ビジネスホテルの廊下で<出張でビジネスホテルに泊まったら1945号室だった。部屋番号を見ながら廊下を歩くと、自然に20世紀の歴史が思い出された。>
2026年 03月 02日
3月1日付東京新聞朝刊17面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、現代教育行政研究会代表・前川喜平氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「出張でビジネスホテルの泊まったら1945号室だった。エレベーターを降りると1919号室。部屋番号を見ながら廊下を歩くと、自然に20世紀の歴史が思い出された。」と切り出した。
続けて筆者は、「1919年パリ講和会議、三・一独立運動、ワイマール憲法。
20年国際連盟発足、森戸事件。
21年ワシントン会議。
22年水平社宣言。
23年関東大震災、朝鮮人虐殺。
25年ロカルノ条約、普通選挙法、治安維持法。
28年パリ不戦条約、張作霖爆死事件、3・15事件。
29年世界恐慌。
30年ロンドン軍縮会議、統帥権干犯問題
32年5・15事件。
33年ヒトラー内閣成立、日本の国際連盟脱退、滝川事件。
35年天皇機関説事件。
36年スペイン内戦勃発、ニ・二六事件。
37年日中戦争勃発、文部省「國體の本義」刊行、矢内原事件。
38年ドイツのオーストリア併合、ミュンヘン会議、スデーデン割譲、国家総動員法。
39年平賀粛学、ノモンハン事件、ドイツのポーランド侵攻で第二次大戦勃発。
40年斎藤隆夫反軍演説、重慶爆撃、日独伊三国同盟、起源2千6百年。
41年国民学校令、太平洋戦争開戦。
42年ミッドウエー海戦。
43年学徒出陣。
44年インパール作戦。
45年東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下,敗戦。」と教えてくれる。
最後に筆者は、「平和構築の努力が失敗し、ファシズムが吹き荒れ、戦争で数千万人が死んだ。決して繰り返してはならない歴史だ。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
「1919年パリ講和会議、三・一独立運動、ワイマール憲法。」とのこと、
「20年国際連盟発足。森戸事件。」とのこと、
「21年ワシントン会議。」とのこと、
「22年水平社宣言。」とのこと、
「23年関東大震災、朝鮮人虐殺。」とのこと、
「25年ロカルノ条約、普通選挙法、治安維持法。」とのこと、
「28年パリ不戦条約、張作霖爆殺事件、三・一五事件。」とのこと、
「29年世界恐慌。」とのこと、
「30年ロンドン軍縮会議、統帥権干犯問題。」とのこと、
「31年満州事変。」とのこと、
「32年五・一五事件。」とのこと、
「33年ヒトラー内閣成立、日本の国際連盟脱退、滝川事件。」とのこと、
「35年天皇機関説事件。」とのこと、
「36年スペイン内戦勃発。二・二六事件。」とのこと、
「37年日中戦争勃発、文部省「國體の本義」刊行、矢内原事件。」
「38年ドイツのオーストラリア併合、ミュンヘン会議、ズデーデン割譲、国家総動員法。」とのこと、
「39年平賀粛学、ノモンハン事件、ドイツのポーランド侵攻で第2次大戦勃発。」とのこと、
「40年斎藤隆夫反軍演説、重慶爆撃、日独伊三国同盟、紀元2600年。」とのこと、
「41年国民学校令、太平洋戦争開戦。」とのこと、
「42年ミッドウエー海戦。」とのこと、
「43年学徒出陣。」とのこと、
「44年インパール作戦とのこと、
「45年東京大空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下、敗戦。」とのこと、
等々を知ることができた。
そして筆者は「平和構築の努力が失敗し、ファシズム吹き荒れ、戦争で数千万人が死んだ。決して繰り返してはならない歴史だ。」と訴える。
筆者の訴えに賛同しながら、考えた。特に、私が生まれた年が学徒出陣の年であったことは、刺激的だった。
そして、数千万人の死者の中に家族の誰も加わらなかったことは、単に運が良かったというしかない。
この欄を、特に若い世代に読んでほしいと思った。戦後80年日本国内で戦禍にあった人は誰もいない。このことは、吉田茂をはじめ日本の先人たちが、不戦の平和憲法を創り護って来てくれたおかげだと、この年になってつくづく感謝している私だ。いい時代の日本に育ってきた自分は運の強い人間の一部だといま改めて思っている。

