憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

痛みを感じる <ピースボートは36年前、アジアの侵略への跡を検証する旅として20代の若者たちがはじめた!戦争の歴史をたどり、犯した罪を自省する旅はいつまでも大切だ!!>

 1月8日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「シンガポール港の上空を蜘蛛の大群のように、小型ケーブルカーが駆け昇り駆け下っている。

 それに乗って南側のセントーサ島に渡ると、かって難攻不落を誇った英軍のシロコ砦の跡がある。

 1942年2月、「シンガポール陥落」の報道は日本人を興奮させた。

 ある画家は日本軍に「昭南島」と改名されたシンガポールの屋根屋根に翻る日の丸を描いた。その陰で抗日運動容疑者が大量に殺された。植民地化された生々しい記録がセント―サ島西端のシロコ砦跡に展示されている。

 数年前に訪問したころ島の中心地の民族博物館内にあったものが、いまは戦争記念館に移設された。それでも原爆投下後のヒロシマの巨大写真が、植民地の終わりを告げている配置は同じだった。独立へ希望が込められている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「今回の旅はピースボート百回記念クルーズの乗船して、だった。シンガポール港に着く前、船内でサッカー服のうえから、日の丸の旗をはおって歩いていた若者たちがいた。乗客がたしなめ素直に応じたそうだ。

 そのいでたちで「血債の塔」(日本占領時期死難人民記念碑)を見物に行ったとしたらと冷や汗が流れた。

 ピースボートは36年前、アジアへの侵略の後を検証する旅として20代の若者たちが始めた。戦争の歴史をたどり、犯した罪を自省する旅はいつまでも大切だ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「シンガポール港の上空を蜘蛛の大群のように、小型ケーブルカーが駆け昇り掛け下っている」とのこと、

 「それに乗って南側のセントーサ島に渡ると、かって難攻不落を誇った英軍のシロコ砦がある」とのこと、

 「植民地化された生々しい記録がセント―サ島西端のシロコ砦跡に展示されている」とのこと、

 「今回の旅はピースボート百回記念クルーズに乗船して、だった」とのこと、

 「ピースボートは36年前、アジアのへの侵略の跡を検証する旅として20代の若者たちが始めた」とのこと、等々を始めて知ることができた。

 筆者の「戦争の歴史をたどり、犯した罪を自省する旅は何時までも大切だ」との指摘はその通りだと思った。
 そして、それは第二次世界大戦を始め、それを遂行した当時の指導者、その末裔にこそ、実践してもらいたいものだと、思った。

 戦争は、人間を狂わせる、だから始めたらなかなか止められない。

 慰安婦問題も、徴用工問題も、日本軍の虐殺も、東京大空襲も、広島・長崎上空での原爆投下も、みんなみんな戦争が人間を狂わせた結果だと、思っている。
 戦争を、世界から無くすることこそ、人類の持続的発展の礎ではないか、と思っている。

 その妙薬の一つが「日本国憲法」に込められた「前文」であり「9条」である。平和憲法を世界へ未来へ広げることが、人類全体の幸せにつながると、私は確信している。そして半世紀以上が経過した。


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by sasakitosio | 2019-01-09 07:03 | 東京新聞を読んで | Trackback