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by sasakitosio

パンダの「中国離れ」 白黒つかない「大熊猫」外交< 中国で国宝と位置づけられるパンダは、ただのクマではない!外交に加えて、繁殖研究から動物園や地元の経済振興まで、多くの期待と欲望をしょっている!!>

9月14日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・吉岡桂子氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「上野動物園(東京都台東区)で生まれた赤ちゃんパンダの名前がまもなく、決まる。中国・四川省を旅立つ父リーリー(力力)と母シンシン(真真)を取材しただけに楽しみにしている。

 尖閣列島をめぐって波立つ日中関係のもと「外交特使」として送り込まれる2頭の行く末を案じつつ、緑深い山奥で見送った。2011年冬のことだった。

 彼らは当時、中国名で「ビーリー(比力)」と「シィエンニュ(仙女)」と呼ばれていた。

 1972年の日中国交正常化を祈念して送られた初代以来初めて、到着後に「改名」したつがいである。対中感情が悪化するなかで、より日本色が求められる空気もあっただろう。

 中国で「国宝」と位置づけられるパンダは、ただのクマではない。外交に加えて、繁殖研究から動物園や地元の経済振興まで、その丸い背中に数多くの期待と欲望をしょっている。

 希少動物の保護の観点から80年代以降は贈り物ではなく、共同研究の名目で世界各国に有料で貸し出されるようになった。政略養子縁組、それとも公務出張中と呼ぶ方がふさわしい存在なのだ。

 子供は2歳ほどで「帰任」を強いられる。

 十数カ国に50頭余りが現在、出張中。

 タイ北部にあるチェンマイ動物園では、赤ちゃんが生まれた年は大賑わいで、例年の3倍ものお客がつめかけたという。

 飼育係りは何より、無事の出産にほっとしたそうだ。外交や経営、国内世論・・・。いずこも担当者のプレッシャーがしのばれる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「モンモン(夢夢)」。習近平国家主席の政治スローガン「中国の夢」を思わせる名前のパンダがいる。外交序列でいえば極めて高位の命名である。

 国交45周年を記念して独・ベルリン動物園に今年6月、チャオチン(嬌慶)とつがいで届けられた。

 おりしも中国を代表する人権活動家で獄中でがんが見つかった劉暁波さんが、妻と共にドイツへの出国を渇望しながら、中国当局に阻まれていた時期だった。

 習氏とメルケル首相が並んでパンダ館を見学した8日後、劉さんは北京で事実上の「獄死」を遂げた。首脳会談でも同時にドイツで開かれていたG20サミットでも、中国の人権問題は大きな議題にならなかった。

 「一帯一路」戦略を掲げて欧州との関係強化を図る中国と、人権や安全保障を超えて巨大な中国市場が持つ経済力を重視する欧州―――。

 習政権発足後、その結びつきを象徴するかのようにパンダは西へと向かう。

 ドイツのほか、ベルギー、オランダ、で公開が始まり、フィンランド、デンマークも受け入れが決まっている。

 90年代から前政権時代、パンダはおもに南進していた。中国に返還された香港、マカオ、そして、台湾、東南アジアなどで足場を固める地域戦略に沿ったものだった。

 90年代末の通貨危機を受けて節約を優先した韓国が初代を返すという波乱もあったが、タイ、マレーシア、シンガポールの動物園に初めて登場し人気を集めた。

 同じころ、インドネシアとも合意しており、数年の準備を経て近く、華僑2世が経営するボゴールの動物園に2頭がやって来る、」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「パンダ外交に詳しい歴史学者家永真幸さんの近著「国宝の政治史、「中国」の故宮とパンダ」によれば、パンダの外交利用は、日中戦争中の1941年、当時の中華民国が世論工作のため、米国に寄贈を決めた2頭に由来する。

 東西冷戦時代は、旧ソ連と北朝鮮に送られた。パンダの足取りは、中国外交の力点に重なる。

 ただ、経済成長と共に台頭する中国という国家の存在感が強まるほど、パンダの「中国離れ」が起きているように思う。

 リーリーたちが来ても、日本人の対中感情が好転する兆しはない。かってのように友好の象徴とは受け止められていない。台湾や香港でも同様の傾向だ。ご近所にとって「象徴」では覆いきれないほど、大きな存在として迫る中国が見えるからだろう。むしろ、パンダは国家と同一視されず、愛されているともいえる。

 国家の思惑を裏切って、ふつうのめずらしい動物と個人との関係を築きつつあるなら、悪い話ではないかもね。白黒つけずにおこうか。比力、いやリーリー。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「希少動物の保護の観点から、80年代は贈り物ではなく、共同研究の名目で世界各国に有料で貸し出されるようになった。政略養子縁組、それとも公務出張中と呼ぶほうがふさわしい存在なのだ」とのこと、

 「十数か国に50頭余りが現在、出張中」とのこと、

 「一帯一路」戦略を掲げて欧州との関係を強化する中国と、人権や安全保障を超えて巨大中国市場が持ち経済力を重視する欧州――・」とのこと、

 「習政権発足後、その結びつきを象徴するかのようにパンダは西へ向かう。ドイツのほかベルギー、オランダで公開が始まり、フィンランド、デンマークも受け入れが決まっている」とのこと、

 「90年代から前政権時代、パンダはおもに南進していた。中国に返還された香港、マカオ、そして台湾、東南アジアなどで足場を固める地域戦略に沿ったものだった。」とのこと、

 「パンダ外交に詳しい歴史学者家永真幸さんの近著「国宝の政治史 中国」の故宮とパンダ」によれば、パンダの外交利用は、日中戦争中の1941年、当時の中華民国が世論工作のため、米国に寄贈を決めた2頭に由来する。東西冷戦時代は、旧ソ連と北朝鮮に送られた。パンダの足取りは、中国外交の力点に重なる」とのこと、

 「ただ、経済成長とともに台頭する中国という国家の存在感が強まるほど、パンダの「中国離れ」が起きているように思う」とのこと、

 等々を教えてもらった。

 パンダの愛くるしさは何年たってもそのままでいてほしいが、共産党一党独裁の中国は、内からの民主化で大きく変わってほしい。そして共産党一党独裁のままでの覇権だけは勘弁してほしい!!


by sasakitosio | 2017-09-18 16:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback