憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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9月25日付東京新聞朝刊1面に「「戦える国」に変質 言わねばならないこと」という欄がある。

 発言者は、ジャーナリスト・田原総一朗さんだ。今日は、この発言者に学ぶことにした。

 まず田原総一朗さんは、「僕は小学5年生の夏休みに玉音放送を聞いた。先生はそれまで、この戦争は世界の侵略国である米英と戦って、植民地となっているアジアの国を独立させ、解放させる正義の戦争だと言っていた。君らも大人になって戦争に参加して天皇陛下のために名誉の戦死をとげろと。

 ところが、二学期になって先生のいうことが180度違う。

 実はあの戦争はやってはいけない悪い戦争、侵略戦争だと。

 新聞もラジオもガラッと変わった。

 大人、とくに偉い人のいうことは信用できない、国家は国民を騙すんだという気持ちがあって、それが今も続いている。」と切り出した。

 続けて田原総一朗さんは、「安倍晋三首相は2020年に自衛隊を憲法に明記する改憲を目指すという。反対だ。

 首相は、多くの憲法学者が自衛隊を違憲としているからやるんだというが、今の自衛隊の位置づけは国民の理解が 得られている。

 改憲したい人たちは明記から初めて、やっぱり9条2項(戦力不保持、交戦権否認)を変えようということだろう。フランスやイギリスのように「普通の国」にしたいのだ。

 変えてどうするのか。20年ほど前に僕が司会したシンポジウムで、キッシンジャー元米国務長官は、日本の改憲に反対と言った。

 「アジアの国々は憲法9条があるから、日本は戦前のようにならないと信頼している。われわれもそうだ」と。

 キッシンジャー氏が言ったように、平和国家だからアジアの国々や欧州の国に信頼されている。これを変えるべきではない。」と指摘した。

 最後に田原総一朗さんは、「僕らの世代は体験的に、保守もリベラルも戦争は絶対ダメだという感覚がある。戦争を知る最後の世代として、平和を訴えることが使命だと思っている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「僕は小学5年生の夏休みに玉音放送を聞いた」とのこと、

 「先生はそれまで、この戦争は世界の侵略国である米英と戦って、植民地となっているアジアの国を独立させ、解放させる正義の戦争だと言っていた。君らも大人になって戦争に参加して天皇陛下のために名誉の戦死をとげろと。」とのこと、

 「ところが2学期になって先生のいうことが180度違う。実はあの戦争はやってはいけない悪い戦争、侵略戦争だと。新聞やラジオもガラッと変わった」とのこと、等々を知ることができた。
 そして筆者は「大人、とくに偉い人のいうことは信用できない。国家は国民をだますんだという気持ちがあって、それが今もつづいている」とのことである。

「僕(筆者)らの世代は体験的に、保守もリベラルも戦争は絶対ダメだという感覚がある。」とのこと、

 「戦争を知る最後の世代として、平和国家を訴えることが使命だと思っている」とのこと、等等も知ることができた。その筆者の世代が「平和国家」を子孫に語り継ぐしかない。

 しかし、戦後70年余の長い「平和国家」で育った人々には「平和国家」を守ることが「今の普通の暮らしの継続」にとって「不可避的に大事」であることに気付きにくいという「大問題」がある、と思った。

 戦争という「痛み」「苦味」を経ずに、平和の「甘味」「おいしさ」を想像できないものだろうか?

 

 


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by sasakitosio | 2017-09-30 07:29 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月28日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という」欄がある。 筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先日の演説でトランプ米大統領は北朝鮮の完全破壊に言及した。

 完全破壊は北朝鮮の人々にはレトリックではなく、朝鮮戦争時の実際の経験だ。

 米軍は1950年9月の仁川上陸から北進し、11月に中朝国境の鴨緑江付近で中国軍に遭遇する。反撃に驚いたマッカーサーは焦土作戦を命じる。国境から前線までのすべての施設・工場・町・村を破壊せよというのだ。動くものはなんでも標的になった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「圧倒的な米軍は北朝鮮へ集中爆撃を続け、休戦までの3年間、太平洋戦争で投下した量より多くの爆弾を投下した。

 平壌・清津・元山などは焦土と化し、工場は地下に移された。かんがいダムも空爆され、食糧生産は大幅に減少。

 トルーマンとアイゼンハワーの両大統領は核兵器投入を視野に入れ、準備が行われた。

 北朝鮮の犠牲者は200万人、たおれた中国人兵士は90万人という。

 全朝鮮の人口の約10%、300万人が犠牲になったという研究もある。米国や日本では朝鮮戦争は「忘れられた戦争」だが、彼らは覚えている。」と指摘した。

 最後に筆者は、「国家存亡の北朝鮮は、衝撃的発言を続けるトランプ氏の真意を非公式に探っている。

 安倍政権は、危険ファクターになりつつあるトランプ氏への追従で日本の安全を担保しようとする。

トランプ批判のメルケル独首相との品格の差は明らかだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「完全破壊は北朝鮮の人々にはレトリックではなく、朝鮮戦争時の実際の経験だ」とのこと、

 「米軍は1950年9月の仁川上陸から北進し、11月に中朝国境の鴨緑江付近で中国軍に遭遇する。」とのこと、

「反撃に驚いたマッカーサーは焦土作戦を命じる。国境から前線まですべての施設・工場・町・村を破壊せよというものだ」とのこと、

 「圧倒的な米空軍は北朝鮮への集中爆撃を続け、休戦までの3年間、太平洋戦争で投下した量より多くの爆弾を投下した」とのこと、

 「北朝鮮の犠牲者は200万人、たおれた中国人兵士は90万人という。全朝鮮の人口のやく10%、300万人が犠牲になったという研究もある」とのこと、等々を知ることができた。

 朝鮮戦争が起きた年に、小学校1年生だった。

 屋内体育館の掲示板に「朝鮮戦争の写真」を見た記憶が今も鮮明に残っている。また、新潟の蒲原平野の生家の庭で、上空を低空で飛ぶB29を見た記憶もよみがえった。当時の北朝鮮の人々の惨状は全く知らなかった。

 北朝鮮もアメリカも日本政府も、朝鮮半島での戦争は絶対に避けてほしい。戦争にならないようにするのが、政治家の唯一最大の役割だと認識してほしい!

 

 「


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by sasakitosio | 2017-09-29 07:07 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月27日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ツイッター上では「おまえが国難」というハッシュタグが飛びかっている。

 25日の記者会見で「この解散は「国難突破解散」だと語った首相へに皮肉である。

 国難って「国家存亡の危機」のことですよね。

 この種の大仰な言葉は好きじゃないけど、そこには通常の「国家の課題」以上の一大事の意味が込められている。

 これまでだと、蒙古襲来とか黒船来航とか敗戦とか大地震とか、そのくらいの事態を指す言葉だった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「しかるに首相がでっち上げた主な解散理由は少子高齢化に対応する消費増税の使途変更?

 首をかしげていたら、産経新聞(26日)で編集委員の阿比留瑠比氏が解説してくれた。

 <記者会見では、むしろ消費税の使途変更に言葉を費やしたが、安倍首相の決断理由は一にも二にも、そこには朝鮮問題があるからだ。

 わが国はまさに、戦後最大の安全保障上の危機に直面しているのである>

 すごいな、もはや完全に有事気取り。」と指摘した。

 最後に筆者は、「国民の信を問うことなく秘密保護法を通し、国民の信を問うことなく集団的自衛権の一部行使を可能にする安保関連法を成立させ、国民の信を問うことなく共謀罪を含む組織犯罪処罰法を成立させた安倍政権。

 国難は外からやって来るとは限らないのである。先の戦争で国難を招いたのは誰だったか思い出したほうがいい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ツイッターでは「おまえが国難」というハッシュタグが飛びかっている」とのこと、

 「25日の記者会見で「この解散は「国難突破解散」だ」と語った首相への皮肉である」とのこと、

 「産経新聞(26日)で編集委員の阿比留瑠比氏が解説してくれた。<記者会見では、むしろ消費税の使途変更に言葉を費やしたが、安倍首相には一にも二にも、そこに北朝鮮問題があるからだ。わが国はまさに、戦後最大の安全保障上の危機に直面しているのである>」とのこと、

 等々を知りことができた。

 「おまえが国難」とのハッシュタグをツイッターする人の気持ちは、よく理解できた。

 そして、安倍首相が使う「国難」は、「通常の「国家の課題」以上の一大事の意味とは違うようだ、と思った。


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by sasakitosio | 2017-09-28 14:13 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月26日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「先週末、二つの裁判があった。東電原発被害訴訟の判決と電通過労自殺裁判の初公判。

 原発の安全神話をバラまいてきた政府と東電、それで大もうけした電通。 おなじ紙面に掲載された。

 「常習的犯行で、刑事責任は軽視できない」とは電通への検察論告。危険無視、利益優先は電通ばかりか、原発会社特有の行動様式である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「国は原発を国策として誘導する政策を次々に打ちだして、現在ばかりか,遥か彼方の未来にわたる重大な危険を招いている。

 そればかりか、電力会社を使嗾して核発電をさせ、核兵器に転用されるプルトニウムを備蓄している、と海外から疑われている。

 福島の事故のあと、地震大国での原発再稼働は無謀、と分かったはずだ。

 使用済み燃料ひとつとってみても解決策はなく、原発稼働は「人格権の否定」(福井地裁判決)として、人間と核との対立の認識が深まった。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ところが先週末の千葉地裁判決は、原発避難者への賠償には一定の理解を示しながらも「回避措置をとったとしても事故は回避できなかった可能性もあり」と国への責任追及を回避した。

 原発事故は不可抗力というものだが、それだったら、健康、人命、仕事、ひとの繋がり、故郷、そのすべてを破壊する犯罪的行為の責任を、誰も取らなくてすむ。人命よりカネ。裁判所の判断である。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「先週末、二つの裁判があった。東電原発被害訴訟の判決と電通過労自殺裁判の初公判。」とのこと、

 「「常習的犯行で刑事責任は軽視できない」とは電通への検察論告」とのこと、

 「先週末の千葉地裁判決は、原発避難者への賠償には一定の理解を示しながらも「回避措置を取ったとしても事故は回避できなかった可能性もあり」と国への責任追及を回避した」とのこと、等々を知ることができた。

 筆者も指摘する「原発事故は不可抗力というものだが、それだったら健康、人命、仕事、ひとの繋がり、故郷、、そのすべてを破壊する犯罪的行為の責任を、誰も取らなくてすむ」ことになる千葉地裁の判決は、なんとも納得できない。 

 


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by sasakitosio | 2017-09-28 07:13 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月24日付東京新聞社説に、「やわらかな“安全保障“」という見出しが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「こんなご時世になんですが、いや、こんなご時世だからこそ、同盟とかミサイル防衛とか、そういう難しい話とは別に“安全保障”について考えてみます。

 ”安全保障“としたのは、ただ安全保障と書くには、いささか悠長、少々迂遠な話だからです。

 一言でいえば、それは、日本や日本人のファン、理解者、友人を、よその国に増やすこと。

 それには日本人が外国に行くこと。

 外国の人に日本生きてもらうのが一番の近道です。例えばーー。」と切り出した。

 続けて社説は、「今月の12日、一人の若い女性が留学のため英国へと飛び立ったことがニュースになりました。

 秋篠宮家の次女で国際キリスト教大(ICU)3年の桂子さま(22)です。リーズ大で1年近く学ばれるとの由。見聞を広めると同時に、英国や英国へ来ているほかの国の人とも交流し、きっと知己をふやされることでしょう。

 欧米などの大学は9月から新学期が主流ですから、この時期、きっと他にも多くの日本の若者が留学のため海を渡ったはずです。

 しかし、全体的な傾向をみれば、日本から海外へ出る留学生の数は減っています。

 日本学生支援機構が経済協力開発機構(OECD)の統計などに基づいて明らかにしている数次によれば、日本人の海外留学者数は2004年の約83000人をピークに低落傾向にあり、14年は53000人ほどにとどまっています。

 最大の留学先である米国だけを見ても、傾向は同じ。米国の国際研究機関のデータをまとめた日米教育委員会のサイトによれば、日本人留学生の数は1994~97年には国別で1位でしたが、徐々に順位を下げ、2015年度は9位。中国、インドの一位、二位、韓国の4位や台湾の7位と比べると、やはり、少しさびしい実績というほかありません。」と指摘した。

 さらに社説は、「政府もあの手この手で留学生増を図っているようです。主として、日本経済の国際競争力や科学技術力への影響が懸念されているようですが、単純に、日本人が外国に友人や理解者をつくりチャンスが減っていることを残念に思います。

 実際、学生支援機構による海外留学経験者の追跡調査(11年度)によれば、留学で得たものとして三割近い人が「友人」をあげているのですから。

 外国に友人を増やす、と言う点では、関連して気になることもあります。海外で日本語を学ぶ人の数です。

 国際交流基金によると、15年度調査で初めて減少傾向を示したそうですから、これにも対策が必要でしょう。

 さて、次は出る方ではなく、迎える方に目を向けてみますが、こちらは順風です。

 同機構によれば、海外から日本への留学生はほぼ右肩上がりに増え続け、昨年は約24万人。加えて、旅行で日本を訪れる人の数も増えています。

 そして、日本を知ってもらうことの効果を示すのが、言論NPOが昨年、日本と中国で行った世論調査結果です。

 訪日経験のない中国人で日本に「良い」印象を持つ人は16%に過ぎないのに、訪日経験のある人になると、実に56.8%に跳ね上がる。

 不安や恐怖は、対象がよくわからないから生ずる面があります。

 洞穴は奥が暗くて見えないから怖いのでしょう。多くの国の多くの人に日本を知ってもらい、日本人の友達になってもらう。ひとつひとつは小さい出会いでも、それが不断に増えて行けば、ひいては日本や日本人に対する好意を醸成し、逆に無用な誤解、敵意を避けることにつながる気がします。

 であれば、それも”安全保障“かと、下手な地口ですが、ピース(かけら)の集まりがピース(平和)なのかもしれません。

 話はここで再び、出て行く方に戻ります。

 海外で知ってもらうといえば、アニメやMANGA、KWAAII文化などの力も大ですが、こうした若者文化以外にも有望なソフトはあるはずですね。例えばーー。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「桂かい枝さんは、上方落語の実力派ですが、英語による口演も得意です。

 「TIME NOODL」は、そう、「時うどん」(江戸落語の「時そば」)。こういう演目は30席を超える実績があるそうです。

 以前、テレビでその一端を拝見しましたが、大変な受けようでした。あれだけ笑わせるくれる人の国を嫌いになるはずがありません。

 政府にもとにかく、日本と日本人の友人、ファンを増やす施策に注力してほしいものです。

 ただ経済のたあめでなく、やわらかな“安全保障”として、まず落語の本格輸出は同でしょう?」として締めくくった。

 読んで共感した。

 「日本学生支援機構が経済協力開発機構(OECD)の統計などに基づいて明らかにしている数字によれば、日本人の海外留学者数は2004年の約83000人をピークに低落傾向にあり、14年は53000人ほどにと泊っている」とのこと、

 「米国の国際教育研究機関のデータをまとめた日米教育委員会のサイトによれば、日本人留学生の数は1994~1997年には国別で1位でしたが、徐々に順位を下げ、2015年度は9位」とのこと、

 「学生支援機構による海外留学経験者の追跡調査(11年度)によれば、留学で得たものとして3割近い人が「友人」をあげているのですから」とのこと、

 「同機構によれば、海外から日本への留学生はほぼ右肩上がりに増え続け、昨年は約24万人。」とのこと、

 「日本を知ってもらうことの効果を示すのが。言論NPOが昨年、日本と中国で行った世論調査の結果です。訪日経験がない中国人で日本に「良い」印象を持つ人は16%に過ぎないのに、訪日経験のある人になると、実に58.8%に跳ね上がるのです」とのこと、

 「多くの国の多くの人に日本を知ってもらい、日本人の友達になってもらう。ひとつひとつは小さな出会いでも、それが不断に増えていけば、ひいては日本や日本人に対する好意を醸成し、逆に無用な誤解、敵意を避けることにつながる気がします」とのこと、

 「桂かい枝さんは、<中略>英語落語の演目を30席を数え、1998年の米国を皮切りに20カ国以上、300回を超える公演実績があるそうです」とのこと、等々を知ることができた。
 そして、世界中に日本と日本人の理解者・ファンをつくることが、迂遠のようで最も根源的で持続的で長期的な「平和政策」だ、と深く思った。

 政府・政権には、国民の不安をあおり、税金で高く・無駄な「武器」を買う政策をやめて、「日本と日本人の友人、ファンを増やす政策に注力してほしい」と、切に思った。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-09-27 07:22 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月25日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「クリーニング店の業界団体が初めて行った全国調査で、約9割の店が、預かった品物を長期間保管していることが分かった。品物の数は10点から19点が多かった一方、200点以上の店もあった。

 中には保管期間が25年を超える品物を抱える店もあり、保管場所の確保に頭を悩ませる店も多いようだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「報道で実態を知り,以前訪問看護にうかがっていたある男性を思い出した。人との交流を好まない彼は、決して関わりやすい人ではなかった。

 また、欲がない彼の暮らしはつましく、真冬も暖房を入れない。室内で白い息を吐きながら話した日々を思い出す。

 そんな彼の定番の服は、白いワイシャツ。どんなに寒くても薄い上着しか着なかった。殺風景な部屋には、クリーニング屋さんからもどったワイシャツが数枚置かれ、着られる番を待っていた。

 その後彼は自室で亡くなり、部屋は引き払われた。最後の服装も、彼は白いワイシャツを着ていたと聞く。恐らくあのとき、彼は何枚かのワイシャツをクリーニングに出していただろう。主を失ったワイシャツは、いまもどこかのクリーニング屋さんに保管されているはずだ」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「把握できない遺品の後始末は、どのようにすればよいのだろうか。

 そんな思案をする一方、白いワイシャツへのこだわりがなんだったのか、改めて考えている。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「クリーニング店の業界団体が初めて行った全国調査で、約9割の店が預かった品物を長期間保管していることが分かった」とのこと、

 「品物の数は10点から19点が多かった一方、200点以上の店もあった」とのこと、

 「保管期間が25年を超える店もある」とのこと、等々を知って驚いた。

 「殺風景な部屋にクリーニング屋さんから戻ったワイシャツが数枚置かれ、着られる順番を待っていた」とのくだりは、目に浮かぶようだった。

 


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by sasakitosio | 2017-09-26 07:18 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月24日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「安倍首相は9月28日に臨時国会を召集し、冒頭に解散を行うと各紙は伝えている。はっきり言おう。これはナチスの手口を想起させる。

 まず、ナチスの手口を復習しておこう。

1933年2月、ドイツの国会議事堂が火災で焼失した。

 ヒトラー政権は、これを共産主義者の放火と宣伝し、翌週の国会選挙で過半数近い議席を得て、全権委任法を成立させ、独裁を始めた。

 国民に恐怖と憎悪をあおり、思考停止状態に追い込んで選挙を行って勝利するのがナチスの手口である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「もちろん、日本では国会が物理的に破壊されているわけではない。しかし、国会を開いても一切の議論をさせないまま解散するのは、国会の機能を破壊する行為である。

 また、首相は北朝鮮のミサイル発射に際して効果不明の警報を発して国民をおびえさせ、国連演説を国内向けの北朝鮮非難のプロパガンダに利用した。

 そのタイミングにあえて解散総選挙を設定しようとしている。 これはナチスの手口に近い」と指摘した。

 最後に筆者は、「北朝鮮危機を収拾することは政治の急務であるが、力による解決を志向するのか、政治的解決を探るかについては、国際社会同様、日本国内においても議論があるべきである。そうした議論を一切押し流すのが、今回の解散である。

 幸い、日本にはまだ自由がある。われわれは判断力を保たなければならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1933年2月、ドイツの国会議事堂が火災で焼失した。これを共産主義者の放火と宣伝し、翌週の国会選挙で過半数近い議席を得て、全権委任法を成立させ、独裁を始めた」との指摘、

 「国会を開いても一切の議論をさせないまま解散するのは、国会の機能を破壊する行為である」との指摘、

 「首相は北朝鮮のミサイル発射に際して効果不明の警報を発して国民をおびえさせ、国連演説を国内向けプロパガンダに利用した」との指摘、

 「そのタイミングにあえて解散総選挙を設定しようとしている。これはナチスの手口に近い」との指摘、等々の指摘はよく理解できた。

 しかし、幸い、日本にはまだ自由を保障した日本国憲法があり、それを変えずに来た日本国民の歴史があり、筆者のような反骨の識者がいて、折れない東京新聞もある! 

 日本における民主主義で独裁者を誕生させてはなるまい!

 

 


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by sasakitosio | 2017-09-25 07:10 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月4日付朝日新聞の社説に、豊洲市場問題が載った。今日、この社説を学習することにした。

 まず社説は、「途中でさじを投げださず、この問題の複雑さにきちんと関わり続ける覚悟はあるのだろうか。

 東京・豊洲市場の移転をめぐる小池百合子都知事の最近の言動は、そう疑わざるをえない。

 誠実さを欠き、関係者の不信と不安は深まるばかりだ。

 都議会ではいま、移転のための追加工事の予算案が審議されている。

 都議会直前の6月に小池知事が突然打ち出した「築地を守る、豊洲を生かす」の意味するところを、都民の代表である議会に直接説明する最初の場となるはずだった。

 だが知事はあいまいな答弁に終始し、将来像は一向に見えない」と切り出した。

 続けて社説は「たとえば豊洲移転後の築地のあり方について、知事は「民間の知恵を生かす」と先送りするばかりだ。都議選前に熱く語った「仲卸の目利きを生かした市場内取引の確保」などには、あまり言及しなくなった。

 仲卸の多くは零細企業だ。都が主体となり早期に構想を描いてこそ、今後進む道を決めることができる。

なのに、最近の知事の態度は「移転後もまだ築地に戻りたい業者かいるなら方策を考える」と言わんばかりだ。

 いったい築地の何を、どう守るのか。

 明確なビジョンを示す責務が知事にはある。

 それとも「守る」は選挙前のリップサービスだったのか。

 一方の「豊洲を生かす」も心もとない。

 昨夏、移転延期を表明した際、知事は「都民の安心を優先させる」と述べた。だが、そのカギを握る地下水管理システムは、本格稼働から1年足らずで目詰まりし、水位は思ったように下がらない。

 今回の追加工事で課題は解消するのか。

 補修にまた巨費を投じることにならないか。

 広まってしまった不安を、開場までにどうやってぬぐうのか」と指摘した。

 最期に社説は。「丁寧に説明し、軌道修正をするなら、理由とともに理解を求める。それが行政の長として当然行うべきことだ。

 驚いたのは、豊洲・築地併存の決定過程を記録した文書がないことについて、知事は「人工知能、つまり私が決めた」「回想録に残すことはできる」と会見で述べたことだ。

 説明責任に背を向け、都民を愚弄した発言で許されるものではない。

 支持勢力が都議会で圧倒的多数を占め、怖いものなしの状態になっているのだろう。

 しかし、議会は乗り切れても、市場関係者、そして都民の納得がなければ、市場運営はどこかで行き詰まる。状況によっては五輪の準備にも支障がでるだろう。

 すみやかに姿勢を改めるよう、小池知事に求める。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「豊洲移転後の築地のあり方について、知事は「民間の知恵をいかす」と先送りするばかりだ」との指摘

 「いったい築地の何を、どうまもるというのか。明確なビジョンを示す責務が知事にはある。それとも「守る」は選挙前のリップサービスだったのか」との指摘。

 「昨夏、移転延期を表明した際、知事は「都民の安心を優先させる」と述べた。だが、そのカギを握る地下水管理システムは、本格稼働から1年足らずで目詰まりし、水位は思ったように下がっていない」との指摘、

 「驚いたのは、豊洲・築地併存の決定過程を記録した文書がないことについて、知事が「人工知能、つまり私が決めた」「回想録に残すことができる」と会見でのべたことだ。説明責任に背を向け、都民を愚弄した発言で許されるものではない」との指摘、等々多くの指摘をみて、なるほどと理解し納得した。

 そして、社説の「議会は乗り切れても、市場関係者、そして都民の納得がなければ、市場運営はどこかで行き詰まる」との指摘も至極当然だ。

 はてさてこれからの小池劇場、喜劇か、喜劇か、修羅場か、メロドラマか、終幕が待ち遠しい。


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by sasakitosio | 2017-09-24 20:29 | 朝日新聞を読んで | Trackback

9月1日付東京新聞朝刊4面に、「視点 沖縄から」という欄がある。筆者は、琉球大名誉教授・比屋根 照夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 いつの時代も抑圧され、自らの尊厳を脅かされた国や地域では、その現実に抵抗する人物を生み出す。沖縄の戦後を眺めると、1950年代の米軍政に抵抗した瀬長亀次郎、60年代の屋良朝苗。

 そして沖縄忌の今年に逝去した太田昌秀は、戦後沖縄の過重な基地負担に抵抗し、日本政府に対して根本的な異議申し立てをおこなった。そこに、先駆者たちの思想の山脈が浮かび上がってくる。

 日本の戦後と異なり、27年間の米国占領を経験し、日米両政府の安保政策によって、、復帰後45年にわたり軍事的重圧にあえぐ沖縄の過酷な現実。

 それに対抗し、沖縄の尊厳、自主・自治を求めて沖縄の先駆者、思想家が立ちあがらない筈はない」と切り出した。

続けて筆者は、「太田昌秀氏もまた沖縄の思想家の苦難を歩んだ一人であった。戦後沖縄の矛盾・不条理を一身に背負い、現実と果敢に対決した。

 彼は学者、政治家、元鉄血勤皇隊員という三つの顔を持つ象徴的存在であった。沖縄や日本近代史においても稀有の人物であった。

 10代に師範学徒としてあの苛烈過酷な沖縄戦に動員され、学友と共に死線を彷徨して九死に一生を得た。その体験は後の学者・政治家としての思想的な原点となった。

 政治家大田が「自分は重大な決定をする時は常に沖縄戦の体験を軸にすえて決断した」と温和な顔で語っていた姿が忘れらえない。

 95年9月、米兵による少女暴行事件に抗議する10万人県民大会の壇上で、「一人の少女の尊厳を守れなかったことを行政の最高責任者としておわびしたい」との演説は、政治家大田の悲憤に満ちた感があった。

 演説は聴衆の心に浸透し以後の運動の源泉となった。

 この直後、政府は基地使用継続のため、契約拒否地主に代わって知事に軍用地使用の契約に署名するよう迫った。これが「代理署名」である。

 大田はこれを拒否することを決意、政府への反旗を翻した。この代理署名の拒否は、米軍が基地使用の権限を失うことを意味したため、国の中枢を衝撃的に揺さぶった。

 また、学者としての太田は常に弱者・民衆の側にたった執筆活動を行い、沖縄の近代史から戦後史にいたる歴史検証に取り組んだ。それらの著書の根底を成すものは強烈な沖縄人の思想であった。」と指摘した。

 最後に筆者は、「翻ってみれば、沖縄の思想とは人間の生き方の岩盤であり、権力の不条理に抵抗する姿勢を言う。沖縄で生きるとはそうしたことを指しているのではないか。

 太田昌秀はそんな生き方を終生貫いた人物であった。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「政治家太田が「自分は重大な決定をする時は常に沖縄戦の体験を軸にすえて決断した」と温和な顔で語っていた」とのこと、

 「95年9月、米兵による少女暴行事件に抗議する10万人県民大会の壇上で、「一人の少女の尊厳を守れなかったことを行政の最高責任者としておわびをしたい」との演説は、政治家大田の悲憤に満ちた感があった」とのこと、

 「この直後、政府は基地使用継続のため、契約拒否地主に代わって知事に軍用地使用の契約に署名するよう迫った。」とのこと、

 「これが「代理署名」である。大田はこれを拒否することを決意。政府への反旗を翻した」とのこと、

 「学者としての太田は常に弱者・民衆の側にたった執筆活動を行い、沖縄の近代史から戦後史にいたる歴史検証に取り組んだ」とのこと、

 「翻ってみれば、沖縄の思想とは人間の生き方の岩盤であり、権力の不条理に抵抗する姿勢をいう。<中略>太田昌秀はその生き方を終生貫いた人物であった。」とのこと、等々を知ることができた。

 中で、感動し、政治家の鏡だと思ったのは「一人の少女の尊厳を守れなかったことを行政の最高責任者としておわびしたい」との心の姿勢であった。

 第二次大戦の敗戦責任を取らなかった「指導者」、そして原発事故の責任をいまだに取らない「政治家」「官僚」「学者・文化人」「東電」そのた原発推進者の一人ひとりに、太田昌秀の爪の垢を煎じて飲ませたやりたくなった。 

 


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by sasakitosio | 2017-09-24 19:56 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月22日付朝日新聞朝刊15面に、「欧州季評」という欄がある。筆者は、ブレイディみかこ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「9月から、息子が中学校に通い始めた。小学校は公立カトリック校に通っていた(英国は公立でも宗教校がある)が、中学からは、公営住宅地ど真ん中の地元校に通っている。

 息子が通ったカトリック校は、隣接する高級住宅地と公営住宅地の2教区の信者のために建てられたが、教会に所属し、毎週ミサに通ってくる家庭は、高級住宅地の方に多いので、比較的余裕のある家庭の子たちが多かった。

 つまり、中学生になった息子はまったく違う層の子どもたちが通う学校に入ったのである。

 初登校の日、彼はショックを受けた表情で帰ってきた。

 「教室で「どんな夏休み過ごした?」って話したんだ。そしたら「ずっとおなかがすいていた」といった子がいた・・・」

 夏になると、英国では「ホリデ―ハンガー」という言葉が聞かれる。

 直訳すれば「休日の飢え」。

 長期の休みに入り、給食がなくなると飢える子供が増えることから、こんな言葉が使われるようになった。

 フードバンクでは、子ども用の夏季緊急食糧も配布されている。」と教えてくれる。

 続けて筆者は、「ロイヤル・カレッジ・オブ・ペディアトリックス・アンド・チャイルド・ヘルス(英・王立小児保健協会)は、今年1月発表の報告書で、子どもたちの健康が危機にさらされていると警告した。

 「特に懸念されるのは過去5年間で拡大した子供たちの健康格差」と指摘し、「乳幼児期や学童期の健康上の問題は、未来の成人たちの問題となり、経済的にも生産性を減少させる」と。

 1998年から2002年のスコットランドの調査で、グラスゴーのたった数キロしか離れていない高級住宅地レンジ―と貧困区カルトンで、男性の平均寿命の差が28年(前者が82歳で後者が54歳)だったことが判明した。

 そこまで極端な数字ではないにしろ、英国全土でも、ゼロ年代にはわずかに縮小していたはずの健康格差が、10年以降、再び拡大している。

 15年の統計で、高級住宅地と貧困区の男性の平均寿命の差は、イングランド平均で9.2歳、女性で7.1歳。

 平均寿命の延びもほぼ横ばいだ。

 英国は世界で最も豊かな国の一つであり、医療技術は発展こそすれ、後退することはない。

 ならば平均寿命は右肩上がりで伸びていくのが当然だろうが、10年以降、足踏み状態だ。

 健康格差が広がり、平均寿命の伸びが止まった10年は、何が起きたとしだろう。

 それは労働党から政権を奪還した保守党が、戦後最大と言われる規模の緊縮財政政策を始めた年である。

 経済学者たちに「危険レベル」と言わしめるほど医療や社会保障への財政支出を切り始めた年だ。

 格差が広がっているのは寿命だけではない。

 日常生活に支障なく過ごせる期間を示す「健康寿命」の格差はさらに大きい。

 マンチェスター大学が7月に発表した調査によれば、高級住宅地と貧困区の健康寿命の差は、実に20年近くまで広がっている。

 これは緊縮財政によるNHS(国民健康サービス)の人員削減、インフラ削減、と明らかにリンクしている。NHSが提供している医療サービスの質が落ちているのだ。

 「ゆりかごから墓場まで」と言われ、公的医療モデルとなった無料の国家医療制度NHSも、予算削減でサービスが劣化し、注射一本打つにも何週間も待たされる。

 だが、裕福な層はこうした事実の影響は受けない。高額な医療費を払って私立病院を使うことができるからだ。

 寿命格差や健康寿命格差ほど赤裸々に経済的不平等を示すものはない。

 これは命の格差である。

 それが広がるほど、富めるものは生き、貧する者は死ぬしかない野蛮な時代に社会が戻っているということだ。

 戦争が人の命を脅かすように、経済政策も人の命を奪う。」と教えてくれた。

 最後に筆者は、「英国のキャメロン元首相の時価150万ポンド(約2億1千万円)の別荘がファッション誌で紹介されて話題になったが、「まあ落着け、単なる不況じゃないか」と書かれたポスターがキッチンに飾られたことが分かって物議をかもしている。

 「まあ落ち着け。早死にするだけじゃないか」

 「まあ落ち着け。子供が飢えているだけじゃないか」の文句では洒落たインテリアにはならないだろうが、これこそ為政者と庶民の認識のギャップを端的に示している。

 彼に言わせれば、格差も「まあ落ち着け、昔から貧しいものは先に死んできたじゃないか」なのかもしれない。

 キャメロン元首相は、EU離脱の国民投票を行った首相として歴史に名を残すだろう。

 彼を辞任に追い込んだ国民投票の結果は、現状への怒りとその打破を求める人々の声を反映したものではなかったか。

 離脱派が多かった貧しい北部の人々は、残留派が多かった南部の人々に比べると、75歳までに死亡している確率が20%高いという。

 昨年の英国のEU離脱投票の結果は、欧州の時計の針を逆戻りさせているのではない。

彼らがくらしている社会保障の野蛮こそが時代に逆行しているのだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 英国は「ゆりかごから墓場まで」といわれ、若い頃の憧れの国だったが?

 「初登校の日、彼(筆者の中学生の息子)はショックを受けて帰ってきた。

 「教室で「どんな夏休みを過ごした?」って話してたんだ。そしたら、「ずっとおなかがすいていた」といった子がいた・・・」とのこと、

 「1998年から2002年のスコットランドの調査で、グラスゴーのたった数キロしか離れていない高級住宅地レンジ―と貧困区カルトンで、男性の平均寿命の差が28年(前者が82歳で後者が52歳)だったことが判明した」とのこと、

 「英国本土でも、ゼロ年代はわずかに縮小してはずの健康格差が、10年以降、再び拡大している。15年の統計で、高級住宅地と貧困区の男性の平均寿命の差は、イングランド平均9.2歳、女性は7.1歳。」とのこと、

 「健康格差が広がり、平均寿命の延びが止まった10年は、何が起きた年だろう。

 それは労働党から政権を奪還した保守党が、戦後最大と言われる規模の緊縮財政を始めた年である」とのこと、

 「 マンチェスター大学が7月に発表した調査によれば、高級住宅地と貧困区の健康寿命の差は、実に20年近くまで広がっている」とのこと、

 「「ゆりかごから墓場まで」と言われ、公的医療のモデルとなった無料の国家医療制度NHSも、予算削減でサービスが劣化し、注射一本うつにも何週間も待たされる」とのこと、

 「(EU)離脱派が多かった北部の人々は、残留派が多かった豊かな南部の人々に比べると、75歳までに死亡する確率が20%高いという」とのこと、等々英国の今日事情を知ることができた。

 たしかに、筆者の「寿命格差や健康寿命格差ほど赤裸々に経済的不平等を示すものはない。これは命の格差である。それが広がるほど、富める者は生き、ひんする者は死ぬしかない野蛮な時代に社会が戻っているということだ」との指摘は当たっている、と思った。

 人間はひとりひとりみな可能性があり、互いに支え合いながら生きている。寿命や健康寿命に貧富で差があるということは、人類社会全体の損失である。

 命の格差はあってはならない、と思った。

 ここ数十年高額の健康保険料を払っている。 

 医者に病気ではかからない「健康な体に生んでくれた両親」感謝しながら、喜んで保険料は払い続けている。

 日本の皆保険制度は世界に誇るべき制度・文化ではないか、とも思っている。

 

 

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-09-24 14:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback