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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

カテゴリ:朝日新聞を読んで( 1063 )

9月17日付朝日新聞朝刊26面に、総務省が16日の敬老の日に合わせて発表した人口推計のことが載った。

 今日はこの記事を学習することにした。

 まず記事は、「65歳以上の高齢者の人口(15日現在)が推計で前年比32万人増の3588万人となり、総人口に占める割合が28.4%に上ることが、総務省が16日の敬老の日に合わせた発表した人口推計でわかった。

 いずれも過去最高。昨年の高齢者の就業者数は15年連続増加の862万人で、就業者総数に占める割合も12.9%と過去最高となった。

 総務省が発表した資料によると、男女別の高齢者数(15日現在)は、女性が2028万人(女性人口の31.3%)、男性は1560万人(男性人口の25.4%)だった。

 日本の高齢者人口は世界でも最も高く、2位のイタリア(23.0%)を大きく上回っている。」と切り出した。

 続けて記事は、「昨年の高齢者の就業率は男性が33.2%女性が17.4%といずれも7年連続で増加した。年齢別では、65~69歳で46.6%、70~74歳で30.2%、75歳以上で9.8%となった。

 高齢就業者の内訳をみると、企業などでやとわれて働く雇用者(役員を除く)が469万人(54.9%)と過半数を占めた。その雇用形態はパートやアルバイト、契約社員など非正規の職員・従業員が358万人(79.3%)で、10年前に比べ204万人増えた。

 一方、正規の職員・従業員は41万人増となった」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「総務省が発表した資料によると、男女別の高齢者数(15日現在)は、女性が2028万人(女性人口の31.3%)、男性は1560万人(男性人口の25.4%)だった」とのこと、

 「日本の高齢者人口の割合は世界でも最も高く、2位のイタリア(23.0%)を大きく上回った」とのこと、

 「昨年の高齢者の就業率は男性が33.2%、女性は17.4%と、いずれも7年連続で増加した。年齢別では、65~69歳で46.6%、70~74歳で30.2%、75歳以上で9.8%となった。」とのこと、

 「企業などに雇われて働く雇用者(役員を除く)が469万人(54.9%)と過半数を占めた。」とのこと、

 等々を知ることができた。

 自分は自由業なので、定年も無ければ退職金もない。だから、健康に注意して、可能な限り働き続けたいと思っている。60過ぎてのモットーは「日々の感動、百まで現役」だ。

 そしていま、世界から戦争をなくし、少なくとも、自分たち高齢者が生きている間は、日本が戦争に巻き込まれようにすること。

 さらに世界から戦争をなくすために、日本の元気な高齢者が一肌も二肌も脱ぎたいものだと、思っている。


by sasakitosio | 2019-09-19 10:22 | 朝日新聞を読んで | Trackback

9月8日付朝日新聞朝刊1面に、歴史学者・ハラリ氏の警告」が載った。

 今日はこの記事に学ぶことにした。

 まず記事は「人工知能(AI)とバイオテクノロジーの力でごく一握りのエリート層が、大半の人類を「ユースレスクス(無用者階級)として支配するかもしれないーーイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラり氏が、朝日新聞のインタビューに応じた。

 「真の支配者(ルーラー)はアルゴリズムになる。残された時間は多くはない」と急速にアルゴリズム(計算方法)の改良が進むコンピューターが人類を支配する将来が来かねないと警告した」と切り出した。

 続けて記事は、「ハラリ氏は「AIとバイオテクノロジー、生体認証などの融合により、歴史上初めて、独裁政府が市民すべてを常時追跡できるようになる」として、テクノロジーと独裁が融合する危険性に警鐘を鳴らした。

 一方、複雑化する金融などアルゴリズムが支配するシステムは誰も理解できなくなり、専門家ですら、膨大な情報を集めるコンピューターのアルゴリズムに頼らざるを得なくなると指摘。

 「公式には権力は大統領にあっても、自分で理解できないことについて決定を下すようになる。」。データの保有権について政府が規制する必要があると主張した。

 個人のレベルでも、ネット上などに集まるデータを総合してその人の好みをコンピュータに把握される「データ支配」が強まると不安視されておる。それでもコンピューターに選択をゆだねるのではなく、自分自身の弱みや特徴を知り、コンピューターに対抗する必要性を訴えた。」と教えてくれる。

 最後に記事は「今後10~20年の間に人類が直面する課題を三つ挙げた。

 核戦争を含む大規模場戦争、地球温暖化、そしてAIなどの「破壊的」な技術革新だ。

 特に技術革新については「30年後の雇用市場がどうなっているか、どんなスキルが必要かもわからない」と話し、どんな仕事にも就くことができない階層が世界中に広がる可能性も示した(テルアビブ=渡辺淳基、編集員・山脇岳志)」として締めくくった。

 読んで大変勉強になった。

 記事は、「ハラり氏は「AIとバイオテクノロジー、生体認証などの融合により、歴史上初めて、独裁政権が市民すべてを常時追跡できるようになる」として、テクノロジーと独裁が融合する危険性に警鐘を鳴らした」と指摘。

 筆者の警告は「中国」で今日ただ今「実現中」でないか。

 そのテクノロジーで武装した「独裁」の行く末は、国民にとって、人類にとって、凶と出るか吉と出るか。

 吉となるには、特に日本国民にとって「吉」と出る「備え」はどうすればいいのか?

 また記事は、「今後10~20年の間に人類が直面する課題は①核戦争を含む大規模な戦争②地球温暖化③AIなどの「破壊的」な技術革新」と指摘。

 そこで指摘されている三つの案件対する「備え」を、日本の現在の為政者(税金をつかえるポジションの人)、有識者の皆さんには一刻も早く「構築」に着手してほしいと思った。

 


by sasakitosio | 2019-09-11 07:22 | 朝日新聞を読んで | Trackback

95日付けの朝日新聞朝刊社説に、「ふるさと納税」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「地方を力づくで従わせようとした手法を、国は率直に反省するべきだ。

 ふるさと納税の返礼品をめぐる総務省の判断に、国と地方の争いを審査する国地方係争処理委員会が異を唱えた。

 自治体に寄付すると、所得税と住民税で優遇を受けられるふるさと納税は、豪華な返礼品の競い合いが目に余るようになった。

 61日から、総務相が指定した自治体への寄付のみを対象とする新たな仕組みを対象とする制度が始まっている。

 その指定から外されたのは違法だとして、審査を申し出た大阪府泉佐野市の主張を、係争委がおおむね認めた。30日以内の再検討を総務省に求めている。」と切り出した。

 続けて社説は、「泉佐野市はかっての制度のもと、総務省の通知に従わずにアマゾンのギフト券などで多額の寄付を集め、批判を浴びた。

 その振る舞いは係争委も「(他の自治体への)影響を顧みずに金銭的対価の割合の高さをことさら強調した」「ふるさと納税の制度の存続が危ぶまれる状況を招いた」と批判する。

 だからと言って、法律で新たなルールが決められる前の状況を根拠に指定の是非を判断するのは、法律が認める範囲を超えている恐れがあるとして、係争委は再検討を求めた。

 委員長は、新たな制度は過去の行為を罰することが目的ではなく、かっての制度での強制力がない通知に泉佐野市が従わなかったことは、違法ではない、とも述べた。

 過熱した競争をただそうとするあまり、国と地方は対等という地方分権分権の原則を、総務省はないがしろにしたのではないか。

 いびつな競争が広がった一因は制度設計の甘さにもあったのに、責任を自治体に押し付けたともいえる。」と指摘した。

 最後に社説は、「総務省は係争委の報告をきちんと受け止め、対応する必要がある。

 自治体との不毛な争いに終止符を打たねばならない。

 今優先して考えるべきは、小手先の対応では解決できない多くの問題を抱える、ふるさと納税の制度そのものをどうするのか、ということだ。

 所得の高い人ほど税の優遇が多く、寄付した人が多い自治体が大きく税収を減らす問題は、繰り返し指摘されながら手付かずのままだ。

 見返りを求めないという寄付の原点に立ち返ったとき、返礼品にお墨付きを与えるかのように、「寄付額の3割以下の地産品」などとルールで決めることが適切なのか。

 返礼品をなくすことも、検討する必要がある。

 公平で誰もが納得できる制度へ、再構築が求められる。

 国と地方で十分対話を重ね、望ましい姿を描くべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「6月1日から、総務省が指定した自治体への寄付のみを対象とする新たな制度が始まっている」とのこと、

 「その指定から外されたのは違法だとして、審査を申し出た大阪府泉佐野市の主張を、係争委がおおむね認めた。30日以内の再検討を総務省に求めている」とのこと、

 「法律で新たなルールが決められる前の状況を根拠に指定の是非を判断するのは、法律が認める範囲を超えている恐れがあるとして、係争委は再検討を求めた」とのこと、

 「いびつな競争が広がった一因は制度設計の甘さがあったのに、責任を自治体に押し付けたともいえる」との指摘、

 「所得の高い人ほど税の優遇が多く、寄付した人が多い自治体が大きく税収を減らす問題、繰り返し指摘されながら手付かずのままだ」との指摘、

 「見返りを求めないという寄付の原点に立ち返ったとき、返礼品にお墨付きを与えるかのように、「寄付額の三割以下の地場産品」などとルールで決めることが適切なのか」との指摘、

「返礼品をなくすることも、検討する必要がある」との指摘、

 等々を知り、よく理解できた。

 たしかに「寄付額の3割以下の地場産品」などとルールで決めることの是非、返礼品をなくすることの是非、寄付した人が多い自治体が多く税収を減らす問題、等々この機会に、税金について国民的議論を起こせないものか、と考えた。

 思い付きだが、所得税、県市民税、固定資産税、事業税、消費税、相続税、等々の一定割合を納税者に使途を指定できるようにしたい。

私なら今収めている税金すべてを、教育、福祉、医療、年金、環境等に使ってほしいと思う。

また為政者だけでなく、納税者にも税金の使い道を決められることは、国民主権の中身の一つではないか、と思うから。

 


by sasakitosio | 2019-09-10 06:42 | 朝日新聞を読んで | Trackback

822日付朝日新聞朝刊11面に、「政治季評」という欄がある。筆者は、早稲田大学教授・豊永郁子氏だ。今日はこの筆者に、学ぶことにした。

 まず筆者は、「テレビで報じられるアメリカのトランプ大統領の支持者集会の様子に私たちは衝撃を受ける。 憎悪と攻撃性をあらわにして熱狂する人々を目の当たりにするからだ。

 ここに見る度を越した政敵叩き、移民叩きは、アメリカ国民に広く支持され得るものなのだろうか?

 2016年大統領選挙でのトランプ氏の勝利は、当初、経済的格差や貧困に関連付けて理解され、グローバル化の敗者である貧しい労働者階級の白人有権者がトランプ氏を支持したという物語が広まった。だが、これはトランプ氏を支持した地域の特徴に基づいて語られたものであり、トランプ氏に票を投じた個人についての調査が進むにつれ、異なる様相が浮かび上がってきた。

 何より、所得も階級もトランプ票には関係しないことが判明した。

 世代や教育の影響が論じられたが、それらもトランプ票を十分には説明できない。

 そんな中、トランプ支持者を最も良く説明すると注目されたのが「権威主義」だ。政治体制のことではない。個人にに存在する心理的傾向のことである。」と切り出した。

 続けて筆者は、「アメリカにおける権威主義の研究は、ファシズムを支持した人々の心理的特徴をとらえようとした、ドイツ出身の社会学者アドルノらの1920年の著書を嚆矢とする。

 90年代に政治学者の間でリバイバルがあり、研究の蓄積が進んだ。そして、トランプ氏が

共和党の大統領候補に選出された予備選挙の段階で、ある大学院生が発見する。

 「権威主義者たちがトランプを支持している!」

 権威主義者と呼ばれる人々は、2大政党のどちらの支持者にも存在するが、徐々に共和党に集るようになっていることは知られていた。

 そして共和党内で力を増した彼らが党の本流をなす保守主義者たちを押さえ、ダークホースのトランプ氏を大統領候補に押し上げたという。

 さらに大統領選擧の本選では、民主党支持層や無党派層の中にいた権威主義者たちもトランプ氏を支持した。

 権威主義者とは何者か。

 アメリカの政治心理学者ステナーが2005年に発表した有名な研究によれば、権威主義者は「一つであること、同じであること」を求める。

 「違い」を嫌い、多様性が苦手だ。

 強制的手段を用いてでも規律を全体に行き渡らせてくれる強いリーダーを好む。

 個人のこうした傾向を意味する権威主義は、普通、あまり表に出て来ない。だが、ある条件下では活性化され、表面化する。

 ステナーは面接調査ににより、次のような発見をした。

 権威主義者は、政治的指導層に問題があると思う時、あるいは社会から共通の価値観が失われていくと思う時、「違い」に対してより不寛容になる。

 それは人種関係、道徳観、政治的見解、刑罰など、寛容が問われるすべての領域で起こる。

逆に確かなリーダーシップと共通の価値観が保障される時、権威主義者は不寛容を表さず、差別是正など進歩的な社会改革の支持者ににもなり得る。

 権威主義は決して異常な傾向ではない。

 誰もが集団に従うことと、個人の自由との間で折り合いをつけて生きている。

 そのバランスが前者に傾く人が権威主義者であり、その反対がリバタリアン(自由至上主義)だ。リバタリアンは「違い」を楽しみ、多様性にストレス受けない。

 アメリカの白人有権者の44%が権威主義者ともいう。あなたが、私が、権威主義者でもおかしくない。

 権威主義は保守主義とは違う。保守主義の不寛容はすでに不寛容が存在している特定の領域に限られるが、権威主義は「違い」全般に不寛容である。

 保守主義者には受け入れやすい「安定した多様性」を権威主義者は嫌う。逆に権威主義者が好む「共に変わっていく」というビジョンに保守主義者は怖気をふるう。

 アメリカには国家の介入を嫌う保守主義の系譜もあるが、権威主義者は場合によっては国家の介入を歓迎する。

 面白いのは、権威主義者が子育てに関する質問によって見分けられることだ。

 たとえば、子どもには「行儀の良さ」と「思いやり」のどちらが重要かという質問に、前者と答えるのが権威主義者だ。「行儀の良さ」を重視する人々の間では、どの所得層でも一様にトランプ票が多い。」と教えてくれる

 最後に筆者は、「さて、トランプ氏は大統領選挙に際して、ワシントンの政治指導層の腐敗と失敗を執拗に言いたてた。さらに当時から今日まで一貫して、特に中南米からの移民に関して、犯罪者を多数含む、アメリカ人の価値観とは相いれない不法移民が大量に国内に流れ込んでいる、というイメージを喧伝し続けている。 

 これらは誇張と虚偽を含む主張だが、少なからぬ人々の権威主義を活性化させた可能性がある。彼らは突如、あらゆる「違い」に不寛容なり、自分たちと違う個人や集団に対するトランプ氏の攻撃をすべて支持し始めたかもしれない。

 トランプ大統領が乗じる不寛容やそのより過激な形態であるヘイトは、経済的困難が生んだものでも保守主義によるものでもなさそうだ。

 それは、権威主義が人々に引き起こしたものであり、多くの人においては忽然と現れたとも考えられる。

 明日は私たちのことかもしれないと身構える必要はあるだろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「テレビで報じられるアメリカのトランプ大統領の支持者集会の様子に私たちは衝撃を受ける。憎悪と攻撃性をあらわにして熱狂する人々を目の当たりにするからだ」との指摘、

 「トランプ氏支持を最もよく説明するとして注目されたのが「権威主義」だ。政治体制のことではない。個人に存在する心理的傾向のことである」との指摘、

 「トランプ氏が共和党の大統領候補に選出された予備選挙の段階で、ある大学院生が発見する。「権威主義者たちがトランプを支持しいている!」」との指摘、

 「権威主義者とは何者か。アメリカの政治心理学者ステナーが2005年発表した有名な研究によれば、権威主義者は「一つであること、同じであること」を求める。「違い」を嫌い、多様性は苦手だ。強制的手段を用いてでも規律を全体に行き渡らせてくれる強いリーダーを好む」との指摘、

 「ステナーは面接調査により、次のような発見をした。権威主義者は、政治指導層に問題があると思う時、あるいは社会から共通の価値観が失われていくと思う時、「違い」に対してより不寛容になる。それは人種関係、道徳観、政治的見解、刑罰など、寛容が問われるすべての領域で起こる」との指摘、

 「権威主義者は決して異常な傾向ではない。誰もが集団に従うことと、個人の自由との間で折り合いをつけて生きている。

 このバランスが前者に傾く人が権威主義者であり、その反対がリバタリアン(自由至上主義者)だ。リバタリアンは「違い」を楽しみ、多様性にストレスを受けない」との指摘、

 等々の指摘を知り理解することができた。

 そして筆者は、「トランプ大統領が乗じる不寛容やそのより過激な形態であるヘイトは、経済的困窮が生んだものでも保守主義によるものでもなさそうだ。それは権威主義が人々に引き起こしたものであり、多くの人においては忽然と現れたとの考えられる」と指摘した。筆者の指摘を是として、今の世界のニュースを見ると、トランプ現象が世界各国にみられることに気づかされる。

 これは、地球規模の自由と民主主義の成熟の結果なのか?

 それとも地球規模の自由と民主主義の自壊の始まりなのか?

 いずれにしても、戦争といういつか来た道だけは勘弁してほしい!

 

 


by sasakitosio | 2019-09-03 06:23 | 朝日新聞を読んで | Trackback

822日付朝日新聞朝刊11面に、「政治季評」という欄がある。筆者は、早稲田大学教授・豊永郁子氏だ。今日はこの筆者に、学ぶことにした。

 まず筆者は、「テレビで報じられるアメリカのトランプ大統領の支持者集会の様子に私たちは衝撃を受ける。 憎悪と攻撃性をあらわにして熱狂する人々を目の当たりにするからだ。

 ここに見る度を越した政敵叩き、移民叩きは、アメリカ国民に広く支持され得るおのなのだろうか?

 2016年大統領選挙でのトランプ氏の勝利は、当初、経済的格差や貧困に関連付けて理解され、グローバル化の敗者である貧しい労働者階級の白人有権者がトランプ氏を支持したという物語が広まった。だが、これはトランプ氏を支持した地域の特徴に基づいて語られたものであり、トランプ氏に票を投じた個人についての調査が進むにつれ、異なる様相が浮かび上がってきた。

 何より、所得も階級もトランプ票には関係しないことが判明した。

 世代や教育の影響が論じられたが、それらもトランプ票を十分には説明できない。

 そんな中、トランプ支持者を最も良く説明すると注目されたのが「権威主義」だ。政治体制のことではない。個人にに存在する心理的傾向のことである。」と切り出した。

 続けて筆者は、「アメリカにおける権威主義の研究は、ファシズムを支持した人々の心理的特徴をとらえようとした、ドイツ出身の社会学者アドルノらの1920年の著書を嚆矢とする。

 90年代に政治学者の間でリバイバルがあり、研究の蓄積が進んだ。そして、トランプ氏が

共和党の大統領候補に選出された予備選挙の高で、ある大学院生が発見する。

 「権威主義者たちがトランプを支持している!」

 権威主義者と呼ばれる人々は、2大政党のどちらの支持者にも存在するが、徐々に共和党に集るようになっていることは知られていた。

 そして共和党内で力を増した彼らが党の本流をなす保守主義者たちを押さえ、ダークホースのトランプ氏を大統領候補に押し上げたという。

 さらに大統領選擧の本選では、民主党支持層や無党派層の中にいた権威主義者たちもトランプ氏を支持した。

 権威主義者とは何者か。

 アメリカの政治心理学者ステナーが2005年位発表した有名な研究によれば、権威主義者は「一つであること、同じであること」を求める。

 「違い」を嫌い、多様性が苦手だ。

 強制的手段を用いてでも規律を全体に行き渡らせてくれる強いリーダーを好む。

 個人のこうした傾向を意味する権威主義は、普通、あまり表に出て来ない。だが、ある条件下では活性化され、表面化する。

 ステナーは面接調査ににより、次のような発見をした。

 権威主義者は、政治的指導層に問題があると思う時、あるいは社会から共通の価値観が失われていくと思う時、「違い」に対してより不寛容になる。

 それは人種関係、道徳観、政治的見解、刑罰など、寛容が問われるすべての領域で起こる。

逆に確かなリーダーシップと共通の価値観が保障される時、権威主義者は不寛容を表さず、差別是正など進歩的な社会改革の支持者ににもなり得る。

 権威主義は決して異常な異常な傾向ではない。

 誰もが集団に従うことと、個人の自由との間で折り合いをつけて生きている。

 そのバランスが前者に傾く人が権威主義者であり、その反対がリバタリアン(自由至上主義)だ。リバタリアンは「違い」を楽しみ、多様性にストレス受けない。

 アメリカの白人有権者の44%が権威主義者ともいう。あなたが、私が、権威主義者でもおかしくない。

 権威主義は保守主義とは違う。保守主義の不寛容はすでに不寛容が存在している特定の領域に限られるが、権威主義は「違い」全般に不寛容である。

 保守主義者には受け入れやすい「安定した多様性」を権威主義者は嫌う。逆に権威主義者が好む「共に変わっていく」というビジョンに保守主義者は怖気をふるう。

 アメリカには国家の介入を嫌う保守主義の系譜もあるが、権威主義者は場合によっては国家の介入を歓迎する。

 面白いのは、権威主義者が子育てに関する質問によって見分けられることだ。

 たとえば、子どもには「行儀の良さ」と「思いやり」のどちらが重要かという質問に、前者と答えるのが権威主義者だ。「行儀の良さ」を重視する人々の間では、どの所得層でも一様にトランプ票が多い。」と教えてくれる

 最後に筆者は、「さて、トランプ氏は大統領選挙に際して、ワシントンの政治指導層の腐敗と失敗を執拗に言いたてた。さらに当時から今日まで一貫して、特に中南米からの移民に関して、犯罪者を多数含む、アメリカ人の価値観とは相いれない不法移民が大量に国内に流れ込んでいる、というイメージを喧伝し続けている。 

 これらは誇張と虚偽を含む主張だが、少なからぬ人々の権威主義を活性化させた可能性がある。彼らは突如、あらゆる「違い」に不寛容なり、自分たちと違う個人や集団に対するトランプ氏の攻撃をすべて支持し始めたかもしれない。

 トランプ大統領が乗じる不寛容やそのより過激な形態であるヘイトは、経済的困難が生んだものでも保守主義によるものでもなさそうだ。

 それは、権威主義が人々に引き起こしたものであり、多くの人に置いては忽然と現れたとも考えられる。

 明日は私たちのことかもしれないと身構える必要はあるだろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 

 「テレビで報じられるアメリカのトランプ大統領の支持者集会の様子に私たちは衝撃を受ける。憎悪と攻撃性をあらわにして熱狂する人々を目の当たりにするからだ」との指摘、

 「トランプ氏支持を最もよく説明するとして注目されたのが「権威主義」だ。政治体制のことではない。個人に存在する心理的傾向のことである」との指摘、

 「トランプ氏が共和党の大統領候補に選出された予備選挙の段階で、ある大学院生が発見する。「権威主義者たちがトランプを支持しいている!」」との指摘、

 「権威主義者とは何者か。アメリカの政治心理学者ステナーが2005年発表した有名な研究によれば、権威主義者は「一つであること、同じであること」を求める。「違い」を嫌い、多様性は苦手だ。強制的手段を用いてでも規律を全体に行き渡らせてくれる強いリーダーを好む」との指摘、

 「ステナーは面接調査により、次のような発見をした。権威主義者は、政治指導層に問題があると思う時、あるいは社会から共通の価値観が失われていくと思う時、「違い」に対してより不寛容になる。それは人種関係、道徳観、政治的見解、刑罰など、寛容が問われるすべての領域で起こる」との指摘、

 「権威主義者は決して異常な傾向ではない。誰もが集団に従うことと、個人の自由との間で折り合いをつけて生きている。

 このバランスが前者に傾く人が権威主義者であり、その反対がリバタリアン(自由至上主義者)だ。リバタリアンは「違い」を楽しみ、多様性にストレスを受けない」との指摘、

 等々の指摘を知り理解することができた。

 そして筆者は、「トランプ氏大統領が乗じる不寛容やそのより過激な形態であるヘイトは、経済的困窮が生んだものでも保守主義によるものでもなさそうだ。それは権威主義が人々に引き起こしたものであり、多くの人においては忽然と現れたとの考えられる」と指摘した。筆者の指摘を是として、今の世界のニュースを見ると、トランプ現象が世界各国にみられることに気づかされる。

 これは、地球規模の自由と民主主義の成熟の結果なのか?

 それとも地球規模の自由と民主主義の自壊の始まりなのか?

 いずれにしても、戦争といういつか来た道だけは勘弁してほしい!

 

 


by sasakitosio | 2019-09-03 06:22 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月21日付朝日新聞朝刊9面に、「多事秦論」という欄がある。筆者は、編集委員・高橋純子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「彼は流しそうめんのように掴みにくい男だったーーー。連休初日の8月10日、札幌・大通公園で私に脳裏になぜ「吉里吉里人」(井上ひさし)の一節が浮かんだかというと7月の参院選のさなか街頭演説に立った安倍晋三首相に「安倍やめろ!」とヤジを飛ばしたらすぐ警官に取り押さえられて排除されたソーシャルワーカーの男性(31)が自身のその時の状態を「最近家でやった流しそうめんのようだった」と表現して見せたからだった。

 この日、北海道警察に抗議しようと企画された「ヤジも言えないこんな世の中じゃ・・」デモ。

 黄色い横断幕の端っこを持ち。「道警謝れ!」と笑顔でコールしている大学4年生の女性(24)も、「増税反対!」とやじった途端に囲まれ腕をつかまれた。

 「法律犯してないのにヤバくない?」

 警察に引っ張られながら、周囲に聞こえるように、「助けて」という思いを

込めて声を上げたが、遠巻きにただながめられた。中にはスマートフォンで撮影している人もいて、警官ではなく自分が「ヤバいやつ」と思われていることに気づいた。

 1時間ほど複数の警官に付きまとわれた彼女は、自身のスマホで動画を取った。

 「(私たちに)権力なんかないよ(笑)」

 「(あなたと)ウィンウィンの関係になりたい」

 「ジュース買ってあげる」

 警官の発言の軽さ。なれなれしさ。市民の自由を抑圧している自覚は多分ないのだろう。無自覚でカジュアルな権力行使は、自覚的なそれよりある意味おそろしい・・・はい。同様のことは、名古屋でも。」と切り出した。

 続けて筆者は、「彼はきしめんのように薄い男だったーーーとはおそらく誰も書いてないが、名古屋市の河村たかし市長は、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」」で展示されていた少女像の撤去を求め、「日本人の心を踏みにじる」

 「表現の自由は相手を傷つけないことが絶対(条件)」などと語ったという。

 この認識がいかに浅薄かはさんざん指摘されているので繰り返さないけれど、もうずいぶん前のこと、被爆地の千羽鶴が燃やされたんだったかモニュメントが壊されタンだったか、そのような事件があり、テレビのニュースキャスターが「悲しい」とコメントしたことを、思い出した。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「確かに悲しい。しかしキャスターという立場の人がそういう次元で勝負するのは危ういと感じた。

 ただ、何がどう危ういのかを深く掘り下げないまま今日にいたっていたのだが、今次の河村発言をかぶせて考えてみると、おぼろげながら見えてくる。

 愚かな戦争を始めたこと。

 内外に甚大な被害をあたえたこと。

 痛切な悔恨と反省が戦後の日本、日本人にタガをはめ、善悪聖者のラインをくっきりとさせていた。

 だが戦後も70余年が経ち、メンテナンスの悪さも相まってタガはすっかりゆるんだ。

それの乗じて、「戦後レジュームからの脱却」を唱えるお歴々が新たなラインを引きまくり、踏みにじった側がのびのびと、ちゅうちょなく「踏みにじられた!」と言いたてるようになった。

 悲しい。

 傷ついた。

 踏みにじられた。

 この主張は重い。

 強い。

 言われた側は「申し訳ない」と謝罪するか、「そんなつもりはなかった」と弁明するか、そうでなければ無視を決め込むか、取り得る手立ては限られる。

 故にこれらは、被害者が自身を守る「盾」としてしか使えなかったはずなのに、いまやカギカッコを被った「被害者」が気に食わないものをぶった斬るための「剣」として便利に使っている。

 しかも、主語を「日本人の心」まで肥大化させれば、およそ斬れないものはない。

 一億総活躍ならぬ一億総「被害者」社会。そうめんきしめんまっぴらごめん。

 ふう。夏休みの自由研究はひとまずここまで。2学期はもっと勉強に励みます。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1時間ほど複数の警官に付きまとわれた彼女は、地震のスマホで動画を撮った。

 「(私たち)権力なんかないよ(笑)」

 「(あなたと)ウインウインの関係になりたい」

 「ジュース買ってあげる」

 警官の発言の軽さ。なれなれしさ。市民の自由を抑圧している自覚はたぶんないのだろう。

 無自覚でカジュアルな権力行使は、自覚的なそれよりある意味恐ろしい」との指摘、

「愚かな戦争を始めたこと。内外に甚大な被害を与えたこと。痛切な悔恨を反省が、戦後の日本、日本人にタガをはめ、善悪正邪のラインをくっきりさせていた」との指摘、

 「だが、戦後70余年が経ち、メンテナンスの悪さも相まってタガはすっかりゆるんだ。

 それに乗じて、「戦後レジュームからの脱却」を唱えるお歴々が新たなラインを引きまくり、踏みにじった側がのびのびと、ちゅうちょなく「踏みにじられた!」と言い立てるようになった」との指摘、

 「悲しい、傷ついた、踏みにじられた。これらの主張は重い。強い。いわれた側は「申し訳ない」と謝罪するか、「そんなつもりはなかった」と弁明するか、そうでなければ無視を決め込む取る得る手立ては限られる。ゆえにこれらは被害者が自身を守る「盾」としてしか使えなかったはずなのに、いまやカギカッコをかぶった「被害者」が、気に食わないものをぶった切るための「剣」として便利に使っている。しかも、主語を「日本人の心」まで肥大化させれば、およそ斬れないものはない」との指摘、等々の指摘はよく理解できた。

 特に、「無自覚でカジュアルな権力行使は、自覚的なそれよりある意味恐ろしい」、「一億総被害者」社会。」との筆者の指摘は、刺激的だった。

 

 


by sasakitosio | 2019-09-01 20:04 | 朝日新聞を読んで | Trackback

724日付朝日新聞社説に、「参議院議員選挙」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「与野党ともに敗北を喫した。そういわれても仕方あるまい。

  48.80%。今回の参院選の投票率は5割を切り、1995年の44.52%に次ぐ、戦後2番目の低さとなった。

 候補者すべての得票合計を棄権が上回ったことになる。議会が民意を正当に反映しているか疑われかねない。

 自民党は選挙区の改選数74のうち5割に当たる38議席を獲得した。しかし棄権した人を含む有権者全体に対する絶対得票率は2割を切っている。

 安倍首相は「国民の皆さまからの力強い信認をいただいた。と胸を張るが、与党野党の別なく。代議員制民主主義の基盤を掘り崩す深刻な事態と受け止めるべきだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「期日前投票は参院選で過去最高となったが、当日の投票が伸びなかった。九州の大雨も影響したが、投票率が前回を上回ったのは」高知県だけで、全国の20選挙区が戦後最低を記録した。

 投票しても政治は変わらない。

 投票したい候補者や政党がない。

 そもそも、政治に関心がないーーー。

 棄権の理由はさまざなだろう。 

 なかには、現状維持でいいので、わざわざ投票に行くまでもないと判断した人もいるかもしれない。

 まず問われるべきは、有権者を引きつけることが出来なかった政党、政治家の責任だ。

 安倍自民党が6連勝した国政選挙の投票率は、いずれも60%を下回っている。

 2014年の衆院選の52.66%は戦後最低、17年の衆院選の53.68%は2番目の低さだ。

 「安倍一強」のもと、多様な民意に向き合おうとしない強引な政権運営が続いていることとも無縁ではないだろう。

 今回の参院選にあたっても、国会の論戦を回避し、「老後2千万円報告書」など不都合な現実にはふたをした。

 「安定か混乱か」と、6年以上前の民主党政権をあげつらい、重要な政策課題について国民に問いかける姿勢に乏しかった。」と指摘した。

 最後に社説は、「野党の力不足も大きい。全国32の小選挙区すべてに統一候補を立て、一定の効果はあったものの、明確な争点をアピールできず、より多くの有権者を糾合するうねりを起こせなかった。

 手続きが簡単な期日前投票が定着する一方で、人口減少が進む地方を中心に投票所の数が減っている。午後8時の投票終了時間を繰り上げる自治体も少なくない。

 投票率を上げるには制度面の手当ても必要だろう。

 有権者の政治参加が細っていくのを、このまま見過ごすわけにはいかない。

 政党や政治家が民意とかけ離れた存在になれば、民主主義そのものが危うい淵に立つ。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「与野党とも敗北を喫した。そう言われても仕方あるまい。48.80%。今回の参院選の投票率は5割を切り、1995年の44.52%に次ぐ、戦後2番目の低さとなった」との指摘、 

「候補者すべての得票の合計を棄権が上回ったことになる。議会が民意を正当に反映しているか疑われかねない」との指摘、

 「自民党は選挙区の改選数74のうち5割に当たる38議席を獲得した。しかし棄権した人を含む有権者全体に対する絶対得票率は2割を切った」とのこと、

 「まず問われるべきは、有権者を引きつけることができなかった政党、政治家の責任だ」との指摘、

 「「安定か、混乱か」と6年以上前の民主党政権をあげつらい、重要な政策課題について国民に問いかける姿勢は乏しかった」との指摘、

 「野党の力不足も大きい。中略。明確な争点をアピールできず、より多くの有権者を糾合するうねりを起こせなかった」との指摘、

 等々の指摘を知り、理解できた。

 社説は「投票率を上げるには、制度面の手当ても必要だろう。有権者の政治参加が細っていくのを、こんまま見過ごすわけにはいかない。政党と政治家が民意とかけ離れた存在になれば、民主主義そのものが危うい淵に立つ」と指摘した。

 指摘の通りだと思う。そして今日只今が、民主主義そのものが危うい「淵」に立っている状態ではないか、とも思った。

 困ったの事よ!

 どうすればいいのよ!

 後期高齢者の、髪の毛の少なくなった、使い古した、弱い頭で投票率のアップ策について考えてみた。

 ①投票率が50%以下の選挙は、すべてやり直しとする。

 ②供託金をゼロにする。

 ③選挙はすべて公営化して、政党・立候補者の負担をゼロにする。

 ④すべての選挙に被選挙人資格試験を実施する。その試験内容は、市町村議員は市町村職員採用試験と同等の試験とし、都道府県議員は都道府県職員の採用試験と同等の試験とし、国会議員は国家公務員上級職職員採用試験と同等の試験としたらいかがか。

⑤最後に、選挙での棄権回数が10回を超えた人は、数年間選挙権を失うという、選挙権に「時効」制度をもうけたらどうか。

 マスメディアも有識者も、目の前の民主主義のがけっぷちで、日本国民と日本国家が踏みとどまり引き返す「道」をぜひとも、示していただけないものか、と思った。

 


by sasakitosio | 2019-08-16 17:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback

725日付朝日新聞朝刊15面に、「他事秦論」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「私たちはきちんと調べただろうかーーーーーー。

 参院選投票の1週間前、福島県いわき市を訪ねた。選挙カーの連呼や候補者の練り歩き、対立党をこき下ろす舌戦とは無縁な静かな昼下がり。

 勿来市民会館に向かう。

 樹木が茂る一角に胸像が建つ。「星一先生之像」。人なつっこい笑顔が印象的だ。

 日本国憲法で廃止された貴族院に代わり国民が選ぶ参議院が新設され、1947(昭和22)年4月第一回選挙の全国区約49万票を集めトップ当選したのが星だ。

 1873(明治6)年、周辺の農家に生まれ苦学して米コロンビア大学大学院を卒業。新聞や日本紹介の雑誌を発刊する。

 「合衆国民のすべてが親切で、楽観的、進取的、協力的」「哲人エマーソンから民主的なれ、楽観的なれ、建設的なれと書物で教えられた」と自著で記す。

 ラルフ・ワルド・エマーソンは19世紀米国の思想家だ。自分だけでなく他人や職務、時間をいとおしむ「親切第一」が座右の銘になり、艱難も楽観的に立ち向かう人物を形作る。」と切り出した。 

 続けて筆者は。「帰国後、星製薬を創業、胃腸薬などに加え麻酔・鎮痛薬モルヒネやマラリアの治療薬キニーネを国産化。「東洋の製薬王」と呼ばれた。現在の星薬科大学も創設する。

 成功の裏に波乱が潜む。日本の植民地だった台湾の総督府民政局長、後藤新平と関係を深め、モルヒネの原料アヘンの払い下げを受ける。

 後藤が失脚すると時の政府に原料の処理や経理の不備を指摘され、銀行取引も厳しくなり、破産宣告に直面する。

 「公然たる動き、裏面での動き、連絡のある動き、独立した動き、いずれもが力を増しながら渦を巻き、星を深みへと引きずり込もうとしていた」。星と官憲の暗闘を小説風伝記「人民は弱し、官吏は強し」で著したのは親切第一から命名された長男親一。SP小説の第一人者、星新一である。」と教えてくれる。

 さらに続けて筆者は「星は屈するどころか戦い続ける。父が県議だった郷里の人々の依頼で1908年の衆院選に出馬し当選するが、その後は落選を重ねた。だが破産宣告の6年後、37年の総選挙に立ち2回目の当選を果たす。

 42430日の総選挙は太平洋戦争の最中だったが、星は福島3区で再選される。

 容易ではなかった。

 東条英機首相が招請した各界代表が結成する協議会が推薦候補を選ぶ翼賛選挙だったため、当選者の8割余りが推薦候補。

 だが、星は非推薦だった。

 当局の監視は厳しかったが豊富な人脈がモノを言う。福島出身の部下が多くいた荻洲立兵元陸軍中将が応援演説をした。「弁士中止」と命じる警官と怒鳴り合いになった。元首相広田弘毅も推薦文を書いた。

 当選後は科学技術の資金が足りないと政府を批判、本質を直視し意気軒昂だった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「敗戦。参院選は5回、演説会を開いだけだった。時代は彼に未来の希望をみたのだろうか。

 選挙ポスターに「日米親善に貢献」「世界的協力発揮」などの文句が並ぶ。

 破壊された日米親善の架け橋となり、日本が国際復帰するまでの親切を構想したようだ。

 親一の次女マリナさんは「世界に奉仕する人材を育て理想の実現を目指したのだと思う」と話す。

 要は自立した個人が主役の民主化だ。参院での発言が残る。

 「国民全部が働いて生活できるような社会を日本はどうしても作らなければならない。これが本当の経済の民主化である。努力を基礎にした金融こそ日本経済民主化の鍵である。」。エマーソンの教えは生きていた。511月、訪米中に客死する。夢は後の世代に託された。

 参院選は終わった。与党の圧倒的優位は変わらない。

 それでも、与党は独善的であってはならない。 

 己より、国民や時間、職務に親切な政治でなくてはならない。

 野党は屈してはならない。

 政権の揚げ足取りでなく、国民の心に届く政策を磨かなければならない。

 それには議論の府の再建が急務である。星の見果てぬ夢が指し示している。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「日本国憲法で廃止された貴族院に代わり国民が選ぶ参議院が新設され、1947(昭和22)年4月の第一回選挙の全国区で約49万票を集めトップ当選したのが星だ」とのこと、

 「1873(明治6)年、周辺の農家に生まれ苦学して米コロンビア大学大学院を卒業。新聞や日本紹介の雑誌を発刊する」とのこと、

 「「合衆国民のすべてが親切で、楽観的、進取的、協力的」「哲人エマーソンから、民主的なれ、楽観的なれ、建設的なれと書物で教えられた」と自著で記す」とのこと、

 「帰国後、星製薬を創業、胃腸薬などに加え麻酔・鎮痛剤モルヒネやマラリアの治療薬キニーネを国産化。「東洋の製薬王」と呼ばれた。現在の星薬科大学も創設する」とのこと、

 「日本の植民地だった台湾の総督府民政局長、後藤新平と関係を深め、モルヒネの原料アヘンの払い下げを受ける。後藤が失脚すると時の政府に原料処理や経理に不備を指摘され、銀行取引も厳しくなり、破産宣告に直面する」とのこと、

 「星は屈するどころか闘い続ける。父が県議だった郷里の人々の依頼で1908年の衆院選に出馬し当選するが、その後は落選を重ねた。だが破産宣告の6年後、37年の総選挙に立ち2回目の当選を果たす。

 42年4月30日の総選挙は太平洋戦争の最中だったが、星は福島3区で再選される。中略

当選後は科学技術の資金が足りないと政府を批判、本質を直視し意気軒昂だった」とのこと、

 「敗戦。参院選は5回、演説会を開いただけだった。時代は彼に未来の希望を見たのだろうか。選挙ポスターに「日米親善に貢献」「世界的協力発揮」などの文句が並ぶ。破壊された日米親善の架け橋となり、日本が国際社会復帰するまでの親切を構想したようだ」とのこと、

 「要は自立した個人が主役の民主化だ。参院での発言が残る。「国民全部が働いて生活できるような社会を日本はどうしてもつくらなければならない。これが本当の経済の民主化である。努力を基礎にした金融こそ日本の経済民主化の鍵である」。」とのこと、

 等々を始めて知ることができた。

 この欄を読んで、星一という偉大な人物が、明治の初めに誕生し、敗戦後の日本の民主化を引っぱった、事を知ることができて、よかった。

 筆者は、「与党は独善的であってはならない。己より、国民や時間、職務に親切な政治でなくてはならない」「野党は屈してはならない。政権の揚げ足取りではなく、国民の心に届く政策を磨かなければならない」と指摘した。

 指摘の通りだと思った。

 それに加えて、マスメディアの取り上げ方も、「与党の独善」を具体的に指摘、継続的に報道し、野党の政策の実現性を検証し、野党をリードする報道をして、欲しいと思った。

 ここ数年、マスメデイアに持ち上げられた選挙のヒーローが、選挙に圧倒的有利で当選した後に、瞬く間に「メデイア化粧?」が剥げ「地の顔」があらわになり、投票した有権者、期待した有権者をがっかりさせてきたことか。

 これも民主主義の危機のような気がしている。


by sasakitosio | 2019-08-16 16:14 | 朝日新聞を読んで | Trackback

725日付旭新聞朝刊社説に、「中国国防白書」のことが載った。今日は、この社説を学習することにした。

 まず社説は、米国との対抗意識をあらわにし、台湾への武力行使の可能性に公然と言及する。

 こんな強硬な姿勢が地域の不安を高めていることを自覚すべきである。

中国政府が4年ぶりとなる国防白書を公表した。今世紀半ばまでに世界一流の軍を築く、との看板どおり、軍の「現代化」を急ぐ方針を強調した。 

 国際情勢について、

米国を名指しで単独主義と呼び、その戦略によって国際的な軍拡競争が生じている、と批判した。

 昨今の米中対立を意識したようだが、軍拡の責任を一方的に転嫁するのは身勝手すぎる。

 近年の中国の軍事力の膨張は東アジア地域で突出している。

 今年の国防予算は前年比で7.5%増えて198千億円。日本の防衛予算の4倍近い。

 米軍が近年、南シナ海で「航行の自由作戦」を展開するなど中国への警戒とけん制を強めているのは事実だが、その緊張をもたらしたのは中国自身である。

 軍拡に加え、近隣海域で強引な振る舞を重ねてきた。」と切り出した。

 続けて社説は、「今回の白書でも台湾への脅しに近い文書が並ぶ。

 「武力の行使は放棄しない」とし、台湾が独立に向かうならば、「中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」という。

 実際、中国は軍事的な圧力を強めている。空母が台湾を周回し、戦闘機が台湾海峡の中間線を超えたこともあった。これまでにない動きであり、地域の安定を揺るがす行為だ。

 南シナ海でも今月、軍事演習で対艦弾道ミサイル6発を発射するなど挑発を続けている。

 尖閣諸島について白書は「中国固有の領土」と言明し、東シナ海の監視を続けるとした。4年前の白書にはなかった表現だ。

 一方、白書は国防費の規模について他国とのバランスはとれていると主張する。財政支出に占める割合などを根拠にしているが、説得力は乏しい。

 国防費の支出内訳は今回、一部が公表されたものの、不明な部分も多々残る。白書も1998年以降、2年ごとに発表してきたが、2015年を最後に途絶えていた。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「習近平体制は「軍民融合」強化方針を打ち出している。人工知能やサイバー、衛星利用と言った新たな軍事技術分野において、国防費の不透明性がさらに高まるとの懸念も出ている。

 最近の中国は、貿易問題など多国間主義を強調し、米国第一主義を非難する国際世論づくりに腐心している。だが、そうした努力をかさねても、今のような軍事姿勢を続ける限り、国際的な信頼は得られまい。

 台湾や周辺諸国への威圧的行為を直ちにやめ、国防政策の情報公開を進めるべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「中国が4年ぶりとなる国防白書を公表した。今世紀半ばまでに世界一流の軍を築く、との看板通り、軍の「現代化」を急ぐ方針を強調した」とのこと、

 「近年の軍事力の膨張は東アジア地域で突出している。今年の国防予算は前年比で7.5%増えて19兆8千億円。日本の国防費の4倍近い」とのこと、

 「今回の白書でも台湾への脅しに近い文言が並ぶ。「武力の使用は放棄しない」とし、台湾が独立に向かうならば、「中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」という」とのこと、

 「実際、中国は軍事的圧力を強めている。空母が台湾を周回し、戦闘機が台湾海峡の中間線を超えたこともあった」とのこと、

 「南シナ海でも今月、軍事演習で対艦弾道ミサイル6発を発射するなど挑発を続けている」とのこと、

 「尖閣諸島について白書は「中国固有の領土」と言明し、東シナ海の監視を続けるとした。4年前の白書にはなかった表現だ」とのこと、

 「国防白書の支出内訳は今回、一部が公表されたものの、不明な部分も多々残る。白書も1998年以降、2年ごとに公表してきたが、2015年を最後に途絶えていた」とのこと、

 「最近の中国は貿易問題などで多国間主義を強調し、米国第一主義を非難する国際世論づくりに腐心している」とのこと、等等を知り理解することができた。

 更に社説は「台湾や周辺地域への威圧行動をただちにやめ、国防政策の情報公開を進めるべきだ」と主張する。主張に賛同しながら、考えた。

 まず、1984年8月7日~8月13日にかけて、承徳市を総勢約20名、年齢層8歳~70余歳の男女で、訪問したことがる。こちら主催のパーテーで市の共産党の高官から「日本は経済大国」なのになぜ「軍事大国」にならないのか、と質問されて驚いたことを、思い出した。

 今思えば、中国では経済大国は軍事大国なんだと。そして今日、中国は経済大国になった、軍事大国になろうとしているのかも知れないと思った。

 なぜ経済大国になった国は軍事大国になろうとするのだろうか?

 経済大国を維持したいため?

 外国から侵略されないため? 

 外国への投資を守るため?

 しかし、軍事費は究極の無駄使いで、ひとたび軍事大国になると大軍を維持するため、毎年膨大な血税を注ぎ込むことになるはずだ。

 世界の警察官になって、他国は軽軍備で予算を教育振り向けているのに、軍事大国は膨大な予算を軍事費に使い続けなければならない。

 世界が平和になって、戦争が無くなるとか、核兵器の出現で戦争が出来ないとなった時に、真っ先に財政問題から軍事大国は崩壊するのではないか、と思っている。

 そういう見方で見ると、中国は国民のためではなく、指導者の欲望のために軍事大国化を目指しているような気がしてならない。

  


by sasakitosio | 2019-08-16 15:07 | 朝日新聞を読んで | Trackback

725日付旭新聞朝刊社説に、「中国国防白書」のことが載った。今日は、この社説を学習することにした。

 まず社説は、米国との対抗意識をあらわにし、台湾への武力行使の可能性に公然と言及する。

 こんな強硬な姿勢が地域の不安を高めていることを自覚すべきである。

中国政府が4年ぶりとなる国防白書を公表した。今世紀半ばまでに世界一流の軍を築く、との看板どおり、軍の「現代化」を急ぐ方針を強調した。 

 国際情勢について、

米国を名指しで単独主義と呼び、その戦略によって国際的な軍拡競争が生じている、と批判した。

 昨今の米中対立を意識したようだが、軍拡の責任を一方的に転嫁するのは身勝手すぎる。

 近年の中国の軍事力の膨張は東アジア地域で突出している。

 今年の国防予算は前年比で7.5%増えて198千億円。日本の防衛予算の4倍近い。

 米軍が近年、南シナ海で「航行の自由作戦」を展開するなど中国への警戒とけん制を強めているのは事実だが、その緊張をもたらしたのは中国自身である。

 軍拡に加え、近隣海域で強引な振る舞を重ねてきた。」と切り出した。

 続けて社説は、「今回の白書でも台湾への脅しに近い文書が並ぶ。

 「武力の行使は放棄しない」とし、台湾が独立に向かうならば、「中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」という。

 実際、中国は軍事的な圧力を強めている。空母が台湾を周回し、戦闘機が台湾海峡の中間線を超えたこともあった。これまでにない動きであり、地域の安定を揺るがす行為だ。

 南シナ海でも今月、軍事演習で体感弾道ミサイル6発を発射するなど挑発を続けている。

 尖閣諸島について白書は「中国固有の領土」と言明し、東シナ海の監視を続けるとした。4年前の白書にはなかった表現だ。

 一方、白書は国防費の規模について他国とのバランスはとれていると主張する。財政支出に占める割合などを根拠にしているが、説得力は乏しい。

 国防費の支出内訳は今回、一部が公表されたものの、不明な部分も多々残る。白書も1998年以降、2年ごとに発表してきたが、2015年を最後に途絶えていた。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「習近平体制は「軍民融合」強化方針を打ち出している。人工知能やサイバー、衛星利用と言った新たな軍事技術分野において、国防費の不透明性がさらに高まるとの懸念も出ている。

 最近の中国は、貿易問題など多国間主義を強調し、米国第一主義を非難する国際世論づくりに腐心している。だが、そうした努力をかさねても、今のような軍事姿勢を続ける限り、国際的な信頼は得られまい。

 台湾や周辺諸国への威圧的行為を直ちにやめ、国防政策の情報公開を進めるべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「中国が4年ぶりとなる国防白書を公表した。今世紀半ばまでに世界一流の軍を築く、との看板通り、軍の「現代化」を急ぐ方針を強調した」とのこと、

 「近年の軍事力簿膨張は東アジア地域で突出している。今年の国防予算は前年比で7.5%増えて19兆8千億円。日本の国防費の4倍近い」とのこと、

 「今回の白書でも台湾への脅しに近い文言が並ぶ。「武力の使用は放棄しない」とし、台湾が独立に向かうならば、「中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」という」とのこと、

 「実際、中国は軍事的圧力を強めている。空母が台湾を周回し、戦闘機が台湾海峡の中間線を超えたこともあった」とのこと、

 「南シナ海でも今月、軍事演習で対艦弾道ミサイル6発を発射するなど挑発を続けている」とのこと、

 「尖閣諸島にについて白書は「中国固有の領土」と言明し、東シナ海の監視を続けるとした。4年前の白書にはなかった表現だ」とのこと、

 「国防白書の支出内訳は今回、一部が公表されたものの、不明な部分も多々残る。白書も1998年以降、2年ごとに公表してきたが、2015年を最後に途絶えていた」とのこと、

 「最近の中国は貿易問題などで多国間主義を強調し、米国第一主義を非難する国際世論づくりに腐心している」とのこと、等等を知り理解することができた。

 更に社説は「台湾や周辺地域への威圧行動をただちにやめ、国防政策の情報公開を進めるべきだ」と主張する。主張に賛同しながら、考えた。

 まず、1984年8月7日~8月13日にかけて、承徳市を総勢約20名、年齢層8歳~70余歳の男女で、訪問したことがる。こちら主催のパーテーで市の共産党の高官から「日本は経済大国」なのになぜ「軍事大国」にならないのか、と質問されて驚いたことを、思い出した。

 今思えば、中国では経済大国は軍事大国なんだと。そして今日、中国は経済大国になった、軍事大国になろうとしているのかも知れないと思った。

 なぜ経済大国になった国は軍事大国になろうとするのだろうか?

 経済大国を維持したいため?

 外国から侵略されないため? 

 外国への投資を守るため?

 しかし、軍事費は究極の無駄使いで、ひとたび軍事大国になると大軍を維持するため、毎年膨大な血税を注ぎ込むことになるはずだ。

 世界の警察官になって、他国は軽軍備で予算を教育振り向けているのに、軍事大国は膨大な予算を軍事費に使い続けなければならない。

 世界が平和になって、戦争が無くなるとか、核兵器の出現で戦争が出来ないとなった時に、真っ先に財政問題から軍事大国は崩壊するのではないか、と思っている。

 そういう見方で見ると、中国は国民のためではなく、指導者の欲望のために軍事大国化を目指しているような気がした。

  


by sasakitosio | 2019-08-16 15:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback