憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:今日の感動( 92 )

勝海舟、誕生の地跡は、両国駅近くの「両国公園」にありました
d0049909_19590068.jpg
勝海舟、晩年の館跡は、赤坂駅近く、特養ホーム「サンサン赤坂」になっています
d0049909_19583714.jpg

[PR]
by sasakitosio | 2018-09-02 20:10 | 今日の感動 | Trackback

7月14日京成労働会館 ホールで、「再び戦争をさせない千葉県1000人委員会」主宰「今、平和のために考える戦争と憲法」の講演会があった。
 講師は、国際地政学研究所理事長・柳沢協二氏だ。

 参加して、大変勉強になった。

 難しいテーマを実にわかりやすく講演していただいた。

 事前に配布された「レジュメ」を、項目を追っていくだけで、理解が深まる内容になっていた。

 そこで、まずレジメをそのまま下記に写すことにした。

~ 今の日本に起きていること~

 <(1)力の政策へののめり込み>

①際限ない日米一体化 

 「米艦・米機を防護・・日米同盟はかってなく強固」(施政方針)

 *安保法制・・・非戦闘地域をなくす・平時から米艦・機防護  米機への給油・修理は可能

 ②専守防衛、従来の延長ではない防衛力を検討」(施政方針)

 長距離巡航ミサイルの導入・イージス・アショア

*他国に脅威を与えない専守防衛から、二重の逸脱 なぜ?・・力に頼る「抑止一辺倒」

 ~いま日本に起きていること~

 <(2)不安が単純な答えを求める>

 ①ミサイルへの不安が単純な答えを求める

 *ミサイルが怖い⇒北朝鮮をやっつければいい

 ②戦争は、自然災害ではない

 *誰が・何の目的で⇒それを止めればいい

 ③戦争に勝つか問題を解決するか?

 *勝てば、次の戦争に備えなければ⇒相手が納得しなければ解決はない。

 

~戦争とはなにか、平和とは何か?~

 <平和を望むなら、戦争を理解する>

 ①戦争=国家(共同体)が暴力で意志を強制する行為

 ②平和=戦争のない状態か、戦争の恐怖からの解放か

 *抑止・・・より強い暴力の示威による戦争意志の抑圧

 対立⇒抑止⇒対立…永遠に恐怖は続く

*和解・・・戦争のもとになる対立をなくす 

    戦争で失うもの・・命

    和解で失うもの・・利益、名誉

    ⇒本当に守りたいものは何か?

~現代の戦争はなぜ起きるのか~
 <分断・排除の世界の中で>
 グローバル化①相互依存=利益の戦争は割に合わない
       ②負の依存=アイデンティティー
 相手を邪悪とする敵意=負ける恐怖
 ◇グローバル化の影
  均質化…自分が必要でない世界(疎外)
  競争万能・格差拡大…貧しさ=不当に扱われている意識
 ⇒他者の否定による自己承認=暴力の正当化

~戦争の選択は誰が止めるのか?~

 <国民感情と政治>

 ①戦争は他の手段による政治<クラウゼヴィッツ>

  ・・。戦争か和解か、どの程度やるかは政治目的で決まる。

 *戦争の三位一体 

 ・・国民(感情)・軍隊(アート)・政府(理性)

 ②戦争の鍵は国民感情

  ⇒世論を煽れば戦争、鎮めれば選挙に勝てない政治の矛盾

   *政治を決める国民の自覚以外に富める者はない。

~人はなぜ戦争を肯定するか?~

<究極自己実現としての戦死>

 ◇「殺したいから」は殺人、「死んでもいいから」は戦争 

 *命を差し出す⇒生きるよりも価値・・・国家のため=英霊

 *敵が分からない戦争⇒兵士のトラウマ

 ◇「国家のために死ね」と誰が言えるか?

  ⇒戦場に行く若者の犠牲を、どのように受け入れるか

  ⇒ 自分がやりたくないことを他人にやらせる正義はあるか

~日本が直面する三つの戦争~

 <誰の、何のための戦争か、どう関わるか?>

①三つの戦争

 *北朝鮮からミサイルが飛んでくる

  アメリカと北朝鮮=生存と覇権の対立

 *中国が島を獲る

  日中=名誉(主権)の対立・米中=覇権の対  

  立

 *テロに巻き込まれる 

 米国文明の否定・宗派・部族=アイデンティティーの対立。 

  ⇒主体・目的が違う戦争・・・日米という処方箋は答えにならない。

~「アメリカの抑止力」でミサイルを防げるか?~

 <ミサイル撃ち漏らせばアメリカが報復・安倍首相答弁>

 ①報復の威嚇による抑止の限界

 *アメリカは自国の犠牲を省みず報復するか?

  相手が恐れ入って撃ってこないか?

 *打ち漏らす=日本に着弾する・・被害に耐えるか?

 ∴抑止と安全・安心は両立しない

 ②ミサイルを100%防げない⇒飛んでこないようにする 

   *脅威=能力×意図

 なぜミサイルが来るか・・そこに米軍がいる=戦場は日本

  ~北朝鮮核問題の解決とは何か?~

 <戦争に勝つことと解決することは違う>

 ①圧力外交の手詰まり

  *戦争の条件・・かつ見通し、損害が軽微、戦後の安定 

   *北朝鮮の動機・・アメリカを抑止する核能力 

  ⇒見通しのない圧力拡大⇒衝突の危険 

 ② 戦争(強制)できなければ利益誘導(報償)

   *敵対関係の緩和による体制保障=核の動機をなくす

 ③ 問題の構図

   米朝対立>朝鮮戦争(+中国・韓国)>6者(+日露)

~領土を守るとはどういうことか?~

 <無駄な戦争をしないために政治がある>

 ①尖閣という無人島・・主権の争い

*主権(名誉)は譲れない

 譲ったら取り返す限りない消耗

 ②「アメリカに守ってもらう」意味

 *アメリカの主権を守るわけではない・・・・ 

  覇権の御争い

  ⇒米軍基地にミサイル(戦場は日本)

  ⇒日本がかってに終われない

 ③得しない戦争・終わらない戦争をしないのは政治の責任

  *無駄な戦争は、政治の失敗

~対テロ戦争にどう関わるか?~

 <自衛隊だけが答えではない>

 ①武力で勝てない「対テロ戦争」

 テロリストの殺害が新たなテロリストを生む(殺害≠解決)

 自衛隊が武器を使えば⇒暴力の連鎖

 ②イラクの自衛隊

 「一発も撃たなかった」という成果

 武器を使えば安全か?・・・相手も反撃する戦場のリアル

 *なぜ自衛隊は歓迎されたか?・・戦争しない日本のブランド

~9条に自衛隊を書けばいいのか?~

 <国民は、どういう自衛隊を支持するか?>

 ①大多数の人が自衛隊を支持 

  *どういう自衛隊か・・一人も殺さない・戦死しない 

  安保法制をまじめに実行すれば交戦

 ②交戦権・軍隊を否認して海外へ行けば・・・

 *武器使用は個人の責任=相手を殺せば殺人罪になる矛盾

 ③ 自衛隊の基盤は「国民の負託」

   「事にの臨んでは危険を顧みず、身をもって責務を完遂し、もって国民の負託にこたえる」(自衛隊員の服務の宣誓)

 * 国民は、自衛隊に何をさせたいか?

 ~憲法と安全保障~

 <国を守るとは、国家像を守る事>

 ①憲法が示す国家像=国民主権・基本的人権・平和主義

 そういう国を自分で選択する・・主権

 外国の言いなりにならない ・・独立

 ②非戦という「名誉」・・理念=アイデンティティー

 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して生存を保持」

 ⇒意見の違いを力で解決しない国・大国顔をしない国

 ③専守防衛という「戦略」

  *相手に恐怖を与えて戦争の誘因をつくらない

  *他国の戦争に関与しない

   

  

 


[PR]
by sasakitosio | 2018-07-22 12:07 | 今日の感動 | Trackback
d0049909_19342042.jpg
名馬池月の銅像
d0049909_19324964.jpg
西郷隆盛をまつる留魂祠のいわれ
d0049909_19301383.jpg
勝海舟夫妻の墓

  
d0049909_19304582.jpg

[PR]
by sasakitosio | 2018-06-17 19:38 | 今日の感動 | Trackback

d0049909_17322743.jpg
30年前に事務所を建てるとき、神主の資格を持つ「おじさん」が、地鎮祭をしてくれた。その時のお祝いに頂いた「盆栽の30センチ足らずの梅ノ木ー思いのままー」を路地に下したところ、今では、直径10センチ弱、高さ2m余に成長した。毎日、つぼみを見ながら、早く咲け、早く咲け、と声をかけてきた。一番先は、一輪挿しにさした。

[PR]
by sasakitosio | 2018-03-08 17:43 | 今日の感動 | Trackback

 ここのところ雨模様で、曇りもようで、ちょうど裏日本、小さい頃過ごした新潟の冬みたいなくらい日々が続いたが、今日は久しぶりの洗たく日和、散歩日和だ。

 29日にアムステルダムへきて以来の天気だ。

 今日こそはアムステルダム中央駅から歩いてすぐの「ダム広場」へ行って、そのまわりを探訪したい、そこからすぐのところらしい「飾り窓地区」を探索してみたい、そしてさらにアムステルダム中央駅から出ている地下鉄53号線54号線の終点まで行って、沿線の景色を楽しみ、終点の街並みを見たい、 さらにできれば、アムステルダムの中央駅に接してある「アムステルダム港」に30日から係留していた豪華旅客船「クイーン・ビクトリア号」のそばまで行って触って見たい、と思った。

 明日は、午前11時30分にガイドさんが迎えに来て、スキ・ポール国際空港へ送ってくれる。だから、今日の内に荷物を整理して、あすは何もしなくて済むようにし終わったのが、午前9時だった。

 いざ出発!

 トラム「NO26」のホテル近くの停留所「レイトランド・パーク」から終点「アムステルダム中央駅」へ。

 駅について、駅の周りを一周してみたくなり、歩き出した。一部は工事中の為歩道が通行止めになっていたが、ここは自分勝ってに無視して、駅のへ。そこから、駅のホームは見えるが、駅への入り口が見当たらない。道路の反対側のバス停に止まっている「バス」がクラクションを鳴らす。見れば、私に「こっち側に来い」との合図をしている。両手で丸の合図をして、了解と感謝!

 クルマに気をつけながら、4車線の道路を渡り、エスカレーターで階下に降り、歩いて駅の正面側まで歩く。駅の正面側の距離を測りたくなって、歩いて歩数を数えてみた。なんと515歩あった。代替歩幅が80センチなので、約400mあったようだ。

 そしてまた、そのとき驚いた発見は、いたるところ自転車また自転車、駐輪場また駐輪場だ。車の駐車場は見当たらないが、数階建ての自転車の駐離場にびっしり、自転車があったことだ。

 この国は、自転車屋さんが商売になる国だとおもった。

 駅の広場から、歩いてダム広場へ。

 途中おしっこをしたくてなりトイレを探したが、公衆トイレが見当たらない、駅にもトイレがない、地下鉄にもトイレがない。駅広場の近くのホテルに入ったが、ガードが固くてこれも無理。我慢しながら、ダム広場へ。教会らしき建物を目指していってみると、1月1日は開かないとのこと。そこで、10時まで待ってデパートの開店時に、デパートへ。入って、トイレのしるしを探しながらエスカレーターで2階へ上がると、目の前にトイレのマークを発見!ラッキー!ダム広場訪問の記念のおしっこをした。

 ちなみの、このデパートにはその後2回トイレを使わせてもらった。もちろん無断ではあったが。トイレのお礼に、何か記念の買い物をしたかったが、高級衣類や高級バック専門でエコノミーの自分には合わないと思い、何も買わずじまいだった。デパートさんすみません!

 午前中に、ダム広場をぐるりと一回り、その足で「飾り窓地区」の在りそうな方向へ歩く。運河沿いに「大人のおもちゃ店」らしき看板がいくつか出ていたので、飾り窓地区かもと思い、幅10メートル足らずの運河沿いを歩く。確かに小さな窓の中に丸椅子が一つ置いてあるだけの「窓」並んでいた。午前中なので、窓に人影はほとんどない。多くの飾り窓の中には、たまに「下着姿の女性」を見ることが出来た。見るだけ見るだけ!

 その後、またアムステルダム中央駅に戻り、次は地下鉄探訪、沿線の景色を楽しむことにした。

 53号線と54号線は途中まで一緒であったが、両方とも始発駅から終点駅まで、乗ってみた。沿線は、アパートと工場、そして建物がいずれもカラフルで楽しかった。都心から離れ郊外へ行けばいくほど、川と芝生と木々の緑が多くなった。終点からアムステルダム中央駅へ向かう電車は、いずれも黒人の運転手だったし、乗客もほとんど黒人だったことは、不思議に思えた。

 この点については、送迎のガイドさんに話をしたら、アムステルダム郊外には、オランダが独立するときに、植民地の人々でオランダ国籍になりたい人の住まいを「アムステルダム郊外」大量に建設したことが原因らしいということを、改めて教えてもらった。

 地下鉄探訪を終え、アムステルダム中央駅に着いたのが、午後3時近く。

 このままホテルに換えるのは、もったいないと思い、もう一度「ダム広場」のまわりを散策し、夕方の「飾り窓地区」を探訪することにした。

 人ごみが、午前中に比べて数段多くなっていた。「飾り窓」もぼちぼち明かりがともり、窓のに「下着姿の女性」ちらほら。目が合うと、お出でと誘ってくれるが、手を合わせ、ここは文字通りの「ウインドウズショッピング」だ!「ウインアムステルダム中央駅へ午後5時ごろ到着。それから、トラムのNO26に乗り、ホテルへ。豪華旅客船クエーン・ビクトリア号は、出航したらしく、帰りのトラムから見られなかった。


[PR]
by sasakitosio | 2018-01-11 13:24 | 今日の感動 | Trackback

 ここ十数年恒例になった「外国一人旅」、今年はオランダの首都アムステルダムだ。決めての大きな理由は、今年6月の修羅場塾の発表会で「後藤新平物語」を公演することにある。後藤新平が構想した「どでかい東京駅」の模範にしたのが「アムステルダム中央駅」とのこと知って、ぜひアムステルダム中央駅を見てみたくなった。

 また、昨年12月の修羅場塾の発表会で「榎本武揚物語」を公演した際に榎本武揚がオランダ(ロッテルダム、ハーグ)に5年間留学し、幕府が注文した軍艦「開陽丸」を受け取り、ロッテルダムの港から江戸に向かったとネットで知り、ぜひロッテルダム・ハーグの街を歩きたくなった。

さらに ハーグには国際司法裁判所があり、皇太子妃の父君が在職とのことなので、その建物を見たいと思っていった。

 そんなこんなで、今年の年末年始の一人旅の宿泊地はオランダの首都アムステルダムと決めた。

 29日にJR成田駅から成田国際空港第1旅客ターミナル北ウイング4階へは、タクシーで。そのタクシーが、ベンツだったのに、まず驚いた。ドライバーの話では、会社に2台あるとのこと、ドアーが自動的に開かないとの注意があった。

 飛行機は、オランダ航空(KLM)、定刻に機内に入ったが、飛行場が混雑していて予定より20分遅れで、離陸した。

 機内では、窓側の席をとり、約12時間ほとんど眠らず窓の外の景色を楽しんでいた。

 ことに、シベリア上空を数千キロ、数時間飛行してきたが、眼下に灯がほとんど見えない。まさに不毛な原野と湖が延々と続いていた。

 窓の外は、沈まぬ太陽だ。

 オランダのスキポール空港に定刻通り、到着。

 荷物の受け取りに、アクシデント。案内表示に従って荷物引取り上げに行って、待てど待てども荷物が出てこない。現地のユニホームを着た現場労働者に聞いたら、NO10でいいとのこと。しかしあまりにも遅いので、近くのデスクにすわっている女性に聞いたら、別の場所でNO16とのこと、急いで現地へいったら、JTBの添乗員が一人の旅客を待っているほかに、誰もいないで、私の荷物だけが回っていた。

 荷物を受け取り、出口で考えた、迎えに来た人がNO10の出口で待っていたらどうしようかと。しかも、NO16の出口には、「いったん出たら入ってはいけません」、と書いてある。

 が、とりあえず出ることにした、案の定、迎えの人がいない!参ったなあと思っていると、私の名前が書いてある「紙」を持ったご婦人が大慌てで「声」をかけてくれた。ホーだった。

 タクシー(車はベンツでした)でホテルへ直行。チェックインしてくれて、これで本来は終わりなのだが、かのガイド(細川女史)は、アムステルダム・中央駅まで一緒に歩いてくれた。小雨と強風のなか、傘を時々飛ばされそうになりながら。ガイドさんが帰りは必ずトラムに乗って帰るように、と念を押した。が自分は歩いて帰るつもりだった。それを察知されたか、ガイドさんがトラムの1時間乗り放題のチケットを買ってきて、プレゼントですと言われた。そこで、結果的にトラムでホテルへ帰ることになった。そのトラムが出発する時に「手を振って」見送ってくれたので、私も感謝の気持ちを込めて何回も頭を下げた。

 ところが、そのトラムの、ホテル近くの停留場よりひとつ前に「下車」してしまい、冷たい雨がしょぼふる中を、次のトラムが来るのを待つ。

 ほどなく後発のトラムがきて、次の停留場で下車、ホテルへ3分。

 ホテルの部屋は、完全暖房、二重窓、ダブルベッド、シャワー室、湯沸かし器等々があり、快適な空間だった。

 HISで手配をしてもらったとき、アムステルダムのホテル料金の高さに驚いたが、従業員も親切だし、4連泊も快適に過ごせそうだ、と思った。

 また、東京との時差が7時間なので、時差ぼけは全く感じない。

 明日は、日本語のわかるガイドさんと一緒に、トラムや電車に乗って、ロッテルダム、ハーグ、ライデンへ出かける予定だ。


[PR]
by sasakitosio | 2018-01-08 19:00 | 今日の感動 | Trackback

大輪の月見草?

d0049909_13422942.jpg
 

 毎年6月に入ると咲いてくれる。大堀側の河口の土手のやぶの中。5月末から、散歩の度に大堀川河口のやぶを覗いて歩いていた。今日は、発見。
咲く場所は不定。
咲いて初めて、存在と場所が分かる。
花の名前はわからない?
黄色でこんなに大輪の花はこれしか知らない。

[PR]
by sasakitosio | 2017-06-07 13:48 | 今日の感動 | Trackback

63日付日刊ゲンダイ8面に、「喜怒哀楽劇場」という欄がある。筆者は、映画監督・井筒和幸氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「野党の国会議員が安倍の友達が第一の政治を「アベトモファースト」と駄洒落で笑うしかないほど、安倍内閣はやりたい放題だ。

 「加計学園」の問題もそうだし、官僚どもはひたすらボスを気遣い、ボスの意向通り、何でも右へ倣えして、自分のポストと金のために忠誠を誓っている。

 これだけ息のかかった子分たちが身も心も捧げてくれると、憲法改ざんの時も、さぞや首相は安心だろうと思う。

 今やそれより、キナ臭い東アジアのどこでいつ狼煙が上がるかとロクに眠れてないのかもだ。

 そんな悪夢の近未来戦争を食い止めるための法案が90年前から世界で用意されていた。

 今のうちに、デタラメ“改憲9条”より先にわが国会でこれを議決し制定しておくことだ。

 「戦争絶滅受け合い法」という素晴らしい戦争法で、これを各国が採用すれば、絶対、戦争は起こらないはずだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この条文は決して与太話ではなく、感動的だ。

 まず、「戦争行為の開始後または宣戦布告後、10時間以内に次の措置を取るべし」とあり、

 「すなわち下記の各項に該当する者たちを最下級の兵卒として招集し、できるだけ早く最前線へ送り、敵の放火の下、実戦に従わしむべし」と断じている。

 以下、さらにすごい条文が続く。

 「一、国家の元首、但し、君主たると大統領たるとを問わず。尤も男子たること、

 二、元首の男性の親族で16歳に達せる者、

 三、総理大臣、及び各国務大臣、その次官

 四、国民によって選出された男性の代議士。但し、開戦に反対の投票をなしたるものは除く。

 五、キリスト教または他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして公然と戦争に反対反対せざりし者」と容赦なく、さらに徹底している。

 「上記の有資格者は戦争中、本人の健康状態を斟酌すべからず(事情に応じて程よく取り計らうことはしない)但し、招集後の軍医の検査を受けさせる。

 また、有資格者の妻、娘、姉妹らは戦争継続中、看護婦または使役婦として招集され、最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし」と、とても分かりやすくつくられている。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「これこそが“国が事を起こさないようにするための戦争抑止法”だ。

 自衛隊の軍備を増やし、戦争を仕掛けられたときは自衛権で立ち上がって当たり前だといかめしい顔でいうヤツらこそ戦場に行く気はかけらもない。戦争を始めておいて責任を転嫁するのは権力者どもしかいないのだ。

 残念にも、このたくましい平和法は世界のどの国も制定していない。

 だから、日本こそこの法を来たる新憲法9条にしっかり盛り込んだらいい。

 ついでに、これに賛同しないと国会議員にもなれないという条文も必要になるか。

 いつか戦場に向かわされる若者よ、よく考えてみたらどうだ。」として締めくくった。

 読んでよく理解できた。

 「戦争行為の開始後または宣戦布告度10時間以内」に、「総理大臣以下有資格者」を、「最下級の兵卒として招集し、できるだけ早く最前線に送り敵の砲火の下」実戦に従わしむべし、との規定だけでも、政府を丸ごと反戦にすること間違いなしだ、と思った。

 その上、「有資格者の妻、娘、姉妹らは戦争継続中、看護婦または使役婦として招集され、最も砲火に接近したる野戦病院」に勤務せしむべし、との規定は「有資格者」たちを「家族ぐるみで」で反戦にさせること、請け合いだと思った。

 野党諸君には、一日も早くこの「戦争絶滅受け合い法案」を国会に共同提案して、政府与党の覚悟のなさを国民に明らかしてほしい、と思った。

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-06-04 11:32 | 今日の感動 | Trackback

5月15日付朝日新聞社説に、地方自治のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「明治憲法に地方自治の条項はなかった。国が知事を任命するなど、徹底した中央統制のもとで国全体が戦争に突き進んだ。

 その反省から、日本国憲法は第8章に4条の条文を設けて、中央の権力から自治体が自立することをめざした。

 自治体は行政権と立法権を持つ「地方政府」として、中央政権と向き合う形になった。

 中央政府は主に全国規模の課題に権限を持ち、地方政府はそれぞれの地域やくらしに根差した仕事と権限を担う。

 「地方自治は民主主義の学校」と言われるのも、住民により近い自治だからこそ、参加しやすく、学ぶことが多いゆえだ。

 公権力を国と地方に分散し、抑制と均衡を働かせることで乱用を防ぎ、人権を守る。

 それも、憲法に込められた精神である。

 憲法を具体化するための地方自治法は、憲法と同じ日に施行された。

 70年の節目に、改めて問う。

 地方自治は機能しているか。

 答えは残念ながら、不十分だと言わざるをえない。」と切り出した。

 続けて社説は、「1960年代には「革新自治体」が相次いで誕生した。

 70年代には先進的な自治体が国に先んじて施策を競い合い、「地方の時代」と呼ばれ始めた。

 一方で「3割自治」とも言われ続けた。

 自主財源は3割ほど、仕事も国に指図される機関委任事務が多かった。ほとんどの自治体が各省庁の補助金をあてにし、戦前からの中央集権構造にどっぷりつかっていた。

 事態が動き出したのは、自民党長期政権から、分権改革を唱えた細川連立政権に交代した93年である。

 衆参両院が地方分権をすすめる国会決議をした。

 「東京への一極集中を排除」して、「中央集権的行政の在り方を問い直し」、「時代にふさわしい地方自治を確立」すると明記した。

 選挙制度改革などとともに、東西冷戦後の国の統治機構を見直す動きの一環だった。

 住民の要望は多様だ。

 国が画一的な政策で全国一律の対応するより、住民に近い自治体に判断を委ね、責任を持たせた方が効果的で効率的だと考えられた。

 そして分権改革の最大の成果である機関委任事務の廃止が2000年に実現した。

 政府と自治体の関係は「上下・主従」から「対等・協力」に変わった。

 中央集権構造の解体の始まりを告げる「地方自治の夜明け」―――のはずだった。

 だが、いま分権改革は息切れしている。いや、むしろ逆行しているようにさえ見える。」と指摘した。

 さらに社説は、「象徴は、安倍政権による「地方創生」である。

 首相は「地方の自主性」を強調するが、実態は国主導だ。

 自治体が目標値を明記した計画を提案し、スポンサーである国が採否を決める。

 これでは判定者の国が自治体の上に立つ。

 主従関係そのものだ。

 分権改革の先行きは明るいとは言えない。

 理由は二つある。

 ひとつは、安倍政権に地方自治を軽視する傾向がみられることだ。米軍普天間飛行場の移設をめぐる、沖縄県への強権的な姿勢がその典型だ。

 5年前に自民党がまとめた改憲草案も、自治体の権限や自主性を弱めようという意図がすけている。

 たとえば、地方自治は「住民に身近な行政」を旨とするという一節を書き込む点。

 それと憲法が認める自治体の財産管理権や行政執行権を削除する点だ。

 「安倍1強」のもと、ただでさえ行政に対する立法府の歯止めが効きにくいのに、これでは地方のチェック機能も弱体化しかねない。

 改革に展望が見えない二つめの理由は、自治体側に中央依存体質が残っていることだ。

 国の旗振りに応じ、全国各地で画一的なプレミアム商品券発行に走る。

 まちづくりの計画立案をコンサルタントに丸投げする・・・・。

 地方行政が「お任せ」を続けているうえ、地方政治では議員の政務活動費の乱費が後を絶たない。これでは国と対等に渡り合えるはずもない。」と指摘した。

 最後に社説は、「人口減少による地方の疲弊に目を向ければ、従来の国主導の手法の限界は明らかだ。自治体の側が主導する意識改革が欠かせない。

 振り返れば、公害対策も福祉政策も景観問題も情報公開も自治体が国より先に政策を作ってきた。原発事故後は、自然エネルギー開発の先陣を切る自治体も多い。

 地域の課題は地域の力で解決する。そんな社会をつくるには財源や権限を思い切って自治体に渡し、役割と責任を拡充する必要がある。

 そうやって地方自治を成熟させることが、住民が主役の街づくりの土台になる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「明治憲法には地方自治がなかった」とのこと、

 「自治体は行政権と立法権を持つ「地方政府」として、中央政府として向き合う形のなった」とのこと、

 「憲法を具体化するための地方自治法は憲法と同じ日に施行された。」とのこと、

「分権改革の最大成果である機関委任事務の廃止が2000年に実現した」とのこと、

 「政府と自治体は「上下・主従」から「対等・平等」に変わった」とのこと、

 「安倍政権に地方自治を軽視する傾向がみられることだ。米軍普天間飛行場の移設をめぐる、沖縄県への強権的な姿勢が典型だ」とのこと、

 「改革に展望が見えない二つ目の理由は、自治体側に中央依存体質が残っていることだ」とのこと、

 「振り返れば、公害対策も福祉政策も情報公開も、自治体が国より先に政策を作ってきた。

 原発事故後は、自然エネルギー開発の先陣を切る自治体も多い。」とのこと、等々を知ることができた。

 今の閉塞状態、とりわけ福島第一原発事故後の政府の無策ぶりは目に余る。

 それが、原子力ムラの「マネー」が「痺れ薬」となって、政界、経済界、労働界、学界、等々社会の隅々まで浸透し、社会全体に閉塞状態を巻き起こしているように思えてならない。

 この閉塞状態を打破するのに、革命とか戦争ではなく、地方自治体が住民投票の手法をつかいながら、民意を基に社会変革が可能かもしれない、と思った。

 特に、原発廃止、自然エネルギー促進、ベーシックインカムの導入促進、等々住民投票を積み重ねながら、中央政府に社会変革を迫っていけないものだろうか。


[PR]
by sasakitosio | 2017-05-21 12:10 | 今日の感動 | Trackback

毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園7時20分。柏公園、大堀川の土手、満開の桜が雨のしずくで重くなった花房をしだれに支えながら、大手を広げた感がする。少しの風に、花弁が一つまた一つ、ひらひらと大地に舞う。

 今年一番の花見だ。

 裏を見せ表を見せて散る桜

 散る桜、残る桜も散る桜

 花の開き具合と言い、日の光といい、たなびく雲といい、手賀沼を歩きはじめて足かけ16年、今年ほど豪華絢爛な桜の花を見たことはない。

 


[PR]
by sasakitosio | 2017-04-12 13:33 | 今日の感動 | Trackback