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by sasakitosio

カテゴリ:ミラノ&ベニス一人旅( 6 )

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ミラノ&ベニス一人旅⑤ 余話&こぼれ話

 

 ミラノでは、出発前に日本で調べたネット情報では、気温が東京より10度低いとの事だったが、東京都・千葉県より暖かかった!野良犬と野良ネコは、まったく見なかった!?物もらいも3人だけ!?

 その物もらいにかかわる話だが、私の風体が、寒いと思ってぼこぼこになるほど「衣類」を着込んだ行ったために、大勢の観光客の中でも極めて変わった、というより貧乏なアジアの老人に見えたらしい。

 というのは、物もらいの中高年の男性が、歩いている私の前に、紙コップをさっとだした。私は、ごめんねのつもりで「手」あわせ「合掌」し、頭を下げた。と、かの物もらいの人は、さっと、紙コップを引込めたではないか?
 私の合掌はこの物もらいにとって、喜捨に対する感謝の姿(僧侶の乞食)と勘違いし、せっかく集めた「寄付」を取られと思ったのかもしれない、と後で考えた。

 ミラノのドゥオモの屋上(屋根の上)でのこと、足元にステンドグラスが、しかも聖堂の内側から見上げたステンドグラスだ!聖堂の屋根に上がり、ステンドグラスを足下にみる、神様に叱られないなあ、と帰国してから、ふと思った。

 ミラノの街は、早朝薄暗い時間に清掃車がホテル前のゴミ集積所に来て、収集していた。町の中に、観光客らしき人々が、ぞろぞろ居たが、路上にゴミを見なかった。
朝の6時ころ、出発前の日本の柏市内の事務の前から南東の方の空、3階建てのビルの上に土星が月の下に見えた。
 ミラノでは、月が土星の下にあった。星の知識にそれほど自信があるわけではないが?

 また、ベネチュアの駅が、ベネチュア・サンタルチアということを初めて知った。サンタルチアという歌は聞いたことがあったが。

 サンタルチア駅がベニスの島の一つのようで、線路回りが左右とも一瞬一面の海になった。また終点のサンタルチア駅を降りると、すぐ目の前が運河で、水上バスの乗り場があった。対岸には青いドーム状の屋根の教会らしきものがあった。

 帰ってきて、日本でベニスへ行ってきたことを話すと、皆が皆「水は大丈夫だった」と聞く。昨年にテレビでも見た、ベニスの洪水のことを皆が

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覚えているらしい。たしかに、私もサン・マルコ広場が水に漬かった光景を見た。

 が、数年に一度のニュースをみた日本人は、あれが平常と思った人がなんと多いことかと、驚いた。

 またサンタルチア駅から、サン・マルコ広場までに、島と島をつなぐ橋が沢山あり、島には教会と広場があり、その広場には、必ず井戸らしきものがあった。

 一人旅のだいご味は、一瞬の不安、それが無事で済んだ時の安堵感のような気がしている。

 一瞬の不安は、二日酔いのようなもので、過ぎ去れば、また初めての地へ行きたくなる。

 帰ってくると、今年の年末・年始のどこへ行こうか、と調査が始まる。

 莫高窟の探検もしたいし、ミュンヘン・ニュルンベルグへも行きたいし、アウシュビッツも行ってみたいしレオナルドダビンチの墓参りも行ってみたい。 
 写真上から、「レオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」のあるサンタ・マリアデッレ・グラツィエ教会、中のはベネチュア・サンタルチア駅を背にした正面の運河と水上バスと対岸の教会、その下のは運河を走る水上タクシー、
一番下のは宿泊したスターホテルとドゥオモ、塔の天辺に金箔のマリア像。


by sasakitosio | 2019-01-18 14:13 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback

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2019年1月1日、いよいよ今回の旅の本当の目的地「ヴェネツィア」へ行くことになった。

 ただ、ベニスのサンタルチア駅におりたって、駅前の運河と周りの建物を見て、触って、写真で取れれば満足であった。

 6時起床、6時30分朝食。7時にホテルを出て、地下鉄のドゥオモ駅へ。

 7時24分発の地下鉄で、「ミラノ中央駅」行きに乗る。

 「ミラノ中央駅」で、8時45分の「ベニス・サンタルチア駅」行きの電車に無事乗り込んだ。

 のって、驚いた。エグゼクテブ切符で普通切符の約3倍はしたが、日本のグリーン車程度のものかと思っていたら、なんと一両でキッチンとトイレがついていて、座席は片側ひとり座席が5つあるだけではないか。

 しかも、その日は、私一人しか「エグゼクテブ切符」はいなかったのだ。

 ひとりで、一車両、貸切状態でミラノからベネツィア・サンタルチア駅までの旅となった。

 飲み物のサービスが一回あったが、あとは誰も来ない。8時45分に出発―11時10分着。

 ひとりで、カラオケ歌い放題だ!奥飛騨慕情や、王将、人生劇場、等々、誰も聞いていないというのが、また風流だった。

 ベニスのサンタルチア駅に入る直前は、まわりを海であった。サンタルチア駅まで海を埋め立てた感があった。

 サンタルチア駅は、人、人、でごった返していた。大半が観光客、自分と同じおのぼりさん風であった。帰りの電車が 15時50分。電車が到着して、出発まで4時間40分ある。じっと運河を眺めて、まわりの教会を眺めているとしても、あまりにも長すぎる。ならば、とまた好奇心がむらむらと燃えてきた。かの有名な「サンマルコ広場」を見たくなった。

 行き方は、直観的に、大きな人の流れは必ず「サン・マルコ広場」に向かっているはず、と踏んだ。

 大きな人の流れに付いていけば、「サン・マルコ広場」に着けるだろう。しかし、帰りは迷わないように、渡った橋の数を数え、後ろを振り返って通りのお店や人だかりを覚えるようにした。

 しかし、渡った橋の数も、6つ以上は覚えれなかった。いくつかの島と島を繋いだ「生活の道」が橋で、サン・マルコ広場まで一直線に橋は造ってない。人の流れが、細くなるとは不安になりながら、ついにサン・マルコ広場が細い通路の先に「人ごみの中に教会」が見えた。

 急ぐ、広場で、全体の写真を撮って、そにまま引きけすことになった、が人の流れが来るときと違い、帰りは流れを感じさせる程の流れがない。さて困った。一応、ガイドブックは持ってきたが。

 この時も感を働かせ、人の流れを敏感に感じ、日本語を耳にすると「安心したふうに声をかけ、それとなく、サンタルチアの駅の方向」を聞く。

 聞いた日本人は3組あったが、皆が皆、私と似たり寄ったりであてになる話は聞けなかった。帰路にいた「路上のアコーデオン引き」に、1ユーロ寄付をして、サンタルチアの駅の方向を聞き、進んでいるうちに、道と橋と広場を思い出してきた。ここまでくれば、もう安心。

 サンタルチアの駅に出発1時間ほど前についた。

 昨日、日本語のガイドさんに電車の案内板を見るように言われていたので、そのとおりに掲示板から目を離さないでいた。が、30前になっても、電車のナンバーは掲示されていても「ホーム」の表示がなかなか出ない。

 出発10分くらいになってようやく「6」番ホームの表示が現れた。乗客が一斉に動き出す。私は「エグゼクテブ」の切符なので落ち着いて駅の係り員に聞いて、乗車。来たときと同じ列車で同じ座席「2D」であった。

 帰りは、サンタルチア駅から私を入れて3人が同じ車両であった。途中から2人載った。日本人風の若者ひとり、その他若者2人、女性一人、年よりの男一人、計6人で一車両であった。

 ミラノ中央駅に着いた時は、もう外は暗くなっていた。そのまま、ホテルへ。明日は、日本へ帰るだけだ。
 写真は、上から「ミラノ中央駅のホーム」、下は「エグゼテブの車内」


by sasakitosio | 2019-01-15 06:35 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback

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ミラノ&ヴェネツィア一人旅③< ドゥオモを中から、外から、屋根の上から、じっくり見てきました!地下鉄のドゥオモ駅から、ミラノ中央駅へ行き、ヴェネツィア・サンタルチア駅までの往復切符を買った!>

2018年12月31日、6時起床。

6時30分から朝食。

7時から、ガイド(古田由美さん)が迎えに来てくれる9時まで、ドゥオモとホテルの回るを歩く。

 ホテルのすぐ前には、トラムの駅があり、2路線走っていた。時間があれば、是非乗りたいと思ったのだが、今回のメーンの目的は、ヴェネツィアを探索することに合った。

 8時前から、ドゥオモの入場口は人が長蛇の列を作っていた。昨日も7時からの朝の散歩でみた光景が、今日も同じく光景だ。

 今日はガイドさんと一緒に、ドゥオモの中に入り、それからエレベーターで屋上に上がり、屋根の上からミラノ市内を一望する予定だが、入るまでに時間がかかりそうだ、と心配になった。

 とりあえず、9時の迎えが来るまでの時間、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアに入った。いろいろな店があったが、ミラノへ来た自分お記念に、財布とネクタイを買っていきたかった。財布の店は有っても、気に入ったものがなかったが、ネクタイは濃い黄色の斜め縞の入ったものが気に入ったので、40ユーロで一本買ってきた。そのガッレリアの突き当りに、スカラ座の広場があり、その中央にレオナルド・ダ・ヴィンチのバカでかい銅像があった。

 ホテルへ帰って、ややあって、古田由美さんと車とドライバーが来た。

 急ぎ、ドゥオモへ。

 入場の為に早朝から待つ、長蛇の列をを後目に、ガイドさんが整理・案内係に声をかけると、別の入り口に案内され、そのまますぐにドゥオモの大聖堂の中へ入れた。ほとんど貸切状態で、柱、天井、窓、下がる絵、十分に見て退場。そして、屋上行きのエレベーターの入れぐちへ。ここも、先に並んでいる人を後目に、ガイドさんの顔というか、旅行会社の力といおうか、すぐにエレベーターに乗って「ドゥオモの屋根へ」。

 陸屋根でなく、瓦の代わりに1メートル四方もある大理石が敷いてあった。高い所からは、教会のステンドガラスが見て取れた。

 また、屋の根一番高い所から、金箔のマリア像をいることができた。ガイドさんに金箔のマリア像の大きさを尋ねられ、当てずっぽうに4Mと言ったら、ほぼ正解だった。

 ドゥオモの屋根をおりて、ドゥオモ美術館へ。そこでマドリーナ像の金箔のオリジナルを見た。記念写真を金箔のマリア像といっしょにパチリ。

ドゥオモの感動を持ったまま、地下鉄でミラノ中央駅へ。明日一日の自由時間を使って、ミラノ中央駅からヴェネツイアのサンタルチア駅までの往復切符をガイドさんに買ってもらい、まったくのヴェネツィア一人旅を決行することにした。ために、駅の切符売り場で切符を買ってもらう時、普通とエグゼクテブどちらにするかと問われて、思い切ってエグゼクテブにすることにした。片道114ユーロ。現金で自動販売機では買えない、クレジットカードでないとだめとのこと。日本ではクレジットカードは仕事上の銀行支払だけにしかつかっていなかった。暗唱番号を聞かれて、たぶんの数字を打ちこんだらOKだった。

 そして、電車の発車ボードの見方をガイドに教えてもらい。明日の準備を整えて、ホテルまで同行してもらい。本日の日程は終了。


by sasakitosio | 2019-01-14 19:28 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback

 2018年12月30日、ミラノで目を覚ましました。ドゥオモに近接した「スターホテル」の520号室。
 今日は10時半に、日本人ガイドとドライバーと車がホテルに来てくれる予定だ。

 迎えが10時半になったのは、半日観光で「最後の晩餐」のチケットが、午後の部になったためだ。

 だから、午前中はスフォルツェスコ城を探索した。正面の門の前には、噴水があり、その前で記念写真を一枚。

 赤レンガの美しい城門から入ると、中は緑の広場だ。建物の中は、古代の石像があちこちに。

 そして、驚いたのは、ロンダ二―二のピエタ美術館だった。バチカンのサンピエトロ寺院で、大理石の光り輝く「ピエタ像」を見て、美しいと思った。同じミケランジェロの最晩年の作で、未完の「ピエタ像」を見ることができた。つるつるになっていたのは、イエスの右足ひざの当たりから下の部分だった。イエスの顔も、イエスを抱きかかえるマリアの顔も、いまだザラザラで未完であることを教えてくれた。

 午後からは、サンタ・マリア・デッレ・グランツィエ教会でのレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」の絵画と、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館を、4時半までたっぷり堪能した。

 「最後の晩餐」の鑑賞は、20分の時間制限の中で、私のガイドの日本人の夫人が畳み掛けるように、講釈師になってもいいような口調で「説明」してくれた。一緒に入れた他の団体ツアーに参加していた「日本人の団体」が、私のガイドの説明にくっついて来て、聞いていたのが印象的だった。

 また、絵が大きいのにまず驚いた。後で文献で調べたら、ダ・ヴィンチが43歳から書き始め、約3年かけて一人で書き上げた、らしい。しかも、その画面の大きさは、大きな建物の壁一面に書いてあった。高さ4.2M横9.1Mもある、らしい。

 さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立博物館の展示も、感動ものだった。なかでも、機関銃や大砲の模型まであったことには驚きだった。

 ただ、スフォルツァ城の領主に使えていたのだから、何でもできた天才ダ・ヴィンチが、領主の為に戦争の道具を作っても不思議でない、と後で思った。

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         スフォルツァ城正面と噴水


by sasakitosio | 2019-01-14 16:32 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback

12月29日、一年ぶりに成田空港に立った。

 例年通り、妻が成田の飛行場まで来てくれた。

 手荷物検査が終わって、ゲート前の待合所へ行くところで、妻は、帰り道に付き、成田山新勝寺へ参詣して自宅へ帰る。

 私は、13時20分発のアリタリア航空AZ787便搭乗。

 機内に入って、翼の上の窓側の席に座り、窓の下を眺めながら、ミラノまでの約12時間を過ごす。

 が、機内の12時間で目が覚めている時間は、出来るだけ有効に使うことにしている。

 そこで、考え付いたのは、6月の修羅場塾の公演で発表予定の「ベニスの商人 法廷の場」(6代目宝井馬琴のCD)の原稿を起こしたもの、及び「ベニスの商人 法廷の場」の訳本を柏の図書館から借りてきて、その場面だけコピーした4冊分の資料、の二つを徹底的に読みこなす、事にした。

 イタリア時間午後6時10分ミラノ(マルペンサ)空港に予定通り、ついた。結局、一睡もしなかった。シェクスピアの「ベニスの商人」の法廷の場の翻訳ものを4冊読んだが、結論は6代目馬琴師匠の「ベニスの商人」の講談に付け加えるものを発見できなかった。

 ミラノに空港を降りて、出国審査場へついてみて驚いた。待合室に溢れんばかりの人だかりだ。しかも、その大半が日本人であった。審査そのものは簡単なものだったが、そこで約30分過ぎた。

 迎えの人と車は、サービス・ボイチャーの注意事項によれば「いかなる事情(航空機の遅延、ロストバゲージ等)においても、フライト予定時間より最大1時間以内までしか待っていない」とのこと。幸い、トランクはすぐに出てきたので、一時間以内に、出口を出ることができた。

 出口と少し離れたところに、HISのA3サイズの紙を胸に掲げたご婦人を発見。相手に佐々木さんと声をかけられて、ホット安心。

 ホテルまでの、ガイドさんとの話では、ガイドさんは決して予定時間を1時間過ぎても帰らない、とのことであった。HISの注意事項が、脅しに近かったことが、分かって安心した。

 ホテルに着いて、驚いた。ほとんど隣が「ドゥオーモ」であった。まどから、マリアの金色の像が見えるではないか。

 寝る前に、ドゥオーモ広場を歩いて見た。

 あすは、「最後の晩餐」と、「ロンダ二―二のピエタ美術館」だ。


by sasakitosio | 2019-01-14 15:45 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback

ここ数年、海外の都市一人歩きをしている。去年は東京駅のモデルになったと言われている「アムステルダム中央駅」をメイインに歩いてきた。

 趣味の講談の主人公にゆかりの地探訪にかこつけて、趣味の旅行をしているようなものであるが。

 来年の6月の修羅場塾の講談公演会での発表をめざして目下、6代目宝井馬琴演じる「ベニスの商人」を勉強している。

 そこで、ベニスを歩きたいと思ったが、ベニスに一番近くて日本からの直行便があるのは、ミラノであった。どうせミラノへ行くなら、ダビンチの「最後の晩餐」を見て来ようということになった。

 歴史と自然は歩いてこない、だから自分であるいていくんだよ、自分で納得してできる限り、街の中を歩き回り、話のネタ、特に面白いネタ、変わったネタを求めてキョロキョロ、きょろきょろ。行った先での、予期せぬ人々との出会いもまた楽しみのひとつだ。 
 残念なのは、その間、東京新聞が見れないことだ。ために、ブログ投稿もその間お休みだ~。


by sasakitosio | 2018-12-29 06:34 | ミラノ&ベニス一人旅 | Trackback