憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
# by sasakitosio | 2019-03-23 18:42 | Trackback

 3月21日付朝日新聞朝刊17面に「月刊安心新聞+」と言う欄がある。筆者は、千葉大学教授・神里達博氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「「戦後」と呼ばれる時代において、重要な役割を果たしてきたモノやコトはさまざまあるが、「テレビ」の存在はやはり大きかったと言えるだろう。その影響力の強さから、かっては、評論家の大家壮一が「一億総白痴化」を招くとして厳しく批判したほどである。

 しかし近年、インターネットの普及、さらに[通信と放送の融合]といった政策の推進もあり、この社会における「地上波テレビ」のあり方は急速に変容しつつある。

 まず気付くのは広告費の変化だ。

 先日、広告大手の電通が発表した「2018年日本の広告費」によれば、「インターネット広告費が」が5年連続で2桁の成長を遂げ、「地上波テレビ広告費」とほぼ同額の、1兆7589億円に達したと推定されるという。

 恐らく今年は、両者のシェアが逆転することだろう。

 また、いわゆる「テレビ離れ」はとりわけ若年層で顕著であるとされる。その代りに彼ら・彼女らが時間を費やすのがネットワークを介した各種の活動だ。

 新しいネットの利用というと、インスタグラムなどのSNSを想起しやすいだろうが、ここで指摘しておきたいのは「ゲーム」のことだ。

 興味深いのは、ゲームをすること自体が、一種の表現活動となりつつあるという点である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「かってのコンピューターゲームは、ハードウエアの性能上の制約から、プレイヤーの自由度は低かった。たとえば古典的なシューテングゲームにおいては、敵を攻撃するだけだった。

 ロールプレインゲームにおいては、そこにある種の「世界観」が投影されるものの、依然としてプレーヤーは、ほぼ受動的な存在であった。

 しかし、コンピューターの性能やネットワークの通信速度が飛躍的に向上した結果、自由度が著しく高まり、ゲームを通じてさまざまな活動や表現が可能になってきた。

 たとえば、小中学生も含め、若者たちが夢中になっているものが、広い仮想空間で活動する「オープンワールド型」のゲームである。

 なかでも、広大な空間に建物や施設などを自由に構築できる「マインクラフト」は世界中で大変に人気があるソフトとして知られている。

 そして動画サイトには、そのような仮想現実の世界での個々のプレイヤーの活動が投稿されており、そのようすを視聴すること自体が、すでに新たな娯楽として定着している。

また、約10年前に「ポーカロイド」と呼ばれる歌声の音声合成ソフトが開発されたことで、ボーカルも含めて音楽全体をパソコンだけで作ることが可能になった。

 これにより作詞・作曲・歌のすべてをこなす「ボーカロイド・プロデューサー(ボカロP)」が続々と登場、動画投稿サイトには多数の作品が溢れている。昨年の紅白歌合戦に

出場した米津元帥も、元々が「ハチ」の名で知られる「人気ボカロP」であった。

 さらに、ゲームを一種のプロモーションビデオ制作のツールと見立て、ボーカロイドによる音楽を重ねることで、新たな作品として表現するといった試みも、縦横無尽に行われている。

 このような新しい表現活動において最重要のプラットフォームは目下、動画サイトであろう。

 そのことを反映してか、2017年にソニー生命保険が実施した調査では、中学生の将来成りたい職業として、男子の3位に「YouTuberなどの動画投稿者」がランクインした。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「一方で、ハードウエアとしての「テレビ」は、すでに「多目的モニター」となっている。

 実際、新しいテレビのリモコンは、「地上波」のみならず、「YuTube」や、「AbemaTV」などの映像ストリーミングを選ぶボタンを、最初から備えていることが多い。

 つまり、すでに地上波テレビはさまざまなコンテンツの中の、一部の選択肢にすぎないのである。この現状を、地上波を狙ってきた人たちはどう見ているのだろうか。

 今クール、TBS系列で「新しい王様」というドラマが放映されていた。

 これは若きアプリ開発者が、東京キー局の一つを買収しようというストーリーを軸に展開する。藤原竜也扮する主人公は、旧態依然とした放送局の経営者側を、さまざまなパフォーマンスを通して批判し、「いつか誰も(テレビ)を見なくなる日が来るよ」と叫ぶ。

 やや既視感を反映しているように感じられた。

 内容も興味深いのだが、このドラマは、前半は地上波で放送されたが、後半はTBSなどが出資するインターネットテレビ「Paravi」で配信するというスタイルを取った点も、注目すべきだろう。

 アメリカの政治学者アンダーソンはかって、著書「想像の共同体」において、近代国家の「国民意識」の起源として、出版資本主義の重要性を指摘した。

 現地語による活字メディアの興隆が、近代的な「国民」の形成に寄与したという彼の議論は、各方面に大きな影響を与えたが、現代日本における地上波テレビは、類似する役割を果たしてきたと考えられないだろうか。

 もしそうだとすると、テレビの地位の相対化は、この国の姿を大きく変える要因になりうる。

 これをどう考えるべきかは、私たちの社会全体に対する問いかけとして、捉えるべきだろう。

 日本のモダンを支えてきた条件がまた一つ、過去のものになろうとしているのかもしれない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「戦後」と呼ばれる時代において、重要な役割を果たしてきたモノやコトはさまざまあるが、「テレビ」の存在はやはり大きかったと言えるだろう」とのこと、

 「しかし近年、インターネットの普及、さらに「通信と放送の融合」といった政策の推進もあり、この社会における「地上波テレビ」のあり方は急速に変容しつつある」とのこと、

 「小中学生も含め、若者たちが夢中になっているのが、広い仮想空間で活動する「オープンワールド型」のゲームである。なかでも、広大な空間に建物や施設などを自由に構築できる「マインクラフト」は世界中で大変に人気があるソフトとして知られている」とのこと、

 「約10年前に「ボーカロイド」と呼ばれる歌声の音声合成ソフトが開発されたことで、ボーカルも含めて音楽全体をパソコンだけで作ることが可能になった」とのこと、

 「これにより作詞・作曲・歌のすべてをこなす「ボーカロイドプロデューサー(ボカロP)が続々登場、動画サイトには多数の作品があふれている」とのこと、

 「このような新しい表現活動において最重要のプラットフォームは目下、動画サイトであろう」とのこと、

 「アメリカの政治学者アンダーソンはかって、著書「想像の共同体」において、近代国家の「国民意識」の起源として、出版資本主義の重要性を指摘した」とのこと、

 「現地語による活字メディアの興隆が、近代的な「国民」の形成に寄与したという彼の議論は各方面に大きな影響を与えたが、現代日本における地上波テレビは、類似する役割をはたしてきたと考えられないだろうか」と指摘、

 等々を知り理解することができた。

 そして、筆者は「テレビの地位の相対化は、この国の姿を大きく変える原因になり得る」と指摘する。そうかもしれない、と思った。

 いまどきは年寄りがテレビを見て、新聞や本をよむ、若者はどこでもスマホとSNS。選挙に行くのは、年寄りが総体的に多い、となるようだ。

 社会の分断化、ミスマッチを最小限に食い止めるには、先々スマホで投票でも、ということになるのだろうか。


# by sasakitosio | 2019-03-23 07:23 | 朝日新聞を読んで | Trackback

3月22日付東京新聞朝刊社説に、ゲノム編集食品のことが載った。 今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「この夏にもお目見えするというゲノム編集食品は、遺伝子の組み換え食品とは違う。ゆえに安全審査は必要ないーーと、厚生労働省は考える。新たな安全神話の誕生に、ならなければいいのだが。

 遺伝子組み換え食品を市場に流通させるには、食品衛生法による安全審査という関門がある。

 事業者は、厚生労働省に安全性を示すデータを提出し、承認を得ることになっている。

 しかし、ゲノム(全遺伝情報)編集食品に関しては、造り方によっては開発情報を任意で届け出るだけでよく、遺伝子組み換え食品のような審査を受ける必要がないことにするという。」と切り出した。

 続けて社説は、「ゲノム編集は二種類に大別される。対象に新しい遺伝子を組み込む方法と、対象の遺伝子を切断して壊す方法だ。

 いずれにしても、遺伝子を操作して、生き物の性質や形態を改変することに違いはない。

 ところが厚労省は、外部遺伝子を組み込む場合は規則の対象となるものの、切断して壊すケースは、自然に起きる突然変異や旧来の品種改良と見分けがつかず、審査はいらないというのである。

 ゲノム編集の食品分野への応用は、世界規模で加速しつつある。

 例えば、血圧上昇を抑える効果の高いトマトや肉厚のマダイなど、内外の”食材“が商品化を待っている。」と教えてくれる。

 さらに続けて社説は、「昨年6月に閣議決定された、科学技術の革新をめざす「統合イノベーション戦略」で、政府は、ゲノム編集食品の法的位置づけを年度内に明らかにする方針を示していた。スケジュールありきで性急に示された結論に、消費者団体からは「安全性の議論が足りない」との声が上がっている。

 米農務省が一律の規制はしないとする一方で、欧州司法裁判所は、遺伝子組み換えと同様に規制すべきだとの判断を下している。

 編集技術の精度が高まったとはいえ、間違った部分で遺伝子を切断し”想定外“の形質を与えてしまう「オフターゲット」という誤りが起きる恐れは残る。」と指摘した。

 最後に社説は、「ことは食べ物、命の源だ。

最先端の技術であっても、いや最先端であればこそ、慎重に扱うべきではないか。

 「知らないうちに出回って、気付かぬままに口にしないか・・」

 不安を覚える消費者が強く求めているのは、正確な表示である。

 そのためには最低限、届け出の義務化と、詳細な安全情報の開示が不可欠だ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「遺伝子組み換え食品を市場に流通させるには、食品衛生法による安全審査という関門がある」とのこと、

 「しかし、ゲノム(全遺伝情報)編集食品に関しては,作り方によっては開発情報を任意で届出るだけでよく、遺伝子組み換え食品のような審査を受ける必要がないことにするという」とのこと、

 「ゲノム編集は二種類に大別される。対象に新たな遺伝子を組み込む方法と、対象の遺伝子を切断して壊すという方法だ。いずれにしても、遺伝子を操作して、生き物の性質や形態を改変することに違いはない」と指摘、

 「ところが厚労省は、外部遺伝子を組み込む場合は規制の対象になるものの、切断して壊すケースは、自然に起きる突然変異や旧来の品種改良と見分けがつかず、審査はいらないというのである」とのこと、

 「「ゲノム編集の食品分野への応用は、世界規模で加速しつつある。例えば、血圧上昇を抑える効果の高いトマトや、肉厚のマダイなど、内外の“食材”が商品化を待っている」とのこと、

 「昨年6月に閣議決定された、科学技術の革新をめざす「統合イノベーション戦略」で、政府は、ゲノム編集食品の法的な位置づけを年度内に明らかにする方針を示していた。」とのこと、

 「米農務省が一律の規制はしないとする一方で、欧州司法裁判所は、遺伝子組み換えと同様に規制すべきだとの判断をくだしてる」とのこと、

 等々、「ゲノム編集食品」を巡る状況を、知ることができた。

 社説は、「編集技術の精度が高まったとはいえ、間違った部分で遺伝子を切断し、”想定外“の形質を与えてしまう「オフターゲット」等誤りが起きる恐れは残る」との指摘、

 「ことは食べ物、命の源だ。最先端の技術であっても、いや最先端であればこそ、慎重に扱うべきではないか」との指摘、等々の指摘はその通りだ。

 最先端技術で実施した行為の結果、「想定外の事態」が生じ時は、まさにお手上げ状態が「いつまで続く」のか、想定できない。

 その良い例が、事故から8年たっても先の見通しがとても立っていると思えない「福島第二原発事故の後始末」が証明している。

 また社説は、「不安を覚える消費者が強く求めるのは、正確な表示である」とのこと、その通りだ。

 自分なら、表示を見て「ゲノム編集食品」がいかに安くても、いかにうまいと評判でも、絶対買わないし、絶対に口に入れたくない。


# by sasakitosio | 2019-03-23 06:58 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月21日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、論説委員・熊倉逸男氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「混乱が続く英国の欧州連合(EU)離脱はヒトラーのせいーー英国のEU離脱に批判的な隣国アイルランドのコラムニストフィンタン・オトゥ―ル氏は、独シュピーゲル誌への寄稿で指摘した。

 EUはヒトラーを連想させるから嫌いだ,というのだ。

 例に挙げたのが、架空世界を描いた英国人作家ロバート・ハリス氏の小説「ファーザーランド(祖国)」。

 戦争に勝利したナチ・ドイツは、ホロコーストを隠蔽して米国との融和を図る悪の帝国。

 ドイツの支配下に付き従っているのが、英、仏など西欧12カ国が構成する”欧州連合(EU)“――という設定だ。

 出版はドイツが統一された2年後の1992年。欧州共同体(EC)の統合深化が進み、EU発足を控えていた時期。ドイツやEUに対する英国の不信を反映している。」と切り出した。

 続けて筆者は、「不信は、EU離脱の是非が問われた3年前の国民投票時に政治的妄想と化す。

 ボリス・ジョンソン前外相は「EUは、ヒトラーが目指したものと同様の目的を追求している。超大国の創造だ」と訴えて、離脱キャンペーンを主導。国の過半数がこれに乗っかり、離脱が始まった。

 ドイツ民族という絆で国の拡大を図った点では、ドイツ統一とヒトラーの大ドイツは共通点はあるかもしれない。

 しかし、民族や文化が違う国家を統合したEUはナチスとは真逆の思想に基づく。

 ハリス氏が描いたヒトラー支配下のEUがドイツ語を公用語として強制しているのに対し、実際のEUは加盟国が使用する24の言語をEU公用語とする多言語主義を取る。

 その言葉も使用人口の区別なく、原則対等に扱う。

 著書「大衆の反逆」(1930年)で個性を失った群衆の台頭で欧州が危機にさらされると指摘したスペインの哲学者オルテガは、血や言語が国家をつくるのではなく、諸国民が一丸となって一大国家を建設する決意だけが欧州の心臓を再鼓動させ得ると強調し、EUの理念を先取りした。

 ナチのイデオローグらが同じ時期に主張した「血と土」による結束とは対照的な考えである。

 植民地拡大で英語を世界中に流通させ、どこでも自分たちの言葉だけでこと足りるようになった英国は、多言語、多文化主義にのっとったEUへの理解も進まず、ヒトラーとEUをごちゃにしてしまうのだろうか。

 それとも、ロンドンなどを独空軍に狙い撃ちされた英国のトラウマは、われわれの想像以上に深いのだろうか。だが戦勝国にはなったはずだ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「3月末のEU離脱期限はひとまず延期される。しかし、妙案はなく、合意無き離脱に至る懸念はなお大きい。

 企業は逃げ、物資は滞り国民生活は破綻する。

 今度こそ実質上の敗戦である。

 EU離脱で本当にいいのか。

 もう一度考えるべきだ。

 ヒトラーの亡霊にとらわれている場合ではない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「混乱が続く英国の欧州連合(EU)離脱はヒトラーのせいーー英国のEU離脱に批判的な隣国アイルランドのコラムニスト、フィンタン・オトォ―ル氏は、独シュピーゲル誌への寄稿で指摘した」とのこと、

 「例に挙げたのが、架空世界を描いた英国人作家ロバート・ハリス氏の小説「ファーザーランド(祖国)」」とのこと、

 「戦争に勝利したナチ・ドイツは、ホロコーストを隠蔽して米国との融和を図る悪の帝国。

 ドイツの支配下に付き従っているのが、英、仏など西欧12カ国が構成する欧州連合(EU)-という設定だ」とのこと、

 「出版はドイツが統一された2年後の1992年。欧州共同体(EC)の統合深化が進み、EU発足を控えていた時期。ドイツやEUに対する英国の不信を反映している」とのこと、

 「ボリス・ジョンソン前外相は「EUはヒトラーが目指したものと同様の目的を追求している。超大国の創造だ」と訴えて、離脱キャンペーンを主導。国の過半数がこれに乗っかり、離脱が決まった」とのこと、

 「植民地拡大で英語を世界中に流通させ、どこでも自分たちの言葉だけで足りるようになった英国は、多言語、多文化主義にのっとったEUへの理解が進まず、ヒトラーとEUをごちゃにしてしまうのだろうか」と指摘、

 「それともロンドンなどを独空軍に狙い撃ちされた英国のトラウマは、われわれの想像以上に深いのだろうか」と指摘、 等々を知ることができた。

 そして考えた。

 産業革命いらい、発展し続け世界をリードしてきた「英国」が、その成功体験から抜け切れず、ためにグローバル化・情報化で変化する「国際秩序」に対応しきれず、あがいているように思えた。

 


# by sasakitosio | 2019-03-22 06:42 | 東京新聞を読んで | Trackback

3月21日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」と言う欄がある。筆者は、青山学院大学長・三木義一氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「振り込め詐欺が依然として続いている。警察庁が発表した少年事件の情勢によると、振り込め詐欺で昨年摘発されたのは750人と急増している。

 被害を受けた人はどうなるのだろう。犯人が捕まり、その事件の現金を持っているときは、半年後あたりに警察から戻ってくるだろう。

 犯人が捕まらないとき、被害額は損失として税金を減らせるだろうか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この種の損失は自分の生活上の損失なので、原則として控除できない。

 例外的に「雑損控除」に該当するときだけ、所得金額を減額できることになる。

 ところが、これに該当するためには、被害が「災害・盗難・横領」でなければならない。

 「詐欺」は該当しない。

 横領と詐欺は紙一重だ。相手が最初からだますつもりで金を受け取れば詐欺になるが、被害者には分からない。

 災害は人の努力ではどうしょうもならない。

 盗難も本人の意思に反して盗まれるのでやむを得ない。

 これに対して、詐欺は心に隙があるからつけ込まれのだという。確かに、巨額の投資話に目がくらんだ人の救済は説得力に欠ける。

 しかし、家族のため、なけなしの貯金を出した人を同一視できるだろうか。立法的解決が必要ではないか。

 家族を思うあまり「平常心」を盗まれてしまった人々だからだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「警視庁が発表した少年事件の情勢によると、振り込め詐欺で昨年摘発されたのは750人と急増している。被害額も約350億円に達している」とのこと、

 「犯人が捕まらない時、被害額は損失として税金を減らせるのだろうか?この種の損失は自分の生活上の損失なので、原則として控除できない」とのこと、

 「例外的に「雑損控除」に該当する時だけ、所得金額を減額できることになる。」とのこと、

 「ところが、これに該当するためには、被害が「災害・盗難・横領」でなければならない。「詐欺」が該当しない」とのこと、

 等々を知ることができた。

 被害額が約350億円と知った時、振り込め詐欺は「犯罪産業」として、成立・継続しているような気がした。
 後期高齢者の一人として、年寄りの老後の蓄えを騙して奪い、年寄りを困らせる「犯罪者」は全員逮捕し、罪を償わせたい、と思った。

 あわせて、年寄りが詐欺の被害に遭わないために、若い世代に「親」との連絡を密にしておくことを世の中を上げて啓発したい。

 さらに、親が振り込め詐欺やアポ電強盗に合うのは「相続財産」が奪われと同じだと、子どもや孫の世代に、世の中を上げて啓発するしたいものだ、と思った。


# by sasakitosio | 2019-03-22 06:13 | 東京新聞を読んで | Trackback

 3月18日付朝日新聞朝刊8面に、「風」という欄がある。筆者は、ヨーロッパ総局長・石合 力氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「アイルランドの世界的作家ジェームズ・ジョイスの代表作「ユリシーズ」に出てくるマーテロ塔は首都ダブリン郊外の海沿いの建物だ。

 現地ガイドのシェーマス・キャノンさん(68)は、登場人物の発言にある「用心すべきもの」と言う意味のアイルランドのことわざを観光客に説明していた。

 「雄牛の角、馬のひづめ、サクソン(英国)人の笑顔」

 キャノンさんは「ジョイスは必ずしも反映国のナショナリストではなかった。でも長年の英国支配には、複雑な思いがあったのでしょう」とみる。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「アイルランド島の北部6州は今も英領北アイルランドである。

 南側のアイルランドも長い間、英国の支配を受けていた歴史を持つ。主要言語はアイルランド語ではなく英語だ。独立後も経済的結びつきが強い英国が、一方的に欧州連合(EU)から離脱すればどうなるか。アイルランドは英国以上に経済的打撃を受けるとの見方もある。

 現在、両国の間には、人の行き来や滞在を自由に認める「共通旅行区域」(CTA)という制度がある。

 ダブリンから高速道路を北上すると、約1時間で英領北アイルランドとの国境に達するが道路はそのまま続く。

 北アイルランドへようこそ。

 最高速度は(キロからマイルになります)と書かれた道路わきの看板は、注意しなければ見落としてしまうほど小さい。

 国境を巡る特別の対応は、実利上の配慮に加え、北アイルランドの帰属をめぐり、アイルランド統合派と英国帰属維持派が対立を続けた紛争の抑止とかかわる。

 約3千人もの死者をだした紛争は、英国とアイルランドが1998年に和平合意を結んだことで鎮静化した。

 以後、両国は帰属問題には手を付けず、人とモノの出入りを自由にすることで相互の利益を高めてきた。

 当時を知る英元外交官は言う。

 「我々は、問題を解決(solve)したのではなく、解消(deissolve)させたのです。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「英外交の英知は、今回のEU離脱交渉では見えない。英国がEUの単一市場から離脱すれば、CTAを維持するにせよ、何らかの形でモノの出入りを管理する必要が生じる。

 物理的な国境を復活させれば、紛争が再燃しかねない。解決策も解消策も見いだせていない。

 英議会が離脱協定の承認を拒み、紛糾が続く事情はそこにある。

 ロンドン・メトロポリタン大で北アイルランド紛争の資料館を運営するアイルランド人の館長・トニー・マレーさん(62)は「両国の結びつきは極めて深く、アイルランドの歴史が分からなければ、英国の歴史は分からない。でも、英国ではアイルランドの歴史は十分には教えられていない」と指摘する。

 支配される側の笑顔に傲慢や無知を見るのだ。

 マレーさんは、こんなことわざも教えてくれた。

 「アイルランド人は歴史を決してわすれない。だが、英国人は、歴史を覚えようともしない」」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「アイルランドの世界的作家ジェームズ・ジョイスの代表作〔ユリシーズ〕に出てくるマテロ塔は首都ダブリン郊外の海沿いに実在する建物だ」とのこと、

 「現地ガイドのシェーマス・キャノンさん(68)は、登場人物の発言にある「用心すべきもの」と言う意味のアイルランドのことわざを観光客に説明していた。

 「雄牛の角、馬のひづめ、サクソン(英国)人お笑顔」」とのこと、

 「アイルランド島の北部6州は今も英領北アイルランドである」とのこと、

 「南側のアイルランドも長い間、英国の支配を受けていた歴史を持つ。主要言語は、アイルランド語ではなく英語だ。」とのこと、

 「現在両国の間には、人の行き来や滞在を自由に認める「共通力区域」(CTA)と言う制度がある」とのこと、

 「ダブリンから高速道路を北上すると、約1時間で英領北アイルランドとの国境に達するが道路はそのまま続く」とのこと、

 「約3千人もの死者を出した紛争は、英国とアイルランドが1998年に和平合意を結んだことで鎮静化した」とのこと、

 「当時を知る英元外交官は言う。「我々は、問題を解決(solve)したのではなく、解消(dissolve )させたのです」とのこと、

 「英国がEUの単一市場から離脱すれば、CTAを維持するにせよ、何らかの形でモノの出い入りを管理する必要が生じる。物理的な国境を復活させれば、紛争が再燃しかねない。」とのこと、

 「解決策も解消策も見いだせていない。英議会が離脱協定の承認を拒み、紛糾が続く事情はそこにある」とのこと、

 等々を知ることができた。EU離脱問題で英国に混乱や紛糾が続いていることのおおきな「原因」を、改めて知ることができた。

 また、「支配される側は、支配する側の笑顔に傲慢や無知を見るのだ」とのこと、

 「マレーさんは、こんなことわざも教えてくれた。「アイルランド人は歴史を決して忘れない。だが、英国人は、歴史を覚えようともしない」」とのこと、等等を教えてもらった。

 そして、アイルランドと英国の関係は、中韓と日本の関係に置き換えて考えてみる必要がある、とも思った。

 


# by sasakitosio | 2019-03-21 15:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 3月18日付朝日新聞朝刊8面に、「風」という欄がある。筆者は、ヨーロッパ総局長・石合 力氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「アイルランドの世界的作家ジェームズ・ジョイスの代表作「ユリシーズ」に出てくるマーテロ塔は首都ダブリン郊外の海沿いの建物だ。

 現地ガイドのシェーマス・キャノンさん(68)は、登場人物の発言にある「用心すべきもの」と言う意味のアイルランドのことわざを観光客に説明していた。

 「雄牛の角、馬のひづめ、サクソン(英国)人お笑顔」

 キャノンさんは「ジョイスは必ずしも反映国のナショナリストではなかった。でも長年の英国支配には、複雑な思いがあったのでしょう」とみる。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「アイルランド島の北部6州は今も英領北アイルランドである。

 南側のアイルランドも長い間、英国の支配を受けていた歴史を持つ。主要言語はアイルランド語ではなく英語だ。独立後も経済的結びつきが強い英国が、一方的に欧州連合(EU)から離脱すればどうなるか。アイルランドは英国以上に経済的打撃を受けるとの見方もある。

 現在、両国の間には、人の行き来や滞在を自由に認める「共通旅行区域」(CTA)という制度がある。

 ダブリンから高速道路を北上すると、約1時間で英領北アイルランドとの国境に達するが道路はそのまま続く。

 北アイルランドへようこそ。

 最高速度は(キロからマイルになります)と書かれた道路わきの看板は、注意しなければ見落としてしまうほど小さい。

 国境を巡る特別の対応は、実利上の配慮に加え、北アイルランドの帰属をめぐり、アイルランド統合派と英国帰属維持派が対立を続けた紛争の抑止とかかわる。

 やく3千人もの死者をだした紛争は、英国とアイルランドが1998年に和平合意を結んだことで鎮静化した。

 以後、両国は帰属問題には手を付けず、人とモノの出入りを自由にすることで相互の利益を高めてきた。

 当時を知る英元外交官は言う。

 「我々は、問題を解決(solve)したのではなく、解消(deissolve)させたのです。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「英外交の英知は、今回のEU離脱交渉では見えない。英国がEUの単一市場から離脱すれば、CTAを維持するにせよ、何らかの形でモノの出入りを管理する必要が生じる。

 物理的な国境を復活させれば、紛争が再燃しかねない。解決策も解消策も見いだせていない。

 英議会が離脱協定の承認を拒み、紛糾が続く事情はそこにある。

 ロンドン・メトロポリタン大で北アイルランド紛争の資料館を運営するアイルランド人の館長・トニー・マレーさん(62)は「両国の結びつきは極めて深く、アイルランドの歴史が分からなければ、英国の歴史は分からない。でも、英国ではアイルランドの歴史は十分には教えられていない」と指摘する。

 支配される側の笑顔に傲慢や無知を見るのだ。

 マレーさんは、こんなことわざも教えてくれた。

 「アイルランド人は歴史を決してわすれない。だが、英国人は、歴史を覚えようともしな」」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「アイルランドの世界的作家ジェームズ・ジョイスの代表作〔ユリシーズ〕に出てくるマテロ塔は首都ダブリン郊外の海沿いに実在する建物だ」とのこと、

 「現地ガイドのシェーマス・キャノンさん(68)は、登場人物の発言にある「用心すべきもの」と言う意味のアイルランドのことわざを観光客に説明していた。

 「雄牛の角、馬のひづめ、サクソン(英国)人お笑顔」」とのこと、

 「アイルランド島の北部6州は今も英領北アイルランドである」とのこと、

 「南側のアイルランドも長い間、英国の支配を受けていた歴史を持つ。主要言語は、あいるらんどごではなく英語だ。」とのこと、

 「現在両国の間には、人の行き来や滞在を自由に認める「共通力区域」(CTA)と言う制度がある」とのこと、

 「ダブリンから高速道路を北上すると、約1時間で英領北アイルランドとの国境に達するが道路はそのまま続く」とのこと、

 「約3千人もの死者を出した紛争は、英国とアイルランドが1998年に和平合意を結んだことで鎮静化した」とのこと、

 「当時を知る英元外交官は言う。「我々は、問題を解決(solve)したのではなく、解消(dissolve )させたのです」とのこと、

 「英国がEUの単一市場から離脱すれば、CTAを維持するにせよ、何らかの形でモノの出い入りを管理する必要が生じる。物理的な国境を復活させれば、紛争が再燃しかねない。」とのこと、

 「解決策も解消策も見いだせていない。英議会が離脱協定の承認を拒み、紛糾が続く事情はそこにある」とのこと、

 等々を知ることができた。EU離脱問題で英国に混乱や紛糾が続いていることのおおきな「原因」を、改めて知ることができた。

 また、「支配される側は、支配する側の笑顔に傲慢や無知を見るのだ」とのこと、

 「マレーさんは、こんなことわざも教えてくれた。「アイルランド人は歴史を決して忘れない。だが、英国人は、歴史を覚えようともしない」」とのこと、等等を教えてもらった。

 そして、アイルランドと英国の関係は、中韓と日本の関係に置き換えて考えてみる必要がある、とも思った。

 


# by sasakitosio | 2019-03-21 15:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback
# by sasakitosio | 2019-03-21 14:39 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

 3月19日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、編集局次長・瀬口晴義氏だ。

 まず筆者は、「真冬には零下20度まで下がる御嶽山の麓に、チベット仏教金剛乗ニンマ派の在俗ラマ僧である林久義さん(59)が「ウッディヤーナ山タルタン寺」を建ててから20年近くになる。

 吹き抜けになっている木造の建物の中に、釈迦の骨を納めた高さ8メートルの仏舎利塔も建てた。

 すべて手作りのお寺兼自宅である。

 中国に侵略されたチベットから亡命したニンマ派のタルタン・トゥルクを師として、米カリフォルニアの寺院で瞑想法などを学んだ。

 地下鉄サリン事件が起きた1995年3月、師の許可を得て帰国し100人以上のオウム真理教の元信者や家族らとの対話を続け、教団の教義や修行法の問題点を指摘してきた。

 刑期を終えた者、脱会しても教祖への思いを断ち切れない者、まだ教団に残っている現役信者の親などが、熊の出没する飛騨高山のタルタン寺まで訪ねてきた。もつれた糸をほぐすように一人一人と向き合う。

 「アレフに残っている人たちは神秘体験にこだわっている人が多いですね。

 薬物によって刷り込まれた恐怖体験を、修行によって得られた神秘的な体験であるとすり替えられてしまい、抜け出せない人が少なくないのです」」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「1月にあった林さんは穏やかな表情で語った。今もアレフに残る中堅幹部の中には、事件直前に大量出家させられた信者が多く、薬物によるイニシエーションの呪縛が解けないという。

 「神秘的体験は夢みたいなもの。それを引きずり、とどまってしまうことが一番の問題です。神秘体験したいと期待する修行者が食事や睡眠を徹底的に制限される中でそれを求める。教祖はそれを解脱のプロセスだと説いた。

 体験を求めるものと期待を導くものの間に「相互幻想」が生み出されるます。それが大きな罠です」

 教団信者にとって神秘体験は「勲章」だった、と林さん。多くの勲章をぶら下げ、精神的レベルが上がった気になる。

 こうした間違いをチベット仏教のラマ、故チョギャム。トゥルンパは「スピリチュアル・マテリアル」(精神の物質主義)と戒めた。

 シャクティーパットによるエネルギーの注入、教祖のデータを取りいれるためのヘッドギアなど、オウムの教義と修業は「精神の物質主義」によって成り立っていた。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「地下鉄サリン事件から明日で24年。昨年7月、教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)元死刑囚ら13人の刑が執行された。

 なぜ事件を防げなかったのか、なぜ解脱や悟りを目指した若者が暴走したのか、警察や行政の対応、メデイアの報道に問題はなかったのかーー。今からでも検証すべき「なぜ」は多い。

 残された「闇」をあげつらうよりも、解明された事実を共有する仕組みを考えたい。

 チベット仏教の立場から神秘体験の問題点を指摘する林さんのような知見も重要だ。

 教訓を引き継ぐために、あらゆる知恵を結集したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「真冬には零下20度まで下がる御嶽山の麓に、チベット仏教金剛乗ニンマ派の在俗ラマ僧である林久義さん(59)が「ウッディヤー山タルタン寺」を建ててから20年近くになる」とのこと、

 「地下鉄サリン事件が起きた1995年3月、師の許可を得て帰国し、100人以上のオウム真理教の元信者や家族らとの対話を続け、教団の教義や修行法の問題点を指摘してきた」とのこと、

 「「神秘体験は夢みたいなもの。それを引きずり、とどまってしまうことが1番の問題です。」とのこと、 

 「神秘体験をしたいと期待する修行者が食事や睡眠を徹底的に制限される中でそれを求める。教祖はそれを解脱のプロセスだと説く。

 体験を求めるものと期待を導く者の間に「相互幻想」が生みだされます。それが大きな罠です」とのこと、

 「教団信者にとって神秘体験は勲章だった」とのこと、

 「多くの勲章をぶら下げ、精神的レベルが上がった気になる。こうした間違いをチベット仏教カギョ派のラマ、故チョギャム・トゥルンバは「スピリチュアル・マテリアリズム」(精神の物質主義)と戒めた」とのこと、

 等々を知ることができた。

 そして筆者は、「なぜ解脱や悟りを目指した若者が暴走したのか、警察や行政の対応、メデイアの報道には問題はなかったのかー。今からでも検証すべき「なぜ」は多い」と指摘する。

 そして「チベット仏教の立場から神秘体験の問題点を指摘する林さんのような知見も重要だ」とも指摘する。

 指摘の通りだ、と思った。

 そして、不思議に思うのは、世界に、なぜかくも多くの宗教・宗派と称するものが、長くはびこっているのだろうか?

 いずれの宗教・宗派も信者がいるのは何故だろうか?

 宗教は何故生まれ、一度生まれた宗教・宗派は消滅しないように見えるのはなぜか?

 釈迦が悟りを開いた「地」と言われるインド・ブッタガヤを彷徨し、孔子廟のある中国・曲阜を彷徨し、ソクラテスの足跡を訪ねるべくギリシャ.アテネの旧アゴラを彷徨し、イエス・キリストの足跡を訪ねてエルサレムの聖墳墓教会で敬虔な祈りをささげ、その機会にユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で真摯な祈りをささげ、同じ機会に神殿の丘で、「モスク」に向かって真摯な祈りをささげたこともある。

 かくも長く人の心をとらえた離さない、その心が教会やモスクや神殿や神社仏閣に結晶し、形あるものとして存在し祈りの場となっているのだろうか?

 人間の誕生から生存から死までかかわりを持つ「宗教」って一体なんだろう?

 疑問は尽きない。だが、宗教がからんで「殺人」が起きることだけは、絶対悪だと思っている。その悪を根絶するのは、宗教指導者の責務だとも、思っている。


# by sasakitosio | 2019-03-21 10:50 | 東京新聞を読んで | Trackback

3月18日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」と言う欄がある。筆者は、編集委員・高橋純子氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「昨今の国会審議で知った。

 トラの威を借るキツネにも①自分が虎だと思い違いしているタイプ②虎へのアピールが先に立つタイプの2種類あるということを。

 人生是勉強。

 「(国会の機能は)このような場で声を荒げて発言するようなことまでとは考えておりません」と野党議員の質問に答えた福島裕介・内閣法制局長官は②、野党議員が質問の中で用いた「うそをつき」に反応、「私のことを指されたかわからないが」といいつつ「委員会でのご発言だから、私はそれについてとやかく申しませんが、心の中で「ん?」と思ったことは申し上げたい」と述べた中江元哉・元首相秘書官は①。

 国会審議において、閣僚はいわば口頭試問を受ける学生で、聞かれたことに誠実に答える義務がある。

ましてや裏方の官僚が、全国民の代表たる国会議員の質問を揶揄したり、「とやかく申しあげないが」とわざわざ前置きして非難をにじませたりするなど許されることではない。

 「うそはついていない」と言えば事足りるのにそうしないのは、野党議員を、ひいては主権者を軽んじているからだと解されても文句は言えまい。

 公衆に奉仕すべき公僕が何を勘違いしているのか。いや、誰が勘違いをさせているのか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「政治の世界に限らず野にある者は往々にして軽んじられ、見下され、嘲笑される。

 戦後を代表するジャーナリストの一人で、1960年代に読売新聞社会部のエース記者として名をはせた本田靖春は、「我、拗ねものものとして生涯を閉ず」で、サラリーマン化が進む社会部記者に「野糞の精神」を書いた時期があると振り返る。

 にわかに下品になって恐縮だが、と断りつつ、

 「仲間たちの求めたのは、もっと声を上げろ,ということであった。上に噛みつくには勇気がいる。お互い、そういうものはたっぷりとは持ち合わせていない。だが、空元気にせよ勇気を振り絞らないわけにはいかない」「可能ならば、全員で起ち上がって戦ってほしい。できないならせめて、野糞のようになれ」

 野糞自体は起ち上がれないない。相手に飛びかかって噛みつくなど絶望的に不可能だ。

 でも、踏みつけられたら確実に、相手に不快感を与える。お前たち、せめてそのくらいの存在になれよーー・」、と教えてくれる。

 最後に筆者は、「さて、私が「政治断簡」を欠くのは今回が最後。当欄自体、次週で閉じるー、という段になってナンだが、なんで「断簡」(きれぎれになった書きもの「広辞苑」)なんだろう?
 初代執筆者にして名付け親でもある根本清樹・論説主幹に聞いてみた。

 「巻物のような大層なものは書けない。しょせん断簡。されどその時々の政治の断面を描きとる。そんな考えを込めたような気がします」

 どんな手段を使っても「勝ったもん勝ち」

の当世であればこそ「せめて」「しょせん」を力に変えて、空元気にせよ勇気を振り絞らないわけにはいかない。野に美しい花を咲かせよう。あなたも、私も、ぼくらは生きている。

 4月、新しい欄でお会いするのを楽しみにしています。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「昨今の国会審議で知った。虎の威を借るキツネにも①自分が虎だと思い違いしているタイプ②虎へのアピールが先に立つタイプ、の二種類あるということを。」とのこと、

 「国会審議において、閣僚はいわば口頭試問を受ける学生で、聞かれたことに誠実に答える義務がある」とのこと、

 「政治の世界に限らず野にある者は往々にして軽んじられ、見下され、嘲笑される。」とのこと、

 「戦後を代表するジャーナリストの一人で、1960年代に読売新聞社会部のエース記者として名をはせた本田靖春は「われ拗ねものとして人生を閉ず」でサラリーマン化が進む社会部記者に「野糞の精神」を説いた時期があると振り返る」とのこと、

「「仲間たちに求めたのは、もっち声を上げろ、と言うことであった。上に噛みつくには勇気がいる。お互い、そういうものはたっぷりと持ちあわせてはいない。だが、空元気にせよ勇気を振り絞らないわけにはいかない」

 「可能ならば、全員で起ち上がって戦ってほしい。できないなら、せめて、野糞のようになれ」

 野糞自体は起ち上がれないが。相手に飛びかかって噛みつくことなど絶望的に不可能だ。でも、踏みつけられたら確実に、相手に不快感を与える。お前たち、せめてそのくらいの存在になれよーー」とのこと、

 等々を知ることができた。

 「野糞」の思い出は、戦中生まれの後期高齢者には、皆あると思う。また、過日インドのブッタガヤを釈迦の足跡を訪ねて歩き回った時には、今日只今の思い出でもある。

 ただその時は、まず誰もが、踏んで不快感を味わないための智恵と経験と用心の心得を身に着けていた、時代であった、と思う。

 また、「どんな手段を使っても「勝ったもん勝ち」の当世であればこそ「せめて」「しょせん」を力に変えて、空元気にせよ勇気を振り絞らない訳にはいかない」との筆者の気合いは、素晴らしいと思った。

 筆者に興味を感じたのは、著名な憲法学者へのインタビュー記事を読んでからだ。日時は定かではないが、少なくとも6年以内だ。

 屁のツッパリのようなブログでエールを送った。

 それから、筆者が紙面に登場するのを楽しみにしてきた。こ の欄が無くなるのは残念だが、次の欄で筆写の健筆を期待して待っている。

 

 

 「


# by sasakitosio | 2019-03-21 07:08 | 朝日新聞を読んで | Trackback