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by sasakitosio

平成の30年を振り返る 失敗重ねた「改革狂の時代」<平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずだ!いいね、いいね!そだね、そだね!がんばろー!>

1月11日付朝日新聞朝刊15面に、「異論のすすめ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「4月で平成も終わる。この30年を一言で特徴づけるのは無謀なことと承知しつつ、あえて言えば、平成とは「改革狂の時代」だったといいたい。

 元号が昭和から平成に替わったころ、私は在外研究で英国に滞在していた。日本経済はまだ「向かうところ敵なし」の状態で、英国経済の再生の実感はなく、サッチャー首相の評判はすこぶる悪かった。

 ちょうどそのころ、社会主義国から西側への「脱出」が始まり、ベルリンの壁の崩壊という歴史的大事件がもっぱらの関心事であった。

 日本人の研究者やビジネスマンたちが集うとよく日英比較論になった。ほとんどのビジネスマンは、日本経済の盤石さを強調し、この世界史の大混乱の中で、経済は日本の一人勝ちになると言っていた。

 だが、私はかなり違う感想を持っていた。

 日本経済がほとんど一人勝ちに見え、日本人がさして根拠のない自信を過剰になる、そのことこそが日本を凋落させる、と思っていた。

 賛同してくれる人もいたが、あくまで少数派であった。

 確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分実感できた 確かに、英国経済の非効率は生活の不便さからも十分実感できた。

 しかし、その不便さを楽しむように、平穏な日常生活や、ささやかな社交の時間を守ろうというこの国の人の忍耐強い習慣や自信に、私は強印象を受けたいた。

 一方、にわか仕込みの金満家となった日本人はといえば、ヨーロッパの町々で大挙してブランド店に押し寄せ、かの地の人々の失笑を買っていた。

 確かに英国の中産階級の若い者など、ほとんどブランド店に関心を持たず質素な生活をしていた。

 しかし、私には、仲間が集まっても、ほとんど狭い専門研究の話か仕事の話しかしない日本の研究者やビジネスマンよりも、この世界史的な大変化の時代にあって、英国はどうゆう役割を果たすのか、といったことがらに、それなりの意見を持っている英国の「ふつう」の人々に、なにかこの国の目に見えない底力のようなものを感じていたのである。

 そして帰国したころにバブルは崩壊し、経済は急激に失調するとともに日本人はまったく自信喪失状態になった。

 そうなると、我々はすぐ「外国の識者」の助言を聞きたがる。また無責任に口を出してくる、(大半が)米国の知識人がおり、それを重宝がる日本のメディアがある。

 何が日本をこうさせたのか、という悪者探しが始まる。こうなれば「問題」は次々と出てくる。

 かくて官僚システム、行政規制、公共事業、古い自民党、既得権益者、郵政事業、日本型経営、銀行などが次々とやり玉に挙げられ、「改革」へとなだれ込んだ。

 やがて「改革なくして成長なし」と言われ、日本経済の低迷の理由はすべて改革の遅れにある、という言説が支配する。

 驚くべきことに30年たっても同じことが続いているのだ。まさしく「改革狂の時代」というほかはないだろう。」と指摘した。

 さらに続けて筆者は、「日本の元号の変わり目が世界史の大転換と符合するなどということはめったに生じるものではないが、平成の幕開けは、世界的に冷戦の終結と重なっていた。

 つまり、平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代であった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大改革が不可欠だと唱えた。

 冷戦以降の世界は何かと言えば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。

 それはまた、冷戦以降を見すえた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権戦略でもあった。

 だから、日本の「改革」とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる。

 それで、その結果はどうなったのか。

 平成が終わろうというこの時点で見れば、これらはことごとく失敗に終わったというほかない。

 情報・金融中心のグローバル化は、リーマン・ショックに見られる極めて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。

 また、グローバルリズムは激しい国家間競争を生み出した。その帰結が中国の台頭と米中の「新たな冷戦」である。

 自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立をうみ、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。

 冷静終結の産物であるEUは、いまや危機状況にある。
ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない。みしろいかに歯止めをかけるかが問題になりつつある。」と指摘した。

 最後に筆者は、「これが冷戦以降の30年の世界の現実であろう。日本はといえば、政治改革が目指した二大政党制も小選挙区制もマニュフェストもほぼ失敗し、行政改革が官僚システムを立て直したとは思われず、経済構造改革にもかかわらず、この30年は経済停滞とデフレに陥ってきた。

 大学改革も教育改革もほとんど意味があったとは思われない。

 米国への追従とグローバリズムへの適応を目指す「改革」はおおよそ失敗したのである。

 「改革狂」の平成時代は一つの過渡期であった、と考えるべきあろう。

 「改革」が目指すべきものはわれわれ自身の価値観と共に生み出されなければならないのであり、平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずなのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「平成とは、冷戦以降の世界状況への対応の時代であった。そして、改革論は、冷戦以降世界状況への対応の時代でもあった。そして、改革論は、冷戦以降の世界に適応するためには日本の大変革が不可欠だと唱えた。」とのこと、

 「冷戦以降の世界は何かと言えば、巨大なグローバル市場の形成であり、世界的な民主主義の進展であり、IT革命と金融革命である。これはまた冷戦以降を見すえた米国の新たな世界秩序形成にかかわる覇権的戦略でもあった」とのこと、

 「だから日本の「改革」とは、冷戦以降の米国覇権への追従であり、グローバリズムへの適応だったということになる」とのこと、

 「情報・金融中心のグローバル化は、リーマン・ショックに見られる極めて不安定な経済をもたらした。その帰結がトランプの保護主義である。」とのこと、

 「また、グローバリズムは、はげしい国家間競争を生み出した。その帰結が、中国の台頭と米中の「新たな冷戦」である」とのこと、

 「自由と民主主義の普遍化という米国の戦略は、イスラム過激派との対立を生み、しかもその米国の民主主義がトランプを大統領にした。」とのこと、

 「冷戦終結の産物であるEUは、いまや危機的状況にある。」とのこと、

 「ITからAIや生命科学へと進展した技術革新は、今日、無条件で人間を幸福にするとは思えない」とのこと、 

 「日本はといえば、政治改革が目指した二大政党制も小選挙区もマニフェストもほぼ失敗し、行政改革が官僚システムを立て直したとは思われず、経済構造改革にもかかわらず、この30年は経済停滞とデフレに陥ってきた」とのこと、

 「米国への追従とグローバリズムへの適応を目指す「改革」はおおよそ失敗したのである。「改革狂」の平成時代は一つの過渡期であったと、考えるべきだろう。」とのこと、

 等々を教えてもらった。指摘のひとつひとつが、的を得ていると思った。

 そして筆者は、「「改革」が目指すべきものは、我々自身の価値観とともに生み出さなければならないのであり、平成の次の時代は、われわれの自前の国家像と社会イメージこそが問われる時代になるはずなのだ。」とも教えてくれる。

 そこで言われている「我々自身の価値観」ってなんだろう、「われわれの自前の国家像と社会イメージ」ってなんだろう?

 それらは、どこにあるのだろうか?どこから来るのだろうか?

 それらの発見と、それらの創造と、世界への拡散を、日本の有識者が担えるといいなあ、と思っている。

 また、1945年の終戦以降日本は平和憲法のもと、軍事への出費を押さえ、戦争による人命喪失もなく、敗戦国が経済大国にもなった。

 世界各国の中で、これほど素晴らしい環境に恵まれた国と国民は、稀有ではないか。

 だとすれば、日本から日本人から、世界を救う「思想」が生まれても不思議ではないのかもしれない、とも思った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2019-01-13 16:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback