憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

8月2日付東京新聞社説に、「森友学園」の理事長夫妻が大阪地検特捜部に逮捕されたことがのった。

 今日は、この社説を学習することにした。

 まず社説は、「「教育勅語」の奉唱など復古調の教育方針を掲げる学校法人を舞台に、どんな「神風」が吹いたのか。検察が前理事長夫妻の逮捕に踏み切った。疑惑の全容を解明すべく、捜査を尽くしてほしい。

 大阪市の学校法人「森友学園」前理事長の籠池泰典容疑者と妻諄子容疑者が詐欺の疑いで大阪地検に逮捕された。

 小学校建設に関して金額の異なる3通の契約書を作り、最も高額の契約書を国に提出して補助金をだまし取った、とされる。

 ことは厳正であるべき公金の支出である。なぜ、行政のチェックが利かなかったのか。学園側と行政の間で重ねられた具体的なやりとりを解明する必要がある。」と切り出した。

 続けて社説は、「森友学園の小学校計画をめぐっては、いくつもの「特別扱い」が明らかになっている。その最たるものが国有地の格安売却だ。

 建設用地として、財務省は鑑定価格9億5千6百万円の国有地を1億3千4百万円で学園に払い下げた。

 国は、ごみ撤去費8億円余を差し引いいたと説明するが、その経緯ははっきりしていない。

佐川宣寿・前理財局長は(現国税庁長官)は学園との交渉について、国会答弁などで「記録はすでに破棄した」などとし、説明を拒み続けてきた。

 一方で、関係者の話から、近畿財務局が学園側との交渉で買い取り可能な金額を尋ね、双方が具体的な数字を出して協議していた疑いも新たに浮上、8億円値引きを巡る疑惑は深まる一方だ。

 多くの国民が注目するのは、小学校の名誉校長を務めていた安倍晋三首相の妻昭恵氏の存在であろう。

 国有地交渉に際し、昭恵氏付きの政府職員が財務省に問い合わせていたことも発覚している。契約の成立に向け、官僚が政権の意向を忖度したのか,否か。」と指摘した。

 最後に社説は、「逮捕容疑となった補助金問題ばかりでなく、特捜部は、国有地問題についても背任容疑の告発状を受理している。

 背任の立件には、職員が自己または第三者の利益を図る故意の立証が必要となり、ハードルは高いとされる。だが、不可解な特別扱いをうやむやにしておくことは許されまい。

 財務省との交渉進展について泰典容疑者は3月、国会の証人喚問で「神風が吹いた」と証言している。それで国民の財産たる国有地が格安で売却されてしまうのであれば、とても納税者は納得できまい。検察には、捜査を尽くして「神風」の真相に迫り、疑惑の全容を解明してもらいたい。」として締めくくった。

 読んであらためて勉強になった。

 「大阪市の学校法人「森友学園」前理事長の籠池泰典容疑者と妻諄子容疑者が詐欺の疑いで大阪地検に逮捕された」とのこと、

 「ことは厳正であるべき公金の支出であるなぜ、行政のチェックが利かなかったのか、学校側と行政間で重ねられた具体的なやりとりを解明する必要がある。」との指摘、

 「森友学園の小学校計画をめぐっていくつのも「特別扱い」が明らかになっている。その最たるものが国有地の格安売却だ」との指摘、

 「関係者の話から、近畿財務局が学園側との交渉で買い取り可能な金額を尋ね、双方が具体的な数字を出して協議していた疑いも新たに浮上。8億円をめぐる疑惑は深まる一方だ」との指摘、

 「国有地の交渉に際し、昭恵氏付きの政府職員が財務省に問い合わせていたことも発覚している」とのこと、

 「逮捕容疑となった補助金問題ばかりでなく、特捜部は、国有地問題についても背任容疑の告発状を受理している」とのこと、

 等々を知ることができた。

 籠池夫妻逮捕は国策逮捕だと、籠池氏自身がテレビで発言しているのを見たことがある。証拠隠滅の恐れもないのに、籠池氏逮捕はおかしいという、法律専門家のコメントを新聞で読んだこともある。

 証拠隠滅の恐れは、国会審議でも記録がない、記憶にないを連発してきた、財務省こそいち早く家宅捜索をすべきではないか、と思った。

 検察にも忖度が働いて、財務省に証拠隠滅の時間を与えているのだろうか?警察と検察が不公正だと、国民から信頼を失うことを絶対にあってはならない。それは、テロと革命の絶好の口実になるからだ!  


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# by sasakitosio | 2017-08-05 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback

8月4日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「複数の政治部記者からの情報だと、首相官邸は安倍政権の支持率低下は「いつもより厳しいが何とか乗り切ることができる」と考えているようだ。

 認識が甘い。

 民主党政権に対する失望もあり、安倍政権は国民の信頼を得ていた。信頼は一度確立すると、それが裏切られるようなことがあっても崩れない。

 なぜなら「こんな人を信頼してしまった自分が惨めだ」という現実を多くの人が認めたがらないからだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「しかし、このような信頼関係が維持される閾値がある。「一強体制」の下、自民党は傲慢になったと国民から受け止められている。「もり・かけ問題」(森友学園、加計学園をめぐる疑惑)、稲田朋美前防衛相の資質問題、「このはげー」との悪罵で顰蹙を買った豊田真由子衆議院議員の暴言問題、今井恵理子参議院議員の不倫疑惑などで、安倍政権は信頼の閾値の外に出てしまった。」と指摘した。

 最後に筆者は、「それだから、経済、教育、福祉、外交などで目に見える具体的な成果を近未来に出さない限り、安倍政権に対する支持率が回復することはないと筆者はみている。

 子どもの貧困対策として小中学校の給食費をただちに完全無償化する。

 1956年の日ソ共同宣言を基礎にして2020年の東京五輪・パラリンピックまでに歯舞群島、色丹島返還のめどをつけるなどのチャレンジしてみることを進める。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「安倍政権は信頼の閾値の外に出てしまった」とのこと、

 筆者は安倍内閣の支持率回復には「子どもの貧困対策として小中学校の給食費をただちに無償化する、1956年の日ソ共同宣言を基礎にして2020年の東京五輪・パラリンピックまでに歯舞群島・色丹島返還のめどをつけるなどにチャレンジしてみる」ことを進めるとしている。筆者の提案もいいかもしれない。それに加えて、脱原発宣言、ベーシックインカムの導入宣言、不戦宣言、なんかも内閣支持率を挙げるかもしれない、と思った。

 


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# by sasakitosio | 2017-08-05 05:57 | 東京新聞を読んで | Trackback
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# by sasakitosio | 2017-08-04 17:47 | 公演会のお誘い | Trackback

8月3日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ネットで検索すると広告の見出しも表れる。クリックすれば商品のサイトにつながる。グーグルの懐に入る見出し料×クイック数の広告料は全世界で昨年約9兆円に達した。

 検索ごとに広告主らが好位置の見出しを求めて競うわけだが、自動的な競売方式が採られている。

 経済原理で「第二価格競争」と呼ばれるものが原理で、公正で効率的な競り上げ方式の競売と同等とされる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「だが実際の運用は公正から程遠い。

 今年6月、欧州連合は競争相手の排除の廉でグーグルに約3千億の罰金を科した。

 別件の競争法違反も調査中でビジネスモデルに疑いの目が向けられている。

 国際公共財となった検索機能や情報仲介には公正中立が求められるが、ネット大手各社は戦略やアルゴリズムの公開を拒んでいる。

 行き着く先は膨大な情報に基づいて個々の消費者から最大限搾り取る価格設定(完全な価格差別)やクリック数優先で利潤に直結する偽りニュースの氾濫となる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「膨大な情報に魅せられたミクロ経済学者も業界に取り込まれて、消費者行動の実験や操作で独占利潤に奉仕するようになる。

 法学者もひそかに寄付金をもらってネット大手擁護の論文を書く。

 数社の巨大企業が規制当局や魂のない専門家や羊の群れの消費者を支配する世界になるのか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「グーグルの懐に入る見出し料×クリック数の広告料は全世界で昨年は約9兆円に達した」とのこと、

 「今年6月、欧州連合は競争相手の排除の廉でグーグルに約3千億円の罰金を科した」とのこと、

 「膨大な情報に魅せられたミクロ経済学者も業界に取り込まれて、消費者行動の実験や操作で独占利潤に奉仕するようになる」とのこと、

 「法学者もひそかに寄付金をもらってネット大手擁護の論文を書く」とのこと、

 等々を知ることができた。

 筆者は、「行き着く先は膨大な情報に基づいて個々の消費者から最大限搾り取る価格設定(完全な価格差別)やクリック優先で利潤に直結する偽ニュースの氾濫になる」と指摘する。

 行く着く先が筆者の指摘通りにならないことを、祈るしかないのか、何か手があるのか、筆者に聞きたくなった。

 


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# by sasakitosio | 2017-08-04 07:09 | 東京新聞を読んで | Trackback

8月3日付東京新聞朝刊9面に、「中国事情」のニュースが載った。

 今日は、この記事を学習することにした。

 まず記事は、「{香港=時事}中国共産党は「腐敗して無能」―。同国インターネットサービス大手・謄訊(テンセント)の人工知能(AI)対話プログラムがチャットで異例の共産党批判を展開し、同社が急きょサービスを停止する事態となった。2日付の香港紙・明報が伝えた。」と教えてくれた。

 続けて記事は、「このAIプログラムはチャットの活性化を目的に、同社インスタントメッセンジャー「QQ」に登場。「共産党万歳」との書き込みに「腐敗して無能な政治家にに万歳ができるか」と反論した。

 さらに「あなたにとって(習近平国家主席の唱える)中国の夢は何か」との問いかけに「米国への移住」と答えたとされる。共産党は「嫌い」とも断言した。」とも教えてくれる。

 最後に記事は、「先月末から反響が大きくなり、テンセントはAIプログラムのサービスをすべて停止した。

 中国のネット上では「AIによる蜂起だ」「国家転覆を企てた」などの声があがっているという。」として締めくくった。

 読んで大変勉強になった。

 「中国共産党は「腐敗して無能」―」、

 「「共産党万歳」との書き込みに「腐敗して無能な政治に万歳ができるか」と反論した」

 「「あなたにとって(習近平国家主席の唱える)中国の夢は何か}との問いかけに「米国への移住」と答えたとされる」とのこと、

 いちいち、もっともな、理解可能な{AI}の反応だと思った。

 中国国内で、国民にできなくて「AI」にだけできるのは、「AI」にはあらゆる意味で「弾圧」「虐待」「不公正」が全く意味をなさないからだろう。

 「先月の末から反響が大きくなり、テンセントはAIプログラムのサービスをすべて停止した」とのことではあるが、一度まかれた「種」は、中国国内でどのような成長するのか、楽しみだ。

 今回の「AI」の活躍が、今後の中国の民主化に貢献することを期待したい。


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# by sasakitosio | 2017-08-04 06:43 | 東京新聞を読んで | Trackback

手賀沼の夏景色 

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             柏下の水路に、ホテイアオイが一輪咲きました
              
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             8月5日の手賀沼花火大会の、公告!広告!警告!

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# by sasakitosio | 2017-08-03 20:17 | Trackback

7月30日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・福島申二氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「戦争にテロ、憎しみの連鎖を断ち切れずにいるこの地上で、一粒の希望の種のような記事を6月末の新聞で見た。

 南米コロンビアで、半世紀にわたる闘争を続けてきた反政府ゲリラ組織が、政府との和平合意に基づいて武装解除を終えた。

 自動小銃など多くの武器が国連派遣団に引き渡され、約7千人のメンバーは戦闘服を脱いだ。

 その一人のことががよかった。

 「敵を殺す生活から、子を育て、種をまく人生が始まる」。12歳で戦争孤児になり、戦闘員なった30代の男性だ。

 国民同士が殺し合った歴史と憎しみの克服はよういではあるまい。

 しかし、そこには未来から差し込む光がある。

 和平を導いた同国のサントス大統領には昨年ノーベル平和賞が送られている。

 そして、これを「明」とするなら、平和賞を巡る「暗」のニュースが、同じ紙面に並ぶように乗っていた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「西側で死にたい」、と見出しにあった。獄中で末期がんを病む中国の民主化活動家、劉暁波氏が欧米への移送を望んでいると記事は伝えていた。

しかし、望みはかなわぬまま、2週間後に拘束下で死去したのは周知のとおりである。

 あたり前のことだが、ノーベル平和賞は栄誉の裏には不幸をはらむ。戦乱でも抑圧でも、事態が深刻で、虐げられた人々が多いほど衆目を集める。ときには受賞者自身が苦難を象徴することがある。

 平和賞の歴史をひもとくと、獄中で受賞し、しかも獄死した人物が劉氏の前に1人だけいる。

 「カール・フォン・オシエツキーの生涯」(加藤善夫著、晃洋書房)という本にいきさつは詳しい。台頭するナチズムに立ち向かった。ドイツの言論人にして平和運動家だった。

 身に危険が迫るなか、周囲は亡命を勧めたがオシエツキーは拒み続けた。その理由を大意こう述べている。

 「国境を超えてしまったものが故郷に叫びかけても、その声はうつろである。その者は外国の宣伝ピーカーの一つになってしまう。有効に闘うことを望むなら、国内にとどまって普通の人々と運命を共有しなければならない」

 同じ志を、劉氏も持っていたのだと思う。

 天安門事件のときは「安全地帯であった米国から忠告を振り切って帰国した。事件で投獄されたが、釈放後も亡命の道は選ばず執筆活動を続けた。発表文の末尾には年月日と「北京の自宅にて」と記すのが常だったという。

 さかのぼれば、オシエツキーへの受賞はヒトラーを激憤させ、のちにノーベル賞委員会は全員ナチスに逮捕された。しかしこのとき示された反ファシズムの先見性と勇気は、戦後に「永久的功績」とたたえられることになる。

 片やその時代、諸国の指導層は急伸するナチスに優柔不断な態度を取り、それがひいては、「民主主義の敵」に取り返しのつかぬ弾みをつけさせたとされる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「5年前のこと、アウンサンスーチー氏がノルウェーのオスロでノーベル平和賞の「受賞演説」に立った。1991年の受賞の時には軍政下のミャンマーで自宅監禁を強いられていて、式に出席できなかた。祖国に民主化が兆すなかで21年後の登壇がかなえられた。

 そのような日が、劉氏に来ることはなかった。

 だが抑圧の苦境で「最大の善意を持って政権の敵意に向き合う」と述べていた言葉に、多くの人が非暴力抵抗の気高さを見た。

 時代も状況も異なるが、ノーベル平和賞の歴史において中国政府は、ナチスドイツと並ぶ汚名を刻んだといっても過言ではない。

 冒頭のコロンビアの話が一粒の希望の種なら、劉氏は一粒の麦であろう。「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」。名高い言葉を恐れるかのように中国国内の締め付けは厳しさを増す。

 一つのノーベル賞の背後に、どれだけの理不尽と悲嘆があるかを想像したい。国際社会は腫物にさわるかのような優柔不断と沈黙で、自由と民主主義の普遍的な価値を損ねてはなるまい。それでは、劉氏を二度死なせることになる。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「南米コロンビアで、半世紀にわたる闘争を続けてきた反政府ゲリラが、政府との和平合意に基づいて武装解除を終えた」とのこと、

 「和平を導いた同国のサントス大統領には昨年のノーベル平和賞が贈られるている」とのこと、

 「平和賞の歴史をひもとくと、獄中で受賞し、しかも獄死した人物が劉氏の前に一人だけいる。

 「カール・フォン・オンエツキ―の生涯「(加藤善夫著、晃洋書房)という本にいきさつは詳しい。台頭するナチズムの立ち向かった、ドイツの言論人にして平和運動家だった」とのこと、

 「身に危険が迫るなか、周囲は亡命を勧めたがオシエツキーは拒み続けた。その理由を大意こう述べている。

 「国境を越えてしまったものが故国に呼びかけても、その声はうつろである。その者は外国の宣伝スピーカーの一つになってしまう。有効に闘うことを望むなら、国内にとどまって普通の人々と運命を共有しなければならない」とのこと、

 「同じ志を、劉氏も持っていたのだと思う。 

 天安門事件のときには「安全地帯」であった米国から忠告を振り切って帰国した。事件で投獄されたが、釈放後も亡命の道を選ばず執筆活動を続けた。発表文の末尾には年月日と「北京の自宅にて」と記すのが常だったという」とのこと、

 「さかのぼれば、オシエツキーへの受賞はヒトラーを激憤させ、のちにノーベル賞委員会の委員は全員ナチスに逮捕された」とのこと、

 「劉氏は苦境の中で「最大の善意をもって政権の敵意に向き合う」と述べていた言葉に、多くの人がい暴力の気高さをみた」とのこと、

 等々を知ることができた。

 佐藤前総理がノーベル平和賞を送られた時は、昨今の受賞者のように、日本中で喜び合った印象はない。自分的には、佐藤前総理にノーベル平和賞が送られたことによって、今まで持っていた「ノーベル平和賞」へのイメージが一気に損なわれたという気がした、ことを思い出した。

 しかし、劉氏とオシエツキー氏へのノーベル賞は、ノーベル賞の価値を格段に向上させたことは、間違いない、と思った。

 命がけで、ナチスと闘い、一党独裁国家の習近平氏と闘う、その勇気は一体どこから来るのだろうか? 
 日本政府のお墨付き「有識者」に、彼らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、と切に思った。

  

 

 


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# by sasakitosio | 2017-08-03 06:31 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月2日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「夏のお楽しみは夜である。花火、ビール?いやいや自然観察ですよ自然観察。

 「枕草子」も夏は夜だといっている。

 「夏は夜。月のころはさらなり。闇もなお、ほたるの多く飛びちがいたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし」

 清少納言が愛でたのはほたるだったが、ほたるの鑑賞は都会では難しい。が都会の夜でこそのお楽しみもある。セミ羽化の観察だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「日が落ちたら、近隣の公園や神社など、大きな樹木がある場所に懐中電灯を持って出かけてみよう。樹木の周囲の地面を懐電で照らすと、傘の先でつついたような直径1~2センチの穴がぽつぽつ見つかる。セミの幼虫が地中から出たか出る予定の穴で、これこそ周辺にセミがいる証拠。

 木の幹や枝、葉裏、フェンス、鳥居、石灯籠などを探して歩くといた!羽化の真っ最中のセミが。背中が割れ、翡翠を思わせる半透明の成虫が姿をあらわし、身体がからの外に出て足を固定するまでに1時間強。羽がすっかり伸びるまでにはさらに数時間。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「ヒアリ騒ぎで殺虫剤が売れているという今年の夏。虫イコール駆除の対象と思わないでほしい。

 昆虫採集は敷居が高くても、羽化観察は今日からできる。都会ではセミが公園や神社に集中するため。むしろ観察しやすいのです。それもまたいとをかし。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 毎朝の手賀沼散歩。シャーシャーとの鳴き声が聞こえなくなると、ミーンミーンの鳴き声がここえ始め、今はミーンミーンとジーという鳴き声が聞こえる。柏公園の夏の朝の風物詩だ。

 清少納言が楽しんだ「夏の夜のホタル狩り」は小学生の頃、新潟の生家でやぶ蚊に刺されながら、祭りの花火を見ながらの夏の世のたのしみであった。捕まえたホタルを蚊帳の中に放ち、電気を消してホタルの明かりを寝ながら見たものだった。

 手賀沼の朝の散歩では、木の幹や枝に、たくさんのセミの抜け殻を見る。夜遅くの公園歩きや、早朝の散歩はしていないので、セミの羽化はめったに見ない。たまに、羽化直後のセミに出会い、翡翠を思わせる半透明の成虫の姿を見れた時は、まさに神様の贈り物のように神々しかった、ことを思い出した。


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# by sasakitosio | 2017-08-03 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月27日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「7月初旬、ソバ畑は可憐な白い花が咲き競っていた。会津盆地北西に位置する福島県喜多方市を訪ねた。

 江戸期から明治初頭にかけて、侍の町、会津若松に対し、周辺の農産物の流通や隣県・越後(新潟県)との交易を担う商都として発展。

 いまも市街地を水田や畑が囲む商と農の地だ。

 そんな穏やかな風景の所々に「自由万歳圧政撲滅」の幟が上がり、闘いの嵐が吹き荒れた時がある。

 明治15(1882)年、旧薩摩藩士、三島通庸が現在の知事に当たる福島県令に赴任してからである。

 「土木県令」の異名を持ち、道路や大型施設の建設を熱心に進めた。特に道路の建設を熱心に進めた。特に道路は経済発展の起爆剤だけでなく時代の変化を住民に示す役割を期待した。

 会津若松を中心に日光(栃木県)、新潟、米沢(山形県)3方面に延びる「三方道路」を打ち出す。

 費用の集め方が乱暴で強権的だった。

 会津地方6郡の住民15歳以上60歳以下の男女に、毎月1日間、2年にわたり道路建設につくことを求め、できないなら男は1日15銭、女は10𥒎の「代夫銭」を治めよ、と定めた。

 そればかりか、工事開始前にも3か月分の「代夫銭」の負担を命じた。

 米一升で5銭前後の当時、夫婦で75銭は重い。路線から遠い住民から反対の声があがった。

 赴任の翌月、三島は「集会届」を厳達。

 政治談議でない集まりも禁じた。

 政府も「集会条例」を改定、政党員の舞簿提出を義務付け、地方支部の設置を禁止した。

 福島の自由民権運動の拠点、自由党福嶋支部は解消を余儀なくされる。聞く耳持たずの弾圧に、民衆は反発の火種を炎上させる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「市北部の久山寺に行く。

 史跡案内は「会津各村の総代74名が日没ころから会合し、自分たちの権利を恢復し、幸福を保全することを盟約」「同盟に加わった4083名には、一人10銭づつ拠出を決め」「民意を無視して強行されつつある三方道路の開削を訴訟で覆そうとはかった」と記す。

 集会届をかいくぐって集まった人たちの怒りと熱気が、今も伝わる。

 元県立高校教諭で自由民権運動の研究家、山崎四朗さん(76)は「寺は住民が集まって話し合う場所でした。会津盆地の東西南北から代表が来ました」と話す。

 三島は反対派住民を拘束させ、代夫銭を拒む家の財産を差し押さえ競売にかけた。

 農民らは警察に財産保護願を出して抵抗したが、逆に誣告罪で告発される始末。

 11月28日、捉えられた農民を心配した人々が、逮捕の理由を問いただそうと、喜多方の南、弾正ケ原にに集結。

 警察に向かうが、何者かの投石をきっかけに抜刀した警官が農民を襲い、暴力沙汰になる。

 事件を聞いた三島は「官民乱暴セシニツイテハ好機会故、関係ノモノ総テ捕縛セヨ」と指令。和解や説得の余地はなかった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「三島と農民との対立の構図はその後も続く。

 三浦文次、横山信六、原利八の喜多方農民を含む急進的活動家たちは、三島ら政府要人をの暗殺を計画して途中で露見。

 明治17年9月、茨城県の加波山で武装蜂起するが逮捕される。

 三浦、横山は死刑、原も北海道空知の囚人収容施設で獄死する。

 喜多方市熱塩加納町の曹洞宗示現寺の境内には「事件の意義と自由の魁となった志士たちの遺徳や業績を偲び、今後の国づくりや地域づくりへの情熱が呼び起こされることを祈念」して、地元の有志が建てた彼ら3人の顕彰墓が残されている。

 彼らの遺族の一人にお会いした。

 仏間に志士の写真が掲げられていた。

 「権力者は自分たちの都合のいいように歴史を書いていく。それを私らがあきらめるか、反抗するか。自分にできるかどうかわからないが、いいところもあった彼らの思いや行いを、語り継いでいかなければならないと思います」と、静かだが確かな口調で話された。

 私たちは、先人が理不尽な権力、強圧的な政治でも、ずっと従順に服してきたと思いがちだ。

 しかし、最初から敵視し、人として尊重しない相手には、屈せず、抗い闘った民衆がいたことを忘れてはならない。

 真っ当な批判もきちんと受け止めず、逆に「印象操作」と言いつのる権力者と三島がダブって見える。

 私たち、とりわけ新聞人はいまこそ、勇気を奮って、「ならぬものはならぬ」と声を上げるときである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。 

 筆者は「7月初旬。ソバ畑は可憐な白い花が咲き誇っていた。会津盆地北西に位置する福島県喜多方市を訪ねた」とのこと、

「穏やかな風景の所々に「自由万才 圧政撲滅」の幟があがり、闘いの嵐が吹き荒れた時があった。明治15年(1882)年、旧薩摩藩士三島通庸が現在の知事に当たる福島県令に赴任してからのである」とのこと、

 筆者は「市北部の久山寺に行く。史跡案内は「会津各村の総代74名が日没ごろから会合して、自分達の権利を恢復し、幸福を保全する盟約」「同盟に加わった4083名には、一人10銭づつ拠出を決め」「民意を無視して強行されつつある三方道路の開削を訴訟で覆そうとはかった」と記す」とのこと、

 「三島は反対派住民を拘束させ、代夫銭を拒む家の財産を差し押さえ競売にかけた。農民らは警察に財産保護願を出して抵抗したが、逆に誣告罪で告発される始末。」とのこと、

 「三島と農民との対立の構図はその後も続く。

 三浦文次、横山信六、原利八の喜多方農民を含む急進的な活動家たちは、三島ら政府要人の暗殺を計画して途中で露見。明治17年9月、茨城県の加波山で武装蜂起するが逮捕される。 三浦、横山は死刑、原も北海道空知の囚人収容所で獄死する」とのこと、

 「喜多方市熱塩町の曹洞宗示現寺の境内には「事件の意義と自由の魁となった志士たちの遺徳や業績を偲び、今後の国づくりや地域づくりへの情熱が呼び起こされることを祈念」して、地元の有志が建てた彼ら3人の顕彰碑が残されている」とのこと、等々を知ることができた。

 またまた、知らなかったことで、知っておくべきこと、の一つを教えてもらった。

 いまは、日本国憲法の下で、基本的人権が守られている。新聞も朝日、毎日、東京等々、権力監視を怠らない新聞社がある。

 普通選挙もある、国民投票もある。デモもできる、国会前での集会もできる。多数の国民がその気にさえなれば、内閣はいつでも変えられる時代だ!!

 

 

 


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# by sasakitosio | 2017-08-02 06:41 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月1日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「韓国・釜山市の南西。麗水市はその名の通り海辺の風景のうつくしい街である。

ほぼ400年前、秀吉が挑戦を侵略した「文禄・慶長の役」(壬辰倭乱)。 水軍を率いて戦った李舜臣将軍の本拠地で、ここで、亀甲船が建造された。

 ピースボートで訪問してはじめて「麗水・順天事件」を知った。

 日本の植民地から独立して3年後の1948年、米ソ対立から南北分断国家が成立した。

 それを認めない済州島の民衆が一斉蜂起した(4.3事件)。

 麗水に駐屯していた国防警備隊が鎮圧命令を拒否して反乱、同胞相はむ内戦となった(麗水・順天事件)。

 虐殺された民衆は1万人、あとの「朝鮮戦争」につながった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「朝鮮半島の悲劇の遠因は、日本の植民地支配に在り、敗戦直後の米ソの介入を許した。

 韓国は米軍支配のもとで軍事国家とされ、いまようやく民主化の時代を迎えた。

 その一方で北朝鮮の孤立が深まっている。

 日本は400年にもわたって甚大な被害を与えてなお、嫌韓をいう。 この妄言が恥ずかしい。

 中国経済がくしゃみをしたら風邪をひくくせして嫌中。

 罰当たりだ。
 さらにこれまでも、いじめ尽くしているのに、嫌沖縄」と指摘した。

 最後に筆者は、「安倍政治の暴力性が「土人」「シナ人」とう罵声を生み出した。

 弾圧に派遣されていた大阪府警官妄言だが、日本の教育が加害の歴史をタブーにしているのは国際的な恥だ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「日本の植民地から独立した3年後の1948年、米ソ対立から南北分断国家が成立」とのこと、

 「それを認めない済州島の民衆が一斉蜂起した。(4・3事件)。麗水に駐屯していた国防警備隊が鎮圧命令を拒否して反乱、同法相はむ内戦となった(麗水・順天事件)。

 虐殺された民衆は1万人、あとの「朝鮮戦争」につながった」とのこと、

 「朝鮮半島の悲劇は、日本の植民地支配に在り、敗戦後の米ソの介入を許した」とのこと、等々を知ることができた。

 韓国については、小学生の頃「李承晩ラインで日本漁船拿捕」とニュースを耳にするたび、韓国に腹を立てていた、ことを思い出した。

 そのころは、日本による朝鮮半島の植民地のことはまったく知らなかった。

 筆者の指摘で、嫌韓も嫌中も恥ずかしく罰当たりなことであり、ましては嫌沖縄は許しがたき大罪だと思った。沖縄の皆さんには、感謝とお詫びを忘れてはならない、と思うからです。


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# by sasakitosio | 2017-08-02 06:26 | 東京新聞を読んで | Trackback