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憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
# by sasakitosio | 2019-04-23 09:25 | 今日の感動 | Trackback

422日付東京新聞朝刊11面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「21日投開票だった統一地方選後半戦。訪問介護で回るエリアも市議会議員選挙が行われた。

 選挙運動真っ盛りの先週、高齢の女性宅を訪問中、明らかな詐欺電話がかかってきた。

 「え?株なんて買いませんよ?え?買ったことにするだけ?え?なんで?」

 うろたえる女性に、私は「詐欺です。詐欺。とにかく切りましょう」。私の指示に従い、彼女は電話を切った。」と切り出した。

 続けて筆者は、「これぞ最近よく聞く劇場型詐欺の出だし!この後、うそをとがめる人や、ペナルティー回避のために金を支払うよう勧める人など、いろいろな電話がかかるのだろう。

 いったん撃退したものの、しばらくは電話を取らない方が無難。

 本人と相談の上、留守番電話機能を設定。相手の声を聞き、知らない人だったら絶対に出ないようアドバイスした。

 その直後、電話がかかった。

 「声を聞いて、知らない人だったら出ないのよね?」と女性。候補者の名前と投票のお願いが録音され、女性は電話を取らなかった。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「この場面、実は非常に示唆に富んでいた。私個人は、選挙ボランティアで、投票をお願いする電話をかけた経験がある。しかし、詐欺対策という見地からは、取らないのが正解に違いない。

 電話をかけたり、出るなと言ったり・・・・。

 仕事を終えての帰り道、私は何とも複雑な気持ちになった。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「選挙運動真っ盛りの先週、高齢の女性宅を訪問中、明らかな詐欺電話がかかってきた」とのこと、

 「本人と相談の上、留守番電話機能を設定。相手の声を聞き、知らない人だったら絶対でないようアドバイスした」とのこと、

 「その直後、電話がかかった。「声を聞いて、知らない人だったら出ないのよね?」と女性。候補者の名前と投票のお願いが録音され、女性は出なかった」とのこと、等等を知ることができた。

 筆者のアドバイスと対応は、高齢者の詐欺被害を未然に防ぐ方法としてはベリーグッドだ、と思った。

 また筆者は、「電話をかけたり、出るなと言ったり・・・。仕事を終えての帰り道、私は何とも複雑な気持ちになった」とのこと。その気持ちもよく理解できた。

 

 


# by sasakitosio | 2019-04-23 05:53 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月18日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、論説委員・桐山桂一氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「新元号「令和」の典拠となった「万葉集」が、国民に広く愛着を集めたのは、明治中期以降だそうだ。

 品田悦一東大教授の一文「「万葉集」はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」に教えられた。

 江戸時代は治者と被治者が分離されていたから、明治の国民国家では誰もが国民の自覚が求められた。国民的一体感をつくる必要もあった。

「万葉集」は文化面でその役割を果たしたという。昭和初期になり日本回帰の風潮が強まると、戦意高揚のため、しきりに万葉集が使われた。

 「海ゆかば水漬く屍、山ゆかば・・」の大友家持の歌などはその典型である。

 「大君の辺にこそ死なめ」と続き、天皇への絶対的な忠誠をうたい上げるからである。

 しかし、万葉集の4割以上は男女の交情を歌う相聞歌。

 防人歌の大多数も家族との離別の辛さを嘆くが、無視されたのだともいう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「さて「令和」である。出典となった「梅花の歌32首」の序であるが、作者は家持の父・大伴旅人とされる。

 <初春の令月、気淑しく風和らぐ> 

天平2年(730)年正月13日。大宰府長官の旅人は宴会を開いた。梅は鏡の前のおしろいの如く咲いているし、蘭の香りが漂う。膝を寄せ合い酒を酌み交わそう。さあ梅を詠んで心境をあらわしてみよう。

 序の風景はそんな感じだ。

 中国・後漢時代の張衡の「帰田賦」を下敷きにしていることは、江戸時代初期の学僧・契沖がすでに指摘している。

 これを納めた「文選」はあまりに有名である。中国・東晋時代の書聖・王羲之の「蘭亭序」をも踏まえている。

 品田氏は読み方のポイントとして、部分ではなくテキスト全体を見ることを挙げる。遠く離れた都・平城京を詠んだ歌がついている。

 これが重要であるというのだ。

 この宴会の前年には都で「長屋王の変」が起きている。

 藤原不比等が死去後に政権を握ったのが、皇族の長屋王だった。

 それを覆すため、不比等の子である4人の兄弟が、策謀によって、長屋王を自殺させた事件である。冤罪である。

 大宰府にもニュースは届いている。

 万葉集の他の巻から明らかである。

 つまり「梅花の歌」と序に続く、一群の短歌には旅人のメッセージがあると品田氏は言う。

 「あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所に変えてしまった」だから「テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている」のだとーー。

 品田氏のこの論は「短歌研究」五月号の「「令和」に託された大伴旅人のメッセージ」と題し、寄稿される予定だ。

 昔の文人は漢籍に明るく、歌も巧みである。中国の「帰田賦」も腐敗した政治への批判が込められているそうだ。むろん「万葉集」をどう読み解くかは、皆さん次第だが・・・。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「新元号「令和」の典拠となった「万葉集」が、国民に広く愛着を集めたのは、明治中期以降だそうだ」とのこと、

 「品田悦一東大教授の一文「「万葉集」はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか」に教えられた」とのこと、

 「江戸時代は治者と被治者が分離されていたから、明治の国民国家では誰もが国民の自覚が求められた。国民的一体感をつくる必要があった。「万葉集」は文化面でその役割を果たしたという」とのこと、

 「昭和初期になり日本回帰の風潮が強まと、戦意高揚のため、しきりに万葉歌が使われた。

 「海ゆかば水漬く屍、山行かば・・」の大伴家持の歌などはその典型である。「大君の辺にこそ死なめ」と続き、天皇への絶対的な忠誠をうたいあげるからである。」とのこと、

 「しかし、「万葉集」の4割以上は男女の交情を歌う相聞歌。防人歌の大多数も家族と離別の辛さを嘆くが、無視されたのだともいう」とのこと、

 「さて「令和」である。出典となった「梅花の歌32首」の序であるが、作者は家持の父・大伴旅人とされる」とのこと、

 「中国・後漢時代の張衡の「帰田賦」を下敷きしていることは、江戸時代初期の学僧・契沖がすでに指摘している」とのこと、

 「これを収めた「文選」はあまりにも有名である。中国・東晋時代の書聖・王羲之の「蘭亭序」をも踏まえている」とのこと、

 「品田氏は読み方のポイントとして、部分ではなくテキスト全体を見ることを挙げる。遠く離れた都・平城京を詠んだ歌がついている。。これが重要であると言うのだ」とのこと、

 「つまり「梅花の歌」と序に続く、一連の短歌には旅人のメッセージがあると品田氏は言う」とのこと、

 「「あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所にかえてしまった」だから「テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている」のだとーー。」とのこと、

 「昔の文人は漢籍に明るく、歌も巧みである。歌の意味も複層的である。中国の「帰田賦」も腐敗した政治への批判が込められているそうだ」とのこと、

 等々を始めて知ることができた。

 この欄で、いろいろ知った上で、考えさせられた。

 ひょっとすると、「令和」を選んだ今日・現代・只今の文人は、底に、「権力者への嫌悪、ウソと居直りの政治への批判」を込めて、「令和」を選ぶという高等戦術を駆使したのではなかろうか、と思わず「眉に唾」を付けてしまった。
 そしてまた、何十年も前の話だが、柏市の教育長をされた方(故人)から、「君が代」の歌詞は万葉集の詠み人知らずの「相聞歌」だと聞いたことがある。君が代の「君」は、君主や天皇のことではなく、「愛するあなた」だと聞いて、納得したことを思いだした。


# by sasakitosio | 2019-04-22 19:38 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月18日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、論説委員・桐山桂一氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「新元号「令和」の典拠となった「万葉集」が、国民に広く愛着を集めたのは、明治中期以降だそうだ。

 品田悦一東大教授の一文「「万葉集」はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」に教えられた。

 江戸時代は治者と被治者が分離されていたから、明治の国民国家では誰もが国民男自覚が求められた。国民的一体感をつくる必要もあった。

「万葉集」は文化面でその役割を果たしたという。昭和初期になり日本回帰の風潮が強まると、戦意高揚のため、しきりに万葉集が使われた。

 「海ゆかば水漬く屍、山ゆかば・・」の大友家持の歌などはその典型である。

 「大君の辺にこそ死なめ」と続き、天皇への絶対的な忠誠をうたい上げるからである。

 しかし、万葉集の4割以上は男女の交情を歌う相聞歌。

 防人歌の大多数も家族との離別の辛さを嘆くが、無視されたのだともいう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「さて「令和」である。出店となった「梅花の歌32首」の序であるが、作者は家持の父・大伴旅人とされる。

 <初春の令月、き淑しく風和らぐ> 

天平2年(730)年正月13日。大宰府長官の旅とは宴会を開いた。梅は鏡の前のおしろいの如く咲いているし、欄の香りが漂う。膝を寄せ合い酒を酌み交わそう。さ梅を詠んで心境をあらわしてみよう。

 序の風景はそんな感じだ。

 中国・後漢時代の張衡の「帰田賦」を下敷きにしていることは、江戸時代初期の学僧・契沖がすでに指摘している。

 これを納めた「文選」はあまりに有名である。中国・東晋時代の書聖・王羲之の「欄亭序」をも踏まえている。

 品田氏は読み方のポイントとして、部分ではなくテキスト全体を見ることを挙げる。遠く離れた都・平城京を詠んだ歌がついている。

 これが重要であるというのだ。

 この宴会の前年には都で「長屋王の変」が起きている。

 藤原不比等が死去後に政権を握ったのが、後続の長屋王だった。

 それを覆すため、不比等の子である4Ⅱの兄弟が、策謀によって、長屋王を自殺させ田事件である。冤罪である。

 大宰府にもニュースは届いている。

 万葉集の他の巻から明らかである。

 つまり「梅花の歌」と序に続く、一群の短歌には旅人のメッセージがあると品田氏は言う。

 「あいつらは都をさんざん蹂躙した揚げ句、帰りたくもない場所に変えてしまった」だから「テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている」のだとーー。

 品田氏のこの論は「短歌研究」五月号の「「令和」に託された大伴旅人のメッセージ」と題し、寄稿される予定だ。

 昔の文人は漢籍に明るく、歌も巧みである。中国の「帰田賦」も腐敗した政治への批判が込められているそうだ。むろん「万葉集」をどう読み解くかは、皆さん次第だが・・・。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「新元号「令和」の典拠となった「万葉集」が、国民に広く愛着を集めたのは、明治中期以降だそうだ」とのこと、

 「品田悦一東大教授の一文「「万葉集」はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか」に教えられた」とのこと、

 「江戸時代は治者と被治者が分離されていたから、明治の国民国家では誰もが国民の自覚が求められた。国民的一体感をつくる必要があった。「万葉集」は文化面でその役割を果たしたという」とのこと、

 「昭和初期になり日本回帰の風潮が強まと、戦意高揚のため、しきりに万葉歌が使われた。

 「海ゆかば水漬く屍、山行かば・・」の大伴家持の歌などはその典型である。「大君の辺にこそ死なめ」と続き、天皇への絶対的忠誠をうたいあげるからである。」とのこと、

 「しかし、「万葉集」4割以上は男女の交情を歌う相聞歌。防人歌の大多数も家族と離別の辛さを嘆くが、無視されたのだともいう」とのこと、

 「さて「令和」である。出典となった「梅花の歌32首」の序であるが、作者は家持の父・大伴旅人とされる」とのこと、

 「中国・後漢時代の張衡の「帰田賦」を下敷きしていることは、江戸時代初期の学僧・契沖がすでに指摘している」とのこと、

 「これを収めた「文選」はあまりにも有名である。中国・東晋時代の書聖・王羲之の「蘭亭序」をも踏まえている」とのこと、

 「品田氏は読み方のポイントとして、部分ではなくテキスト全体を見ることを挙げる。遠く離れた都・平城京を詠んだ歌がついている。。これが重要であると言うのだ」とのこと、

 「つまり「梅花の歌」と序に続く、一連の短歌には旅人のメッセージがあると品田氏は言う」とのこと、

 「「あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所にかえてしまった」だから「テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている」のだとーー。」とのこと、

 「昔の文人は漢籍に明るく、歌も巧みである。歌の意味も複層的である。中国の「帰田賦」も腐敗した政治への批判が込められているそうだ」とのこと、

 等々を始めて知ることができた。

 この欄で、いろいろ知った上で、考えさせられた。

 ひょっとすると、「令和」を選んだ今日・現代・只今の文人は、底に、「権力者への嫌悪、ウソと居直りの政治への批判」を込めて、「令和」を選ぶという高等戦術を駆使したのではなかろうか、と思わず「眉に唾」を付けてしまった。


# by sasakitosio | 2019-04-22 19:38 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月21日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、現代教育行政研究会代表・前川喜平氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「去る13日。故井上ひさしさんの故郷山形県川西町で開かれた遅筆堂文庫生活者大学校に講師としてお招きいただいた。

 よく晴れ、残雪を抱いた山々が見えた。

 「ここが吉里吉里国だ」という気持ちが起こる。 井上さんの「吉里吉里人」は実に面白い小説だった。

山形県とおぼしき東北の寒村が、いきなり日本国からの独立宣言するのだ。本当に吉里吉里国ができたら僕は真っ先に吉里吉里人になりたい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「現在の日本は、とどまるに値する国だろうか。いよいよとなったら、独立国をつくりたい。あるいは憲法第22条第2項の国籍離脱の自由を行使したい、と思ったりもする。

 しかし、とまた思う。

 ぼくは生まれ育ったこの国が好きだ。この国を生きるに値する国にするのは僕たちなんだ、と。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「井上さんが台本を書いていたNHKの「ひょっこりひょうたん島」。そこでただ一人の政治家ドン・ガバチョが歌った「未来を信ずる歌」にこう言う歌詞がある。「今日がだめなら明日にしまちょ。明日がだめなら明後日にしまちょ。明後日がだめなら明々後日にしまちょ。どこまで行っても明日がある」

 「諦めないぞ」と歌っているのだ。

 日本も、世界も、いい方向に動いているとは思えない。

 しかし、僕たちはもっとよい未来をつくれるはずだ。未来を信じよう、と。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「井上ひさしさんの「吉里吉里人」は実に面白い小説だった。山形県とおぼしき東北の寒村が、いきなり日本国から独立を宣言するのだ」とのこと、

 「井上さんが台本を書いたNHKの「ひょっこりひょうたん島」。そこでただ一人の政治家ドン・ガバチョが歌った「未来を信ずる歌に」にこういう歌詞がある。「今日がダメなら明日にしまちょ。明日がダメなら明後日にしまちょ。明後日がダメなら明々後日にしまちょ。どこまで行っても明日がある」」とのこと、

 「「諦めないぞ」と歌っているのだ」とのこと、

 等々を知ることができた。

 子どもの頃、テレビで「ひょっこりひょうたん島」の歌と、映像を見たことを思い出した。

 子ども頃だから、未来があるのは当たり前だったのかもしれないが、いま改めて「この欄」をよんだほどの感動はなかった。

 「どこまで行っても明日がある」との歌詞は、後期高齢者になった自分には、信じたい「言葉」だ。

 筆者は、「日本も世界も、いい方向に動いているとは思えない。しかし、僕たちはもっと良い未来をつくれるはずだ。未来を信じよう、と。」という。まったく同感だ。

 そして、未来を信じることは、「自分を信じる、友を信じる、人間を信じる、社会を信じる」ことではないか、とも思っている。


# by sasakitosio | 2019-04-22 06:24 | 東京新聞を読んで | Trackback
# by sasakitosio | 2019-04-21 18:02 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

4月18日付朝日新聞朝刊15面に、「経済季評」という欄がある。筆者は、東京大学教授・松井彰彦氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「政府・公的部門の役割は、民間が担うことができない計画を立て、それを実行に移していくことである。いわば百年の計を立てることだ。その機能が近年失われている。花粉症対策もその一つである。

 熊野古道中辺路を歩いたことがる。ちょうど熊野が世界遺産に登録された2004年のこと。

 紀伊半島の西海岸沿いにある紀伊田辺駅に降り立ち、あるくこと二泊三日。

 熊野本宮神社にたどり着いた。その手前で小さな発見をした。山を越えていくと、尾根筋の片側が照葉樹林、反対側が針葉樹林という場所があったのだ。

 宿の主人に聞くと、木材生産のために天然林である照葉樹林が人工林である針葉樹林に変えられていった話をしてくれた。

 世界遺産登録のためにユネスコの委員が訪れたときも問題視しされたという。熊野の価値は単に神社のみでなく、それを囲む山域全体にあるにもかかわらず、この人工林には失望したとのこと。受けいれ側だった宿の主人は急いで委員たちを照葉樹林帯に連れて行ったところ、「素晴らしい」と言われ、事なきを得たという。

 天然照葉樹林は日本古来の原生林である。平安朝の昔から、天然照葉樹林の伐採と人工針葉樹林への転換は徐々になされていった。とくに、第二次世界大戦後は木材需要の拡大により木材の価格が高騰し、生育も早く木材にしやすい杉などの人工針葉林が増大していく。日本全体で「現在では森林の約4割が人工林で、人工林の約4割がスギ人工林」(林野庁ホームページ)という。 

 このようにして作られたスギ林は、輸入木材との価格競争や林業の担い手不足などを通じ、次第に高齢での伐採が滞り、高齢樹が増えていった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「人工針葉樹林の高齢化とともに増加してきたのが花粉症問題である。

 高齢樹は若齢樹に比べ、花粉の飛散する量が多い。それに伴う花粉症患者の増加がすさまじい。

 東京都が2016年度に行った花粉症患者実態調査報告書によれば、都内におけるスギ花粉症有病率は48.8%と推定される。

 過去、1983~87年度の10.0%から、96年度に19.4%、2006年度には28.2%と増加してきた。もはや公害と言って差し支えない。

 経済的損失も深刻だ。19年3月に発表された第一生命経済研究所の永浜利広主席エコノミストのリポートによれば、昨夏の猛暑の影響により、今春は花粉が大量飛散し、1~3月で平年比5691億円程度、個人消費を引き下げる可能性がある、としていた。マスクやメガネと言った製品は売り上げ増が予想されるものの、社会厚生の観点から見れば、これもマイナス効果だ。

 これに対し、政府の対策は遅々として進まない。林野庁のホームページで「「伐って利用」「植え替え」「出させない」の3本の斧からなる花粉症発生源対策を推進し、春季の国民男健康で豊かな生活・経済活動を回復するよう努める」としているが、花粉症発生源対策推進事業の予算額は1億円程度。 他の予算を合わせても、損失と比して蟷螂の斧の感は否めない。

 公害ならば環境省の管轄かと思いきや、取り組みは「花粉飛散予測及び観測」が中心らしい。

 厚生労働省は罹患した後の対策など。

 取り組みの縦割り感が半端ない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「過去、日本の、森造りに「百年の計」が全くなかったわけではない。

 初詣などで毎年多くの参詣者を集める明治神宮。その森はシイ、カシ、クスノキなどからなる日本古来の原生林である。

 ただし、明治天皇の崩御を受けて、約100年前に造成が始まった人工の「原生林」なのだ。

 上原敬二著「人のつくった森」によれば、1919年ころには、現在の森林域は、「何の変哲もない草原であり、所々にスギ、マツの小並木、植込みがあったところ」であったという。

 境内林造成の設計当事者だった上原氏らは林況に関して確固たる信念があったという。

 その一つは、「人力を加えず、永年生育を続けること」であった。

 しかし、計画は簡単に進まない。

 内閣総理大臣も務めた大隈重信が、スギ林がよい、と主張したのである。責任者の本多静六博士は一歩も譲らず、100年後の林相や科学的根拠も示して、最終的には大隈重信を納得させたという。

 今日でも実効性のありそうな取り組みもある。

 神奈川県では「花粉症発生源対策10か年計画」を策定し、1980年代の水準をめざし、工程表及び数値目標をつくっている。

 それによると、スギ・ヒノキの森林面積3万ヘクタールに対し、林齢31年以上の要対策面積が1.9ヘクタール。そのうち、これまでの対策済み面積が6千ヘクタール。今後10年間のスギ・ヒノキ林の混淆林が5千ヘクタールなどとなっている。花粉症対策は絵に描いた餅ではないのだ。

 花粉症は公害である。林業対策ではなく、公害対策として百年の計を立てるべきなのだ。

 そのためには、省庁や都道府県の垣根を超えた施策が必要だ。

人工林は天然林に戻せる。

花粉症は克服できる。

 100年後を見据えて原生林「平成の森」をつくるために、私たち国民が声を上げる必要があるのではないだろうか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「(筆者は)熊野古道中辺路を歩いたことがある」とのこと、

 「山を越えていくと、尾根筋の片側が照葉樹林、反対側が針葉樹林という場所があった」とのこと、

 「世界遺産登録のためにユネスコの委員が訪れた時も問題視されたという」とのこと、

 「受け入れ側だった宿の主人は急いで委員たちを照葉樹林帯に連れて行ったところ、「素晴らしい」と言われ事なきを得たという」とのこと、

 「「現在では森林の約4割が人工林で、人工林の約4割がスギ人工林」(林野庁ホームページ)という」とのこと、

 「輸入材と林業の担い手不足などを通じ、次第に適齢での伐採が滞り、高齢樹が増えていった」とのこと、

 「高齢樹は若年樹に比べ、花粉の飛散量がおおい。それに伴う花粉症患者の増加がすさまじい」とのこと、

 「東京都が2016年度に行った花粉症実態調査報告書によれば、都内におけるスギ花粉症有病率は48.8%と推定される。過去、1983~87度の10.0%から、96年度に19.4%、2006年度には28.2%と増加してきた」とのこと、

 「林野庁はホームページで「「伐って利用」「植え替え」「出させない」の3本の斧からなる花粉症発生源対策を推進し、春季の国民の健康で豊かな生活・経済活動を回復よう努める」としているが、花粉症発生源対策推進事業の予算はわずか1億円程度」だとのこと、

「「明治神宮。その森はシイ、カシ、クスノキなどからなる日本古来の原生林である。ただし、明治天皇の崩御を受けて、約100前に造成が始まった「原生林」なのだ。」とのこと、
 「上原敬二著 「人のつくった森」によれば、1919年頃には、現在の森林域は、「何の変哲もない草原であり、所々にスギ、マツの小並木、植込みがあったところ」であったという」とのこと、

 「神奈川県では「花粉発生源対策10か年計画」を策定し、1980年代の森林の水準を目指し、工程表及び数値目標をつくっている。」とのこと、

 等々を知ることができた。
 自分は田舎育ちで、子どもの頃「スギでっぽう」を作り遊んだほうなので、幸い「花粉症」に悩まされることはない。

 が、知り合いには「重い花粉症」で苦労している人がいる。

 筆者は「花粉症は公害である。林業対策ではなく、公害対策として百年の計を立てるべきなのだ」と指摘し、

 「100年後を見すえて原生林「平成の森」を造るために、私たち国民が声を上げる必要があるのではないだろうか」と提案した。指摘も提案もその通りだと、思った。


# by sasakitosio | 2019-04-21 11:19 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月20日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に、学ぶことにした。

 まず筆者は、「米トランプ大統領は先月、無人爆撃機による民間人死者数公表を義務付けたオバマ氏の決定を覆す大統領令に署名した。

 無人機がアフガニスタンなどで多数の犠牲者を出していることは周知の事実だが、オバマ政権下で実行された無人機による空爆は、英BBCによれば8年の任期を通して1878回なのに対し、トランプ氏選出後わずか2年強で2243回に上る。それを今、わざわざ「無人機の民間人死者数を公表しなくていい」と決定するトランプ氏は、一体何をたくらんでいるのかと勘ぐりたくもなる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「米軍機がまるで遊びようにイラクで民間人を殺す映像を入手・公開したウィキリークスの創設者ジュリアン・アサジン氏が、このタイミングで逮捕されたのは象徴的だ。

 「お前らも首を突っ込むなよ」という世界のジャーナリストへのメッセージとも取れる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「米国は、機密情報侵害に関わる容疑で アサンジ氏の身柄引き渡しを求めている。

 そうなれば、国家による犯罪を暴くことが犯罪として国家により罰せられることになる。

 逮捕された英国で、野党労働党などが引き渡しに反対するのは当然だ。

 たしかにアサンジ氏は裁かれるべき人物だ。ただし性的暴行の容疑者として、それも訴えがあったスウェーデンで。米国に引き渡す国があれば、その良識とプライドを疑う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「米トランプ大統領は先月、無人機攻撃のよる民間人死者数公表を義務付けた前任者オバマ氏の決定を覆す大統領令に署名した」とのこと、

 「オバマ政権下で実行された無人機による空爆は、英BBCによれば8年の任期を通して1878回に対し、トランプ氏は選出後2年強で2243回に上る。」とのこと、

 「米軍機がまるで遊びのようにイラクで民間人を殺す映像を入手・公開したウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジ氏が、このタイミングで逮捕されたのは象徴的だ」とのこと、

 「米国は、機密情報侵害に関わる容疑でアサンジ氏の身柄の引き渡しを求めている」とのこと、

 「逮捕された英国で、野党労働党などが引き渡しに反対するのは当然だ」だとのこと、

 「たしかにアサンジ氏は裁かれるべき人物だ。ただし性的暴行の容疑者として、それも訴えがあったスウェーデンで。」とのこと、

 等々を知ることができた。

 そして、「無人機の民間人死者数を公表しなくていい」と決定する トランプ氏はいったい何をたくらんでいるのかと勘繰りたくもなる」との筆者の指摘は同感だ。

トランプ大統領の行動は理解できないことばかりだ。

 


# by sasakitosio | 2019-04-21 06:30 | 東京新聞を読んで | Trackback
# by sasakitosio | 2019-04-20 18:38 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

4月16日付東京新聞朝刊社説に、「トヨタ・JAXA」の月面に「水素社会」を築き上げる構想が載った。 今日はこの社説を学習することにした

 まず社説は、「トヨタ自動車が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携し、有人の月面探査車を開発する。水素を燃料に走る燃料電池車(FCV)で、月面に「水素社会」を築き上げる壮大な構想を描いている。

 JAXAは2021年度に無人探査機による月面着陸、その後の極域探査を経て、今回の有人探査を国際的な月面調査の枠組みの中で行うことが想定される。
 公表された概要によると、探査車は全長6メートル、全幅5.2メートル、高さ3.8メートルとマイクロバス約2台分の大きさで、二人が滞在できる居住空間は4畳半程度。燃料電池車に供給する水素と酸素は地球から送る。

 29年以降、34年まで計5回の有人探査を行い、計1万キロ以上を走破する計画。一回の探査に42日間を要する。

 「過去に例がない長距離の月面有人調査」(JAXA担当者)だけに、技術的壁は高い。

 激しい温度差やクレーターなど、走行上の悪条件を克服しなければならない。

 探査領域間は自動運転で移動するため、トヨタの伝統的なモノ作りと次世代技術力、JAXAの放射線や熱対策などを結集した総力が求められよう。」と切り出した。

 続けて社説は、「今後、日本、米国、中国などが月面探査でしのぎを削る時代を迎える。

 主な目的は、氷などの状態で埋蔵されていると推測される水探しだ。

 水が発見されれば水素と酸素に電気分解し、ロケットの燃料となる液体水素、液体酸素を月面で作ることが可能に。効率的な月面探査につながり、火星などへの中継地点にもなり得る。

 トヨタが初の本格的な宇宙事業に参画するのも、水素を移動に活用する「水素社会」を実現するためだ。トヨタは電気自動車の開発では出遅れたとも指摘されるが、14年12月には水素と酸素の反応で電気を生み、水しか排出しないFCV「ミライ」を世界で初めて一般向けに発売した。

 しかし、今は主に天然ガスなど化石燃料から製造する水素の供給拠点整備が進まず、普及のペースは遅い。トヨタの寺師茂樹副社長は「月面で地球より早く水素社会をつくれればいい」と強調する。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「JAXAはボンベによる燃料補給で効率的に運用できる燃料電池を選択。この分野で優れた技術を持っているトヨタをパートナーとした。

 費用も算出できない初期段階だが「宇宙開発は高度な技術力が試される道場だ」と寺師氏。実際に事業が宇宙まで広がれば、日本経済の未来にもつながる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「公表された概要によると、探査車はぜんちょうメートル、全福5.2メートル、高さ3.8メートルとマイクロバス約二台分の大きさで、二人が滞在できる居住空間は四畳半程度。」とのこと、

 「燃料電池に供給する水素と酸素は地球から送る。」とのこと、

 「29年以降、34年まで計5回の有人探査を行い、一回探査には42日間を要する。」とのこと、

 「今後、日本、米国、中国などがしのぎを削る時代を迎える。主な目的は、氷などの状態で埋蔵されていると推測される水探しだ。」とのこと、

 「水が発見されれば水素と酸素に電気分解し、ロケットの燃料となる液体水素、液体酸素を月面でつくることが可能に。」とのこと、

 「(トヨタは)14年12月には水素と酸素の反応で電気を生み、水しか排出しないFCV「ミライ」を世界で初めて一般向けに販売した。」とのこと、

 「トヨタの寺師茂樹副社長は「月面で地球より早く水素社会をつくれればいい」と強調する」とのこと、等等を知ることができた。

 読んで、明るい気分になった。

 「21年度に無人探査機によ月面着陸」・「29年以降、34年まで計五回の有人探査を行い,計1万キロ以上を走破する計画。一回の探査に42日間を要する」とのことは、自分が生きている間に現実に見れそうだ、ということだ。

 中学生の頃、ガガーリンの「地球は青かった」の言葉を聴き、今度はJAXAとトヨタの月面有人探査を見れそうだ。生きる楽しみが、一つ増えた感じだ。 


# by sasakitosio | 2019-04-20 16:49 | 東京新聞を読んで | Trackback