憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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冷戦終結30年 民主主義の迷走<平成元年は冷戦終結の年と重なった!自由と民主主義が地球を覆う時代が来たはっずだった!?冷戦後の世界の動揺に収まる気配はなく、むしろ深刻化がつづきそうだ?>

1月13日付朝日新聞朝刊3面に。「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「1989年、平成元年は冷戦終結の年と重なった。自由と民主主義が地球を覆う時代がきたはずだった。でも、本当は何の始まりだったのか。

 まだ東独だったライプチヒで、その年10月から独裁政権に挑戦し民主化を求める市民たちが毎週月曜日に街頭行動を繰り広げた。

 参加者は50万人にまで膨れ上がり、11月ベルリンの壁を崩す原動力となった。

 翌年3月12日、その最終回を取材に行った。

 歴史的な運動「月曜デモ」はしかし無残に変容した。 広場には西独の国旗が林立。スキンヘッド少年たちが「ドイツ文化を守れ、外国人は出て行け」と叫ぶ。ネオ・ナチの機関紙を売り、市民グループのチラシを焼いて気勢を上げる。

 視界に入った東西統一が排他的な気分をあおっていた。

 壁の崩壊で向こう側の消費社会の輝きを目の当たりにした市民の衝撃も大きかった。日本から来た私さえ、東から西に移ると街の明るさに目がくらんだ。

 一刻も早くあちらの世界の住人になりたいーーー。

 熱をおびたナショナリズムと消費社会への押さえがたい渇望。思いは民主化よりもそちらに駈け出した。最初にデモを主導した活動家たちは「人々は変わってしまった」と嘆いた。

 同じころ、東独に西から市場経済も入り始め、ないはずの「失業」という苦境に陥る市民が急に増えた。支援団体を訪ねると、「ヒトラーのような強い指導者」や極左組織「西独赤軍」への期待をにじませる失業者らの手紙を見せられた。

 壁が崩れて数カ月。早くも「民主化」は迷走を始めていた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「旧共産圏のほとんどの国で、市民の過半数が民主主義はうまく機能しないと考えている」。パリのシンクタンク「政治刷新のための研究基金」の報告書「民主主義はどこへ?」はそう指摘する。

 欧州と米国の26カ国で約2万2千人を対象にした2017年の世論調査の結果だ。調査によると、こうした国々では「議会や選挙に煩わせられることのない強い指導者」による統治を「よい考え」だと答える人も多い。

ブルガリアやチェコ、ルーマニアなどでは半数を超える。

 近年、東欧諸国で強権的政治家の登場を促した人々の意識がそこにうかがえる。

 東欧諸国だけの現象ではない。調査データは、ほかの国々でも民主主義を支えてきた制度が軒並み信頼を失っていることを示している。

 とりわけ代議制への視線は厳しい。

 欧州連合の市民の6割が「議会」を信頼しないと答え、「政党」は信頼する人が2割に満たない。

特に若者や社会的弱者に不信感が強い。

 基金代表であるパリ政治学院のドミニク・レニエ教授は、冷戦終結で民主主義が、政治の選択肢としての競合相手をなくしたこと、グローバル化が民主主義の土台である国民国家を弱体化しているなどを理由に挙げる。「社会を豊かにすることでも富を分配することことでも、民主主義体制は成果を出せなくなった」」と指摘した。

 最後に筆者は、「人々は選挙の意味を見失いつつある。民主主義を支えてきた諸制度への不信感。その病理から日本も免れてない。

 日本のシンクタンク「言論NPO」が昨年、全国で実施した世論調査によると、「政党」を信頼しないと答えた人が66.3%、「国会」も61.9%だった。

 「政党に問題解決を期待できるか」と問われ「できる」と答えた人は2割に満たなかった。これらに次いで「政府・や「メディア」「首相」も高い不信感を突き付けられている。

 また、民主主義が「好ましい」かどうかという問いに「国民が満足する統治のあり方こそが需要であり、民主主義かどうかはどうでもいい」という回答が32.2%で「好ましい」と拮抗した。

 この30年間、民主主義への信頼感がに西から東へ広がるより、不信感が東から西へ感染していったかのようにさえ見える。

 平成と共に始まったのは、民主主義の興隆だったのか凋落だったのか。冷戦後の世界の動揺に収まる気配はなく、むしろ深刻化が続くそうだ。

 平成の終わりは新しい時代の始まりを意味しない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「まだ東独だったライプチヒで、その年の10月から独裁政権に挑戦し民主化を求める市民たちが、毎週月曜日に街頭行動を繰り広げた。参加者は50万人にまでふくれあがり、11月にベルリンの壁を崩す原動力となった」とのこと、

 「熱を帯びたナショナリズムと消費社会への押さえがたい渇望。思いは民主化よりもそちらに駈け出した。最初にデモを主導した活動家たちは「人々は変わってしまった」と嘆いた」とのこと、

 「同じころ東独に西から市場経済も入り始め、ないはずの「失業」という苦境に陥る市民が急に増えた。」とのこと、

 「旧共産圏のほとんどの国で、市民の過半数が民主主義はうまく機能しないと考えている」。パリのシンクタンク「政治刷新のための研究基金」の報告書「民主主義はどこへ?」はそう指摘する」とのこと、

 「基金代表であるパリ政治学院のドミニク・レニエ教授は、冷戦終結で民主主義が、政府の選択肢としての競合相手をなくしたこと、グローバル化が民主主義の土台である国民国家を弱体化ししているなどを理由に挙げる」とのこと、

 「日本のシンクタンク「言論NPO」だ昨年。全国で実施した世論調査によると、「政党」を信頼しないと答えた人が66.3%。「国会」も61.9%だった」とのこと、

 「「政党に問題解決を期待できるか」と問われ、出来ると答えた人は2割に満たなかった。これらに次いで「政府」や「メディア」「首相」も高い不信感を突き付けられている」とのこと、

 「また、民主主義が「好ましい」かどうかとう問いに「国民が満足する統治あり方こそが重要であり、民主主義であるかどうかはどうでもいい」という回答が32.2%で「好ましいと拮抗した」とのこと、

 等々を知ることができた。

 冷戦後の比較的長く続いた平和な時代が、国民総体の知的レベルのアップをが起こし、反面支配階層の固定化が進み、社会的地位の自然な流動化と国民間の知的レベルの均質性を前提とした「民主主義」の宿命的な機能不全が生じているのかもしれない、と思った。

 平成の終わりは、ポスト民主主義か、民主主義の進化か、いずれにしても今のままでは済みそうもない、事だけは確かだ。

 


by sasakitosio | 2019-01-19 05:50 | 朝日新聞を読んで | Trackback

1月11日付朝日新聞朝刊15面に、「異論のすすめ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「4月で平成も終わる。この30年を一言で特徴づけるのは無謀なことと承知しつつ、あえて言えば、平成とは「改革狂の時代」だったといいたい。

 元号が昭和から平成に替わったころ、私は在外研究で英国に滞在していた。日本経済はまだ「向かうところ敵なし」の状態で、英国経済の再生の実感はなく、サッチャー首相の評判はすこぶる悪かった。

 ちょうどそのころ、社会主義国から西側への「脱出」が始まり、ベルリンの壁の崩壊という歴史的大事件がもっぱらの関心事であった。

 日本人の研究者やビジネスマンたちが集うとよく日英比較論になった。ほとんどのビジネスマンは、日本経済の盤石さを強調し、この世界史の大混乱の中で、経済は日本の一人勝ちになると言っていた。

 だが、私はかなり違う感想を持っていた。

 日本経済がほとんど一人勝ちに見え、日本人がさして根拠のない自信を過剰になる、そのことこそが日本を凋落させる、と思っていた。

 賛同してくれる人もいたが、あくまで少数派であった。

 確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分実感できた 確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分実感できた。

 しかし、その不便さを楽しむように、平穏な日常生活や、ささやかな社交の時間を守ろうというこの国の人の忍耐強い習慣や自信に、私は強印象を受けたいた。

 一方、にわか仕込みの金満家となった日本人はといえば、ヨーロッパの町々で大挙してブランド店に押し寄せ、かの地の人々の失笑を買っていた。

 確かに英国の中産階級の若い者など、ほとんどブランド店に関心を持たず質素な生活をしていた。

 しかし、私には、仲間が集まっても、ほとんど狭い専門研究の話か仕事の話しかしない日本の研究者やビジネスマンよりも、この世界史的な大変化の時代にあって、英国はどうゆう役割を果たすのか、といったことがらに、それなりの意見を持っている英国の「ふつう」の人々に、なにかこの国の目に見えない底力のようなものを感じていたのである。

 そして帰国したころにバブルは崩壊し、経済は急激に失調するとともに日本人はまったく自信喪失状態になった。

 そうなると、我々はすぐ「外国の識者」の助言を聞きたがる。また無責任に口を出してくる、(大半が)米国の知識人がおり、それを重宝がる日本のメディアがある。

 何が日本をこうさせたのか、という悪者探しが始まる。こうなれば「問題」は次々と出てくる。

 かくて官僚システム、行政規制、公共事業、古い自民党、既得権益者、郵政事業、日本型経営、銀行などが次々とやり玉に挙げられ、「改革」へとなだれ込んだ。

 やがて「改革なくして成長なし」と言われ、日本経済の低迷の理由はすべて改革の遅れにある、という言説が支配する。

 驚くべきことに30年たっても同じことが続いているのだ。まさしく「改革狂の時代」というほかはないだろう。」と指摘した。

 さらに続けて筆者は、「日本の元号の変わり目が世界史の大転換と符合するなどということはめったに生じるものではないが、平成の幕開けは、世界的に冷戦の終結と重なっていた。

 つまり、平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代であった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大改革が不可欠だと唱えた。

 冷戦以降の世界は何かと言えば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。

 それはまた、冷戦以降を見すえた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権戦略でもあった。

 だから、日本の「改革」とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる。

 それで、その結果はどうなったのか。

 平成が終わろうというこの時点で見れば、これらはことごとく失敗に終わったというほかない。

 情報・金融中心のグローバル化は、リーマン・ショックに見られる極めて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。

 また、グローバルリズムは激しい国家間競争を生み出した。その帰結が中国の台頭と米中の「新たな冷戦」である。

 自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立をうみ、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。

 冷静終結の産物であるEUは、いまや危機状況にある。
ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない。みしろいかに歯止めをかけるかが問題になりつつある。」と指摘した。

 最後に筆者は、「これが冷戦以降の30年の世界の現実であろう。日本はといえば、政治改革が目指した二大政党制も小選挙区制もマニュフェストもほぼ失敗し、行政改革が官僚システムを立て直したとは思われず、経済構造改革にもかかわらず、この30年は経済停滞とデフレに陥ってきた。

 大学改革も教育改革もほとんど意味があったとは思われない。

 米国への追従とグローバリズムへの適応を目指す「改革」はおおよそ失敗したのである。

 「改革狂」の平成時代は一つの過渡期であった、と考えるべきあろう。

 「改革」が目指すべきものはわれわれ自身の価値観と共に生み出されなければならないのであり、平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずなのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代であった。そして、改革論は、冷戦以降世界状況への対応の時代でもあった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大変革が不可欠だと唱えた。」とのこと、

 「冷戦以降の世界は何かと言えば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。これはまた冷戦以降を見すえた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権的戦略でもあった」とのこと、

 「だから日本の「改革」とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる」とのこと、

 「情報・金融中心のグローバル化は、リーマン・ショックに見られる極めて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。」とのこと、

 「また、グローバリズムは、はげしい国家間競争を生み出した。その帰結が、中国の台頭と米中の「新たな冷戦」である」とのこと、

 「自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立を生み、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。」とのこと、

 「冷戦終結の産物であるEUは、いまや危機的状況にある。」とのこと、

 「ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない」とのこと、 

 「日本はといえば、政治改革が目指した二大政党制も小選挙区もマニフェストもほぼ失敗し、行政改革が官僚システムを立て直したとは思われず、経済構造改革にもかかわらず、この30年は経済停滞とデフレに陥ってきた」とのこと、

 「米国への追従とグローバリズムへの適応を目指す「改革」はおおよそ失敗したのである。「改革狂」の平成時代は一つの過渡期であったと、考えるべきだろう。」とのこと、

 等々を教えてもらった。指摘のひとつひとつが、的を得ていると思った。

 そして筆者は、「「改革」が目指すべきものは、我々自身の価値観とともに生み出さなければならないのであり、平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずなのだ。」とも教えてくれる。

 そこで言われている「我々自身の価値観」ってなんだろう、「われわれの自前の国家像と社会イメージ」ってなんだろう?

 それらは、どこにあるのだろうか?どこから来るのだろうか?

 それらの発見と、それらの創造と、世界への拡散を、日本の有識者が担えるといいなあ、と思っている。

 また、1945年の終戦以降日本は平和憲法のもと、軍事への出費を押さえ、戦争による人命喪失もなく、敗戦国が経済大国にもなった。

 世界各国の中で、これほど素晴らしい環境に恵まれた国と国民は、稀有ではないか。

 だとすれば、日本から日本人から、世界を救う「思想」が生まれても不思議ではないのかもしれない、とも思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


by sasakitosio | 2019-01-13 16:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 (2018年)11月29日付朝日新聞朝刊17面に、「明日を探る 国際」の欄がある。

 筆者は、北大教授・遠藤乾氏だ。

今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「米外交問題評議会会長のリチャード・ハース氏は「リベラル世界秩序よ、安らかに眠れ」と墓標を立てて見せた。 昨春のことである。そうしたなか、沈みゆくリベラルな秩序を日本が支えるべし。そんな声が内外で聞かれる。 」と切り出した。

 続けて筆者は、「たしかに、19世紀以来ヘゲモニーを握ってきた英米において、欧州連合(EU)離脱が決まり、トランプ大統領が登場してからこの方、みるからに政治が劣化し、内向きになった。

 人種主義的な暴力事件は増え、国内政治の分断が激しい。それに伴い、国際協調、多国間主義を担う勢力が大幅に後退した。なによりもアメリカがその自壊を主導しているのが大きい。

 その一方で、中国などの権威主義国が興隆しつつある。

 もしかすると、過去の2世紀は、たまたま自由や民主を標榜する国と生産力の配置がおおむね重複していた特殊な時代だったのかもしれない。

 いずれにせよ、結果として、自由、民主、人種、法の支配といったリベラルな価値が世界中で脅かされている。

 見わたせば、そうした価値を標榜し、担う力のある国は、もはやそう多くない。

 欧州、豪州のほかに、日本が挙げられるのも不思議ではない。戦後70余年、曲がりなりにも自由民主主義を実践してきた歴史があるからだ。

 リベラルな世界秩序についていくつもの論考を著したジョン・アイケンベリー氏は、アメリカでトランプ氏が政権について以降、日独などがそれを主導すべきだと説いた。

 そのこと自体に異議があるわけではない。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「 ただ、である。

 この手の議論を説く際に、日本の中の状況が同時に顧みられることは少ない。 今年の日本を振り返った時、それは、誇り得るものかどうか。

 政と官。どちらの世界にも、毎日、身を粉にして働いている人たちがいるのを知っている。

 しかし、長期政権のもとで「新縁故主義」とでもいうべきものがはびこり、目を覆うようなスキャンダルが相次いだ。

 その責任をだれがどう取ったのか不明のまま、文書で明示的に反駁されるようなうそや申し開きがまかりとおる。これは法の支配とどう折り合うのか。

 経済では、国内総生産が増え、株価があがり、雇用は改善した。

 その一方で、大多数の人々の実質賃金は伸びない。のみならず、橋本健二氏が「新・日本の階級社会」で明らかにしたように、平均年収186万円で過ごす人たちが1千万人近くおり、あらたなアンダークラスを形成している。

 この状況を放置し、自由や民主主義を維持できるのか、はなはだ心もとない。

 文化や社会の領域においても、分断や人権軽視が激しい。そこでは、自己愛と敵視のあいだを揺れ動くような、独りよがりの物語が蔓延している。

 嫌韓・反中の書籍ブームが一段落したかと思うと、他人の文章のコピペや疑わしい断片的事実で日本日本賛美をつづる「歴史書」がベストセラーになり、定評ある大手出版社がみずから性的少数者などへの差別に加担したまま検証もしない。

 そのような国が,たいした社会的包摂への計画を持たぬまま、人手不足を理由に外国人労働者の本格導入に踏み切れば、すでにひどい人権状況がますます悪化し、社会と政治はいずれ荒れるだろう。」と指摘した。

 最後に筆者は、「リベラルというのは、内省する力である。それを外に標榜するとき、内を顧みねばならない。

 たしかに、リベラル世界秩序の行くへは待ったなしである。いま日本が関与せず、何時関与するのか。だから立ち止まれとは言わない。

 しかし、走りながらでも、自らの社会がどこまでそのリベラルな価値に即しているのか、常日頃から検証しなければ、中長期的には日本の関与はその基盤を失っていくのではないか。 そんな懸念をいだく。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「米外交問題評議会会長のリチャード・ハース氏は「リベラル世界秩序よ、安らかに眠れ」と墓標を立てて見せた。昨春のことである」とのこと、

 「そうしたなか、沈みゆくリベラルな秩序を日本が支えるべし、そんな声が内外で聞かれる」とのこと、 

 「人種主義的な暴力事件は増え、国内の政治分断が激しい。それにともない、国際協調、多国間主義を担う勢力が大幅に後退した。何よりもアメリカがその自壊を主導しているのが大きい」との指摘、

 「その一方で、中国などの権威主義国が興隆しつつある。」との指摘、

 「結果として、自由、民主、人権、歩の支配といったリベラルな価値が世界中で脅かされている」との指摘、等々の指摘は、よく理解できた。

 また、「見渡せば、そうした価値観を標榜し、になう力のある国は、もはやそう多くない。欧州、豪州ほかに日本が挙げられるのも不思議ではない。戦後70余年、曲がりなりにも自由民主主義を実践してきた歴史があるからだ」との指摘、

 「ジョン・アイケンベリー氏は、アメリカでトランプ氏が政権について以降、日独などがそれを主導すべきだと説いた」とのこと、

 「リベラルというのは、内省する力である。それを外に標榜するとき、内を顧みなければならない。たしかに、リベラル世界秩序の行くへは待ったなしである。」とのこと、等等を筆者は教えてくれた。

 そして筆者は、「走りながらでも、自らの社会がどこまでリベラルな価値に即しているのか、常日ごろから検証しなければ、中長期的には日本の関与はその基盤を失っていくのではないか」と指摘した。筆者の指摘通りと、思った。

 ただ、政治面での新縁故主義の問題、経済面での格差拡大の問題、文化や社会面での分断や人権軽視の問題、これらの課題・問題をリベラルな視点で解決する方向を定め、実践したいものだと、思った!

 その先に、国民的には「心も懐も豊かな日本」への道があり、国際的には「リベラル世界秩序の担い手」になる道があるのではないか、と思った!

 そのために、国内的には「ベーシックインカムの実現、新産業としての脱原発・脱石油・再生エネの推進」、国際的には「戦争無き世界の実現」、等々を日本国民を挙げて取り組めないものか、と思った!

 

 

 


by sasakitosio | 2019-01-05 17:07 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 1218日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・原真人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「世界でも800万部超のベストセラーになった「サピエンス全史」の著者、ユヴァル・ノア・ハラリの新著「ホモ・デウス」はさらに壮大なスケールで人類の未来を描く。

 この若き歴史学者に言わせれば、生き物はすべてアルゴリズム(物事を実行するときの方式)、生命はデータ処理にすぎない。人類全体が処理システムであり、歴史は効率を高めていく過程だという。

 行き着く未来はハッピーとは言えないらしい。 

 一人一人の人間はいずれ全世界インターネットのチップに落ちぶれてしまうというのだから。

 資本主義もこのシステムの一部だ。

 人類は快楽や豊かさを求め「成長教」の戒律を守り成長への歩みを決してとめない。

 常識の枠を飛び出す大胆な史観だが、目の前の現実はまさにそう進んでいる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「2025年の大阪万博開催が決まった。安部政権はもろ手を挙げて歓迎している。20年東京五輪が開催された後、景気が落ち込んだとしても、新たな対策の目玉になることが期待できる。

 それに半世紀前の<五輪・万博>セットがいざなぎ景気を導いたようにいま高度成長よ再び、という機運を盛り上げ安くなる。

 過日、今の景気拡大期がいざなぎ景気を超えて戦後2番目の長さになった、と発表された。来年1月まで拡大が続けば戦後最長となる。

 成長はあらゆる問題を癒してくれる。

 企業が潤い、雇用が増えれば、給料も税収も増える。だが、そのためにどこまでエネルギーを注ぎ続けるべきなのか。成長のためになら、尋常でない規模のコストをかけても構わないのか。

 たとえば次の東京五輪・パラリンピックの開会経費はざっと1.3兆円、大阪万博は2千億円と見込まれる。五輪も万博も開催都市の費用負担が大きくなりすぎ、いまや迷惑イベントと化している。立候補都市が激減する中で、どちらも2回目の開催となる日本は気前がよすぎないか。」と指摘した。

 最後に筆者は、「日銀は6年近くに及ぶ今の景気拡大の局面で、一度も金融を引きしめていない。失業率も求人率もバブル期以来の好調さ。

 企業業績は過去最高レベル。

 それなのに超緩和をやめない異常さ。

 このまま拡大局面が終われば、今度は今よりもっと緩和の度を引き上げるというのか。

 政府は予算のバラマキにいそしんでいる。

 来年10月の消費税増税対策としてプレミアム商品券やポイント還元制度を導入。増税分以上のポイントを付ける大判ぶるまいだ。これでは何のための増税か。

 「歴史学者が過去を研究するのは、過去を繰り返す為ではなく、過去から解放されるため」とハラリはいう。

 成熟社会の日本は低成長、低インフレのもとでやっていかないといけないし、やっていける基盤がある。

 にもかかわらず、政権も日銀も相変わらず「成長教」の信者のままだ。

 そこから解放されるにはどうしたらいいか。

 答えのないまま年の瀬を迎えている。」として締めくくった。

 読んで面白かった。

 「ユヴァル・ノア・ハラリの新著「ホモ・デウス」は、さらに壮大なスケールで人類のもらいを描く」とのこと、

 「生き物はすべてアルゴリズム(物事を実行するときの方式)、生命はデータ処理に過ぎない。人類全体が処理システムであり、歴史は効率を高めていく過程だという」とのこと、

 「一人ひとりの人間はいずれ世界インターネットのチップに落ちぶれてしまうというのだから」とのこと、

 「資本主義もこのシステムの一部だ。人類は快楽や豊かさを求め「成長教」の戒律を守り成長への歩みを決して止めない。常識の枠を飛び出す大胆な史観だが、目の前の現実はまさにそう進んでいる」との指摘、

 「日銀は6年近くに及ぶ今の景気拡大局面で、一度も金融を引き締めていない」とのこと、

 「政府は予算のバラマキにいそしんでいる」との指摘、

 「成熟社会の日本は低成長、低インフレのもとでやっていかないといけないし、やっていける基盤がある」との指摘、

 「にもかかわらず、政権も日銀も相変わらず「成長教」信者のままだ」との指摘、等々の指摘は良く分かった。

 問題は、筆者の指摘のとおり「成長教」からの開放の筋道、解答が見えてこないのが、残念だ。

 


by sasakitosio | 2018-12-21 06:57 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 1220日付朝日新聞朝刊17面に、「明日を探る」という欄がある。筆者は、一橋大准教授・森千香子氏だ。 

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「黄色でダサい、何とも合わない。だがあなたの命が守られる」。10年前のフランス交通安全強化週間のポスターで、有名なデザイナーのカール・ラガーフェルドが黒スーツ、蝶ネクタイの上に蛍光の黄色いベストを着用した時のスローガンだ。

 カッコよくはないが、誰でも車内に備えていて、暗がりでも目立ち、命を守る。

 ベストを身に付けた人々の抗議活動は「ジレジョーヌ」(黄色いベスト)運動と呼ばれ、1117日に仏全土約2千カ所で28万人を動員後、毎週土曜日に続いている。

 19685月のように学生や若者中心ではない。

 9512月の国鉄ストのように労組の影響力もない。
 代表するスポーク氏マンは不在で一部に移民差別の動きもあった。

 増税反対なんて保守の運動だ。

 環境への意識も低すぎる、と敬遠する都市部のリベラルもいた。

 だが、「トランプ支持者と同じ」「大半が(極右の)ルペン支持者」などの紋切り型では理解できない事態が起きている。

 日本での報道は都市部での「暴徒化する人々」に偏りがちだが、全国の農村部まで広がった今回の運動全体を見渡すと、いわゆる「暴動」では見かけない年金生活者や女性の姿が目立った。参加者の職業は多岐にわたる。安易な総括を許さない、多様な人たちを路上に押し出したものは何なのか。

 93年に刊行されたフランスの社会学者ピエール・ブルデューの編著「世界の悲惨」は一つの手がかりを示す。福祉の対象ではないが、苦しみを抱える「内側で排除された人たち」の声をインタビュー調査で丹念に拾い上げた。

 農民、鉄鋼労働者、郵便局員、商店経営者、ソーシャルワーカー、教師・・・・・・。

 仕事はあるが評価されない、勉強しても将来に希望がない、「貧困層」ではないが生活は苦しい。

 現状維持が精いっぱいだが、現状自体が耐え難い。そこにあるのは自分の運命を自分でつかめない閉そく感だった。」と教えてくれる。

 さらに続けて筆者は、「ブルデュ―たちが25年前に描いた「内側で排除された人たち」と「黄色いベスト」は重なる点が多いというのが私の見方だ。

 「見えない存在」だった人たちが沈黙を破ったきっかけは燃料税の引き上げだだったが、その数週間前に抗議運動を予見するような一冊の書籍が刊行された。社会学者アレクシス・スピールの「税金に反対し、大きな政府を求める」は、納税者2700人に調査を行い、税金に不満を持つ人が高額納税者よりも定額納税者に多いことを指摘した。

 興味深いことに、税金に不満を持つ層は、公共サービスの縮小にも強い不満を示している。

 税金には反対だが、公共サービスを指示するーーー一見矛盾するような主張にも一つの論理がある。

 大統領官邸の食器代50万ユーロや大臣の住居費など、政治家の高額な出費は許せないが、社会保障などの公共サービスはしっかり維持してほしい。そこに矛盾はない。

 車なしで生活できないできない地域は、郵便局の窓口が減少したり、病院が閉鎖されたりする地域でもある。

 暴力行為などの報道にもかかわらず支持が高いのは、同じ不安を共有する人が多いからだ。

 税制が不公平だという批判は新しくない。

 サルコジ時代の不正献金疑惑、オランド時代の予算担当相の脱税疑惑など、税金スキャンダルは後を絶たない。

 だが富裕層の「節税」を助ける政策が次々と行われ、その一方で「一般人」には来年から源泉徴収制度が導入される。

 そこに燃料税の引き上げが発表された。

 この点に関して言えば、マクロン大統領は何かを根本的に変えたのではなく、この30年の政策の流れを堂々と加速させただけだ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「抗議の結果、燃料税の引き上げは延期された。今後3カ月間、政府との「対話」が行われるという。その行方を注視づると同時に、「黄色いベスト」が表現した閉塞感や政治不信は日本社会にも広がる。 この運動から何を学ぶかが問われている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ベストを身に付けた人々の抗議運動は「ジレジョーヌ」(黄色いベスト)運動と呼ばれ、1117日に仏全土約2千カ所で28万人を動員後、毎週土曜日に続いている」とのこと、

 「全国の農村部まで広がった今回の運動全体を見渡すと、いわゆる「暴動」では見かけない年金生活者や女性の姿が目立った。」とのこと、

 「安易な総括を許さない、多種多様な人たちを路上に押し出したものは何か。 93年に刊行されたフランスの社会学者ピエール・ブルデューの編著「世界の悲惨」は一つの手がかり示す」とのこと、

 「福祉の対象ではないか、苦しみを抱える「内側で排除された人たち」の声をインタビュー調査で丹念に拾い上げた。」とのこと、

 「現状維持が精いっぱいだが、現状自体が耐え難い。そこにあるのは自分の運命を自分でつかめない閉塞感だった」とのこと、

 「ブルデュ―たちが25年前に描いた「内側で排除された人たち」と「黄色いベスト」は重なる点が多いというのが私(筆者)の見方だ」とのこと、

 「社会学者アレクシス・スピールの「税金に反対し、大きな政府を求める」は、納税者2700人に調査を行い、税金に不満を持つ人が高額納税者より定額納税者に多いことを指摘した」とのこと、

 「興味深いことに、税金に不満を持つ層は、公共サービスの縮小にも強い不満を示している。」とのこと、

 「大統領官邸の食器代50万ユーロや大臣の住居費など、政治家の高額な出費は許せないが、社会保障など公共サービスはしっかり維持してほしい。そこに矛盾はない。」とのこと、

 「富裕層の「節税」を助ける政策が次々と行われ、その一方で、「一般人」には来年から源泉徴収制度が導入される。そこに燃料税の引き上げが発表された。」とのこと、

 等々を知ることができた。

 筆者は、「「黄色いベスト」が表現した閉塞感や政治不信は日本社会にも広がる」とし、「この運動から何を学ぶのかが問われる」と指摘した。

 平和な時代、戦争のない時代が続き、人々の知的レベルが飛躍的に向上し、情報化社会がそれを加速させている。独裁国家以外では、自由と民主主義が、国民の権利意識を後押ししている。

 だから、長期にわたって権力を維持し続けてきた「権力者・支配階層」であっても、圧倒的多数の被支配国民を騙す続けることが、出来なくなったということではないか。

 施しの社会保障から、権利としての社会保障への転換、ベーシックインカムの導入が不可避な社会に、地球全体がなってきたということではないか、と思った。

 そして、究極の国民だましである「戦争」を、権力者・支配階層が起こせないような、地球社会の到来の兆しであってほしい、とも思った。

 

 


by sasakitosio | 2018-12-21 06:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback

1215日付朝日新聞朝刊15面に、「欧州季評」という欄がある。筆者は、保育士・プレイディみかこ氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「2016年のEU離脱の是非を問う国民投票の前に、ギリシャのヤニス・バルファキス元財務相は、英国が離脱を選んだ場合について予言した。
 「「ホテル・カルフォルニア」ブレグジット」になるだろうと。

 イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の歌詞に、いつでも好きなときにチェックアウトできるが決して去ることができないホテルのことが書かれている。英国のEU離脱がまさにそうなると言っているのだ。

 過去2年半、我々は連日EU離脱についての報道を目にしてきた。

 状況は二転三転し、今秋からはまたEUとの間の離脱合意を巡る是非。

 メイ首相の退任を求めるか閣僚や議員、労働党の政権への圧力など、政局のゴタゴタが延々と続く。

 バルファキスはギリシャの債務問題でEUとの交渉の困難さを歌に例えた。

 が、EUホテルの出口探しに右往左往している間に、宿泊者の英国自体が倒れてしまうのではないかとさえ思える。」と切り出した。

 続けて筆者は、「EU離脱のカオスが国の内外で大きく伝えられている陰で、ひっそりと発表された報告書がある。

 英国内の貧困の実態調査を行うために英国入りしていた国連特別報告者フィリップ・アルストン氏が調査結果をまとめたのだ。

 氏は、保守党政権の「懲罰的で狭量、往々にして無常な」政策は、経済的必要性よりも社会の再構築を行う政治的欲望を優先させたものであり、英国内の人々に「すざましい窮乏」を経験させていると報告した。

 国連人権理事会に提出される24ページの報告書は、「特に2010年以降の英国が経験していることは、、貧困は政治的選択だということを浮き彫りにしてる」結論づけている。

 10年は、保守党政権が戦後最大規模の財政支出削減に乗り出した年だ。

 英国は、女性、子ども、障がい者、経済的・社会的権利、に関する4つの人権条約に違反していると報告書は指摘した。

 例えば、福祉手当の給付対象となる子供の数を1家庭2人までに制限することは中国の一人っ子政策のようなものであり、地方自治体の予算を半減させたことが英国の社会構造にダメージを与えてると警告している。
 英ガーディアン紙は、全国各地を回ったアルストン氏に随行し、大きく報道した。彼がニューカッスルのフードバンクを訪れた時には、「そう遠くないうちに、人々は犯罪に走るでしょう。ガラスを打ち割ってほしいものを手に入れるようになる。今に暴動が起きるでしょう」と利用者の女性が言っている。 

 「我々のフードバンクに来る人々の多くは働いている人。看護師や学校の教員がフードバンクに来ている。」と職員は説明したそうだ。

 ロンドンのニューアムでは、9歳の子供を持つ女性が「多くの女性が貧困に陥り、売春に追い込まれている。私は極貧で、ホームレスです。転々としています」と自らの生活について赤裸々に語った。

 ニューアムは、2012年ロンドン五輪のホスト自治区の一つだった。貧困を減らすのが五輪開催の目的の一つだったのに、昨年、ニューアムは英国で最も貧困率が高い自治区のリストの3位になっている。

 英国の人口の5分の1にあたる1400万人が貧困状態にあり、そのうちの約150万人は極端な貧困を余儀なくされている。

 そして、子どもの貧困率は2015年から2年までに7ポイント上昇して40%にも達すると予測されている。

 ハモンド財務相は来年度の予算案発表で、緊縮財政を終わらせる方針を示した。

 だが、そのわりには生活保護給付費の凍結を予定より早く終わらせることをしない。

 国連の報告書は彼の予算案の矛盾を突いている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「国連の報告書とは直接関係ないが、アルストン氏が英国入りする4カ月前には、ウォーリック大学経済学部のフェッツァー准教授も「緊縮がブレグジッとを引き起こしたのか?」という調査報告書を発表し、もし緊縮が行われていなければ国民投票で9.1ポイントの差をつけて残留派が勝った可能性があるという試算結果を示して話題になっていた。

 福祉削減の影響の影響を受けた家庭ほど極右政党の支持に傾いていたことがデータで明らかになったのだ。

 そもそもEU離脱は排外主義やEUへの反感だけが起こしたものではない。その底には、経済や社会に対する人々の強い不満と怒りがあった。

 労働党のコービン党首は、議会でメイ首相に尋ねた。「首相は(国連の)報告書を読んで、どちらにショックを受けましたか。国連が使った言葉の数々?それとも英国における衝撃的な貧困の増加ですか?」。

 首相は「あの報告書には我々は同意しません」と冷淡に応えた。

 こうした指導者の意識と、地べたの現実との乖離が、隣国フランスで燃料税の値上げに抗議する「黄色いベスト」のデモを引き起こした原因ではなかったのか。

与党が「ホテル・カリフォルニア」の出口探しで内紛を繰り返しているうちに、パリの暴動の炎が英国に飛び火しないとは誰も言えない。」として締めくくった。

読んで大変勉強になった。

 「英国内の貧困の実態調査を行うために英国入りしていた国連特別報告者フィリップ・アルストン氏が調査結果をまとめた」とのこと、

 「氏は、保守党政権の「懲罰的で狭量、往々にして無情な」政策は、経済的必要性より社会の再構築を行う政治的欲望を優先させたものであり、英国内の人々に「すさまじい窮乏」を経験させていると報告した」とのこと、

 「国連人権理事会に提出される24ページの報告書は、「特に、2010年以降の英国が経験していることは、貧困は政治的選択だということを浮き彫りにしている」と結論づけている。」とのこと、

 「10年は保守党政権が戦後最大規模の財政支出削減に乗り出した年だ。英国は、女性、子ども、障がい者、経済的・社会的権利、に関する4つの人権条約に違反していると報告書は指摘した」とのこと、

 「例えば、福祉手当の給付対象となる子供の数を1家庭2人までに制限することは中国の一人っ子政策のようなものであり、地方自治体の予算を半減させたことが英国の社会構造にダメージを与えていると警告している」とのこと、

 「英国の人口の5分の一に当たる約1400万人が貧困状態にあり、そのうち150万人が極端な貧困を余儀なくされている。そして、こども貧困率は2015年から22年までに7ポイント上昇して40%にも達すると予測されている。」とのこと、

 「ハモンド財務相は来年度の予算発表で、緊縮財政を終わらせる方針を示した。だが、その割には生活保護給付額の凍結を予定より早く終わらせることをしない。国連の報告書は彼の予算案の矛盾もついている。」とのこと、

 「労働党のコービン党首は、議会でメイ首相に尋ねた。「首相は(国連の)報告書を読んで、どちらにショックを受けましたか。国連が使った言葉の数数?それとも英国における衝撃的な貧困の増加ですか?」。」とのこと、

 「首相は「あの報告書には我々同意しません」と冷淡に答えた。」とのこと、

 等々英国の今の社会情勢を知るることができた。そして、保守党の今の首相メイ氏は、事実を認めないとの態度であることを初めて知った。

 自分の若いころは、「揺りかごから墓場まで」との表現で、福祉国家イギリスは日本が目標とすべき国であった。

 その後、日本で「イギリス病」という言葉で、イギリスの福祉政策を揶揄する言葉を、耳にするようになった。
 その後、鉄の女と異名をとったサッチャー女史が首相になった。そこら辺までは今でも記憶に残っている。

 が、この記事を読んで、「英国の人口の5分の1に当たる約1400万人が貧困の状態にあり、そのうちの150万人がは極端な貧困を余儀なくされている」とのことは、驚きだった。
 そして、非正規雇用が
34割と言われる「日本社会」では、貧困と格差はどうなっているのか、知りたくなった。

 

 

 


by sasakitosio | 2018-12-20 06:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

11月27日付朝日新聞朝刊7面に、「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集委員・原真人氏だ。

今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「米国はどうやら本気で中国に貿易戦争を仕掛けているらしい。

 ならば急成長を遂げてきた中国の勢いもここまでなのか。

 確かめたくて、中国の主要都市を駆け足で回った。」と切り出した。

 続けて筆者は、「今月11日、上海でインターネット通販大手アリババ集団が開く「独身の日」イベントを見た。10回目となるこの大規模セールは、いまや中国を代表する国民的行事だ。

 前夜祭は内外から有名歌手や人気芸能人をを集め、さながら中国版の巨大な紅白歌合戦。

 盛り上がった雰囲気のまま深夜0時を迎えセール開始。すぐに注文が殺到し、みるみる取引規模が膨らむ。出品は中国国内からだけではない。

 230の国・地域から1万8千ブランドが参加した。人気上位品目にはドイツの粉ミルク、オーストラリアのサプリメント、日本のユニ・チャームや花王の紙おむつ、ユニクロの衣料などが並ぶ。スマホさえあれば世界中からあらゆる商品が手に入る。

 24時間での流通総額円換算で約3.5兆円。日本の楽天の昨年1年間の国内流通総額を1日で上回る規模だ。ここでは貿易戦争の深刻な影響は感じられなかった。

だが、今後はどうなのだろうか。

 「発展する中国、勃興する中国の中間所得層という長期のトレンドを考えてほしい。貿易戦争があろうがなかろうが、この流れはとまらない」

 アリババのジョー・ツァイ副会長は記者会見でそう語った。みじんの心配もない、自信に満ちた話しぶりだった。」と教えてくれる。

 さらに続けて筆者は、「上海の巨大ショッピングモールを見ると、それもうなづける。

 日本の売り場と遜色ない品質、同じ価格帯。

 平均的な所得の人々が家族連れで大勢やって来て、買い物にいそしむ。ずらっと横一列に並ぶレジは50台は壮観だ。すべてに行列ができ、客が次々とスマホで勘定を済ませていく。

 北京、天津、深圳でも消費はやはり旺盛だった。ネットや物流の基盤が整備され、消費者の欲求にこたえる新ビジネスが相次ぎ誕生している。

 上海では今月、中国国際輸入博覧会も初めて開かれた。

 約170カ国・3000社が出展。中国人バイヤーが品定めをした。こちらは政府主催。

 対中国貿易赤字の国々に、わが国は輸入を増やしますよ、とアピールする場である。

 米国が自由貿易に背を向けているときだけに、中国による「輸入大国化」宣言は、輸出頼みの新興国や途上国にとっていっそうありがたい。

 かってモノ不足でインフレの時代に国力を分けたのは、各国の生産力だった。

 しかし、今は事情が違う、世界的にモノ余り、デフレの時代である。あまたの国から大量に輸入できる消費の力こそ大国たるパワーの源泉になる」と指摘した。

 最後に筆者は、「中国経済は過剰債務というリスクを抱える。バブル崩壊の懸念もくすぶっている。

それでも、消費大国へと突き進む巨竜の大きな勢いは失せまい。中国の世界での存在感がさらに強まる。

 そんな予感をさせる消費の変化である」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今(11)月11日、上海でインターネット通販大手アリババ集団が開く「独身の日」イベントを見た。」とのこと、

 「前夜祭は内外から有名歌手や人気芸能人を集め、さながら中国版の巨大な紅白歌脱線だ」とのこと、

 「出品は中国国内からだけではない。230の国・地域から1万8千ブランドが参加した」とのこと、

「24時間での流通総額は円換算で約3.5兆円。日本の楽天の昨年1年間の国内流通総額を1日で上回る規模だ」とのこと、

 「上海では今月、中国国際輸入博覧会も初めて開かれた。約170カ国.3600社が出展。中国バイヤーが品定めをした」とのこと、

 「世界的なモノ余り、デフレの時代である。あまたの国から大量に輸入できる消費の力こそ大国たるパワーの源になる」とのこと、

 等々を知ることができた。

 知って、いま中国は、かって日本を徘徊した「バブル」という妖怪が暴れ回っているようだ、と思った。

 中国は過剰債務というリスクを抱えるという、ならばバブルの弾けるのも、なにかキッカケがあれば時間の問題ではないか、とも思った。

 また、いま中国に消費ブームが来ているようだが、人口が多い分、世界のどの国よりも少しは長く続くかもしれないが、それも時間の問題ではないか、と思った。

 ただ、筆者の「中国の世界での存在感がさらに強まる。そんな予感をさせる消費の変化である」

との指摘は、当たっていると、思った。


by sasakitosio | 2018-12-09 06:56 | 朝日新聞を読んで | Trackback

12月2日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「日産のカルロス・ゴーン前会長の逮捕とはなにか。それを読み解く視点には2種類あるようだ。

 一つはグローバルな視点。

 彼の失墜でビジネスエリートの強欲の一端が明らかになった。今日の経済的不平等についてあらためて考えずにはいられない。

 もう一つはナショナルな視点。

 フランスのビジネスマンに助けられた日本企業が、その支配から逃れようとしているというドラマ。そこに日仏の企業文化や捜査方法の違いまで読み込み、ときには両国のせめぎ合いという話にも及ぶ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「もともとグローバル化に批判的な識者が少なくない国だ。約20年前にでたエマニュエル・ドット著「経済幻想」にもすでにこんな指摘があった。

 人が高い報酬を得ようとするふるまいを経済的に説明するのは可能だが、それにも限度がある。

 フランス人の経営者が自分の月収が2千万円しかないと悩むとすれば、それは経済的合理性とは関係ない。魂を病んでいるのだーーー。

 今回も、著書「21世紀の資本」でグローバル時代の不平等を論じて話題となった経済学者トマ・ピケティー氏が事件が報じられた直後のツイッターで「報酬に限界がないだとか、ロープでつながった登山パーティーでは先頭のリーダーが大事だとかいうイデオロギーの行きつく先がこれだ」と発信した。

 「登山パーティー」はマクロン大統領が使って話題なった表現。「リーダーに石を投げるとみんなが転落する」と語り、金持ち擁護だと批判を浴びた。

 しかし、事件の背景が明らかになるにつれ、仏メデイアには日産側の「クーデター」や「裏切り」といった表現が飛び出した。3社連合の行方に仏政府の思惑もからみ、日仏を主語にしたナショナルな読み解きが全面に出ている。」と教えてくれる

 さらに続けて筆者は、「渦中のルノーに対して一人の株主が臨時株主総会の開催を求める声を上げた。

 そこで自分は役員に立候補し、社長も目指すという。持っておるのは50株。最近の時価で30万円前後とささやかだ。

 声明で「私はコストカッターになる」と宣言している。ただし「新しいタイプの」という。

 「異様に高い社長報酬を4分の3削減する。」。幹部の報酬も従業員の給料と株価に連動させると。

 この株主は、仏右翼政党、国民戦線の幹部を長く務めたブルーノ・ゴルニッシュ氏。今も欧州議会議員として各国の右翼議員らと連携して活動している。

 愛国主義者を自任する人が対決姿勢を示しているのは、外国企業に対してではなく、グローバルエリートに対して。

 京都大学に留学経験があり、夫人が日本人という親日家だ。だから日本に矛先を向けないのかもしれない。

 一方、フランスでは最近、増税への激しい反対運動がエリート批判の様相を帯びた。そんな背景も影響していそうだ。

 彼が社長になる可能性はまずない。だが、強いナショナリズムが外国ではなくグローバル化に向けて発揮されている例として興味深い。」と指摘した。

 最後に筆者は、「高額報酬のごまかしと見える事件は実は日仏企業の勢力争い。それが「真相」。たしかにそうなのだろう。日産が押し切るか、ルノーが巻き返すか。

 公表された年収のほかに、あとで支払うことになった巨額の報酬などの違法性を検察がどこまで追及でいるか。そんな点に関心が集まるのは当然だ。

 ただ違法かどうかとは別にこうも思う。

 10億円の年収を得る人がどうして自分はその倍をもらって当然だと考えるのか。米国などのトップ経営者と比べれば高額ではないという指摘もある。けれど、タガが外れた欲望と欲望を相対評価して何の意味があるのだろうか。それが経済合理的な説明になるとも思えない。

 むしろ魂の病気の途方もない蔓延という「深層」がのぞく。

 グローバル問題をナショナルな視点だけで読み解くと「真相」はわかっても「深層」を見過ごす。それでは「魂を病んだ」リーダーたちに振り回される。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

「約20年前に出たエマニュエル・ドット著「経済幻想」にもこんな指摘があった。

 人がより高い報酬を得ようとするふるまいを経済的に説明するのは可能だが、それには限度がある。フランス人の経営者が自分の月収が2千万円しかないと悩むとすれば、それは経済的合理性とは関係ない。魂を病んでいるのだーー」とのここと、

 経済学者トマ・ピケティが事件が報じられ直後にツイッターで「報酬に限界はないだとか、ロープでつながった登山パーティーでは先頭のリーダーが大事だとかいうイデオロギーの行き着く先がこれだ」と発言した。」とのこと、

 「「登山パーティー」はマクロン大統領が使って話題になった表現。「リーダーに石を投げるとみんなが転落する」と語り、金持ち擁護だと批判を浴びた」とのこと、

 「渦中のルノーに対し一人の株主が臨時株主総会の開催を求める声を上げた」とのこと、

 「声明で「私はコストカッターになる」と宣言している。ただし「新しいタイプの」という。「異様に高い社長報酬を4分の3削減する」幹部の報酬も従業員の給料と株価に連動させると。」とのこと、

 「この株主は、仏右翼政党、国民戦線の幹部を長く務めたブルーノ・ゴルニッシュ氏。」とのこと、

 「愛国主義者を自任する人が対決姿勢を示しているのは、外国企業に対してではなく、グローバルエリートに対して。京都大学に留学経験があり、夫人は日本人という親日家だ。」とのこと、

 等々を初めて知ることができた。

 筆者は「高額報酬のごまかしと見える事件は実は日仏企業の勢力争い。それが「真相」。」、「グローバルな問題をナショナルな視点で読み解くと「真相」は分かっても「深層」を見過ごす」、「それでは「魂を病んだ」リーダーたちに振り回される」、と教えてくれる。その通りだと思った。

 そして、むかし知り合いの年寄りから「良寛の書いたもの」を見せてもらって、ぱらぱらとみていて「名利心に入らば、大海もこれを潤すことあたわず」との一文が目に入った。

 良寛は我がふるさと新潟の偉人。そのとき、人間の欲の無限なる事を喝破した良寛の魂の大きさに感心したことを、思い出した。


by sasakitosio | 2018-12-06 06:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback

111日付朝日新聞朝刊15面に、「私の視点」という欄がある。筆者は、元内閣外政審議室長・登誠一郎氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「今年のノーベル平和賞に、紛争下の性暴力根絶に勤めた医師と活動家が選ばれたことは、真に平和賞にふさわしいと喜びたい。

 ロンドンのブックメーカーで事前の評判が最も高かったのが、韓国の文在寅大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長、そしてトランプ米大統領だったことは、がくぜんとさせられた。

 そもそも6月の米朝首脳による共同声明は、朝鮮半島を非核化する時期やその検証方法など、決定的に重要な事柄に言及がない極めて内容の薄い合意だった。

 これはトランプ大統領による妥協と受け取られているが、その理由の一つは、、史上初の米朝首脳会談を成功させたという業績を作り、ノーベル賞の受賞と中間選挙の勝利を経て、大統領再選に弾みをつけることだと取りざたされていた。

 米朝首脳会談が開かれたシンガポールから帰国したトランプ大統領を迎えた支持者たちが「ノーベル、ノーベル」と連呼する姿は異様だった」と切り出した。

 続けて筆者は、「自然科学系の分野と異なり、ノーベル平和賞、文学賞、経済学賞は業績の評価に客観性を持たせることが容易ではない。

 特に平和賞は基準が必ずしも明確でなく、受賞の妥当性が後に大きく問題とされたケースは少なくない。平和構築に本当に貢献したのか疑問を呈されたりすることもあった。

 1973年には、ベトナム戦争を終結させたパリ和平協定を理由に、米国にキシンジャー氏と北ベトナム(当時)レ・ドク・ト氏が平和賞に選ばれたが、レ・ドク・ト氏はまだ平和は達成されていないとして辞退。その後、パリ協定を破って南に侵攻してベトナムを統一した。94年には、イスラエルのラビン首相、ペレス外相、パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長がパレスチナ和平合意の功績で選ばれたが、その後の中東情勢は平和どころかますます混沌としている。 佐藤栄作首相は非核三原則を提唱し、オバマ米大統領は「核無き世界」を呼びかけたが、それ自体がどれだけ世界平和に貢献したのかは疑問なしとしない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「政治家は国際平和に努めることが当然に求められている。しかしそれが受賞理由になると、ノーベル賞そのものを目的とした近視眼的な行動に走らせる恐れがある。

 これを避けるには、平和賞は政治家を除くという明確な基準を設けるべきではないか。シュバイツァー、マーティン・ルーサー・キング、マザー・テレサといった流れを受け継いで、草の根の立場から平和に貢献した人に送られるべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ロンドンのブックメーカーで事前に評判が最も高かったのが、韓国の文在寅大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長、そしてトランプ米大統領だった」とのこと、

 「米朝首脳会談が開かれたシンガポールから帰国したトランプ大統領を迎えた支持者たちが「ノーベル、ノーベル」と連呼する姿は異様だった」とのこと、

 「特に平和賞は基準が必ずしも明確でなく、受賞の妥当性が大きく問題とされたケースは少なくない」とのこと、

 「佐藤栄作首相は非核三原則を提唱し、オバマ米大統領は「核無き世界」を呼びかけたが、それ自体がどれだけ世界平和に貢献したのかは疑問なしとしない」とのこと、

 等々を知ることができた。

 そして筆者は、「今年のノーベル平和賞に、紛争下の性暴力根絶に勤めた医師と活動家が選ばれたことは、真に平和賞にふさわしい」、「平和賞は政治家を除くという明確な基準を設けるべきではないか」、との指摘には賛同したい。

 世界から「戦争」をなくしたい、と心底願う。

 それは自分が戦中に産まれ、戦争しない日本で「子育て」から「老後」迎えることができた「幸運」を、世界に広めたいとの思いからだ。

 70億余と言われる人類のなかで、世界から、地球から、戦争をなくする「システム」を構築した「その人や団体や国家」がノーベル平和賞を受賞できたらいいなあ~と思っている。


by sasakitosio | 2018-11-06 18:23 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 1022日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、編集委員・国分高史氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「憲法族」と呼ばれる自民党のベテランが、国会の憲法論議の第一線から退く。

 衆院憲法審査会で長らく幹事として与野党折衝に当たってきた船田元、中谷元の両氏が党内人事で幹事から外された。

 臨時国会からは新藤義孝氏や下村博文氏ら首相に近い議員が任にあたる。

 国会に憲法調査会ができた2000年以来、与野党の合意による憲法改正をめざしてきたのが憲法族だ。

 07年にはこの路線から国民投票法を成立へと導き、改憲への法的手続きをととのえた。

 船田氏らの交代には改憲の議論を加速する狙いがあるが、数の力による採決強行が目につく一般の法案審議と同様に、自民党が憲法でも強硬路線をとる懸念が出たきた。」

と切り出した。

 続けて筆者は、「幹事交代には首相官邸の意向が働いた。安倍晋三首相の周辺からとりわけ不興を買っていたのは船田氏だ。

 先月の党総裁選、憲法に縛られる立場でありながら自ら改憲の旗を振る安倍首相の姿勢に「同調できない」と批判、白票を投じた。

 さらに、改憲の是非を問う国民投票でのテレビCM規制を求める野党中心の議員連盟の会長に着いたことが、かねて首相周辺が抱いていた「野党に譲りすぎ」との不満を決定的にした。

 船田氏は元々「憲法のほころびを正したり、汚れを取ったりすべきだ」という「憲法古着論」唱え、9条改正も必要だという立場。

 ただ改正するならば少なくとも野党第一党の賛成を得て発議し、過半数にとどまらず大多数の国民が賛同する内容であるべきというのが憲法族としての考えだ。

 与党とその補完勢力で発議し、国民の過半数をとれればいいという安倍首相の方法論とは大きな違いがある。

 安倍政権で船田氏が更迭されるのはこれで2回目だ。

 15年6月4日、衆議憲法審に参考人として呼ばれた3人の憲法学者が、審議中の安全保障関連法案をそろって「違憲」と断じ、野党の攻勢や反対世論を強めるきっかけとなった。与党筆頭幹事だった船田氏は「戦犯」とされ、筆頭幹事と党憲法改正推進本部長の職から降ろされた。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「それ以来、首相周辺からは睨まれる存在だった。それでも再び更迭されるのはいとわず首相の姿勢への批判を続けたのはなぜか。

 「外されるのを恐れ、唯々諾々と首相の路線に乗って憲法審の現場で対応するのは自分をだますことになる。それで改憲が実現しても、達成感はない。ならば自分の気持ちをきちんと話した方がいいと思った」と船田氏は言う。

 「首相の路線では改憲は多分できないだろう。その後のステージで、何かがまた巡ってくるかもしれない」

 安倍首相が掲げたように臨時国会で党の改憲案を示すには、まず憲法審で継続審議になっている国民投票法改正案を採決することになる。

 性急な採決には立憲民主党などの抵抗は必至。

 会期が限られる中、自民の新体制が強硬策への誘惑に駆られるのを自制できるのか。

 憲法論議の先行きを占う試金石だ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「衆院憲法審査会で長らく幹事として与野党折衝に当たってきた船田元、中谷元の両氏が党内人事から幹事を外された」とのこと、

 「国会に憲法調査会ができた2000年以来、与野党の協調と合意による憲法改正をめざしてきたのが憲法族だ。07年にはこの路線から国民投票法を成立へと導き。改憲の法的手続きを整えた」とのこと、

 「(船田氏は)先月の総裁選。憲法に縛られる立場でありながら自ら改憲の旗を振る安倍首相の姿勢に「同調できない」と批判、白票を投じた」とのこと、

 「船田氏はもともと「憲法のほころびを正したり、汚れをとったりすべきだ」という「憲法古着論」を唱え、9条改正も必要だという立場」とのこと、

 「ただ、改正するならば少なくとも野党第一党の賛成を得て発議し、過半数にとどまらず大多数の国民が賛同する内容であるべきだというのが憲法族としての考えだ」とのこと、

 「安倍政権で船田氏が更迭されるのはこれで2回目だ。

 1564日、衆院憲法審に参考人として呼ばれた3人の憲法学者が審議中の安全保障関連法案をそろって「違憲」と断じ、野党の攻勢や反対世論を強めるきっかけとなった。与党筆頭幹事だった船田氏は「戦犯」とされ、筆頭幹事と党憲法改正推進本部長の職から降ろされた」とのこと、

 「「外されるのをおそれ、唯々諾々と首相の路線に乗って憲法審の現場で対応するのは自分をだますことになる。それでは改憲が実現しても、達成感はない。ならば自分の気持ちをきちんと話した方がいいと思った」と船田氏はいう」とのこと、

 等々を知ることができた。

 自民党の国会議員のなかに船田元氏のような人がいた事を記事で知り、ほっとしている。

 また、政党によっては「除名」などという党もあると思うが、そういうことはしない自民党の懐の深さにも、ほっとしている。


by sasakitosio | 2018-11-05 17:44 | 朝日新聞を読んで | Trackback