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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:アムステルダム一人旅( 5 )

 ここのところ雨模様で、曇りもようで、ちょうど裏日本、小さい頃過ごした新潟の冬みたいなくらい日々が続いたが、今日は久しぶりの洗たく日和、散歩日和だ。

 29日にアムステルダムへきて以来の天気だ。

 今日こそはアムステルダム中央駅から歩いてすぐの「ダム広場」へ行って、そのまわりを探訪したい、そこからすぐのところらしい「飾り窓地区」を探索してみたい、そしてさらにアムステルダム中央駅から出ている地下鉄53号線54号線の終点まで行って、沿線の景色を楽しみ、終点の街並みを見たい、 さらにできれば、アムステルダムの中央駅に接してある「アムステルダム港」に30日から係留していた豪華旅客船「クイーン・ビクトリア号」のそばまで行って触って見たい、と思った。

 明日は、午前11時30分にガイドさんが迎えに来て、スキ・ポール国際空港へ送ってくれる。だから、今日の内に荷物を整理して、あすは何もしなくて済むようにし終わったのが、午前9時だった。

 いざ出発!

 トラム「NO26」のホテル近くの停留所「レイトランド・パーク」から終点「アムステルダム中央駅」へ。

 駅について、駅の周りを一周してみたくなり、歩き出した。一部は工事中の為歩道が通行止めになっていたが、ここは自分勝ってに無視して、駅のへ。そこから、駅のホームは見えるが、駅への入り口が見当たらない。道路の反対側のバス停に止まっている「バス」がクラクションを鳴らす。見れば、私に「こっち側に来い」との合図をしている。両手で丸の合図をして、了解と感謝!

 クルマに気をつけながら、4車線の道路を渡り、エスカレーターで階下に降り、歩いて駅の正面側まで歩く。駅の正面側の距離を測りたくなって、歩いて歩数を数えてみた。なんと515歩あった。代替歩幅が80センチなので、約400mあったようだ。

 そしてまた、そのとき驚いた発見は、いたるところ自転車また自転車、駐輪場また駐輪場だ。車の駐車場は見当たらないが、数階建ての自転車の駐離場にびっしり、自転車があったことだ。

 この国は、自転車屋さんが商売になる国だとおもった。

 駅の広場から、歩いてダム広場へ。

 途中おしっこをしたくてなりトイレを探したが、公衆トイレが見当たらない、駅にもトイレがない、地下鉄にもトイレがない。駅広場の近くのホテルに入ったが、ガードが固くてこれも無理。我慢しながら、ダム広場へ。教会らしき建物を目指していってみると、1月1日は開かないとのこと。そこで、10時まで待ってデパートの開店時に、デパートへ。入って、トイレのしるしを探しながらエスカレーターで2階へ上がると、目の前にトイレのマークを発見!ラッキー!ダム広場訪問の記念のおしっこをした。

 ちなみの、このデパートにはその後2回トイレを使わせてもらった。もちろん無断ではあったが。トイレのお礼に、何か記念の買い物をしたかったが、高級衣類や高級バック専門でエコノミーの自分には合わないと思い、何も買わずじまいだった。デパートさんすみません!

 午前中に、ダム広場をぐるりと一回り、その足で「飾り窓地区」の在りそうな方向へ歩く。運河沿いに「大人のおもちゃ店」らしき看板がいくつか出ていたので、飾り窓地区かもと思い、幅10メートル足らずの運河沿いを歩く。確かに小さな窓の中に丸椅子が一つ置いてあるだけの「窓」並んでいた。午前中なので、窓に人影はほとんどない。多くの飾り窓の中には、たまに「下着姿の女性」を見ることが出来た。見るだけ見るだけ!

 その後、またアムステルダム中央駅に戻り、次は地下鉄探訪、沿線の景色を楽しむことにした。

 53号線と54号線は途中まで一緒であったが、両方とも始発駅から終点駅まで、乗ってみた。沿線は、アパートと工場、そして建物がいずれもカラフルで楽しかった。都心から離れ郊外へ行けばいくほど、川と芝生と木々の緑が多くなった。終点からアムステルダム中央駅へ向かう電車は、いずれも黒人の運転手だったし、乗客もほとんど黒人だったことは、不思議に思えた。

 この点については、送迎のガイドさんに話をしたら、アムステルダム郊外には、オランダが独立するときに、植民地の人々でオランダ国籍になりたい人の住まいを「アムステルダム郊外」大量に建設したことが原因らしいということを、改めて教えてもらった。

 地下鉄探訪を終え、アムステルダム中央駅に着いたのが、午後3時近く。

 このままホテルに換えるのは、もったいないと思い、もう一度「ダム広場」のまわりを散策し、夕方の「飾り窓地区」を探訪することにした。

 人ごみが、午前中に比べて数段多くなっていた。「飾り窓」もぼちぼち明かりがともり、窓のに「下着姿の女性」ちらほら。目が合うと、お出でと誘ってくれるが、手を合わせ、ここは文字通りの「ウインドウズショッピング」だ!「ウインアムステルダム中央駅へ午後5時ごろ到着。それから、トラムのNO26に乗り、ホテルへ。豪華旅客船クエーン・ビクトリア号は、出航したらしく、帰りのトラムから見られなかった。


by sasakitosio | 2018-01-11 13:24 | アムステルダム一人旅 | Trackback

 12月31日。今日と明日は全くのフリーの日程だ。ホテルに寝て過ごすもよし、歩き回るもよし、乗り物に乗って遠出もよし、仕事や家庭や事務所や地域や日本のことを全く考えなくていい、じつに贅沢な時間の過ごし方だ。

 窓の外を見れば、冷たい雨がしょぼしょぼと降る。表日本の千葉県では、考えられないパッとしない天気が続いている。

 一瞬、寝ていようかとも思ったが、どうも放浪癖の心と体が許してくれない。

 ではとりあえず、ホテルの周りを歩いてくることにした。

 歩いて気が付いたことだが、すぐ後ろも脇にも河が迫っていた。大きなビルはくっ付けて立てて在り、ビルごとに色が違ったり、窓の色が違ったり、じつにカラフルな建物が多かった。ホテルは下から上まで全体がホテルだったが、ビルによっては一回は店舗・事務所で2階以上は住宅になっていた。

 だんだん晴れてきたので、ホテルの部屋で用を済ませて、小さいショルダーバックを担いで、いざ出発。日本でも調べ、飛行機の中でも寝ずに調べ、ホテルについて迎えのガイド(細川女史)にホテルの最寄りの「トラムの停留所」NO10とNO26があるのを教えてもらい、その夜ホテルの所在が書いてあるアムステルダムの地図で確かめもしておいた「停留所」だへ向かった。。

 今日は、環状線のトラムNO10の終点まで行って、途中でヴァン・ゴッホ美術館、国立美術館、などが発見できれば帰りに途中下車して、見物しようと思いながら出発。窓の外を目を皿のようにして、きょろきょろ。途中で、ガイドブックで見たような建物、国立美術館が目に入った。

 NO10のトラムの終点から引き返すときに、迷わず、国立美術館の近くの停留所で下車。

 行く人帰る人で広い道路も狭く感じた。美術館の入り口、入ろうとすると、女性の叫びのような声がした。なんだろうと、好奇心で音源を訪ねると、若い女性がノーバンドで歌を歌っていた。足元の布の上にはユーロの硬貨が重なっていた。

 そこで、立ち止まって一曲聞いて、拍手して、小銭の有り金全部を寄付してきた。かの歌姫は笑顔で手を振ってくれた。

 国立美術館に入ると、守衛さんにチケット売り場を聞き、行ってみると長蛇の列。待つ根気がなく、もう一度守衛さんにトイレのありかを訪ね、国立美術館のトイレで、記念のおしっこをしてきた。この辺は孫に自慢できそうだ。

 美術館を出て、また、NO10のトラムに載って「レイトランド・パーク」で下車、ホテルへ。

 と思ったが、ホテルに入ると出たくなくなる恐れがあったので、NO26のトラムで「レイランド・パーク」の停留所からアムステルダムの中央駅へ向かった。

 駅の広場というか通路の窓際のごみ箱の隣のベンチに腰を掛けて、日本から非常食として持参した「栗最中、干し柿、ポンカン」を食べた。そのとき、隣に座った男性がごみ箱の上に置いてあった三角形の「サンドイッチ」の入れ物を取り、座り直して「サンドイッチ」の入れ物を開いている。みれば中にまだ一切れのサンドイッチが残っているではないか。それを、お隣さんはおいしそうに食べている。ホームレス(?)のほほえましき助け合いかと思っていると、かの男性はやおら自分の荷物のチャックを開け「パン」を取出し食べ始め、一部を残してサンドイッチが入っていた三角形の入れ物に入れ、ごみ箱の上に置いていた。オランダのホームレス(?)の優しさか習慣か?不思議なものをを見たような気がした。

 また、駅の周りは自転車、また自転車、自転車であふれていた。駅の周りには駐輪場はあるが、駐車場らしきものは見当たらない。

 それから、地下鉄探訪に入る。

 改札近くで、地下鉄のことを説明している女性が居たので、NO51,NO53、NO54の地下鉄のうち一番長いのを聞いたら、遠い遠いという。そこで何時間かかると聞いたら44分とのこと。ならば往復で2時間足らずだと思い、NO51の線で終点まで行って帰ってくることにした。

 地下鉄はすいていた。地下を走るのは全体の3分の一くらいで、あとは地上駅だ。沿線の景色を楽しみながら、終点へ。都心を遠ざかるにしたがって、緑と川が多くなる。終点近くでは、集合住宅ではなく、戸建て住宅らしきものが散見出来た。

 終点に降りると、駅舎はなく、ホームだけ。360度見渡せる。そこで、360度の景色をカメラに収めて、楽しんでいると、何の前触れも、合図もなく、待合時間の4分が過ぎたら電車は出発してしまった。だから、電車を待つ人は皆が皆、電車の中待会っていたのか、と気づいても後の祭りだった。

 まつこと10分足らずで、電車が来た。今度はのって待った。

 終点で乗る人を見て、気づいたことは、黒人がほとんどであることだった。

 終点のアムステルダム中央駅から、トラムNO26で、ホテル近くの「レイランド・パーク」停留場へ。ホテルへ。


by sasakitosio | 2018-01-10 06:57 | アムステルダム一人旅 | Trackback

12月30日、5時に起床、7時に朝食(バイキング方式)を済ませ、9時前にホテルロビーにてガイドさんを待つ。ほどなく、日本人のご婦人が現れる。若くもなく、年寄りでもなく、老年のわたくしには、話が合いそうな、ちょうどいい塩梅の年齢の女性であった。

 きのうのガイドさん(細川女史)から教えてもらっておいた「3日間乗り放題のチケット」を、きょうのガイド(松野真理女子)を通して購入した。

 今日一日の交通費として概算払い・後清算で150ユーロを預けて出発。幸い今日は、曇り時々晴れで、ラッキーだった。

 早速、ホテルの近くのNO26のトラムに載ってアムステルダムの中央駅へ。駅のホームから港が一望できる。船がひっきりなしに行き来している。なかでも、岸壁に「クイーン・ビクトリア号」が接岸していて、その長さ、その高さにビックリ。

 電車は貸し切り状態、すいていた。

 ロッテルダムの駅では、ガイドの話では、ロッテルダムは第二次世界大戦ですっかり破壊され、全く新しいまちになったとのこと。だから、街の建築物が箱型高層ビルが林立していた。中でも駅舎の構造が三角形をイメージした巨大な芸術品を呈していた。

 海洋博物館では、幕末の「咸臨丸や開陽丸」建造の足跡があったらいいなあ、と思って期待していったが、それは期待はずれであった。博物館の内外をみて、係留されている小型船の操舵室に座ったり、1940年の空襲のモニュメント「心臓の破れた男」には圧倒された。

 次に訪れたのはハーグだ。ガイドの話では、ハーグが政治の中心地で、各国大使館や、国会、総理官邸などがあるとのことであった。

 訪問の目的は、国際司法裁判所だ。世界から戦争をなくするには、国際紛争は裁判でけりをつける。 そうすれば、世界は平和になり、今使われている軍事費は、教育や福祉や産業育成にまわされ、人類全体の発展にどれほど寄与できることか、との思いと期待で国際司法裁判所を見たかった。裁判所内には入れなかったが、入り口の門近くに「展示室」があり、そこへ入ることが出来た。皇太子妃の父君のお写真もあった。愛国者としては、それだけでも嬉しかった。

 帰りに、ガイドが国会の広場に案内してくれて、国会の両院と総理官邸の外観を見たり触ったりすることが出来た。これは予想外の出会いと感動だった。

 昼は、カフェでスープ(かぼちゃのピリ辛)とトーストを囲炉裏(炎はガスではないかと思ったが)を囲みながらガイドと一緒に、過ごす。

 日本に帰ってから、私が送った「御礼メール」に現地ガイド(松野真理さん)から返信メールがあり、カボチャスープがおいしかったとのこと。

 最後は、江戸時代の日本の医学に多大な貢献をしたシーボルトの家(記念館)を訪れた。ハーグからライデンまでは電車で。

 ここは、大きな建物を期待していたが、それが狭かったし、陳列品も以外と少なかった。

 午前9時から午後5時までの予約だったが、アムステルダム中央駅に着いたのが、6時近くになっていた。ガイドさんは時間オーバーしていたのに、トラムNO26が発車するまで待っていて、手を振りながら見送ってくれた。私は、手を振りながら何度も頭を下げて感謝、感謝。

 気になったので、ホテルでガイドブックを見ていたら、依頼した時間を超過した時は、オーバー料金を払う、と書いてあった。交通費の清算をしてもらうとき、そのまま受け取らないで、支払う話をすればよかった、と反省。

 幸い、名刺を頂いたので、翌日気になって電話をして、オーバータイムの支払いをしたい、と話したら。わらって、いらないと言われた。


by sasakitosio | 2018-01-09 18:47 | アムステルダム一人旅 | Trackback

 ここ十数年恒例になった「外国一人旅」、今年はオランダの首都アムステルダムだ。決めての大きな理由は、今年6月の修羅場塾の発表会で「後藤新平物語」を公演することにある。後藤新平が構想した「どでかい東京駅」の模範にしたのが「アムステルダム中央駅」とのこと知って、ぜひアムステルダム中央駅を見てみたくなった。

 また、昨年12月の修羅場塾の発表会で「榎本武揚物語」を公演した際に榎本武揚がオランダ(ロッテルダム、ハーグ)に5年間留学し、幕府が注文した軍艦「開陽丸」を受け取り、ロッテルダムの港から江戸に向かったとネットで知り、ぜひロッテルダム・ハーグの街を歩きたくなった。

さらに ハーグには国際司法裁判所があり、皇太子妃の父君が在職とのことなので、その建物を見たいと思っていった。

 そんなこんなで、今年の年末年始の一人旅の宿泊地はオランダの首都アムステルダムと決めた。

 29日にJR成田駅から成田国際空港第1旅客ターミナル北ウイング4階へは、タクシーで。そのタクシーが、ベンツだったのに、まず驚いた。ドライバーの話では、会社に2台あるとのこと、ドアーが自動的に開かないとの注意があった。

 飛行機は、オランダ航空(KLM)、定刻に機内に入ったが、飛行場が混雑していて予定より20分遅れで、離陸した。

 機内では、窓側の席をとり、約12時間ほとんど眠らず窓の外の景色を楽しんでいた。

 ことに、シベリア上空を数千キロ、数時間飛行してきたが、眼下に灯がほとんど見えない。まさに不毛な原野と湖が延々と続いていた。

 窓の外は、沈まぬ太陽だ。

 オランダのスキポール空港に定刻通り、到着。

 荷物の受け取りに、アクシデント。案内表示に従って荷物引取り上げに行って、待てど待てども荷物が出てこない。現地のユニホームを着た現場労働者に聞いたら、NO10でいいとのこと。しかしあまりにも遅いので、近くのデスクにすわっている女性に聞いたら、別の場所でNO16とのこと、急いで現地へいったら、JTBの添乗員が一人の旅客を待っているほかに、誰もいないで、私の荷物だけが回っていた。

 荷物を受け取り、出口で考えた、迎えに来た人がNO10の出口で待っていたらどうしようかと。しかも、NO16の出口には、「いったん出たら入ってはいけません」、と書いてある。

 が、とりあえず出ることにした、案の定、迎えの人がいない!参ったなあと思っていると、私の名前が書いてある「紙」を持ったご婦人が大慌てで「声」をかけてくれた。ホーだった。

 タクシー(車はベンツでした)でホテルへ直行。チェックインしてくれて、これで本来は終わりなのだが、かのガイド(細川女史)は、アムステルダム・中央駅まで一緒に歩いてくれた。小雨と強風のなか、傘を時々飛ばされそうになりながら。ガイドさんが帰りは必ずトラムに乗って帰るように、と念を押した。が自分は歩いて帰るつもりだった。それを察知されたか、ガイドさんがトラムの1時間乗り放題のチケットを買ってきて、プレゼントですと言われた。そこで、結果的にトラムでホテルへ帰ることになった。そのトラムが出発する時に「手を振って」見送ってくれたので、私も感謝の気持ちを込めて何回も頭を下げた。

 ところが、そのトラムの、ホテル近くの停留場よりひとつ前に「下車」してしまい、冷たい雨がしょぼふる中を、次のトラムが来るのを待つ。

 ほどなく後発のトラムがきて、次の停留場で下車、ホテルへ3分。

 ホテルの部屋は、完全暖房、二重窓、ダブルベッド、シャワー室、湯沸かし器等々があり、快適な空間だった。

 HISで手配をしてもらったとき、アムステルダムのホテル料金の高さに驚いたが、従業員も親切だし、4連泊も快適に過ごせそうだ、と思った。

 また、東京との時差が7時間なので、時差ぼけは全く感じない。

 明日は、日本語のわかるガイドさんと一緒に、トラムや電車に乗って、ロッテルダム、ハーグ、ライデンへ出かける予定だ。


by sasakitosio | 2018-01-08 19:00 | アムステルダム一人旅 | Trackback

 ここ十数年毎年病みつきになった「海外一人旅」。

 ツアーに参加せず、自分で企画し、ホテル・飛行機・オプショナルツアー等は旅行会社にお願いする。

 今年は、年末年始が12月29日~1月3日までの6日間しかないので、直行便が可能なオランダに決めた。
 まずは、日本に影響を与えた「シーボルト」の記念館を見たいと思った。
 つづいて、これから役に立って欲しいと、勝ってに思い込んでいる「国際司法裁判所」をつぎに見たいと思った。
 さらに、幕末に日本がオランダから軍艦を購入し榎本武揚が引き取りに行った町「ロッテルダム」の海洋博物館を見たいと思った。

 そして、オプショナルで電車を使って、日本語の案内人を依頼して、一日で回る計画を立てた。

 そのほかは、アムステルダムを歩き、トラムや地下鉄に乗り、街中をきょろきょろしたいと思っている。途中で、国立美術館やゴッホ美術館も見たいものだと期待している。

 今日が仕事納めだ、忙しい年末だったなあ!!


by sasakitosio | 2017-12-28 15:25 | アムステルダム一人旅 | Trackback