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by sasakitosio

「左のナショナリスト」の憂い< フランスの老政治家=ジャンピエール・シュベヌマン氏(78)!フランス社会党の創設にかかわった一人、左派政権で閣僚も務めた!国家へのこだわりが強い!?>

12月10日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「左のナショナリスト」と呼ばれたフランスの老政治家に会いに行った。

 ジャンピエール・シュベヌマン氏(78)。

 2000年一度インタビューしたことがある。強く印象に残る取材だった。

 ナショナリストは「右」というのが通り相場かもしれない。けれども、この人はフランス社会党の創設にかかわった一人で、左派政権で閣僚も務めた。

 他方で、国家へのこだわりは強い。国境を越えて経済がグローバル化し、欧州でも経済統合が進み、政財界の大勢がその流れを支持しているときに異論を唱え続けた。

 なぜか。 民主主義は国民国家の中でしかうまくいかない仕組みだと考えるからだ。

 多数決でものごとを決めるときには、フランス人や日本人といった国民としての「私たち」という意識の共有が欠かせない。「私たちみんなで一緒に決めたことだから」と思えてこそ、少数派も結果を受け入れられる。その意味でナショナリスト。

 国を軽んじては民主主義がおかしくなる、と警告していた。

 それから17年。グローバル化した世界で民主主義は迷走を重ねてる。

 「これは進歩でしょうか」。

 自ら代表を務めるシンクタンクのパリ市内の質素な事務所で、前に会ったときと同じ問いかけの言葉が彼の口から出た。「17年前はグローバル化についての幻想への警告でした」。でも今は、懸念が現実になったことへの嘆きに聞こえる。

 憂いは深い。「民主主義国家の礎石となるべき「国民」がズタズタ」にされたと思うから。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「より持てる者たちが、ほかの者たちから自分を切り離そうと運動」

 スペインで続くカタルーニャ独立運動について、先日ニューヨーク・タイムズにそう指摘する記事が載った。独立に反対するカタルーニャ出身の野党党首、アルベール・リベラ氏の寄稿だ。

 収入が多いほど、そしてルーツが深い人ほど独立に傾くという。

 シュベヌマン氏の見方も似ている。

 「あれは金持ちの権利要求です」と切り捨てる。

 「カタルーニャのような裕福な地方が、自分たちの払う税金を自分たちだけにとっておきたい、ほかに回したくないという運動です。欧州では独立を志向する地方に同様の例が多い。ベルギーのフランドル地方、北イタリア・・」

 地益エゴと見える現象が盛り上がる背景に何があるのか。

 「国民国家の危機です。国民という共同体が分断されてしまいました。国民の連帯が失われているのです」

 富める人や地域が、困難を抱える人や地域を支える。それを可能にしてきた国民同士というつながりが崩れてしまったからこんなことが起きるのです。」と指摘した。

 最後に筆者は、「各地で国家への回帰を強調する政治家が次々登場し、多くの人が引きつけられている。米国では「アメリカ・ファースト」を唱えたトランプ氏が大統領になり、英国では欧州連合(EU)から離脱が決まった。困ったことだという声は多い。けれど、グローバル化に振り回されるのを拒み、国という枠組みに戻ろうとする動き方は方向として正しいのだろうか。

 シュベヌマン氏は、英国の人々を非難しないという。英国民が自分たちで社会の行方を決めようとするのは「民主的」と評価する。

 「ポピュリズムは危ういかもしれない。しかし理解できることでもあるのです。国民という礎石から再構築せざるを得ないと思います」

 グローバル世界では民主主義は成り立たない。

 かといって、排他的メッセージを乱発するポピュリストの「国」に戻っても、それで連帯の回復を期待するのも無理だろう。

 日本でも「非国民」「反日」などという言葉が熱を帯びて飛び交う一方、少子高齢化と巨額の財政赤字の負担の議論は遅々として進まない。ナショナリズムは高まっているように見えて、国民連帯は弱まり続けているのではないのか。

 「左のナショナリスト」の憂いは人ごとではないと思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ジャンピエール・シュベルマン氏(78)は、「左のナショナリスト」と呼ばれた」、とのこと。

 「ジャンピエール・シュベルマン氏は、国境を越えて経済がグローバル化し、欧州でも経済統合が進み、政財界や言論界の大勢がその流れを支持しているときに異論を唱え続けた。なぜか、民主主義は国民国家の中でしかうまくいかない仕組みだと考えるからだ。」とのこと、

 「シュベヌマン氏の見方もにている。「あれは金持ちの権利要求です」切り捨てる。「カタールニアのように裕福な地方が、自分たちの払う税を自分たちだけにとっておきたい。ほかに回したくないという運動です。欧州には独立を志向する地方に同様の例が多い。ベルギーのブランドル地方、北イタリア・・・・」」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

筆者はまた「グローバル世界では民主主義な成り立たない。かといって、排他的メッセージを発するポピュリストの「国」に戻っても、それで連帯の回復を期待するのは無理だろう」と指摘する。その通りだと思う。

 さらに筆者は「日本でも「非国民」「反日」などと言う言葉が熱を帯びて飛び交う一方、少子高齢化と巨額の財政赤字の負担の議論は遅々として進まない。ナショナリズムは高まっているように見えて、国民の連帯は弱まり続けているのではないのか」と指摘する。この指摘も当たっていると思った。

 被支配者を対立させて統治しやすくするのは、支配者の常套手段だが、民主主義、自由主義、個人主義の現代では被支配者の連帯は難しいのだろうか?

 


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by sasakitosio | 2017-12-14 06:47 | 朝日新聞を読んで | Trackback