やじ排除発言 「表現の自由」の曲解だ<柴山昌彦文部科学相は、やじは「権利として保障されていない」というが、表現の自由を理解していないのではないか??>
2019年 08月 31日
8月30日付東京新聞朝刊社説に、柴山文部科学相の「やじ排除発言」のことが載った。
今日はこの社説に学ぶことにした。
まず社説は、「選挙の街頭演説にやじを飛ばした人がまた、警察に取り押さえられた。柴山昌彦文部科学相は、「やじは権利として保障されていない」というが、「表現の自由」を理解していないのではないか。
選挙の街頭演説を、私たち聴衆は一言も発せず、黙って聞け、ということなのか。
埼玉県知事選の投開票前日、24日夜の出来事である。JR大宮駅近くで自民、公明党推薦候補の応援演説をしていた柴山氏に対し「柴山辞めろ」とか大学入試共通テストの「民間試験撤廃」などとやじを飛ばした男性が、埼玉県警の警察官数人に囲まれ、遠ざけられた。
柴山氏は27日、閣議後会見で「表現の自由は最大限保障されなければならないが、集まった人たちは候補者や応援弁士の発言を聞きたいと思ってきている。大声を出したりすることは、権利として保障されているとは言えないのでは」ないか」と県警の行為を擁護したが、「表現の自由」を曲げて解釈しているのではないか。」と切り出した。
続けて社説は、「もちろん政治活動の自由は最大限尊重されるべきで、公職選挙法は選挙演説の妨害を禁じている。
しかし、駅前という開かれた場での選挙活動である。そこに集まった人たちは政権の支持者もそうでない人もいて当然だ。そうした場合でも、政策への賛否を言い表すことは許されないのか。
埼玉の事例は、やじで演説が続行できなくなるような悪質な行為に当たるとはとても思えない。もし、選挙妨害に当たらない段階で、公権力がやじを強制排除したのなら、明らかに行き過ぎだ。
柴山氏が政治家として語るべきは、警察の介入を正当化することではなく、警察の公権力行使が表現の自由を侵しかねないことへの懸念ではなかったのか。」と指摘した。
最後に社説は、「7月の参院選でも、札幌市で行われた安倍晋三首相の街頭演説やじを飛ばした男女が北海道警の警察官らに相次いで排除された。
道警は「現場のトラブル防止の観点から措置を講じた」とするだけで、詳しい説明はしていない。
政権に異を唱える発言が、トラブル防止を名目に警察に排除される。
公権力を行使する立場にある政治家は、表現の自由を尊重すると言うものの、実際に侵されても放置する。こんなことが安倍「長期」政権で続く。
その背景に、批判や異論に耳を傾けようとしない不寛容な政権の体質があるとしたら、構造的問題であり、根が深い。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
「JR大宮駅近くで自民、公明両党推薦候補の応援演説をしていた柴山氏に対し、「柴山辞めろ」とか大学入試共通テストの「民間試験撤廃」などとやじを飛ばした男性が、埼玉県警の警察官数人に囲まれ、遠ざけられた」との指摘、
「柴山氏は27日、閣議後記者会見で「表現の自由は最大限保障されなければならないが、集まった人たちは候補者や応援弁士の発言を聞きたいと思ってきている。大声を出したりすることは、権利として保障されているとは言えないのではないか」と県警の行為を擁護したが、「表現の自由」を曲げて解釈しているのではないか」との指摘、
「埼玉の事例は、やじで演説が続行できなくなるような悪質な行為に当たるとはとても思えない。もし選挙妨害に当たらない段階で、公権力がやじを強制排除したのなら、明らかに行き過ぎだ。」と指摘、7月の参院選でも、札幌市で行われた安倍晋三首相の街頭演説でやじを飛ばした男女が北海道警の警察官らに相次いで排除された」との指摘、
「政権に異を唱える発言が、トラブル防止を名目に警察に排除される。公権力を行使する立場にある政治家は、表現の自由を尊重するというものの、実際に侵されても放置する。こんなことが安倍「長期」政権で続く」との指摘、
等々の指摘を知り、よく理解できた。
演説をしていてやじられると、演説者は気分が悪い、ことはよく理解できる。
また、人が気持ちよく演説しているのに、やじる人の気持ちはよくわからない。が、
よくよくの思いがあったのだろう。
そして、道警の「現場でのトラブル防止の観点から措置を講じた」とのことについて、考えさせられた。
確かに、社説の「政権に異を唱える発言がトラブル防止を名目に警察に排除される」可能性は大いにある、と思った。
また演説する側にも、「建物の中での演説会」ならともかく、駅前その他街頭での演説会で、やじが出たらそれを演説の中で切り返せなくて「政治家」といえるか、とも思った。

