憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:アムステルダム一人旅( 2 )

 12月31日。今日と明日は全くのフリーの日程だ。ホテルに寝て過ごすもよし、歩き回るもよし、乗り物に乗って遠出もよし、仕事や家庭や事務所や地域や日本のことを全く考えなくていい、じつに贅沢な時間の過ごし方だ。

 窓の外を見れば、冷たい雨がしょぼしょぼと降る。表日本の千葉県では、考えられないパッとしない天気が続いている。

 一瞬、寝ていようかとも思ったが、どうも放浪癖の心と体が許してくれない。

 ではとりあえず、ホテルの周りを歩いてくることにした。

 歩いて気が付いたことだが、すぐ後ろも脇にも河が迫っていた。大きなビルはくっ付けて立てて在り、ビルごとに色が違ったり、窓の色が違ったり、じつにカラフルな建物が多かった。ホテルは下から上まで全体がホテルだったが、ビルによっては一回は店舗・事務所で2階以上は住宅になっていた。

 だんだん晴れてきたので、ホテルの部屋で用を済ませて、小さいショルダーバックを担いで、いざ出発。日本でも調べ、飛行機の中でも寝ずに調べ、ホテルについて迎えのガイド(細川女史)にホテルの最寄りの「トラムの停留所」NO10とNO26があるのを教えてもらい、その夜ホテルの所在が書いてあるアムステルダムの地図で確かめもしておいた「停留所」だへ向かった。。

 今日は、環状線のトラムNO10の終点まで行って、途中でヴァン・ゴッホ美術館、国立美術館、などが発見できれば帰りに途中下車して、見物しようと思いながら出発。窓の外を目を皿のようにして、きょろきょろ。途中で、ガイドブックで見たような建物、国立美術館が目に入った。

 NO10のトラムの終点から引き返すときに、迷わず、国立美術館の近くの停留所で下車。

 行く人帰る人で広い道路も狭く感じた。美術館の入り口、入ろうとすると、女性の叫びのような声がした。なんだろうと、好奇心で音源を訪ねると、若い女性がノーバンドで歌を歌っていた。足元の布の上にはユーロの硬貨が重なっていた。

 そこで、立ち止まって一曲聞いて、拍手して、小銭の有り金全部を寄付してきた。かの歌姫は笑顔で手を振ってくれた。

 国立美術館に入ると、守衛さんにチケット売り場を聞き、行ってみると長蛇の列。待つ根気がなく、もう一度守衛さんにトイレのありかを訪ね、国立美術館のトイレで、記念のおしっこをしてきた。この辺は孫に自慢できそうだ。

 美術館を出て、また、NO10のトラムに載って「レイトランド・パーク」で下車、ホテルへ。

 と思ったが、ホテルに入ると出たくなくなる恐れがあったので、NO26のトラムで「レイランド・パーク」の停留所からアムステルダムの中央駅へ向かった。

 駅の広場というか通路の窓際のごみ箱の隣のベンチに腰を掛けて、日本から非常食として持参した「栗最中、干し柿、ポンカン」を食べた。そのとき、隣に座った男性がごみ箱の上に置いてあった三角形の「サンドイッチ」の入れ物を取り、座り直して「サンドイッチ」の入れ物を開いている。みれば中にまだ一切れのサンドイッチが残っているではないか。それを、お隣さんはおいしそうに食べている。ホームレス(?)のほほえましき助け合いかと思っていると、かの男性はやおら自分の荷物のチャックを開け「パン」を取出し食べ始め、一部を残してサンドイッチが入っていた三角形の入れ物に入れ、ごみ箱の上に置いていた。オランダのホームレス(?)の優しさか習慣か?不思議なものをを見たような気がした。

 また、駅の周りは自転車、また自転車、自転車であふれていた。駅の周りには駐輪場はあるが、駐車場らしきものは見当たらない。

 それから、地下鉄探訪に入る。

 改札近くで、地下鉄のことを説明している女性が居たので、NO51,NO53、NO54の地下鉄のうち一番長いのを聞いたら、遠い遠いという。そこで何時間かかると聞いたら44分とのこと。ならば往復で2時間足らずだと思い、NO51の線で終点まで行って帰ってくることにした。

 地下鉄はすいていた。地下を走るのは全体の3分の一くらいで、あとは地上駅だ。沿線の景色を楽しみながら、終点へ。都心を遠ざかるにしたがって、緑と川が多くなる。終点近くでは、集合住宅ではなく、戸建て住宅らしきものが散見出来た。

 終点に降りると、駅舎はなく、ホームだけ。360度見渡せる。そこで、360度の景色をカメラに収めて、楽しんでいると、何の前触れも、合図もなく、待合時間の4分が過ぎたら電車は出発してしまった。だから、電車を待つ人は皆が皆、電車の中待会っていたのか、と気づいても後の祭りだった。

 まつこと10分足らずで、電車が来た。今度はのって待った。

 終点で乗る人を見て、気づいたことは、黒人がほとんどであることだった。

 終点のアムステルダム中央駅から、トラムNO26で、ホテル近くの「レイランド・パーク」停留場へ。ホテルへ。


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by sasakitosio | 2018-01-10 06:57 | アムステルダム一人旅 | Trackback

12月30日、5時に起床、7時に朝食(バイキング方式)を済ませ、9時前にホテルロビーにてガイドさんを待つ。ほどなく、日本人のご婦人が現れる。若くもなく、年寄りでもなく、老年のわたくしには、話が合いそうな、ちょうどいい塩梅の年齢の女性であった。

 きのうのガイドさん(細川女史)から教えてもらっておいた「3日間乗り放題のチケット」を、きょうのガイド(松野真理女子)を通して購入した。

 今日一日の交通費として概算払い・後清算で150ユーロを預けて出発。幸い今日は、曇り時々晴れで、ラッキーだった。

 早速、ホテルの近くのNO26のトラムに載ってアムステルダムの中央駅へ。駅のホームから港が一望できる。船がひっきりなしに行き来している。なかでも、岸壁に「クイーン・ビクトリア号」が接岸していて、その長さ、その高さにビックリ。

 電車は貸し切り状態、すいていた。

 ロッテルダムの駅では、ガイドの話では、ロッテルダムは第二次世界大戦ですっかり破壊され、全く新しいまちになったとのこと。だから、街の建築物が箱型高層ビルが林立していた。中でも駅舎の構造が三角形をイメージした巨大な芸術品を呈していた。

 海洋博物館では、幕末の「咸臨丸や開陽丸」建造の足跡があったらいいなあ、と思って期待していったが、それは期待はずれであった。博物館の内外をみて、係留されている小型船の操舵室に座ったり、1940年の空襲のモニュメント「心臓の破れた男」には圧倒された。

 次に訪れたのはハーグだ。ガイドの話では、ハーグが政治の中心地で、各国大使館や、国会、総理官邸などがあるとのことであった。

 訪問の目的は、国際司法裁判所だ。世界から戦争をなくするには、国際紛争は裁判でけりをつける。 そうすれば、世界は平和になり、今使われている軍事費は、教育や福祉や産業育成にまわされ、人類全体の発展にどれほど寄与できることか、との思いと期待で国際司法裁判所を見たかった。裁判所内には入れなかったが、入り口の門近くに「展示室」があり、そこへ入ることが出来た。皇太子妃の父君のお写真もあった。愛国者としては、それだけでも嬉しかった。

 帰りに、ガイドが国会の広場に案内してくれて、国会の両院と総理官邸の外観を見たり触ったりすることが出来た。これは予想外の出会いと感動だった。

 昼は、カフェでスープ(かぼちゃのピリ辛)とトーストを囲炉裏(炎はガスではないかと思ったが)を囲みながらガイドと一緒に、過ごす。

 日本に帰ってから、私が送った「御礼メール」に現地ガイド(松野真理さん)から返信メールがあり、カボチャスープがおいしかったとのこと。

 最後は、江戸時代の日本の医学に多大な貢献をしたシーボルトの家(記念館)を訪れた。ハーグからライデンまでは電車で。

 ここは、大きな建物を期待していたが、それが狭かったし、陳列品も以外と少なかった。

 午前9時から午後5時までの予約だったが、アムステルダム中央駅に着いたのが、6時近くになっていた。ガイドさんは時間オーバーしていたのに、トラムNO26が発車するまで待っていて、手を振りながら見送ってくれた。私は、手を振りながら何度も頭を下げて感謝、感謝。

 気になったので、ホテルでガイドブックを見ていたら、依頼した時間を超過した時は、オーバー料金を払う、と書いてあった。交通費の清算をしてもらうとき、そのまま受け取らないで、支払う話をすればよかった、と反省。

 幸い、名刺を頂いたので、翌日気になって電話をして、オーバータイムの支払いをしたい、と話したら。わらって、いらないと言われた。


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by sasakitosio | 2018-01-09 18:47 | アムステルダム一人旅 | Trackback