上から目線
2015年 06月 28日
今日はこの筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「沖縄の「慰霊の日」である23日、朝日新聞夕刊に沖縄人の神経を逆なでする<沖縄はどこへ向かうのか「独立論」も再浮上>という記事が載った。そこにこんなくだりが記されている。
<「琉球人の琉球人のための独立」のように、沖縄の人たちだけで沖縄のことを考えようとすることへの疑問も出ている。/社会学者の宮台真司さんは、仲村(清司)さんとの共著で、「内地の知的マンパワー抜きで沖縄の未来を切り開くことはできません」と指摘。>
客観報道の体裁を取っているが、朝日新聞は「内地」。すなわち沖縄県以外の「知的マンパワー」に依存しないで、未来を切り開くことができないという見解を全国の読者に知らせる価値があると考えている。」と指摘した。
つづけて筆者は、「朝日新聞は翁長雄志沖縄県知事の訪米についても、6日朝刊の記事で<県が「成果」と胸を張るのが、ジョン・マケイン上院軍事委員長(共和党)との会談だった。
(中略)「辺野古反対」への理解は引き出せなかったものの「対話の継続」では一致。翁長氏は「画期的なこと」と自画自賛した。>と記した。
「自画自賛」とは翁長知事を揶揄する上から目線の表現だ。
かの朝日新聞記者らの「知的マンパワー」なるものに依存せずとも、沖縄人は未来を切り開くことができる。」と締めくくった。
読んで勉強になった。
半世紀近く朝日新聞を購読していて、私も、この「自画自賛」という記事を見て、少なからず違和感を覚えたことを思いだした。
翁長雄志沖縄知事の懸命な努力・行動にたいし、その結果を評するに、「自画自賛」という言葉を使ったことは実に不遜な態度だと思った。これを「上から目線」というのかと変な納得をした。
しかし、自画自賛と記した「記者・校正者」、それを認めたか見逃したのか「編集者」、等々、朝日新聞社総体の「権力監視」の「能力と意欲」に疑問符がつく事態のような気がした。朝日新聞には、「上から目線」は、対権力にだけ、強いモノにだけ、向けてほしいと思った。