憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

9月22日付東京新聞朝刊27面に、「本音コラム」という欄がある。筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「大阪なおみ選手フィーバーをきっかけに、日本のハーフが再び注目されている。勝った途端に日本人として持ち上げるメデイアへの違和感は「都合のいいときだけ日本人と認める」風潮に多くのハーフが普段から抱いている疎外感とも重なる。それは私も常々感じてきたことだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「しかし、実は日本だけの現象ではない。「父の国でも母の国でも異国人扱い」というのは、世界中のハーフが多かれ少なかれ経験していることだ。個人的には、就職や住居などで不当な扱いさえ受けなければ、それでいいやと思っている。

 少女時代は、私も同化したいという切なる思いで苦しんだ。特に日本では、異なる容姿やカリーマ・アリ・エルサムニーという長すぎるカタカナの名がいやで、漢字の名がうらやましかった。

 だがそれも20歳を過ぎたあたりでどうでもよくなり、今では英語で話されても、「ハーフとかですか」と赤の他人に詮索されてもきにならない。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「私はナニジン」。

 そんな不安を抱く若いハーフたちに言ってあげたいと常々思っていたこと、

 「あなたの居場所を作るのは、あなたの好きなもの、特異なこと、かなえたい夢。ナニジンかに縛られず、自由に自分をデザインすればいい」。

 会見で帰属意識を尋ねられた大阪選手が、ズバリ代弁してくれた。

 「私は私」。両親が日本人でも同じはず。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「大阪なおみ選手フィーバーをきっかけに、日本のハーフが再び注目されている」とのこと、

 「「都合のいい時だけ日本人と認める」風潮に多くのハーフが普段から抱いている疎外感とも重なる」とのこと、

 「「父の国でも母の国でも異国人扱い」というのは世界のハーフが多かれ少なかれ経験していることだ」とのこと、等等を改めて知ることが出来た。

 ハーフの人たちが、優性遺伝の結果、日本人よりも優れていることもあるはずだから、疎外感を待たず、「私は私」で堂々と生きてほしいと思った。

 自分が事も頃、70年前はハーフを見たことがなかったが、今では外国人と結婚している人を身近に多く見るようになった。そして、ハーフの孫をかわいがっている同年代の人を身近に多く見るようになった。


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# by sasakitosio | 2018-09-23 06:29 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月15日付東京新聞朝刊社説に、「リーマン・ショック10年」を振り返る記事が載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「世界経済が底割れしてしまうかと緊張が走ったリーマン・ショックから10年。危機が残したものとは何か。格差、不平等、そしてポピュリズムの萌芽だ。

 いつ弾けてもおかしくないといわれた米国の不動産バブル。

 危ない住宅ローンを証券化して売りまくる錬金術。

 それらが暴発し、グローバル化した世界に波及したのがリーマン・ショックの実相だ。

 米国の名門投資銀行の破綻劇は「百年に一度の未曽有の危機」として経済史に記録されるべきものである。だが、それは金融の世界を切り口にした一断面にすぎない。視座を高くすれば、二つの大きなうねりが見えてくる。」と切り出した。

 続けて社説は、「一つは、リーマン・ショックの「負の遺産」がポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりにつながっていったことだ。トラアンプ現象やブレグジッと(英国のEU離脱)への系譜である。

 金融危機により、破たんした銀行や解任された銀行幹部も出たが、多くは公的資金、つまり国民の税金によって事実上救済された。

 この米当局の処理策は、日本の不良債権処理に学んだものだ。公的資金による金融機関への資本注入、すなわち銀行救済に対しては日本で噴出したのと同じ批判が起きた。

 さらに銀行経営者が法外な報酬を受けとっていたため、その分、大衆の怒りは増幅した。

 トランプ大統領の選挙参謀を務めたスティーブン・バノン氏は、政界入りの発端について明かしたことがある。

 リーマン・ショックで「銀行は救済されたのに、住宅ローンを抱えた庶民は救済されなかった」ことへの素朴な怒りだったという。

 富が集中する1%の金持ちに対し、「我々は99%だ」を合言葉とする「ウォール街を占拠せよ」運動が起こるのは危機から3年後の2011年。だが金融業への批判はすでに醸成していたのである。」と指摘した。

 さらに社説は、「二つ目の大きなうねりとは、米国で長らく続いた金融業支配の産業構造が転換を迎えたことだ。

 20世紀を代表する経済学者シュンペーターは「不況時に悪い企業が消える。不況があるから経済は強くなる」と既存の秩序が破壊された後に新しい勢力が伸びる環境が整うことを説いた。

 リーマン・ショックはまさに、それを体現した。

 米国は1980年代以降、製造業が日本やドイツに押されだすと、金融業を主要産業に据えた。

 先端の金融工学を駆使するなど米国の戦略は狙い通りに機能した。

 それが金融危機を契機として、産業の主役は金融業からITへと入れ替わった。

 グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字を並べた「GAFA(ガーファ)」はすでに世界を席巻するまでになった。

 対照的に日本は産業の入れ替えも、シュンペーターの説いた「創造的破壊」も起きていない。

 自動車と半導体関連が依然として主要産業として踏ん張る。新陳代謝が少なく成長産業も育っていない。

 ここで注視すべきは、米国の産業転換がポピュリズムを伸張させたことだ。すなわち「繁栄から取り残された人々」の増大である。

 IT産業が米西海岸を中心に繁栄する一方、鉄鋼産業や自動車産業が集中した米中西部ラストベルト(錆びついた地帯)では白人ブルーカラー層の疎外感不満が高まったのである。

 それが、トランプ大統領の誕生を後押ししたことは、今さら言うまでもない。

 ポピュリズムと一口にいうが、形態はさまざまである。

 大別すれば

①グローバル化が雇用や所得を奪ったとして糾弾する反グローバリズム

②移民や難民を排除する反移民。排外主義

③格差拡大や不平等の放置に向ける反エリート・反既成政治などだ。

 リーマン・ショック後は主に③で先進国の経済が停滞する中、格差拡大がより進んだ。

 富裕層へ富が集中だけでなく、低所得層は一段と困窮し、中間層から低所得層へ転落する人が増えた。

 問題は、こうした中間層以下の不安、不満に対し、政府やエリート層があまりにも鈍感だったことである。
 バノン氏らトランプ陣営が「取り残された人々」の声に耳を傾けたのとは対照的だった。」と指摘した。

 最後に社説は、「だが歴史は皮肉なものだ。現在の世界経済にとって、このトランプ大統領が目下の最大のリスク要因になっているからだ。

 自国第一主義を掲げ、国際的な協調には一貫して背を向ける。

 リーマン・ショックの危機が克服できたのは、たとえば先進国に新興国を加えたG20体制の発足あり、日米欧の大規模な金融緩和や中国の巨額財政出動だった。

 国際協調なしでには困難だったのだ。危機は必ず繰り返すが、今の政治状況は危うすぎるのである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「いつ弾けてもおかしくないといわれた米国の不動産バブル。危ない住宅ローンを証券化して売りまくる錬金術。それらが爆発したのがリーマンショックの実相だ」とのこと、

 「視座を高くすれば二つに大きなうねりが見えてくる」とのこと、

 「一つは、リーマンショックの「負の遺産」がポピュリズム(大衆迎合主義)の広がりにつながっていったことだ」とのこと、

 「二つ目の大きなうねりとは、米国で長らく続いた「金融業支配の産業構造が転換を迎えたことだ」とのこと、等等を社説は教えてくれた。

 また「「20世紀を代表する経済学者シュペンターは「不況時に悪い企業が消える。不況があるから経済は強くなる」と既存の秩序が破壊された後に新しい勢力が伸びる環境が環境が整うことを説いた」とのこと、

 「金融危機を契機として産業の主役は金融業からITへと入れ替わった。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字を並べた「GAFA(ガーファ)」はすでに世界を席巻する」とのこと、

 「ポピュリズムと一口に言うが、形態はさまざまである。大別すれば①グローバル化が雇用や所得を奪ったとして糾弾する反グローバリズム②移民や難民を排除する反移民・排斥主義③格差拡大や不平等の放置における反エリート・反既成政治などだ」とのこと、

 「リーマン・ショック後は主に③で先進国の経済が停滞する中、格差拡大がより進んだ。

富裕層へ富が集中するだけでなく、低所得層は一段と困窮し、中間層から低所得層へ転落する人が増えた」とのこと、

 「問題は、こうした中間層以下の不安、不満に対し、政府やエリート層があまりに鈍感だったことである」とのこと、

 「バノン氏らトランプ陣営が「取り残された人々」の声に耳を傾けた」とのこと、

 「歴史は皮肉なのだ。現在の世界経済にとって、このトランプ大統領が目下の最大のリスク要因になっている。」とのこと、

 「リーマン・ショックの危機が克服できたのは、たとえば先進国に新興国を加えたG20体制の発足であり、日米欧の大規模な金融緩和や中国の巨額の財政出動だった」とのこと、

 等々も社説は教えてくれた。

 そして疑問がいくつかわいてきた。

 アメリカでは、金融危機を契機として産業の主役は金融業からITに入れ替わって、そのIT(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)が、すでに世界を席巻している。その時にアメリカで低所得層が一段と困窮し、中間層から低所得層へ転落する人が増えた、そのことはなぜ起こり、なぜ防げなかったのだろうか?

 産業や生産や労働の構造が、劇的に変化した時に、統治機構(課税や行政サービス)が社会構造の変化に追い付けない、いわばタイムラグのような気がしてならない。

 例えば、日本でネット検索が一年で2兆回あると聞いたことがあるが、一回の検索に1円課金しても年1兆円の税収が上がる。

 

  


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# by sasakitosio | 2018-09-22 18:58 | 東京新聞を読んで | Trackback
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# by sasakitosio | 2018-09-22 17:00 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

9月21日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「12日、ロシアのウラジオストックで行われた東方経済フォーラムで、ロシアのプーチン大統領が安倍晋三首相に対して「一切の前提条件なしで、年内に平和条約を締結しよう」と提案した。

 マスメデイアではプーチン氏が領土問題を迂回しようとしたとの見方が主流だが、筆者はそう考えていない。」と切り出した。
 続けて筆者は「1956年の日ソ共同宣言に基づいて、本年度中に日露平和条約を締結することは、十分可能である。

平和条約の締結によって領土帰属の問題は最終的に解決することになるので、歯舞群島と色丹島の主権は日本に、国後島と択捉島の主権はロシアに帰属することになる。

 さらにこの平和条約に、「歯舞群島と色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続した上で策定する」と定める。

 沖縄、奄美、小笠原の施政権は米国に残ったが、51年のサンフランシスコ平和条約に日本が署名したことと類比的に考えればよい。」教えてくれる。

 最後に筆者は、「平和条約が締結されれば、国後島と択捉島に対するロシアの統治を合法と認めた上で、両島の土地の一部を賃借し、そこに日本が独自の規則を制定し、経済活動を行う可能性が生まれる。

 単なる二島返還ではなく、二島プラスαの解決になる。

安倍晋三という名が、北方領土問題を解決した首相として歴史に残る。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ロシアのプーチン大統領が安倍首相に対して「一切の前提条件なしで、年内に平和条約を締結しよう」と提案した」ことをニュースで聞いてびっくりした。

 安倍総理はアメリカのトランプ大統領に忖度してか、その気がないのか、まともな回答はしなかった。国内政治では一強と言われている「安倍総理」は外ではからきしい意気地がない「内弁慶」なのかもしれない、思った。 

 また筆者は、「平和条約が締結されれば、国後島と択捉島に対するロシアの統治を合法と認めた上で、両島の一部を賃借し、そこに日本が独自の規制を制定し、経済活動を行う可能性がうまれる」と教えてくれる。その通りかもしれないが、そうなると4島返還にこだわる人々は、何にこだわっているのか、知りたくなった。

 

 

 

 

 


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# by sasakitosio | 2018-09-22 06:42 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月20日付朝日新聞朝刊18面社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。 まず筆者は、「勤め人にとって賞与は大切な生活給である。住み家を買ってローンを組んでから、支給されても借金払いで瞬間蒸発してしまう私でも、「干天の慈雨」そのものだ。

 大切な賞与が政府発行の国債だったら、「冗談はよせ」と会社に怒鳴り込むだろう。

 しかし、そんな時代が現実にあった。

 1939年(昭和14)年5月、大蔵(現財務)次官が農林次官にあてた「賞与ヲ国際ヲ以テ支給スルノ件」という文書によると「国債若シク貯蓄債券を支給シ又ハ購入セシメルベキ金額ハ左記ノ標準ニ依ルコト」とし、賞与などが「100円以下ノモノ」は10%以上、500円以下で20%以上、5000円超で45%以上、などとされている。

 国債賞与は前年冬にも実施された。12月6日付の東京朝日新聞は「さあ債権賞与だ各会社から申し込み殺到」の見出しで「素晴らしい売れ行き」で好評と書いた。

 先の「支給スルノ件」は違う。「賞与国債支給ヲ実行セズ或ハ実行シタルモ不十分ナリト認メラルル会社」に対しては「今回ハ必ズず実行」するよう個別指導すること、会社などに最低一人の実行委員を置き、支給を促進させるようにねじを巻いている。

 押し付けは強まる。39年冬から常勤者10人以上の工場に対し、警視庁に報告書を提出させることになったと朝日は報じた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「37年7月から始まった日中戦争が泥沼化、多額の戦費が必要となった上、軍需資金が市中に流れて景気は良くなったが、金余りによるインフレを恐れた。

 国債を発行して余剰資金を吸収しようとしたのだ。

 戦争勃発で設けられた臨時軍事費特別会計は次々と増額された。

 45年2月の会計終結までに1553億9千万円が支出された。

 当時の国民総生産(GUP)の倍、現在価値でざっと50兆円に相当する。

 日清戦争の776倍、日露戦争の103倍。

 財源の約9割が国債や借入金だ。

 国債は銀行や国民の家計で保有されたが「悪性インフレの傾向はさらに強まりながら潜在化していき、戦後のインフレ爆発の火薬庫となっていった」と大蔵省が編纂した「昭和財政史」は反省している。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「国民からの資金吸い上げは国債にとどまらない。毎月の積立預金でも行われた。

 2014年1月、大阪市福島区の歴史研究員の荻田善彦さん(71)のもとに区内の住民から古いトランクが持ち込まれた。

 開けて驚いた。中身は計97人分、130通の預金通帳だった。裏表紙に「銃後を守る日本婦人重い務めも笑顔でになふ」などとある。

 積立額は43年3月まで月50銭、43年度は月1円、44年度月2円、45年度月4円となっている。事実上の強制預金。40年ごろは天丼1杯50銭、とんかつ30銭というから、庶民には軽くない負担だ。

 この預金は町内会や職域で組織された「国民貯蓄組合」の一つ、官製組織の大日本婦人会福島市部の班会が取りまとめた。

 トランクには、軍用機を国に献納した寄付金の受領書なども入っており、預金以外にも金をとられたことが分かる。

 預金の目標額や使途は国が決めた。

 生産設備拡充資金にも使われたが、8割近くが国債買い入れに回されたとみられる。

 そして敗戦。

 国は信用を失う一方、生活必需品などの物資が不足する。日中戦争前の卸売価格と49年の水準を比較すると約220倍、45年と比べても約70倍というハイパーインフレが国民の暮らしを直撃する。

 戦中に発行された国債は紙くず同然となり、預金も預けた時の価格を大きく下回る。

 泣きっ面に蜂どころではない。

 荻田さんは「極めて過大な金銭的負担を課した上、無駄になってしまう・・・。 お国にあきれるばかりです。こうしてトランクが残ったのは、預けた人の無念を引き継いだからだと思います。」と話していた。

 戦争末期、政府債務は名目GUP費で200%を超えた。しかし、敗戦という出口で、国の借金はハイパーインフレが解消した。 その陰で命の次に大切なものを失った国民の悲惨があった。

 2018年度の債務は名目国内総生産比222%とはるかに悪化している。

 さて、アベノミクスの出口で、この借金をどうするつもりか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1939(昭和14)年5月、大蔵(現財務)次官が農林次官に充てた「賞与ヲ国債ヲ以テ支給スルノ件」という文書」があるとのこと、

 その文書によると「「国債若シクハ貯蓄再建債券ヲ支給シ又ハ購入セシムベキ金額ハ左記ノ基準ニ依ルコト」とし、賞与などが「100円以下ノモノ」は10%以上、500以下で20%以上、5000円超で45%以上、などとされている」とのこと、

 「国債賞与は前年冬にも実施された」とのこと、

 「会社などに最低1人の実行委員を置き、支給を促進させるようねじを巻いている」とのこと、

 「39年冬から常勤者10人以上の工場に対し、警視庁に報告書を提出させることになったと朝日は報じた」とのこと、

 「戦争勃発で設けられた戦費をまかなう臨時軍事費特別会計は次々と増額された。46年2月の会計終結までに1553億9千万円が支出された。当時の国民総生産(GUP)の倍、現在価値でざっと50兆円に相当する。日清戦争の776倍、日露戦争の108倍。財源の約9割が国債や借入金だ」とのこと、

 「国民からの資金吸い上げは国債にとどまらない。毎月の積立預金でも行われた」とのこと、

 「積立額は43年3月まで月50銭、43年度月1円、44年度月2円、45年度月4円なっている。事実上の強制預金。」とのこと、

 「40年ごろは天丼一杯50銭、とんかつ30銭という」とのこと、

 「預金の目標額や使途は国が決めた。生産設備拡充資金にも使われたが、8割近くは国債買い入れに使われた」とのこと、

 「そして敗戦。国は信用を失う一方、生活必需品などの物資が不足する。 日中戦争前の卸売物価と49年の水準を比較すると、約220倍、45年と比べても70倍というハイパーインフレが国民の暮らしを直撃する」とのこと、

 「戦中に発行された国債は紙くず同然となり、預金の預けた時の価値を大きく下回る」とのこと、

 「戦争末期、政府債務残高は名目GNP比で200%を超えた。しかし敗戦という出口で、国の借金はハイパーインフレが解消した」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 筆者は「2018年度の債務は名目国内総生産比222%とはるかに悪化している。さてアベノミクスの出口で、この借金どうするつもりか」と指摘した。昔ならった、財政学では財政インフレが起きて当然の状態だと思うが?デフレ脱却だという?

 戦後のハイパーインフレのキッカケは生産設備の破壊による極端なモノ不足だったのではないか。いま、日本でモノ不足でインフレが起こる状況ではない。アベノミクスの出口に待っているのは、どんな景色なのだろう?年寄りには、ぬるま湯の現在が一日も長く続くことを、祈りたい。

 

 


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# by sasakitosio | 2018-09-21 15:57 | 朝日新聞を読んで | Trackback

9月20日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、日本総研上席主任研究員・河村小百合氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「欧州中央銀行(ECB)は欧州連合(EU)の中央銀行。共通通貨ユーロを採用する19カ国もの金融政策をつかさどる。

 先週木曜日の政策委員会でECBは金融政策の現状維持を決めた。これをどう決めたのか?

 19カ国で多数決?実は今回、独連銀のワイトマン総裁は投票していない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ユーロは1999年の11カ国でスタート。当初は一人一票の単純な多数決方式だったが、参加国が19となった2015年からは、現在のローテーション方式を開始した。

 ドラギ総裁ほかECB役員は毎回投票。

 参加国は現在、経済規模等に応じて二分。独を含む上位5カ国は5カ月に一回投票権なし、下位の国々は一年のうち3か月は投票権なし、で回す。経済規模がさまざまな参加国が増える中で、多様な見方を公平・平等に繁栄するにはと彼らが考え抜いた一つの答えだろう。」と教えてくれる。

最後に筆者は、「当初は独国内から域内最大の経済大国なのにと不満も。だがドイツ当局は投票できない月も発言でき意思決定には十分参加可能とたしなめた。

 マイナス金利を先行させ資産買入れを組み合わせたECBの金融政策運営は、実は日銀とは似て非なる、先行きのリスク等まで実に精緻に計算し尽くされ打枠組みだ。

 その背景には、特定の見方や考え方に決して偏らず、多様な見方を公平、平等に反映できる意思決定の枠組みがある。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「欧州中央銀行(ECB)は、欧州連合(EU)の中央銀行。共通通貨ユーロを採用する19カ国もの金融政策をつかさどる」とのこと、

 「先週木曜日の政策委員会でECBは金融政策の現状維持を決めた」とのこと、 

「実は今回、独連銀のワイトマン総裁は投票していない」とのこと、

 「ユーロは1999年に11カ国でスタート。当初は一人一票の単純な多数決方式だったが、参加国が19となった2015年から、現在のローテーション方式を開始した」とのこと、

 経済規模等がさまざまな参加国が増える中で、多様な見方を公平・平等に反映するためにはと彼らが考え出した一つの答えだろう」とのこと、

 「当初は独国内から域内最大の経済大国なのにと不満も」とのこと、 

 等々を知ることが出来た。このローテーション方式は、世界連邦を作る時にも、現在の国連改革にも参考になりそうだ、と思った。

 また筆者は、「マイナス金利を先行させた資産買入れを組み合わせたECBの金政策運営は、実は日銀とは似て非なる、先行きのリスク等まで実に精緻に計算し尽くされた枠組みだ」と教えてくれる。この点は初めて知った。
 今後、是非この欄で、ECBの「先行きリスク等まで精緻に計算し尽くされた枠組み」を、教えていただきたい、と思った。日本政府・日銀の出口戦略発動の時に、経済的被害を最小限にするための対策づくりの参考にしたい。


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# by sasakitosio | 2018-09-21 06:20 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月19日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「1997年、20歳だった安室奈美恵さんが突然の「でき婚」を発表した際、新聞の投書欄(当時ネットは発達していなかった)を舞台にちょっとした論争が起きた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「まず少子化の歯止めに期待」という声が上がった。若い女性が結婚や出産を嫌う今日、安室さんを通して彼女たちが子育ての魅力に気づいてくれれば、というものだった。仕事もいいが子育てもステキだよと。

 これに対して「仕事と育児の両立を」という反論が出た。安室さんには出産後、ぜひとも仕事に復帰してほしい。その姿がアムラー世代に希望を与え、出生率の向上にもつながるはずだと。

 今思えばどっちも勝手な言い分だけど、当時から生き方のモデルとして彼女がいかに期待されていたかだろう。」と指摘した。

 最後に筆者は、「70年代のアイドル山口百恵さんは結婚を機に引退した。80年代、均等法世代のアイドル松田聖子さんは世間との軋轢を踏み越えて今も現役だ。安室さんはどちらでもなく40歳で引退という道を選んだ。

 「なぜ辞めるの?」と残念がる中高年は多い。私も一瞬そう思ったが、それは同じ仕事を一生続けなきゃダメという終身雇用制の時代の発想なのよねぇ。

 退職、転職、起業、移住、あるいは職場復帰など、アラフォーで新しい人生に踏み出す人は少なくない。

 あなたの周りもそうじゃないですか?」として締めくくった。

 読んでためになった。

 「1997年、20歳だった安室奈美恵さんが突然の「できちゃった婚」を発表した」とのこと、

 「「少子化の歯止めに期待」という声が上がった。」とのこと、

 「これに対して「仕事と育児の両立を」という反論が出た」とのこと、

 「安室さんには出産後、ぜひとも仕事に復帰してほしい。その姿がアムラー世代に希望を与え、出生率の向上にもつながるはずだ」とのこと、

 「安室さんはどちらでもなく40歳で引退という道を選んだ」とのこと、等等を知ることが出来た。

 筆者は「「なぜやめるの?」と残念がる中高年は多い」と指摘、

 「退職、転職、起業、移住、あるいは職場復帰など、アラフォーは新しい人生を踏み出す人は少なくない」との指摘、等との指摘はよく理解できた。

 私は自由業なので、死ぬまで現役を願って、毎朝の手賀沼散歩で体のリハビリを、仕事に関する法律の勉強会への出席で頭のリハビリを、修羅場塾での講談の勉強と発表会で心のリハビリをこころがけている。

 また、年末年始の外国一人旅は、体と頭と心との三つのリハビリになっている、と思っている。

 目標は、日日、今のままで100までだ!

 



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# by sasakitosio | 2018-09-20 05:53 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月18日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「内橋克人、大江健三郎、落合恵子、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴さんらとはじめた「さよなら原発」運動は、7年たったいま、会場に脱原発を訴えてTシャツやDVDを販売するブースが20軒ほど立ち並ぶようになってにぎやかだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「17日、代々木公園で行われた大集会では、青森県の下北半島の先端、大間原発建設に反対して土地を売らなかった熊谷あさ子さんの長女の厚子さん、奈々さん親子も、昆布やわかめ、ひじきなど津軽海峡の海の幸を携えいつものように、元気な笑顔を見せた。

 大間は本マグロで有名だ。

 国際海峡であって海外の船が自由に往来する、その鼻先に最も危険なプルト二ウムを燃料にするフルMOX原発を作るなど国際問題だ。

 集会では40年過ぎた東海原発再稼働批判や福島事故避難者の生活困難などの報告があった。」と教えてくれた。

 最後に筆者は、「私たちが若い時代に原発稼働は30年といわれていた。東海第二原発は11月で40年。それなのにあと20年もやるという。首都圏にある最も危険なポンコツ原発だ。

 それを許してきたのは私たちの力不足だ。

 下北半島は東海村に次ぐ核センターをうたっていたが原子力船「むつ」は廃船、六ケ所村の再処理工場は死に体。

 東通村の東電・東北電力原発は見通し困難。

 たそがれの原子力行政。

 カネとメンツだけの延命策はやめろ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「さよなら原発」運動は、7年たった」とのこと、

 「17日に代々木公園で大集会があった」とのこと、 

 「集会には40年を過ぎた東海原発再稼働批判やフクシマ事故避難者の生活困難などの報告があった」とのこと、

 等々を知ることだできた。

 第一回目の代々木公園の集会に参加して、人の多さに驚いたことを思い出す。

 大会の参加者も主催者もご苦労様でした。

 わたしも、地域での活動を続けていくつもりです。

 日本国民が、原発事故の恐怖から、戦争や飢餓の恐怖から、解放されるために、脱原発・再生エネルぎー革命実現に向けて、戦争をなくすることを目指して、生きてる限り努力をし続けたいと、思っている。


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# by sasakitosio | 2018-09-19 05:58 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月17日付東京新聞朝刊21面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は看護師・宮古あずさ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「吉祥寺のココマルシアターで「獄友」(金聖雄監督)を見てきた。冤罪をテーマとしたドキュメンタリー映画。軸になるのは、同じ体験をした者同士の友情である。

 石川一雄さん(狭山事件)、袴田巌さん(袴田事件)、桜井昇司さんと故杉山卓男さん(布川事件)、菅谷利和さん(足利事件)の獄中生活は、合計155年に及ぶ。

 無実の罪で人生の大半を獄中で過ごす不運を、5人はどう受け止めたのか。それぞれの物語が繊細に描かれている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「金監督には、冤罪事件の他、在日韓国人・朝鮮人一世の女性の暮らしや、知的障害者のミュージカルなどを題材とした作品もある。後者の作品には、ダウン症者である夫の弟が出演している。そんなご縁から、誠実な作品作りについては、夫の家族から聞いてきた。

 私が「獄友」に共感したのは、選ぶ余地なく与えられた状況を、自らが選んだこのように、<明るく>生きる人の姿であった。民族や性別、障害の有無。これもまた選びようがない。」と指摘した。

 最後に筆者は、「もちろん冤罪はあってはならないし、明るくあれと人から求められるいわれもない。

 しかし、人生のすべてを選べるわけではない以上、本意でない状況は起こりうる。

 その時私たちはどのように生きていけば良いのだろう。

 金監督が描く、<明るさ>はその実存的な問いへのヒントになるはずだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「吉祥寺のココマルシアターで「獄友」(金聖雄監督)を見てきた」とのこと、

 「冤罪をテーマとしたドキュメンタリー映画。」とのこと、

 「私(筆者)が「獄友」に共感したのは、選ぶ余地のなく与えられた状況を、自らが選んだかのように、<明るく>生きる人の姿であった」とのこと、等等を知ることが出来た。

 筆者のこのコラムで、「冤罪」を取り巻く情況の中で、被害者の心の持ちようを、改めて教えてもらった、気がした。 
 それはまさに悟りの境地ではないかと思った。
 そういう人たちであるからこそ、5人で155年もの獄中生活を生き、冤罪を証明できたのかもしれない、とも思った。

 筆者は「人生のすべてを選べるわけではない以上、本意でない状況は起こりうる。その時私たちはどのように生きていけば良いのだろう」と提起する。

 過日、ブッタガヤ一人旅をしてきた。お釈迦様が悟りを開いたという街だ。涸れ川の大河を何回も往復し、時空を超えてお釈迦様の歩いた道を交差してみた。そして、気づいたことは、己をむなしゅうすること、俺が俺がの我をすててみると、自分の回りのすべての存在に「感謝」の気持ちがわいてきた。日本に帰ってきて、その気持ちをもつと、毎日が<明るく>過ごせるようになったような、気がしている。


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# by sasakitosio | 2018-09-18 06:07 | 東京新聞を読んで | Trackback
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# by sasakitosio | 2018-09-17 11:01 | 手賀沼を楽しむ | Trackback