようなことがあり得ないわけではないが、セクハラの再発防止効果は絶大だろう。

 もちろん、社員がセクハラを報道しようと相談したのに、実現しなかったテレ朝の対応は問題だ。社員が録音を社外に提供したのは、他に方法がなかったからで、攻めることはできない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「気になるのは、テレ朝に限らず、放送局が自社の関わる問題の報道に消極的に見えることだ。

 民法の解体をうかがう政府の放送改革や政治的に公平でない番組を放送すれば電波を停止するとの総務相発言についても、新聞に比べテレビ、ラジオは扱いが小さかった。

 利害関係があるからとためらったり、放送は免許事業だけに、政府との関係に配慮したりしているのか。

 だが、民主主義に必要な情報はしっかり報じて、知る権利に応えなければならない。

 その意味で、遅れたとはいえ、テレ朝がセクハラ疑惑を大きく報道し、財務省に抗議して社員を守る姿勢を明確にしたことは、評価する。

 そして何より、さまざまな不利益を覚悟の上で、権力者によるセクハラをどうにかして世に伝えようとした社員に、心から敬意を表したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「一般に、取材源(ニュースソース)はできるだけ明示するのが原則だ」とのこと、

 「ただし、内部告発などの場合に限り取材源の秘匿が要請される。 

 それは第一に、取材源を不利益から保護するためだ。例えば、公務員が守秘義務に違反して記者に情報を提供したことが明らかになれば、処罰される恐れもある。

 第二に、取材源の秘匿を守らなければ、その記者や所属する報道機関だけでなく、ますメデイア全体が信頼を失い、新たな情報提供を期待できなくなる可能性がある。

 第三に、そうなれば、重大な不正などの報道が出来なくなり、市民の知る権利が損なわれる」とのこと、

 「気になることは、テレ朝に限らず、放送局が自社に関わる問題の報道に消極的に見えることだ」とのこと、等々を知ることが出来た。

 なお筆者は、「遅れたとはいえ、テレ朝がセクハラ疑惑を大きく報道し、財務省に抗議して社員を守る姿勢を明確にしたことは評価する。」とし、「そしてなにより、さまざまな不利益を覚悟の上で、権力者によるセクハラをどうにかして世に伝えようとした社員に、心から敬意を表したい」とした。全く同感だ。

 


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by sasakitosio | 2018-04-27 20:10 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月25日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・秋山訓子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「米国のボストンで、日本人女性向けの研修を受けている。フィッシュファミリー財団という米国の財団のプログラムで、なぜ日本人女性が対象かといえば、財団創設者がフィッシュ厚子さんという日本出身の女性だからだ。

 リーダーシップについてのクラスがあった。リーダーに必要な要素について学んでいくのだが、1番目の項目は「自信(confidence)」だった。

 多くの日本人女性が「自身のない病」にかかっている、ように思う。私もその一人だ。いろいろな理由があるが、女性ゆえということも大きな要因の一つだと思う。

 女性だから、男性に囲まれた職場や社会で先が見えない。将来像が描けない。相談する人もいない。そうこうするうちに「どうせ私なんて」と思うようになる。

 どうせ言ったって聞いてもらえないから意見を言わない。どうせ努力したって報われないから、適当に済ませよう。息をひそめているうちに前向きになれなくなり、意欲を失って目から輝きが消えていく。

 女性同士で話してみると、「私も」「私も」と、似たような心境の人が多いことに安心するが、驚きもする。社会の大きな損失だと思う。

 日本人特有なのかと思っていたら、そうではないらしい。このプログラムでは米国の30~40代のキャリ女性たちと一緒に学ぶ授業もあるのだが、昨年の参加者によれば、自己紹介で「私は男性の多い職場にいて自信が持てない。どうしたらいいかわからない」といきなり泣き出した米国人女性がいたという。周囲の米国人女性たちも大きくうなづいていたそうだ。

 日本人女性だけじゃないんだ、と思ったところで私は気が付いた。

 もしかしたら、男性も自信がないのでは、と。

 男性の先輩に聞いてみた。

 こう言われた。

 「今頃何言ってんだよ。男だって自信ないに決まってんだろ。だから、威張ったり偉そうにしたりするんじゃないか。あれは自信のなさの裏返しだよ」

 確かに、そうやって考えてみると「偉そうにしている人」は、どこか不安げで、びくびくしているように見える。」と指摘した。

 続けて筆者は、「財務次官がセクハラ疑惑で辞任した。私は思う。セクハラもパワハラもある種自信のなさの表れではないのだろうか。。病根はそこにもあるのではないかと。

 自信がないからこそ、自分の弱さを隠すためにも逆にむやみに偉そうに振る舞いたくなり、力を誇示しようとする。自意識も歪み、自分の力を見せつけずにはいられなくなる。

 他人への敬意が失われ、、服従させようとする。

 無理やりに。それが異性や部下に向かい、悲劇が生まれる。

 辞任した次官とは何人かで席を共にしたことがある。超優秀で頭が切れ、でも気さく。その時の印象からの私の勝手な想像だが、常に激しい競争に勝ち続けてきた人生で、いつもエリートでいなければならない強烈や重圧や緊張があったのではないか。

 完全無欠でなければという強迫観念で、一番でなければ自信が持てない。あるいは逆に過剰な自意識や全能感かもしれない。

 そういう意味で言えば、もしかしたら男性の方が女性よりももっと不自由でかわいそうなのかもしれない。

 女性は率直に「私は自信がない」と言えるだけ、実は楽なのかもしれない。「自信がない」と口に出せない男性は、気の毒な生き物かもしれない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「男性も女性ももっと自然に生きたい。不必要に委縮することも、肩ひじ張ることもなく、普通に自信を持って、前向きに。

 言いたいことはきちんと言って。

 本当に自信のある人は力を見せつけようなどということはしないし、優しい。他人を尊敬し、そして強く堂々としている。

 成功した起業家やスポーツ選手に取材したことがあるが、共通点があった。

 まだ成功する前から「根拠のない自信」に満ちていたことだ。自分を信じて、自由で楽観的でポジティブだった。

 自由と機会の国(それは失われつつあるとしても)の米国で、そんなことを考えている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 筆者は「米国のボストンで日本女性向けの研修を受けている」とのこと、

 筆者は「多くの日本人女性が「自信のない病」にかかっているように思う。私もその一人だ」とのこと、

 「男性の先輩に聞いてみた。こういわれた。「今頃何言ってんだよ。男だって自信ないに決まってるだろ。だから威張ったり偉そうにしたりするんじゃないか。あれは自信のなさの裏返しだよ」」とのこと、等々を教えてもらった。

 そして筆者は「本当に自信のある人は力を見せつけようなどとしないし、優しい。他人を尊敬し、そして強くて堂々としている」と教えてくれる。長い人生で、筆者のいう意味での「強い人」にお目にかかったことはない。ならば、自分が「強い人」になる努力をすることにした。死ぬまでに、強い人になれないかもしれないが!

 


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by sasakitosio | 2018-04-27 19:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 4月26日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、日本総研上席主任研究員・河村小百合氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「大学病院等の大病院の前に大手薬局チェーンの薬局がズラリと並んでいる。

 そうした「門前薬局」と「かかりつけ薬局」のどちらに処方箋を出すかによって、私たち患者が払う自己負担額には少し差がある。かかりつけ薬局に出す方が実は少し高い。しかもこの4月から、その差は拡大した。」と切り出した。

 続けて筆者は、「厚生労働省の医療経営実態調査の結果を見ると、薬局の経営は、大規模グループや門前薬局のほうが、そうでない場合に対して明らかに収益力が高い。少しでも医療費を節約したい国は、この4月からそこを狙い撃ちすることとし、大手の門前薬局の調剤基本料の点数を下げた。国費56億円相当で、門前薬局かどうかは、グループ全体の処方箋の受け付け枚数や、特定の医療機関からの処方箋の集中度できまる。

 薬局でくれる調剤明細書の調剤基本料に41点とあればかかりつけ薬局だが、大手の門前薬局は25点か20点。薬局に入る報酬はその10倍だ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「患者の自己負担額は3割なら3倍の額でたかが200円程度の差だが、これでは門前薬局に行く人が多くならないか。国がかかりつけ薬局を推奨していたのに逆行する。

 これは点数制度方式による現在の診療・調剤報酬制度の限界だ。財務省は今月、患者負担の是正策を提案した。実現は不透明だが、国民にとって筋の通る制度になるかどうか注目したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「厚生労働省の医療経営実態調査の結果を見ると、薬局の経営は、大規模グループや門前薬局の方が、そうでない場合に対して明らかに収益力が高い」とのこと、

 「少しでも医療費を節約したい国は、この4月からそこを狙い撃ちすることとし、大手の門前薬局の調剤基本料の点数を下げた」とのこと、

 「薬局でくれる調剤基本料に41点とあればかかりつけ薬局だが、大手の門前薬局は25点か20点。薬局に入る報酬はその10倍だ」とのこと、

 「これでは門前薬局に行く人が多くならないか。国がかかりつけ薬局を推奨していたのに逆行する」とのこと、

 「これは点数制度方式による現在の診療・調剤報酬制度の限界だ」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 確かに、近くの大学病院の前に、薬局がズラリと並んでいる。最近また増えた。こんなに並んでいて、営業が出来ていることが不思議でならなかった。が、この欄で「薬局に入る報酬はその10倍」と聞いて、謎が解けた。また、40年来健康保険料はほぼ最高額を、健康保険制度に感謝しながら、払い続けてきた。自分も妻も幸い、大手術も入院もしたことがない。

 まは、70すぎて「血圧の薬」を飲み始めた。ために毎月のように医者に掛かり、毎回4千円弱はらっている。

 が、散歩を毎日やり、毎日体重と血圧を測りそれを記録し、これ以上、医者や薬のお世話にならないように、日々心がけてはいる。

 


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by sasakitosio | 2018-04-27 06:34 | 東京新聞を読んで | Trackback

 4月19日付朝日新聞朝刊社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・ 山脇岳志氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「東京の桜が満開だったころ、米国から友人の親子が日本にやってきた。いや私の友人ではない。ワシントン郊外に住んでいたころの息子の小学校時代の親友。ラスムス君が、父親に付き添われて、息子を訪ねてきたのである。

 12歳のラスムス君にとって初めての日本だった。約1年ぶりに再会した彼らは、すぐに打ち解けた。京都の町家を一緒に見学し、原宿でクレープを食べた。

 ラスムス君が好きな漫画「NARUTO―ナルトー」の編集者にも会う機会があった。恥ずかしがり屋のラスムス君だが、手のひらサイズの音声翻訳機「ポケトーク」を使い、思い切って編集者に英語で質問した。ポケトークは「あなたの最も好きなナルトのキャラクターは誰ですか」と翻訳し、編集者にも笑みがこぼれた。

 父親も、タクシーを使うときポケトークが役立ったという。

 昨年末にソースネクスト社が発売したポケトークは、世界60以上の言語に対応し、一時は生産が追い付かなくなった。ネットに接続し、言語ごとに翻訳エンジンを選択する仕組みを取る。

 資生堂ジャパンも導入、デパートの店頭などで外国人の接客に活用している。

 2000年には480万人だった訪日外国人の数は、昨年は2870万人まで増えた。

 ポケトークなどの機器や、スマートフォンに入れる翻訳アプリなどで、外国人は日本で観光しやすくなる。日本人も海外を訪ねやすくなるだろう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「京都の桜が散り、葉桜がまぶしいころ、けいはんな学研都市にある「情報通信研究機構(NICT)」の研究所を訪ねた。

 無料の音声翻訳アプリ「VoiceTra(ボイストラ)」の開発拠点である。

 スマートフォンなどにアプリを入れると、31言語に対応し、通訳してくれる。グーグルの自動翻訳を使う人も増えているが、政府系のこの研究所は、日本の企業の協力も得て、「日の丸」翻訳エンジンの性能向上に力を入れている。

 2階の一室では、30人ほどの職員が、コンピューターに向かっていた。針が落ちる音も聞こえそうなほど静かである。

 ヘッドフォンをつけた女性は、ミャンマー語の音声と文章が合っているかを点検、スウエーデン出身の男性は、専門用語の翻訳が正しいかどうかを監修している。

 「ボイストラ」の翻訳エンジンも、グーグル同様、人工知能(AI)を使って大量の例文を読み込ませることで、進化している。

 ただ、専門用語については人間が正しい訳語を入力し覚えさせた方が、精度が高くなるケースが多いという。

 研究所長の本俵豊さん(53)は、日英など日本語を介する翻訳では、グーグール翻訳よりも制度が上だと自信を示す。

 「みらい翻訳」と共同開発した翻訳エンジンは、英語検定のTOEICで900点を取るビジネスマンと同等以上の能力があるという。

 2年後の東京オリンピックに向け、民間企業と協力し、タクシー運転手が使いやすいアプリの開発も急いでいる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「日本人が苦労してきた「英語の壁」は低くなりつつある。

 一方で、英語が再来年度から小学校の教科になり、大学入試の英語も変革期にある。自動翻訳が進化する中、英語学習はどこまでやるべきなのか。

 木俵さんは、こう話す。

 「英語学習を通じて他国の文化を知るのは大切です。海外で活躍するビジネスマンなどは今後も英語で話した方がよいでしょうが、日常会話なら自動翻訳で十分になると思います」

 木俵さんは、中学や高校の英語の勉強が苦手だった。単語や文法を覚えるのが目的のように思え、興味が待てなかった。だが、社会人になって海外の人と接するようになって、英語が楽しくなってきた。

 「英語はコミュニケーションの道具ですから、英語教育も、子どもたちが学ぶのが楽しいと思える方向になってほしいですね」

 自動翻訳が進化していけば、ネット上の膨大な海外の情報に、簡単に触れられるようになる。

 音声翻訳を使えば、外国人とも気軽に話せるようになる。 日本人にとって外国は、より身近になるだろう。自動翻訳は英語教育の「代替」ではなく、「促進」にもなり得ると感じる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「京都の桜が散り、葉桜がまぶしいころ、けいはんな学研都市にある「情報通信研究機構(NICT)」の研究所をたずねた。

 無料の音声アプリ「VoiceTra(ボイステラ)」の開発拠点である。

 スマートフォンなどにアプリを入れると、31言語に対応し、通訳してくれる。」とのこと、

 「研究所長の木俵豊さん(53)は、日英など日本語を介する翻訳では、グーグル翻訳より精度が上だと自信を示す。「みらい翻訳」と共同開発した翻訳エンジンは、英語検定のTOEICで900能力があるという」とのこと、

 「木俵さんは、こう話す。「英語学習を通じて他国の文化を知るのは大切です。海外で活躍するビジネスマンなどは今後も英語で話した方がよいでしょうが、日常会話なら自動翻訳で十分になると思います」」とのこと、

 「自動翻訳が進化していけば、ネット上の膨大な海外の情報に、簡単に触れられるようになる。日本人にとって外国は、より身近になるだろう」とのこと、

等々を知ることが出来た。
 20年以上も前に、団体でけいはんな学研都市にある「情報通信研究機構(NICT)の研究所」を尋ねことがある。そのとき、自動翻訳の研究をしていることを聞いて、一日もはやく実現してほしいと、思ったものだ。それが今、現実のものなったことに感激だ。

 私は、日本人は良くも悪しくも「日本語の壁」によって、守られてきたと思っている。

 この「日本語の壁」が、外国人や外国企業が、簡単に日本で仕事が出来ない「大きな壁」なっていたのではないか。

 だから、この壁が低くなったり、薄くなったりすれば、日本人は日本国内で外国人や外国企業と今までにない厳しい競争を強いられるかもしれない、と思った。これって、マイナス思考だな。

  


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by sasakitosio | 2018-04-26 17:47 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月25日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「財務省事務次官は辞任したが、大臣や官僚や国会議員などのタワケた発言が後を絶たない。公職についておられるのだから、せめて法律くらい読んだらいかがか。

 男女雇用機会均等法に事業主に対するセクハラ防止規定(第11条)が盛り込まれたのは1997年だった。罰則規定がないなど不備な点もあるものの、2007年、17年の改正を経て、それなりに進化し、機能もしている。その内容が頭に入っていれば、何が問題かは分かって当たり前なのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「前次官の言動が均等法にいう環境型セクハラなら「番記者を男に変えればいい」という意見は対価型セクハラ(セクハラを告発した人に降格や配置転換を迫るなど)。 どちらも明らかに均等法違反である。

 今度の件で女性記者の配置転換を考えた報道機関も同罪になるのであしからず。

 記者の相談に適切に応じなかったテレビ朝日もセクハラ対策を怠った点で均等法違反だし、その後の「セクハラと縁遠い方々」「ある意味犯罪」「はめられた」などの発言もペケである。」と指摘した。

 最後に筆者は、「厚労省や法務省はせっかくセクハラ対策用のパンフレットを作成しているのだ。それを今すぐ全国会議員に配りなさいよ。

 厚労大臣や法務大臣も暴言にはピシャリとくぎを刺していただきたい。

 この機に一からお勉強。永田町はまだその段階なのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「男女雇用機会均等法に事業主に対するセクハラ防止規定(第11条)が盛り込まれたのは1997年だった。罰則規定が設けられていないなど不備な点もあるものの、2007年、17年の改正を経て、それなりに進化し、機能もしている」とのこと、

 「前次官の言動が均等法に言う環境型セクハラなら「番記者を男に変えればいい」という意見は対価型セクハラ(セクハラを告発した人に降格や配置転換を迫るなど)。どちらも明らかに均等法違反である」とのこと、等々を知ることが出来た。

 「「セクハラと縁遠い方々」 「ある意味犯罪」

 「はめられた」などの発言もペケである」と筆者は指摘した。

 後期高齢者なので、自分は「セクハラとは縁遠い」と、思っていた。が、改めて人のふり見て、わがふり直さなければと、心を引き締めている。ただ、女性へのセクハラをなくするために、「次官を女性にかえたら」というのも、ペケかなあ。


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by sasakitosio | 2018-04-26 06:27 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月23日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、編集委員・佐藤武嗣氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」。日本国憲法は第15条で公務員の役割をこうさ定めている。

 森友・家計学園問題をめぐる公文書改ざんや、面会記録に知らんぷりを決め込む官僚には、一体どこを見て仕事をしているのかと憤る。

 安倍一強を背景に、服従を強いるかのように人事権を振りかざすのが悪いのか。安倍官邸に取り入ろうとする官僚の忖度が悪いのか。

 いずれにしても、「国民の知る権利」が、ないがしろにされていることだけは確かである。」と切り出した。

 続けて筆者は、「公文書の意義とは何か。2008年に始まった「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」の最終報告ではこう説明している。

 「国の活動や歴史的事実の正確な記録である「公文書」は、過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である」

 公文書は、権力者のために記すのではない。

 ましてや権力者や、それを忖度したものが改ざんするのは、国民と民主主義への背信行為だ。

 数年前、留学先の米国の大学で、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウオーターゲート事件」を特報したワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者の講演を聞いた。

 「世の中で最も恐ろしいのは何だと思う?」。

 彼の答えは「Secret govermennt(秘密の政府)」。

 政府の中で何が起こっているのか分からないことほど、民主主義にとって恐ろしい者はないと強調した。

 確かに、独裁国家は、後世に記録を残す必要もないし、むしろ都合の悪い記録は残したくない。公文書の在り方は、その国の民主主義の成熟度を測る尺度とも言える。」と指摘した。

 最後に筆者は、「政府と公文書。それにメデイアはどう向き合うか。権力者は内部記録漏洩に敏感だ。

 ウッドワード氏の講演で、私は「機密文書を入手し、それを報じて国益を損なう可能性がる場合、どう判断するのか」と聞いた。

 「知ったことは書くのが基本。ペンタゴン・ペーパーズをめぐる司法判断でも保証されている」。 それが彼の答えだった。

 ペンタゴン・ペーパーズとは、トルーマン政権など4代の政権によるベトナム戦争の政策判断や秘密工作、軍事記録が記された最高機密文書で、ニューヨーク・タイムズ紙が入手して特報した。

 当時のニクソン政権は記事掲載さし止めを連邦裁判所に要求。

 これはスピルバーグ監督の映画「ペンタゴン・ペーパーズ」でも描かれている。

「ペンタゴン・ペーパーズの司法判断」とは、連邦最高裁の判決だ。

 「報道の自由は守られ、政府の機密事項を保有し、国民に公開できる。制限を受けない自由な報道のみが政府の偽りを効果的に暴くことが出来る」と政府の差し止めを退けた。

 ペンタゴン・ペーパーズはメデイアの特報から11年、最高機密を含む7千ページが全文開示され、今では誰もが国立公文書館のホームページで閲覧できる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「公文書の意義とは何か。2008年に福田内閣で始まった「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」の最終報告ではこう説明している。

「国の活動や歴史的事実の正確な記録である「公文書」は、過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である」とのこと、

 「公文書は、権力者のために記すのではない。ましてや権力者や、それを忖度した者が改ざんするのは、国民と民主主義への背信行為だ。」とのこと、

 「ウッドワード氏の講演で、私は「秘密文書を入手し、それを報じて国益を損なう可能性がある場合、どう判断するのか」と聞いた。「知ったことは書くのが基本。ペンタゴン・ぺーパーズをめぐる司法判断でも保証されている」それが彼の答えだった」とのこと、

 「ペンタゴン・ペーパーズの司法判断」とは、連邦最高裁の判決だ。「報道の自由は守られ、政府の機密事項を保有し、国民に公開できる。制限を受けない自由な報道のみが政府の偽りを効果的に暴くことが出来る」と政府のさし止めを退けた」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

「 ペンタゴンペーパーズがメデイアの特報をから40年を経た11年、最高機密を含む約7000ページが全文開示され、いまでは誰でも米国立公文書館のホウームページで閲覧できる」ことを知って、アメリカの民主主義の成熟度を改めて知った。
 また、トランプ氏のような人が大統領になるようでは、アメリカの民主主義も今だしと思っていたが、「ペンタゴン・ペーパーズの司法判断」を知った今は、アメリカの民主主義は日本の民主主義の100年先を行っているかもしれない、と思った。 


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by sasakitosio | 2018-04-25 19:51 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月22日付東京新聞朝刊社説横に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「古代の日本に伝えられた仏教が、最も大事にしていた考え方の一つに「慈悲」があった。

 慈悲とは他人の苦しみや悲しみに共感することでもあり、人々のために努力を惜しまない心である。大乗仏教は利他行を、つまり、自分のためではなく、すべての人々が束縛から離れて、自由に生きられることを目指した修行をきほんいしていた。

 この考え方は、仏教伝来以前から日本にあったのではないかという気がする。

 日本の人々は、大きな力を持つ自然と共に暮らしてきた。その自然はさまざまな恵みを与えてくれるけれど、ときには大災害をもたらす。災害が起きたときには、自分だけのことを考えていたのでは社会はものれず、自分の暮す社会が守れず、自分お暮す社会が崩壊してしあめば、最終的には自分の暮し維持できなくなってしまう。

 たとえ自分は無事だったとしても、被害を受けた人々の苦しみや悲しみを自分のこととして、受け止め、他者のために努力することが、日本では必要な心構えだったのである。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ところが人間たちが自然から離れ、人工的な社会がつくられていくと、この伝統的な慈悲や利他の精神は薄れていった。そして自分が勝ち抜ければ良いというような風潮が広がっていった。

 それは自分勝手な生き方を助長しただけでなく、自分たちの利益を守る仲間の世界をつくり出した。仲間の便宜を図り合い、その一員になることによって自分の便宜も図る。そんな利益集団をいたるところに生み出していった。

 恐らく多くの人々は、最近のニュースを見ながら、うんざりしていることだろう。

 政治の世界では仲間内の政治が行われ、便宜を図り合うことによって権力の一員にいつづけようとする人たちが、醜悪な政治の世界を見せつけている。

 財務次官が辞意を表明したプロセスにも、世間では通用しない論理が官庁では通用していて、そういう集団に加わり続けていることによって、自分の利益、立場を守ろうとする人たちの醜悪さが現れてきている。

 それは政治の世界だけのとどまらない。経済の世界でも、企業の中でも、さらにさまざまな職業団体の世界でも、仲間内の利益を守り、その「仲間の世界」の一員であることによって、自分お立場を守ろうとする、そんな構造が広がっていて、そこから度々不祥事が発生してくる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「それは日本の近代化とともに発生してきたものでだ。明治になると仲間内の論理が政治や経済を動かすようになった。

 その延長線上に「仲間内の日本」がつくられ、誰もがこの「日本」に群がることによって、アジアへの侵略を正当化させていった。そして他者に思いをはせない国家主義的な日本づくりは戦争、敗戦という社会の崩壊を招いたのである。

 今の日本では、形を変えた新しい社会崩壊が始まっているのかもしれない。

 戦前と共通しているのは、仲間内の論理が通用する雰囲気の広がりであり、他者に思いを寄せない社会の在り方である。いわば格差社会を放置している現実や、他者とともに生きるにはどうしたらよいのかを考えない外交などと、今の醜悪な政治の在り方は一体のものだと考えた方がいい。

 慈善、利他という言葉を大事にした社会を、私たちはもう一度思い出さなけならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「慈悲とは他人の苦しみや悲しみに共感することであり、人々のために努力を惜しまない心である」とのこと、

 「大乗仏教は利他行を、つまり自分の為ではなく、すべての人々が束縛から離れて、自由に生きられることを目指した修行を基本にしていた」とのこと、

 「人間たちが自然から離れ、人工的な社会がつくられていくと、この伝統的な慈悲や利他の精神は薄れていった。そして自分が勝ち抜けば良いというような風潮が広がっていった。」とのこと、

 「仲間の便宜を図り合い、その一員になることによって、自分の便宜も図る。そんな利益集団をいたるところに生み出していった」とのこと、

 「政治の世界では仲間内の政治が行われ、便宜を図り合うことによって権力の一員にいつづけようとする人たちが、醜悪な政治の世界を見せつけている」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 筆者は、「慈悲、利他という言葉を大事にした社会を、私たちはもう一度思い出さなければならなくなっている」と指摘した。

 筆者指摘の通りだと思うが、どうやうな具体的に実現していくか。

 筆者はまた、「新しい社会崩壊が始まっているのかもしれない」と指摘した。

 そうかもしれないが、その社会崩壊は果たして人類が止めることが出来るのだろうか?

それに気づいた「識者」に、善処策を考え、それの行く末を「私たち凡人」に教えて頂きたい、と思った。


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by sasakitosio | 2018-04-25 19:17 | 東京新聞を読んで | Trackback