サッチャーとメルケル 共通する三つの内的資質<一つ目は信仰だ!二つ目は勤勉だ!三つめは科学だ!>
2019年 11月 23日
11月21日付朝日新聞朝刊13面に、「政治季評」という欄がある。筆者は、早稲田大学教授・豊永郁子氏だ。
今日はこの筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「先日、ある女友達が、日本では女性政治家は「お飾り」と思われていると言って憤激した。女性政治家には多くをなすことは期待されず、資質も問われない。
わたしはサッチャーとメルケルのことを考えた。彼女たちを知れば、そんな風潮は吹っ飛ぶ。
1979年に英国初の女性首相となった(先進主要国初の女性リーダーでもあった)マーガレットサッチャーは、「鉄の女」の異名ををとり、その政治は「サッチャリズム」と呼ばれた。
一連の新自由主義的な政策を断行して英国を一変させ、それらの政策の電波を通じて世界を変えた。
彼女の目的は、政府の役割を限定し、市場競争と個人の自己責任にもとづく経済社会を生み出すことにあったが、その狙いはほぼ実現したと言ってよい。
今日の新自由主義世界は彼女がもたらしたと言っても過言でなく、毀誉褒貶も大きい。
米ソ首脳を仲介し、冷戦終結を導いたことでも知られ、在任期間は英国近現代史上最長の11年余に及んだ。
ドイツ初の女性首相アンゲラ・メルケルは、2005年の就任以来、すでに14年間首相を務め、国民には「ママ」とも呼ばれる。
統一後の不安定なドイツを経済大国、さらには政治大国として確立し、統一ドイツを環境・人権・EU重視の国とした。
気候変動問題への関心、原発全廃の決断で有名な一方、大量な難民の受け入れ、ユーロ安定のためのEU諸国に対する緊縮財政の強要には反発が大きく、ドイツ国内および欧州各地で反移民、反緊縮を掲げるポピュリスト勢力を勢いづけたという批判も受ける。
それでも彼女は現在、世界で最も信望を集めるリーダーだ。メルケル後のドイツ、EU、世界の行方が危ぶまれるほどその存在は大きい。」と切り出した。
続けて筆者は、「多くをなした彼女たちはどんな政治家なのか。彼女たちの「成功」を説明するのは何か。
政治的境遇には似たところがある。
二人は、アジアや南米に多く誕生してきた父や夫の跡を継ぐ女性リーダーとは異なり、自力でトップに上った。
だが、カリスマ性がある華やかなタイプではない。実務的で生真面目なタイプだ。
保守政治の政治家だが、党内ではアウトサイダーだ。
女だからというだけでなく、サッチャーは庶民的すぎる出自によって、メルケルは共産主義体制下の旧東ドイツの出身者として、ともに自分を閣僚に引き立ててくれた前任者に反旗を翻して、党首となる。
首相としてのスタイルは正反対だ。
サッチャーは、自らの確信に従う政治家を自認し、合意優先の政治を批判した。譲歩や交渉を嫌い、対決を好んだ。
メルケルは、様々な異なる立場を理解し、だれもが納得する解を探る。何事にも協調を好む。
しかし、何より驚くのは、二人が次の三つの共通点を持つことだ。
それらは彼女たちの内面的な資質に関係する。
彼女たちが党内で上昇し、それぞれのスタイルにおいて首相職を成功させた秘密とも思われる。
一つ目信仰だ。
雑貨店を営むサッチャーの父はメソジスト教会の説教師でもあり、メルケルの父はルター派の牧師である。
彼女たちの政治は、父の影響で身についたキリスト教の倫理観を反映している。
サッチャリズムの核心には個人の自立自助への義務の観念が存在するが、これはいかなる経済理論や社会哲学でもなく彼女の信仰に由来する。
メルケルはキリスト教徒として人権や欧州に関心を寄せる。
信仰に関わる立場では、彼女たちはともに頑固だ。
二つ目は、勤勉さだ。
彼女たちは文書に完璧に目を通し、会議に誰よりもよく準備して臨み、長時間働くことで知られる。
ともに粘り強く、それはサッチャーの目的を達するまでの執拗さだ。メルケルの結論が出るまでの長考に表れる。
三つめは科学だ。
二人はそれぞれの国で初の理系出身の首相でもある。サッチャーは大学で化学を専攻し、民間企業の研究員となった。メルケルは博士号を持つ物理学者だ。
ともに科学者の資質を政治に生かしたと言われる。
彼女たちは科学者らしく、現実的で合理的、論理的で緻密だ。感情に流されず冷徹に物事を分析し、様々な可能性を見分ける。情報を徹底的に集め、秩序だった仕事の進め方をする。」と教えてくれる。
最後に筆者は、「ちょうど100年前、まだ女性参政権のない時代、、ドイツの社会学者マックス・ウエーバーは、政治論の古典となる「職業としての政治」を著し、その中で政治を「天職」とする政治家の三つの「内的資質」を論じた。
情熱、責任感、判断力である。
ここでの情熱は、何らかの信仰のようなものによる、ある目的への献身の熱情だ。
責任感は、この目的に対する客観的責任がつねに意識されていることである。
判断力は、物事や人々から距離をとる能力――客観性を意味する。
二人の女性リーダーの三つの共通点は、まさにこれら三つの内的資質の存在を示す。
今やウエーバーが求めた「政治を天職とする者」の極めて分かりやすい一つのモデルは、女性政治家に見いだされる。
二人の例は、男女を問わず政治家の資質を問う視点を与えてくれる。
ちなみに、二人に似た人材は、日本にも結構いるような気がするが。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
「(マーガレットサッチャーは)米ソ首脳を仲介し、冷戦終結を導いたことで知られ、在任期間は英国現代史上最長の11年余に及んだ」とのこと、
「ドイツ初の女性首相アンゲラ・メルケルは2005年の就任以来、すでに14年間首相を務め、国民から「ママ」との呼ばれる。<中略>
彼女は現在、世界で最も信望を集めるリーダーだ。メルケル後のドイツ、EU、世界の行方が危ぶまれるほどその存在感は大きい」とのこと、
「(二人は)自力でトップに上がった。だが、カリスマ性がある華やかなタイプではない。実務的で生真面目なタイプだ」とのこと、
「ともに自分を閣僚に引き立ててくれた前任者に反旗を翻して、党首となる」とのこと、
「サッチャーは、自らの確信に従う政治家を自認し。合意優先の政治を批判した。メルケルは様々な異なる立ち名を理解し、だれもが納得する解を探る。何事にも協調を好む。」とのこと、
「二人が次の三つの共通点を持つことだ。
一つ目は信仰が。
二つ目は勤勉さだ。
三つ目は科学だ。」とのこと、
「ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、政治家論の古典となる「職業としての政治」を著し、その中で政治を」天職」とする政治家の三つの「内的資源」を論じた。情熱、責任感、判断力である。」とのこと、
等々を初めて知ることができた。
そして筆者は「二人の例は、男女を問わず政治家の資質を問う視点を与えてくれる。」といい、「二人に似た人材は、日本にも結構いるような気がする。」ともいう。
筆者の主張で、前段はその通りだと思うが、後段の「二人に似た人材は、日本にも結構いるような気がする」とのくだりは、すとんと腑に落ちない。
結果的に、二人に似た人材が見当たらないのは、環境が悪いのだろうか?

