核戦争になる前に 被爆校舎で主脳会談を< 正気に戻るために、無念に死んでいった子供たちの声を聞きながら話し合え!!会談をアセットするのは安倍さん!日本の首相の使命だ!命がけで体を張って、よろしく!>
2017年 12月 15日
12月14日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。
筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。
今日はこの筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「極東は朝鮮戦争以来の危機にある。
北朝鮮が核実験を繰り返し、11月29日にも核兵器を運搬する大陸間弾道ミサイル(ICB)の発射テストを行った。
米国は原子力空母三隻を朝鮮半島近海に展開、戦略爆撃機B1Bが韓国周辺で訓練するなど、一触即発の緊張状態が続く。
非難の応酬も常軌を逸している。
北朝鮮は「米国の地を焦土化しよう」「日本列島4島を主体(チェチェ)の核弾頭で沈めなければならない」と言いつのる。
トランプ大統領は「小さなロケットマン。彼は病んだ子犬だ」「北朝鮮だろうが誰だろうが、わが国を守る」と返す。
「国難突破」と銘打った選挙に勝った安倍晋三首相も「圧力を最大限に高めていく」「対話のための対話は意味がない」。
危機は極東だけに限らない。トランプ氏が在イスラエル米国大使館をエルサレムに移すと宣言したことで、中東でも対立が激化した。これは開戦前夜の様相ではないか。」と切り出した。
続けて筆者は、「ドイツのジャーナリスト、アントン・A・グーハ(故人)が1983年に出版した小説「核の黙示録」を読んだ。
冷戦下の欧州で東西両陣営が対峙した当時、ついに核戦争が勃発する。開戦までの日々と、核爆発後に何が起こり、人々がどう動いたか、ひとりの新聞記者の日記として描いた。
記者は悔やむ。
「私たちは何もできなかった。しかし、私たちはいつも自分たちがもっとよく知っているかのように振る舞ってきた。今や私たちも、蛇ににらまれた蛙のように、作動中の世界滅亡装置をじっと見ているしかない」
「軍備増強は軍事的に必要だったのか?政治的に必要だったのか?破局だったのだ。
軍備を増強して私たちの安全は増大したのか?否!それは我々ヨーロッパ人を深淵の縁に押しやった」
死に際に記す。
「ローロッパは、決定的に、急速に、そして、とどまることなく荒野に代わっていく。数百万年かけて成立したものが、沈没し、灰燼に帰していく」。
核保有国の戦争では絵空事ではない。後悔したくない私は今、書かねばならない。」と指摘した。
最後に筆者は、「広島、長崎の悲劇から72年。当時を思い知る場所が残されている。小学校舎だ。
ヒロシマの爆心地から西へ250mほどの本川小学校は、あの日、平日授業だった。3年生以上は集団疎開していたが、残った児童約400人と校長ほか10人の教職員が亡くなった。現在、被爆した校舎の一部が平和資料館として公開されている。
爆心地の約460mの袋町小学校は木造校舎が全て倒壊、全焼し、唯一、鉄筋コンクリート造りだった西校舎が残った。
疎開せずに残った児童の大半が一瞬で命を失った。校舎は被災者の救護所に利用され、壁には消息を知らせる伝言が今も見える。こちらも資料館として訪ねられる。
長崎の爆心地の西側約500mの丘の上に城山小学校が立つ。階段を上るとトーチカのような三階建ての建造物がある。
被爆校舎だった平和祈念館だ。教職員や学徒動員の生徒たちが死亡、自宅や防空壕になどにいた児童約1400人が亡くなったと推定されている。
今も敷地付近で遺骨が見つかる。
三つの校舎は修復、補強工事が施されているが、内側の壁は黒く染まり、コンクリートの間の木材が猛火で炭状になっている。
子供たちが学び、遊び、泣き笑いした校舎に、突然、膨大な爆風と熱線が襲いかかった傷痕だ。
核兵器の使用は、非戦闘員、それも弱者を容赦なく殺すことだ。
北朝鮮も米国も核兵器という狂気を抑止力の名で正当化し、「核の傘」の下にある日本も禁止条約の採択に反対している。
核廃絶を求める活動により、今年のノーベル平和賞を受けた国際NGO、ICANへの授賞式で、被爆体験を証言してきたサーロー節子さんは「核兵器の開発は国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒の縁へ堕落することを表しています。核兵器は必要悪でなく、絶対悪です」と演説した。
被爆国の記者として私は求める。
正気に戻るため、被爆校舎で首脳会談をする。無念に死んでいった子供たちの声を聞きながら話し合え、と。無論、会談をセットするのは安倍さん。日本の首相の使命だ。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
「極東は朝鮮戦争以来の危機にある」との指摘は、恐ろしい指摘だ。危機を回避するために「首相・外務大臣・防衛大臣」は体を張って、命を懸けて、欲しい。またそれができないなら、即刻国会議員も辞めてほしいと思った。
また筆者は、「ドイツのジャーナリスト、アントン・A・グーハ(故人)が1983年に出版した小説「核の黙示録」を読んだ」とのこと、
「記者は悔やむ。
「私たちは何もできなかった。しかし、私たちはいつも自分たちがもっと知っているかのように振る舞ってきた。いまや私たちも、蛇ににらまれた蛙のように、作動中の世界滅亡装置をじっと見ているしかない」
「軍備増強は軍事的に必要だったのか?政治的に必要だったのか?否!それは我々ヨーロッパ人を深淵の縁に押しやった」」とのこと、
「死に際に記す。
「ヨーロッパは、決定的に、急速に、そして、とどまるところなく荒野に変わっていく。数百万年かけて成立したものが、沈没し、灰燼に帰していく」」とのこと、等々を教えてくれる。
小説とは言え、そのリアルさ、説得力に感動した。
さらに「北朝鮮も米国も核兵器という狂気を抑止力の名で正当化し、「核の傘」の下にある日本も禁止条約の採択に反対している」との指摘は、事実であるが絶対に賛成できない。
ここは一つ、世界から「貧困」と「戦争」をなくし、「作動中の世界滅亡装置」止めるために、唯一の被爆国、原発事故の起きた国の一つ、として、日本から「声を上げ」、日本国をしてその方向に向かわせたい、と思った。
何せ、日本には戦争放棄を含む日本国憲法がある。「この平和憲法を世界へ未来へ」広げられれば、「作動中の世界滅亡装置」の起爆を少しは先送りできるかもしれない、と思った。