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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

中東戦争の「原点」発掘<中東で発掘される遺跡は過去を語るだけの遺物ではなく、現在の問題にもかかわってくる生々しい情報を内蔵している!??>


8月6日付東京新聞朝刊4面に、「太郎の国際通信」という欄がある。筆者は、ルポライター・木村太郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ダビデは手を袋に入れて、その中から一つの石を取り、石投げで投げて、ぺリシテ人の額を撃ったので、石はその額に突き入り、うつむきに地に倒れた「(旧約聖書サムエル記上第1749節)

 羊飼いの少年ダビデがぺリシテ人の巨人兵士ゴリアテを投石器で打ち負かした話は、小さな者でも強大な者を倒すことができるというたとえとしてよく使われるが、そのゴリアテの出生地が発見されたと、イスラエルで話題になっている。

 イスラエル中部のテルエスサフィという場所で、何層にもわたって遺跡が重なっていたが、最近その最深部から紀元前11世紀の鉄器時代初期の遺跡が発見された。

 この時代、この地域は海から侵入してきたペりシテ人の支配下にあり、、遺跡の特徴や同時に発見された陶器の文様などから研究者はぺリシテ人の主要都市で旧約聖書でゴリアテの出身地されるガテ(ガトとも表記される)であると断定した。」と切り出した。

 続けて筆者は、「研究者を驚かせたのは遺跡の大きさで、新たに発掘された城壁は厚さが4メートルもある。その石材も一片が1~2メートルで、他の遺跡の石材と比べて異常に大きい。

 「こんな巨大な遺跡は、巨人によって構築されたというのが聖書の説明だろう」

 遺跡の発掘に当たっているバルイラン大学のアレン・メーヤ教授は、イスラエルの日刊紙ハーレツにこう語っている。

 旧約聖書によれば、ゴリアテは身長6キュピット半(約2.9メートル)もあり、重さ57キロの青銅かたぴらのよろいを身にまとっていたとある。

 ガテは巨人族の集落で、ゴリアテはその一人だったという考えだが、ギリシャにも巨人族によって建設されたとされる巨岩遺跡が残っており、あながち空想の産物ではない、とメーヤ教授は言う。

 一方ゴリアテを倒したダビデは、その後ペリシテ軍を打ち破ってイスラエル全土を統治する王となり、エルサレムを首都とした。

 つまり羊飼いの少年が巨人兵士を倒した戦闘は、イスラエル帝国設立のキッカケとなったと位置づけることができるわけで、それが神話ではなく現実だったことが証明されると、現在のイスラエルの存在やその支配を正当化する理屈を補強することにもなる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「一方のペリシテ人はその後イスラエルを追われ、変わって入ってきたアラブ系の民族が「ぺリシテ人の地」という意味のパレスチナ人と呼ばれるが、イスラエルとの対立の構図は3千年前と変わらない。

 中東で発掘される遺跡は過去を語るだけの遺物ではなく、現代の問題にも関わってくる生々しい情報を内蔵している。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ダビデは手を袋の中にいれて、その中から一つの石をとり、石投げで投げて、ぺリシテびとの額を撃ったので、石はその額に突き入り、うつむきに地に倒れた「(旧約聖書サムエル記上第17章49節)」とのこと、

 「羊飼いの少年ダビデがぺリシテ人の巨人兵士ゴリアテを投石器で打ち負かした話」とのこと、

 「そのゴリアテの出生地が発見されたとイスラエルで話題になっている。」とのこと、

 「イスラエル中部のテルエスフィーという場所で、何層にもわたって遺跡が重なっていたが、最近その最深部から紀元前11世紀の鉄器時代初期の遺跡が発見された。」とのこと、

 「研究者を驚かせたのは遺跡の大きさで、新たに発掘された城壁は厚さが4メートルもある」とのこと、

 「旧約聖書によれば、ゴリアテは身長六キュピト半(約2.9メートル)もあり、重さ約57キロの青銅かたびらのよろいを身にまとっていたとある」とのこと、

 「一方ゴリアテを倒したダビデは、その後ぺリシテ軍を打ち破ってイスラエル全土を統治する王となり、エルサレムを首都とした」とのこと、

 等々を始めて知ることができた。

 筆者は「つまり羊飼いの少年が巨人兵士を倒した戦闘は、イスラエル帝国設立のきっかけとなったと位置づけることができるわけで、それが神話ではなく現実だったことが証明されると、現在のイスラエルの存在や支配を正当化する理屈を補強することにもなる」と、

 「一方のぺリシテ人はその後イスラエルを追われ、代わって入ってきたアラブ系の民族が「ぺリシテ人の地」という意味のパレスチナ人と呼ばれるが、イスラエルとの対立の構図は三千年前と変わらない」と、

 「中東で発掘される遺跡は過去を語るだけの遺物ではく、現在の問題にも関わってくる生々しい情報を内蔵している」と、

 等々を教えてくれる。

 そして考えた。イスラエルやギリシャにも居たという「巨人族」は、どこへ行ったのだろうか?
 情報化の時代、世界のどこかでその末裔がいてもよさそうなものだが、その情報がないのは何故だろうか?

 そんな2.9メートルもある巨人族の代表が、東京オリンピックに出てきたら、金メダル総浚い間違いなしだろうな、とも思った。

 因みに、2003年12月27日~2004年1月3日ローマ一人歩きの旅をした。その時一日ツアーでフェレンツへ行き、ダビデの像の現物を見た。その美しさに感動してきた。ダビデの物語を知らぬまま。

 また、2011年12月29日~2012年1月4日エルサレム一人旅をした。町全体が戦争状態のように緊張していることに驚いた。エルサレムがいまだに占領状態であることを、帰国してから改めて知って驚いた。


by sasakitosio | 2019-08-14 07:43 | 東京新聞を読んで | Trackback