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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

 7月22日付東京新聞朝刊13面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「参議院選挙が終わった。投開票翌日のコラムは、毎回月曜担当の私が書くことになる。すべての結果が出るのは待てず、複数のパターンを準備したり、工夫してきた。

 だが、今回のコラムは結果以前の話。候補者の男女比に改めて注目したい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「 なぜなら、今回の選挙は、昨年「男女共同参画推進法」が成立してから初めての選挙だった。

 各政党は男女の候補者を出来る限り均等にする努力を追っていた。

 しかし、実際はどうだろう。候補者全体としては28%と過去最高となった。

しかし、改選前の参議院は、女性議員の比率が2割。衆議院は一割。国際比較で165位である。

 この比率では全員当選したとしても、低いまま。努力不足と言わねばならない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ただし、女性候補の割合には、党による明らかな違いがあった。立憲民主党が45%なのに対し、与党である自民党は15%。3倍の開きがる。これだけ見ても、本気度の違いが分かるというものだ。

 女性候補者を増やすことについては、「量より質」の声もある。もちろん私自身も女性候補だからと言って支持できない人もいる。

 とは言え、量を増やせば、選択に幅が出るメリットがある。男女が半々になれば、無理に女性を支持する必要もないのである。

 人物本位の選択をするためにも男女同数の国会を待ち望む。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今回の選挙は、昨年「男女共同参画推進法」が成立してから初めての選挙だった」とのこと、

 「候補者全体としては28%と過去最高となった」とのこと、

 「改選前の参議院は、女性議員の比率が2割。衆議院は1割。国際比較では165位である」とのこと、

 「女性候補を増やすことについては、「量より質」の声もある。私(筆者)自身も、女性候補だからと言って支持できない人もいる」とのこと、

 「男女が半々のなれば、無理に女性を支持する必要もないのである。」とのこと、等等を教えてくれる。

 そして筆者は、「人物本位の選択をするためにも男女同数の国会を待ち望む」と願っている。

 そして考えた。

 筆者の待ち望む「人物本位の選択」・「男女同数の国会」を実現するにはどうしたらいいのだろう。ちょっと考えてみた。

 公職選挙の改正が必要だ。

  まず、議員定数を男女同数にする。

  次に、供託金をゼロにする。

  さらに、選挙を公営化し、選挙運動にかかる

  立候補者の負担をゼロにする。

 いわば、国会議員の選挙は国家公務員試験受験のように、県会議員の選挙は県職試験受験のように、市町村議員の選挙は市町村職員試験の受験のように、したらどうか。 
  そして、ふと気が付いた。何で、男女同数にする必要性があるのか?それは、男女間では代表しきれない質的な違いがあるからなのだろうか。とすれば、若者と壮年と老年の間にも代表しきれない質的な違いはあるような気がした。結局、その辺が代表民主主義・間接民主主義の限界の一つなのではないか、と思った。時代は直接民主主義を要請しているのだろうか?

 

  

 

 


# by sasakitosio | 2019-07-23 06:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

 7月21日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、現代教育行政研究会代表・前川喜平氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「檻の中のライオン」は、広島の弁護士楾大樹さんが書いた分かりやすい憲法解説書だ。ライオンは国家権力、檻をつくった動物たちは、ひとりひとり個性の違う国民を意味している。今井ヨージさんのイラストも面白くて分かりやすい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「国家権力が暴れないよう国民が作った檻が憲法だ。例えば、個別的自衛権は「檻の中」にあるが、集団的自衛権は「檻の外」にあるので、ライオンには手が出せない。ライオン自身もこれまで長年「集団的自衛権は檻の外」と約束してきた。

 ところが、安倍政権は2014年7月、憲法の解釈を変えて、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定。15年9月には集団的自衛権の行使を含む安保法制を成立させた。これは「ライオンが檻を壊した」ということだ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「自民党改憲4項目の一つ「緊急事態条項」は、「緊急事態には、内側から鍵を空けられるような檻に作りかえよう」とライオンが言っているということ。

 「ライオン自ら「緊急事態だ」と言いさえすれば檻から出ることが出来るなら、檻がないと同じです」

 「檻から出たライオンは打ち倒す」。

 今井さんのイラストでは、さす股を持ったうさぎや犬や猫が、ライオンを取り押さえようとしている。そんなことにならないよう、檻をしっかり守ろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「「檻の中のライオン」は広島の弁護士楾大樹さんが書いた分かりやすい憲法解説書だ」とのこと、

 「檻は憲法、ライオンは国家権力、檻をつくった動物たちは、一人一人個性の違う国民を意味している」とのこと、

 「国家権力が暴れないよう国民が作った檻が憲法だ」とのこと、 

 「安倍政権は2014年7月、憲法の解釈を変えて、集団的自衛権行使を容認する閣議決定。15年9月には集団的自衛権の行使を含む安保法制を成立させた。これは「ライオンが檻を壊した」ということだ」とのこと、

 「自民党改憲4項目の一つ「緊急事態条項」は、「緊急事態には、内側から鍵を開けられるような檻に作りかえよう」とライオンが言っているということ」とのこと、

 「「ライオン自ら「緊急事態だ」と言いさえすれば檻から出ることができるなら、檻がないのと同じです」とのこと、

 等々を知り、理解することができた。

 権力をライオンに、檻を憲法に、との例えが面白い。自民党の改憲論では、権力が憲法の規制を取っ払うことを目指していることが、わかった。

 また「「檻から出たライオンを打ち倒す」。今井さんのイラストでは、さす股を持ったうさぎや犬や猫が、ライオンを取り押さえようとしている」とのことは、選挙で国民が政権選択「権力交代」を実現できるということか?

 そして考えた。

 「集団的自衛権行使を含む安保法制が成立」したが、憲法は改正されずに存在している「現状」では、「檻」はどんな状況というべきなのだろうか?


# by sasakitosio | 2019-07-22 06:18 | 東京新聞を読んで | Trackback
# by sasakitosio | 2019-07-21 17:18 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

 7月20日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「忘れられない光景がある。スイスからフランスへ走る車窓の向こうに広がる牧草地。降ってはやむお天気雨を逃れ、羊の群れが大きな木の下で雨宿りをしている。でも群れの後方にいる数匹は木陰に入りきらず、しっかり雨に濡れている。木陰から外れているのに、自分で雨宿りしているつもりでいる羊たち。

 群れを信じ、もう彼らを守れない木の下で現状に甘んじているのを見て思う。

もっといい木を探せばいいのに。探したところで改善の保証はない、むしろ道中でもっと痛い目に遭うかもしれないということだろうか。

 わずかに遅れてきただけで、木の恩恵から

零れ落ちる不条理が悲しくて、脳裏に焼き付いた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「後から来た者と言えば最近、若者の政権支持という現状維持志向が話題になっている。

 朝日新聞によれば、安倍内閣の支持率は18歳から39歳の男性の間で際立って高いという。

 モリカケにも超高額米国兵器の輸入にも動揺せず、朝日新聞も問い掛けたように「社会保障などで将来に回されたツケを負担する若い人々が、今の政治を支持する」のはなぜだろう。

 ギリギリ生きていける、という以上の、もっと格好い未来を思い描くのは彼らの特権なのに。

 遅く生まれてきたと言うだけでこの木の恩恵から零れ落ちる不条理に甘んじることなく、もっといい木を求めていいのに。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「朝日新聞によれば、安倍内閣の支持率は18歳から39歳の男性の間で際立って高いという」とのこと、を知った。

 筆者は、「「社会保障などで将来に回されたツケを負担する若い人々が、いまの政治を支持するのはなぜだろう」と疑問を呈した。

 さらに筆者は、「 「ギリギリ生きていける、という以上の、もっとカッコイイ未来を思い描くのが彼らの特権なのに。遅く生まれてきたというだけでこの木の恩恵から零れ落ちる不条理に甘んじることなく、もっといい木を求めていいのに」と指摘し、
  筆者の「疑問」や「指摘」はよく理解できた。

 そして考えた。

 若者たちが「もっといい木」を求めるようになるには、どうすればいいのだろうか。
 若者たちは「探したところで改善の保証はない、むしろ道中でもっと痛い目に遭うかも知れない」と思っているのだろうか?

 若者たちを取り巻く「大人」たちが、出来ることは何だろう。まず子どもや孫たちに聞いてみたいと、思った。


# by sasakitosio | 2019-07-21 06:48 | 東京新聞を読んで | Trackback

 7月20日付東京新聞朝刊24面と25面にわたって「こちら特報部」というページがある。

 上記はその見出しだ。まさに見出しは、踊るの感がある。いつものことだが、見出しを見れば、キジ内容の大ざっぱが分かる。

 また、記事最後の「デスクメモ」を見ると、書き手の想いがなんとなくわかる。

 今日は「デスクメモ」に学ぶことにした。

 デスクメモに、「選挙中に、こうして「れいわ新選組」を取り上げることが、彼らへの肩入れではないかと感じる読者がいることは百も承知。だが伝えたかったのは、人々のどんな思いが「れいわ現象」を形成しているのか、ということだ。

 それに共感するもしないもあなた次第。その上で一票を。(歩)2019.7.20」とある。

 そして考えた。

 デスクメモが「伝えたかったのは、人々のどんな思いが「れいわ現象」を形成しているのか。ということだ」とのこと、は理解できた。

 見出しに沿って考えれば、「既存政党への失望」が「れいわ現象」の下地にあり、「左派ポピュリズム」危うさも」は選挙後の反動はどのような形で社会にあらわれるか注意が必要、と言うことか。

 そこで、もう一つ、デスクメモは「選挙中に、こうして「れいわ新撰組」を取り上げることが、彼らへの肩入れではないかと感じる読者がいることも百も承知」との自覚をもっていることは、よく分かった。。

 また、「れいわ新撰組」に悪感も好感も持たない「読者の一人」だが、この記事は選挙で「れいわ新撰組」に大なり小なりプラスに働いたと思う。

 そこで、こちら特報部の「デスク」には、「選挙後の振る舞いに注目」して頂いて、「選挙前と選挙後」・「使用前と使用後」を読者の前に明らかにして頂けないものだろうか、と思った。

 


# by sasakitosio | 2019-07-20 11:29 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月19日付け東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「8日、89歳で亡くなった竹村健一氏に筆者は作家としてデビューしたときに、とてもお世話になった。

 竹村氏には「優」という名の若くして亡くなった弟さんがいたとのことで、「同じ名前を持つあなたには何となく親しみを感じる」と言われた。

 竹村氏は保守派の論客として有名だが、幅広い教養を持ち、政治的には寛容な人だった。

 竹村氏は高校生時代に姫路で共産党の支部やカトリック教会を訪れ、さまざまなことを考えたと述べていた。

 京都大時代にウィリアム・フォークナーの小説に触れて、アメリカに強く関心を持つようになったという話が印象に残っている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「竹村氏は、「これからテレビのオファーがいろいろ来ると思うけれど、慎重に対応した方がいい。 世論に与える影響の95~98%をテレビで占めているというのは事実だ。

 ただし、テレビで放映する内容のほとんどが新聞、雑誌、書籍などの活字メディアでつくられている。

 テレビに出なくても、しっかり本を書き続ければ、社会に影響を与えることが出来る。

 テレビに出て消耗することは、作家にとってマイナス面が大きい」と筆者に助言してくれた。

 この助言はとても有益だった。

 筆者がテレビに出ないのは竹村氏の教えに忠実だからだ。

 竹村健一さん、天国でゆっくり休んでください。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「8日、89歳で亡くなった竹村健一氏に筆者は作家としてデビューしたときに、(筆者は)とてもお世話になった」とのこと、

 「竹村氏は、「これからテレビのオファーがいろいろ来ると思うけれど、慎重に対応した方がいい。世論に与える影響の95~98%をテレビが占めているというのは事実だ。

 ただし、、テレビで放送する内容のほとんどが新聞、雑誌、書籍などの活字メディアで作られている。

 テレビに出なくても、しっかりした本を書き続ければ、社会に影響を与えることができる。

 テレビに出て消耗することは、作家にとってマイナス面が大きい」と筆者に助言してくれた」とのこと、

 「筆者がテレビに出ないのは竹村氏の教えに忠実だからだ。」とのこと、等々を知ることができた。

 竹村健一氏の名前は、若いころ聞いたことがあり、姿をテレビで見た記憶がある。

 筆者と交流があったことは初耳だ。

 竹村氏は筆者に、「テレビに出て消耗することは作家にとってマイナス」と助言し、筆者がテレビに出ないのは「竹村氏の教えに忠実」だからだ、とのことを初めて知った。

 一読者で後期高齢者のわたくし爺は、テレビは見るモノ、新聞は読むモノ、けしてテレビに出たり、新聞に出てはいけない。決して、目立ってはいけない。等々を日々の生活信条としている。

 理由は、心も体も自由でいたいからだ。根が臆病な性格だから、かもしれない。

 ただ、誰にも注目されることなく、自分を取り巻くすべての衆生・諸物に好奇心を持ち、いつもキョロキョロ歩き回っている。

 今一番「ウキウキ」「にこにこ」させてくれるのは、幼児の姿だ。一人として同じことをしていない、まわりに対する好奇心は半端じゃない。

 とりあえず、大病に取りつかれていない。

 このまま、好奇心を持ち続けながら、百まで現役で行きたいものだ、と思っている。

  


# by sasakitosio | 2019-07-20 06:12 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月18日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、青山学院大学長・三木義一氏だ。今日は、この筆者に学ぶことした。

 まず筆者は、「国会議員の所得などが報道されるが、平均額が2千万円を超える高額所得者たちだ。全世帯の約3分の1を占める収入3百万円以下の層の代表はどうもいそうもない。

 無理もない、選挙に出でるために供託金を用意しなければならないからだ。

 今度の参議院選の選挙区だと、3百万円も用意し、しかも一定数の得票がないと没収されてしまう。

 この供託金が立候補の自由を奪っているのではないか。この点が争われた裁判の判決が、今年の5月にあった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「東京地裁は「選挙に立候補しようとする者に無視できない萎縮的効果をもたらすものと言うことができるから、公選法が定める選挙供託金制度は立候補の自由に対する事実上の制約となっている」ことまでは認めたが、国会議員の裁量権の限界を超えているとまでは言えないとした。

 だって「いわゆるミニ政党が出現し、真に当選を争う意思がない・・泡沫候補の乱立を防止する」という合理性があるからだそうだ。」、と教えてくれる。

 最後に筆者は、「でも、この現象は小選挙区導入以前の話だし、そもそもミニ政党がなぜいけないのか、「真に当選を争う意思がない」なんて誰が判断するのか、この問題は既存国会議員の利益相反問題なので、裁判所が判断を逃げていいのか、等々疑問だらけ。

 ♪はっきりカタをつけてよ♪(山口百恵「絶体絶命」阿木燿子作詞)」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 筆者は、供託金の問題が「既存議員の利益相反問題」と指摘した。その通りだと思った。

 利益相反行為の点でいえば、「公職選挙法」の審議そのものがそもそも「既存国会議員の利益相反行為」だとずーと思ってきた。

 憲法で「国会は唯一の立法機関」と定めているが、議員の身分にかかわる「公職選挙法」「議員報酬」等々は、当該議員の議決権を認めないことにした方がいい、と常々思ってきた。その具体については、国民的に知恵を出すしかないが。

 そんな思いで、この欄を読んだ。

 また「全世帯の約3分の1を占める収入3百万円以下の層」とのこと、

 「今度の参院選の選挙区だと、3百万円も用意し、しかも一定数の得票がないと没収される」とのこと、

「東京地裁は、「選挙に立候補しようとする者に無視できない萎縮的効果をもたらすものと言うことができるから、公選法が定める選挙供託金制度は立候補の自由に対する事実上の制約となっている」ことまでは認めたが、国会の裁量権の限界を超えているとまではいえないとした」とのこと、

「「いわゆるミニ政党が出現し、真に当選を争う意思がない泡沫候補の乱立を防止する」という合理性があるからだそうだ」とのこと、

 等々を知ることができた。

 さらに筆者は「「真に当選を争う意思がない」なんて誰が判断するのか」・「この問題は既存国会議員の利益相反問題なので、裁判所が判断を逃げていいのか、疑問だらけ」と指摘した。

 その通りだと思った。

 そして考えた。

憲法では法の下の平等を保障しているが、法そのものに「不平等」が存在した場合の司法の役割をこの裁判では、当該裁判所がはたしていないのではないか、と思った。 さらに、この際ぜひとも、この件について最高裁の判決を見てみたいものだ、とも思った。

 

 


# by sasakitosio | 2019-07-19 07:04 | 東京新聞を読んで | Trackback

 7月17日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。
 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「参院選の投票日まであと4日。だがテレビも新聞もアリバイ的な報道でお茶を濁している。何に忖度しているんだか。

 先週と同じことをもう一度書く。

 山本太郎氏率いる「れいわ新撰組」が街頭とネットで巻き起こしている旋風は、すでに社会現象だ。個人の寄付で彼らは3億円の資金を集め、、東京選挙区に一人、比例代表に9人候補者を立てた。

 優先的に当選する比例代表は特定枠の二人(難病ALS当事者と重度障害者)以下、候補者は全員何らかのエキスパート。

 「消費税廃止」以下公約はすべて生活者視点の切実なものだ。大きな人垣と熱い声援。これは民主化闘争じゃないかとすら思わせる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「積極的平和主義の提唱者であるガルトゥグ博士は、ショーペンハウアーの言葉として、新しいビジョンが受け入れられるまでには4つの段階があると述べている(「日本人のための平和論」ダイアモンド社)。

 ①沈黙、

 ②嘲笑(現実が分かってない、バカじゃないのか)、

 ③疑い(本当の狙いは何だ、誰かの回し者だろう)、

 ④同意(私も前からそう考えていた)。

 報道各社はの段階は①、よくて②。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「投票するしないはあなたの自由だ。しかし、この現象を知らずに投票日を迎えるのは人生の損失である。騙されたつもりで演説会の動画をぜひ。選挙を見る目が絶対変わるよ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 田舎に住む後期高齢者のせいか、街頭宣伝も、ネットも見ていない。だから、残念ながら熱い熱気を感じたことがない。

 「積極平和主義の提唱者であるガルトゥング博士は、ショーペンハウアーの言葉として、新しいビジョンが受け入れられるまでには4つの段階があると述べている(「日本人のための平和論」ダイヤモンド社)」とのこと、

 「①沈黙、②嘲笑(現実が分かっていない、バカじゃないのか)、③疑い(本当の狙いは何だ、誰かの回し者だろう)、④同意(私も前からそう考えていた)。報道各社の段階は①、よくて②」とのこと、

 等々を教えてくれた。なるほどと、思った。

 そして考え、知りたくなった。

 「れいわ新選組」は、「誰をダーゲット」に訴え、「誰を組織」して実現力をつけ、そのための「財源の確保」の具体かできているのか、それを「何時頃」までに実現しようとしているのか、知りたくなった。

 今の安倍政権に変わって、「平和と自由と民主主主義と繁栄」を、まず日本国民・日本国家で実現し、つづいて地球上のすべての人類にとって「平和と自由と民主主義と繁栄」を、なんとか自分の生きているうちに「見たい」と、私は思っている。

 この私のレベルは、4段階のうちのどこに当たるのだろうか?筆者に、教えていただけたら、いいなあ~と思った。

 

 


# by sasakitosio | 2019-07-18 06:39 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月12日付朝日新聞朝刊社説に、辺野古問題が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「辺野古の海を巡る」沖縄県と政府の対立が、再び法廷に持ち込まれることになった。玉城デニー知事の提訴方針が、きのうの議会で認められた。 

 昨年8月、軟弱地盤の発覚などを受けて、県が埋め立て承認を撤回したのが、今回の訴訟の出発点だ。

 防衛当局は、県の措置を取り消すよう石井啓一国土交通相に申し立て、認められた。裁判では国交相のこの採決の当否が争われる。」と切り出した。

 続けて社説は、「残念なのは、有識者でつくる第三者機関・国地方係争処理委員会{宮越和厚委員長}が全く機能しなかったことである。

 裁判に先立つ形で、係争委はこの問題を審査してきた。論点は二つだった。

 ①行政不服審査法によれば、国交相に申し立てができるのは国民や企業などの「私人」に限られるが、防衛当局はそれに当たるか

 ②防衛当局と同じ政府の一員である国交相に、公平公正な審査が期待できるか。

 これに対し、係争委は先月、①防衛当局の立場も私人と変わらない②行政事務は細分化され、どの機関も適正に仕事をしている。国交相がことさらに判断を歪めるとは言えない――として政府の行動を追認した。到底納得できない。

「埋めたての要件などを定めた公有水面埋立法は、私人と国を明確に区分し、扱いも別にしている。何より軍事基地を造る目的で埋め立てを許可される「私人」などいるはずがない。

②の縦割り行政を称賛するような見解も噴飯ものだ。工事は閣議決定に基づいて行われており、国交相が防衛当局とことなる見解を示すことなど考えられない。

 理屈をこね、事の本質を見ないまま、常識に反する判断をしたことの批判は免れまい。

 係争委は4年前にも同様の辺野古案件を審査した。最終的に県の訴えを退けたものの、国側の主張にも疑問を呈していた。

 その後委員長らが後退したためか、政府による既成事実づくりに屈したのか、国寄りの姿勢を今回鮮明にした。

 この係争委の判断に対しても、県は提訴を検討しているという。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「政権の強引さは目にあまる。

 国と自治体の利害がぶつかった場合を想定した解決手段は別に用意されているのに、一般国民の権利を守るためにある行政不服審査請求という裏技を繰りだした。

 「身内」同士で確実・迅速に処理でき、工事に突き進めると踏んだのは明らかだ。

 地元の民意を無視し、脱法的なやり方を恥じず、係争委もまた期待される使命を果たさないとなれば、地方は国に従属するしかない。ひとり沖縄の問題ではない。

 地方自治体全体をゆるがす事態と考えるべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「玉城デニー知事の提訴方針が、きのうの県議会で認められた。

 昨年8月、軟弱地盤の発覚などを受けて、県が埋め立て承認を撤回したのが、今回の提訴の出発点だ」とのこと、

 「防衛当局は、県の措置を取り消すよう石井国土交通相に申したて、認められた。裁判では国交相のこの採決の当否が争われる」とのこと、

 「裁判に先立つ形で、係争委は問題を審査してきた。論点は二つだった。

 ①行政不服審査法によれば、国交相に申し立てできるのは国民や企業など「私人」に限られるが、防衛当局はそれに当たるか

 ②防衛当局と同じ政府の一員である国交相に、公平・公正な審査が期待できるか。」とのこと、

 「「埋めたて要件などを定めた公有水面埋立法は、私人と国を明確に区分し、扱いも別にしている。何よりも軍事基地を造る目的で埋め立てを許される「私人」などいるはずがない。」とのこと、

 「工事は閣議決定に基づいておこなわれており、国交相が防衛当局と異なる見解を示すことなど考えられない。」とのこと、

 「係争委は4年前にも辺野古案件を審査した。最終的には県の訴えを退けたものの、国側の主張にも疑問を呈していた。」とのこと、

 「その後、委員長らが交代したためか、政府による既成事実づくりに屈したのか、国寄りの姿勢を今回鮮明にした。この係争委の判断に対しても、県は提訴を検討している」とのこと、

 等々を知ることができた。 

 知れば知るほど、政府、係争委、などの民意無視、法令曲解、デタラメに腹が立った。これは、もう横暴を通り越して、ファシズムだと思った。

 司法が、果たして民主主義や憲法を護る「砦」に成れるのだろうか。戦後の司法の政権にたいする対応で、知る限りでは悲観的にならざるを得ない。ここは、選挙で政府・自民党に注意喚起の「お灸」を据えたいものだ。

 

 


# by sasakitosio | 2019-07-17 06:29 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月15日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラムと言う欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先日、がんで配偶者をなくした知人が、しみじみ嘆いていた。

 「夫は選挙に欠かさず行く人だった。でも、前回の衆議院選挙の時は寝たきりになってしまって。だから郵便制度があると分かって、大喜びしたのよ。なのに、適応になるのが要介護5のひとだけ。彼は要介護4だったから、この制度が使えなかったのよ」

 それでも諦めない二人は、介護タクシーを依頼。何とか車椅子に夫を乗せて、投票所に連れて行ったそうだ。「要介護4でも動けない人は動けないのよ。うちは何とか連れて行ったけど。あきらめている人もたくさんいると思う」。知人の言葉はもっともだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「改めて制度を調べてみると,要介護5の他、身体障害者手帳の1~3級でも、適用になる場合があるようだ。

 今回の場合、消化器系のがんが腰椎に転移。急激に歩けなくなった。障害者手帳をとるような状況ではなく、介護度を指標ににするしかない。障害者手帳の等級には幅があるのに対し、介護度については5でなければ適応できない。ここはもう少し検討の余地があると思う。」と指摘した。

 最後に筆者は、「投票に難なく行けても棄権する人がいる一方、万難を排して投票しようとする人もいる。

 障害を理由に投票できない人がいるのはおかしい。郵便投票が可能になる要件を、今よりもっとゆるめてはもらえないだろうか、」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「郵便投票制度がある」とのこと、

 「適用になるのが、要介護5の人だけ」とのこと、

 「改めて制度を調べてみると、要介護5の他、身体障害者手帳の1~3級でも適用になる場合もあるようだ」とのこと、

 「障害者手帳の等級に幅があるのに対し、介護度については5でなければ適用でない。」とのこと、

 「投票に難なく行けても棄権する人がいる一方、万難を排して投票しよとする人もいる」とのこと、

 等々を初めて知ることができた。

 筆者は「障がいを理由で投票できない人がいるのはおかしい。郵便投票が可能になる要件を、今よりもっと緩めてもらえないだろうか」と言う。それには、賛成したい。

 そして考えた。

 投票率を上げたい、投票に参加する人を増やしたい、そのために出来ることは何でもやったらいい、と思った。
 投票率50%以下の選挙が続くようでは、間接民主主義は機能不全状態でないか、とずっと思ってきた。

 立候補者の側からの対策として、投票所に足を運びたくなるような「魅力的な候補者」が立候補できる条件を整えたい。

 ために、立候補の条件を緩和し、20歳以上の人はだれでも負担無く気楽に立候補できるようにできないものだろうか?

 投票する側への対策として、個人認証技術をつかって、自宅で「電子投票」できないものだろうか?


# by sasakitosio | 2019-07-16 07:00 | 東京新聞を読んで | Trackback