人気ブログランキング | 話題のタグを見る

憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

生育限界<生育限界とは胎児が体外で生きることができる限界をさす。既に1953年は妊娠8か月未満、1976年には24週未満、1990年には22週未満と、何度か繰り上げられてきた>

107日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「今月2日、NHK朝のニュースで気になる報道をみた。医療の進歩により、これまで妊娠22週に定められていた生育限界が、見直される可能性があるという。

 生育限界とは胎児が体外で生きることができる限界をさす。既に1953年は妊娠8か月未満、1976年には24週未満、1990年に22週未満と、何度か繰り上げられてきた。これは人工妊娠中絶が可能な機関とも関連してくる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「報道では、生育限界より一日早く生まれた、知的障害の子どもが取り上げられた。最終的に「生育限界を繰り上げるにあたり、サポート体制が必要」とまとめられていたが、私はここにあえて異議を唱えたい。

 障害が残る可能性が高い子どもを生かすためには、サポート体制が必要。これは一見当たり前のように聞こえるが、実は生命を選別する発想につながらないか。障害がある人に支援を整えるのは当然のこと。わざわざ生育限界と絡めて言う必要はない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「生育限界の線引きは、生命の線引きにほかならない。ならばその決定は、純粋に生存が可能かに置かれるべき。障害が残る可能性を加味して検討すべきではない。

 やまゆり学園の事件をめぐり、命の選別に躊躇しない一群の人たちの存在を知った。だからこそ、生命の議論は慎重に。優生思想に思想に留意しなけらばならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「医療の進歩により、これまで妊娠22週に定められていた生育限界が、見直される可能性があるという」とのこと、

 「生育限界とは胎児が体外で生きることができる限界をさす。」とのこと、

 「報道では、生育限界より一日早く生まれた、知的障害の子どもがとりあげられた。最終的に「生育限界を繰り上げるにあたり、サポート体制が必要とまとめられていたが、私(筆者)はここで敢えて異議を唱えたい」との指摘、

 「障がいがある人に支援を整えるのは当然のこと。わざわざ生育限界と絡めて言う必要はない」との指摘、

 「生育限界の線引きは、生命の線引きに他ならない。ならばその決定は、純粋に生存が可能かに置かれるべき。障がいが残る可能性を加味して検討すべきではない」との指摘、

 等々を知ることができた。

 特に、「生育限界」という言葉を初めて知り、「人工妊娠中絶が可能な期間とも関連してくる」ことも初めて知った。

 そして「生命限界の線引きは、生命の線引きに他ならない。ならば、その決定は、純粋に生存が可能かに置かれるべき。障害が残る可能性を加味して検討すべきでない」との筆者の意見はよく理解できた。
 そして、40年以上前、自分の息子が出産直後未熟児で個人の産婦人科医院から新潟の市民病院に搬送され、見舞いに行って、その子が保育器に入り、鼻から口から細い中部を入れられ、まるで宇宙人のようであった。その時主治医に「この子は今の医術で生かすことはできるが、それでよかったかどうかは、今は分からない」と言われた。その時は、何としても生かしてやりたいと思った。
 次に、チュウブが外され、保育器から出たら、未熟児網膜症と言われた。当時マスコミで未熟児網膜症の手術で失明したことが報道されたいた。先生に同意を促されたとき、「先生、思い切りやってください。結果について先生の責任を追及することはしないから」といった。親として、この子の苦労は一緒に背負っていこうと覚悟を決めていたから。結果はすべてオーライで、今その子は大学病院で外科医をしている。この時、不信人な私が神仏やご先祖様に祈っていた。


by sasakitosio | 2019-10-08 06:42 | 東京新聞を読んで | Trackback