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by sasakitosio

科学技術発展のリスク AI社会 新たな世界観を<もはやこの世界の外にいる神は存在しない!?不死の世界に天国も地獄も影響力を持ちえないからだ!科学技術と言う”宗教”に対抗する世界観が必要だ!>

8月8日付朝日新聞朝刊13面に、「科学 季評」という欄がある。筆者は、京都大学総長・山極寿一氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「最近のあらゆる未来志向型プロジェクトで、人工知能(AI)は欠かせない要素だ。AIを用いたスマート農業やスマート漁業、複雑なデータ解析を一瞬でこなす医療診断。

 人口縮小社会の効率的な情報システムの構築など、枚挙にいとまがない。

 果たしてAIは人間に明るい未来を約束してくれるだろうか。

 AI社会とは、情報によって人間が地球規模でつながる仕組みだ。

人々は既に情報なしで暮らせない社会に来ているが、今後あらゆる行為を選ぶうえでAIの判断は欠かせなくなる。言葉を持った人間が、身体ではなく脳で繋がろうとしてきた当然の帰結だと私は思う。

 人類が700万年にわたる進化の過程で手に入れた最も大きな力は、相手の気持ちに立って物事を推し量れる共感力だ。

 人類の祖先が200万年前に脳を大きくし始めたのは、集団の規模が拡大し、より多くの人と密接に協力関係を結ぶようになったからだ。

 ゴリラの3倍の大きさを誇るホモ・サピエンスの脳でも、共感し合いながら暮らせる集団の規模は150人程度だ。

 それが、約7万年前に言葉による認知革命がおこり、さらに1万2千年前に始まった農耕によって、より多くの人々が一緒に暮らすことが可能になった。

 以後、人類は世界を言葉で分類し、あらゆるものを情報化して操作してきた。

 だが、共感力を用いた人間の繋がりは、身体を用いたコミュニケーションが不可欠だ。

 情報を介して脳だけでつながっても共感力は発揮できない。

 これまでの戦争における人間の扱いや、誤った情報操作による虐待の歴史は、いまだに人間が共感力を広げられていないことを示している。」と切り出した。

 続けて筆者は、「科学技術は今、情報によって人間社会を作り変えようとしている。

 世界的なベストセラー「サピエンス全史」の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、新作「ホモ・デウス」で、人間が超人となり神の領域に手を出そうとする未来を警告している。

 現代の科学は、人間の感覚や情道も、生化学データを処理するアルゴリズムであることを証明した。

 興奮とは、脳内の伝達物質アドレナリンが大量に放出されることと同義だと言ったように。

だから、不安や苦痛、不快や恐怖は人為的に生化学的な処理をすることで取りのぞける。

 人類を悩ましてきた病気や戦争による被害はこの1世紀、特効薬の開発や、情報技術によるルールの徹底によって激減した。

 次に人間が望むのは寿命の延長、不死の身体で、AIを含む科学技術の発展により生まれ変わったゲノム編集や人体の工学的な改良によって実現する。

 今や人間は超人類を生み出す手を持とうとしていると、ハラリは主張する。

 その時、人間は生きる目的を何に求めたらいいのだろう。

 一部の人間が人類を超越し、神のごとき能力を持つホモ・デウスになれば、人種差別どころか、人と家畜に匹敵するような大きな差別が生まれるかもしれない。

 もはやこの世界の外にいる神は存在しない。

 不死の世界に天国も地獄も影響力を持ちえないからだ。

 こうなると、科学技術という”宗教“に対抗する世界観が必要だ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「この春、「人間とは何か」という問いに。AIとゴリラと仏教に視点から考えるシンポに参加した。

 大乗仏教では、世界を構成するあらゆるものは「縁起」によってつながっていると考える。

 一見、AIによるネットワークの拡大と似ているが、AIがデータ化した情報によってつながっているのに対し、仏教は直観により世界を把握しようとする。

 たとえば、科学は人間の身体や心の動きを図や画像、数式によって捉えようとするが、それは生物の側面に過ぎない。生物は本来、仲間や他の生物の動きを様々な感覚を用いて直観的に予測し反応している。

 そこに情報には還元できない認識力や生物同士の関係が存在する。

 宗教学者の中沢新一は、言葉や自然科学など、事物を分類して整理する「ロゴスの論理」に対し、事物を独立したものとして取り出さず、関係の網の目の中の作用として認識する「レンマの論理」が、人間い新しい世界観をもたらすかもしれないと述べている。

 レンマの思想は、大正から昭和初期に発展した「西田哲学」や、今西錦司氏の自然学にも反映されている。

 現代の科学は時間を空間的に理解しようとするが、生物はその二つを同時に直観的に認識する。それが生命の流れを感じることだと西田幾多郎は言う。

 今西はこの世界の構造も機能も一つのものから分化したものであるから、生物は互いに理解し合い共存する能力を持っているという。

 その生命の認識や相互作用、生物どうしが織りなす全体像を現代の科学技術はつかむことが出来ない。

 AIもレンマもつながりを重視することにかわりはない。ただ、手法が違うので、結果はまるで異なったものになる。

 情報によって効率的な暮らしを与えてくれるAI社会は、個体がデータに置き換わり差別や格差を広げる危険をはらむ。

 一方でレンマは生命の繋がりや流れに目を開かせ、私たちに新しく生きる目的をもたらしてくれるかもしれない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「AI社会とは、情報によって人間が地球規模でつながる仕組みだ」とのこと、

 「人類が700万年にわたる進化の過程で手に入れた最も大きな力は、相手の気持ちに立って物事を推し量れる共感力だ」とのこと、

 「人類の祖先が200万年前に脳を大きくし始めたのは、集団の規模が拡大し、より多くの人と密接に協力関係結ぶようになったからだ」とのこと、

 「約7万年前に言葉による認知革命が起こり、さらに1万2千年前に始まった農耕によって、より多くの人々が一緒に暮らすことが可能になった。」とのこと、

 「以後、人類は世界を言葉で分類し、あらゆるものを情報化して捜査してきた。だが、共感力を用いた人間の繋がりは、身体を用いたコミュニケーションが不可欠だ。情報を介して脳だけでつながっても共感力は発揮できない。」とのこと、

 「「サピエンス全史」の著者ユヴァル・ノア・ハラリは、新作「ホモ・デウス」で、人間が超人となり神の領域に手を出そうとする未来を警告している」とのこと、

 「現代の科学は、人間の感覚や情動も、生化学データを処理するアルゴリズムであることを証明した」とのこと、

 「人類を悩ましてきた病気や戦争による被害はこの1世紀、特効薬の開発や、情報技術の世界的なルールの徹底によって激減した」とのこと、

 「一部の人間が人類を超越し、神のごとき能力を持つホモ・デウスになれば、人種差別どころか、人と家畜に匹敵するような大きな差別が生まれるかもしれない」とのこと、

 筆者はこの春、「「人間とは何か」という問いに、AIとゴリラと仏教の視点から考えるシンポに参加した」とのこと、

 「仏教では、世界を構成するあらゆるものは「縁起」によってつながっていると考える」とのこと、

 「仏教は直観により世界を把握しようとする」とのこと、

 宗教学者の中沢新一は、「事物を独立したものとして取り出さず、関係の網の目の中の作用ととして認識する「レンマの論理」が、人間に新しい世界観をもたらすかもしれないと述べている」とのこと、

 今西錦司は「この世界の構造も機能も一つのものから分化したものであるから、生物は互いに理解しあい共存する力を持っている」という、とのこと、

 「レンマは生命のつながりや流れに目を開かせ、私たちに新しく生きる目的をもたらしてくれるかもしれない」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 若いころ、先達があって「座禅教室」へ出かけた。静かに座れば、悟りの境地といわれたが、そんな感覚は全くわかなかった。ただ、指導してくれた和尚さんに「禅の心を聴く」という講座を企画して、団地にビラを配り月一回一年程実施したことがある。その時に、仏教に「因縁生」という考えのあることを初めて知った。

 筆者の記事の「大乗仏教では、世界を構成するあらゆるものは「縁起」によってつながっていると考える」と同じだった、と気が付いた。

 また「今西氏はこの世界は構造も機能も一つのものから分化したものであるから、生物は互いに理解しあい共存する能力を持っているという」とのくだりは、その通りだと思う。 
 毎日の手賀沼散歩で、キジに時々出会う。その時に、キジの方を見て必ず「手」を振る。すると、キジは恥ずかしそうに頭を下げて少し遠ざかるが、何回も手を振っていると、首を立てて羽ばたきながら「ケーン」と鳴いてくれる。そうすると、手を叩き手を振ってこたえる。

 また、イッピツケイジョウ、イッピツケイジョウと木の天辺で囀る小鳥に時々出会う。鳴いてくれるたびに「手を挙げながら、手を振る」 これを何回も繰り返しているうちに、姿が見える間は鳴き続け、手を振り続けるようになった。

 また、動くもの、咲くもの、目に映るもろもろに、声をかけることにしている。手賀沼の散歩は、いつもそんな楽しい時間だ。


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by sasakitosio | 2018-08-18 06:48 | 朝日新聞を読んで | Trackback