憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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815日付朝日新聞社説に、「72年目の815日」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「あの戦争のころ、世の中はどんな色をしていたのか。

 世の中はすべてがモノクロームだったようなイメージがある。 そう話す若者たちがいる。

 目にする空襲や戦地の映像はどれもモノクロだから、と。

 「「戦時下」って、自分とは別次元のまったく違う世界度と感じていた」

 戦中の暮らしを描いたアニメ映画「この世界の片隅に」で主人公の声を演じた、24歳ののんさんもそう語った。

 今年も815日を迎えた。

 「不戦の誓いとか戦争体験の継承とか言われても、時代が違うのだから」。若い世代からそんな戸惑いが聞こえてくる。

 たしかに同じ歴史が繰り返されることはない。

 戦争の形も時代応じて変わる。だが、その土台を支える社会のありように共通するものを見ることができる。そこに歴史の教訓がある。」と切り出した。

 続けて社説は、「日中戦争が始まった翌月の19378月。作家の永井荷風は日記に書いた。

 「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍国政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれ喜べるが如き状況なり」

 軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。世は好景気にわいた。

 戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほどかわらない。

 映画館を囲む人々の行列。女性たちは短いスカートでおしゃれを楽しむ。流行は、ぼたんの花のようなえんじ色とやわらかい青竹色。夜になればサラリーマンはネオンの街に酔った。

 戦地はあくまでも海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのか」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある。

 どこに、の答えが見つかった時にはもう遅い。

 <戦争が廊下の奥に立っていた>。

 この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年、創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。白泉が言い当てたように、時代は日常と非日常とを混在させながら流れていった。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「社会が息苦しさを増す過程で最初にあらわれ、後戻りすることがなかったのは、多様性の否定だった。

 朝鮮、台湾の植民地や沖縄で日本への同化教育が行われ国内でも天皇機関説事件などによって、学問や言論の自由が急速に失われていく。

 享受している生活が、そうした価値と引き換えであることに気が付かなった人、気づいたけれども声に出さなかった人。その後の日本人にどんな運命が待ち受けていたかを、後の世代は知っている。 

 歴史の高みから「分岐点」を探し、論じるのはたやすい。ではいまの社会は、数十年後の日本人からどんな評価を受けるだろうか。

 作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40ん円ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

 幕末から日露戦争まで。

 そこから先の大戦に敗れるまで。

 次は焼け跡からバブル経済まで。

 興隆と衰退が交互にあり、今は再び衰退期にあると見る。

 「人々は約40年たつと、以前の歴史を忘れてしまう。日中戦争や太平洋戦争の頃のリーダーで日露戦争の惨状をわかっていた人は、ほぼない。今の政治家の同じことです」と教えてくれる。

 最後に社説は、「半藤さんも、ほかの学者や研究者と同様、「歴史は繰り返す」と安易に口にすることはしない。歴史という大河をつくるひとつひとつの小さな事実や偶然、その背後にある時代背景の複雑さを知るからだ。

 それでも近年、そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気」を指摘する声が相次ぐ。

 安保法制や「共謀罪」法が象徴のように言われるが、それだけではない。もっと奥底にあるもの、いき過ぎた自国第一主義、他国や多民族を蔑視する言動、「個」より「公の秩序」を優先すべきだという考え、権力が設定した国益や価値観をに異を唱えることを許さない風潮など、危うさが社会を覆う。

 「歴史をつくる人間の考え方や精神はそうかわらない」と半藤さんは警告する。

 一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問、などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。

 そして何より、政治のゆくへを決める力を、主権者である国民が持っていること。

 72年前には破局を迎えた日本と地続きの社会に生きている己を自覚し、再び破局をもたらさぬよう足元を点検し、おかしな動きがあれば声を上げ、ただす。

 それが、今を生きる市民に、そしてメデイアに課せられた未来への責務だと考える。

 1945815日。空はモノクロだったわけではない。夏の青空が列島に広がっていた。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「日中戦争が始まった翌月の1937年8月。作家の永井荷風は日記を書いた。「この頃東京住民の生活を見るに、彼らは相応に満足と喜悦とを覚ゆるものの如く、軍区政治に対しても更に不安を抱かず、戦争についても更に恐怖せず、むしろこれを喜ぶべきが如くなり」」とのこと、

 「軍需産業の隆盛で日本はこの年、23%という経済成長率を記録。好景気にわいた」とのこと、

 「戦線が中国奥地に広がり、泥沼化した2年後の東京・銀座の情景もさほど変わらない。とのこと、

 「戦地はあくまで海の向こう。都会に住む人の間には「どこに戦争があるのかな」という、ひとごとのような気分があったと当時の記録にある」とのこと、

 「<戦争が廊下の奥に立ってゐた>。この年そう詠んだ新興俳句の渡辺白泉は、翌年創作活動を理由に治安維持法違反の疑いで逮捕される。」とのこと、

 「作家の半藤一利さんは、近代以降の日本は40年ごとに興亡の波を迎えてきたと説く。

幕末から日露戦争まで。そこから先の大戦に敗れるまで。次に焼け跡からバブル経済まで。興隆と衰退が交互に在り、今は衰退期にあると見る」とのこと、

 「そうした歴史に通じた人々から「戦前と似た空気を指摘する声が相次ぐ」とのこと、

 「一方で、かっての日本と明らかに違う点があるのも確かだ。

 表現、思想、学問などの自由を保障した憲法をもち、育ててきたこと。軍を保有しないこと。そして何より、政治に行くへを決める力を、主権者である国民が持っていることだ」との指摘、等々を知り理解できた。

 日本国憲法の下で、小学校から大学、就職、自立自営、老後と迎え、子どが二人を6年大学へ通わせ、子供の自立、孫が4人。日本の歴史の中で一番国民が幸せな時代を生きて今にあると思っている。この平和な日本が一日でも長く続くように行動したい、と思っている。

 


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by sasakitosio | 2017-08-21 06:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 815日付東京新聞社説に、「終戦の日に考える」という社説が載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「人間の歴史は戦争の歴史とも言われるが、いったい誰が戦争を起こすのか、また誰が戦争を止めるのか。最近の二つのニュースから考えてみたい。

 一つめのニュースは、6月、世界に配信されたアラブの武器商人アドナン・カショギ氏の訃報。81歳。ロンドンでパーキンソン病の治療を受けていた。

 イスラム教のメッカで宮廷医の父に生まれ、米国に留学。初仕事は在学中の21歳、米国からエジプトへ大量のトラックを売る仲介だったという。」と切り出した。

 続けて社説は、「その後武器商人に転じ、米紙ニューヨーク・タイムズ紙によると顧客の企業は、航空機やミサイルのノースロップ、ロッキード、グラマン、車両ではクライスラー、フィアットなど。 製品は世界に流れた。

 米国からイランへ武器密輸、イラン・コントラ事件にも関わる。

 かたや豪華な暮らしを愛し、豪邸で豪華なパーテー。その晩年「私が何か悪いことをしたって。一切ない」と述べたという。

 武器、兵器はもちろん国家の防衛品である。生産は兵器産業を支え、科学技術を進展させもする。

しかし、一方でおびただしい血を流させもしただろう。武器商人が死の商人と呼ばれるゆえんである。

 20世紀が戦争の世紀と呼ばれ、兵器開発に明け暮れ、戦争を繰り返してきたことを忘れてはなるまい。

 その反省と深い悔悟を忘れてはなるまい。

 その主体は国家であり、国民であり、つまり私たち民衆である。

 二つ目のニュースは、先月国連で採択された核兵器禁止条約である。

米ロなど核兵器保有国とアメリカの核の傘したなどとして日本は不参加だったけれど、多くの国々が核兵器の使用・保有・生産また威嚇の禁止を約束した。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「国の動きとは別に被爆者の全国組織、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の長く不屈の訴えがあった。被爆少女の折り鶴は反原爆のしるしである。小さな柔らか紙であっても訴えは鋼より強いはずだ。

 思い出してみよう。

 1999年に対人地雷禁止条約、

 2008年にはクラスター爆弾禁止条約が実現している。市民と有志の国の力である。

 対人地雷は田畑を耕そうとする人々を殺し苦しめ、小さく多数ばらまかれるクラスター弾は拾う子供らを殺傷した。その直接の当事者でなくとも、国は違えども同じ人間として黙っていられない。普通の人々の正義である。

 その普通の人々が戦争を止めたことはある。

 よく知られる例はベトナム戦争だろうか。

 1966年暮れ、ニューヨーク・タイムズのハリソン・ソールズベリ記者がハノイに入り、戦争の実態を伝え始めた。果たして勝てるのか、と。

 対抗するようにワシントン・ポストのコラムは共産主義側の宣伝を鵜呑みと批判したが、全米約30市で反戦デモが起きる

 やがてデモはホワイトハウスを取り囲み、ニクソン大統領は米軍を撤退を決める。

 国民には自国の戦争を止める力がある。

 政情はどうあれ、私たちは私たち自身の力をいまだ軽んじてはないだろうか。

 逆に国民は戦争に興奮する。

 英国のフォークランド(アルゼンチン名、マルビナス)紛争時、アルゼンチン軍に制圧された英兵が地面に腹ばいに伏せさせられている写真を見た英国民は開戦へと奮い立った。失業とインフレで支持率低迷中のサッチャー首相は国防相や外相らの慎重論を押し切り戦争に踏み切った。

 結果は戦勝で、支持率が上がった。しかし英国側256人の死者、777人の負傷者をだし、アルゼンチン側ではそれ以上の犠牲者のいたことを忘れてはなるまい。アルゼンチン側にもむろん非はある。それでも外交解決は本当に無理だったのか。政治は何を恐れ国民は何を望んだのか。」と指摘した。

 最後に社説は、「もし人類が進歩するというなら、戦争の世紀から平和の世紀へと変えねばならない。

 武器商人カショギ氏らの活躍した世紀から、市民・民衆の求める平和の世紀へと移行せねばならない。そういう力は強くなりつつある。そういう時代に私たちは生きている。

 対人地雷、クラスター弾、そして核兵器。それらに決別を告げる世界運動は、戦争の歴史に別れを告げる人類史の小さくとも大切な一歩であると思いたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「6月に、世界に配信されたアラブの武器商人アドナン・カショギ氏の訃報。81歳」とのこと、

 先月、国連で採択された核兵器禁止条約は「米ロなど核兵器保有国と、アメリカの核の傘の下などとして日本は不参加だったけれど、多くの国々が核兵器の使用・保有・生産、また威嚇の禁止を約束した」とのこと、

 「1999年対人地雷禁止条約、2008年クラスター弾禁止条約が実現している。市民と有志国の力である」とのこと、

 「1966年暮れ、ニューヨーク・タイムズのハリソン・ソールズベリ記者がハノイ入り、戦争の実態を伝え始めた。果たして勝てるかと。」とのこと、

 「対抗するようにワシントン・ポストのコラムは共産主義側の宣伝を鵜呑みと批判したが、全米約30市で反戦デモが沸き起こる。徴兵拒否が起こる。」とのこと、

 「やがて、デモはホワイトハウスを取り囲み、ニクソン大統領は米軍を撤退を決める」とのこと、等々を改めて思い出した。

 ソンミ村虐殺、クレイ選手の徴兵拒否、アメリカのドルと金の交換停止、フォークランド紛争での英国での興奮、等々も思い出した。

 いまだ受験勉強中で、賛成も反対も意見を持てなかった時代だった。

 社説の「もし人類が進歩するというなら、戦争の世紀から平和の世紀へと変えねばならない」との意見には全く賛成だ。

 なんたって、戦争は、究極の悪であり、究極の地球破壊であり、究極の無駄遣いであり、人類滅亡の引き金であると思うから。

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-20 19:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

815日付朝日新聞朝刊4面に「波聞風問」という欄がある。筆者は、編集員・原真人氏だ。

 今日は、この筆者はに学ぶことにした。

 まず筆者は、「企業経営者たちの間でマネジメントの神様ピーター・ドラッカー(1909~2005)の人気はいまも健在だ。

 何年か前には高校野球の女子マネージャーがドラッカー理論を学んでチーム改革に乗り出す小説が大ヒットした。

 その言葉には、企業ならずともどんな組織にも当てはまる真理があるのだろう。

 著書にこんな一節がある。

 「正しい問題提起への間違った答えは修正がきく。

 しかし、間違った問題的への正しい答えほど修正の難しいものはない」(「ドラッカー365の金言」) 
 ふと浮かぶののは、日本銀行の
2%インフレ目標である。

 13年春、就任早々の黒田東彦総裁が脱デフレを目指して「2年で達成する」と電撃的に打ち出した目標だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「先月、黒田総裁はその達成時期を6回目の延期を発表した。短期決戦のはずが気が付けば、67年で、という長期戦に。

 もはや泥沼の様相と言ってもいい。

 そもそも2%の設定には無理がある。日本ではこの20年、消費税などの特殊な時期を除いて実現したことがない高いインフレ水準だ。それに物価は景気が熱を帯びて上がるもので、物価を上げて景気をよくするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである。

 日銀の過ちは、その理論のって目標達成まで緩和を止めない、むしろ強化する、との立場を取っていることだ。

 緩和の行き過ぎはすでに大きな副作用、弊害を生んでいる。

 金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネー市場は官製化が進む。

 おきて破りの国際買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。

 政策の出口で想定される国民負担額は膨張の一途だ。2%を求めて政策を強化すればするほど、事態は悪化していくようである。」と指摘した。

さらに筆者は、「それでも日銀はかたくなな姿勢を崩さない。米欧の中央銀行がみな2%目標を掲げており、一人日銀だけが目標水準を下げれば円高が進んで景気が悪化するとの論法だ。

 「それはまったくのウソです」

 そう反論するには先月まで日銀政策委員会の審議委員だった木内登英氏である。

 民間エコノミスト出身の氏は委員の任期中、黒田日銀の超緩和路線に異を唱え続けた。 

 「物価はそれぞれの国の文化を反映する固有のもの。国際基準などない。各国に適正物価があり、2%ありきはおかしい。この目標に理論も理屈もない」と木内氏。

 日銀が目指すべきは物価と経済の安定だ。

 インフレ率は数年ゼロ%ほどで見事に安定している。

 失業率は歴史的低さだ。

 そこで物価水準だけ引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす。

 ドラッカーは「ひとたび正しい問題提起を得るならば解決は容易である」とも言う。

 早く「正しい問題提起」に立ち戻るべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「物価は景気が熱を帯びると上がるもので、物価を上げて景気を良くするというリフレ論というのは順序が逆転したヘンテコな理論なのである」との指摘、

 「日銀の過ちは、その理論にのって目標達成まで緩和を緩めない、むしろ強化することだ」との指摘、

 「金利なき世界は銀行の事業モデルを破壊し、日銀マネーで市場は官製化が進む」との指摘。
 「おきて破りの国債の買い支えは、政府の財政健全化の意欲をなえさせている。」との指摘、

 「インフレ率はここ数年ゼロ%ほどで見事に安定している。失業率は歴史的低さだ。そこで物価水準だけ無理に引き上げようと超緩和を続ければ、かえって不安定のタネをまき散らす」との指摘、等々の指摘は理解し、納得できた。

 民主主義の国の日銀総裁だから、総裁を変えるか、正しい問題提起をするか、いずれも簡単にできそうな気がするが?国会で、「正しい問題提起」の必要性をぶち上げる議員はいないものか?

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-20 19:10 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月19日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、第二次大戦中にフランスから強制収容所に送られたユダヤ人の追悼式がイスラエルのネタニヤフ首相を迎え、パリで行われた。
 そこでフランスのマクロン大統領は「反ユダヤ主義の焼き直しでしかない反シオニズムを許さない」と驚きの発言をしたが、「シオニズムに反対するユダヤ人国際ネットワーク」など反シオニズムを掲げるユダヤ人団体はどうなるのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「 百科事典には「シオニズムはパレスチナの地にユダヤ民族国家樹立を目指す運動」とある。イスラエル建国の礎となったこの思想を道義的・宗教的理由で拒否するユダヤ教指導者は多い。ユダヤ人=シオニストでないのは明白。イスラエル批判が即刻反ユダヤの烙印を押されるのは不当だ。

 イスラエルの歴史学者シュロモ・サンドも、シオニズム擁護発言はフランスの共和国理念と矛盾すると批判。

 欧米などのユダヤ人にイスラエル市民権があって、もともといた被占領民にはないという不条理を訴えた。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「反ユダヤ主義が差別であると同様、ユダヤ人のために他者に犠牲を強いるシオニズムも差別思想と言える。自国によるユダヤ人迫害の歴史を償うマクロン氏の熱意は評価できるが、国際法違反が指摘されイスラエル右派政権に擦り寄って差別と反差別を混同する発言は、逆にユダヤ人に失礼だ。トランプ氏の白人至上主義擁護ばかりを責められない。」として締めくくった 。

 読んで勉強になった。

 「第二次大戦中にフランスから強制収容所に送られたユダヤ人の追悼式がイスラエルのネタニヤフ首相証を迎え、パリで行われた」とのこと、

 「そこでフランスのマクロン大統領は「反ユダヤ主義の焼き直しでしかない反シオニズムを許さない」と驚きの発言した」とのこと、

 「百科事典では「シオニズムはパレスチナの地にユダヤ民族国家樹立を目指す運動」とある」とのこと、

 「イスラエル建国の礎となったこの思想を道義的・宗教的な理由で拒否するユダヤ指導者は多い」とのこと、

 「イスラエルの歴史学者シュロモ・サンドも、シオニズム擁護発言はフランスの共和国理念と矛盾すると批判」とのこと、とうとうを知ることができた。

 「ユダヤ人=シオニストでないのは明白」との筆者の指摘は、言われれば自由主義の国では当たり前のことであった。が、自分はユダヤ人=シオニストと思っていた。

 また、「欧米などのユダヤ人にイスラエルの市民権があってもともといた非占領民にはない」ことを初めて知り、パレスチナ人が怒るも無理がないと思った。


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by sasakitosio | 2017-08-20 11:45 | 東京新聞を読んで | Trackback

8月19日付朝日新聞朝刊1面に、「負動産時代」という欄がある。筆者は、大津知義氏だ。

 今日はこの記事に学ぶことにした。

 まず記事は、「東京都心から電車で45分のベットタウン。埼玉県坂戸市内の市道沿いに、異様な外観の3階建てマンションが立つ。築40年、大半をつたに覆われ、外壁は汚れて黒ずむ。階段はさびて崩れて落ちそうだ。

 店舗スペースに当たる1階の4部屋を所有する不動産業・恩田商店の恩田義雄社長は「解体して更地で売りたいが、反対する所有者がいて、できずにいる」と打ち明ける。

 恩田社長によると、建物は分譲マンション。

 7年ほど前、マンションをどうするか所有者間で話し合いを始めた。このときすでに、住んでいる人はほとんどおらず、修繕などの管理もされていなかった。分譲当初から正式なマンション管理組合もなかった。

 話し合いで更地にして売る方向になったが、一人が反対して暗礁に乗り上げた。

 分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ。

 さらに、取り壊したうえで、細かく区分して所有している土地を売り払うには、原則として全員の同意がいる。

 解体に反対する男性(65)は、一室を事務所として使っている。

 取材に対し、「ローンは完済しているのでここだとタダ。退去すれば、部屋を借りなければならずお金がかかる。あと半年か1年使いたい」と答えた。

 別の所有者の男性(75)は困り切っている。

 「建物の一部が崩れてけが人がでたら、所有者が賠償請求される。行政からも注意されているので放置したくない。でも取り壊せない」」と教えてくれる。

 続けて記事は、「売るに売れず、処分に困る「負動産」は地方やリゾート地だけの問題ではない。

 所有者間の意見がまとまらず老朽化対策が進まないマンション、所有者不明で塩漬けになった土地など、大都市圏にも「負動産」は忍びよっている」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「分譲マンションを建て替えるには全住民の5分の4以上の賛成が必要だ」とのこと、

 「さらに、取り壊した上で、細かく区分して所有している土地を売り払うには全員の同意が要る」とのこと、等々を改めて知ることになった。

 物事を決めるのに、5分の4の多数決、や全会一致を条件とした現在のルールは、多様な人間、経済状態の変化、等を考えると抜本的な改正をしないといけない、と思った。
 マンションも、法制度も、人間社会も高齢化社会ということか!


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by sasakitosio | 2017-08-20 07:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback

8月18日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。
 筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「12日、那覇市で米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設などに反対する県民大会が行われた。

<(翁長雄志沖縄県知事は、)「今後も県民に対するいかなる差別的、犠牲的な扱い、基地負担の押しつけに反対し、オスプレイの配備撤回、辺野古新基地建設反対、普天間飛行場の閉鎖・撤去の実現に取り組んでいく不退転の決意を皆さんに約束する」と述べた。あいさつの最後に「子孫(くゎうまが)のために、うやふぁーふじぬ思(うむ)い、肝(ちむ)にすみてぃ、命(ぬち)かじりちばらなやーさい」(子や孫のため先祖の思いを胸に刻み、命の限り頑張りましょう)と、うちなーぐち(沖縄の言葉)で呼びかけた>(8月13日「琉球新報」電子版)」と切り出した。

 続けて筆者は、「「ぬちかじりちばらなやーさい」という思いを筆者も共有する。

 問題は、沖縄人のこの気持ちが日本人になかなか伝わらないことだ。

 筆者の場合、父が東京出身の日本人で母が沖縄・久米島出身の日本系沖縄人なので、双方の感情が皮膚感覚でわかる。

 圧倒的多数の日本人が沖縄問題を直視しないのは、自分が責められ、避難される状況に置かれると何となく感じているからだ。

 この状況を打破したいと思うのだが、方策が見つからない。筆者は伝わらない言葉を伝えるという「不可能の可能性」に挑んでいこうと思う。」として締めくくった。

読んで勉強になった。

 「12日、那覇市で米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設などに反対する県民大会が行われた」とのこと、

 翁長雄志沖縄県知事はあいさつの最後に「うちなーぐち(沖縄の言葉)で呼びかけた。(8月13日「琉球新報」電子版)」とのこと、

 「筆者の場合、父が東京出身の日本人で母が沖縄・久米島出身の日本系沖縄人なので、双方の感情が皮膚感覚でわかる」とのこと、

 「筆者は伝わらない言葉を伝えるという「不可能の可能性」に挑んでいこうと思う」とのこと、

 等々を知ることができた。

 伝える努力をする筆者と、理解しようとする日本人とで、そして沖縄の天気予報を含めニュースがメデイアで放映されれば、沖縄の言葉も感も伝わるはずだ、と思った。

 


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by sasakitosio | 2017-08-19 11:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

813日付朝日新聞社説に、エネルギー基本計画のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「電気や熱などのエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直し論議を始めた。

 世耕弘成経産相は「基本的に骨格は変えない」と語った。

 しかし、小幅な手直しで済む状況ではない。

 今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。世界に目を向けると、先進国を中心とした原子力離れに加え、地球温暖化対策のパリ協定発効に伴う脱石炭火力の動き、風力・太陽光など再生可能エネルギーの急速な普及と言った変化の大きな波が起きている。

 日本でも将来像を描き直す必要がある。

 まず土台に据えるべきは脱原発だ。温暖化防止との両立はたやすくはないが、省エネ・再エネの進化でハードルは下がってきた。経済性や安定供給にも目配りしながら、道筋を探らなくてはならない。」と切り出した。

 続けて社説は、「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「需要なベースロード電源」と位置づけた。

 新規制基準にそって再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる。

 計画をもとに経産省が15年にまとめたエネルギー需給見通しは、原発回帰の姿勢がさらに鮮明だ。30年度に発電量の2割を原発でまかなうと想定する。30基ほどが動く計算で、再稼働だけでなく古い原発の運転延長か建て替えも多く必要になる。

 だが、原発政策に中立的な専門家からも「現実からかけ離れている」と批判が出ている。

 事故後、原発に懐疑的な世論や安全対策のコスト増など、内外で逆風が強まっているからだ。

 原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている。

 次の基本計画では、原発を基幹電源とすることをやめるべきだ。「依存度低減」を空証文にせず、優先課題に据える。そして、どんな取り組みが必要かを検討し、行程を具体的に示さねばならない。」と指摘した。

さらに社説は、「脱原発と温暖化対策を同時に進めるには、省エネを徹底し、再エネを大幅に増やすことが解になる。

 コストの高さなどが課題とされてきたが、最近は可能性が開けつつある。

 省エネでは、経済成長を追求しつつエネルギー消費を抑えるのが先進国の主流だ。ITを使った機器の効率的な制御や電力の需要調整など、技術確信が起きている。

 かって石油危機を克服した時のように、政策支援と規制で民間の対応を強く促す必要がある。

 再エネについては、現計画も「導入を最大限加速」とうたう。ここ数年で太陽光は急増したが、風力は伸び悩む。発電量に占める再エネの割合は1割台半ばで、欧州諸国に水をあけられている。

 本格的な普及には障害の解消が急務だ。例えば、送電線の容量に余裕がない地域でも、再エネでつくった電気をもっと流せるように、設備の運用改善や、必要な増強投資を促す費用負担ルールが求められる。

 世界では風力や太陽光は発電コストが大きく下がり、火力や原子力と対等に競争できる地域が広がっている。日本はまだ割高で、設備から運用まで効率化に知恵を絞らなければならない。

 再エネは発電費用を電気料金に上乗せする制度によって普及してきたが、今度は国民負担を抑える仕組みづくりも大切になる。

 一方、福島の事故後に止まった原発の代役として急増した火力発電は、再エネ拡大に合わせて着実に減らしていうべきだ。

 現計画は、低コストの石炭火力を原発と並ぶ基幹電源と位置づけ、民間の新設計画も目白押しだ。しかし、二酸化炭素の排出が多いため、海外では依存度を下げる動きが急務だ。火力では環境性に優れる天然ガスを優先する必要がある。」と指摘した。

 最後に社説は、「今回の計画見直しでは、議論の進め方にも問題がある。

 経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部らが並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人々は一握りだ。

 これで、実のある議論になるだろうか。海外の動向や技術、経済性に詳しい専門家を交え、幅広い観点での検討が欠かせない。

 資源に乏しい日本では、エネルギーの安定供給を重視してきた。その視点は必要だが、原発を軸に政策を組み立てる硬直的な姿勢につながった面がある。

 世界の電力投資先は、すでに火力や原子から再エネに主役が交代した。国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「電気や熱などエネルギーをどう使い、まかなっていくか。その大枠を示す国のエネルギー基本計画について、経済産業省が見直しを論議を始めた」とのこと、

「今の計画は、国民の多くが再稼働に反対する原発を基幹電源とするなど、疑問が多い。」との指摘、

 「14年に閣議決定された今の計画にはまやかしがある。福島第一原発の事故を受けて、「原発依存度を可能な限り低減する」との表現を盛り込んだが、一方で原発を「重要なベース電源」と位置づけた。新規制基準に沿って再稼働を進める方針も明記し、実際に各地で再稼働が進んでいる」との指摘、

 「原発から出る「核のゴミ」の処分も依然、日本を含め大半の国で解決のめどが立たない。先進国を中心に原発の全廃や大幅削減をめざす動きが広がっている」との指摘、

 「経産省は審議会に加え、長期戦略を話し合う有識者会議を設ける。二つの会議の顔ぶれは、今の政策を支持する識者や企業幹部が並び、脱原発や再エネの徹底を唱える人は一握りだ」との指摘、

 「世界の電力投資先は、すでに火力や原子力から再エネに主役が交代した」との指摘、

 等々を知って、社説の「国際的な潮流に背を向けず、エネルギー政策の転換を急がなくてはならない」との意見に賛同し、あわせて日本の企業が再エネ社会をリードし、日本国内の雇用増に貢献してほしいと思った。 


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by sasakitosio | 2017-08-19 06:34 | 朝日新聞を読んで | Trackback

817日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という」欄がある。 筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「昨年末、検索大手の翻訳ソフトの性能が格段に向上したことが話題になった。自然言語に近い出来だという。

 画像診断や症例検索等の医療現場や商品販売の顧客対応や宣伝などの分野でも、人工知能(AI)の活用が広がっている。AIとロボットが結びついて第四次産業革命が進行中だという議論もある。」と切り出した。

 続けて筆者は、「他方、懸念材料は山ほどある。

 製造業でロボットが労働力を駆逐するだけでなく、ルーティンに従う事務職も危ない。

 深刻な「技術的失業」を警告する経済学者もいる。

 法律事務の自動化は良いが、保釈の判断にAIの再犯予測が採用された米国の事例では、予測ソフトの開示を企業が拒否している。

 自動運転の車に乗りたいと思う人はどれほどいるのか。

 人の運転へ切り替えるとっさの判断は誰がするのか。事故の責任は誰が追うのか。深刻なのは軍事利用だ。殺す相手を自分で決めるロボット兵器は禁止すべきだとする研究者らの公開書簡が発表されている。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「AIは人間特有の知性とは全く別物だ。ビジネスモデルや軍事戦略、国民を監視・統制する独裁政権のような、既定の目標を追求する「戦略的理性」に奉仕するための道具がその本質だ。

 判断過程をブラックボックス化して、民主主義の根幹の対話や討論の原理を侵食する危険性こそ認識すべきだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「画像診断や症例検索等の医療現場や商品販売の顧客対応や宣伝などの分野でも、人工知能(AI)の活用が広がっている」とのこと、

 「製造業でロボットが労働力を駆逐するだけでなく、ルーテインに従う事務職も危ない」とのこと、

 「法律事務の自動化は良いが、保釈の判断にAIの再犯予測が採用された米国での事例では、予測ソフトの開示を企業が拒否している」とのこと、

 「殺す相手を自分で決めるロボット兵器は禁止すべきだとする研究者らの公開書簡が発表されている」とのこと、

 「AIは人間特有の知性とは全く別物だ」とのこと、

 「判断過程をブラックボックス化して、民主主義の根幹の対話や討論の原理を侵食する危険性こそ認識すべきだ」とのこと、

 等々を知ることができた。

 医療現場でのAIの活用、法律事務の自動化、等はまあいい方だとしても、人殺しのロボットなど犯罪行為のロボットや、戦争行為のロボットはいかがなものか、と思った。

人を生かし、戦争をやめさせる、そんなロボットの誕生が待ち遠しい。

 また、人間がロボットをコントロールできなくなった時、どんな世界になるのだろうか。想像したくないし、想像できない。ただ、自分の生きているうちは、そんなことが起きないことを祈るばかりだ。

  


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by sasakitosio | 2017-08-18 06:40 | 東京新聞を読んで | Trackback

816日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「3日に閣議決定された政府の「基本方針」はかなり面妖な代物だ。

 「誇りある日本」を取り戻すためと称する四つの「政策」を掲げるが・・・・。

 ①復興の加速化 からして欺瞞。だったら五輪なんかにウツツを抜かしている場合ではないのちゃう?

 ②「人づくり革命」の断行

 ③「一億総活躍」社会の実現

 ④世界の中心で輝く日本、に至っては空疎かつ不誠実な語句の羅列でしかない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「政府は日本の理想を示したかったのだろう。しかし人は煮詰まると、不毛な精神論を振り回すようになる。連想したのは戦前二度政権の座についた近衛文麿内閣による基本方針の数々だ。

 国民精神総動員運動(1937年)、

 国家総動員法(38年)、

 政権復帰後の新体制運動(40年)。

 いずれも「興亜報国」「挙国一致」などを掲げ「国内体制の刷新」を目指すものだったが、その結果はご存じのとおりである。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「井上寿一「理想だらけの戦時下日本」(ちくま新書)は当時と現在の日本は似ているとし、戦時下の日本人が「これはファシズムだ」と批判されても今日と同様の違和感と反発を感じただろうと述べている。

 この本が出版されたのは第二次安倍政権発足直後の20133月。4年後の現在、似ている感は増している。

 くだんの基本方針が一つの証拠。

 世界の中心で輝く日本?

 もはや末期症状だ。」と指摘して締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「3日に閣議決定された政府の「基本方針」かかなり面妖な代物だ」とのこと、

 「「誇りある日本」を取り戻すためと称する4つの「政策」を掲げるが・・。①復興の加速化②「人づくり革命」の断行③「1億総活躍」社会の実現④世界の中心で輝く日本」とのこと、

 「連想したのは、戦前に二度政権の座に就いた近衛文麿内閣による基本方針の数々だ。国民精神総動員法(1937年)、国家総動員法(38年)、政権復帰後の新体制運動(40年)。いずれも「興亜報国」「挙国一致」などを掲げ「国内体制の刷新」を目指すものだった」とのこと、等々を初めて知ることができた。

 煮詰まって精神論を振りまわしている感がするのは、近衛文麿内閣の時代と安倍内閣の現代は酷似しているが、国民が臣民と主権者と大きく違い、憲法が大日本帝国憲法と日本国憲法と違い、情報の拡散するスピードと量の桁が違う。

 だから、歴史はそのまま繰り返すはずがないと思いたい。

 また政府は「誇りある日本」を取り戻したいらしいが、ここ十数年年末年始海外都市一人歩きのささやかな経験でみても、国内的には欲を言えば不十分なところはあるが、今日の日本は十分に「誇りある日本」だと思っている。

 そして、政府の4つの政策もその中身「例えば①復興の加速化=福島県全体を再エネ化して②人づくり革命=記憶喪失の官僚を一掃して③1億総活躍=完全雇用、非正規雇用廃止して④世界の中心で輝く日本=核廃絶、戦争廃絶、国民を幸せにして」とうとう具体的に見える化できないものかと、と思った。

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-17 07:17 | 東京新聞を読んで | Trackback

811日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。筆者は、共同通信編集委員・大田昌克氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「今年の86日も本当に暑かった。ここ10年ほど「原爆の日」の朝、広島の平和祈念式典に友人の被爆者ご夫妻と参列している。会場の被爆者席で、91歳の女性被爆者と隣り合わせた。「広島駅でした。(爆心地から)1.7キロ。しばらく意識を失い、気が付いたら線路の枕木が燃えていました。 普通、燃えませんよね」10年前に肺がんを患ったが、克服した。今はひ孫5人に囲まれ幸せだという。」と切り出した。

 続けて筆者は、「午前8時十五分に黙とうしたした後、松井一実市長が平和宣言を読み始めると、笑顔だった彼女が急に涙ぐみ始めた。鋭い閃光がピカーッと光り、すさまじい放射線と熱戦。ドーンという地響きと爆風。暗闇の後に現れた景色には、黒く焼け焦げて散らばる多数の屍。裸同然で剥がれた皮膚をたらし、燃え広がる炎の中、水を求めてさまようーー。

 市長が被爆時の情景を描写したため「あの日」を思い出し、感極まったそうだ。

 「孫らのことを考えると本当は話すべきなのでしょうが・・・・」

 あまりに凄惨な記憶が証言活動をためらわせている。72年後の今も沈黙を保つ被爆者は大勢いる。」と指摘した。

さらに筆者は、「 核兵器を「絶対悪」と表現した松井市長は平和宣言でこうも呼びかけた。「被爆者の体験に根差した「良心」への問いかけと為政者に対する「誠実」な対応への要請をわれわれのものとし、世界の人々に広げ、次の世代に受け渡していこう」

 なぜ爆心地が「良心」と「誠実」という言葉を世界に発信したのか。

 それは被爆者の平均年齢が81歳を超え、被爆体験の風化が懸念される中、現状への強い焦燥感を表現するためではなかったか。

 米大統領は「核なき世界」を唱えたオバマ氏から核の実戦使用すらほのめかすトランプ氏に代わった。

 ロシアのプーチン大統領も核戦力刷新を続ける。北朝鮮の核の脅威はついに本物となった。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ひるがえって、唯一の被爆国はどうか。

 7月に採択された核兵器禁止条約を巡り、日本政府は被爆者の声や世論を顧みず「核の傘」を差し掛ける米国との同盟関係を優先して交渉に背を向けた。オバマ氏が広島を昨春訪れた後「核の専制不使用」への政策変更を検討した際、日本政府高官は一様に否定的な反応を示した。

 6日の式典後の記者会見で「核を持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則の法制化を問われた安倍晋三首相はこう答えた。

 「三原則は国是として堅持しており法制化の必要なない」。米核戦力に国防を依存しているため「核を持ち込ませず」の選択肢を排除できないのか。

 「非核」を言葉では誓うものの、誠実さが伝わらない日本政府の対応と言動。被爆地が求める良心への回帰を為政者に求めたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「核兵器を「絶対悪」と表現した松井市長は平和宣言で、「被爆者の体験に根差した「良心」への問いかけと為政者に対する「誠実」な対応への要請を我々のものとし、世界の人々に広げ、次の世代に受け渡していこう、と呼びかけた」とのこと、

 「唯一の被爆国はどうか。7月に採択された核兵器禁止条約を巡り、日本政府は被爆者の声や世論を顧みず「核の傘」をさし向ける米国との同盟関係を優先して交渉に背を向けた」とのこと、

 「オバマ氏が広島を昨春訪れた後「核の先制不使用」への政策変更を検討した際、日本政府高官は一様に否定的な反応を示した」、とのこと、等々を改めて知ることができた。

 「非核を言葉では誓うものの、誠実さが伝わらない日本政府の対応と言動、被爆地が求める良心への回帰を為政者に求めたい」との社説には全く同感だ。

 核抑止論という「間違った問題提起」への、核の傘という「正しい答え」は、修正が難しいのかも知れない、と(ドラッガー365の金言)を思い出した。

 

 

 


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by sasakitosio | 2017-08-16 19:32 | 東京新聞を読んで | Trackback