終戦の日に考える 憲法の下令和は流れる<悲劇を救う唯一の手段は(世界的な)軍縮だが、それを可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現以外にない!日本は今その役割を果たし得る位置にある!確かに!>
2019年 08月 25日
8月15日付東京新聞朝刊社説に、「終戦の日に考える」との見出しが載った。今日はこの社説を学習することにした。
まず社説は、「令和元年の終戦の日です。先人たちが汲み上げた「平和憲法」の清流を源に、時代のあたらしい流れがまた巡ります。私たちは不戦の意思を推力にして。
昭和20年8月15日。東京都心の社交クラブで玉音放送を聞いた帰り道。その紳士は、電車内で男性の乗客が敗戦の無残をあげつらう怒声をじっと聞き入ります。
「一体(俺たちは)何のために戦ってきたんだ」
映画の一シーンです。
実在の紳士は幣原喜重郎。当時72歳。この二か月後、首相となって日本国憲法の成り立ちに深く関わっていきます。」と切り出した。
続けて社説は、「連合国軍の占領下、天皇制の存続と一体で「戦争放棄」を日本側から発意したされる。
憲法のいわゆる「押しつけ論」の有力な反証かざす、あの人です。
社説にも何度か登場しました。
またかと仰る向きのありましょう。けれども今回は改憲論争の皮相から離れ、より深くに幣原の平和観に迫りたい。
平成から令和へと時代は移ろう時こそ、流れを遡り、確かめておきたいことがあるからです。
昭和の先人たちから受け継ぐ不戦の誓い、すなわち平和憲法の源流はどうであったか、と。
その映画作りが大詰めと聞いて、幣原生誕の地、大阪府門真市を訪ねました。
3年後に向かえる生誕150年の記念事業で、人類平和にかけた生涯を綴る手作り映画です。
題名は「しではら」。
「地元でもあまり知られなかった元首相の、高潔な理想を後世に伝えるため、まずは名前の読み方から知ってもらおうと。多くの人に平和を考えるきっかけを届けたい」。元教諭や税理士など地元有志の実行委員会を率いる酒井則行さんと戸田伸夫さんが、事業の意義を語ってくれました。既に7月、撮影終了。DVDにして今秋公開予定とか。
さらに続けて社説は、「「私たちはこの映画で、昨今の改憲論争にくみしたり「九条を守れ」と訴えたいわけでは決してありません」。二人が口をそろえて強調したことです。
幣原の「戦争放棄」は思い付きや駆け引きからではない。もっと人生の深みから湧き出た、純粋な平和観なのだと。その歴史的な価値を絶やすことなく後世につないでいかねば、ということです。
例えば第一次大戦後の世界が、戦争はもうこりごりと、世界平和を願う機運にあったころ。幣原は協調派の外交官としてその世界にいました。
時代の集約ともいえるパリ不戦条約の精神も当然、熟知していたはずです。まさしく「戦争放棄」の精神でした。
一方、国内では戦争拡大に反対し終戦まで長く下野していたが、久々に「感激の場面」に出くわします。あの映画にもあった終戦当日、電車の中の出来事です。
その後の展開が、自著の回顧録「外交50年」に出ています。
<総理の職に就いたとき、すぐに私の頭に浮かんだのは、あの電車の中の光景であった。
これは何とかして野に叫ぶ国民の意思を実現すべく努めなくちゃいかんと、堅く決心したのであった>
<(憲法で)戦争を放棄し、軍備を全廃して、どこまでも民主主義に徹しなければならんということは(私の)信念からであった>
恐らく電車の中で幣原は、外交官当時の記憶を呼び覚まされのでしょう。
欧米の軍縮会議などを駆け巡り、世界に広がった「不戦」機運を肌でかんじながらいた当時の記憶です。幣原は乗客の怒声に確信したはずです。不戦の意志がついに日本人にも宿ったと。
ここが「戦争放棄」の起点でした。
そうしてもう一歩。幣原を踏み込ませたのは、広島、長崎の原爆です。元首相の口述を秘書官が書きとどめた「平野文書」に記す、幣原のマッカーサー元帥に向けた進言から一部抜粋です。
<原爆はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争では世界は滅びるかもしれない>
<悲劇を救う唯一の手段は(世界的な)軍縮だが、それを可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現以外ない>
<日本はその役割を果たし得る位置にある>」と教えてくれた。
最後に社説は、「幣原の「戦争放棄」は、後世の人類を救うための「世界的任務」でもありました。源にあったのは高潔なる平和の理想です。
74年が過ぎました。いま令和の時代を受け継ぐ私たちが、いまもこの源から享受する普段の恵みがあります。
滔々たる平和憲法の清流です。幣原の深い人類愛にも根差した不戦の意志を、令和から次へとつなぐ流れです。
流れる先を幾多の先人が、世界が、後世の人類が見つめます。止めてはいけない流れです。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
「その映画作りが大詰めと聞いて、幣原誕生の地大阪府門真市を訪ねました。3年後に向かえる生誕150年の記念事業で、人類平和にかけた生涯を綴る手作り映画です。題名は「しではら」<中略>既に7月、撮影終了。DVDにして今秋にも公開予定とか」とのこと、
「幣原の「戦争放棄」は思い付きや駆け引きからではない。もっと人生の深みから湧き出た、純粋な平和観なのだと。その歴史的な価値を絶やすことなく後世につないでいかなければ、ということです。」とのこと、
「その後の展開が、自著の回顧録「外交50年」に出てきます。
<総理の職に就いたとき、すぐに私の頭に浮かんだのは、あの電車の中の光景であった。これは何とかしてあの野に叫ぶ国民の意思を実現すべく努めなくちゃいかんと、堅く決心したのであった>
<(憲法で)戦争を放棄し、軍備を全廃して、どこまでも民主主義に徹しなければならんということは(私の)信念からであった>」とのこと、
「そしてもう一歩。幣原を踏み込ませたのは、広島、長崎の原爆です。元首相の口述を秘書官が書きとめた「平野文書」に記す、幣原のマッカーサー元帥に向けた進言の一部の抜粋です。
<原爆はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争で世界は滅びるかもしれない>
<悲劇を救う唯一の手段は(世界的な)軍縮だが、それを可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現以外ない>
<日本は今その役割を果たし得る位置にある>」とのこと、
等々を知ることができた。
知ってみると、幣原喜重郎氏の「志」の高さが、よく分かった。安倍総理を始め、いまどきの政治家に、可能なら「幣原喜重郎氏」の「爪の垢」を煎じて飲ませたい、気分だ。
そして社説は、「幣原の「戦争放棄」は、後世の人類を救うための「世界的任務」でもありました。源にあったのは高潔なる平和の理想です」と教えてくれた。
さらに平野文書の中野「<日本は今その役割を果たし得る位置にある>」との言葉の今は、まさに今日只今であると思った。
その理想の実現のために、平和憲法を世界へ未来への精神で、余生を使いたいと、思った。

