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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「怒」を「恕」に変える<今日から始まる新しい一年が、各地の戦火がやみ、さまざまな分断が融和へと向かう年になってくれぬものかと、そう願わずにはいられません。一人一人が、「怒」を「恕」に変えるー。>

1月1日付け東京新聞朝刊社説に、「「怒」を「恕」に変える 年のはじめに考える」との見出しが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「米ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」は、世界の、名店で修行を積んだ主人公が故郷の街で開くレストランを舞台にした作品です。その世界の最高栄誉とされるエミー賞に輝く良作ですが、邦題のほのぼのイメージとは裏腹に、けんかや口論など緊張感に満ちた場面も少なくありません。 

 中に印象に残るシーンがあります。戦場のような厨房で、主人公が別のシェフと言い争いになった時、途中で自分の胸を拳でポンポンと2回たたいたのです。そして「後で話そう」を意味する料理界のサインだと説明します。

 蓋し、ついカッとなり、つい言いすぎるのが人間という生き物。このサインは、いわば沸騰して噴きこぼれそうな鍋に注ぐ差し水のようなものでしょう。実際、プラスでもマイナスでも、激しい感情というものは、時を置くと、それほどでもない、と気付くことがしばしば。「後で話そう」は、互いが冷静になるための時間稼ぎの知恵だとも思えます。

 続け社説は、「さて今日から2026年が始まりますが、円安も物価高も人手不足も収まる気配がないなど、実にさまざま難題が「越年」しています。高市早苗首相の「台湾有事」を巡る発言をきっかけとした中国との関係悪化もしかり。過去の米政権と異なり、トランプ米大統領が自国と合わせて「G2」と呼ぶ中国に配慮している節があり、問題を一掃複雑にしています。

 割れ物を乱暴に扱うような首相の発言も発言ですが、米国との接近を背景にした中国の対日強硬ぶりは、いかにも過剰です。

 気がかりなのは、政治勢力の判断をも左右する双方の国民感情。SNSなどを通じ、互いへの反発が激化しないかと懸念しています。

 中国では、法治も報道の自由もない権威主義国家の息苦しさが年年歳歳、ましているようですし、経済不振は長引き、少子高齢化も進んでいます。日本も先に述べたように問題が山積。

 当然、日々ため込んでいる両国民の不安や不満も小さくはないはずで、その「はけ口」として、互いに抱く悪感情が昂じやすい状況にあるのではないかと危惧するのです。

 反射的に売り言葉に買い言葉の応酬を続け、怒りを憎悪に変容させることは避けねばなりません。

 怒りを抑制する心理術、アンガーマネジメントの教えは「6秒まて」だそうですが、旧約聖書も曰く<怒りを遅くするものは勇者に勝る>と。ですから、SNSなどで誰かの言い分にカチンときても、即座に反応するのではなく、例えば、胸をポンポンと叩いたりして、なるべく時間を置くというのが上策だろうと思います。」と教えてくれる。

 さらに続けて社説は、「そもそも何かの契機で外交関係が急激に変化する場合、一方、もしくは双方の政治権力に、ある種の思惑があることも少なくありません。

 例えば、他国への反感を煽ることで国内での求心力を強めたい、例えば、国民の目をさまざまな国内問題から逸らしたい・・・。強硬な物言いや態度が、そうした戦略の発露するかどうかを見極める上でも、国民はとにかく冷静でいる必要あるでしょう。

 冷静と言えば、ダウン症の書家として知られる金澤翔子さんと、書の師匠でもある母泰子さんとの間の、ある「取り決め」の話を思い起こします。

 翔子さんの生命力に満ちた筆は高い評価を受けており、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を手がけるなど活躍していますが、親子ですから、当然、泰子さんが翔子さんを叱ることもしばしば。ある時、翔子さんが申し出たのだそうです。「お母さんが怒るとき、私が「恕!」と言ったらニコッとしてね」

 「恕」は「思いやり」や「ゆるす」の意で、泰子さんも承諾しました。雑誌にこう書いています。

 「「恕」と言われたら私はどんなに怒っていてもニコッとしなければならない。これは翔子の名案であった」(「月刊PHP」2015年12月号)。

 「辛」いと「幸」いが似ていてもまるで意味が違うように、「恕」とほとんど正反対の意味を持つ「怒」の字が、ほんのわずかな違いしかないところがミソ。いかにも書家同士らしいルールです。」とも教えてくれる。

 最後に社説は、「無論、今、世界を覆う「怒」は胸を2度たたいたり、「恕!」と言っても冷却できるほど生易しいものではありません。それでも、今日から始まる新しい一年が、各地の戦火がやみ、様々な分断が融和へと向かうとしになってくれぬものかと、そう願わずにはいられません。一人一人が、ほんの少し冷静になって「怒」を「恕」に変えるーー。すべては、そこから始まるかもしれません。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「米ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」は世界の名店で修業を積んだ主人公が故郷の街で開くレストランを舞台にした作品です。」とのこと、

 「中に印象に残るシーンがあります・戦場のような厨房で、主人公が別のシェフと言い争いになった時、途中で自分の胸をポンポンと2回たたいたのです。そして「後で話そう」を意味する料理界のサインだと説明します。」とのこと、

「「後で話そう」は、互いが冷静になるための時間稼ぎの知恵だとも思います。」とのこと、

 「冷静と言えば、ダウン症の書家として知られる金澤翔子さんと、書の師匠でもある母の泰子さんとの間の、ある「取り決め」の話を思い起こします。」とのこと、

 「雑誌にこう書いています。「「恕」と言われたら私はどんなに怒っていてもニコッとしなければならない。これは翔子の名案であった」(「月刊PHP」2015年12月号)」とのこと、

 等々を知ることができた。

 そして社説は「無論、今、世界を覆う「怒」は胸を2度たたいたり、「恕!」と言って冷却できるほど生易しいものではありません。それでも、今日から始まる一年が、各地の戦火がやみ、さまざまな分断が融和へと向かう年になってくれぬものかと、そう願わずにはいられません。一人一人が、ほんの少し冷静になって「怒」を「恕」に変えるーー。すべては、そこから始まるのかもしれません。」と訴える。

 社説の訴えに賛同し共鳴しながら、考えた。

まずは、この社説を、トランプ氏、プーチン氏、習近平氏、ネタニヤフ氏、高市氏等にぜひ読んでいただき、感想を一人一人から聞きたい、と思った。その反応を見てみたい、と思った。

 そして、戦中生まれの私は、戦争で人殺しをしない日本で生きてこれたことは、日本史的にも世界史的にも「幸運な世代」であると思っている。それは第二次大戦での敗戦、反戦平和の日本国憲法の誕生、日本国憲法を守り続けてきた先達と末裔の存在に起因するような気がしている。

 この、日本国・日本国民の幸運をぜひとも世界に広げたいものだと、一高齢読者の私は考えています。今年は、日本の指導者が世界から戦争を亡くし世界人類が平和のうちに生存できる運動の先頭に立っていただけるといいな~、と思ています。

 


by sasakitosio | 2026-01-03 08:43 | 東京新聞を読んで | Trackback