憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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12月10日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「左のナショナリスト」と呼ばれたフランスの老政治家に会いに行った。

 ジャンピエール・シュベヌマン氏(78)。

 2000年一度インタビューしたことがある。強く印象に残る取材だった。

 ナショナリストは「右」というのが通り相場かもしれない。けれども、この人はフランス社会党の創設にかかわった一人で、左派政権で閣僚も務めた。

 他方で、国家へのこだわりは強い。国境を越えて経済がグローバル化し、欧州でも経済統合が進み、政財界の大勢がその流れを支持しているときに異論を唱え続けた。

 なぜか。 民主主義は国民国家の中でしかうまくいかない仕組みだと考えるからだ。

 多数決でものごとを決めるときには、フランス人や日本人といった国民としての「私たち」という意識の共有が欠かせない。「私たちみんなで一緒に決めたことだから」と思えてこそ、少数派も結果を受け入れられる。その意味でナショナリスト。

 国を軽んじては民主主義がおかしくなる、と警告していた。

 それから17年。グローバル化した世界で民主主義は迷走を重ねてる。

 「これは進歩でしょうか」。

 自ら代表を務めるシンクタンクのパリ市内の質素な事務所で、前に会ったときと同じ問いかけの言葉が彼の口から出た。「17年前はグローバル化についての幻想への警告でした」。でも今は、懸念が現実になったことへの嘆きに聞こえる。

 憂いは深い。「民主主義国家の礎石となるべき「国民」がズタズタ」にされたと思うから。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「より持てる者たちが、ほかの者たちから自分を切り離そうと運動」

 スペインで続くカタルーニャ独立運動について、先日ニューヨーク・タイムズにそう指摘する記事が載った。独立に反対するカタルーニャ出身の野党党首、アルベール・リベラ氏の寄稿だ。

 収入が多いほど、そしてルーツが深い人ほど独立に傾くという。

 シュベヌマン氏の見方も似ている。

 「あれは金持ちの権利要求です」と切り捨てる。

 「カタルーニャのような裕福な地方が、自分たちの払う税金を自分たちだけにとっておきたい、ほかに回したくないという運動です。欧州では独立を志向する地方に同様の例が多い。ベルギーのフランドル地方、北イタリア・・」

 地益エゴと見える現象が盛り上がる背景に何があるのか。

 「国民国家の危機です。国民という共同体が分断されてしまいました。国民の連帯が失われているのです」

 富める人や地域が、困難を抱える人や地域を支える。それを可能にしてきた国民同士というつながりが崩れてしまったからこんなことが起きるのです。」と指摘した。

 最後に筆者は、「各地で国家への回帰を強調する政治家が次々登場し、多くの人が引きつけられている。米国では「アメリカ・ファースト」を唱えたトランプ氏が大統領になり、英国では欧州連合(EU)から離脱が決まった。困ったことだという声は多い。けれど、グローバル化に振り回されるのを拒み、国という枠組みに戻ろうとする動き方は方向として正しいのだろうか。

 シュベヌマン氏は、英国の人々を非難しないという。英国民が自分たちで社会の行方を決めようとするのは「民主的」と評価する。

 「ポピュリズムは危ういかもしれない。しかし理解できることでもあるのです。国民という礎石から再構築せざるを得ないと思います」

 グローバル世界では民主主義は成り立たない。

 かといって、排他的メッセージを乱発するポピュリストの「国」に戻っても、それで連帯の回復を期待するのも無理だろう。

 日本でも「非国民」「反日」などという言葉が熱を帯びて飛び交う一方、少子高齢化と巨額の財政赤字の負担の議論は遅々として進まない。ナショナリズムは高まっているように見えて、国民連帯は弱まり続けているのではないのか。

 「左のナショナリスト」の憂いは人ごとではないと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ジャンピエール・シュベルマン氏(78)は、「左のナショナリスト」と呼ばれた」、とのこと。

 「ジャンピエール・シュベルマン氏は、国境を越えて経済がグローバル化し、欧州でも経済統合が進み、政財界や言論界の大勢がその流れを支持しているときに異論を唱え続けた。なぜか、民主主義は国民国家の中でしかうまくいかない仕組みだと考えるからだ。」とのこと、

 「シュベヌマン氏の見方もにている。「あれは金持ちの権利要求です」切り捨てる。「カタールニアのように裕福な地方が、自分たちの払う税を自分たちだけにとっておきたい。ほかに回したくないという運動です。欧州には独立を志向する地方に同様の例が多い。ベルギーのブランドル地方、北イタリア・・・・」」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

筆者はまた「グローバル世界では民主主義な成り立たない。かといって、排他的メッセージを発するポピュリストの「国」に戻っても、それで連帯の回復を期待するのは無理だろう」と指摘する。その通りだと思う。

 さらに筆者は「日本でも「非国民」「反日」などと言う言葉が熱を帯びて飛び交う一方、少子高齢化と巨額の財政赤字の負担の議論は遅々として進まない。ナショナリズムは高まっているように見えて、国民の連帯は弱まり続けているのではないのか」と指摘する。この指摘も当たっていると思った。

 被支配者を対立させて統治しやすくするのは、支配者の常套手段だが、民主主義、自由主義、個人主義の現代では被支配者の連帯は難しいのだろうか?

 


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by sasakitosio | 2017-12-14 06:47 | 朝日新聞を読んで | Trackback

12月3日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「エッセーや小説を読んでいて。さりげなく差し込まれたようなひとことが胸にしみるときがある。

 信州で暮らす内科医の芥川賞作家の南木佳司さんの書くものには、そうしたひとことが目に留まり、思いを深くめぐらすことが私には多い。医師として夫としての私的な来し方を描いた短編「白い花の木の下」から引く。

 「この身が生きのびるために言葉や態度に載せて輩出した毒を吸ってくれる者がいて、だからこそ今こうして生きて在る」。

 そんな自らの罪業の深さに思い至った夫は、にわかに妻にやさしく接するようになったと文は続いていく。

 生きるために食べて排泄するのは誰もが知っている。加えて人間というものは、心の中に絶えず「毒」が生成されていて、それを言葉や態度に載せて外に逃がさぬことには生きていけない厄介な存在らしい。胸に手を当ててみれば、自省の痛みを引きつつ南木さんの一節にうなずく人は、少なくないと思う。

 日々の明け暮れの中で、ありがたくも毒を吸ってくれる近親の者がいる。しかし、仕事上、他人の毒を吸わされる人もいる。

 震えるような悔しさで客の毒気に耐えている人の多いことが、流通や小売りなどの労働組合でつくるUAゼンセンの実態調査から浮かび上がった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「百貨店やスーパーなどで働く5万人にアンケートで聞くと、7割以上が悪質なクレームを経験していた。暴言が最も多いが、説教や威嚇といった行為も目立つ。土下座の要求もあったという。

 ひとつひとつの事例は、言葉や態度に載せて吐き出される毒また毒の連続で、読んでいるだけでもつらくなる。

 いくつかを挙げるとーーー。

 商品の返品時に「おまえはバカか。謝るしかできないのか。言葉が分からないのか」と1地時間近く電話で言われた。

 在庫がないと伝えると「売る気がないのか。私が店長だったらお前なんかクビにするぞ」とえんえん怒られた。

 混み合う時間に、レジが進まないのはお前のせいだといわれ、並んでいる間ずっと怒られ続けた。

 これらは氷山の一角で、厄介な相手の年齢性別はさまざまだ。このような理不尽が最近増えていると感じるか、との問いには5割が増えていると答えた。

 <わたくしの正しきことは主張せず客の激しき言葉に耐える>山口英子

 30年ほど前に出た「会社万葉集」(光文社)という本の中に見つけ、ノートに写した歌だ。作者の詳しい職種はわからないが、唇を噛むように自分を押し殺す姿が浮かんで痛々しい。

 言った側は忘れても、言われた側は長く尾を引く。小売店舗に限らない。日本中のサービス業の現場で一日に吐かれる毒の量は,いったいどのくらいになるのだろうと想像すれば恐ろしい。」と指摘した。

 最後に筆者は、「人が暮らしていくうえで、法律より広くモラルや常識の守備範囲がある。

 法律は人に、店で高飛車になるなと命じないし、他人に毒づくなとも言わない。しかし今、さまざまな場面で、人間社会の潤滑油というべきその守備範囲が、哀れに細っているように思われてならない。

 さて今年も師走である。

 せき立てられるような季節は、腹の中に険しい感情をためやすく、言葉や態度に載せた毒がその量を増すときかも知れない。作家の幸田文は昭和の半ば、せわしい年の瀬の情景を小紙に寄せた。

 「歩道だって素直に歩けない。人がみんなやけにぶつかって来る。いきおい、そんならこっちからもぶつかってやれという気になって侘しかった」

 さすがにこの人は、心中に生じかけた毒をみずからそっと解毒したようだ。

 聞くところでは、こうした毒の「大排出源」は男性の中高年世代というのが一節らしい。近しい人なら後で赦しも乞えるだろうが、どなたかさま、たまさかの一会を毒で苦いものにしたくはない。

 お仲間の一人とし毒消しのゆとりを心身に保ちたいと思う。暮れの日々、不機嫌なオーラに一利もなしと胸に畳む。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「流通や小売りなどの労働組合UAゼンセンの実態調査で、百貨店やスーパーなどで働く約5万人にアンケートで聞くと、7割以上が悪質なクレームを経験していた」とのこと、

 「いくつかを挙げるとーーーー。

 商品の返品時に「おまえはバカか、謝るしかできないのか、言葉が分からないのか」と一時間近く電話で言われた。

 在庫がないと伝えると「売る気がないのか。私が店長だったらお前なんかクビにするぞ 」と延々と怒られた。

 混み合う時間に、レジが進まないのはお前のせいだと言われ、並んでいる間ずっと怒られ続けた。」とのこと、

 「聞くところでは、こうした毒の「大排出源」は男性の中高年世代というのが一節らしい」とのこと、等々を知ることが出来た。

 ある年、お釈迦様が悟りを開いた地というインドの「ブッタガヤ」を9日間の日程で連泊して歩き回ったことがある。前正覚山やナーランダ大学後の逍遥、大菩提寺の見学、等々をしながら、「俺が俺がの「我」を捨ててどうもどうもの「も」で生きよ」、との講釈師六代目宝井馬琴の「言葉」を思い出した。以後、それを心掛けてはいる。


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by sasakitosio | 2017-12-12 06:19 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 11月20日付朝日新聞朝刊8面に、「風」という欄がある。筆者は、「中東アフリカ総局長・翁長忠男氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「パソコンがずらりと並ぶ部屋で、調査員たちがアラビア語のほか、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ウルドゥ語、中国語、トルコ語、ペルシャ語など10言語の班に分かれて画面に向かっている。

 検索しているのは、イスラム過激派に関連するあらゆる情報だ。エジプトにあるイスラム教スンニ派の最高権威機関と言われるアズハルが2年前、イアスラム過激派の動向を探るため立ち上げた監視団だ。

アズハルは千年以上の歴史があるイスラム教研究・教育機関。幼稚園から大学まで約210万人が学ぶ。アジアやアフリカなどからも多数の留学生がいる。イスラムの穏健派であるアズハルの宗教指導者が出すファトワ(宗教見解)はスンニ派世界で大きな影響力をもつ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「監視団は過激派組織「イスラム国」(IS)やアルカイダ、ボコ・ハラムなど過激派のサイトや機関紙をモニターし、分析する。過激派がイスラム教の教えを独自に解釈して出したメッセージに対し、宗教指導者たちが反論する。

 例えば、ISの思想を受け入れない人を「不信心者」と決めつける主張はこう正す。「人の内面について審判できるのはアラー(神)だけである」。監視団の調査報告書や反論はアズハルのサイトから各言語で検索できる。」と教えてくれる。さらに筆者は、「ISは2014年に「建国」を宣言、その後イラク、シリアで実効支配を広げ、その暴力主義に感化された若者たちがイラク、シリアを目指す動きが大きな問題となった。IS支配区域に集まった外国人は4万人以上との言われている。ISはインターネットを駆使して過激なメッセージを発信し、自身の暮らしに不満を募らせる若者を引き付けてきた。

 アズハルは過激主義が蔓延した理由の一つがイスラム厳格派によるファトフの乱発にあるとみている。

 長いひげを蓄えた熱心な宗教指導者に近づき、過激なファトワを刷り込まれる信徒も多いという。

 アズハル・ファトワ委員会のシェイク・サイード・アメル事務局次長は力説する。「若者が過激主義に走るのはイスラムの教えに対する無知が原因だ。誤ったファトワを若者が受け入れないようにするため、免疫をつける努力を重ねなければならない」

 アズハルは監視団のほかに電話やメールで相談に応じる「電子ファトワ」や相談者が直接訪れるファトワセンターをエジプト全土に220ヶ所開設など活動を広げている。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「中東諸国や欧米は立場は違えど、ISという「共通の敵」を倒すために軍事力でISに対抗した。だが、いくら力で抑え込んでも、地下に潜った戦闘員や信奉者によるテロの脅威は絶えない。アズハルは宗教権威の威信にかけて過激思想の封じ込めを目指している。

 アズハルに悩みを相談してISへの参加を踏みとどまった若者もいるという。地道な取り組みが実を結んでほしいと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「パソコンがずらりと並ぶ部屋で、調査員たちがアラビア語のほか、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ゥルドゥ語、中国語、トルコ語、ペルシャ語など10言語に分かれて画面に向かっている。

 検索しているのは、イスラム過激派に関連する情報だ。」とのこと、

 「エジプトにあるイスラム教スンニ派の最高権威機関と言われるアズハルが2年前、イスラム過激派の動向を探るため立ち上げた監視団だ、」とのこと、

 「アズハルは千年以上の歴史があるイスラム教の研究・教育機関。幼稚園から大学まで約210万人が学ぶ。」とのこと、

 「アズハルは監視団のほかに電話やメールで相談に応じる「電子ファトワ」や相談者が直接訪れるファトワセンターをエジプト全土に220個カ所開設する」とのこと、

 「アズハルは宗教権威の威信にかけて過激思想の封じ込めを目指している」とのこと、等々を初めて知ることが出来た。

 イスラムのことは、イスラムに聞け、といつも思っていた。二年前に監視団が立ち上げられ、今現在活動中だと知って、心強く感じた。そして、スンニ派とシーア派の対立による武力衝突の回避の道を探ってほしいと、思った。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-12-10 18:31 | 朝日新聞を読んで | Trackback

11月18日付朝日新聞朝刊社説に、「政治家の言論」との見出しで「日本維新の会の足立康史氏の発言」が載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「政治は言葉だ、と言われる。自らの理念を人の心にどう響かせるか。それが問われる政治の営みが、すさんでいる。

 加計学園の獣医学部問題を審議した衆院文部科学委員会で聞くに堪えぬ発言があった。

 他の政党の議員3人を名指し、日本維新の会足立康史氏が「犯罪者だと思っています」と述べた。相応の論拠を示さないままの中傷である。

 各党から抗議されると「陳謝し撤回したい」とすぐに応じた。その軽薄さに驚く。言論の府をなんだと思っているのか。」と切り出した。

 続けて社説は、「憲法は議員の国会内での言動に免責特権を認めている。多様な考え方を持つ議員の自由な言論を保障するためだ。低劣な罵りを許容するためではない。

 これまでも、他党に対し「アホ」「ふざけるなよ、お前ら」などと繰り返し、懲罰動議を受けてきた人物である。

 一向に改めないのは、黙認する雰囲気が国会内であるからではないか。

 同じ委員会で、朝日新聞への批判もした。

 「総理のご意向」などと記された文部科学省の文書を報じた記事について「捏造だ」と決めつけた。

 自身のツイッターでは、「朝日新聞 死ね」と書いている。

 加計問題の報道は確かな取材に基づくものだ。記事や社説などへの意見や批判は、もちろん真摯に受け止める。

 だが、「死ね」という言葉には、感情的な敵意のほかはくみ取るものはない。

 昨年、「保育園落ちた日本死ね」の言葉が注目されたが、それは政策に不満を抱える市民の表現だ。国会議員の活動での言動は同列にできない。

 政治家による暴言・失言の類は、以前からあった。最近は政権中枢や政党幹部らからの、とげとげしい言葉が増えている。」と指摘した。

 最後に社説は、「政権与党が、論をかわす主舞台である国会を軽んじる風潮も一因だろう。

 昨年は首相周辺が野党の国会対応を「田舎のプロレス」「ある意味、茶番だ」と切り捨てた。

 国会に限らず、政治の言葉が、異論唱えるものを打ち負かすだけの道具にされている。

 安倍首相は7月の東京都議選で、演説にヤジを飛ばした人々に「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫んだ。

 「犯罪者」「死ね」「こんな人たち」。

 国策に重責を担う政治家が論争の相手を突き放し、対立と分断をあおる。

 そんな粗雑な言動の先にあるのは政治の荒廃であり、それに翻弄される国民である。」として締めくくった。

 読んで呆れた。

 「他の野党の議員3人を名指しし、日本維新の会の足立康史氏が「犯罪者だと思っています」とに述べた。相応の論拠を示さないままの中傷である」とのこと、

 「朝日新聞への批判もした。「総理のご意向」などと記された文部科学省の文書を報じた記事について「捏造」と決めつけた」とのこと、

 「自身のツイッターでは、「朝日新聞 死ね」と書いている」とのこと、等々を知りこれが国会議員だということに呆れた。寡聞にしていまだこの案件について「維新の会のコメント」を聞いたことがない。

「政治は言葉だ」と社説は冒頭で教えてくれた。

 国会や国連で、人類や世界をうならせる「名せりふ」を吐く議員を見てみたい!!

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-29 06:38 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 11月12日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「表情ゆたかなその顔を、春先からニュースで何度も見た。13歳の時に広島で被爆したカナダ在住のサーロー節子さんである。

 12月にはノーベル平和賞の授賞式でスピーチするというという。

 サーローさんは、今年の平和賞を受ける国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の「顔」として国際会議で発言し続けてきた。3月に国連本部で語った証言は忘れがたい。「広島を思い出すとき、認識不能なまでに黒ずみ、膨らみ、溶けた肉体の塊となり、死が苦しみから解放してくれるまでの間、消え入る声で水を求めていた4歳だったおいの姿が、脳裏に最初によみがえります」。

 核兵器のむごさをこれほどに訴える言葉があるだろうか。

 同僚の記事で読み、かってどこかで似たような言葉と行き会ったように思い、記憶をたぐってたどり着いたのが、林京子さんの小説[祭りの場]の一節だった。長崎原爆のすさまじい体験を、30年の歳月を経て紡いだ芥川賞受賞作には、こうあった。「原爆は即死が一番いい」

 「なまじ1.2日生きのびたため苦し紛れに自分の肉を引きちぎった行員がいた」と

文章は続いていく。いったんは助かったと思った者も、急性原爆症に苦しみ抜いて次々死んでいった。

 林さんは14歳で被爆した。「人間を殺すのになぜここまで峻烈な兵器が必要なのか」。

 むごい描写のなかに差し挟まれた言葉には、尊厳をはぎ取られたおびただしい死を見た人の、核兵器の非人道性に向けた眼差しが光る。」と言いり出した。

 続けて筆者は、「その峻烈きわまる兵器の開発をリードし「原爆の父」と呼ばれたのは、米の物理学者オッペンハイマーだあった。

 この人には、しかし悔恨があった。

 戦争が終わってホワイトハウスにトルーマン大統領を訪ねた時「自分の手が血に染まっている気分です」と訴えた。大統領はハンカチを取り出して、「拭いたらどうかね」と差し出したという。

 この場面の子細は文献によって異なるが、ともあれトルーマンはオッペンハイマーの「良心」が気に食わなかったらしい。

 のちに国務省の高官にあてた書簡で「泣き虫科学者」とこき下ろした。

 科学者の葛藤と政治家の冷酷、と言った分かりやすい話ではあるまい。立場の違い以上に、二人の人間の想像力の違いだったかもしれない。

 それから時は流れて、いま、このシーンにいやでも重なる人物がトランプ大統領である。

 訪日中は上機嫌だったが、笑顔の下から鎧がのぞいている。おそらくは核をも含めた兵器や武器を、自国の雇用を広げて経済をうるおす「金のなる木」と見ているのは記者会見からも明らかだ。

 銃問題に対する氏の持論から察するなら、「武器を持ち悪いやつを止められるのは、武器を持つ良いやつしかいない」の論法になるのだろうか。

 北朝鮮に対して力ずくとなれば、深刻なダメージを受けるのは日本や韓国だが、安倍政権の追従ブリを見ると大事な時に「ノー」といえるのか心配になる。トランプ氏への忖度か、この政権は核廃絶への姿勢も被爆地を怒らせるほどに後ろ向きだ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「長崎への原爆投下の翌日、オッペンハイマーはふさぎ込んで、同僚にこう問いかけた。

 「広島や長崎を生き延びた人は、死者を羨むだろうか」。

 落とした者の思念と、落とされた者の地獄がここに重なっている。

 「原爆の父は」はキノコ雲の下の非人道性を正確に想像していた。

 今年の2月18日はオッペンハイマーの没後50年となる命日だった。あくる19日に林京子さんは世を去った。亡くなったあと、文芸評論家の富岡幸一郎さんが本紙への寄稿文で、林さんからお聞きした言葉を紹介していた。 

 「わたくしはいつも思うの、わたくしのものを読んで下さる方は、もうすでに読まなくてもいい人たちなんです。でも、引っ張ってきてでも読ませたい人たちは読んでくれないいんですね」

 遺された言葉は、核兵器をめぐる一つの真実を静かに照らしている。読ませたい人々の顔が心に浮かぶ。核に対するモラルをこの国で緩ませないためにも。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「13歳の時に広島で被爆したカナダ在住のサーロー節子さんは、12月にノーベル平和賞の授賞式でスピーチする」とのこと、

 「3月に国連本部で語った証言は忘れがたい。「広島を思い出すとき、認識不能なまでに黒ずみ、膨らみ、溶けた肉体の塊となり、死が苦しみから解放してくれるまでの間、消え入る声で水を求めていた4歳だったおいの姿が、脳裏に最初によみがえります」。」とのこと、

 「林京子さんの小説「祭り場」の一節に「原爆は即死がいい」「なまじ一、二日生きのびたために苦し紛れに自分の肉を引きちぎった工員がいた」と文章は続いていく。」とのこと、

 「林さんは14歳で被爆した「人間を殺すのにここまで峻烈な兵器が必要なのか」。むごい描写のなかに差し挟まれた言葉には、尊厳をはぎ取られたおびただしい死を見た人の、核兵器の非人道性に向けたまなざしが光る。」とのこと、

 「長崎への原爆投下の翌日、オッペンハイマーはふさぎ込んで、同僚にこう問いかけた。「広島や長崎を生き延びた人は、死者を羨むだろうか」」とのこと、

 「林京子さんのことば「わたくしはいつも思うの、わたくしのものを読んで下さる方は、もうすでに読まなくていい人たちです。

 でも、引っ張ってきてでも読ませたい人たちは読んでくれないんですね」」とのこと、等々を知ることが出来た。

 私は、新潟県の田舎にいて、当時2歳だった。新潟に原爆が落とされていたら、火ぶくれになって水を欲しがっていたのは自分かも知れないと思うと、ぞっとする。

 戦争をなくして、兵器をなくして、原爆を不要にしなければならない、と思った。

 でないと、原爆で人類は地球上から絶滅しいなくなることになる、と思った。


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by sasakitosio | 2017-11-19 16:44 | 朝日新聞を読んで | Trackback

11月9日付朝日新聞朝刊社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。

 筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「10月21日、東京は雨だった。

 1943年のこの日も雨が降っていた。

 現在、東京五輪に向けて新国立競技場が建設中の地に明治神宮外苑競技場があった。

 午前9時20分から「出陣学徒壮行会」が始まった。観兵式行進曲に従い、地面に

水しぶきを上げて進む、8列縦隊、一列100人の隊列、約2万5千人。

 東条英機首相が訓示。

 「御国の若人たる諸君が、勇躍学窓より征途に就き、祖先の遺風を昂揚し仇なす敵を撃滅して皇運を扶翼し奉るの日は来たのである」。

 東京、神奈川、埼玉、千葉各都県の大学生らを戦地などに送った。「学徒出陣」である。

 無知な私は壮行会はこの外苑だけかと思い込んでいたが、最近、大阪、京都、名古屋、仙台など国内各地や外地と呼ばれた台湾や旧満州でも開かれたいたと知った。

 大阪では同年11月16日に出陣学徒と激励の女子生徒ら1万3千人余が市役所や中央公会堂などが並ぶ中之島公園に集合。

 天神橋から松屋町筋の繁華な街中をミナミ方向へ行進した。

 同日付の朝日新聞大阪本社版の夕刊の見出しは「今ぞ征で立つ学徒兵」「撃敵の意気天を衝く壮行式」。戦意をあおる新聞人の罪深さ。慚愧ざんきに堪えない。

 行進経路を歩いた。人車が忙しく行き交い、しのぶよすがは見当たらなかった。

 ペンを銃に換え、学舎から戦陣に向かった学徒兵は、10万人とも13万人とも。

 元々、大学、旧制専門学校在学生には徴兵適齢の20歳を超えても、在学中は猶予される特典があった。

 太平洋戦争勃発後、戦域の拡大とガダルカナル島などの激戦の結果、兵員の不足が深刻化し、猶予は撤廃された。

 大きな国力差がある米国と戦い始めたこと自体愚かだが、じり貧になった段階で和平を模索するのが最低限の良識だ。

 この国は未来を築く「宝」を、「一切を大君の御為に捧げ奉るは皇国に生を受けたる諸君の進むべきただ一つの途」(東條首相)と消耗戦の捨て駒にした。戦死者は全学徒兵の約1割との推定もあるが実数は不明である。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「その下の世代も戦力だった。

 労働者不足を補うため、旧制中学や高等女学校などの生徒らが軍需工場の仕事や土木作業、食糧生産に投入された「学徒動員」だ。

 働く工場が米軍機の攻撃目標となり、焼夷弾の爆撃や機銃掃射で命を落とす生徒もいた。文部科学省の「学制百年史」によれば、それぞれの職場で終戦の詔勅を聞いた動員生徒は340万人超。一方で死者10966人、傷病者9789人に達した。

 志を奪われ死んだ彼ら彼女らを、我々はどれだけ記憶し、追悼してきたのかーーーー。」と指摘した。

 最後に筆者は、「兵庫県淡路島南端、福良港を見下ろす大見山に、ペン先の形の塔が天空に向かって立つ。周囲は戦場の塹壕のような石積みの外壁。戦争で亡くなった男女学徒を追悼するため、67年に建設された「戦没学徒記念若人の広場」の記念塔と展示資料館だ。

 圧倒的な存在感を示す造形は、広島平和記念資料館や代々木第一体育館などで知られる世界的建築家、丹下健三の設計だ。

 その事実は、長く一般には知られなかった。丹下氏自身が作品として発表せず、建物のオープニングの式典にも参加しなかった。

 建設に岸信介元首相や奥野誠亮元文相ら戦中に指導的な地位にあった政治家が関わったのを嫌ったのだという。

 建物は変転の歴史を歩んだ。

 開館直後は年間5万~6万人が訪れたが、やがて減り始め、95年1月の阪神・淡路大震災の被害を受けて20年近く閉鎖状態が続いた。

 建物がある南あわじ市が改修工事を施し、2015年3月に再公開した。 同年10月21日、外苑の壮行会と同日に、同地で終戦70年全国戦没学徒追悼式典が開かれた。

 神戸大の前身、神戸高等工業に入学し、45年6月に召集された元学徒兵、島一雄さん(93)は「過酷な戦闘に倒れた学友を思うと万感胸に迫り言葉がない。今日の平和と発展が貴い犠牲の上に達成されたことを決して忘れないでほしい」と呼びかけた。

 先の大戦に対する主義主張を越えて、私は彼ら彼女を悼みたい。そして、いまを生きる若い人にも訪ねてほしい。

 戦争の犠牲者に聖域や例外はない。世代を超えた非情な心理を、思い知る手がかりが、そこにある。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1943年10月21日9時20分から「出陣学徒壮行会」が始まった。<中略>約2万5千人。東条英機首相が訓示。「御国の若人たる諸君が、勇躍学窓より征途に就き、祖先の遺風を昂揚し仇なす敵を撃滅して皇運を扶翼し奉るの日は来たのである」。」とのこと、

 「大阪では同年11月16日に出陣学徒と激励の女子生徒ら1万3千人余が市役所や中央公会堂などが並ぶ中之島公園に集合。天神橋から松屋町筋の繁華街をミナミ方向へと行進した。」とのこと、

 「ペンを銃に換え、学舎から戦陣に向かった学徒兵は10万人とも13万人とも。<中略>

 この国は未来を築く「宝」を、「一切を大君の御為に捧げるは皇国に生を受けたる諸君の進むべきただ一つの途」(東條首相)と消耗戦の捨て駒にした。」とのこと、

 「文科省の「学制百年史」によれば、それぞれの職場で終戦の詔勅を聞いた動員生徒は340万人超。一歩で死者10966人、傷病者9786人に達した。」とのこと、

 「兵庫県淡路島の南端、福良港を見下ろす大見山に、ペン型の塔が天空に向かって立つ。周囲は戦場の塹壕ののような石積み外壁。戦争で亡くなった男女生徒を追悼するため、67年に建設された「戦没学徒記念若人の広場」の記念塔と展示資料館だ。」とのこと、

 「建物は変転の歴史を歩んだ。開館直後は年間5万~6万人が訪れたが、やがて減り始め、95年1月の阪神・淡路大震災の被害を受けて20年近く閉館状態が続いた。」とのこと、

 「建物がある南あわじ市が改修工事を施工し、2015年3月に再公開した。同年10月21日、外苑の壮行会と同日に、同地で終戦70年全国戦没者学徒追悼式典が開かれた。」とのこと、等々を知ることが出来た。

 1943年4月生まれの自分には、同年の学徒壮行会は小さい頃「ニュース映画」で見た記憶がある。いま74歳である。第二次世界大戦の記憶はそれほど昔のことであるが、沖縄では今日只今でも戦争の後遺症で苦しんでいる。沖縄米軍基地である。

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-19 12:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 11月12日付朝日新聞朝刊15面に、「科学季評」という欄がある。

 筆者は、京都大学総長・山極寿一氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「けいはんな学研都市で先月「けいはんな情報通信フェア2017」が開かれた。

 会場には自動運転に備えるドライバーモニタリングシステムやスマートシティセンシング、カメラと人工知能(AI)を用いた商品識別技術など、多言語自動翻訳技術、災害情報分析技術など、新技術を紹介するブースが並び、超スマート社会の到来を予感させる催しだった。

 その初日、私は「AIにはできない人間の幸せ」と題する基調講演をした。一見、AIを用いた情報通信技術の発展に水を差すように思われるだろうが、水ではなく棹さすような発言をしたつもりだ。

 人間は700万年間の進化史のすべてにわたって情報通信革命を進めてきた。方向性は一貫していて、近年それが加速したに過ぎない。

 だが、残念ながらその変化の速度に人間がついていけない。そのため、近年増えている心臓病、脳卒中、アレルギー性疾患、糖尿病などの慢性疾患と同じように、情報通信技術と人間の身体はミスマッチを起こした弊害が発見し始めている。

 いまそれをきちんと見定めたうえで、賢く技術を開発し応用できれば、人間にとって、幸せなソサエティー15.0(新たな経済社会)を構築することにつながる、」と切り出した。

続けて筆者は、「そのためには、人類の歴史をさかのぼって、なぜ情報通信技術を拡大する必要が生じたかを理解しなければならない。

 多くの人は、言葉の発明が情報通信技術の始まりだったと考えているのではなかろうか。

 しかし、人類の脳が多きくなったのは200万年前から40万年前の間で、まだ言葉を話していなかった。

 言葉が登場したのは7万年前ごろと考えられている。言葉は脳の増大に貢献したのではなく、脳が大きくなった結果として現れたのである。

 脳が大きくなった理由を問えば、他の霊長類と同様に集団の規模が拡大したためだという「社会脳仮説」がある。

 霊長類ではそれぞれの種がつくる集団の構成人数が多いほど、脳に占める新皮質の割合が高く、脳容量が大きいという傾向がある。

 つまり、日常的に付き合う仲間の数が増えるに従って、脳は多きくなる必要があったということだ。

 現代人の脳容量は約1500ccでゴリラの3倍だ。これは150人程度の集団で暮らすのに適合する。

 面白いことに、現代に暮らす狩猟採集民の平均的な村の規模は150という。40万年前から人類は150人程度の集団で暮らし、脳はそれ以上大きくならなかった。

 だが、約1万2千年前に農耕や牧畜が始まり、自ら食料を生産し貯蔵するようになって、人口が急に増え始めた。

 農耕が始まったころの地球上の人口は500万人~800万人。

 産業革命の起こった18世紀に7億人を、電話が発明された19世紀に10億人を超え、今や70億人を突破している。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「情報通信技術の発展は、この人口規模の急速な拡大に伴うものである。

 時間と距離を無視して多くの人々と交信でき、膨大な量のデータを瞬時に解析して的確な情報を送り続ける技術があるからこそ、私たちは人と物があふれる現代社会に生きて行ける。

 だが、これらの技術は多くの人々をつなぐ役割を果たし切れているだろうか。

 言葉は見えないものを表し、別々のものを一つにまとめる。持ち運び可能で効率的なコミュニケーションである。

 言葉は人間が広く分散しながらも、情報を交換し合いながら信頼できるつながりを保つ仕組みだった。

 でも信頼関係は言葉だけでは紡げない。

 他の霊長類と同じように人間は五感を用いて他者とつながり合う。

 共有しやすい視覚や聴覚ではなく、嗅覚、味覚、触覚の方が信頼を高めることに役立つ。

 脳を大きくした人類は言葉によって視覚や聴覚を広げて情報世界を広げ、他の五感によって信頼関係を保持してきたのではないかと思う。

 近年、ネットやスマホで得られる視覚、聴覚情報は格段に増えた。センサー技術も進み、人間の五感を超える分析が可能になった。

 しかし、人間はまだこうした技術を使って、信頼する仲間を増やせないでいる。

 100万人を超える都市に暮らしながら、信頼できる仲間は150人を大きく上回ることがない。むしろ、スマホ、フェイスブック、LINEで頻繁に連絡を取り合う仲間の数は減っている。しかも、顔を合わさずに連絡を取り合うため、身体感覚でつながることが出来ず、強固な信頼関係を作れないでいる。

 これからAIを用いた情報通信技術は、あらゆる情報をデータにして物や人をネットワークを密にしていくだろう。

 それは安全な環境をつくるのに大いに役立つはずだ。だが、現代は安全イコール安心ではない。

 安心は信頼できる人の輪がもたらすものだからだ。

 いくら安全な場所にいても、仲間に裏切られたちまち危機に見舞われる。

 私たちは今豊かな情報に恵まれながら、個人が孤独で危険に向き合う不安な社会にいるのである。

仲間と分かち合う幸せな時間はAIには作れない。それは身体に根差したものであり、効率化とは正反対なものだ。

 それを賢く組み込むような超スマート社会を構成する必要があると私は思う。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「けいはんな学研都市で先月「けいはんな情報通信フェア2017が開かれた」とのこと、

 「会場には自動運転に備えるドライバーモニタリングシステムやスマートシティセンシング、カメラと人工知能(AI)を用いた商品識別技術、多言語自動翻訳技術、災害情報分析技術など、新技術を紹介するブースが並び、超スマート社会到来を予感させる催しだった。」とのこと、

 「人類の脳が大きくなったのは200万年まえから40万年前の間で、まだ言葉を話していなかった。言語が登場したのは7万年前ごろと考えられている。」とのこと、

 「言葉は脳の増大に貢献したのではなく、脳が大きくなった結果として現れたのである。脳が大きくなった理由を問えば、他の霊長類と同様に集団の規模が拡大したためだという「社会脳仮説」がある。」とのこと、

 「現代人の脳容量は約1500ccでゴリラの脳の3倍だ。これは150人程度の集団で暮らすのに適合する。」とのこと、

 「約1万2千年前に農耕や牧畜が始まり、自ら食料をを生産し貯蔵するようになって人口が急に増え始めた。農耕が始まったころの地球上の人口は500万~800万人。産業革命の起こった18世紀に7億人を、電話が発明された19世紀に10億人を超え、今や70億人を突破している。」とのこと、

 「情報通信技術の発展は、この人口規模の急速な拡大に伴うものである」とのこと、

 「言葉は人間が広く分散しながらも、情報を交換し合いながら信頼できるつながりを保つ仕組みだった。」とのこと。

「信頼関係は言葉だけでは紡げない。他の霊長類と同じように、人間は五感を用いて他者とつながり合う。共有しやすい視覚や聴覚だけではなく、嗅覚、味覚、触覚の方が信頼を高めることに役立つ」とのこと、

 「現代は安全イコール安心ではない。安心は信頼できる人の輪がもたらすものだからだ。」とのこと、

 「仲間と分かち合う幸せな時間はAIにはつくれない。それは身体に根差したものであり、効率化とは正反対のものだ」とのこと、等々を教えてもらった。

 かねがね、世界から戦争を減らすには「言語の壁」をまず取り払い、疑心暗鬼から起こる「衝突」の回数を減らすことが必要だと思ってきた。

 だから、AIを用いた多言語自動翻訳技術の発展と「自動変換装置付き電話」の商品化を急いでほしいと思った。

 あわせて、世界の何処でも「居酒屋」「喫茶店」があって、五感を用いて他者とのつながりの持てる「空間」づくりが必要、と思った。

 それを日本で、東京オリンピック開催時に実現出来たら、文字通りオリンピックは「平和の祭典」になるような気がした。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-18 07:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 119日付朝日新聞朝刊社説に、「ロシア革命(10月革命)」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「世界を揺るがしたロシア革命(10月革命)から、きのうでちょうど100年を迎えた。

 内戦を経て生まれた世界初の社会主義国ソ連は、飢饉や弾圧などで膨大な犠牲者を出した。

 一方で、米国などの資本主義陣営に対抗する価値観を示し、20世紀の世界を2分した。」と切り出した。

 続けて社説は、「ソ連は1991年に崩壊し、稀代の「実験」は失敗したが、革命の歴史は、今後の世界の針路を探る手がかりを残した。

 本家ロシアでは、あの革命の輝きは失われている。プーチン大統領は05年、11月7日を国民の祝日から外した。

 革命について「時代遅れを放置する人、転換を求めて破壊へ進む人、双方が無責任だから起きる」と突き放す。

 一方で、今なおロシア革命をたたえる国もある。中国の習近平氏は先月の中国共産党大会で「10月革命の砲声がとどろいて、中国にマルクス・レーニン主義が送り届けられた」と建国の歴史を誇った。

 だが、共産党一党独裁のソ連を範にした

態勢を続ける中国、北朝鮮、キューバなどの国々は、自由、人権、平等など理想とほど遠い状況だ。」と指摘した。

 さらに社説は、「人権を進歩させるために社会主義革命は不可避だと考えは色あせた。だが冷戦に勝利したはずの資本主義・自由主義陣営の国々も今、よりよい未来を目指すための羅針盤を失ったかのように漂流している。

 グローバル化は世界の格差の構造を複雑にした。新興国の豊かさを増した反面、先進国で格差の不満が高まり、ポピュリズムが既成の政治を脅かす。

 富の集中に警告を発するフランスに経済学者ピケティ氏の論著が注目され、米国の「サンダース現象」など不平等への異議申し立てが相次いでいる。

 自由と民主主義を掲げる従来の政治が閉塞感に覆われる今、政治家が人気取りのために「革命」という言葉を乱用するのは時代の皮肉というほかない。

 公正で平等を保障する社会を築くには、民主主義への問いかけを続けるしかない。

 その今の現実と今後の指針を考えるうえでも、ロシア革命とその後の現代史は今日的意味を持つ、」と指摘した。

 最後に社説は、「日本もロシア革命に深くかかわった。革命翌年、反革命派の支援の為に日本軍がロシアに上陸し、一時はシベリア中部まで進軍した。

 最後のサハリン北部からの撤退は7年後だった。

 この「シベリア出兵」は、日本への警戒感をソ連に刻んだ。

 北方領土問題やシベリア抑留と共に、日ロ関係を考える上で忘れてはならない歴史である。」として締めくくった。

 今年の正月はサンクトペテルブルグにいた。地下鉄モスクワ駅の革命広場にもたったが、主目的は「エルミタージュ美術館」「エカテリーナ宮殿の黄金の間」「千島樺太交換条約の行われた宮殿」等々であった。

 社説を読んで改めて勉強になった。

 「本家ロシアでは、あの革命の輝きは失われている。プーチン大統領は05年、11月7日を国民の祝日から外した。

 革命について「時代遅れを放置する人、転換を求めて破壊へ突き進む人、双方が無責任だからおきる」と突き放す。」とのこと、

 「「中国の習近平氏は先月の中国共産党大会で、「10月革命の砲声がとどろいて、中国にマルクス・レーニン主義が送り届けられた」と建国の歴史を誇った。」とのこと、

 「人類を進歩させるために社会主義が必要だという考え方は色あせた。」との指摘、

 「自由と民主主義を掲げる従来の政治が閉塞感に覆われる今、政治家が人気取りのために「革命」という言葉を乱用するのは時代の皮肉というほかない。公正で平等を保障する社会を築くには、民主主義への問いかけを続けるしかない。」との指摘、等々を知り、理解することが出来た。

 いまだ、「共産党一党独裁のソ連を範とした体制を続ける中国、北朝鮮、キューバなどの国々では、自由、人権、平等などで、理想にほど遠い状況だ」とのことである。そんな人権抑圧の体制は、近々内部からの民主化運動で崩壊すると思うが、その後に資本主義しか待っていない現状は、困ったものだ、と思っている。

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-12 19:03 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 114日付朝日新聞社説に、「ルターとグーテンベルク」のことが載った。

 今日は、この社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「かって欧州は、ローマ・カトリック教会が権勢をふるう世界だった。

 その体制を揺るがしたのは、ちょうど500年前に始まった「宗教改革」である。

 15171031日、ドイツの神学者ルターが教会の扉に、「95か条の論題」を貼った。

 罪を軽くするという免罪符を売り出したカトリックの堕落を公然と批判した。

 既存の体制に抗う画期的な主張だった。

 そして折しも、グーテンベルクが発明した活版印刷が、その抵抗を数々の出版物として拡散させ、大衆のうねりをもたらした。

 これを機にキリスト教のカトリックからプロテスタントが分かれた。

 以来、人類の政治や思想に多大な影響を与え、戦争を含む世界史の背景となった。」と教えてくれる。

 続けて社説は、「今風に言えば、体制の腐敗に怒った主張が、活版印刷によるリツイートで拡散し、膨大な「いいね」を獲得。木版画もインスタグラムの画像にように分かりやすく視覚に訴えた。

 ひとびとの共通の思いを呼び覚ます言論と、新しい伝達技術の出会い。それが改革の条件だったとすれば、いまはどうか。

 既成の政治や秩序、価値観が揺らぎ、グローバル化と格差の中で憤りが渦巻く今、インターネットを手に、新たな「改革」は起きえるのだろうか。

 ネット空間には中傷やデマが蔓延し、自分に都合が悪い情報は「フェイク」だと切り捨て離る大国の首脳もいる。 国際テロ組織はネットを駆使して破壊の思想を広め、人身を集める。

 一方で、人間の自由や救済を求める営みを最も強く支えるのもネットだ。

 ノーベル平和賞を受ける国際NGOや民主化運動もネット抜きには語れない。

 時代が何時であれ、問われているには伝達の技術とともに、主張そのものの説得力なのであろう。いまの技術の先進性に対し、言説の中身を磨く力が追いついていないのではないか。」と指摘した。

 最後に筆者は、「宗教改革から5世紀、「自由で平等な信仰」の夢は未完であり、不寛容な勢力は今も残る。

 しかし、その後、カトリック教会はじめ多くの宗派が時代とともに自己改革に動いた。

 この50年ほどでエキュメニズム(教会統一運動)の考え方が生まれ、和解の努力が始まっている。

 イスラムなど諸宗教との対話姿勢も根付いてきた。

 テロの不安と自国第一主義が広がり、移民難民への風当たりが強まる現代の遠い先に、世界は共生の秩序を見いだしているだろうか。

 その答えは誰にもみえないまま、風に吹かれているかもしれない。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「かって欧州は、ローマ・カトリック教会が権勢をふるう世界だった。」とのこと、

 「1517年10月31日、ドイツの神学者ルターが教会の壁に、「95か条の論題」を貼った。<中略>

 そして折しも、グーテンベルクが発明した活版印刷が、その抵抗を数々の出版物として拡散させ、大衆のうねりをもたらした。」とのこと、

 「これを機に、キリスト教のカトリックからプロテスタントが分かれた。」とのこと、等々を知ることが出来た。

 そして、「人々の共通の思いを呼び覚ます言論と、新しい伝達技術の出会い。それが改革の条件だったとすれば、今はどうか」との問いは、きわめて挑戦的で刺激的だ。

 「時代が何時であれ、問われているのは伝達の技術とともに、主張そのものの説得力なのであろう。いまの技術の先進性に対し、言説の中身を磨く力が追いついていないのではないか」との指摘は、その通りだと思った。

 マスメディアの有識者からも、学者文化人の皆さんからも、地球の全体のエリアで、人類全体の問題をテーマで、宗教・政治・経済・労働・環境、等等に対する「理念と実践」を提起してほしい、と思った。伝達手段は地球全体・人類全体の規模で対応が可能となったのだから。

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-12 16:47 | 朝日新聞を読んで | Trackback

113日付朝日新聞朝刊朝刊17面に、「「異論のススメ」という欄がある。

 筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「今回の総選挙も終わってみれば、大勢においてその前後にさしたる変化があったわけではない。小池百合子氏の一人芝居だった「小池劇場」も無残な結果となり、自公連立政権の3分の2議席は維持された。

 こらなら、民進党を分裂させなければよかった、などというなさけない話まででる始末だ。

 そのなかで多少興味深いのは、立憲民主党の躍進である。

 もっとも、この政党の面々に対して、「彼らは筋を通した」などと言う評価はまったくの筋違いで、実際には、彼らは小池氏に「排除」され、やむを得ず新党を立ち上げたのだった。

 筋を通すというなら、最後の民進党両院議員総会の場で、前原代表に対しどうして激しく抵抗しなかったのか、ということになる。

 前原氏の代表辞任を求めるのが当然であった。

 実際には彼らも希望の党入りを期待していたのである。

 それはともかく、立憲民主党の躍進の背景には、一定のリベラル勢力があることは間違いない。

 様々な立場や党派の混成であった民進党が、保守系とリベラル系に分裂することで、民進党のリベラル派支持層が躊躇なく立憲民主党を支持した、という構図は分かりやすい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「しかし、ここで問いたいのは、今日、リベラル派とはいったい何なのか、ということである。

 そして、リベラル派が支持する立憲民主党は何を旗印にするのであろうか。

 リベラル対保守の対立とよくいう。

この対立は、従来、次のように解釈されてきた。

 経済界に近い立場から経済成長路線をとり、戦後日本の基本的な社会構造をできるかぎり維持するのが保守であり、これに対して、経済成長の恩恵を得ないもの利益や社会的少数派の権利を擁護し、より社会民主主義的な方向へと社会を変革するするのがリベラルである、と。

 だが、この対立はほとんど意味を失っている。

 なぜなら、この間、保守であるはずの自民党が、矢継ぎ早に「改革」を打ち出してきたからである。

 グローバリズムや中国の台頭、北朝鮮の核脅威といった世界状況の変化に対して、日本社会を大きく変えなければならない、というのが安倍首相の基本方針である。

 AIやロボットや生命科学など「技術革新」によって社会生活を変化させ、「人づくり革命」や「生産性革命」を断行するという。

 そして、世界の情勢変化に合わせて憲法を「改正」する、という。

 しかも、次々に実行している「保守」はかってなかった。

 それに対して、リベラル派は何を打ち出しているのだろうか。

 「生活を守れ」

 「弱者を守れ」

 「地域を守れ」

 「人権を守れ」

 「平和を守れ」

 「憲法を守れ」という。

 これではどちらが保守だかわからない。

 確かに、グローバリズムや過剰なまでに市場競争や技術革新の恩恵を得られずに、所得が低迷し、雇用が不安定になった人たちの生活を守れ、というのはその通りだ。

 福祉重視もよい。

だがそれなら、安倍政権も同様なことを言っている。

 安倍政権と対決するには、正面からグローなリズムに反対し、TPPに反対し、成長戦略やグローバル競争に反対し、その上で、代替的な政策ビジョンを打ち出さなければならない。

 立憲民主党の最大のウリは、憲法擁護である。

 しかし護憲を訴えるなら、リベラル派はいくつかの基本的な問題の応えなければならないだろう。

 まず一般論として、平和憲法のもとで日本の防衛をどうするのか、という大問題がある。

 平和憲法によって軍事力を保持せず、米軍と米国政府の世界政策、対日政策に自国の安全を委ねてきたのが戦後日本であった。それをどうするのか。

 そして、より具体的な問題として、核攻撃も辞さないと宣言している北朝鮮の脅威にどう対応するのか。

 日米同盟が不可欠だというなら、改めて集団的自衛権をどうするのか。

 さらに、自衛隊は合憲なのか否か。

 これらの問題にリベラル派は応えなければならない。

 民進党の一部がリベラル派の支持を受けながらも、国民の大きな支持を得られないのは、結局これらの問題に答えられないからである。

 「森友・加計問題」ばかりでは国民の支持を得ることはできない。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「リベラル派が重視する生命尊重も基本的人権も平和主義もすべて戦後憲法の基本的柱であり、それなりに実現された。

 それらを軸にする憲法は、戦後日本の「体制」なのである。

 ということは、リベラル派こそは、戦後日本の「体制」なのである。

 戦後日本の「体制」を、少なくとも理念上で代表し、それを「守る」ことを訴えてきた。

 言い換えれば、彼らは、戦後のこの「体制」をできるだけそのまま続けようとしているに等しい。

 「性急に変えるな」と言っているのである。

 逆に、保守とされる側が、1990年代の政治改革、構造改革から始まり、2000年代の小泉改革、それに今日の安倍首相による矢継ぎ早の変革を唱えてきた。

 そしてこの急な変革に、実はかなりの国民が不安を持っているのではないか、と私には思われる。

 立憲民主党への一定に支持は、今回の選挙で、この党が皮肉なことに、もっとも「保守的」、顕著な主張を繰り広げなかったからではないだろうか。

 問題は、今や本当の意味での「保守」の意味が不明になってしまい、真の保守政党がなくなってしまった点にこそある、といわねばならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「小池百合子氏の一人芝居だった「小池劇場」も無残な結果となり、自公連立政権の3分の2議席は維持された」、との指摘、

 「護憲を訴えるなら、リベラル派はいくつかの基本問題に応えなければならないだろう」との指摘、

 「まず一般論として、平和憲法の下で日本の防衛をどうするかという大問題がある。

 平和憲法によって軍事力を保持せず、米軍と米国政府の世界政策、対日政策に自国の安全を委ねてきたのが戦後日本であった。それをどうするのか。」との指摘、

 「より具体的な問題として、核攻撃も辞さないと宣言している北朝鮮の脅威にどう対処するか。日米同盟が不可欠だと言うなら、改めてっ集団的自衛権をどうするのか。

さらに、自衛隊は合憲なのか否か。この問題についてリベラル派は応えなければならない。」との指摘、等々はその通りだと思った。

 今の平和をどのように評価し、未来の世界にどう対処するのか、その中で現憲法の役割をどのように位置づけるのか、とうとう残念ながら護憲派の中で定まっていないような気がした。

 また、「リベラル派が重視する生命尊重も基本的人権も平和主義もすべて戦後憲法の基本的柱であり、それなりに実現された。それらを軸にする憲法は、戦後日本の「体制」を、少なくとも理念の上で代表し、それを「守る」ことを訴えてきた。言い換えれば、彼らは、戦後のこの体制をできるだけそのまま続けようと言っているに等しい。「性急に変えるな」と言っているのである。」との指摘、

 「逆に保守とされる側が、1990年代の政治改革、構造改革から始まり、2000年代の小泉改革、それに今日の安倍首相による矢継ぎ早の変化を唱えてきた」との指摘、等々は目からうろこの指摘であった。 たしかに、革新と言われる側、護憲派と言われる側、に革命的な理念や政策の定期がないまま、戦後70年が過ぎた。ソ連崩壊で社会主義の展望がなくなってから久しく、新たな世界をリードする思想が誕生していない。

 筆者を含めた日本の知識層から、資本論以来の世界をリードする思想を生み出してほしいと、切望する。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-11-05 19:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback