憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 3月22日付朝日新聞朝刊社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・秋山訓子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「昨年から、佐賀県の小さな小学校に取材に通っている。

 武雄市の武内小学校。飛行機で福岡まで行き、博多駅から特急に乗って1時間、そして車で緑の中を15分。坂を上ると木造2階建ての校舎が見えてくる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「全校生徒150人もいないその小学校では、「ピースフルスクール」というプログラムの授業を行っている。もともとはオランダで開発されたもので、考える力を高め、意見が違ってもいい、むしろ違うのが当たり前で、そのなかでどう合意形成していくかを教える。 

 日本で広めようとしている人と縁があった武内小が、自分たちなりにアレンジして授業にしている。今年度で4年目だ。

 たとえば、ある日のテーマは対立の解決だった。

 低学年はぬいぐるみを使って授業する。サル君とトラ君がテレビを見ていたら、サル君が勝手にチャンネルを変えてしまった。

 この時トラ君はどうする? と子どもたちに考えさせる。

 2人1組でロールプレイをする。じっと我慢するのか、たたくのか、話し合うのか。

 意見を言いやすくするために、先生たちは、発言した子たちをほめ、ありがとうと言い、盛り上げる。

 相手を傷つけるような乱暴な言い方である「ちくちく言葉」を使わず、優しく配慮した「ふわふわ言葉」で自分の意見を言い、相手と対話して解決のへの道をさぐる。

 プログラムを中心になってつくってきた教務主任の橋本澄子先生に聞いた。

 「相手と意見が違っていい、対立があるのが当たり前、というのが日本の教育ではすごい画期的だと思うんです」という。

 「今まではとにかくけんかをしないようにしようという感じだったけれど、このプログラムでは対立する。でもけんかはしない、と考えていくわけです」。それに、と橋本先生は続けた。

 「こういう田舎だから、かもしれないけれど、黙って自分の意見を言わず、譲ってしまう子どもが結構いるんです。それもよくないことだと教えます」

 クラスのあと、1年生からこの授業を受けている3年生と話した。

 ピースフルの授業で学んだことを、普段使うことってある?

 かりんちゃん「うん、あるよ。ブランコとか、鉄棒のときとか」

 そうなんだ。

 「前だったら順番でケンカしたこともああったけど、今はふわふわ言葉を使うようになった」

 橋本先生によると、かりんちゃんは皆で遊んでいてもめた時、「話し合うって勉強したと。意見が違っても友達たい」と仲裁していたそうである。

 こてつくん「国語の時。「ちいちゃんのがげおくり」(教材)で、ちいちゃん
がどうなったのかってみんなで話した」

 どんなふうになあったの?

 「意見がこっちにいったりあっちにいったりした(腕シーソーみたいに振りながら)よ」

 それで?

 「いっぱい話して、最後にみんな分かった。すっこりしてよかったと思ったよ」

 担任の先生に聞くと、主人公の「ちいちゃん」の運命はどうなったかについて意見が分かれたのだが、みんなが納得いくまでとことん話し合ったのだという。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「ネットでも国会でも、粗雑で気遣いなく相手に投げつけるような言葉があふれている。見聞きするだけでも心がささくれる。

 同時に、橋本先生の言うように日本は同調圧力の高い社会でもある。

 一昨年に「18歳をあるく」というシリーズを担当して若い人を多く取材したのだが、SNSの浸透で同調圧力がより高まっていると感じた。

 いつも周囲を見回して、何を言うかを気にしているような。誇張して言うと、窒息しそうな息苦しさを感じた。でも、この小学生たちを見ていると未来は明るいと感じられた。

 4月になって、一つ学年が上になったみんなと会うのが楽しみだ。休み時間に学校に着くように行こうと思う。

 車の気配を聞きつけてベランダに出てきて、手を振ってくれるのが本当にうれしいから。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「全校生徒150人もいない小学校では「ピースフルスクール」というプログラムの授業を行っている」とのこと、

 「もともとオランダで開発されたもので、考える力を高め、意見が違ってもいい、むしろ違うのが当たり前で、その中でどう合意形成をしていくかを教える」とのこと、

 「日本でそれを広めようとしている人と縁があった武内小(武雄市)が、自分たちなりにアレンジして授業にしている。今年度で4年目だ」とのこと、

 「意見を言いやすくするために、先生たちは、発言した子たちをほめ、ありがとうと言い、盛り上げる」とのこと、

 「相手を傷つけるような乱暴な言い方である「ちくちく言葉」を使わず、優しく配慮した「ふわふわ言葉」で自分の意見を言い、相手と対話して解決への道をさぐる。」とのこと、等々を教えてくれる。

 筆者は「ネットでも国会でも、粗雑で気遣いなく相手に投げつけるような言葉があふれている。見聞きするだけで心がささくれる」といい、「この小学生立ちを見ていると未来は明るいと感じた」ともいう。

 確かに、武内小学校の授業を知ってみると、未来に一条の明かりが灯っている、と思った。これは、日本全国、ひいては世界へ広げたい「教育の実践」だと思った。

 

 


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by sasakitosio | 2018-03-31 19:39 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 3月20日付東京新聞朝刊4面に、「論説委員のワールド観望」という欄がある。

 筆者は、熊倉逸男氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「英国の欧州連合(EU)離脱交渉は難航を極めている。

 ここに来て、もう一度国民投票ができないか、という案まで出てきた。議会制民主主義のお手本の国は、さてどうするのか。

 保守、労働両党の首相経験者らが相次いで声を上げた。

 メージャー元首相は、離脱交渉継続の是非について諮るよう議会に求め、民意が望むなら国民投票をやり直すべきだと主張する。

 ブレア元首相は、離脱は英国とEUの経済に災いをもたらし北アイルランド和平を犠牲にしかねないと警告。

 「考え行動する時間はまだある」と述べ、他の欧州諸国のリーダーらにも離脱回避への協力を呼びかけた。イラク戦争参加の責任を問われ不人気にもかかわらず講演、テレビ出演で訴え続けるのは、よほど危機感が強いのだろう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「離脱の是非を問うた2年前の国民投票では、52%が賛成に回った。なぜ無謀な道へと突き進んだのか、舞台裏をキャメロン前首相の広報官で残留キャンペーンを指揮したクレイグ・オリバー氏が「ブレグジット秘録」(光文社)で明かす。原稿は「解き放たれた悪魔たち」。悪魔とは離脱の衝動だろう。

 離脱派は「エリザベス女王が離脱を支持している」など根拠のない言葉をばらまき、「EUに毎週支払っている3億5千ポンド(約530億円)の分担金を国民保健サービスの財源に回せる」と大うそを述べた。

 だが悪魔を放ったのはそれらだけではない、とオリバー氏はみる。

 日産の工場を抱える投票区では、離脱で大陸欧州に輸出する製品を造る工場や従業員も打撃をこうむるにもかかわらず、7割近くが離脱を支持していた。国民投票が、見捨てられ裏切られた人々が不安や怒りを投票用紙にぶつける機会になってしまったと思い至ったオリバー氏は「彼らを理解する努力を怠っていた」と振り返り反省する。

 キャンペーンは政争的色彩も色濃かった。当時内相のメイ氏が残留を支持しながら目立たぬよう振る舞ったのは、残留派、離脱派双方に次期首相として受け入れてもらいやすくする「サブマリン(潜水艦)戦略」だったという。だが、筋金入りの離脱派の言い分と、EU市場へのアクセスを求める残留支持者が考える離脱とは「天と地ほどの差がある」とオリバー氏は述べる。

 離脱についての共通認識すら欠いていることも、交渉難航の背景にあるようだ。

 交渉期限はあと1年。取り決めがないまま英国が離脱すれば、EU単一市場との間に関税が課され、英進出企業の欧州での事業も大きく制約される。スコットランド独立の可能性も高まる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「最近の世論調査では、やり直し国民投票で55%が残留、45%が離脱支持者だという。

 まだ間に合う。民意を問い直し、民主主義の新たな可能性を探れない者だろうか。

 難航の交渉とともに英国民主主義の腕前も世界は見ているかもしれない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「メジャー元首相は、離脱交渉継続の是非について諮るよう議会に求め、民意が望むなら国民投票をやり直すべきだと主張する」とのこと、

 「ブレア元首相は、離脱は英国とEUの経済に災いをもたらし北アイルランド和平を犠牲にしかねないと警告。「考え行動する時間はまだる」と述べ、他の欧州諸国のリーダーらにも離脱回避への協力を呼びかけた」とのこと、

 「キャメロン前首相の広報官で残留キャンペーンを指揮したクレイグ・オリバー氏が「ブレグジッと秘録」(光文社)で明かす。原題は「解き放た悪魔たち」。悪魔たちとは離脱への衝動だろう」とのこと、

 「交渉期限はあと一年。取り決めがないまま英国が離脱すれば、EU単一市場との間に関税が課され、英進出企業の欧州での事業も大きく制約される。スコットランド独立の可能性も高まる」とのこと、

 「最近の世論調査では、やり直し国民投票で55%が残留、45%が離脱指示だという」とのこと、等々をしることができた。

 なかでも、離脱の結果として、「EU単一市場との間の関税が課され、英進出企業の欧州での事業も大きく制約される」ことは、英国進出企業の英国脱出が雪崩を打って起きることが予測される。その結果の英国経済、英国の雇用事情、の変動が「英国民」の暮らしを直撃しないことを祈るだけだ。

 また、遠く離れたヨーロッパの出来事だが、経済のグローバル化の今日、日本国民の暮らしにマイナスの影響が極力少ないことを祈りたい。 


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by sasakitosio | 2018-03-31 19:12 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月18日付東京新聞朝刊社説横に。「時代を読む」と言う欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「近代的な政治の世界は、いくつかの病理を持っていた。その一つは不完全にしか機能しない民主主義であり、もう一つは官僚制の問題だった。

 前者は代表制民主主義を基盤とした「独裁政治」を生み、後者からは官僚たちの自己保身的な行動と利権が、さまざまな不正を生み出してきた。

 この不完全な民主主義と官僚制の問題は、つねに議論されながらも、近代社会では解決できない課題だったのである。

 社会学者のマックス・ウエーバーは政治家や官僚の倫理に訴え、社会哲学者のハーバーマスは徹底した情報公開と市民による監視に、解決の糸口を見出そうとした。

 もちろん、それらを主張しつづけることは大事である。そうしなければ、民主主義の名の下の独裁政治や、腐った官僚制が蔓延してしまうかもしれない。だが、それでもなおこの問題は解決がつかなかったのである。その根本的な原因は、中央権力の力があまりにも強すぎるところにあるのだと、私は思っている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ちょっと歴史を振り返ってみよう。

 1789年のフランス革命は、近代化のかたちを全世界に提起したといってもよかった。

 王制や身分制度は解体され、政治は共和制に移行した。自由、平等、友愛という理念が掲げられ、市民が主体になる自由な社会が出現したかに見えた。

 だがこのとき、中央権力をどこまでの大きさにするか、と言った検討は加えられなかった。

 権力構造としては、司法、立法、行政を分ける三権分立の方向や選挙制度が生まれていったが、絶対王政期に構築された強大な中央権力はそのまま温存されたのである。国家が持つ権力をそのままにして、権力の構造を民主化すればそれでよい、というところに落ち着いてしまった。

 それは国の政治家と官僚に強大な権力を与えることになった。

 政治家たちは選挙に勝つための扇動を繰り返し、選挙後はやりたい放題のことをする。その政治家の下で、官僚たちは自己保身と天下り先などを含めた利権をつくり出そうとする。そんな構造が広がってしまったのである。

それを政治の劣化と言うのはたやすい。確かに、今回の森友問題をみていても、まだ明らかになっていないことも推測しながら、多くの人々は、政治と官僚の腐敗ぶりに唖然としたことだろう。」と指摘した

 最後に筆者は、「現実の課題としては、国民の公僕である政治家や官僚の倫理観を問いただすことも、徹底的な情報公開をもとめ、私たちが一人の市民として政治の動きを監視できることも大事だろう。

 しかし、それだけではなく、根本的な問題にメスを入れる努力をしなければ、機能しない民主主義と堕落した官僚制の問題は解決できないのである。とすると、その方法はどこにあるのか。

 中央権力を縮小させることである。

 それは必然的に、地方分権や地域主権を強化することに結びつく。権力を分散させ、ひとつひとつの権力を普通の人々が監視できるところに置く。そういう社会の在り方を考えていかなければ、堕落した民主主義や官僚制の問題は、これからも繰り返されることになるだろう。

 森友問題として露呈した事柄の奥には、国家の権力の強さを王政時代の延長線上に置いた、近代革命の問題点が横たわっている。」として締めくくった。

 読んで大変勉強になった。

 「近代的な政治の世界は、いくつかの病理を持っていた。その一つは不完全しか機能しない民主主義であり、もうひとつは官僚制の問題だった」とのこと、

 「前者は代議制民主主義を基盤にした「独裁政治」を生み、後者からは官僚たちの自己保身的な行動と利権が、さまざまな不正を生み出してきた」とのこと、

 「社会学者のマックスウエーバーは政治家や官僚の倫理に訴え、社会哲学者のハーバーマスは徹底した情報公開と市民による監視に、解決の糸口を見出そうとした」とのこと、

 「1979年のフランス革命は、<中略>権力の構造としては、司法、行政、立法を分ける三権分立の方向や選挙制度が生まれていったが、絶対王政期に構築された強大な中央権力は、そのまま温存されたのである」とのこと、等々を知ることが出来た。

 そして筆者は、「根本的な問題にメスを入れる努力をしなければ、機能しない民主主義と堕落した官僚制の問題は解決できないのである。」と指摘、

 「権力を分散させ、ひとつひとつの権力を普通の人々が監視できるところに置く。そういう社会のあり方を考えていかなければ、堕落した民主主義や官僚制の問題は、これからも繰り返されることになるだろう」との指摘、等々はよく理解でき、納得した。

 過日、人間の付き合える範囲は「150人」ぐらいという新聞記事を読んだことを思い出した。

 その時、確かに小中学校の頃を思い出しても、小さいころの村人同士の交流を見ても、150人というのはいい数字だと思った。

 だが、それぐらいの単位を源として、今日のグローバル化と情報化とスピード化の中で、団体意思の決定から監視まで「可視化」するには、どのような制度設計をすればいいのだろうか。筆者を含め日本中の有識者に知恵をだし、汗をかいてもわなければならない、と思った。


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by sasakitosio | 2018-03-31 17:44 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月18日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「大航海時代に名を残すコロンブスは巧みなうそつきでもあった。

 歴史的な大西洋横断航海に出たとき、陸影が見えなくなると悲嘆する乗組員が続出した。海の果ては断崖だと怖がる者もいた。

 そこで一計を案じ、航海日誌を二つ作ったという。片方は正確に書き、もう一つは陸から離れた距離を短く記した。乗組員にはニセモノの方を見せ、恐怖心を沈めて海を渡ったと伝えられる。

 そんな話を、森友文書の改ざん問題に思い出した。

 サンタマリア号ならぬ平成の日本丸に乗る国民。

 その代表である国会議員は、偽りの日誌ならぬ文書をそれとは知らず示されていた。

 軽く見られていたものである。

 しかし手を汚した官僚よりむしろ、官僚を責めることで保身を図るかのような政権側への憤りが、乗組員の一人として今は強い。

 振り返れば、国会は、改ざんされた文書をもとにして質疑応答に長時間費やしてきた。いわばニセモノが盾となって権力者を守るという流れの中で、昨年秋に解散総選挙があった。「国難突破」とは言ったものの「森友・加計逃れ」が裏の本音と見られた選挙である。

 自民党は大勝した。しかし民主主義の土台を腐らせる不正が明るみの出た今となっては、あの選挙の結果にも釈然としない思いがわいてくる。」と指摘した。

 続けて筆者は、「あまりに露骨なに書き換えに、全体主義国家の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの傑作「1984年」を思い起こした人もいたようだ。小説の主人公は「真理省記録局」という部署に勤めている。政府の都合と主張に合わせて過去の新聞記事を改変するのが仕事である。

 たとえば独裁者が世界情勢の見通しを語る。それが現実にならなかった場合には、現実に起こった通りに語ったことにして書き換える。つまり、全ての過去を現在の状況に合致するように変えていく。刊行物、映像、統計などあらゆるものを改ざんして「真理を管理」し、独裁者を絶対化するのである。

 財務省が書き換えを認めた翌日,さっそく本紙川柳に、<現実にあったオーウェル「真理省」>の一句が載った。揶揄ではあるまい。おぞましい小説を地で行くような財務省への、むしろ悲痛な思いを込めた投句であろうと想像する。

 そして優れた時事川柳は予言的に先を見通すものだ。<適材も廃材となる定め持つ>は国税庁長官だった佐川宣寿氏が辞任する2週間前に載った。

 あれほど「適材適所」と繰り返した麻生太郎財務相は、一転して佐川氏を呼び捨てで指弾してやまない。一部職員がやったもので「最終責任者は佐川」という早々の幕引きめいた発言に、この人のもとでの真相究明は不可能だと見切りをつけたひとは多かったに違いない」と指摘した。

 最後に筆者は、「「パッとしない人間には二種類ある」と言ったのは米国出版界の大物だあったサイラス・カーティスである。

 そのあとは「言われたことが出来ない者と、言われたことしかできない者だ」と続く。

 たしかに、「言われる前にやる」「言われなくてもする」のは、使えるやつだと目をかけられる要件かも知れない。

 そこに忖度という魔物が息づき、先回りした算段や気働きに人を駆り立てる。切れ者がひしめく組織ではなおさらだ。

 忖度の親戚筋の言葉に「おもねり」や「へつらい」のほか「太鼓持ち」「茶坊主」などとあって多彩だ。「事なかれ」や「物言えば唇寒し」も遠縁にあたる。

 古今東西、権力の周辺ではこうした空気が高じて王様を裸にしてきた。この手の追従が昨今あまりに臭うのは、長期の「一強政権」の弊害に思われる。

 改ざんのそもそもの発端は「国民に説明のつかない国有財産の土地取引」だった。

 それは復古的なイデオロギーを仲立ちにして、権力側とその威を借りる者が連みあった結果であろう。横車を押されたのが財務省、という構図は動くまい。

 一つの嘘を突き通すには別の嘘を20発明しなくてはならない、と西洋の古言にいう。

 官吏の道を外れてまで上塗りで守ろうとしたものはなんだったのか。ぬるい究明では怒りの火薬は収まらない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「大航海時代に名を残すコロンブスは巧みなうそつきであった」とのこと、

 「航海日誌を二つ作ったという。片方は正確に書き、もう一つは陸から離れた距離を短く記した。乗り組員にはニセモノの方を見せ、恐怖心を鎮めて海を渡ったと伝えられる。」とのこと、

 「国会は,改ざんされた文書をもとに質疑応答に長時間費やしてきた。いわばニセモノが盾となって権力者を守るという流れの中で、昨年秋に解散総選挙があった。「国難突破」とは言ったものの「森友・加計疑惑逃れ」が裏の本音と見られた選挙である。自民党は大勝した。」とのこと、

 「あまりに露骨な書き換えに、全体主義国家の恐怖を描いたジョージ・オーエンの傑作「真理省記録局」を思い起こした人もいたようだ。」とのこと、

 「小説の主人公は「真理省記録局」という部署に勤めている。政府の都合と主張に合わせて過去の新聞記事を改変するのが仕事である」とのこと、

 「つまり、すべての過去を現在の状況に合致するように変えていく、刊行物、映像、統計などあらゆるものを改ざんして「真実を管理」し、独裁者を絶対化するのである」とのこと、 

 「忖度の親戚筋の言葉には「おもねり」や「へつらい」のほか「太鼓持ち」「茶坊主」などあって多彩だ。「事なかれ」や「物言えば唇寒し」も遠縁に当たる」とのこと、

 「改ざんのそもそもの発端は「国民に説明のつかない国有財産の土地取引」だった。それを復古的なイデオロギーを仲立ちにして、権力側とその威を借りる者が連み合った結果であろう」とのこと、

 「一つの嘘をつき通すには別の嘘を20発明しなくてはならない、と西洋の古言にいう」とのこと、

 等々を知ることが出来た・

 なかでも、「独裁者が世界情勢の見通しを語る。それが現実にならなかった場合には、現実に起こった通りに語ったことにして書き換える。つまり、すべての過去を現在の状況に合致するように変えていく。刊行物、映像、統計などあらあゆるものを改ざんして「真実を管理」し、独裁者を絶対化するのである」とのくだりは、昔の聖人君主の絶対化や、近年の独裁者の絶対化に使われている「手法」であることを知ることが出来た。あらためて、すべての人間が昔も今も、皆不完全であり、またそれでいいのだ、と思った。

 また、1984年といえば、柏市と姉妹都市となっていたトーランス市(カリフォルニア州)を市の使節団の一員として、また柏市と姉妹都市になったばかりの承徳市(中国)を民間使節団を組んで団長として、それぞれ訪問した記念すべき「年」であったことを、思い出した。

 


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by sasakitosio | 2018-03-31 16:28 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 3月30日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「27日、衆参両院の予算委員会で元財務省理財局長佐川宣寿氏に対する証人喚問が行われた。森友学園への土地売買に関する公文書が改ざんされた経過や自らの関与については、刑事訴追の恐れがあるという理由で証言を拒否した。

 しかし、安倍昭恵首相夫人の関与については、全面的に否定した。佐川氏自身が本件に関する公文書を見たか否かという刑事訴追に関係するとは思われない事項に関しては証言を拒否したうえで、改竄に関する昭恵氏の関与を否定するのは奇妙だ。

 なぜなら佐川氏自身が当該公文書を読んだことを含め、事実の全体像に通じていなくては昭恵氏の関与を否定できないからだ。」と指摘した。

 続けて筆者は、「佐川氏は首相官邸、財務省と自分を同時に守るという連立方程式をつくって喚問に臨んだ。その目的は、首相官邸と財務省を守れば、自分が刑事責任を追及されることを免れるという希望的観測に基づくものだ。

 佐川氏には、国民に対する奉仕者である国家公務員だったという意識が希薄だ。それだから、有権者による直接選挙で選ばれた参議院議員、衆議院議員の前で真実を語ることに関心がなかったのだ。

 今回の証人喚問の結果、国民から超然として存在している元財務省官僚の病理が可視化された。徹底的な治療が必要だ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「佐川氏自身が本件に関する関与を、改竄された公文書を見たか否かという刑事訴追に関係するとは思われない事項に関して証言を拒否したうえで、改竄に関する昭恵氏の関与を否定するのは奇妙だ」との指摘、

 「なぜなら佐川氏自身が当該文書を読んだことを含め、事件の全体像に通じていなけくては昭恵氏の関与を否定できないからだ」との指摘、

 等々はよく理解できた。

 筆者の指摘の通り、昭恵氏の関与を明確にした「根拠」を糾していけば、佐川氏のウソを可視化できたかもしれない、と思った。

 また「佐川氏には、国民に対する奉仕者である国家公務員だったという意識が希薄だ。」との指摘、

 「今回の証人喚問の結果、国民から超然として存在している元財務官僚の病理が可視化された」との指摘、等々はその通りだ。

 その上で、明治維新から150年経って改良に改良を重ねてきた「統治システム」全体が「耐用年数」に来たのではないか、と思った。
 そして今の時代人類は、グローバル化、情報化、戦争禁止・平和共存化、民主化にかなった「人類の自治のシステム」が策定できないものだろうか。

 


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by sasakitosio | 2018-03-31 06:57 | 東京新聞を読んで | Trackback

3月29日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、日本総研上席主任研究員・河村小百合氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「商工中金の不正融資問題が世間を騒がせている。リーマン・ショックから10年近くがたつのに、なぜまだ危機対応融資?と素朴な疑問が膨らむのはごもっとも、昨年10月の商工中金の調査報告書によれば「本来であれば危機対応の対象とならない中小企業に対して、職員が資料を改ざん・自作するなどして危機対応融資を実行していた」由だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「商工中金に限らず、この国の政策金融の「危機対応業務」の「危機」の範囲の広さにあきれる。

 大規模災害やリーマン・ショックのみならず、「円高」や「デフレ脱却」まで危機事象。これではもはや「何でもあり」に近い。

 こうした手口で、本来は民間の守備範囲の優良な貸出先が次々とさらわれる。まさに「民業圧迫」で、ついに会計検査院まで調査に乗り出した。

 真の問題はこれにとどまらない。時代の流れにそぐわず収益性の極端に低い企業まで、超低利の政策融資で延命できてしまう。これでは健全な経済成長など望めない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「実はIMFは2012~13年頃、こうした危機対応刺激策を早くやめるよう日本に勧告していた。他国はとっくにやめていた。しかし政府は形を変えて存続させ、ついには政策金融機関の不正融資が横行。経済成長の足は引っ張られるばかり。それでいて「デフレ脱却が優先」など、何をかいわんやだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「商工中金の調査報告書によれば「本来であれば危機対応の対象とならない中小企業に対して、職員が資料を改ざん・自作するなどして危機対応融資を実行していた」由だ」とのこと、

 「実はIMFは2012~13年頃、こうした危機対応刺激策を早くやめるよう日本に勧告していた」とのこと、

 「しかし政府は形を変えて存続させ、ついには政策金融機関の不正融資が横行し、産業構造の転換は進まず、経済成長の足は引っ張られるばかり」とのこと、 等々を知ることが出来た。
 この記事を読むまでは、不正融資の意味がいまいち分からなかったが、「危機対応業務」に当たらない融資だったことを初めて知った。

 また、資料を改ざんしたり、自作したりして、危機対応の対象とならない中小企業にたいして融資を行っていた、という記事を見て、森友問題での「決裁文書の改ざん」を思い出した。

 森友問題の決裁文書改ざんに比べれば、商工中金の不正融資はかわいいもんだなと、思った。


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by sasakitosio | 2018-03-30 06:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月29日付朝日新聞朝刊8面に、「サウジアラビアでの計200ギガワットの太陽光発電事業」のことが載った。記事は。ニューヨーク=江渕崇記者による。

 今日はこの記事を学習することにした。

 まず記事は、「ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長とサウジアラビアのムハンマド皇太子が、滞在先の米ニューヨークで27日夜(日本時間28日)に記者団と会見し、世界最大となる計200ギガワットの太陽光発電事業をサウジで始めることを明らかにした。

 太陽光パネルの工場も同国内に設けるといい、2030年までの総事業費は計2千億ドル(約21兆円)規模に上る。」と切り出した。

 続けて記事は、「ソフトバンクがサウジアラビア政府系ファンドなどと設立した10兆円規模のファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」が資金を拠出。

 まず約50億ドルを投じ、19年までに二つの太陽光発電所(計7.2ギガワット)をつくるという。

 パネルなどの発電設備の生産は、順次サウジ国内での生産に切り替える。エンジェニアの教育・訓練施設も設けて、30年に向けて徐々に規模を拡大する。サウジに10万人の雇用を生み、同国の国内総生産(GDP)も120億ドル増える効果があるという。」と指摘した。

 最後に記事は、「サウジは脱石油依存を進めており、ムハンマド皇太子は「人類史にとって大きな一歩だ」と述べた。

 孫氏は「サウジには強い日光、広大な土地、優れたエンジニアと労働力、将来のビジョンのすべてがある」と語った。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 かねがね、砂漠に太陽光発電を設置し、そこに水とおカネと産業と文化を生み出すことが出来ないものか?それが出来たらいいなあ、と思っていた。

 それを具体的に実現する人「孫正義氏とサウジのムハンマド皇太子」が現れた、ことにビックリするとともに嬉しくなった。

 再生可能エネルギーの一つ「太陽光発電」への投資が進み、新しい産業が生まれ、新たな雇用が誕生する。明るい話だ。原発再稼働と廃炉事業による、エネルギーと雇用増の話より何倍も明るくて、希望が湧いてくる話だ。

 日本には砂漠はないが、広大な海がある。洋上発電を産業としてかんがえれば、「日本には広大な海洋、海に降り注ぐ無限の太陽光、優れた企業と技術と労働力、将来のビジョンのすべてがある」と言えるのではないだろうか。

 ただ、為政者や経済界・学術界のリーダーに、孫正義氏並みのビジョンを持つ「人材」が、今日只今、不足していることが残念でならない。

 


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by sasakitosio | 2018-03-30 06:42 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 3月29日付東京新聞朝刊4面に、「太郎の国際通信」という欄がある。

 筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「日本の安倍晋三首相はいいヤツで友達だが「こんなに長い間米国につけ込むことができたなんて信じられない」というほくそ笑みは彼らの表情から消えただろう。そんな日々はもう終わったのだ」

 トランプ大統領は22日、鉄鋼とアルミニウムの輸入追加関税について韓国や欧州連合(EU)、豪州などを除外しながら、日本などには適用すると発表したことに関連してこう言った。

「蜜月関係」ととも言われた安倍首相とトランプ大統領との中は、安倍首相側の「片思い」だったのだろうか。

 そうだとすれば、その行き違いの発端は1昨年9月、安倍首相が国連総会出席のためニューヨークを訪れた時にさかのぼるのではないか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「当時米大統領選は終盤を迎えて各国首脳は次の米大統領との接触をはかっており、安倍首相も民主党のヒラリー・クリントン候補と会談したが共和党のトランプ候補とは会わなかった。

 同じ頃、やはりクリントン候補と会ったイスラエルのネタニヤフ首相やエジプトのシシ大統領は、トランプ候補とも会談した。

 主要マスコミがヒラリー有利説を伝えていたので、トランプ候補に当選の可能性はないと現地で判断したのかもしれない。

 また佐々江賢一郎駐米大使は、その約4か月前ワシントンでの講演で「孤立主義の候補者がいるがこれは間違いだと暗にトランプ候補を批判していた。これも、同候補が当選するわけがないと考えていなければあり得ない発言だ。」と指摘した。

さらに筆者は、「そのトランプ氏が当選して安倍首相があわてなかったはずはない。当選直後の11月17日(現地時間)にニューヨークのトランプタワーを訪れ、外交首脳として初めて会談を果たしたが、トランプ大統領は「本当は断りたかったが安倍首相がもう飛行機に乗っていた」と昨年11月の訪日時に夕食会のあいさつで明らかにした。

 その後も、安倍首相は大統領と就任後初の首脳会談を望んだり積極的なアプローチが際立っていた。

 しかし、首相の姿勢が「前のめり」になればなるほど大統領はその足元を見透かしたのではなかろうか。

 米国の追加関税案に対して報復を示唆したEUやカナダ、メキシコなどが結果的に除外され、日本はただ除外を要請するだけで高関税が適用されることにも、そうした両国関係が透けて見えるようだ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「日本語で「懐に飛び込む」と言うと相手に取り入る積極的な態度を意味するが、英語で「相手のポケットに入る」と言えば相手の言いなりになることを意味する。

 大統領選で判断を間違えたばかりに、当選後トランプ大統領の「懐に飛び込んだ」つもりの安倍首相を、同大統領は「言いなりにできる」と考えているのではなかろうか。」として締めくくった。

 読んで大変勉強になった。

 「トランプ大統領は22日、鉄鋼とアルミニウムの輸入関税について韓国や欧州連合(EU)、豪州などを除外しながら、日本などには適用すると発表したことに関連して、「日本の安倍晋三首相はいいヤツで友達だが「こんなに長い間米国につけ込むことが出来たなんて信じられない」というほくそ笑みは彼らの表情から消えただろう。そんな日はもう終わったのだ」といったとのこと、

 「佐々江賢一郎駐米大使は、その4カ月前ワシントンでの講演で「孤立主義の候補者がいるがこれは間違いだ」と暗にトランプ候補を批判していた。これも、トランプ候補が当選するわけがないと考えていなければあり得ない発言だ」とのこと、

 「当選直後の11月17日(現地時間)にニューヨークのトランプタワーを訪れ、外交(国?)首脳として初めて会談を果たしたが、トランプ大統領は「本当は断りたかったが安倍首相はもう飛行機に乗っていた」と昨年11月の訪日時の夕食会のあいさつで明らかにした」とのこと、

 「日本語で「懐に飛び込む」と言うと相手に取り入る積極的な態度を意味するが、英語で「相手のポケットに入る」と言えば相手の言いなりになることを意味する」とのこと、等々を知ることが出来た。

 知ってみると、「当選後トランプ大統領の「懐に飛び込んだ」つもりの安倍首相を、同大統領は「言いなりにできる」と考えているのではなかろうか」との筆者はの指摘は、当たっている気がした。

 そして、とんでもない勘違いをした「安倍総理」は、日米関係にとって「国益」を損なっているし、それを変えることが出来ないことこそ日本にとっての「国難」なのではないか、思った。

 


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by sasakitosio | 2018-03-30 06:27 | 東京新聞を読んで | Trackback

 313日付東京新聞朝刊4面に、「見張り塔からーメディアの今―」と言う欄がある。

 今日の筆者は、専修大教授・山田健太氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「政治の世界では憲法改正論が始まっているが、そのテーマの一つが緊急事態条項だ。

 自民党内での検討では、野党から批判が強い個人の自由や権利の制限は、国民投票を見据えて持ち込まない方針と伝えられたが、決着は着いていないもようだ。

 一般には権力集中と私権制限がその特徴で、前者は首相や大統領に一時的に全ての決定権を委ねるのが一般的だ。

 後者は移動・居住の自由や財産権等を、部分的あるいは全面的に制限するもので、その最たるものは徴兵制と言える。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ただし、こうした緊急事態対処の法制度は新しいものではなく、すでに国内で整備されてきている。

大きくは自然災害と人災に対処するものがあり、前者の代表例は、伊勢湾台風を契機に制定された災害対策基本法で、これに基づき基本計画が内閣府のもとで策定されている。

 最近増加している法制度が後者で、原子力事故や新型インフルエンザへのための特別措置法だ。 この延長線上に、有事(戦争)があった場合の武力攻撃・存立危機事態対処法と国民保護法があり、国民保護業務計画が作成されている。

 こうした法制度には、表現の自由に関する権利制限条項が存在する。

 大きくは2種類で、一般市民の自由を制約するものとして、インフル法では特定期間の集会制限が定められている。

 一方、報道機関に関しては指定公共機関に指定することによって、いくつかの義務を課すことが可能だ。日赤や公益事業を営む法人約160社が該当し、放送局ではNHKと広域放送局のあわせて20社が指定されている。

 さらに指定地方公共機関があり、おおよそすべてのローカル放送が属する仕組みだ。

 一方では新聞社は、災対法では指定公共機関に指定されているものの、有事関連法では入っていない。指定公共機関のなすべきことの一つは、収集情報の提供義務だ。文言通りだと報道する全段階で、取材で入手した情報を政府に伝達する義務があることになる。

 もう一つは、政府情報を「そのまま」放送することの是非だ。

 気象庁発表の地震や津波情報を出来る限り迅速に伝えるために、事実上そのまま伝達することと、政府が消防庁を通じて流す武力攻撃情報(Jアラート情報)を「ノーチェックで報ずる」ことが同じで佳いかとの課題だ。

 この他日常的に、業務計画を策定し報告することや、人材・資材の備蓄などが義務付けられている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「形式的には同じ制度のように運用される可能性が高い指定公共機関ではあるが、政府が主体となる戦時において、首相の指揮命令系統の下で、報道内容を含めて統制を受けることでよいのかの課題が残っている。

 憲法に緊急事態条項が入れば、こうした差異には関係なく、罰則なしの協力義務であったものに、強制力が付加されるされることで、常に表現の自由よりも国家安全保障が優先し、緊急事態下では行政権の下で報道活動がなされる状況が正当化される。」として締めくくった。

 読んで勉強になった

 緊急事態条項は「権力集中と私権の制限が特徴で、前者は、首相や大統領に一時的に全ての決定権を委ねるのが一般的だ。後者は移動・居住の自由や財産権を、部分的あるいは全面的に制限するもので、その最たるものは徴兵制と言える」との指摘、

 「緊急事態対処の法制度は、すでに国内で整備されてきている。大きくは自然災害と人災に対処する者があり、前者の代表例は「災害対策基本法」で、後者には原子力事故や新型インフルエンザへのための特別措置法、その延長線上に「武力攻撃・存立危機事態対処法と国民保護法」がある」とのこと、

 「こうした法制度には、表現の自由に関する権利制限条項が存在する。大きくは二種類で、一般市民の自由を制約する者として、インフル法では特定期間の集会制限が定められている。一方、報道機関に関しては、指定公共機関に指定することによって、いくつかの義務を課すことが可能だ」との指摘、

 「一方で新聞社は、災対法では指定公共機関に指定されているものの、有事関連法では入っていない」との指摘、

 「憲法に緊急事態条項が入れば、こうした差異に関係なく、罰則なしの協力義務であったものに、強制性が付加されることで、常に表現の自由よりも国家安全保障が優先し、緊急事態下では行政権の下で報道活動がなされる状況が正当化されることになる」との指摘、等々を知ることが出来た。

 戦争になったら、基本的人権が無視・侵害されることは、過去の大戦で実証済みだ。また、基本的人権の蹂躙・弾圧を為政者が行うことによって、戦争へのレールがひかれてきたことも、歴史が証明するところだ。だから、緊急事態条項を憲法に入れようとする「たくらみ」は、芽のうちに摘んでおかないと、平和と自由が危うくなる。

 そんな気がしている。


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by sasakitosio | 2018-03-29 06:49 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月28日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「同じ言葉を繰り返す人を昔は「テープレコーダー」といった。証人喚問での佐川宣寿氏もほとんどテープレコーダー。レコーダー佐川氏は二つのミッションを帯びているように見えた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「一つは政治家・官邸の「指示」だけはきっぱりと否定すること。「指示」はありませんでした「ね」という独特の語尾を使った丸川珠代議員の質問は「ございません」と答えやすくするための作為にすら見えた。

 もう一つは「刑事訴追のおそれ」という例のテープレコーダー的発言である。「刑事訴追の恐れがありますので、答弁は控えさせていただきます」。証言すべき部分を「答弁」と呼ぶのは官僚壁が抜けてない証拠?

 子細に検討すればボロも見つかるかもしれないが、多くの人の印象は単に「がっかりした」だろう。佐川氏の「がっかり作戦」大成功だ」と指摘した。

 最後に筆者は、「この分だと、迫田栄典氏、谷査恵子氏、今井尚哉総理秘書官らを証人喚問しても、似たような作戦で来られる可能性が高い。

 がっかりの効用は相手が脱力して「どうでもいいや」な気分になることである。だから、落胆はしない。わずかでも期待した私がバカだった。

 「刑事訴追の恐れがありますので・・・」としゃべるオモチャを発売してほしいよね。どうせテープレコーダーなんだから証言台にこれを置いてボタンを押せばよいのだ」として締めくくった。

  読んで勉強になった。

 「証人喚問での佐川宣寿氏もほとんどテープレコーダー」との指摘、

 「がっかりの効用は、相手が脱力して「どうでもいいや」な気分になることである」との指摘、等々はその通りだと思った。

 そのがっかりを国民が味わあなくてもいいように、筆者含め日本有数の「知者」が、佐川氏の国会証人喚問で「証言拒否」が出来ない「想定問答」を野党に伝授できないものだろうか、と思った。しかし、脚本が良くても役者が「大根」の場合は手の打ちようがない、ということもありだが?


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by sasakitosio | 2018-03-29 06:33 | 東京新聞を読んで | Trackback