憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 622日付朝日新聞社説に、「米国の国連人権理事会からの脱退」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「人権を重んじる大国を標榜してきた米国が、自らその看板を下ろす行動を続けている。 国際機関でも米社会でも、トランプ政権の人権軽視が甚だしい。

 米国が、国連人権理事会からの脱退を発表した。国連総会が選ぶ47の理事国が集い、世界の人権を監視している組織だ。

その活動が偏向しているというのが、脱退に理由だという。実際には、米国の友好国イスラエルへの肩入れのためだ。

 先月、パレスチナのデモ隊にイスラエル軍が発砲し、多数が死傷する事件が起きた。人権理事会は調査団の派遣を決め、国連総会はイスラエルによる攻撃を非難する決議をした。

 米国はこれに反発したわけだが、。そもそもパレスチナの怒りの原因を作ったのは米国だ。

 国際批判を無視して、在イスラエル米大使館をエルサレムに移したことが騒乱を招いた。

 中東の安定を顧みない外交で混乱を招きながら、国連の対応が気にいらないとして、人権理事会から脱退する。

 そんなトランプ政権の身勝手さは、世界の失望を買うでけでなく、米自身の影響力を衰えさせている。」と切り出した。

 続けて社説は、「人権理事会は、北朝鮮やシリアなどの人権侵害にも取り組んできた。これらの国の後ろ盾である中国やロシアは、米国批判を強めている。人権を軽んじる強権国が発言力を増す機会を米国が提供している。

 問題の根本は、トランプ大統領の人権感覚にある。かねて人種や性差別などで不適切な言動を重ねてきたが、今月は移民への対応が論議を呼んでいる。

 拘束した移民の親と子どもを当局が引き離す痛ましい状況が伝えられ、与野党を超えて抗議が広がった。政権はやむなく対応を変えたが、不法移民を例外なく拘束し、訴追する「不寛容政策」は続けるとしている。移民政策は各国に共通する難題ではあるが、移民大国の米国が多様な包容力を失う意味は深い。

 今後も続く移民・難民と、米国など受け入れ側の摩擦は、国際的な人権水準を守る上で大きな不安要因となろう。」と指摘した。

 最後に社説は、「日本とっても影響は重い。

 トランプ氏は今月会った北朝鮮の金正恩氏をたたえ、「彼が話す時、国民は直立して聞く。米国民も同じようにしてほしい」と語った。

 人権問題をただす決意は見えない。

 人権理事会脱退について、菅官房長官は「他国の対応にコメントすべきでない」と述べた。

 だが日本は、理事会の場で拉致問題に取り組んできたのだ。

 米国に対し、復帰と建設的な関与を促す責任がある。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。日本が国際連盟を脱退したときと、似ているような気がした。

 「先月、パレスチナのデモ隊にイスラエル軍が発砲し、多数が死傷する事件が起きた。人権理事会は調査団の派遣を決め、国連総会はイスラエルによる攻撃を非難する決議をした」とのこと、

 「米国はこれに反発したわけだが、そもそもパレスチナの怒りの原因ををつくったのは米国だ」とのこと、

 「人権理事会は、北朝鮮やシリアなどの人権侵害にも取り組んできた。」とのこと、

等々を知ることが出来た。

 そして社説は、「中東の安定を顧みない外交で混乱を招きながら、国連の対応が気に入らないとして、人権理事会から脱退する。そんなトランプ政権の身勝手さは、世界の失望を買うだけでなく、米自身の影響力を衰えさせている」と指摘した。全くその通りだと思った。

 その時にのぞんでの日本の対応は、「人権理事会脱退について、菅官房長官は「他国の対応にコメントすべきでない」と述べた」ことから透けて見えるのは、世界の問題、国連の問題に、主体的に取り組む姿勢が全くないと言う姿だ。

 トランプ大統領の身勝手さを、日本やEUを含む友好国が諌められないとすると、ゆくゆくは米国の「国連脱退の脅し」から始まり、その悪夢が現実化するかもしれない。 万々一のその時に、日本の指導者に「心構えや」「備え」はあるのだろうか?「他国の対応にコメントすべきでない」 なんてのんきに構えておられなくなると思うのだが?

また、社説が「トランプ氏は今月に会った北朝鮮の金正恩氏をたたえ、「彼が話をする時、国民は直立して聞く。米国民にも同じようにしてほしい」と語った」と教えてくれたことは、ぞっとするような「話」だった。

 トランプ大統領が、独裁を賛美しているからだ。ほんとに見える過去に、民主主義からヒトラーのようは独裁者が生まれたように、アメリカの民主主義から21世紀の「独裁者」が誕生してしまったのだろうか?

 そして今日、米国発の世界貿易戦争が勃発した。この戦争を、日本がとめる役割が果たせると、日本は世界中から尊敬されること、請け合いだが?

 

 


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by sasakitosio | 2018-06-25 06:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月16日付朝日新聞朝刊15面に、「コラムニストの目」という欄がある。筆者は、デイビット・レオンハート氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「米国と西欧との同盟は偉業を成し遂げてきた。20世紀前半に2度の世界大戦に勝利した。その後、旧敵国も取り組んで発展し、さらには冷戦の勝利、民主主義を広げ、かってない高い生活水準を達成した。

 トランプ大統領は、その同盟関係を破壊しようとしている。

 トランプ氏にそんなつもりはあるのか?

 さあどうだろう。彼の頭の中に入り、どんな戦略的目標を持っているのか(そんなものがあればだが)を見抜くことはできない。

 だが、こうは言える。もし合衆国大統領が、大西洋同盟をぶち壊す詳細な秘密計画と立てたとしたら、それはトランプ氏の言動とそっくりのものになるだろう。

 その計画は、カナダや英仏独、そして日本の指導者に対する、あからさまな敵意をはらむものだ。ありもしない問題について、喧嘩をふっかける。米国への大きな譲歩を勝ち取るためではなく、対立のための対立だ。

 米国は、用済みになった同盟国に代わる新たな同盟国を探すだろう。最もわかりやすいのは、欧州では英仏独の最大のライバル国であるロシアだ。大西洋同盟を壊そうとする米国の思惑は、他国に内政への干渉となり、他国でもこの古い同盟に反対する新政権が誕生することにつながりうる。

 あれも、これも、あれも、これも。

 トランプ氏は秘密計画のチェック項目を、逐一やっているじゃないか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「トランプ氏は8.9日にカナダで開催された主要7か国首脳会議(G7サミット)を途中で切り上げた。当地にいる間はケンカを売った。トランプ氏がいすに座り、眉をつりあがて腕組みをしている周りで、ドイツのアンゲラ・メルケル 首相をはじめとする首脳が嘆願している写真がある。日本の安倍晋三首相の表情からは敗北感がにじみ出ている。

 それもそのはずだ。この会合における最大の意見衝突は、トランプ氏が事実に反する理由で課した関税についてだった。

 彼は、ただほかの国々に応戦しているだけと主張する。だが世界銀行によれば、現在、米国と英独仏の平均関税率は全く同じで1.6%だ。日本は1.4%、カナダは0.8%である。

たしかにどの国にも不愉快な関税はあるが、どれも小さなものだ。それに米国はその犠牲者ではない。

 トランプ氏は、貿易について真実を語っていない。イラク戦争に対する自分の立場、大統領就任式の参加人数、大統領選での不正投票、、殺人率、メキシコからの移民、ロシア疑惑の捜査、元ポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんへの「口止め料」、その他多くの問題でうそをついてきたとのと同じように、関税の件は、現実を認識しているけれども説明が下手だというのとはわけが違う。うそを根拠にして太平洋同盟を脅かしているのだ。

 カナダをはじめとする長きにわたる盟友が見下される一方で、ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩委員長など多くの野心ある独裁主義者はほめたたえられる。

 トランプ氏とその側近たちは、ドイツやその他の国々の極右政治家の肩を持つ。サミットでは、ロシアのクリミア併合を弁護し、G7に復帰させるべきだと主張した。

 保守派の論客ジェイ・ノードリンガー氏は、「なぜトランプ氏はRTの司会者用に話すんだ?」と問うている。

 RTは、ロシア国営テレビネットワーク「ロシア・トゥデイ」の略称である。

 答えはわからない。だが、彼のあらゆる言動を説明できる唯一の理由をもっと早く真剣に検討すべきだった。彼は西側の同盟を破壊したいのだ。

 もしかしたら、イデオロギーの問題で、民主主義よりもプーチン氏のような独裁主義を好むのかもしれない。

 あるいは、立派な戦略など何もなく、本当にプーチン氏に人に知れるとまずい情報を握られているのかもしれない。

 それとも、歴代の米国大統領が賛成したことに反対するのが好きなだけかもしれない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「理由は何であれ、トランプ氏の言動に対しては、その脅威と同じくらい厳しい対応が求められる。

 政治学者ブレダン・ニーハン氏が指摘するように、先週末は一つの転機だったように思われる。

 「西側の同盟と世界貿易体制は激しい緊張状態さらされつつある。トランプ氏が米国内に対してしたと同様に」

 長年の同盟国に求められるのは、カナダのトルドー首相やフランスのエマニュエル・マクロン大統領が当初見せていたような、希望を持った楽観主義を捨て去ることである。

 いい模範となるのはメルケル氏だ。同氏はよりしたたかで、無駄に問題を大ごとにしない。なぜなら、初めから脅威を理解していたからだ。

 トランプ氏の仲間である共和党員に求められる対応は、党よりも国家を優先することだ。ジョン・マケイン上院議員など数人の共和党委員は警鐘を鳴らしている。

 連邦議会の議員たちは、苦悩に満ちたツイートを投稿しているな場合ではない。トランプ氏を制止し、彼の行動の真意を解き明かす聴聞会を開くための立法を提案すべきだ。

 米国の有権者に求められるのは、今年の中間選挙で本当に問われるのは何かを理解することだ。単に減税や医療保険や、大統領の型破りなスタイルについての国民投票にとどまらない。

 これは、私たち誰もが生まれる前から存在する米国の理想についての国民投票なのだ。」として締めくくった 。

 読んで大変勉強になった。

 「米国と西欧との同盟は偉業を成し遂げてきた。20世紀前半に2度の世界大戦に勝利した。その後、旧敵国をも取り込んで発展し、さらに冷戦に勝利、民主主義を広げ、かってない高い生活水準を達成した。」との指摘は、その通りだと思った。

 が、筆者の「トランプ大統領は、その同盟関係を破壊しようとしている」との指摘は、信じがたい気がしているというよりは、信じたくない気分と行った方が正確かもしれないが。

 また筆者は、「彼のあらゆる言動を説明できる唯一の理由をもっと早く新権に検討すべきだった」との指摘、

 「もしかしたら、イデオロギーの問題で、民主主義よりもプーチン氏のような独裁主義を好むのかもしれない」との指摘、

 「立派な戦略など何もなく、本当にプーチン氏に人に知られるとまずい情報を握られているのかもしれない」との指摘、

 「それとも、歴代の米国大統領のが賛成したことに反対することが好きなだけかもしれない」とも指摘した。これらの指摘が全て当を得ているかどうかは、これからのトランプ大統領の行動をしっかり見なければわからない。しかし、その間は、そう長くはないような気がする。

 さらに筆者は、「長年の同盟国に求められるのは、カナダのトルドーやフランスのエマニュエル・マクロン大統領が当初見せていたような、希望を持った楽観主義をして去ることである」と指摘し、

 「トランプ氏の仲間である共和党員に求められる対応は、党より国家を優先することだ」と指摘し、

 「米国の有権者に求められるのは、今年の中間選挙で本当に問われるのは何かを理解することだ。<中略>これは、私たちの誰もが生まれる前から存在する米国の理想についての国民投票なのだ」と指摘している。

 この二つの指摘は、日本国内で行われる来年の参議院選挙で、自民党員と有権者にとって、そのまま生かされなければならない、重要な指摘だと思った。

 


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by sasakitosio | 2018-06-21 06:38 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 6月15日付朝日新聞朝刊13面に、「月刊 安心新聞」という欄がある。筆者は、千葉大学教授・神里達博氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「最近、「イノベーション」という言葉をよく耳にする。現政権においてもイノベーションは非常に重視されており、「第三も矢」とされる「成長戦略」においては、中心的な役割が与えられてきた。

 イノベーションさえ起これば経済は成長のプロセスに乗り、日本社会は再び活気を取り戻すはず。そんな漠然とした期待が広がっているように思う。
 しかし、それは確かなことなのだろうか。

 今月は、この概念の本来の意味を確認した上で、近年の日本の「イノベーション政策」について、少し考えてみたい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「イノベーションは元々、オーストリアの経済学者、シュンペーターが20世紀前半に提起した概念である。

 日本ではしばしば「技術革新」と訳されるが、本来の射程はより広い。1926年に出版された改訂版「経済発展の理論」では、大きく5つのケースが示されている。

まずは「新しい財貨の生産」。これは私たちの知っている技術革新に近い。

 加えて「新しい生産方法の導入」や「新しい販路の開拓」といった、製造プロセスやマーケティングに関する事項が続く。

 さらに[原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得]や「新しい組織の実現」といった、産業を支えるシステムや基盤についての言及も見られる。

 シュンペーターはこれらを「新結合=neue Kombinationen」と呼び、モノやコトの価値ある「新しい結びつき方」を新機軸=イノベーションと定義したのである。

 同時に彼は、新しい結合が生じることで、旧来のつながりや慣行が壊される。「創造的破壊」が起こるとも指摘している。

 歴史的に、このような例は多々ある。

 馬車が自動車に取って代わられ、石炭が石油に切り替わり、最近では銀塩フイルムのカメラがデジタルカメラになり、いまやスマートフォンに付属するレンズで写真は十分、という声も聞くようになった。

 こういった変革が起こると、旧来型の仕事に携わっていた人たちは抜本的な対策を迫られる。

 そして現実には、その多くが廃業に追い込まれてきた。このような厳しい側面を併せ持つのがイノベーションである。

 一方、その過程やメカニズムについての学術的研究もなされてきた。

 その結果、イノベーションを管理するための知識も、ある程度は蓄積されてきた。だが、社会に強いインパクトを与えるようなイノベーションの多くは不連続的な現象であって、事前の計画や設計ができる類いのものではないものではないことも分かってきた。

 また、真に影響力の大きいイノベーションは、以下のような物語を伴うことも多い。

 少数のパイオニア、時には狂信的ともいえるような情熱を持った人たちが、世間の冷たい視線にもめげず努力を続ける。

 そして、ついに成果を世に示す日が来る。

 人々は驚愕し、世界が変わるーーこの種のストーリーは当然、計画や設計にはなじまない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ところが、そんなイノベーションを日本政府が促進するという。

 少し現状を見てみよう。

 政府は、90年代半ばから5年ごとに「科学技術基本計画」を策定し、科学技術政策を長期的視野で進める仕組みを設けている。

 その4期目に当たる2011年の「基本計画」では「自然科学のみならず、人文科学や社会科学の視点も取り入れ、科学技術政策に加えて、関連するイノベーション政策も幅広く対象に含めて、その一体的な推進を図っていくことが不可欠」とし、これを「科学的イノベーション政策」と位置づけた。

 本来、科学技術政策と産業政策は別物だが、最近は産業政策、特にイノベーション政策の手段のように科学技術政策が位置づけられることが目立っている。

 実際、政府の科学技術政策の司令塔「総合科学技術会議(CSTP)」は、14年の内閣府設置法改正により「科学技術・イノベーション会議(CSTI)」に名称変更された。加えて、閣議決定で設置された「日本経済再生本部」のもとにおかれた「産業競争力会議」の、さらにその中のワーキング・グループがCSTIに対して「宿題」を出し、CSTIが対応するという、不思議な現象も起きているという。

 これを「官邸主導」と呼べば聞こえはいいが、国会の決議に基づく、法的根拠のある行政組織が、閣議決定を根拠する組織の「手足」の如く走り回っているとすれば、問題ではないか。

 これらは一部の例に過ぎないが、日本では他にも、すでにさまざまな政策が、イノベーションの名のもとに動員されて行く流れにある。

 それが本当に日本社会を豊かにするならば、一つのやり方かもしれない。

 だが、シュンペーターが指摘しているように、本物のイノベーションが起これば、それはしばしば既存のシステムの破壊を伴うということも、忘れるべきではない。

 かっての通商産業省は、石炭から石油へのエネルギー革命に対処すべく、石炭対策特別会計を設け、石炭産業を安定させ、離職者の生活を守ることにも気を配った。

 行政の本来の仕事は、イノベーションを加速することよりも、その結果起こるさまざまな社会経済的なゆがみに対処することではないだろうか。

 結局のところ、政府はイノベーションという難題に、どのようにどこまでかかわるべきなのか、今一度、落ち着いて見つめ直すべきときだろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「イノベーションは元々、オーストリアの経済学者,シュペンターが20世紀前半に提起した概念である」とのこと、

 「1926年に出版された「経済発展の理論」では大きく五つのケースが示されている」とのこと、

 「まずは「新しい財貨の生産」。これは私たちが知っている技術革新に近い。

 加えて、「新しい生産方法の導入」や「新しい販路の開拓」といった製造プロセスやマーケテングに関する事項が続く。

 さらに「原料あるいは半製品のあらしい供給源の獲得」や「新しい組織の実現」といった、産業を支えるシステムや基盤についての言及も見られる」とのこと、

 「シュペンターはこれらを「新結合=neue Kombinationen」と呼び、モノやコトの価値ある「新しい結びつき方」を新機軸=イノベーションと定義したのである。」とのことを知ることが出来た。

 また、「同時に彼は、新しい結合が生じることで、旧来のつながりや慣行が壊される、「創造的破壊」が起こることも指摘している」とのこと、

 「こうした変革が起こると、旧来型の仕事にたずさわっていた人たちは抜本的な対策を迫られる。そして現実には、その多くが廃業に追い込まれてきた。このような厳しい側面を併せ持つのがイノベーションである」とのこと、等々を知ることが出来た。

 いま、起こすべきイノベーションがあるとすれば、脱原発・再生・自然エネルギー革命ではないか、と思う。

 福島の原発事故の破壊は、地域を破壊したと同時に、原子力産業・原子力ムラの破壊したのではないか、とも思う。

 政府はイノベーションを促進しているらしいが、石炭・石油・ウランという化石燃料から、自然エネルギーへの転換こそ、最も現実的で即効性のあるイノベーションではないか。

そして、筆者の「行政の本来の仕事は、イノベーションを加速することより、その結果起こる様々な社会経済的なゆがみに対処することではないか。
 その歪み対策の中に「原子力ムラ」の救済を加えようとすると、世論の反発があるかもしれないが。

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by sasakitosio | 2018-06-20 06:42 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 6月7日付朝日新聞朝刊社説下に「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず日筆者は、「東京の不忍通り。文京区千石あたりは坂道になる。かって小石川丸山町と呼ばれた周辺に、先だって私は立ってみた。

 昭和20(1945)年8月15日。正午に昭和天皇の終戦の詔勅がラジオから流れ、日本は戦闘を止める。終戦の日の早朝、この坂道周辺は、歴史の舞台になった。

 午前5時ごろ、横浜警備第3旅団の大尉が率いる暴徒が襲撃し、住宅に火を放った。標的は鈴木貫太郎首相邸である。

 鈴木は自動車で逃げようとするが、エンジンがかからず、居合わせた人たちが坂道を押して動かし間一髪で退避した。それから3カ月余り各地を転々ととした。終戦を成し遂げた功労者を、国を撃った反逆者として抹殺しようとする人々がいたからだ。

 いま当時をしのぶよすがは坂道だけだ。

 鈴木は何度もいのちの正念場に遭遇した。海軍軍人として日清、日露戦争に従軍した。

 昭和11年、陸軍の将校が起こした2.26事件の際は、侍従長だった鈴木が、天皇を誤らせる「君側の奸」と目されて4発の銃弾をこめかみなどに受ける。

 鈴木は血の海の中にあった。絶体絶命の窮地を「とどめはやめてください」と自らも銃剣を突き付けられた妻孝が守った。

 信じがたいほどの生命力のためか鈴木は蘇生する。私には終戦の大業を成し遂げるため、生かされたとしか思えない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「軍人は政治に関与すべからず」が信条の77歳が首相に就任したのは天皇のたっての願いだった。その意思はわかっていた。戦いを終わらせるのが己の使命と考えた。

 就任直後「私はもとより老躯を国民諸君の最前列に埋める覚悟で、国政の処理に当たります。諸君もまた、私の屍を踏み越えて・・・・」と語った。

 字面だけを見れば本土決戦を覚悟せよと言っているように見える。

 こんなことがあった。昭和20年5月、疎開先から一時帰京していた鈴木の孫、道子さんは首相官邸を訪ねていた。前庭に真っ赤なバラが咲いていた。戦争を忘れさせる見事さだった。

 この後、学校疎開先の秋田に行く予定だったが、バラを見て「このまま家族と一緒にいたい」だだをこねた。

 手に余った母が祖父に説得させた。

 鈴木は静かに言葉を重ねた。

 「友達と秋田に行きなさい。道子たち若い人は安全な場所で暮らさなくてはいけない。次の時代を築いてもらわなければならないからね」

 優しかった祖父を思い出しながら、道子さんは「日本人が絶滅するような本土決戦など、考えなかった証です」と話す。

 昭和20年11月、鈴木は妻と千葉県関宿町(現野田市)で暮らすようになる。

 先祖代々の地で、「若い人と何かやりたい」という希望があった。当初は東京と行ったり来たりだったが、翌年から定住し、若者たちと農事研究会を作って勉強会を重ねた。

 海軍で欧州留学をした際、農業に関心を持ち、関宿で酪農をできないかと考えた。

 利根川と江戸川に挟まれた河川敷に豊富な牧草地があり、牧草に不足はなかった。

 「農のない国は国家といえない」が口癖だった鈴木は、知り合いの農業専門家らを招き、若者たちに話を聞かせたという。

 若者に日本の未来を築き直してもらう。

 関宿では農業がそのすべてだ。願わくば未来を見届けたい。それが鈴木の願いだった。

 終戦後、「あなたはなぜ自刃しないのか」と詰問されて、「私は死なない」と返した。命を惜しんだのではない。「余生を傾けて真に国家が健全な肉体になって行くまで見守っていくのが自己の責任だと痛感している」からだった。」と教えてくれる

 最後に筆者は、「だが、残された時間は長くはなかった昭和23年4月17日、家族や関宿の住民が観音経を唱える中、鈴木は息を引き取った。

 直前、意識が残る鈴木が最後の言葉を残した。

 2度「永遠の平和」を繰り返した。

 鈴木は日本再建の鍵を「日本国民が嘘をつかぬ国民になることである」と言い残してもいる。

 軍や政治家のウソが、侵略の果ての亡国の引き金となったと考えたのだ。

 いま、日本はその願いを忘れ、逆コースを歩んでいる。政治家、官僚、自衛隊にはウソがはびこり、当事者は恥という言葉と無縁にいる。

 老宰相に健全な国づくりを託された私たちの世代は、彼の願いとあまりにもかけ離れた地平に立っている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「終戦の日の早朝この坂道周辺は歴史の舞台となった。午前5時ごろ、横浜警備第3旅団の大尉が率いる暴徒が襲撃し、住宅に火を放った。標的は鈴木貫太郎首相邸である」とのこと、

 「鈴木は何度も命の正念場に遭遇した。海軍軍人として日清、日露戦争に従軍した。

 「2.26事件」の際は、侍従長だった鈴木が、天皇を誤らせる「君側の奸」と目されて4発の銃弾をこめかみなどに受ける。鈴木は血の海の中にあった。絶体絶命の窮地に「とどめはやめてください」と自らも銃剣を突き付けられた妻の孝が守った」とのこと、

 「「軍人は政治に関与すべからず」の信条の77歳が首相に就任したのは天皇のたっての願いだった。その意思は分かっていた。戦いを終わらせるのが己の使命と考えた」とのこと、

 「終戦後、「あなたはなぜ自刃しないのか」ときつもんされて、「私は死なない」と繰り返した。命を惜しんだのではない。「余生を傾けて真に国家が健全な肉体になって行くまで見守っていくのが自分の責任だと痛感している」からだった」とのこと、

 「死の直前、意識が残る鈴木が最後の言葉をのこした。2度「永遠の平和」と繰り返した」とのこと、

 「鈴木は日本再建の鍵を「日本国民が嘘つかぬ国民になることである」と言いのこしてもいる。

 軍や政治家のウソが、侵略果て亡国の引き金になったと考えたのだ」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 仕事の途中に、なんども関宿の「鈴木貫太郎」の遺跡の前を通った。この記事を読んで、改めて鈴木寛太郎の大きさが分かった気がした。 
 (政治家の)ウソは、亡国の始まり!!

 

 


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by sasakitosio | 2018-06-19 06:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月9日付朝日新聞朝刊15面に、「欧州季評」という欄がある。筆者は、保育士・ブレイディみかこ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「ロンドンで2月3月に起きた殺人件数が、現代史上初めてニューヨークを上回ったことが4月に明らかになった。

 ロイヤルファミリーとアフタヌーンティ―の国の首都が、ニューヨークより治安の悪い都市になったというニュースは、英国のみならず、世界中を驚かせた。

 ロンドン警視庁の発表によれば昨年4月から今年3月までのロンドンの殺人件数は前年比44%増、若者の犯罪件数が約3割増だ。

 銃の発砲事件は23%、ナイフ犯罪は21%上昇した。週末になるとロンドンで10代の少年や20代の若者が刺殺・射殺されたという報道が流れ、「ユースクライム(若者犯罪)」と言う言葉がクローズアップされている。

 ふと思い出すのは、2011年のロンドンの暴動の後で息子の友人のお父さんが言っていた言葉だ。

 長年ロンドンの貧困区で若者支援にかかわるユースワーカーとして働いた彼はこういった。

 「政治が若者支援の予算を削減し続けたら、ロンドンはかってないほど危険な都市になるだろう」

 地方自治体に福祉予算削減で職を失い、ブライトンに引っ越してきた彼は、暴動はそのほんの始まりに過ぎないと予言した。

 11年から17年までの間にロンドンでは88のユースセンターが閉鎖されている。彼もそうしたセンターの一つで働いていた。」と切り出した。

 続けて筆者は。「ユースセンターは、地域の10代の青少年たちが集まって放課後や余暇を過ごせる場所である。

 そこで働く、ユースワーカーたちは、ティ―ンの話し相手となり、問題を抱えた青少年を指導し、学校や福祉課、警察と連絡を取りながら支援していく仕事をする人々だ。

 こうした若者支援サービスの縮小が青少年犯罪の増加に結びついているという声が福祉関係者から上がっている。ティ―ンの日常から、お金がなくても集まって遊べる場所や、親に言えないことを相談できる大人たちの存在が採りあげられているのだ。

 10年以降、公的な若者支援への支出は約3億8千万ポンド削減されており、12年から16年までに閉鎖された全国のユースクラブは603に上る。

それだけではない。11年には、低所得課程の学生を対象とする教育維持補助金が廃止された。10年から14年の間に16歳から19歳の青少年への教育予算は実質で14%削減された。

 また、メンタルヘルスの問題を抱える若者たちが、人員とインフラの不足で機能不全のNHS(国民保健サービス)からしかるべきカウンセリングや治療を受けることが不可能になっているという指標もある。

 ロンドン暴動の発端の地トットナムを選挙区とする国会議員デヴィッド・ラミーは、「暴力とギャング文化の燃料になっているのはドラッグ経済」という。彼は、いまや税制を通じた再配分ではなく、ドラッグの売買を通じて富める層から貧しい層への富の移転が行われていると指摘する。

 富裕な層のコカイン摂取量が増えており、その違法な調達を担っているのが貧困層の若者たちだと彼は言う。

 貧困層の子どもたちが最初はディーラーに運び屋として雇われ、地元ギャングの世界に足を踏み入れていく。

 公営住宅地のギャングの抗争で流される血を、裕福なコカイン購入者はしらない。

 ロンドンの若者犯罪の増加は複雑な要因が絡み合っている。しかし、その背後には「緊縮」の2文字が浮かび上がってくる。

 保守党政権は緊縮財政を進め、財政支出を削減してきた。

 だが、青少年が教育を受けることや、メンタルヘルスの治療を受けることや、余暇を過ごせる安全な場所を与えられることや、専門の知識と経験を持つ大人に相談する機会を得ることを困難にすればするほど、都市の暴力犯罪は増える。

 これは現代の若者たちが理解不能な生き物になっているわけでも、親の養育が急に劣化したわけでもない。

 若者たちへの投資が圧倒的に足りていないのだ。経済政策の欠陥と社会現象の明らかなリンクを精神論や道徳論にすり替えるわけにはいかない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「首都の治安を守る警察もまた、人員削減の一路をたどっている。

 政府は警察の予算削減と暴力犯罪増加に関連性がないと主張してきたが、ロンドン警視庁の警視総監はそのリンクを認める発言をした。

 路上を常時パトロールして不審人物に声掛けし、反社会的行動を取り締まる地域治安維持補助官(PCSO)が、ロンドンで08年から16年までに65%も減らされている。

 市内149カ所にあった警察署や交番も半数以上が閉鎖されて73カ所になった。

 捜査に十分な人材を投入できないために銃犯罪の不起訴率が上がっており、それが犯罪者を助長している可能性があると記された内務省の内部書類もリークされている。

 「若者たちがナイフを持ち歩くのが日常になったのは、警察も、コミュニテイーも自分の安全を守ってくれないと知っているからだ」と前述のユースワーカーは言った。

 10代の凶器を持ち歩くのが日常になれば、取り返しのつかない悲劇が生まれる機会が増える。

 未来を担う若者たちを守れずに、何のための緊縮財政なのか。

 我々はこの悲劇にけっして慣れてはいけない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ロンドン警視庁の発表によれば昨年4月からことし3月までのロンドンの殺人件数は前年比44%増、若者の犯罪件数は3割増だ。銃の発砲事件は23%、ナイフ犯罪は21%上昇した。

 週末になるとロンドンで10代の少年や20代の若者が刺殺・射殺されたという報道が流れ、「ユースクライム(若者犯罪)」という言葉がクローズアップされている」とのこと、

 「11年から17年までの間にロンドンでは88のユースセンターが閉鎖されている」とのこと、

 「ユースセンターは、地域の10代の青少年たちが集まって放課後や余暇を過ごせる場所である」とのこと、

「 10年以降、公的な若者支援への支出は約3億8千万ポンド削減されており、12年から16年までに閉鎖された全国のユースクラブは603に上る」とのこと、

 「11年には、低所得家庭の学生を対象とする教育維持補助金が廃止された。10年から14年の間に16歳から19歳への青少年への教育予算が実質で14%削減された」とのこと、

 「路上を常時パトロールして不審人物に声掛けし、反社会的行動取り締まる地域治安維持補助官(PCSO)が、ロンドンでは08年から16年までに65%も減らされている。市内149カ所にあった警察署や交番も半数以上が閉鎖されて72カ所になった」とのこと、

 等々若者たちへの投資や、社会の安全に対する投資が、ここ数年減らされ続けていることがよく分かった。

 最後に筆者は「未来を担う若者たちを守れずに、何のための緊縮財政なのか。」との指摘は、その通りだと思った。日本は今のロンドンを、反面教師として、若者や子供への投資を国を挙げて実行したいものである。

 

 


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by sasakitosio | 2018-06-19 06:26 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 6月10付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・福島申二氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「鉄の仮面のように嘘と保身の答弁を繰り返す人も、こうなるとどこか同情を誘う。一人で悪役を引き受けた感のある佐川宣寿氏はいま、何を思うのだろう。

 古今東西、悪い行いというものは、世間の耳目を集めることにおいて善行の比ではない。財務官僚としてほぼトップの地位まで上りながら、積み上げてきたものは国民への背信とともに崩れた。

 佐川氏がもし芝居好きなら、その胸に去来するのはシェークスピアの史劇[リチャード2世]かもしれない。

 王位を奪われたリチャード二世は、後釜に座ったヘンリー四世によって幽閉される。一方、王位についたが前王のことを「生きている恐怖」であるという。

 それを聞いた棋士が暗殺の指示と理解したのは、つまり忖度だろう。

 前王を殺して骸をヘンリー王に示した。

 すると王は、なんということをした、となじる。

 騎士が「これを為したのは陛下のお言葉を聞いたからでした」と言うと、前王の死を望んでいたにもかかわらず、王を冷酷に言い放つ。「毒を必要とするものも毒を愛しはせぬ」(小田島雄志訳)

 手を汚したあげく切り捨てられる。古来繰り返されてきた悲哀だ。推察ながら、佐川氏も「総理の御言葉を聞いたからでした」と言いたいところかもしれない。昨年2月、首相が森友問題で「私や妻が関係していたら総理も国会議員も辞める」と気色ばんだ、あの答弁である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「それは、「一連の不正の動機を巡る重大な言葉とされてきた。ところが首相は先月末、その意味について「贈収賄では全くない。そういう文脈において、一切かかわっていないと申し上げている」と国会で述べ、「関係」の語義を犯罪的なかかわりのことだと狭めた。しれっとした言い換えにあきれた人は多かったろう。

 場当たり的な言いつくろいで、もう一つ印象深いものをあげれば、首相は昨年6月、国家戦略特区での獣医学部新設について講演会でこう語った。「今治市だけ限定する必要は全くない。地域に関係なく2校でも3校でも意欲のあるところはどんどん認めていく。速やかに全国展開をめざしたい」

 「加計ありき」特別扱いしたのではないか、という疑惑が日々深まっていたときだ。

 「自分の疑いを晴らすために国の政策を根本的に変えるみたいな、すさまじい話だ」などと野党から批判がわいたのは当然だった。

 加計という木を隠す為に無理やり森を作るような、権力者の放縦と言える発想だろう。

 その加計問題でも首相の生命線のようなキーワードがある。

 計画を初めて知ったのは「去年の1月20日」と述べた国会答弁だ。そして、その「死活的」とも言える日付にあらゆるつじつまを合わせるかのように、側近官僚や加計学園の言いつくろいが次々にわき出してくる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「井上ひさしさんの出世作[手鏡心中]に、「やっぱり・・・茶番は本気に勝てないんだ」という印象的なセリフが出てくる。

 小説の筋立てや文脈は措いて、その言葉を思い出す出来事が最近二つあった。一つはアメリカンフットボールの悪質タックルである。

 悔いて真摯な記者会見にのぞんだ20歳の若者の「本気」は、日大監督らの責任のがれと保身のような茶番会見を、まったくみすぼらしいものにした。

 もう一つは、愛媛県の中村時広知事の加計問題への対処と一連の発言だ。

 「嘘というものは発言した人にとどまることなく、第三者、他人を巻き込んでいく」。

 こうした筋の通った本気の言葉は、「記憶の限り」で逃げ回ってきた首相側近官僚の茶番めいた国会招致の欺瞞を、広く世間に知らしめた。

 首相や麻生太郎財務相言動を見るにつけ、「世間ずれ」ならぬ「権力ずれ」の語が重なるのは筆者だけだろうか。

 テレビを消したくなるような政治を正すには民意の本気を示すほかあるまい。

 支持率を恐れぬ政治家はいないはずである。

 うんざり感が高じるあまり良識が鈍磨して、「こんなものさ」と馴らされてしまう。 それが今いちばん怖い。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「古今東西、悪い行いというものは、世間の耳目を集めることにおいて善行の比ではない。」とのこと、

「 佐川氏がもし芝居好きなら、その胸に去来するのはシェークスピアの史劇「リチャード二世」かもしれない。」とのこと、

 「王位を奪われたリチャード2世は、後釜に座ったヘンリー4世によって幽閉される。一方、王位に就いたが前王の威をおそれるヘンリーは、前王のことを「生きている恐怖」であるという。 それを聞いた棋士が暗殺の指示と理解したのは、つまり忖度だろう。前王を殺して骸をヘンリー王に示した。すると王はなんということをしたと、なじる。」とのこと、

 「井上ひさしさんの出世作[手鏡心中]に、「やはり・・・茶番は本気に勝てないいんだな」という印象的なセリフが出てくる」とのこと、

 「悔いて真摯な記者会見に臨んだ20歳の若者の「本気」は、日大監督らの責任のがれと保身のような茶番会見をまったくみすぼらしいものにした」とのこと、

 「もう一つ、愛媛県の中村時広知事の加計問題への対処と一連の発言だ。「嘘というものは発言した人にとどまることなく、第三者、他人を巻き込んでいく」。こうした筋の通った本気の言葉は、「記憶の限り」で逃げ回ってきた首相側近官僚の茶番めいた国会招致の欺瞞を、広く世の中に知らしめた」とのこと、

 等々を知り、理解することが出来た。

 最後に筆者は、「うんざり感が高じるあまり良識が鈍磨して、「こんなものさ」と馴らされてしまう。それが今はいちばん怖い。」という。その通りだ、と思った。

 

 


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by sasakitosio | 2018-06-15 06:22 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月5日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・原真人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「借りたお金は返さないといけないというのは古今東西、共通のルールだろう。

 政府だって同じ。

 借りたものは必ず返す。

 万一返せなければ財政は破綻し、国民へのサービスが提供できなくなる。

 政治家にとってそんなことは常識中の常識だ。

 もちろん現実は理想通りにはいかない。

 増税や歳出削減は不人気政策なので、借金財政の改善はいつも先送りされがちだった。

 それでも「財政再建」の旗が下ろされることなど、ありえなかった。

 持続可能な財政は国家運営の要だからだ。

 ところが最近はそうも言えなくなってきた。」

と切り出した。

 続けて筆者は、「自民党の「日本の未来を考える勉強会」の若手議員34人が5月初めに発表した提言はちょっと驚きだった。

 消費増税の当面の凍結、当初予算3~4%ずつの拡充、政府が設ける基礎的財政収支の黒字化の目標撤廃・・・。再建努力そのものを否定するような項目が並ぶ。

 行政コストは必ず税収で賄わなければならないという考え方がそもそもまちがい」と会の呼びかけ人代表・安藤裕衆院議員。「政府は税と国債という二つの収入をその時々で使い分ければいい。それでも財政破綻は起きない」と言い切る。

 健全財政を否定する世代の政治家たち。その数がこれほど増えていることに危機感を抱いたのは私だけではなかった。

 長く経済施策ウオッチしてきたみずほ証券の上野泰也氏は「自民党若手の間でここまで財政規律が緩んだのは衝撃的」と話す。

 「日本銀行の大規模な国債買い入れで市場の警告機能は完全に失われている。政治でも財政規律が失われれば、これまでと全く別の日本になってしまうのではないか」
 そのムードをつくっているのはおそらく安倍政権そのものだ。消費税を2回延期。来年実施の増税で3回目の延期さえ疑われる。」と指摘した。

 最期に筆者は、「政府が今月まとめる骨太の方針では、黒字化の目標時期を2025年度まで5年先送りする。これでは団塊の世代が後期高齢者になり始める22年より前に財政をあるていど立て直す、という当初の狙いが意味をなくしてしまう。各国が基準としている財政収支と違って、日本だけが採用する基礎的財政収支はかなり甘い目標だ。巨額の借金返済や利払い費が切り離されている。

 おまけに新目標でも高成長がずっと続く超楽観的シナリオだ。

 もはや、安倍政権には財政規律に真剣に取り組む気などないのではないか。

 再建に努力する、という「あるべき論」が政治の世界でこれほどないがしろにされたことはない。

 これは国家にとって一種の危機である。

 政権が憲法改正を目指すというなら、まず財政規律条項の創設から検討してほしい。安全保障はもちろん大事だが、安保を支えるのは財政であり、財政で国家が滅ぶことだってあるのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「自民党の「未来を考える勉強会」の若手議員34人が5月は初めに発表した提言はちょっと驚きだった。」とのこと、

 「「行政コストは必ず税収で賄わなければならないという考え方がそもそも間違い」と会の呼びかけ人代表・安藤裕衆議院議員。

 「政府は税金と国債という二つの収入をその時々で使え分ければいい、それでも財政破綻は起きないといい」と言い切る」とのこと、

 「長く経済政策をウオッチしてきたみずほ証券の上野泰也氏は「自民党若手の間でここまで財政規律が緩んだの衝撃的」と話す。

 「日本銀行の大規模な国債買入れで市場の警告機能は完全に失われている。政治も財政規律が失われれば、これまでと全く別の日本意なってしまうのではないか」」とのこと、

 「政府が今月まとめる骨太の方針では、黒字化の目標時期を2025年度までの5年先おくりする」とのこと、

 「もはや安倍政権には財政再建に真剣に取り組む気などないのではないか」との指摘、

 等々を知ることが出来た。

 筆者は、「これは国家にとって一種の危機である。」「政権が憲法改正を目指すというなら、まず財政規律条項の創設から検討してほしい」との提案、

 「安全保障はもちろん大事だが、安保を支えるのも財政であり、財政で国家が滅ぶことだってあるのだ」と警告している。

 むかし軍部、いま自民党が日本国家と日本国民をを滅びの道に、国民を導いているのだろうか?
 老人から若手まで、財政規律を軽んじてている自民党は、内部からの改革か、外部から粉砕をしないと、いけないと思った。
 たしかに、資質によって選挙で当選するわけではない「今の選挙制度」に根本的な問題があると思うが、事態がここまで来ると、どこから手を付けたらいいのだろうか?  
 ただ、AIの登場で、間接民主主義で代表を選ぶシステムから、案件を直接国民が選択する直接民主主義が可能になるかもしれない。そうするには憲法を改正して、国会を廃止、国民投票で国家の意思を決定し実行し、責任の所在の明確化を図る等の「新しいシステム」づくりが必要だが。 

 


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by sasakitosio | 2018-06-08 06:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 6月2日付朝日新聞朝刊15面に、「クルーグマン コラム」という欄がある。

 筆者は、米ニューヨーク州立大学教授で2008年ノーベル経済学賞受賞・Paul Krugman氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「人びとがあまねく不足ない生活を送ることができる社会という理想像。

 そんな人道主義の夢が最も実現に近づいたのは、何時の時代の、どこの場所だろうか。

 それはきっと、第二次世界大戦が終わってから60年間の西欧だろう。独裁や虐殺、戦争によって荒廃した大陸が民主主義と広範な繁栄の手本へと姿を変えた。

 それは歴史に残る奇跡の一つだった。

 今世紀初頭まで、欧州の人々はさまざまな面で米国人より暮らし向きが良かった。

 皆保険制度があり、それに伴って平均寿命も長かった。貧困率はずっと低く、実際働き盛りの時期の実入りのいい仕事に付ける可能性も米国人よりも高かった。

 しかし今、欧州は大きな困難に陥っている。言うまでもないが米国も同じだ。とりわけ、大西洋を挟んで両岸の民主主義が苦しい状況にあり、もし自由の崩壊が起こるとすれば、おそらく米国が先になるだろう。

 それでも我々が抱えるトランプ大統領の悪夢からいったん離れて、欧州の苦悩に目を向ける価値はある。全てではないが、我々の苦悩と重なる部分もある。

 欧州が抱える問題の多くは、単一通貨の導入という、一世代前のひどい決定に端をはしている。ユーロの誕生によって、一時的に高揚感がたかまり、スペインやギリシャといった国々に巨額のお金が流れ込んだ。そして、バブル崩壊、自国通貨を維持していたアイスランドのような国々が通貨を切り下げて早々に競争力を回復した一方、ユーロ圏の国々は支出を抑えるのに苦労するなか、不況は長引き、失業率は極めて高くなった。

 この不況を悪化させたのは、欧州の問題の根本的原因が支出調整の誤りではなくて財政の浪費にあるとし、厳しい緊縮財政で解決しようとしたエリート層の見解だった。緊縮財政が状況をさらに悪化させたのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ユーロ危機の犠牲となった国々のうち、スペインの様になんとか競争力を取り戻すことが出来た国もある。ギリシャは今も災難の渦中にある。

 欧州連合(EU)に残る三大経済圏の一つイタリアは、今まさに「失われた20年」のただ中にいる。一人当たりの国民総生産(GDP)は2000年の水準には及ばない現状だ。

 だから、今年3月イタリアで行われた総選挙で、反EUを掲げるポピュリスト政党「五つ星運動」と極右政党「同盟」が大勝したことは、それほど驚くようなことではない。むしろ、それがもっと早く起きなかったことの方が不思議なくらいだ。

 これらの政党による連立政権がどんな政策を取るかはまだ定かではないが、さまざまな面で他の欧州諸国とは別の道を進む内容が含まれるのは間違いない。

 財政の引き締め緩和からユーロ圏離脱に至る可能性は大いにあるし、移民や難民の締め出しも強まるだろう。

 どのような結果を迎えるかは誰にもわからないが、欧州の他国の事情をみると、いくつかの恐ろしい先例がある。

 ハンガリーは事実上、一党独裁国家となり、民族主義的イデオロギーに支配されている。

 ポーランドも同じような道を進んでいるようだ。

 より緊密な経済と政治の統合を土台として、平和と民主主義、そして繁栄をめざした「欧州計画」。

 その長い取り組みの何が失敗だったのだろうか。

 すでに述べたように、単一通貨ユーロという大変な誤りによるところは大きい。

 ただ、一度もユーロ圏に加わらず、ほぼ無傷で経済的危機を乗り越えたポーランドも、同じように民主主義が崩壊しつつある。」と指摘した。

 最後に筆者は、「失敗の背後には、さらに根深い話が潜んでいるのではないか。欧州には常に闇の勢力が存在している(米国にも存在する)。

 ベルリンの壁が崩壊した時、知り合いの政治学者がこんな冗談を言った。 

「これで東欧諸国は共産主義などとなじみのないイデオロギーから解放されて、ファシズムという本来の道に戻ることが出来る」

 この闇の勢力を抑え込んでいたのは、民主主義の価値観に専心する欧州エリート層の威信だった。

 だが、その威信はずさんな管理運営によって失われてしまった。

 起きていることに向き合おうとしなかったことで、傷はさらに深まった。

 ハンガリー政府は、EUを標榜するあらゆることに背を向けているにもかかわらず、いまだにEUから多額の援助を受けている。

 私はここにこそ、米国の事情との類似点がみられると思っている。

 確かに、米国はユーロに起因するような災難に見舞われていない(全米共通の通貨はあるが、連邦政府が管理する財政機関と金融機関があり、共通通貨を機能させている)。

 だが、米国の「中道派」エリートの判断の誤りは欧州のそれに匹敵する。2010年から11年にかけて米国が大量失業にあえいでいたころ、ワシントンの「大真面目な人たち」の大半は社会保障制度改革のことで頭がいっぱいだったことを思い出してほしい。

 一方で米国の中道派は、多くの報道機関と一緒になって、共和党の急進化を何年も否定し続け、ほとんど病的なあしきバランス主義にはまり込んでいた。

 そして今、米国は、ハンガリーの与党に負けず劣らず、民主的な規範や法の支配をほとんど尊重しない政党によって統治されている。

 要するに、欧州の失敗は、奥深いところで米国に失敗と同じだということだ。

 そして、どちらの状況も、回復への道のりは非常に難しいだろう。(2018THE NEW YORK TIMES) (NYKタイムズ、5.22日付 抄訳)」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今世紀の初頭まで、欧州の人々はさまざまな面で米国より暮らし向きがよかった。皆保険制度があり、それに伴って平均寿命も長かった。貧困率はずっと低く、実際、働き盛りの時期に実入りのいい仕事を見つける可能性が米国人よりたかった。」とのこと、

 「大西洋をはさんだ両岸で民主主義が苦しい状況にあり、文字自由の崩壊が起こるとすれば、おそらく米国が先になるだろう」とのこと、

 「ユーロ圏の国々は支出を抑えるのに苦労する中、不況は長引き、失業率は極めてた。

 この不況を悪化させたのは、欧州の問題の根本的問題が支出調整の誤りでなく財政の浪費にあるとし、厳しい緊縮財政で解決しようとしたエリート層の見解だった。緊縮財政が状況をさらに悪化させたのだ」との指摘、

 「欧州の他国の事情を見ると、いくつかの恐ろしい先例がある。ハンガリーは事実上、一党独裁国家となり、民族主義的イデオロギーに支配されている。ポーランドも同じ道をっ進んでいるようだ」とのこと、

 「欧州には常に闇の勢力が存在している(米国にも存在する)。」とのこと、

 「この闇の勢力を抑え込んでいたのは、民主主義の価値観に専心する欧州のエリート層の威信だった。だがその威信はずさんな管理運営によって失われてしまった。」とのこと、

 「ハンガリー政府は、EUが標榜するあらゆることに背を向けているにもかかわらず、いまだにEUの多額の援助を受けている」とのこと、

 「2010年から11年にかけて米国が大量失業にあえいでいたいたころ、ワシントンの「大まじめな人たち」の大半は社会保障制度改革のことで頭がいっぱいだったことを思い出してほしい」とのこと、

 「米国の中道派は、多くの報道機関と一緒になって、共和党の急進化を何年でも否定し続け、ほとんど病的なあしきバランス主義にはまり込んでいた。そして今、米国は、ハンガリーの与党に負けず劣らず、民主的や規範や法に支配をほとんど尊重しない政党によって統治されている」との指摘、

 等々を知ることが出来た。

 アメリカもハンガリーも、民主的な規範や法の支配をほとんど尊重しない政党によって統治されている、との指摘は、驚きだった。

 日本の政治が見倣うべきは、アメリカの民衆主義であり、イギリスの議員内閣制と等々ではないかと思っていた。

 筆者の指摘のようだと、欧州もアメリカも日本も、ロシアや中国は論外として、民主主義・立憲主義・法治主義の危機的状態が、同時進行中だということなのだろうか?

 しかも、筆者は回復の道のりは非常に厳しいだろうと、指摘した。どんなに厳しくとも、われわれには、人類の平和的生存をかけた闘争には、勝利以外の道はない。

 


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by sasakitosio | 2018-06-06 06:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 5月24日付朝日新聞朝刊30面に、「文化・文芸」欄があり、中で、「寄稿・山室信一」が目に入った。筆者は、京都大学名誉教授・山室信一氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「真理が我らを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与ことを使命」として開館された国立国会図書館が、6月に70周年を迎える。

 国立国会図書館は、その名に示されているように国立図書館と国会図書館という二重の業務を果たしている。

 国立図書館としては国内で出版された総べての刊行物を収集・保存する唯一の納本図書館であり、それを国民に自由に利用させる責務を負っている。

 また、国会図書館としては、国権の最高機関である国会の立法を補佐するために「調査及び立法調査局」などを置く情報収集・調査機関でもある。

 ただ、東京の本館や京都にある関西館に来館できる人以外は利用されていないかもしれない。

 しかし、現在は非来館型サービスが拡充し、著作権が切れた著作物については電子資料化されて自宅でも閲覧できる。

 また、登録しておけば遠隔複写サービスも受けられる。レファレンス共同データベースなどを使って全国の図書館などを活用できるナショナル・センターとしても機能している、」と切り出した。

 続けて筆者は、「さて国会図書館はアメリカの議会図書館を参考に設立されたが、国際子ども図書館のほか司法・行政各部門に支部図書館を置く世界的に特異な機構となっている。

 この制度を構想した当時の参議院議員・羽仁五郎は「政府官僚の資料すべて、鉛筆やペンで書いた下書きまでとは言わないが、ガリ版なりなんなりおよそ印刷したものは、すべて主権在民の人民の選挙した代表である国会議員が徹底的に調査することが出来るように、政府各省の行政官庁の資料室を、すべて国会図書館の分館とする」と考えたという。

 すなわち、政策決定に関する全資料を国会図書館に集めて国民に公開していくアーカイブズの機能を持たせようとしたのである。こうした発想は、国民が国政情報から隔離され、誤った情報操作に踊らされたことが戦争の惨害を招いたという猛省から生まれたものであった。

 正しい政策決定をするためには、国会図書館が公的機関の作成した資料をすべて集めて国民に知らせる「情報省」的な機能を持つ必要がある。

 主権者が正しい情報を知ること、それこそが民主主義の大前提となる。冒頭に掲げた国立国会図書館法の前文は、その精神を示したものである。

 ただ本来、刊行物を扱う図書館と、公務で作成された文書群を整理・保存する技術を要する公文書館とは違った機能を持っており、できる限り早く国立公文書館を作る必要があった。

 だが、それが設立されたのは1971年であり、年金記録紛失などの杜撰な扱いが問題となって「公文書等の管理に関する法律」が施行されたのは2011年だった。

しかし、公文書管理法が施行されても改ざんや隠蔽は後を絶たず、国民の知る権利は妨げられ、国会も虚偽の資料や答弁で機能不全に陥っている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「それではなぜ、公文書がこれほど粗雑に扱われるのか。

 端的に言えば、国会議員も国民も公文書管理に無関心だったからである。

 国立公文書館設立に至るまでに幾度も歴史研究団体から要望書が出されたが、文書官に収められる公文書を用済みの古文書と考えられて軽視してきた。

 さらに言えば、国会で成立する法案の9割前後を行政官僚が作成しているように、国会議員が立法のプロとして活動してこなかったからである。

 国会議員が自ら法律を立案しようとすれば、先例や立法事実を知るために公文書の管理がいかに重要かは理解できたはずだ。

 もちろん、早急な対策としては公文書改ざんができない「ブロックチェーン」などの技術導入が不可欠となる。

 しかし、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」であるはずの公文書管理の重要性を国会や国民が認識し、国会図書館と公文書館が収集した資料を元に議員立法が活性化しない限り、「真理がわれらを自由にする」日は訪れないであろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「国立国家図書館が、6月で70周年を迎える」とのこと、

 「国立国会図書館は、その名に示されているように国立図書館と国会図書館という二重の業務を果たしている」とのこと、

 「国立図書館としては国内で出版されたすべての刊行物を収集・保存する唯一の納本図書館であり、それを国民に自由に利用させる責務を負っている」とのこと、

 「国会図書館としては、国権の最高機関である国旗遭の立法を補佐するために「調査及び立法考査局」などを置く情報収集・調査機関でもある」とのこと、

 「現在は非来館型サービスが拡充し、著作権が切れた著作物について電子資料化されて自宅でも閲覧できる」とのこと、

 「国会図書館はアメリカの議会図書館を参考に設立されたが、国際子ども図書館のほか司法・行政各部門に支部図書館を置く世界的に特異な機構となっている」とのこと、

 「この制度を構想した当時の参議院議員・羽仁五郎は「政府関係の資料をすべて、鉛筆やペンで書いた下書きまでとは言わないが、ガリ版ないりなんなりおよそ印刷したものは、すべて主権在民の人民の選挙した代表である国会議員が徹底的に調査できるように、政府各省の行政官庁の資料室を、すべて国会図書館の分館とする」と考えたという」とのこと、

 「本来、刊行物を扱う図書館と、公務で作成された文書群を整理・保存する技術を要する公文書館とは違った機能を持っており、できる限り早く国立公文書館を作り必要があった。だが、それが設立されたのは1971年である」とのこと、

 「公文書等の管理に関する法律」が施行されたのは2011年だった。しかし、公文書管理法が施行されても改ざんや隠蔽は後を絶たず、国民の知る権利は妨げられ、国会も虚偽の資料や答弁で機能不全に陥っている」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 まず思ったことは、歴史的に国民の「宝」になるような「出版」が出来、それを国会図書館に納本出来たらこの上なく「幸せ」だろうなあ、と思った。

 また、ゴミみたいな「出版物」でも、収集・保存しなければならないとしたら、職員の皆さんにはご苦労をかけるなあ、と思った。

しかし、そのときゴミと思われた「出版物」も、時間と共に「宝」に変身することもあるかも知れないが?

 


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by sasakitosio | 2018-05-29 15:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback

5月23日付朝日新聞朝刊社説に、政府の社会保障推計のことが載った。

 今日はこの社説を、学習することにした。

 まず社説は、「年金、医療、介護などの社会保障給付費が2040年度に今の1.6倍の190兆円に達し、国内総生産(GDP)に対する比率は24%まで上昇する。

 政府がそんな推計を出した。

 消費増税を決めた12年の「税と社会保障の一体改革」の際に、団塊の世代が全て75歳以上になる25年までの社会保障の姿を示したが、その先は展望してこなかった。

 実は65歳以上の人口は25年度以降も増え、現役世代は減る。消費税率を10%まで引き上げれば制度はもう安心、という状況ではない。

 今回の推計は、厳しい現実を直視する一歩だ。

 社会保障の給付と負担の在り方の再構築につなげなければならない。」と切り出した。

 続けて社説は、「高齢人口がピークを迎える40年代に向けた「ポスト一体改革」の議論の必要性は、以前から指摘されていた。ところが安倍首相の2度にわたる消費増税延期で、「消費税を10%にするのが先決」と封印されてきた。

 今度の推計は、そうした議論の出発点になり得る。

だが、来年の統一地方選、参院選をにらみ、与党内には負担増を口にするのを避ける空気が広がる。近く決定する骨太の方針にも、新たな税制再建目標のもとで社会保障費をどの程度抑えるのか、具体的な数値目標は書き込まない方向という。

社会保障の改革は中長期のテーマだとして、またも議論を先送りする口実に、今回の推計が使われるようなことがあってはならない。」と指摘した。

 さらに続けて社説は、「今回示された給付費は、今の制度や、医療・介護の計画のもとに割り出したものだ。これを賄うために税金や保険料の負担を増やすのか、それとも給付の伸びをもっと抑える方策を考えるのか。検討が必要だ。

 医療や介護の改革では、原則1割になっている75歳以上の医療費や介護保険の利用者者負担を2割に引き上げる。

 軽度の医療や要介護度の軽い人向けのサービスを保険の対象から外すなどの改革が、すでに政府の審議会などで取りざたされている。

 実際にどこまで踏み込むのか。それによって税金や保険料の負担はどう変わるのか。負担と給付の全体像、選択肢をわかりやすく示すことが不可欠だ。」と指摘した。

 最後に社説は、「推計は、医療・介護現場の深刻な担い手不足も浮き彫りにした。人材確保のための処遇改善にも財源が必要だ。制度を支える働き手を増やすため、高齢者や女性が働きやすい環境を整える方策も進めねばならない。

 合意の形成には時間がかかる。社会保障の議論から逃げている余裕はない・」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「実は65歳以上の人口は25年度以降も増え、現役世代は減る。消費税率を10%まで引き上げれば制度はもう安心、という状況ではない」とのこと、

 「医療や介護の改革では、原則1割になっている75歳以上の医療費や介護保険の利用者負担を2割に引き上げる、軽度の医療や要介護度の軽い人向けのサービスを保険の対象から外すなどの改革が、すでに政府の審議会などで取りざたされている」とのこと、

 「推計は、医療・介護現場の深刻な担い手不足も浮き彫りにした。人材確保のための処遇改善にも財源が必要だ」とのこと、 等々を知ることが出来た。

 そして、考えた。「①医療と介護を同じ保険で対応できないか②給付に存在する制限をなくすことが出来ないか③社会保障を考えるとき、まず公平な給付の確保を考えて、それを賄う公平な負担を考える」、ということにならないかと。

 社会保障は、国民の究極の安全保障ということに、ならないかと。社会保障は、最大の国家目標ではないのかと。


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by sasakitosio | 2018-05-25 06:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback