年齢制限<知人は60代以降、10~15歳のシニア犬を何匹も看取ってきた!新たなシニア犬を飼いたいと、保護犬団体にアプローチしているが、一年以上たっても70代という年齢を理由に拒否されている!?>
2019年 08月 20日
8月19日付東京新聞朝刊21面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「18年共に暮らした飼い猫が天寿を全うし、新たな保護猫をもらい受けた。
私たち夫婦は56歳。今の子が18年生きたら、74歳になる。子猫、若猫を飼うのはこれが最後かなと思う。
この話をしたところ、年齢制限やひとり暮らしを理由に、保護猫・保護犬をもらえない。そんな嘆きを聞いた。
確かに、犬や猫も長寿化している。いざという時のバックアップがあるか否か。
長期的な視点から、飼い主の条件が厳しくなるのは,やむをえないところだろう。」と切り出した。
続けて筆者は、「だが、条件だけでは見えない、思慮や経験もある。 ある知人は60歳以降、10~15歳のシニア犬を引き取り、何匹も看取ってきた。その精神には頭が下がる。
その知人が犬を引きたれないまま日が経過している。新たなシニア犬を飼いたいと、保護犬団体にアプローチしているが、一年以上たっても、70代という年齢を理由に拒否されるのだ。
「ネットでずっと残っている子を見つけて、連絡してもだめなんですって。その後も残っているのに。もうペットショップで買いたい気持ちにもなるんだけれど、やはり保護犬をたすけたいよね」
まだまだ元気な知人に、余命が数年の老犬を委ねるのは無理なのか。何とも歯がゆい気持ちになる。なんとか妙案はないものだろうか。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
そして、考えさせられた。高齢化社会における、高齢者の社会とのかかわり合いについてである。
定年退職は職場から強制的に排除されるシクミだ。自由業は定年はないが、自分のスキルを磨いても、会社や団体の内部規定で仕事の発注先に年齢制限があれば、それが事実上の定年だ。
自分が76歳になって見える景色は、今までとそう変わっていないように思うが、まわりの見る自分の姿は、年相応に映っているのだろうなと、思うとなんかさびしい。
だから「まだまだ元気な知人に、余命が数年の老犬を委ねるのは無理なのか。なんとも歯がゆい気持ちになる。」との筆者の気持ちはよく理解できた。
高齢化社会は、年齢による「体力・知力・気力」の衰えは一人一人異なることを前提に、元気な年よりの思慮や経験や知見を生かし、周囲が学び合う社会として前向きに対処できないものか、と思った。

