憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

6月13日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「この時期、一カ月ほど日本を留守にしてしまって気おくれしている。 

 帰ってきて、安倍政権が見境なく民主主義の衣装を脱ぎすて、ますます破れかぶれの醜態がよく見え、戦争前夜のようだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「4月末、東京の地下鉄が北朝鮮ミサイル実験に呼応して運行停止した。

 その過剰反応がわざとらしく嫌な感じだった。

 戦争を受け入れる訓練の始まりだったが、ついに防空演習もはじまった。

 サイレンの音を合図に机の下にもぐったり、手で頭を押さえて床にしゃがみ込んだり。

 40年ほど前、アメリカのニュース映画で、核爆弾に備えるアメリカの子どもたちの同じ姿を見たことがある。核爆弾に無知だった。

 安倍政権は米軍や自衛隊のある地域で、北朝鮮の恐怖を子供たちに染み込ませている。

 戦時中の竹やり、防空頭巾、バケツリレーで爆弾を防げと言ったナンセンス。」と指摘した。

 最後に筆者は、「原爆立地点に一台ずつ「地対空ミサイル」を配備しなくてはならない。

 原発のほうがはるかに無防備では危ないからだ。列島中に原発を配置し、大事故で膨大な避難民を路頭に迷わせた責任も取らずに、今度は防空演習か。

 戦争をしない、させない努力が必要なのだ。

 国民をミサイルやテロの恐怖で意識を支配。

 政府批判者は盗聴、尾行、盗撮。

 さらに御用新聞を使っての攻撃。

 平成の暗黒政治は終わりにさせよう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「40年ほど前、アメリカのニュース映画で、核爆弾に備えるアメリカの子供たちの姿を見たことがある。核爆弾に無知だったのだ」との指摘、

「安倍政権は米軍や自衛隊の基地のある地域で、北朝鮮の恐怖を子供たちに染み込ませている。」との指摘、

「大事故で膨大な避難民を路頭に迷わせた責任もとらずに、こんどは防空演習か。」との指摘、等々はよく理解できた。

 そして、「戦争しない、させない努力が必要なのだ」との筆者の意見は、その通りだ、と思った。

 政府は世界から「戦争を根絶」するための努力をし、マスメデイアは「戦争を根絶」を励ます「記事」を世の中にだせないものか。

 それにつけても、平成の「暗黒政治・安倍内閣」は一日も早く退場してほしいのだが、政権の内外から「とってくれべい」の意欲の影も見えないのが、情けない。

 日本の有識者はグローバルな変革の思想を創出し、国民は東京新聞を読んで学習を深め、あいまって一日も早く「平成の暗黒政治」を幕にしたいものだ、と思った。


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# by sasakitosio | 2017-06-14 06:36 | 東京新聞を読んで | Trackback

6月11日付東京新聞朝刊5面に、社説で「豊島事件」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「100万トン近くのごみはすべて島外に運ばれて、最悪の不法投棄事件もようやく一区切り、循環型社会をめざす転換点になったとされる豊島は何を残したか。

 瀬戸内海に浮かぶ島の西端、現場に至るさび付いた鉄の扉は開いたままで、通行を遮る人の姿もありません。役目を終えた中間保管・梱包施設の二階から見渡すと、史上最大と言われた産業廃棄物不法投棄事件の跡は、14年の歳月をかけて掘り返された大小の穴がつらなる異形の荒野、巨大遺跡の発掘現場のようでした=写真。

 91万2千トン。

 60万トンの見積もりをはるかに超える産廃が専用フェリーで島外へ搬出された。

 しかし、「地下水の浄化だけでも、さらに10年以上はかかると言われています」と、廃棄物対策豊島住民会議役員の石井亨さん(57)は唇をかみしめます。
 悪質な業者によって1983年ごろから違法に島に持ち込まれた産廃の7割はシュレッダーダスト、自動車の破砕くずでした。

 そのほかに工場の排水処理施設から出たスラッジ(汚泥)や、えたいのしれない液体を詰めたドラム缶などが持ち込まれ、まぜこぜにされてその場で燃やされた。

 染み出した鉛や猛毒のダイオキシンが、真っ黒にうねって瀬戸内海に流れだし、島民の心と体をさいなんだ。

 産廃処理の許可を与えた地元香川県はどういうわけか、業者の方を守る姿勢を改めず、反対する島民を「住民エゴ」と決めつけた。

 来島した当時の知事が「豊島には緑があるし、海はきれいで空気はうまいが、住民の心は灰色だ」とまで言い切った。」と切り出した。

 続けて社説は、「90年、なぜか兵庫県警が業者を突如摘発し、事態は一挙急展開、国の公害調停を経て、香川県は行政の責任と非を認め、2003年、県による、恐らく世界初といういう大規模なごみの溶融処理が三菱マテリアルの精錬所を擁する隣の直島で始まった。

 豊島住民が自ら決めた「全量無害化、再利用」という大方針に基づいて。

 公害調停史上例のない、住民側完全勝利。

 「この時代のことは、この時代で片づける。次の世代に負の遺産を背負わせないーー。そう決めて実践したのが、豊島の誇り」と、石井さんは考えます。

 改めて聞いてみました。

 「豊島事件が残したものって、何でしょう」

 石井さん「何事も、”自分事“としてとらえる心、でしょうか」と即座に答えてくれました。」と教えてくれる。

 さらにつづけて社説は、「離島豊島は文字通りの孤島、孤立の島でした。いくら“お願い”を重ねても、県はもちろん、県警も県議会も、行政監察局も一向に動いてくれません。

 “ひとごと”でした。

 そこで石井さんたちは、島民との「百か所座談会」を本土で開催し、香川県民に直接訴える作戦を立てました。

 島内を10の地域に分けて、まずは事前の勉強会。供述調書や鑑定書の原本を取り寄せて読み合わせを進めるうちに、一人一人が事件の本質を理解して、自分自身の言葉でそれを語れるようになたのです。

 「行政の誤りを正すことができるのは、主権者であるあなたです。放っておけば過ちはまた繰り返される。私“の問題でもあるのですー」

 受け売りではない真実の言葉の力が無関心な鎧を打ち砕き、やがて大きなうねりとなって、県や国の行政を動かした。

 計137回の座談会。豊島住民の戦いは、美しい島の自然と暮らしをよみがえらせるだけでなく、その本質は住民自身が依存に殻を打ち破り、自治を打ち立て、自立を取り戻すことにありました。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「今豊島には、産業が島外へ出ると入れ替わるようにして、島外の資本と観光客が押し寄せてきています。

 おしゃれな美術館やギャラリーが島中に点在し、「ごみの島」から「アートの島」へ、生まれ変わろうとしています。

 流れに乗って豊島事件を風化させてもいいものか、島の自立や持続可能性はたもてるのかー。

 石井さんは、島内100か所座談会を再現し、800人の島民すべてに会って、たずねてみたいと思っています。

 豊島の今は、あなたのまちの今でもあるようです。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「「豊島事件が残したものってなんでしょう」の問いに、石井さんは「何事も“自分事”にしてとらえる心、でしょうか」と即座に答えた」とのこと、

 「その本質は住民自身が依存の殻を打ち破り、自治を打ち立て、自立を取り戻すことにありました」とのこと、

 等々を知ることができた。この豊島事件は運動の方法や方針の面で、今日の平和運動する人たちにとって、大きな教訓になると思った。

 とりわけ、SNSの普及した今日、「行政の誤りを正すことができるのは、主権者であるあなたです。放っておけば過ちはまた繰り返される。

 私“の問題は”あなた“の問題でもあるのです!」との言葉は、いまこそ噛みしめ、広げたいたい言葉だ、と思った。
 そして、社説を読んで、どうしても知りたくなったことは、「90年、なぜか兵庫県警が業者を突如摘発した」ことの「なぜか」です。今後の、社の調査報道に期待したい。


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# by sasakitosio | 2017-06-13 06:25 | 東京新聞を読んで | Trackback

6月11日付東京新聞朝刊5面社説横に、「時代を読む」という欄がある。

 筆者は、東大教授・宇野重規氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「2016年、欧州連合(EU)離脱を決めた英国の国民投票と、トランプ氏が勝利した米大統領選は、世界に大きな衝撃を与えた。

 17年もまた選挙の年である。

 ここまでオランダの総選挙やフランスの大統領選、韓国の大統領選、そして8日の英国総選挙が行われた。

 さらにフランス国民議会選挙が続く。今後はドイツの連邦議会選挙も控えている。欧州を中心に、昨年の大変動をどう受け止めるかが問われている年だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「英国総選挙は、事前にはメイ首相率いる保守党の圧勝が予測されていたが、結果は過半数を取れなかった。労働党がコービン党首の下、息を吹き返した。ブレグジットの行方は予測しがたい。

 興味深いのは、保守党と労働党という英国の二大政党がなんとか持ちこたえているように見えることだ。

 ここ数年、英国独立党やスコットランド民族党の台頭もあり、二大政党の時代は終わりを迎えたと論じる向きもあった。

 にもかかわらず英国の国運を決める決定的な時期に、二大政党の求心力が増していることは重要である。

 これに対し、フランス国民議会選挙では、大統領選に勝利したマクロン氏の新党が優勢な情勢である。既成政党を離脱し「右でも左でもない」とあえて標榜するマクロン大統領であるが、意外なことに多くの新人を擁立した彼の政党「共和国前進」が支持を集めている。

 逆に、前大統領・オランド氏の与党だった社会党は厳しい状況に追い込まれている。

 一見すると、既成政党が復活しつつある英国と、新党が躍進するフランスは対極のように見える。

 しかしながら、フランスの場合、ルペン氏を擁する極右の国民戦線の躍進がある以上、マクロン新党の優勢は、これに対する中道勢力の復調ともいえる。

 実際、新党には2大政党である社会党や共和党からの参加者も多く、ある意味で、これまでの左右分極化に歯止めをかけたと評価できる。 

 ドイツでも、メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が社会民主党(SPD)と競い合う二大政党中心の選挙戦となっている。

 反移民を訴える「ドイツのための選択肢」(AID)は伸び悩み、極右が政権を奪取するという予測は今のところすくない。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「このことの背景にはやはり、トランプ米大統領の出現があるだろう。EUを巡る混乱と移民問題は、欧州各国に巨大な不満を生み出している。

 にもかかわらず、トランプ大統領への懸念は、欧州各国に「踏みとどまらないといけない」という覚悟をもたらしているのではないか。

 内政上の不満を対外的危機感が押さえ込んでいる状況と言える。

 現代世界において、各国のナショナリズムを抑止得する理念や仕組みは、弱体化するばかりである。

 とはいえ、「――ファースト」に見られる自国中心主義が横行するばかりでは、世界は不安定化を免れない。なんとか国際的な協調の枠組みを維持しつつ、各国で持続可能な民主主義のモデルを模索するしかあるまい。

 その意味で、17年の一連の選挙は、欧州の「踏みとどまり」の実験にほかならない。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「さて、日本はどうか。論争の中身を見ると、いささか水準の低さにむなしさを感じる。

 世界の曲がり角で、日本はあいかわらず内向きの夢を見続けるのだろうか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「興味深いのは、保守党と労働党という英国の2大政党がなんとか持ちこたえているようにみえることだ。」とのこと、

 「フランスの国民議会選挙では、大統領選に勝利したマクロン氏の新党が優勢な情勢である」とのこと、

 「ドイツでは、メルケル首相の与党キリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)が社会民主党(SPD)と競い合う二大政党中心の選挙戦となっている」とのこと、

 「-ファースト」に見られる自国中心主義が横行するばかりでは、世界は不安定化を逃れない。なんとか国際的な協調の枠組みを維持しつつ、各国で持続可能な民主主義モデルを模索するしかあるまい。」との指摘、

 等々を知ることができた。

 筆者は、「さて日本はどうか。論争の中身を見ると、いささか水準の低さに空しさを感じる」とのことである。現実はその通りであるが、「持続可能な民主主義モデル」を不戦の憲法を持つ日本国の有識者のだれかが、世界に向けて発信してほしい、と思っている。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-06-12 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback


6月11日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。
 筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「この一週間の国会審議を見て、日本の議会政治の崩壊は最終段階にはいったと痛感した。

 1960年安保の時、中国文学者、中野好は民主か独裁かという戦いだと喝破した。

 岸信介の孫が議会政治を壊そうとしている今、私は文明か野蛮の戦いだと訴えたい。」と切り出した。

 続けて筆者は、「衆参両院の決算委員会における安倍首相の答弁は何なのだ。

 聞かれたことに答えずに無駄話で時間をつぶし、自分は野次を飛ばしながら、野党にはヤジを飛ばすなと言う。質問が終わるとつまらない質問だったと聞こえよがしに喚く。

 小学校の学級会でも、子供はもっとまじめに話し合いに取り組む。首相は政治家以前の基本的な礼儀作法ができていないと非難するしかない。道徳教育だ大好きな首相に問いたい。

 あなたは家で一体どんなしつけを受けてきたのだと。」と指摘した。

 筆者はさらに、「野蛮人の支配する王国では,
 公私の区別がなく、

 国の財産は権力者の私物であり、

 権力はえこひいきのために行使するのが当たり前で、

 役人は権力者に隷属する使用人であった。

 これはまさに安倍政権が支配する日本の現状である。

 あったことをなかったことにするのが野蛮国である。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「ようやく権力者の下僕ではなく、法に従う文明人でありたいという公務員の声が政府部内で上がっている。われわれも文明人でありたいなら、黙っていてはならないのである。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1960年安保の時、中国文学者、竹内好は民主か独裁かとの戦いだと喝破した」とのこと、

 「首相は政治家以前の、人間としての基本的な礼儀作法ができていないと非難するしかない」との指摘、

 「道徳教育が大好きな首相に問いたい。あなたは家で一体どんなしつけを受けてきたのだと」と指摘、

 「野蛮人の支配する王国では、

 公私の区別がなく、

 国の財産は権力者の私物であり、

 権力はえこひいきのために行使するのが当たり前で、

 役人は権力者の隷属する使用人である。」との指摘、等々を知ることができた。

 筆者の野蛮国の解説は、当を得ていて面白かった。

 首相の国会答弁を聞いていて、土俵の上で「横綱」が、たたいたり、蹴ったり、引っ掻いたり、飛んだり、跳ねたり、走ったり、等々、観客が期待している威風堂々の横綱相撲が全く見られない、と思った。

 相撲だったら、誰も観戦に行かず、再起不能の興業になること請け合いだな、とも思った。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-06-12 05:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

65日付朝日新聞朝刊6面に、「コラムニストの目」という欄がある。

 筆者は、ロジャー・コーエン氏だ。記事は、NY・タイムズ、516日付け、抄訳だ。

 まず記事は、「フランス大統領選でエマニュエル・マクロン氏を最年少の大統領としてエリゼ宮(大統領府)に招き入れたのは、英国に拒まれ、トランプ米大統領にあざ笑われた「欧州」という醜いアヒルの子だった。

 マクロン氏は選挙戦を通じ、欧州連合(EU)と共通通貨ユーロを強く支持した。

 親EUの主張は勝利への切符にならない危うさがあった。

 だが、右翼・国民戦線のマリーヌ・ルペン氏はEUとユーロをめぐる公の場での議論によって自滅した。

 5月の決選投票を数日後に控えた最後のテレビ討論で、ルペン氏は失態を演じた。

 英国がユーロを導入していたと思っていたようで、EU離脱の決定によって英国経済が好転したと主張。フランスでは自国通貨フランとユーロの併用の必要性をまくしたてた。

 マクロン氏の反論は素早かった。

 フラン復活の翌日には、国民の預金の価値が20~30%目減りするだろうと主張。

 フランとユーロを併用すれば、大小を問わず欧州経済に組み込まれている企業は、機能しなくなると切り返した。

 ルペン氏は重大な読み違いをした。

 フランスは英国ではない。

 EUの創設メンバーなのだ。

 政治学者ジャック・ルプニク教授はこう語った。 

「EUはドイツ人にとっては償い。フランス人意とっては(中略)野望だった」」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「仏独の連帯は冷戦後、ドイツ統一で均衡が失われて難航したものの、欧州の理念を一丸となって推し進める姿勢は基本であり続ける。

 英国のEU離脱の決定と、フランス人が「新ヤルタ体制」と呼ぶ脅威のおかげで、その理念が輝きを取り戻しつつある。

 この21世紀版ヤルタ体制について、元欧州議会議員は仏紙ルモンドのインタビューで「EUと欧州人の独立に敵意を隠さない米ロ連携」と定義した。

 トランプ政権下の米国が自由な世界を先導する役割を放棄したことで、欧州こそが自由世界の価値を守る役割を担おうという意識を呼び起こした。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「メルケル独首相は9月の選挙で勝利する公算が大きい。マクロン、メルケル両氏はともに、情熱はあふれる欧州人だ。

 ロシアのプーチンの脅威、トランプ氏の価値のない米外交政策、英国の利己的な振る舞いは、勢いづく経済回復と相まって、欧州連邦化の夢を呼び覚ます機会を生み出した。2017年は欧州の年になるかもしれない。(◎2017.THE NEWYORK TIMES)」として締めくくった。 

 読んで勉強になった。

 「政治学者のジャック・ルプニク教授はこう語った。「EUはドイツ人にとっては償い。フランス人にとっては(中略)野望だった。」」とのこと、

 「この21世紀版ヤルタ体制について、元欧州議会議員は仏紙のインタビューで「EUと欧州人の独立に敵意を隠さない米ロ連携」と定義した」とのこと、

 「米国が自由な世界を先導する役割を放棄したことで、欧州こそが自由な世界の価値を守る役割を担うという意識を呼び起こした」とのこと、等々を知ることができた。

 世界連邦の実現こそ、世界平和の終着点ではないか、と思っている自分にとって、欧州連邦化はその大きな一歩だと思い続けてきた。

 だから、EUと欧州の独立にみならって、東アジア連邦へと進み、その先に世界連邦への道をぜひ展望したいものだと、思っている。

 


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# by sasakitosio | 2017-06-11 10:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback

65日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、編集委員・松下秀雄氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ひとたび恐怖や不安に覆われると、「自由な社会」は簡単に壊れるものなのか。

 9.11同時多発テロ後の米国の経験を振り返り、そんなことを考えた。

 事件の翌月、捜査機関の権限を拡大する愛国者法が成立。

 これを根拠に、米国家安全保障局(NSA)は市民の通信記録などを収集、大規模な監視活動を始める。

 活動を内部告発したのが、エドワード・スノーデン氏。

 経過を記録したドキュメンタリーや、氏の著作に触れ、市民の「丸裸」ぶりにぞっとした。

 誰と会っか。

 何を買ったか。

 どのウエブサイトをみたか。

 全行動を把握できるというのである。

 一方で政府の活動は、明かせば安全が脅かされるとベールに覆われる。

 監視の実態も隠された。

 スノーデン氏が暴いた活動の中には、当局が過激とみなすイスラム教徒の性癖の調査も、公にすれば評判を落とし、影響力を削げるともくろんだ。

 政府から市民の活動が丸見え、市民からは政府が見えない、その非対象は何をもたらすか。

 スノウ―デン氏こう警鐘を鳴らす。

 「国民は、権力に反対する力を潰される。政府と国民の力のバランスが変わり、支配するものと、支配される者になる。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「なぜ9.11後の米国に関心を抱いたか。

 日本でいま起きていることと、どこか通じるように思えたからだ。

 特定秘密保護法に安全保障法制、審議中の「共謀罪」。

 いずれも安全が脅かされるから、危険を避けるためだからといった理由が挙げられた。

 これに対し、政府の活動が隠される、市民が監視されるなどと批判が起きたが、内閣支持率は下がらない。海外でのテロ、核やミサイル実験。

 不安にさらされているとき、「安全のため」といわれると、自由や人権は二の次になるからだろうか。

 市民が政府を監視する手立てはやせ細る。

 防衛省も財務省も文部科学省も、日報や交渉記録などを「廃棄した」「確認できない」と突っぱねる。

 いや、あるという前文科事務次官は「出会い系」への出入りを暴かれ、信用ならぬやつだと言わんばかりの人格攻撃をかける。

 さらに、一部メデイアの報道ぶり。

 「権力の監視」はどこへやら、今や政権の広報かと見まごうばかりだ。

 政治記者になって23年、ここまでの光景は初めて見る。

 スノーデン氏の言葉通り、政府と市民の関係が変わりつつあるのか?

 その表れが「安倍1強」なのか?」と指摘した。

 最後に筆者は、「身の危険を感じる時、安全優先になるのは世の常だろう。

 けれども政府を監視できなければ、その危険がどれほどのものか、不安をあおられていないかもわからない。

 ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングはこういった。

 「人々は指導者の意のままになる。「我々は攻撃されかけている」といい、平和主義者を「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」と非難する。それだけで良い」

 そうしてナチスは全権を掌握し、戦争に突き進んだ。忘れてならない教訓である。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「スノーデン氏が暴いた活動の中には、当局が過激とみなすイスラム教徒の性癖の調査も、公にすれば評判を落とし、影響力を削げるともくろんだ」とのこと、

 「特定秘密保護法や安全保障法制、審議中の「共謀罪」。いずれも安全が脅かされているから、危険を避けたためだからといった理由が挙げられた」との指摘、

 「身に危険を感じる時、安全最優先になるのは世の常だろう。けれども政府を監視できなければ、その危険がどれほどのものか、不安をあおられていないかも分からない」との指摘、

 「ナチス・ドイツの国家元帥、ゲーリングは「人々は指導者の意のままになる。「我々は攻撃されかけている」といい、平和主義者を「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」と非難する。それだけで良い」と言っている」とのこと、等々を知ることができた。

 平和主義者の一人として、「愛国心に欠け、国を危険にさらしている」との非難に対し、どう理論構築すればいいのだろうか、自問する。

 平和主義者こそ真の「愛国者・愛国民」なのだと、その実現のために平和主義者は「攻撃を防ぐ」ことに身を挺して、先頭になって実行するということを、自衛隊を派遣する前に「総理大臣・防衛大臣・外務大臣」が敵国・敵地に乗り込み戦争を避ける交渉をすることを、どのような手立てで国民に信用してもらえるか、急ぎ「考察」する必要がある、と思った。

 


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# by sasakitosio | 2017-06-11 10:09 | 朝日新聞を読んで | Trackback

6月10日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、アナウンサー・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)が隣国カタールと国交を断絶、エジプトなども続いた。

 なぜ今なのか、現地の専門家も困惑気味だ。

 ここ数年、緊張関係は続いていた。

 でも、いやだからこそ、国交断絶はアラブ人の目にも唐突だ。

 表向きの理由は「カタールの対イラン融和政策とテロ支援」だが、ムスリム同胞団などの不安要因に対するカタールの支援は今に始まったことではない。

 報道されていることは氷山の一角。

 水面下で何が?」と切り出した。

 続けて筆者は、「事態が急変したのは、トランプ大統領を迎えサウジで開催された米・湾岸諸国首脳会談の後だ。

 そこで何が?

 パレスチナとイスラエルをめぐる「世紀の合意」のうわさと関係があるのか。

 周辺国の不満は、特にカタールの若いタミム首長に集中する傾向がある。

 サウジなどを「怒らせた」タミムの大胆な談話が本当にハッカーによる偽物なら、犯人は誰?

 その後、今度は駐米UAE大使のメールがハッキングされ、反カタール外交を展開していたことを示す文書が漏えいした。

 これは誰が?

 タミムに首長の座を譲り引退したはずの父親が、4月末にサウジを訪問しサルマン国王と会談、数日後に首長本人も予定外の訪問をしたのはなぜか。

 謎が謎を呼び、断交はなにかもとすごい展開に向けた布石にすぎないのでは、という憶測が飛び交っている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「パレスチナとイスラエルをめぐる「世紀の合意」のうわさ」があるとのこと、

 「サウジを「怒らせた」タミムの大胆な談話」があるとのこと、

 「駐米UAE大使のメールがハッキングされ、反カタール外交を展開していたことを示す文書が漏えいした」とのこと、

 「タミムに首長の座を譲り引退したはずの父親が、4月末にサウジを訪問しサルマン国王と会談、数日後に主張本人も予定外の訪問をした」とのこと、

 等々中東のニュースを知ることができた。

 筆者の「断交は何かもっとすごい展開に向けた布石にすぎないのでは、と言う憶測が飛び交遭っている」との指摘は不気味だ。

 ISの存在も不可解で不気味だが、その上に「パレスチナとイスラエルをめぐる「世紀の合意」のうわさ」と「断交後のもっとすごい展開」、中東は一体どうなるのだろうか?

 今日、世襲の首長の存在自体不思議な気がしている。それを直接間接に支持している民がいることも不思議な気がしている。

 キリスト圏や仏教・ヒンズー圏の民主化された民、共産圏やイスラム圏の独裁下の民、が地理的に・情報的に「地球」が狭くなって交流が不可避な昨今だ。

 イスラム圏内で断交している場合でないような気がするが?

 それにしても、アメリカ大使館のエルサレム移転のニュースが全く聞かれなくなったが、たしかに5月に大統領令が期限切れのはずだが?


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# by sasakitosio | 2017-06-11 07:45 | 東京新聞を読んで | Trackback

 64日付朝日新聞3面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は。編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「フランスでイスラム信仰拠点のひとつであるパリ大モスクが「フランスにおけるイスラム宣言」を発表した。

 「フランスはイスラムの地ではない。複数の宗教の信徒や無神論者らも暮らす地である。

 すべてのイスラム教徒はフランス共和国の法と価値観を尊重しなけらばならない。

 たとえば神への冒涜や宗教の劇画も合法だ。傷つけられたと主張はできるが、その禁止を要求したり暴力で反応してはならない」

 「今日の社会では、身体への刑罰や一夫多妻は正当化されない。また、男女の平等は当然のことである」

 出したのはことし3月末。

 大統領選擧を翌月に控え、イスラム系移民を問題視する右翼政党のマリーヌ・ルペン候補が勢いづいていた。結局、当選はしなかったものの、、決選にまで残る戦いぶりだった。

 相次いだテロなどの影響でイスラムへの警戒感が高まった結果でもある。

 イスラム教徒にとって、やりきれない空気は消えない。それはフランスだけではない。

 「イスラム教徒が少なくなるのは、明らかによいことだ。」――

 英国のマンチェスターでのテロが起きたあと、イスラムをテロの元凶であるかのように発言する論者が英BBCのテレビ番組に登場。

 イスラム教団体が抗議文をだした。

 各地で、信徒にとって憂鬱な日々が続いている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「宣言は画期的との評価もあったが、それ自体の中では「単に、今日の現実に中で教義を明確にするもの」と規定している。

 何かを大きく変えたわけではない。

 では今なぜあらためて?

「困ったことになったいう思いが動機です」と大モスクの責任者、ダリル・ブバクール師。

 イスラムとは,聖戦と称してテロを起こす「ジハーディスト」の思想のことだという見方が蔓延し、ルペン氏のように排他的な主張への支持が広がる。

 いっしょくたにしないでほしい、と訴えるためだったという。

 「私も原理主義者は嫌い。だから脅かされて、警察に守ってもらったことさえあるくらいなのに」

 「宣言」前文も「政治、メデイア、知識人などのあらゆる分野で高まる、イスラム教徒という少数派を悪魔視する姿勢の高まり」に強い懸念を示している。

 イスラム恐怖症あるいは反イスラム神経症などと呼ばれれる現象だ。

 こうした言説を唱える側がしばしば根拠にするのが「政教分離」の原則である。

 たとえば、学校がスカーフ姿のイスラム教の女子生徒に、退学を迫る。スカーフは宗教への帰国をこれ見よがしに示すもの、との考えによる。

 女性抑圧の象徴との見方もある。

 だが退学まで持ち出しては、社会を寛容にするための原則が結局、不寛容である言い訳になっているように見える。」と指摘した。

 最後に筆者は、「大モスクはパリの学術の中心、カルチエラタンに近接している。その姿は優美で、観光名所でもある。

 建てられたのは1926年、政教分離を求めた法律は、それより20年あまり前に制定されている。にもかかわらず、このモスクの建設には国家が資金を援助し、落成式には大統領も出席した。

 第一次世界大戦でフランスのために戦い倒れた約7万人ものイスラム教徒をたたえようと、前からあった計画が一気に進んだのだという。

 政教分離法にふれるのを避けるため特別法さえ制定した。

 イスラム教徒の大半は北アフリカの仏植民地出身者だ。文化や宗教が異なるとしても「同胞」である。

 植民地政策の一つとして宗教的なアプローチも欠かせなかったのだろう。

 大原則も都合のいいようにすり抜けたり解釈しなおしたりする政治と、それを支える言論。

 大モスクは大統領選でマクロン候補支持を訴える声明をだした。

 「私たちのような少数派を保護するのは国家の役割のはず。大統領になった彼に期待します」とブバクール師は話した。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 今年3月、「パリ大モスクが「フランスにおけるイスラム宣言を発表した」とのこと、

 中に「フランスはイスラムの地ではない。複数の宗教の信徒や無神論者らも暮らす地である。

総てのイスラム教徒はフランス共和国の法と価値観を尊重しなければならない。たとえば神への冒涜や宗教の戯画も合法だ。傷つけられたと主張はできるが、その禁止を要求したり暴力で反応してはならない」とあること、

 「今日の社会では、身体への刑罰や一夫多妻制は正当化されない。また、男女の平等は当然のことである」とあること、等を教えてくれる。

 「大モスクはパリの学術の中心、カルチェラタンに近接している」とのこと、

 「建てられたのは1926年。政教分離を定めた法律はそれより20年あまり前に制定されている。にもかかわらず、このモスクの建設には国家が資金を出し、落成式には大統領も出席した」とのこと、

 「政教分離法に触れるのを避けるため特別法さえ制定した」とのこと、等々を知ることができた。

 あらゆる宗教が、宗教の教義をかざしての「暴力」や「戦争」を罪悪視し、信者に徹底すべきだ、と思った。

 宗派の教義を「暴力や戦争」の免罪符には絶対にならないと信徒に徹底すべきだ、とも思った。

 また、殺人を始め犯罪行為を起こすものを出した宗派は、宗派として、その結果責任を負うべきだと思った。

 


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# by sasakitosio | 2017-06-10 06:35 | 朝日新聞を読んで | Trackback

64日付東京新聞朝刊社説横に、「時代を読む」という欄がある。

 筆者は、同志社大教授・浜矩子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「猫は4本足である。私の犬も4本足である。したがって、私の犬は猫である。この論理は完璧だ。そして、完璧に破たんしている。

 この完璧にして、完璧に破たんしている論理を政策責任者が採用すると、次のようになる。

 自分は今、何かをやらなければいけない。

 ここに今、自分がやれることがある。

 したがって。これが今、自分がやるべきことだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「ある国のお山の大将の場合がこれだ。自分は今、我が身を守らなければいけない。

 自分には今、あいつを首にすることができる。

 だから今、自分が今やるべきことは、あいつを首にすることだ。

 ちょうどあいつは嫌いだったし。

 自分は今、G7とかいう集まりで見栄を切らなければいけない。自分には今、地球温暖化対策に関するパリ協定から脱退することができる。

 だから今、自分がやるべきことは、パリ協定から脱退することだ。

 どうせ、地球温暖化なんてでっち上げだし。

 わが国は今、対外赤字が膨らみ過ぎている。何とかしなければいけない。

 自分には今、この対外赤字を他人のせいにすることができる。

 だから今、自分がやるべきことは、この対外赤字を手当たり次第他人のせいにすることだ。

なんせ、わが国に対する黒字国はたくさんあるし。

 ある国のわがまま王子もまた同じだ。

 ぼくちゃん今、強大国の土台となる効率経済づくりを急ぎたい。

 ぼくちゃんには今、会議をつくることができる。

 だから今、ぼくちゃんがやるべきことは会議をたくさん作ることだ。

 未来投資会議、総合科学技術・イノベーション会議。

 生産性構造国民運動推進協議会。

 もう実行計画ができたから一応解散しちゃったけど、働き方改革実現会議もよかったなあ。

 ぼくちゃん、「国会」という名前の議会は大嫌い。

 だけど会議は楽しい。

 ぼくちゃん会儀好きの議会嫌い。

 ぼくちゃん今、憲法を早く改正したい。

 ぼくちゃんには今、2020年新しい憲法が施行される年にしたいって言えちゃうことだ。

 どうせ、どこからも文句が出るわけないし。

出たってどうってことはないし。」と指摘した。

 最後に筆者は、「完璧な論理の完璧な破綻は、なぜ生じるか。二つの問題がある。第一に、視野が狭い。第二に想定が手前勝手過ぎる。

 確かに犬も猫も4本足だ。

 だが、それが犬と猫の総てではない。

 両者を比べる基準は他にも多々ある。足の数のみしか見ない視野狭窄が、とんでもない短絡をもたらす。

 政策選択の範囲も広い。すべてのオプションを検討したのちでなければ、良心的な意思決定はできない。

 自分の犬を猫だと結論づけた人は、まあ、まだいい。単にそそっかしいだけだ。お山の大将とわがまま王子の場合もそそっかしそうである。

 熟慮が得意そうでない。

 だが、彼らの場合には、さらに別の問題がある。つまりは上記の問題その二だ。

 出発点がご都合主義でありすぎる。

 自分にとっていいか悪いかが全て、自分が何をやりたいかが全て。

 自分が全てで。

 ここからすべてが始まる。

 政策責任者の選択は、自分のための選択ではない。その論理は自己正当化のために論理であってはならない。我欲の論理は、どうせ完璧を記しても、必ず完璧に破たんする。」として締めくくった。

 読んで面白くためになった。

 「ある国のお山の大将」と「ある国のわがまま坊ちゃん」の喩は、ピッタシと思えて面白かった。

 また、「完璧な論理の完璧な破綻は、なぜ生じるか。二つ問題がある。第一に、視野が狭い。第二に、想定が手前勝手過ぎる」との指摘、

 「お山の大将とわがまま王子の場合も、そそっかしそうである。熟慮が得意そうではない」との指摘、

 「出発点がご都合主義でありすぎる。自分にとっていいか悪いかが全て。自分が全て。ここからすべてが始まる。」との指摘、等々教えてもらった。

 そして、筆者は「我欲の論理は、どう完璧を期しても、必ず破綻する」と教えてくれる。

 が、論理が破たんしているのに居直っている「わがまま王子」には困ったもんだ、と思った。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-06-10 06:22 | 東京新聞を読んで | Trackback

6月9日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、の筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「筆者が同志社大学神学部と大学院で学んていたのは1979年~85年である。

 東京では学生運動は沈静化していたが、京都ではまだ学生反乱の雰囲気が残っていた。

 特に同志社は、独自の進化を遂げた東太平洋のガラパゴス諸島(エクアドル領)になぞらえて「同志社ガラパゴス」と揶揄されていた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「1回生のときの試験は学生側の全学バリケードストライキ、3回生のときの試験は大学側の全学ロックアウトで、リポートの郵送による試験に切り替えになった。

 神学部の教授たちは、異議申し立ての学生には寛容だった。

 学生が逮捕されても身元引受人になってくれた。

 ただし、外部のセクトやキリスト教系カルトに神学生が引き入れられようとするときに教授たちは必死になってそれを引き留めた。

 野本真也先生(元同志社大学神学部教授で現在は日本基督教団加茂教会牧師)が筆者たちに「あなたたちの内発的な異議申し立て運動と、反社会性を強く帯びた大人の政治は異なる」と言っていた。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「現在マルクス主義系ではなく、「俺はトルコから強制送還になり、日本政府にパスポートを奪われた」などと称する「ジハード戦士」が様々な機会を利用して学生に接触し、過激な運動に誘う。

 こういう「大人の政治」から学生を守ることも教育に従事する人々の責務と思う、」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「筆者が同志社大学神学部と大学院で学んでいたのは1979~85年である」とのこと、

 「「同志社ガラパゴス」と揶揄されていた」とのこと、

 「外部のセクトやキリスト系カルトに神学生が引き入れられようとするときに教授たちは必死になって引きとめた」とのこと、

 野本真也先生は「あなたたちの内発的な異議申し立て運動と、反社会性を強く帯びた大人の政治は異なる」と言っていたとのこと、

 現在は、マルクス主義系ではなく、「俺はトルコから強制送還になり、日本政府にパスポートを奪われた」などと称する「ジハード戦士」が様々な機会を利用して学生に接触し、過激な運動に誘う」とのこと、等々を知ることができた。

 自分の学生のころは、安保闘争後の10年間で、学生運動花盛りの時代だったと思い出した。

 大学の寮の二人部屋の同室者がセクトのリーダーだったのをはじめ、同輩や後輩がセクトや民青や創価学会に入って「熱っぽく意見」を聞かされたが、自分は大学に法律を勉強するためにはいったこと、セクトの学生や民青や学会員のいうことがなんとなく嘘っぽく見えて、全く興味がわかなかった。今思えば、不思議な気がする。

 そして、同志社の新学部の先生方が、「反社会性を強く帯びた大人の政治」から学生を守ったことに敬意を表したい。

 


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# by sasakitosio | 2017-06-10 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback