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by sasakitosio

共産党史観に染まる中国<「中国の国際的な「話語権」を強化せよ」習近平国家主席は繰り返しそう指示を飛ばす!話語権とは説明や解釈をする権力との意味。!>

 613日付け朝日新聞朝刊社説余滴に、「共産党史観に染まる中国」との見出しが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「歴史とは誰がいかに書き記し、そのように伝えていくべきものなのか。

 清朝を倒し、中華民国を誕生させた辛亥革命から今年で110年。その発端である武昌蜂起が起きた中国武漢から、著名な歴史学者の訃報が届いた。

 章開沅氏。先月末、亡くなった。94歳だった。

 中国の学術界でも近代史は特に政治リスクが高い分野だが、その大御所でありながら開放的で率直ないいぶりが印象的な人だった。」と切り出した。

 つづけて社説は、「思い出すのは10年前の辛亥革命100年のときのことだ。中国ではこの年、「アラブの春」に影響された茉莉花(ジャスミン)革命の呼びかけがあり、共産党政権は革命という単語に異様に敏感になっていた。

 取材を断る学者も多かったが、章氏は違った。当時のメモを読み返すと、こんな言葉が残っている。

 「(辛亥革命)で我々は奴隷から国民になった。しかし、今も問題は完全になくなっていない。なんでも党と同じことを言えというのは盲従を求めていると同じじゃないか」

 落ち着いた口調ながら、語気は厳しかった、」と教えてくれる。

さらに続けて社説は、「訃報に接した東京大学の川島真教授は「改革開放の時代の新しい中国の歴史研究を象徴する存在でした。一つの時代の終わりを感じます」と話す。

 階級闘争の革命史一色だった毛沢東時代を経て、多様な歴史解釈や見方が許容される余地が」生まれたのが改革開放の時代。章氏の研究はまさにそこで輝いた。

 ところが、今の中国は再び、党史だけに縛られた、内向きな歴史観に戻りつつある。章氏は10年前にすでにその兆候を感じ取っていたのかもしれない。

 川島氏によると、章氏が進めた歴史研究の国際交流も難しくなってきている。」と指摘した。

 最後に社説は、「「中国の国際的な「話語権」を強化せよ」  習近平国家主席は繰り返しそう指示を飛ばす。

 話語権とは説明や解釈をする権力との意味。

 中国のことは中国が語る、外国人に好き勝手に語らせるなということらしい。

 異なる解釈を一切させない、共産党による中国史。7月の結党100年の式典で語らるのもそんな歴史観なのだろう。そう想像しながら習氏の言葉を聴こうと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「清朝を倒し、中華民国を誕生させた辛亥革命から今年で110年。その発端である武昌蜂起が起きた中国武漢から、著名な歴史学者の訃報が届いた。章開沅氏。先月末、亡くなった。94歳だった。」とのこと、

 「思い出すのは10年前の辛亥革命100年のときことだ。<中略>取材を断る学者も多かったが、章氏違った。当時のメモを読み返すと、こんな言葉が残っている。

 「(辛亥革命)で我々は奴隷から国民になった。しかし、今もこの問題は完全にはなくなっていない。なんでも党と同じことを言えというのは盲従を求めているのと同じじゃないか」落ち着いた口調ながら、語気は強かった」とのこと、

 「訃報に接した東京大学の川島真教授は「改革開放の時代の新しい中国の歴史研究を象徴する存在でした。一つの時代の終わりを感じます」と話す」とのこと、

 「階級闘争の革命史一色だった毛沢東時代を経て、多様な歴史解釈や見方が許容される余地が生まれたのが改革開放の時代。章氏の研究はまさにそこで輝いた」とのこと、

 「川島氏によると、章氏が進めた歴史研究の国際交流も難しくなってきている」とのこと、

 「「中国の国際的な「話語権」を強化せよ」  習近平国家主席は繰り返し指示を飛ばす」とのこと、

 「話語権とは説明や解釈をする権力との意味。中国のことは中国が語る。外国人に好き勝手に語らせるなということらしい」とのこと、

 等々を初めて知ることができた。

 そして社説は、「異なる解釈を一切許さない、共産党による中国史。7月の結党100年の式典で語られるのもそんな歴史観なのだろう」と指摘し、

 「章氏なら何と言ったか、そう想像しながら習氏の言葉を聴こうと思う」と指摘した。

 社説の指摘に共鳴しながら、考えた。

人口も国土面積も人種の数も国家の歴史も、途方もなく長大な国「中国」は、私にとって「学び」の宝庫だ。1984年の夏、柏市との姉妹都市・承徳市を老若男女20人余の団体を組んで訪中、2010年年末の孔子ゆかりの地「曲阜」を訪れる間にも多くの都市を歩いた。そして思ったことは、その国の民が、豊かでのびのび暮らしていれば、その国の権力者が、日本から見て「独裁者」に見えても、そこはだまって見守るべきだ、と思った。

 そして、自由と民主主義の国に生まれ育った「自分」は、運がよかったんだとも、思っている。

 さらに、世界との交流の中で、中国の国民が「自由と民主主義」の民をみて、必ず内側から「民主主義」を求め実現していくだろうと、同じ人間として確信している。


by sasakitosio | 2021-06-19 17:01 | 朝日新聞を読んで | Trackback