7月1日は忘れない
2014年 07月 10日
今日は、「7月1日は忘れない」という見出しの「ルポライター・鎌田慧氏のコラム」に学ぶことにした。
筆者は、「再び戦争しない」。世界から孤立して敗戦を迎えた後、日本の固い約束であり、矜持だった。
歴史的には一瞬の存在にすぎない自公政権が、批判の叫びに包まれた密室の談合で、人類普遍の理想をドブに捨てた日として、私は7月1日を忘れない。」と切り出した。
続けて筆者は、「「武力による威嚇又は武力の行使は」は「永久に放棄する」「国の交戦権は認めない」。この潔い決意と共に、私たちは68年生きてきた。「限定」「特定」などは、安倍政権特有の人を欺く話法だが、この欺瞞で見知らぬ「敵」を実際に殺さなくてはいけないのは若き自衛官である。
「閣議決定」は憲法に背いて、安全装置を勝手に解除した行為である。自衛官が「危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」と宣誓したのは「平和憲法を信じていたからだ。武器を携え、海外へ出動して他国のために戦い、恨みを買うのは憲法違反である。」と指摘した
最後に筆者は、「武器は執らない。人を殺さない。それが憲法の精神である。
これから自衛官の訴えが多発する。 私は退職や提訴を支持すると決意している。」としめくくった。
筆者の、「「閣議決定」は憲法に背いて、安全装置を勝手に解除した行為である。」、「これから自衛官の訴えが多発する。わたしは退職や提訴を支持すると決意している」との指摘は共鳴し、決意は敬意を表したい。
ただ、為政者を甘く見ないように皆で用心をしたい。過去の戦争で、親を含めた周囲が青年・子供を戦争にやりたくなくとも、それが言い出せない空気がつくられたように。自衛官が退職しにくい環境がつくられたり、転職が不利になる環境がつくられるとか、そんなことにならないように、みなで、監視をつよめたい。
国民のそれぞれが、それぞれの社会的ポジションで、いまから戦争の芽を摘むことを始めるしかないかもしれない。