憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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4月28日付け朝日新聞朝刊社説に、森本学園と財務省のことが載った。 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「「森友学園」への国有地売却で、財務省がいかに異例の対応をしていたか。その実態を示す資料が次々に出てきた。

 改めて問う。問題の国有地はどのような経緯で破格の安値で売られるに至ったのか。財務省には説明の義務がある。

 学園の籠池泰典氏は16年3月、財務省の担当室長と面会した。朝日新聞が入手したその際の録音によると、籠池氏は当時賃貸契約を結んでいた国有地の地中からごみが見つかったと説明し、安倍首相の妻、昭恵氏の名前にも触れて対処を求めた。

 室長は、売却が原則の国有地について「貸し付けすることが特例だった」としたうえで、ごみが見つかったことは「重大な問題と認識している」と応じた。」と教えてくれる。

 続けて社説は、「この面会の9日後、学園は土地の購入を申し入れ、3か月後、鑑定価格から約9割引きの安値で売買契約が結ばれた。

 この経過について、籠池氏は今年3月の証人喚問で「神風が吹いた」と表現した。

 財務省の佐川宣寿理財局長は国会で、16年3月の面会について「(室長は)現場で適切に対応すると応じたが、その他については具体的に記憶していない」と答え、詳しい説明を避けている。

 特別扱いぶりは、国会の質疑で明らかにされた資料にも現れている。近畿財務局が作成し、14年12月中旬に学園に渡されたという「今後の手続きについて」と題した資料だ。

 売買契約を締結するまでの手続きを14項目にわたって説明。

 15年2月に国有地売却の是非を協議する審議会が予定されていることを示したうえで、それまでに必要な書類を指摘し、「速やかに提出」と記した。

 また15年1月をめどに要望書を提出する必要があるとし、近畿財務局長宛の要望書のひな型が添付されていた。

 「校舎建築等に多額の初期投資を必要とする」といった「事情を斟酌」し、売り払いが原則国有地「10年間の事業用定期借地契約と売買予約の締結をお願いいたします」とある。期日と学校法人名を書けば完成するようになっていた。

 そのほか、土地の貸し付けや売買予約のための書類のひな型もあった。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「財務省の佐川局長は国会で、「予断を持って(土地の)処分方針について伝えたことはない」と繰り返すが、その言葉を国民が信じるだろうか。

 学園側との面会で何をはなし、なぜ、特別扱いにしか見えない対応を重ねたのか。説明できないようでは、財務省に国有地を管理する資格はない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学園の籠池泰典氏は16年3月、財務省の担当室長と面会した。朝日新聞が入手したその際の録音がある」とのこと、

 「室長は、売却が原則の国有地について「貸し付けることが特例だった」とした上で、ごみが見つかったことは「重大な問題と認識している」と応じた」とのこと、

 「近畿財務局が作成し、14年12月中旬に學園に渡されたという「今後の手続きについて」と題した資料」があるとのこと、

 「15年1月をめどに要望書を提出する必要があるとし、近畿財務局長宛の要望書のひな型が添付されていた」とのこと、

 「そのほか、土地の貸し付や売買予約のための書類のひな型もあった」とのこと、等々を知ることができた。

 一連の流れを見る限り、財務省の森友学園への特別扱いは明白である。明治維新から150年余、官僚組織に制度疲労、システム障害が生じているのかもしれない、と思った。


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by sasakitosio | 2017-04-30 14:27 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月26日付東京新聞社説に、日本郵政の巨額損失のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「株式上場から2年。日本郵政が巨額損失で躓いた。成長を焦り過ぎたのではないか。官営100年から民営化した郵政は目先の収益ではなく、国民の暮らしを支える安定した企業を目指すべきだ。

 株式市場や株主を過剰に意識し、短期的な利益追求に傾く企業経営には多くの批判がある。

 目先の収益拡大で株価、時価総額を上昇させる米英型の経営は、格差社会の原因になったと繰り返し指摘されている。

 上場企業は株主だけでなく、取引先や従業員、地域社会など多くの関係者に中長期的な利益を視野に入れた経営でなければいけない。

 だが2015年秋の郵政株式上場に向けては、収益力の強化を急げという声が高まった。

 その圧力におされたのだろうか。

 上場半年前の5月、6200億円もかけて買収したのが豪物流会社「トール・ホールディグス」だった。

 そのトールの業績が悪化。日本郵政は17年3月期の連結決算で約4000億円の損失を計上し、07年の民営化以来、初めて赤字に転落する。」と指摘した。

 続けて社説は、「買収額はトールの純資産額よりも4千億以上も高かった。

 アジア太平洋地域で同社が持つ事業基盤や将来性を高く評価したのであれば、なぜわずか2年で業績が急速に悪化したのか。

 豪州経済を支える資源価格の下落が原因と説明されるが、買収当時から「高値づかみ」との指摘はあった。

 外国企業の合併・買収(M&A)は、東芝の例を挙げるまでもなく、純民間企業でも失敗が多い。十分なノウハウも人材も経験もない国際物流事業で、買収を急いだのは東芝の経営に長く携わった西室泰三社長(当時)だった。

 その経営判断、買収の経緯、社長を支える取締役会の責任を明確にしなければならない。」と指摘した。

 最後に社説は、「民営化には公共部門をかかえる非効率性を競争で是正する狙いがあるが、郵政グループは民営化後も全国一律のサービスが義務の日本郵政を抱えている。

 民業への脱皮は容易ではない。

 ただ株式の8割を保有する政府、つまり国民が抱く日本郵政への期待は短期利益を追求する米英型の企業ではないはずだ。

 郵政の株式売却益は東日本大震災の復興財源にもなる。

 急がば回れ、今回の失敗を糧として日本郵政と傘下の日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命は急成長を焦らず、弱者にも優しい安定した経営で国民の期待に応える責務がある。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。
 「上場半年前の5月、6200億円もかけて買収したのが  
 豪物流会社「トール・ホールデングす」だった」とのこと、
 「そのトールの業績が悪化。日本郵政は17年の連結決算で約4000億円の損失を計上し、07年の民営化以来
初めて赤字に転落する」とのこと、
 「買収額はトールの純資産よりも4000億円以上も高かった」とのこと、等々を知ることができた。
 そして、知って驚いた。

 先に東芝が、続いて日本郵政が、外国会社の「高値づかみ」をし、会社に多大な損害が生じた。これは、企業買収と言う「詐欺」にあったのではないか?

 その詐欺に引っかかる「日本の経営者」および「国際法務・国際会計のサポート集団」の無能にあきれた。政治だけでなく、経済も、法務も、会計も、国際的にいいカモにされていると思うと、情けないし、腹立たしい。グローバル時代に使える官民の人材養成が急務なのかもしれない。


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by sasakitosio | 2017-04-30 13:54 | 東京新聞を読んで | Trackback

424日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」と言う欄がある。筆者は、政治部次長。高橋純子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「夜学生が紙袋のお菓子を、食べてと進めてくれたので、土間に立ったまま食べたのだ。カステラの間に羊かんをはさんで切った形のお菓子だった。このお菓子の名前知っているか、と訊くから 知らない、と答えると、シベリア、と言った」(武田百合子「言葉の食卓」)

 小学1年の道徳の教科書で「パン屋」が「和菓子屋」に替えられたとの報に触れた時、ふと、「私はシベリアの側に立つ」と思った。

 和菓子かも洋菓子かも菓子パンかもしれない美味なる食べ物。

 この世界に開かれた節操のなさをこそ、私は愛おしく思える。

 伝統も文化も国も郷土も、重層的で多面的だ。

 愛すべき部分も憎まざるを得ない部分もある。

 いいからとにかく尊重しろ、愛せと言うのは、バカになれと言っているに等しい。

 右傾化と言うよりスットコドッコイ化。

 愛さえあれば生きて行けるってか。

 もとより愛することは難しい。

 愛しすぎて常軌を逸してしまうことも、多々ある。

 自民党の有村治子元女性活躍相は今月13日の参院な内閣委員会で、自衛隊機のスクランブルが昨年度過去最多、中国の脅威が高まっているとのニュース解説にNHKが使った、中国の国旗の下に日の丸を配した画をやり玉に挙げた。

 「この映像はまさに主権が奪われた状況の属国、隷属したポジションに日の丸を置いている」

 「中国の方から見れば、中華思想、チャイナファーストを日本の報道が自からやってくれていると見えるのではないか」…大丈夫か。」と切り出した。

 続けて筆者は、「作家の百田尚樹氏は「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵をつぶしていく。」「昔、朝日新聞は、「北朝鮮からミサイルが日本に落ちても、一発だけなら誤射かもしれない」と書いた。

 信じられないかもしれないが、これは本当だ。

 今回、もし北朝鮮のミサイルが落ちた時、「誤射かもしれない」と書いたら、社長を半殺しにしてやるつもりだ」とツイッターに投稿している。

 あらタイヘン。そんな記事本当に書いたのかしら。

「北朝鮮」

 「一発だけ」

 「「誤射」でデータベースを検討したが、結果は0件。永遠の0件。

 百田氏の過去のインタビューなどから類推すると、おそらく2002420日付朝日新聞朝刊「「武力攻撃事態」って何」のことだと思われる。

 Q ミサイルが飛んできたら。

 A 武力攻撃事態ということになるだろうけど、1発だけなら、誤射かもしれない。(北朝鮮を含め具体的な国や地名は出てこない。

 一般論として、武力攻撃事態の線引きは難しいということをQ&Aで解説する記事だった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「夜店で戦隊ヒーローのお面を買ってもらった幼児が、見えない敵と戦っている姿はよく見かけるが、「愛国メガネ」にも似た効果があるらしい。

 四方八方敵だらけ。

 息つく暇もなかろう。とりあえず山へ、“キノコ採り”にでも出かけてみてはいかがか。

 北朝鮮の脅威を喧伝しつつ、桜を見て一句詠む、ヨユ―の安倍晋三首相にならって。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 スットコドッコイという言葉に惹かれて、ついつい全文読んでしまった。

 結果は、面白くて、ためになった。

 「いいからとにかく尊重しろ、愛せと言うのは、バカになれと言っているに等しい。右傾化と言うよりスットコドッコイ化。」との指摘、

 「自民党の有村治子元女性活躍相は、ニュース解説にNHKが使った画をやり玉あげ、

「この映像はまさに主権が奪われた状況の属国、隷属したポジションに日の丸を置いている」

 「中国の方から見れば、中華思想、チャイナファーストを日本の報道が自らやってくれていると見えるのではないか」・・・・・大丈夫か」との指摘、

 「作家の百田尚樹氏は「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく」

 「昔、朝日新聞は、「北朝鮮からミサイルが日本に落ちても、一発だけなら誤射かもしれない」と書いた。信じられないかもしれないが、これは本当だ。 今回もし日本に北朝鮮のミサイルが落ちた時。「誤射かもしれない」と書いたら、社長を半殺しにしてやるつもりだ」とツイッターに投稿した」との指摘、等々を知ることができた。

 自民党の有村治子氏の発言は、筆者の「大丈夫か」との懸念は同感だが、同じような話が自民党の内部で充満していてその一部が外部に露出しただけのことではないかと危惧した。

 百田尚樹氏の発言は、共謀罪の必要性を感じさせられるようなものだ。共謀罪の推進を煽っているのではないか、とも思った。


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by sasakitosio | 2017-04-30 10:23 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月29日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、アナウンサー・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ラッシュアワーを過ぎた電車のホームは、それでもまだ帰宅客で混雑している。

 その中に、二人の少年がいた。一緒にスマホのゲームに没頭している。小学6年か中学1年ぐらいだろうか。そこにアジア系の女性が近づいて、自分のスマホ画面を指し、「この駅に行くには、このホームでいいか」と手ぶりで尋ねた。

 なぜよりによって、一見頼りなさそうな子供に聞いたのだう。少年たちは「はい」とうなづき、彼女はサンキューといってその場を離れた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「がすぐに二人は、次の急行が例の駅に止まらないことに気付く。

 「ヤバいじゃん!」あわてて彼女を追いかけるが、さて追いついても言葉が通じない。

 身振り手振りで懸命に伝えようとするが姿が愛おしく、つい私は通訳を申し出てしまった。

 自分でやり遂げるのを見届けてあげるべきだったと今は思う。

 結局は彼女もあまり英語ができず、乗るべき電車の色だけを教えて私は立ち去った。少年たちはぴょこんとお辞儀して私のおせっかいに礼を言い、ゲームを再開した。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「仮想空間の外には無関心に見えた少年たちは、助けを求められると予想外の騎士道精神を発揮し、またバーチャル世界へと帰っていった。

 「頼りなさそうな子供」を選び、一瞬でも人対人の領域に連れ出してくれた女性に感謝。

 私もこれからは、子どもに聞こう。」として締めくくった。

 読んで、情景が目に浮かぶようだった。

 英語も不自由なアジア系の女性が、スマホゲームに夢中になっている少年二人に、電車の行く先をたずねる。

少年たちは教えた後で、間違いに気付く。

 少年たちが間違いに気づき、ゲームを中断して彼女を追っかけ、追いついても言葉が通じない、身振り手振りで懸命に伝えようとするが通じない。

 それを見た筆者は、通訳を申し出る。そして、自力でやり遂げるのをも届けてあげるべきだったと、今は反省している。

 実に微笑ましい、光景だ。 

 


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by sasakitosio | 2017-04-30 09:15 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月29日付東京新聞の社説に、日本の総人口の推移のことが載った。

 今日は、この社説を学習することにした。

 まず社説は、「次の時代には、人口の減少が本格化します。戦争を挟んで1億人を超えるまで人口が増えた「昭和」を振り返りつつ、将来の姿を考えてみます。

 50年後、日本の人口は3割減の8808万人となる。

 そんな推計を国立社会保障・人口問題研究所が今月、公表しました。

 5年前に出された前回の推計より、人口減少や高齢化の進み方わずかに緩くなっています。

 それでも、私たちの社会の見通しが依然、厳しい状況にあることに変わりありません。

 推計の出発点になっているのは、総人口1億2709万人余となった2015年国勢調査の確定数です。

 推計結果に基づけば、この総人口は以後、長期の減少過程に入り、53年には1億人を割り込んで9924万人となるといいます。

 人口が1億人を下回る時期は、48年と見込んでいた5年前の推計に比べれば5年ほど後にずれたことになります。 

 とはいえ、大きく流れが変わる兆しは見当たりません。1億人を割る日は必ずやって来るということです。

 日本の人口が1億人を超えたのは50年前、1967(昭和42)年のことです。

 1億は、右肩上がりの昭和という時代を象徴する数字に見えます。

 昭和に改元された、1926年の人口は6074万人でした。

 その後、人口は年80万人~100万人のベースで増えていきます」と切り出した。

 続けて社説は、「ところが、37年に日中戦争が始まると増加率が鈍り、38,39年の人口増は年40万人に届いていません。

 そこで、太平洋戦争が始まる直前、41(昭和16)の1月には「昭和35年総人口1億を目標とす」という「人口政策確立要綱」が閣議決定されることになります。40年時点で人口は7193万人。年140万人のペースで人口を増やせ、という大号令でした。

 もちろん、若い男女が出征していく中、スローガン頼みで人口が増えるはずもなく、再び人口が増えていくのは終戦後、ベビーブームを迎えてからです。

 こうして目標だった昭和30年から7年遅れで1億人を超え、昭和の終わりには1億2千3百万万人を数えました。

 昭和と言う時代の間に、人口は倍になったわけです。

 総人口に占める働き手の割合が上昇する「人口ボーナス」の恩恵に浴した昭和は遠くなり、これからは、一人の働き手にかかる負担が増えていく「人口オーナス(重荷)」の時代となります。

 例えば、今回の将来推計人口によれば、2065年には、一人の高齢者を現役世代1.3人で支える「肩車型」の社会構造になる見通しです。

 つまり、今までの人口規模を前提とした社会の仕組みを維持しようとすれば、どこかで行き詰まることになります。

 安倍政権は「50年後も人口1億人を維持する」という目標を掲げていますが、今回の人口推計が示すところ、残念ながら、非現実的な目標と言わざるを得ないようです。

 もちろん、子どもを産み、育てやすい社会を目指す努力は今以上に進めなければなりませんが、一世代、二世代のうちに出生数が大きく回復することを望めません。当面は、人口が減り続けることを前提に社会の将来像を考えねばならない、と言うことです。

 1億人が暮らしうる大きな器を無理に用意する必要は、もうありません。必要なのは、むしろ、人口が大きく減った後にどんな社会を目指すか、と言う発想の転換ではないでしょうか。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「人口が減れば、国内総生産(GDP)の縮小は避けられないかもしれません。でも、一人あたりのGDPが増えていれば、個々人の生活は豊かになるはずです。

 「高齢者」の考え方を変えることも現実的な課題です。高齢でも健康な人がいます。65歳を過ぎても働ける人を現役世代並みに遇する社会にはできないでしょうか。

 24時間営業などの過剰サービスを見直し、労働力不足に対応する工夫も待ったなしです。

 1億人を前提とした社会像は忘れ、人口減の現実に向き合い、コンパクトで充実した社会の将来像を探らねばなりません。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「50年後、日本の人口は3割減の8808万人となる。そんな推計を国立社会保障・人口問題研究所が今月、公表した」とのこと、

 「推計の出発点となっているのは、総人口1億2千7百9万人余となった2015年国勢調査の確定数です」とのこと、

 「日本の人口が1億人を超えたのは50年前、1967(昭和42)年のことです」とのこと、

 「昭和に改元された1926年人口は6千74万人でした」とのこと、

 「昭和の終わりには1億2千3百万人を数えました。昭和という時代の間に、人口は倍になった」とのこと、

 「総人口に占める働き手の割合が上昇する「人口ボーナス」の恩恵に浴した昭和は遠くなり、」一人の働き手にかかる負担が増えていく「人口オーナス(重荷)」の時代となる」とのこと、等々を知ることができた。

 自分が生きた時代が、「人口ボーナス」のある良き時代だったことを改めて知ることができた。

 人口減の対処の仕方として、社説は、一人あたりの国民所得を増やし、働ける高齢者には現役並みに待遇し、労働時間の見直しで労働力不足に対処し、等々提案している。

 確かに、抗しがたい時代の流れに抗うのではなく、人口減の現実に向き合うことを、提唱している。

 ここはマイナス思考から脱却して、プラス思考でものを考えれば、平和の裡に人口が減ると「社会インフラも相続財産も破壊されず」に残るので、生きている人々はそれらの資産を活用し、所得を実質的な暮らしの質向上に使えるようになるのではなかろうか!そのように考えることはできないだろうか!?


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by sasakitosio | 2017-04-30 06:55 | 東京新聞を読んで | Trackback

423日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」と言う欄がある。

 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「教育勅語には「いいことも」書いてある、と言う声がある。

 天皇や国家に身を捧げよというこわもてのメッセージ部分はさておき、ということか。

 だが、それをのぞけば、いいも悪いも、そこにあるのは道徳の項目程度のことばかりだ。

 親を大切に、兄弟姉妹も夫婦も仲良く、友情は大事に・・・・・・。

 うんざりするほどありふれた徳目。

 これを聞かされて「伴侶やきょうだい、友人とは仲良くしなきゃならないんだ」とあらためて目覚める人がいるだろうか。

 道徳や倫理とはお題目のずっと先、現実と価値観とがぶつかるところで必要とされる。どんな親でも愛せるか、友人を信じるとはどういうことかーーー。

 こうした徳目で日本を世界から尊敬される「道義国家」にするのが、勅語の考えの核だと共感する大臣がいた。

 しかし、こんな徳目を掲げたからと言って外国の人たちが感心するとは考えにくい。

 そもそもこれらは儒教的道徳と重なるとも言われるし、古今東西、多くに人たちが悩みぬいてきたテーマでもある。

 親子の情の深さや屈折を描いた傑作戯曲「リア王」の作者は英国のシェークスピアだ。夫婦愛の気高さを高らかに歌い上げた歌劇「フィデリオ」はドイツのベートーベンの代表作のひとつである。

 友情のかけがえのなさを考えさせる名作に「走れメロス」がある。

 これは日本文学だ。でも、日本が舞台ではない。ドイツの詩人シラーの詩や古代ギリシャの物語の翻案だという。

 とても日本の専売特許とは言いがたいような徳目で外国からの尊敬を集めようなんて、虫がよすぎる。」と切り出した。

 続けて筆者は、「「政治のうそについての小ガイド」と言う本がある。著者はフランスの気鋭の政治学者トマ・ゲノレ氏。

 うそをごまかしたり、空っぽの主張にもったいをつけたりする政治家の弁論術を紹介し、それぞれに練習問題までつけていて面白い。

 その一つに「4拍子のワルツ」と名付けられたやり方がある。勅語をめぐる政治的言説も、このうさんくさいワルツで踊っているように見える。練習問題として読み解いてみた。

 1拍目は「挑発」。勅語は素晴らしい、再評価すべきだと、耳目を集めることをあえて言う。

 2拍目は「釈明」。批判を浴びると誤解だと反論する。別に教育の唯一の根本理念として復活させろと言っているわけではない云々。

 3拍目は「犠牲者のふり」。メデイアや野党は、戦前に戻そうとする思想だなんて、話をねじ曲げる。印象操作で私たちを悪者にしている。

 4拍目は「勝利」。結局、教育勅語は授業で使えると閣議決定し、別に幼稚園の朝礼で朗読しても構わないのだ、と言い放つ。1拍目の「挑発」で狙ったとおりの政治的な成果を収める。

 勅語の徳目は、踏み込んだ省察もなく実質的な中身がない、いわば空箱。

 にもかかわらず、あやしい4拍子のワルツに乗せてまでよみがえらせようとするのはなぜか。

 まさに空箱だからではないか。

 時の権力者にとって都合がいい解釈をどのようにも盛り込める。」と指摘した。

 最後に筆者は、「たとえば「夫婦仲むつまじく」と言う徳目に異を唱える人は多くないかもしれない。だが、そこに封建的な夫唱婦随を称揚する考え方を込めることもできるだろう。

 「世のためになる仕事」をするといっても、どんな「世」かによる。

 社会が非人道性を帯びて暴走することは歴史上しばしばおきたことだ。

 日本が近代国家へと生まれ変わろうとするときに、欧州のキリスト教のように支配的な価値観が必要とされた。当時の指導者たちが持ち出したのが天皇制だという。

 勅語はその聖典と言えるかもしれない。空箱を聖典にすることで、政治権力は思い通りの道徳観を人々に有無を言わせず押し付けることができた。

 だから勅語は、いまでも権力持つ者に魅力的な仕組みと映るのではないか。

 4拍子の変なワルツに誘われて踊り出すのはやめよう。必ずずっこけるから。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「親を大切に、兄弟姉妹も夫婦も仲良く、友情は大事に・・・・。うんざりするほどありふれた徳目」とのこと、

 「親子の情の深さを描いた傑作戯曲「リア王」の作者は英国のシェークスピアだ」とのこと、

 「夫婦愛の気高さを高らかに歌い上げた歌劇「フィデリオ」はドイツのベートーベンの代表作の一つである」とのこと、

 「友情のかけがえのなさを考えさせる名作に太宰治の「走れメロス」があるとのこと、

 「「政治のうそについての小ガイド」という本がある。著者はフランスの気鋭の政治学者トマ・ゲノレ氏。うそをごまかしたり、空っぽの主張にもったいをつけたりする政治家の弁論術を紹介し、それぞれ練習問題までつけていて面白い」とのこと、

 「勅語の徳目は、踏み込んだ省察もなく、実質的な中身がない、いわば空箱。」とのこと、

 「勅語はその(天皇制の)聖典と言えるかもしれない。空箱を聖典とすることで、政治権力は思い通りの道徳観を人々に有無を言わせず押しつけることができた。」とのこと、等々を知ることができた。

 憲法を初めて全文にわたって読んだとき、素朴な疑問を持ったのは、国民はみな平等なのに、天皇制ってなんだ?ということと、戦力不保持の憲法があるのに、自衛隊があるってなんだ?ということだった。

 だから、衆参両院の決議の存在を全く知らない時から、国民主権の時代に、教育勅語ってナーニと思ってきた。

 なので、自分よりずーっと若い「大臣や総理大臣夫婦」が教育勅語を礼賛するのを見ると、日本社会が過去にタイムスリップしたようで、不思議な気がしていた。


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by sasakitosio | 2017-04-29 06:48 | 朝日新聞を読んで | Trackback

4月28日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「25日、政府は辺野古(沖縄県名護市)の海に堤防を造成するために石材の投入を始めた。

 政府は大量の建設材を海底に投入すれば「もはや打つ手がない」と沖縄人が脱力感に襲われ、辺野古新基地建設を容認すると勘違いしている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「本紙は<沖縄県の翁長雄志知事は「差し止め訴訟」と「埋立て承認撤回」を中心に対抗策を温めている。

 ただ、政府も法的措置を講じて徹底抗戦する方針で、工事の進行を止める効果は不透明だ>(25日夕刊)。と報じている。

 「効果は不透明」ということは、翁長知事があらゆる手段で辺野古新基地建設を阻止しようとしても、政府はそれを阻止するであろうという本紙の認識を婉曲に表明したものだ。

 現実的に考えるとそうなるであろう。

 だが、われわれ沖縄人の思考方法と行動様式は異なる。

 暴力を背景に政府が辺野古の海に土砂を投入し、埋め立てを遂行することは物理的に可能だ。

 しかし、沖縄人は将来、土砂を取り去り、百年かけても二百年かけても辺野古の青い海を取り戻す。」と指摘した。

 最後に筆者は、「大多数の日本人の無関心を背景に、政府が沖縄に対する暴力を加速する状況に対し、沖縄県内、日本、全世界に住む沖縄県人が団結し、沖縄の自己決定権強化に向けて、長期抵抗路線に踏み込む。

 沖縄県人の底力を軽くみるな、」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「25日から、政府は辺野古(沖縄県名護市)の海に堤防を造成するために石材の投入を始めた」とのこと、

 「「効果は不透明」ということは、翁長知事があらゆる手段で辺野古新基地建設を阻止しようとしても、政府はそれを阻止するであろうという本紙の認識を婉曲に表現したものだ」との指摘、

 「沖縄人は将来、土砂を取り去り、百年かけても二百年かけても辺野古の青い海を取り戻す」との指摘、等々はよく理解できた。

 沖縄人の底力に期待しながら、日本人として沖縄の人々の頑張りを応援したい。

 


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by sasakitosio | 2017-04-29 06:41 | 東京新聞を読んで | Trackback
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              先日と違う場所、昨年と同じところで、咲いてくれました

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by sasakitosio | 2017-04-28 17:39 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

423日付東京新聞社説横に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「私は平和よりは無事と言う言葉の方が好きだ。無事の反対語は有事である。

 日本を含む東アジア地域では、有事の空気が高まってきた。

 北朝鮮をめぐる情勢はこれからどうなっていくのか、中国は何を目指してくるか。

 世界全体を見ても、有事の雰囲気が広がり始めている。

 私の家がある郡馬県の山村、上野村は、平成の市町村合併の話が持ち上がったとき、誰一人として合併に賛成する人はいなかった。

 上野村は古代律令制ができたころには、上山郷として成立した村である。

 村の規模は当時と変わっていない。この1300年あまりの間、村は無事であり続けた。

 もちろん、幾度かの危機はあったかもしれない。それでもなお、自然の営みも、村人たちの営みも無事であり続けた。

 ところがこの長い時間の中で、国は幾度となく有事に直面し、戦争したり国家体制が変わったりしている。

 気が付いてみると、持続力を持っていたのは、上野村の方だったのである。

 だから、持続力のない国が、持続力のある村に対して合併を指導するというようなことは、あり得ないことだと、村人には思われた。

 持続力こそが強さの証明であり、だとすれば上野村は国よりも強い社会なのである。

 村には無事を維持する強さがあった。」と切り出した。

 続けて筆者は、「それは覇権を求めないからこそ生まれた強さであり、大きな力を持とうとしなかった庶民の強さであった。

 力に力で対抗するという発想は、有事をもたらすだけだ。

 それが悲惨な結果をもたらすことを、歴史は証明している。

 私たちには、もっと長い時間で物事を考え、どうしたら社会の無事が守られるかを考える巧みさが必要なのである。

 今北朝鮮の政治体制が、50年後も100年後もつづいているとは誰も思っていない。

 持続力のない国だからこそ、強権に頼っている。それは中国にも言えることであって、いまの中国の体制がこの先ずっとつづくとは思えない。

 そのことを念頭に置いて無事を持続させる知恵を働かせる。 とともに、北朝鮮や中国に変化が現れたとき、支援や協力をふくめてどう対応したらよいかを、あらかじめ考えておく。

 私たちに必要なのは、そういう発想なのではないだろうか。

 北朝鮮は核兵器と長距離ミサイルの開発が、軍事的攻撃を受けず、現体制を守る唯一の方法だということを信じて、その路線をまっしぐらに進めてきた国である。

 とすれば、現在のように、北朝鮮の軍事力はいつでもたたあきつぶせるとう軍事的圧力を加えるだけでは、それならより強力な兵器を持ちたいという北朝鮮の「決意」を高めるだけになってしまう。

 国による力と力の対決は、最後は庶民に大きな犠牲を強いる。

 それは第二次世界大戦でも明らかになったことだ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「私たちは、あらゆる方法を駆使しながら自分たちの社会の無事を持続させた、庶民の発想から学び直す方がいい。

 メンツでも力でもなく、できるだけ多くの仲間を作りながら、ときに長い時間をかけて相手が変化する時を待つ。そうやって庶民は自分たちの無事を守ってきた。

 その巧みさから、政治は学ぶべきときなのではないだろうか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今の北朝鮮の政治体制が、50年後も100年後もつづいているとは誰も思っていない」とのこと、

 「今の中国の体制がこの先もずっと続くとは思えない」とのこと、

 「国による力と力の対決は、最後は庶民に大きな犠牲を強いる。それは第二次世界大戦でも明らかになった」とのこと、

 「私たちは、あらゆる方法を駆使しながら自分たちの社会の無事を持続させた、庶民の発想から学び直す方がいい」とのこと、等々を知ることができた。

 そうすると、庶民の知恵を知り生かす、為政者をどうやって選ぶかが、問題だ。

 今の為政者には、力には力で対抗するという人だらけだし、過去もそうだったのではないか。

 まさに、悪貨は良貨を駆逐するの歴史が繰り返されているのかもしれない、と思った。


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by sasakitosio | 2017-04-28 06:38 | 東京新聞を読んで | Trackback

4月27日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「トランプ米政権はどこまで漂流するのか。

 試金石の医療保険制度改革見直しはとん挫し、

 入国規制は司法のさし止めに遭い、

 壁建設や大幅減税やインフラ整備といった看板政策も予算制約にぶつかる。

 次々に前言を翻すのは同氏の無知・無節操や無理な選挙公約によるものだが、公職の「学習効果」もあるのか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「だが、学習したのは財界との癒着と支持基盤の白人勤労者の切り捨てだ。

 事実、蔵相などの政権中枢にウオール街出身者や石油大手経営者を、下位の役職に金融や通信や製薬等の利害関係者を当てる一方、選挙を担った極右を遠ざける。

 前代未聞の政財界の利益共同体だ。

 一部には「トランプ氏は将来獄中で亡くなる」とのうわささえ飛び交う。

 この政権には規制撤廃しか道はないが、環境保護局長官に公害企業の為に規制撤廃にまい進してきた人物を当てたことはブラック・ジョークだ。

 食品医薬局や労働省の長にも同類がつくはずだ。早速、この人物は胎児や子供の脳に悪影響を与えるとして全面禁止の予定の有機リン系殺虫剤を、化学大手ダウ社のために農業に使用可能とした。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「日本も対岸の火事ではない。地球温暖化の決定的な時期に科学否定の政権が米国に生まれたことは取り返しがつかない。

 日米貿易交渉でも恐るべき要求が待ち構えているはずだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「学習したのは財界との癒着と支持基盤の白人勤労者層の切り捨てだ」とのこと、

 「一部には「トランプ氏は将来獄中で亡くなる」とのうわささえ飛び交う」とのこと、

 「環境保護局長に公害企業のために既成撤廃にまい進して来た人物を充てたことはブラック・ジョークだ」とのこと、

 「地球温暖化の決定的な時期に化学否定の政権が米国に生まれたことは取り合え氏がつかない」とのこと、等々を知ることができた。

 「トランプ政権の医療保険制度改革見直しはとん挫し、入国規制は司法のさし止めに遭い、壁建設や大幅減税やインフラ整備といった看板政策も予算制約にぶつかる。」との筆者は教えてくれる。

 結果はこれで良かった、と思う。

 結果は、アメリカの民主主義が、アメリカ社会の知性が、普通であったことの証明だ、と思った。

 ただトランプ氏に期待して投票した人たちの「気持ち」は、この結果で満足できるかどうかは、しばらく時間が必要かもしれないが。


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by sasakitosio | 2017-04-28 06:29 | 東京新聞を読んで | Trackback