税はとられるもの?連帯の礎?今こそ社会民主主義の財政論を!<慶應義塾大学経済学部教授・井出栄策氏の提言「生存と生活の必要(ニーズ)を保障しあう「ライフ・セキュリティ」へと財政の原理を作り変える」>
2019年 12月 01日
月刊社会民主2019年12月号に、「いま消費税を考える」という特集が載った。筆者は、ジャーナリスト・斎藤貴男氏、慶応義塾大学経済学部教授・井出栄策氏、鹿児島大学法文学部教授・伊藤周平氏だ。なかで今日は井出栄策氏の論考を学習することにした。
さっと一読して、気に入ってしまった。
そこで、ただ目で読んだだけでは、もったいないと「ワードで筆写」して、いわゆる「筆読」「写本」したくなった。
まず筆者の論考は、小見出しで、「分断された日本社会」「「中流」と信じたい人々」「問題は消費税の「使い道」」「消費税への批判について」と4項目分かれている。
まず、「分断された日本社会」から学習することにする。
筆者は、「本当に僕でよいかーーーそれが今回の執筆依頼を受けたときの最初の感想だった。
僕は自分自身をリベラルだとおもっている。
そして理想の政治形態は社会民主主義だと考えている。
しかし、ひとつだけ欠点がある。
この一点において、左派・リベラルの皆さんから数えきれないほどの批判を受けてきた。
そのような僕が本当に執筆して良いのか。
何を書いてもまたどうせ同じ批判を聞かされるのではないか、それが正直な僕の気持だった。
しかし僕は引き受けた。
論争的な主張でも敢えて乗せようとされた編集部の皆さんの開かれた決意、そして。99%の人たちから批判されたとしてもまお、1%の人たちに思いを伝える機会をいただけたことを心からうれしく思ったからだ。ちょっと身構えすぎだろうか。前置きが長くなった。早速議論を始めよう。」と切り出した。
続けて筆者は、「議論の出発点にあるのは、絶望的なまでに分断された日本社会への怒りだ。
いくつかのデータを追跡しよう。
平成に入り、共稼ぎ世帯数は約6割増えた。夫婦共稼ぎ世帯が専業主婦世帯の倍以上という状況にもかかわらず、勤労者世帯の収入は1997年で頭打ちになり、いまだにその水準をを回復できていない。
現在では世帯収入300万円未満の世帯が全体の31%、400万円未満世帯が全体の45%を占めている。
この割合は、約30年の年月を経て、平成元年(89年)の水準へと逆戻りした。
かっては先進国最高を誇った貯蓄率であるが、現在では2%程度にまで低下している。
2人以上世帯の3割、単身世帯の5割が「貯蓄なし」と回答した衝撃の調査も存在している。
所得水準の悪化は経済の衰退の裏返しである。
一人当たりのGDPは89年の世界4位から、26位へと順位を落とした。
同じく89年に企業時価総額トップ50社のうち32社を占めていた日本企業だったが、今はわずかトヨタ1社のみだ。
北欧と並んで平等主義国家と呼ばれた面影はもはやない。
相対的貧困率はOECD調査対象国のなかで9番目に高く、所得格差の大きさを示すジニ係数の大きさも11位、トップ20%とボトム20%の格差も11位というありさまだ。
日本社会では、子育てや教育、病気や老後の備えを自己責任で行ってきた。事実日本は先進国のなかでもっとも現役世代への給付の少ない国のひとつである。
また義務教育費は無償化されているとは言っても、修学旅行費、給食費、学用品費等の重たい自己負担がある。
だから、所得と貯蓄の動向が将来不安の深刻度をダイレクトに決める。
図一を見てみよう。
平成の時代とは人々が老後や収入について不安を強めていく時代だった。僕が「平成の貧乏物語」と呼ぶゆえんである。
一方。いくつかの国際調査を見ると、すくなからぬ人々が、自分たちが貧しくなっていることに気づいている。
「所得は平均以下だ」という問いに賛成する割合をみると日本は41か国中12位である。
以下賛成者の割合を見てみると、「育った家より地位が低下した」という問いは41か国中8位、「父親以下の職になった」という問いにいたっては25か国中1位、「5年前より暮らしがよくなった」と聞けば17か国中最下位という状況なのである。」として締めくくった。
続けて「「中流」と信じたい人々」の項目を学習することにした。
まず筆者は、「奇妙な事実がある。僕たちは明らかに貧しくなった。所得格差も大きくなった。しかも自分たちが貧しくなっていることに多くの人たちが気づいているように見える。
それなのにこの社会は、所得格差是正の必要性を認めようとしない。
「格差は大きすぎる」かとの問いに賛成する回答者の割合は、日本は42か国中28位。「格差を縮めるのは政府の責任である」かという問いに同意する人たちの割合は42か国中36位である。
それもそのはずだ。
内閣府の調査で暮らしぶりを尋ねた際、自分は
「中流」と回答する人の割合は93%に及ぶ一方、「下流」と回答した人達の割合はわずか4.2%しかないのである。
明らかに貧しくなっている。しかもそれに気づいている。それなのに自分は中流と信じてやまない社会的メンタリティ。
ここに左派リベラルの退潮の理由があるのではないか。
読者の皆さんと考えたい。
近年、未婚率が上昇し、出生率は低迷を続けている。また持ち家率も段階ジュニアの世代以降、明らかに低下を見せている。
人々は暮らしの豊かさを諦めながら、なんとか「人並み」の暮らしを防衛しようと必死になっている。
別の国際調査によれば「中の下」の暮らしと答えた人の割合が調査対象の38か国で最高だったのが日本である。
そのような「ギリギリ中間層で踏ん張っている」と信じたい人たちに「格差是正」という言葉が届くだろうか。
もっとはっきり聞こう。
4%の「下流」と答えた人たちに向けたメッセージにこだわり続けて、果たして選挙で勝てるのだろうか。
おそらく答えはNOだ。
僕たちの財政を見ればよい。
給付によって格差を是正する力は先進21か国の中で下から3番目、富裕層への課税を通じた格差是正力は最下位だ。
そう、この社会は格差への関心は明らかに失いつつある。
それなのに左派・リベラルは格差是正を正義と信じて疑わない。いわば思考停止の状態にある。
大勢の人たちが将来不安におびえる社会。
そのような社会にあって望まれるのはどのような政策志向だろうか。
「国民みなが安心して暮らせるよう国は責任を持つべき」という問いに対し8割近い回答者が賛成を示している。
そう、困っている誰かを救済する背策ではない。
将来不安におびえる大勢の人たちの暮らしをどのように保障するか・・・・別言すれば、社会民主主義が歴史的に重視してきた「普遍主義」、すなわち受益者を限定せず、広い範囲にわたって生活保障を行う方向性こそがいま求められているのである。
このような認識のもと、僕は、税を財源として、すべての人びとに、教育、医療、介護、子育て、障がい者福祉といった「ベーシック・サービスを提供することを提案した(「幸福の増税論」岩波書店)。
ベーシック・サービスがすべての人々に保障されれば、生きていく、暮らしていくための万人の「必要(ニーズ)」が満たされる。
病気をしても、失業しても、長生きしても、子供をたくさんもうけても、さらには貧乏な家庭にうまれても、障がいを抱えていても、すべての人たちが人間らしい「生活」を享受できるようになる。
暮らしを保障しあう社会とは「救済される領域」を最小化する社会だ。
医療や介護、教育に負担を軽くできれば、その分、生活保護の中の医療扶助、介護扶助、教育扶助は縮小する。
現金による救済は人間の心に屈辱を刻み込む。
これを尊厳ある生活を保障するためのサービスに置き換える。
いわば誰かを救済する社会ではなく、みんなの権利を保障しあう社会へと原理を変えていくのである。
無論。働くことができない人たちが大勢いる。だからサービスを通じて可能な限り救済の領域を最小化しながらも、高齢者、障がい者、ひとり親家庭といった人たちの「生存」は、品位ある保障を行うべきである。
ポイントは三つ。
生活扶助、住宅手当の創設、そして職業教育・訓練がこれである。
最低限の保障と言いつつ、生活扶助を切り下げる、先進国の中で唯一普遍的な住宅手当を持っていない、「失業=絶望」という理不尽な労働市場の在り方、これらの問題は徹底的に改善されていかなければならない。
僕の例案はこうだ。
すべての人たちを受益者とするサービスによる生活保障、生存の危機に直面している人たちのための現金による生活保障、働く能力や意欲のあるにもかかわらずその機会を失った人たちの再チャレンジ保障、すなわち、生存と生活の必要(ニーズ)を保障しあう「ライフ・セキュリティ」へと財政の原理をつくり変えるのである。」として締めくくった。
次に「問題は消費税の「使い道」」の項について学習することにする。
まず筆者は、「以上の社会民主主義的な方向性に対して、本紙の読者はほとんど違和感を持たれないのではないかと思う。
だが、財源を消費税に頼った途端に、強い反論が出ることが予想される。
まず確認しておきたいのは、消費税を軸として得た税収をすべて人々に分配すれば、原理的に言って、所得格差は小さくなるという点である。
消費税には逆進性があり、貧しい人達の負担が大きくなるという批判がある。この指摘は正しい。
だが、いつも不思議に思うことがある。
みなさんはなぜ税の使い道を議論なさらないのだろう。
所得の「再分配」とは、富裕層の所得を貧しい層に移すことを意味する。実は逆進性の有無以前の問題として、高価なものをより多く買っている富裕層のほうが消費税の負担実額は必ず大きくなっている。
このお金をサービスとして全員に均等に配分するのが僕の基本的な提案である。
その際、年収2000万円の人に100万円分の給付をしても5%の受益しかないが、年収200万円の人にとっては50%の受益になる。
いわば給付面では「逆・逆進性」効果が生まれるわけだ。
ノースウエスタン大学のM・プラサド教授はこう言い切った「貧困と不平等の削減に最も成功した国々には、富裕層に課税し貧困層に与えることでそれをやりとげたのではない(March 7.2019.New York Times)。
これは世界の財政を学ぶ者にとって常識的な理解だ。
事実、消費税率の高い欧州の国ぐにの大部分が日本よりも所得格差が小さい。
1974年のことである。フランスの主税局次長のP・ルビロア氏が日本で講演し、逆進性についてこう語った。「税の累進性、逆進性を議論するとき、一税目だけを取り上げてもあまり意味がなく全体で考えるべきであろう。
つまり、税収とその支出目的を合わせて考えるべきで、例えば逆進的な税しか採用していない国でもその収入で社会保障を積極的に行っているのであれば、その国全体としては逆進的ではないと言えると思う「(「租税研究」273号)。
こうした当たり前の理解がいまだに日本の社会民主主義の中に浸透しきれていないことが残念でならない。
とりわけ、低所得層の暮らしが行き詰まっていればいるほど、そうである。
単純な話をしよう。
消費税がいかに逆進的であれ、そこから上がる税収を低所得層に集中的に投下すれば大勢の生活困窮者が楽になれる。
僕はすべての人々を受益者にすべきだと考えているが、もし低所得者にこだわるのであれば、そのように主張すれば済む話なのではないだろうか。
本気で低所得者層の暮らしを考えるのであれば、消費税反対をただ繰り返すのではなく、その使途を論じ、貧しい人たちの未来を論じるべきではないだろうか。
不幸自慢はアンフェアだ。
だが、ひとつだけ僕の体験を語らせていただきたい。
僕は貧しい母子家庭に育った。。毎年度2回ある審査の中で、大学の授業料が免除されるかどうかがまさに不安の種だった。
免除されなかったと母に伝えなけらばいけなかったときの絶望的な思いはいまでも忘れられない。
今回、消費税が2%引き上げられたが、低所得層の授業料は無償化された。
貧しさにおびえていたときの母も、僕も、この施策を大喜びしたはずだ。」として締めくくった。
最後は、「消費税への批判について」の項目を学習することにする。
まず筆者は、「念のために行っておきたい。僕は消費税を軸にしようと提案しているのであって、所得税の累進性強化、減税の続いてきた法人課税の回復、金融資産や相続財産への課税強化、逆進性の強すぎる社会保険料の改正もあわせて議論すべきなのは当然である。
これはいわゆる租税間公平性の問題である。
ただし強力な分配を通じて「ライフ・セキュリティ」を行おうと思うなら、消費税を外すわけにはいかない。
消費税1%の引き上げで2.8兆円の税収が上がる。一方、1237万円超の所得税率を1%上げても1400億円程度の税収しか生まれない。
あるいは法人税率1%上げても5000億円程度の税収にとどまる。
「ライフ・セキュリティ」を実現しようとしてと思えば、さらに6~7%の消費増税が必要になる。所得税なら120~140%、法人税なら34~39%の引き上げが必要になる計算だ。
桁違いの税収を生む消費税を選択肢から外し、富裕層や大企業への課税のみで社会変革語るとすれば、変革は遠のく。
欧州社会民主主義の教えにならえば、消費税を軸としながら、富裕層や大企業への課税を通じて、消費税の上げ幅を下げていくというのが最も現実的な選択肢なのではないだろうか。
無論消費税への批判は、逆進性だけにとどまるものではない。
例えば、消費税が防衛費に流用されるという批判がある。だが消費税法第1条2に示されているように、消費税の使途は年金、医療、介護、子育て、地方交付税に限定されている。
もし防衛費への流用を心配するのであれば、所得税や法人税のほうがその危険性は高い。
たしかに防衛費をどう抑えるかという問題はとても重要だ。
日本の防衛費は国際的にみて低水準にある。
とはいえ、近年、後年度負担が急増している事実は看過されるべきではない。
だが、防衛費をコントロールすることはよいとしても、現在120兆円の社会保障給付が2040年には190兆円に膨れていく文脈のなかで、「ライフ・セキュリティ」を論じるのであれば、大部分が義務的経費で、後年度負担を合わせて10兆円程度しかない防衛費の削減だけでなんとかなるわけではない。
防衛費の削減と消費増税は矛盾する組み合わせではない。
防衛費のムダを盾に、人びとの生活不安がほったらかしにされるとすれば、それは国民にとって不幸なことだ。
内部留保への課税を、という主張もある。
これも丁寧な議論が大事だ。
内部留保が400兆円を超えたとよく耳にする。しかし、図2にあるように、そのうち現金・預金は約半分であり、その6割は中小企業のものである。
金融機関からの借り入れの難しい中小企業が現金や預金を積み増しているからだ。
実は内部留保課税はここを直撃する。
米国でも1930年代に内部留保課税が実施されたが、わずか3年で廃止になった。理由は中小企業の倒産が相次いだからである。
大企業に限定にして課税しようとしよう。
すると80兆円程度の現金・預金が対象となる。
「ライフ・セキュリティ」に必要な財源は17~20兆円である。
するとものの数年で大企業の現金・預金は空っぽになる。そのとき日本経済はおそらく壊滅的な打撃を受けていることだろう。
限られた紙幅の中で僕の主張がみなさんの心に届いたとは思わない。この文章が世に出るころ、「いまこそ社会保障と税の話をしよう」(東洋経済新報社)という僕の著作が公刊まじかなはずだ。より細かい議論は、ぜひそちらに目を通していただきたいと思う。
自由で公正、そして人びとが連帯する社会を私たちは目指しているはずだ。
人間が自由に生きて行くためには、生まれたときからの運や不運で一生決まる理不尽で不公正な社会を変えなければならない。
そのための社会連帯の仕組みであり、かつ自由と公正を支え、社会連帯をさらに強固にしていくための仕組みこそが税であり、財政である。
これをどうつくり変え、自由で、公正で、人びとが連帯する社会を実現させるのか。
僕はみなさんと「その先」の議論をしたい。
本気でそう思っている。」として締めくくった。
よんで、ものすごく勉強になった。
さすが学者の論文だと思ったのは、結論や提言の前に必ず、数字の根拠や図表がある。
筆者は「分断された社会」の項目の中で「平成の時代とは人々が老後や収入について不安の度を強めていく時代だった」と指摘した。
また筆者は「「中流」と信じたい人々」の項目の中で「明らかに貧しくなっている。しかもそれなのに自分は中流と信じてやまない社会的メンタリティ、ここに左派・リベラルの退潮の理由があるのではないか」、
「もっとハッキリ聞こう4%の「下流」と答えた人たちに向けたメッセージにこだわり続けて、果たして選挙で勝てるのだろうか」との指摘は、その通りだと思った。
さらに筆者は「僕の提案はこうだ。「すべての人たちを受益者とするサービスによる生活保障、生存の危機に直面している人たちのために現金による生活保障、働く能力や意欲があるにもかかわらず、その機会を失った人たちの再チャレンジ保障、すなわち、生活と生活の必要(ニーズ)を保障しあう「ライフ・セキュリティ」へと財政の原理を作り変えるのである」との提案は、リベラルを自負する政党は、採用すべきことだと思った。
次に筆者は「問題は消費税の「使い道」」の項目の中で、「まず確認しておきたいのは、消費税を軸として得た税収をすべての人々に分配すれば、原理的に言って、所得格差は小さくなるという点である」との指摘、
「単純な話をしよう。消費税がいかに逆進的であれ、そこからあがる税収を低所得層に集中的に投下すれば大勢の生活困窮者が楽になれる」と指摘、等々を知り、よく理解できた。
また筆者は、「消費税への批判について」の項の中で、「欧州社会民主主義の教えにならえば、消費税を軸としながら、富裕層や大企業へのつうじて、消費税の上げ幅を下げていくというのがもっとも現実的な選択肢なのではないだろうか」と指摘した。この指摘は分かりやすく、よく理解できた。

