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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

旧軍引きずる人命軽視

 8月14日付東京新聞社説に、「旧軍引きずる人命軽視」という見出しで、自衛隊のことが記事に載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「230万人の日本兵が戦死した太平洋戦争。軍部の無謀な作戦の背景に「人命軽視」「責任回避」がありました。60周年の自衛隊はどうでしょうか。
 人命を軽視した作戦の典型が特別攻撃すなわち特攻でした。太平洋戦争の末期、戦況の不利を打開しようと爆弾を搭載した航空機を米艦艇に体当たりさせたのです。
 モーターボートや小型潜水艇なども使われました。共通していたのは「九死に一生を得る」ことのない「十死零生」。生還の可能性はゼロでした。
 1944年10月、旧海軍で神風特別攻撃隊が編成されたのを皮切りに特攻は終戦の日まで続き、旧陸軍と旧海軍で合わせて6000人近い兵士が命を失ったのです。
 近年明らかになったことですが、旧陸軍は出撃後、整備不良や悪天候などで帰還した特攻隊員を福岡市内に隔離してしまいました。死んで軍神になったはずの人間が生きていてはまずいということです。
 上官から「ひきょう者」と激しく非難され、耐え切れずに自殺した兵士もいたそうです。何のための作戦だったのか。
 死ぬこと自体が目的にすりかわっていたのです。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「太平洋戦争では兵士の6割以上が餓死だという説があります。元陸軍大尉で歴史学者の藤原彰氏は、旧厚生省などの資料をもとにした著書「餓死した英霊たち」でこう書いています。
 「この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、飢餓地獄の中での野垂れ死にだったのである。」
 「餓島」と呼ばれたガダルカナル島、「白骨街道」と呼ばれたインパール作戦が典型例です。食料補給のメドがないにもかかわらず、ひたすら兵士を戦場に送り込む。
 「名誉の戦死」は軍部への責任追及をかわす便利な言葉でした。」とも教えてくれる。
 さらに社説は、「現在の自衛隊は、民主主義下の軍事組織です。人の命を命とも思わない軍国主義下の旧日本軍とは違います。しかし、イラク戦争で中東に派遣され、現地で大けがをした元航空自衛隊隊員の例はどうでしょうか。
 元三等空曹の池田頼将さんは国を相手取り、1億2300万円の損害賠償を求める裁判を名古屋地裁でつづけています。池田さんは2006年4月、愛知県の小牧基地からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地に派遣されました。
 同年7月4日、米軍が主催する長距離走大会で米軍の大型バスにはねられ、左半身を強打して意識を失いました。激しい痛みから横になる毎日。帰国できたのは2か月も後のこと。症状は固定してしまい、病院では「なぜ放置したのか」と驚かれたほどでした。
 池田さんは「クウェートでは指揮官の一等空佐が「大丈夫か」となんども様子を見に来ました。私は横になったまま、「大丈夫じゃありません」と答えました。繰り返し早期帰国を願い出たのに、無視されたのです」。
 池田さんが事故に遭った06年7月は、航空自衛隊の空輸活動が変わる節目でした。陸上自衛隊がイラクから全員撤収し、空輸の主な対象が陸自衛員から米兵に代わりました。7月31日、武装した米兵が輸送機に乗り込み、バクダットへの空輸が始まりました。
 翌8月、米軍は掃討作戦を開始します。米軍の戦闘活動を側面から支える空輸だったのです。
 当時の防衛庁は米兵空輸を隠し、「主に国連物資を空輸する」と発表していました。「事故隠し」のような対応を見る限り、池田さんの事故が明らかになれば、米軍との連携に不都合が出ると考えたのではないでしょうか。 
 空輸活動は、別の裁判で名古屋地裁が「米軍の武力行使と一体化しており憲法第九条に違反する」と判決を出しています。
 個人が国策の犠牲になるのは、太平洋戦争で終わりのはずでした。そして米軍のための犠牲とすれば、隊員より米国が大事と言うことになります。」と指摘した。
 最後に社説は、「安倍晋三首相は、憲法解釈の変更を閣議決定しました。
 自衛隊法など関連法が改定されれば、米国を守るために自衛隊が集団的自衛権を行使して、名実共に米国の戦争に参加できるようになります。
 池田さんは「本当の戦争になったら隊員が地獄を見る。絶対認めるべきでない。」と訴えます。
 どの国の人の命もかけがえのない命です。戦死することの無い政治家こそ、戦場に立つ一人ひとりの痛みに想像力を働かせ、断固とした平和を守り抜くという強い決意を示すひつようがあります。」と締めくくった。
 よんで、新しく知ったことは。
 ①1944年10月、旧海軍で神風特攻隊が編成されてから終戦までに、旧陸軍と旧海軍を合わせて6000人近い兵士が命を失った」とのこと。 
 ②太平洋戦争では兵士の6割以上が餓死だったという説がある。
 旧陸軍大尉で歴史学者の藤原彰氏は、旧厚生省のなどの資をもとに著書「餓死した英霊たち」では、
「この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行為による死者、いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、飢餓地獄ののた死にだったのである」と書いてある」とのこと。
 ③「元三等空曹の池田頼将さんは国を相手取り、1億2千3百万円の損害賠償を求める裁判を名古屋地裁でつづけている」こと。
 ④「池田さんは2006年4月、愛知県の小牧基地からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地に派遣された」こと。
 ⑤「同年7月4日、米軍が主催する長距離走大会で米軍の大型バスにはねられ、左半身を強打し意識を失った」こと。
 ⑥「帰国できたのは、2か月も後のこと。症状は固定してしまい、病院では「なぜ放置したのか」と驚かれた」とのこと。
 いずれも、戦争になると、人の命が、いとも簡単に、軽視されるかが分かった。だから、日本は絶対戦争をしてはならないとの思いを強くした。
「「名誉の戦死」は軍部への責任追及をかわす便利な言葉でした」の指摘は、フクシマ第一原発事故の中にはなかったのだろうか?探してみたいと思った。
 また、戦争をすることのできる国で、実際の戦争している兵士の実態はどうなっているのだろうか?普通なら合わなくていい不慮の死と、不慮の傷病対策はどうなっているんだろうか?
by sasakitosio | 2014-08-17 07:47 | 東京新聞を読んで | Trackback