憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 3月29日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「チェルノブイリ事故から30年、福島から5年。「さよなら原発-世界から」講演会を27日、東京で開催した。
 ベラルーシからきたジャンナ・フィロメンコさんが「事故のあと春や夏が嫌いになった」という。
晴れると子どもたちが外にでて、木や草に触れる。すると病気になる。
 雪や雨が降っている季節の方が安心だ。
 チェルノブイリから40キロ離れた地域に住んでいた。事故から5年経って、首都ミンスク郊外に移住した。長男は高熱のあと知的障がいが残り、夫は心臓発作で亡くなった。
 これは一人の女性の物語だが、スリーマイル島、チェリノブイリ、フクシマと米ソ日の原発犠牲者を重ね合わせて想像してみる。
 何十万人もの人たちが故郷を追われ、身体的精神的被害を受けた集積がある。それでもまだやめようとしない。まるで悪魔の選択だ。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「米ソ冷戦時代の原爆実験は、この地球上に膨大な汚染と死者をつくり出した。
 原爆は大国の「抑止力」の虚勢だった。
 原発は効率と利潤のためである。
 再稼働するか、廃炉にするか、会社の利益が判断の基準だ。もうけは命より重いのか。」と指摘した。
 最後に筆者は、「原発は安全、安価、安定の宣伝はウソだった。最近は「エネルギー安保」といいはじめた。会社の利益の為なら犠牲もやむを得ない。国益のためならしょうがない。
 この感性とモラルの崩壊はすでに戦争。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「原爆は大国の「抑止力」の虚勢だった」との指摘、
 「原発は安全、安価、安定の宣伝はウソだった」との指摘、なるほどと思った。
 「会社の利益の為なら犠牲もやむを得ない」と、再稼働を進める電力会社、政府は、筆者の指摘のように「感性とモラル」崩壊を起こしている、そうとしか言いようがないと思った。
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by sasakitosio | 2016-03-31 06:14 | 東京新聞を読んで | Trackback
 3月30日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「29日、安保法制が施行された。
 これで日本も米国を中心とした西側軍事同盟の一員。テロの標的にされる条件が整ったわけである。同じ29日の紙面では、伊勢志摩サミットを控え、警視庁がテロに備えた大々的な訓練を行ったとも報じられていたけど、一方で燃料を投下しておいて、一方で消火訓練をやっているようなむなしさを感じる。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「今年、防衛大学校では卒業生419人のうち1割以上の49人が任官を拒否した。25人だった昨年の約二倍。高校新卒者を中心とした一般曹候補生の応募者も前年比二割減の約2万5千人。5万人超の応募があった2011年度に比べると半減という。
 安保関連法とは関係ない?んなわけないでしょ。
 かりに本人が入隊を希望しても、私が家族か恋人だったら全力で止めるよ。「今までとは状況がちがうのだから」と。
 「週刊女性」最新号が「息子よ!死にたもうことなかれ」と題して、自衛官の父に取材している。「息子が同意してもいない海外での交戦に参加するのか。冗談ではないと思いました。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「こうして政府は自衛隊員の家族を敵に回す。防衛大の卒業式で首相がその使命を懸命にアピールしても、檀蜜さんを「リクルート隊長」に任命しても、自衛官の応募者は増えないだろう。自分で自分の首を絞めたんだからね。」として締めくくった。 
 読んで勉強になった。
 「一般曹候補生の応募者数が前年度比で2割減の約2万5千人。5万超の応募があった2011年の比べると半減」と事を知った。
 しかし、あの安保法制の騒ぎの中で、自分的には、25000人もの応募があったことに、驚いている。
 「週刊女性」の取材に応じて、自衛官の父が「息子が同意もしていない海外での交戦に参加するのか。冗談ではないと思いました」と言っている、ことは親として当然だと思った。
 そして、まだ平和憲法がある限り、海外への派遣命令が出た「自衛官」が派遣を拒否し、違憲訴訟で争うという、真っ向勝負の道が残されている。その際は、勇気ある自衛官や家族を支える側に回りたいと思っている。
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by sasakitosio | 2016-03-31 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback
 3月28日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮子あずさ氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「覚せい剤取締法違反の罪で起訴され、現在保釈中の清原和博被告。
 千葉県松戸市内の病院に入院した後、別の病院に転院したとの報道がある。
 テレビ、雑誌、スポーツ新聞では、その動向がかなり詳細に報じられているが、そんな情報を誰が知りたいのだろうか。
 テレビには、松戸の病院に群れを成して張り込む報道陣の姿が映し出されていた。警備員の姿もしばしばみられるが、これは報道陣対策だろう。
 診療に差し障らないのか、見ていて心配になってしまう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「薬物依存の治療している病院に、清原被告の所在を確認したというような報道もある。
 個人情報保護の見地から、入院の問い合わせには、病院側は答えないのが原則。
 そんな非常識な取材は許されない。
 個別の報道機関に聞けば、「うちはやっていない」と言う所もあるだろう。しかし、こうした報道陣の姿勢を見せられると、報道全体の姿として批判されてしまう。」と指摘した。
 最後に筆者は、「今安倍政権の報道への介入が問題になっている。本来、報道の質と言論の自由は別。自由を保障すべき言論とそうでない言論を使い分けるなら、結局政府介入を招くだろう。
 しかし、あまりに傍若無人な報道が多いと、「言論の自由」が陳腐化しかねない。
 今は報道の危機。
 過熱取材でつけ込む隙を見せないようにと念じています。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「本来、報道の質と言論の自由は別。自由を保障すべき言論とそうでない言論を分けるなら、結局政府の介入を招くだろう」との指摘は、よく理解出来た。
 過熱取材こそ、自主規制してほしい、と思った。
 ただ、権力に対しては、どんなに加熱取材・報道しても、し過ぎることはないと思う。
  報道の自由を守るために! 
 
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by sasakitosio | 2016-03-30 06:09 | 東京新聞を読んで | Trackback
 3月26日付東京新聞社説に、九電の免震撤回の事が載った。今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「審査さえパスすれば、約束をほごにしてもいい――。そんなのありか。
 原発に免震施設があるかないかは、住民の命に関わる重大事。このまま見過ごしてしまっては、規制委への信頼も保てまい。
 川内原発は、事故発生時の対策拠点となる免震施設の新設を安全対策のメニューに盛り込んで、再稼働の審査に”合格“した。
 しかも、3.11後の新規制基準下での再稼働1号として、約2年の原発ゼロ状態に終止符を打ち、後続の”お手本“にもされてきた。
 ところが、免震棟は造らず耐震施設で済ますという。
 パスさえすれば態度を覆す。
 商売で言えば契約違反、選挙で言うなら公約違反、入試ならカンニングにも相当するような、地域を対表する大企業らしからぬ振る舞いと言えないか。
 免震施設建設の実績がないという理由は、いかにも説得力に欠けている。従来のレベルを超える対策こそが、今必要とされて得いる。
 規制委はなぜ”合格“を取り消すことができないか、非常に疑問である。」と切り出した。
 つづけて社説は、「一般に耐震では建物自体を強化する。しかし、地震の揺れを抑えるのは難しい。
 免震は地面と建物を切り離し、建物に揺れを伝わりにくくする。したがって、建物内での作業性が保たれる。だからこそ、3.11当時の東京電力社長が国会事故調で「あれがなかったらと思うとぞっとする」と、振り返っているのである。
 免震施設は、コストがかさむ。
 もし対策費を考えての変更だとするならば、3.11の教訓を踏みにじり、安全神話を復活に導くことにならないか。
 九州電力の瓜生道明社長は林幹雄経済産業相に「地域への説明不足があった」と詫びた。
 地域への説明やコミュニケーション不足以前に、安全への配慮が足りないのではないか。」と指摘した。
 最後に社説は、「3.11を教訓に生まれたはずの規制基準は、「緊急対策所」の免震を求めてはいない。設置にも猶予期間を設け、未整備のままの再稼働を認めている。
 巨大地震は明日来るかも分からない。規制基準や規制委に対する信頼性も問われている。
 規制委の信頼なしに、原発は動かせない。
 再稼働の審査を申請中の原発の約半数が、川内のように免震の撤回や再検討を始めているという。
 九電の翻意を、そのまま認めてしまってはならない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 社説の、「パスさえすれば態度を翻す、
  商売で言えば契約違反、
  入試ならカンニングにも相当するような、
 地域を代表する大企業らしからぬ振る舞いとはいえないか。」との指摘、
 「規制はなぜ、”合格”を取り消せないのか、非常に素朴な疑問がある」との指摘、はその通りだと思った。
 また、「3.11を教訓に生まれたはずの規制基準は、「緊急事対策所」の免震化を求めてはいない。設置にも猶予期間を設け、未整備のままの再稼働を認めている。」とのことを初めて知った。
 政府が、世界一厳しい基準だと、言い募っているが、3.11の教訓さえ生かせていないことがはっきりした。規制委員会が、原発再稼働の露払いになっては、国民は救われない、そんな気がした。
 猶予期間を設けて、未整備のまま再稼働を認める「規制委」、再稼働後に免震撤回をする「九電」、これって、最初から分かっていた「できレース」でないのだろうか?勘ぐりたくなってきた。
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by sasakitosio | 2016-03-30 06:00 | 東京新聞を読んで | Trackback

キジと今日も遇いました

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 3月29日(火)晴れ、あったかい。柏下の草原を歩いていたら、先にキジらしき影。近づいても、すぐには逃げない。が、水路を飛び越えて対岸へ。対岸の土手を歩いて、こちらへ。私の方が、遠回りして、写真を一枚。少し離れてから、かのキジ君、バタバタと羽ばたいてケーンと一声。振り返って、手を振る。
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by sasakitosio | 2016-03-29 15:12 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 3月28日付東京新聞朝刊3面に、またまた共和党トランプ氏の過激発言が記事に載った(ワシントン=青木睦)。
 今日はこの記事を学習し、じっくり考えてみることにした。
 まず記事は、「米大統領選の共和党指名争いで首位を走る不動産王ドナルド・トランプ氏(69)は26日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)とのインタビューで、日本と韓国が核保有することを容認する考えを示唆した。
 また日本が在日米軍の駐留経費の負担を大幅に増やさなければ、在日米軍を撤退させるとも表明した。」と切り出した。
 続けて記事は、「同紙によると、トランプ氏は米国の「核の傘」に入る日韓について「(米国の国力が衰退すれば)日韓は核を持ちたがるだろう」と主張。
 中国や北朝鮮に対抗するため、核保有を認めることを示唆して「日本が核兵器を保有しても、米国にとっては悪いことではない」と述べた。
 さらに、トランプ氏は日米安全保障条約について「米国が攻撃されても日本は何もしないが、日本が攻撃されれば米国は助けないといえない。不公平だ」とその片務性をあらためて問題視し、日本側と再交渉をする意向を示した。
 トランプ氏は「米国には日本防衛のために巨額のカネを費やす余裕はない」とも発言。
 同紙は「日本はどの国よりも駐留経費を負担している」と指摘したが、「我々のコストよりはるかに少ない」と反論した。
 「日本や韓国が負担を大幅にふやさなければ、米軍を撤退させるのかとの質問には「気が進まないが、そうするだろう。答えは[イエス]だ」と応じた。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「日韓だけでなく北大西洋条約機構(NATO)やサウジアラビアをはじめとしたアラブ諸国との関係も見直す考えを表明。
 NATOについては「米国は金を出し過ぎている」と指摘。
 アラブ諸国については、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦に地上軍を投入しなければ、原油の輸入を止めると警告した。」として締めくくった。
 読んで考えさせられた。
 トランプ氏が、日韓、NATOに米軍の費用負担増を声高に主張した。これは、アメリカが財政上の理由から、軍縮が余儀なくなったということを意味しているのかも知れない、と思った。
 しかも、欧州も日韓も、国が借金を山ほど抱え、アメリカ軍に金を出せる状態ではなさそうな気がする。
 とすると、NATOや韓国・日本からアメリカ軍が撤退することになるのかもしれない、とおもった。
 又、トランプ氏が日韓の核兵器保有を容認したからと言って、日韓の為政者にその準備と覚悟は無いように思えるが。
 仮に、トランプ大統領が誕生して、アメリカ軍が日本から撤退するかもしれないとしたら、ただいま今日「辺野古での新基地建設」に税金を使うことの全くの無駄、そのことで国と沖縄県の激突もあほらしい、と政府の関係者は、思わないのだろうか、とつい考えた。
 さらに、トランプ大統領が誕生した後の「世界」は、まさに未知数であるらしい。
 ただ、平和憲法を持つ日本は、未知であり、無現の広がりの時の流れる世界の中で、平和と普通の日常を送れることを目指したいものだ、と思った。。  
 
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by sasakitosio | 2016-03-29 06:48 | 東京新聞を読んで | Trackback
 3月26日付朝日新聞朝刊13面に、「乱 分断大国アメリカの選択<ブッシュ前大統領側近・デビッド・フラム氏に聞く>」という欄がある。
 聞き手・中井大助氏だ。
 今日はこの記事を学習することにした。
 まず記事は、「24日までの連載「乱 分断大国・アメリカの選択」では、異例の展開になっている米大統領選の混迷と候補者の実像を伝えた。
 特に共和党支持者に顕著な、既存の政治に対する不満はなぜ生まれているのか。
 ブッシュ前大統領の側近だったデビッド・フラム氏に聞いた。
 ―――ドナルド・トランプ氏の躍進で、共和党は混乱しています。
 「2012年の大統領選の後で、共和党の全国委員会は報告書をまとめました。
 最も強調されたのは富裕層の減税や自由貿易などを維持しながら、ヒスパニックの有権者を共和党に引き付けるため、移民受け入れを打ち出すべきだ、という内容でした。
 これまで共和党に投票してきた人を保ちつつ、新しい支持者を獲得できれば選挙に勝てるという考え方です」
 「しかし、新しい政策を打ち出すと、従来の支持者の反発を招くことは良くあります。報告書をうけてできた、共和党の一部も賛成した法案は不法移民が米国に残る道を開くだけではなく、将来の移民も増やすことを盛り込みましたが、これには共和党支持者の多くが反対しました。トランプ氏はそういう人たちの支持を集めています」
 ――― 移民に反対する動きは欧州にもあります。
「現在多くの先進国で三つの事が共通して起きています。
 00年ごろから経済の成長が鈍り、分配できる富が減りました。
 次に、高齢化が進み、社会保障を必要とする人が増えています。つまり、より少ない富をより多くで分けなければいけません。
 そして、移民などによって社会の多様化が進み、富の分配をめぐる争いの解決が困難になっています。
 この結果、各国では従来の社会保障の維持を掲げ、移民に反対する政治性力が台頭しています」
 「さらに、08年の経済危機が追い打ちを掛けました。戦後生まれのベビーブーマーが現役を退こうとした時に、個人の経済状況が想定よりも悪くなり、年金や公的医療保険などの社会保障が一層重要になりました」
 ―――その中で、移民が特に重要な問題なのですか。
 「少なくとも米国の制度では移民は、新たな低賃金の労働力を得られる富裕層や、実際に移り住む人たちにとってメリットがあります。
 社会が多様化することによる刺激もあります。
 しかし、中間層や低所得層では職を失う人もいますし、人口流入による社会の混乱も起きます。
 トランプ氏の訴えがこうしたしわ寄せを受けている有権者の共感を得ていることは、不思議ではありません。
 一方、共和党執行部は、献金をしてくれる富裕層ばかりを気にして、その人たちが恩恵を受ける減税を今でも強調します。」
 ――― 今回の大統領選は米国の政治に今後、どのような影響をあたえますか。
 「トランプ氏が大統領にならなくても、将来の政治に与える影響は相当に大きいです。
 過激な言動に当初は驚きますが、やがて慣れてしまい、次に誰かが同じような行動を取った場合、抵抗は薄れているはずです。
 また、共和党の政治家が富裕層だけではなく、労働者階級の白人の関心事にも注意を向けるべきだという考え方が広がり、それに伴って政界再編が起きる可能性もあります。
 グローバリゼーションや自由貿易には長所と短所がありますが、現在の共和党はグローバリゼーション推進の政策を掲げつつ、多くの支持者が反対するという不安定な構図です」
 「民主党にとっても同じことが言えます。
 ヒスパニックやアジアからの移民が民主党の支持者になれば、組合に所属する白人や黒人ら、従来の支持者との間にあつれき起きます。
 米政治の歴史は変化の連続です。
 片方の党だけで激変が起き、もう一党でなにもないというのは考えにくいです」」と教えてくれる。
 読んで勉強になった。
 アメリカでの共和党を、日本における自民党と置き換えて見れないものか?
 そんな視点で、デビッド・フラム氏の発言を注視した。
 中でも、――今回の大統領選は米国の政治に今後、どのような影響を与えますか、の問いに、
 デビッド氏は「トランプが大統領にならなくとも、将来の政治に与える影響は相当に大きいです。
 過激な言動に当初は驚きますが、やがて慣れてしまい、次に誰かが同じような行動を取った場合、抵抗は薄れているはずです。
 また、共和党の政治家が富裕層だけでなく、労働者階級の白人の関心事にも注意を向けるべきだとの考えが広まり、それに伴って政界再編が起きる可能性があります。
 グローバリゼーションや自由貿易には長所と短所がありますが、現在の共和党はグローバリゼーション推進の政策を掲げつつ、多くの支持者が反対するという不安定な構図です」、 
 「民主党にとっても同じことが言えます。
 ヒスパニックやアジアからの移民が民主党の支持者になれば、組合に所属する白人や黒人ら、従来の支持者との間であつれきは起ります。米政治の歴史は変化の連続です。
 片方の党だけで激変が起き、もう一党で何も無いというのは考えにくいです」、等の指摘は、自民党や民主党の行く末を占うのに大いに参考になりそうだ、と思った。
 しかし、いまのところ、自民党の中に、「トランプもどき」の影さえも見当たらないのが残念だ。
 
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by sasakitosio | 2016-03-29 06:40 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 3月27日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「私の山里の家がある群馬県上野村では、山の落葉広葉樹の木々が赤みを帯び始めると、村人は春が近づいたと感じる。二月半ばから、木は大地から水をくみ上げ、その水のなかに糖分をためて芽吹きの準備に入る。次第に冬芽がふくらみ、赤みを増してくる。
 イタヤカエデがくみ上げた水をもらいに詰めたものが、メープルシロップである。
 上野村では桜が咲くのは4月20日ごろ、3月中はまだ梅の季節である。
 そんな自然の様子を見ていると、今年も無事に春を迎えてほしいという気持ちになってくる。
 自然にとっては、無事であることが最良だ。無事に春を迎え、無事に夏や秋、冬を迎える。それができれば、去年と同じように、10年前とも100年前とも同じように、自然はその生命の世界を守り続けるだろう。自然は平和を求めている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「それは人間でも同じことだ。無事に仕事をし、無事に暮らすことが、社会の基盤でなければならないのである。
 もちろん一人一人は、いろいろな生き方をしてもかまわない。あえて無事な生き方を捨てることも、人間にとっては一つの選択である。
 だが、社会全体の役割も、社会を守るための政治の役割もそこにはない。
 政治は一人一人の行動に対応するのではなく、誰もが無事に生きる社会をつくり、守ることにある。
 平和を守るといってもよい。
 自然の無事がこれからもつづくようにするのと同じように、人間社会の無事を守るのが政治の役割だ。
 政治の目的は、国を守ることでも、日本の国内総生産(GDP)を増やすことでもないのである。
 国の政治では国民の無事を守ること、地方や地域の政治ではそこに暮らす人々の無事を守ること。
 それが目的でなければならない。
 国の防衛やGDPの増加は、その結果でしかない。
 なぜこのような言い方をするかと言えば、国の防衛や経済発展は、しばしば私たちに生きる世界の無事と一致しないからである。
たとえば第二次世界をみても、国を守るために戦争が戦場や空襲による多くの死者を出し、国民の無事を破壊してしまった。
 さらにいまでは多くの人たちが気づいているように、経済成長だけを目的とした社会は、格差社会やつながりのない、幸せの薄い社会をつくり出してしまった。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「国家の防衛や経済成長は目的ではないのである。目的は人々が無事に働き、無事い暮らす社会を作りつづけることの方にある。
 そのことを見誤ると、人間が国家や経済の道具としてつかわれるという転倒がおこってしまう。
 そしてそれは、私たちを偏狭なナショナリズムと、とげとげしい国家間対立のなかに引きづり込んでいきかねない。実際、偉大な米国の復活とか、強大な中国の建設などというスローガンが叫ばれ、日本もまたその一角に食い込もうとする対立の構図のなかに、いま世界は向かいつつあるようである。」と指摘した。
 最後に筆者は、「自然は無事に生きられる世界の持続を求めている。春にはカエルたちが冬眠から覚め、水辺で卵を産む。それが永遠に続けられるような無事な世界の持続を。
 人間社会の原点もそれと変わらないはずだ。
 みんな無事に生きていける社会。
 政治は為政者のゲームではない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 筆者の、「政治の目的は、国を守ることでもなく、日本国の国内総生産(GDP)を増やすことでもないのである。国の政治では国民の無事を守ること、地方や地域の政治ではそこに暮らす人々の無事を守ること。それが目的でなければならない」との指摘、
 「みんなが無事に生きていける社会。政治は為政者のゲームではない」との指摘、等はその通りだと思った。とりわけ、戦争は、為政者のゲーム以外の何ものでもない、ような気がした。そして、かけられるのは「国民の無事」であるなあと思った。
 また、生き物の中で、なぜ、人間だけが、人間同士で殺し合いをするのだろうか?
 
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-03-29 06:28 | 東京新聞を読んで | Trackback
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 3月27日の朝の手賀沼散歩で発見。
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by sasakitosio | 2016-03-28 13:54 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 3月25日付東京新聞社説に、「高校生と政治」の事が載った。今日は、この社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「高校生の政治への関心をなえさせるだけでなく、表現や内心の自由を侵しかねない。
 校外での政治活動を届け出るよう求めること学校の動きである。文部科学省は届け出容認の見解を改めるべきだ。
 18歳以上への選挙権年齢の引き上げを前に、愛媛県の全県立高校が校則を変え、校外での政治活動に参加する生徒に、前もって学校に届け出る義務を課すという。
 この校則の変更について、中村時弘知事は「公選法違反事件に巻き込まれる可能性がある。今の段階では未成年を守るのは大事だと思う」と語り、理解を示した。教育行政の権限をやたらと広く解釈していないか。」として切り出した。
 つづけて社説は、「主権者としての権利を自らの責任で適切に行使できるよう、生徒に教え,導くことがまでが、学校の権限であり、責任である。
 生徒を疑い、恐れるあまり、校外での個人的な活動まで管理下に置くのは、越権行為というほかない。
 届け出制にすれば、どんな政治集団に関わり、どんな信条や主張を持っているかを、おのずと学校に把握されてしまう。就職や大学受験に響くのではないかと不安や不信を抱くかもしれない。
 政治活動は憲法上の表現の自由に根差す権利である。それは、思想や良心の発露であったり、幸福追求や学問としての取り組みだったりもするだろう。子どもの権利条約も同様の権利を保障している。
 生徒が制約を感じたり、戸惑ったり、また自主的な活動を控えたりすれば、そうした基本的人権の侵害にも等しい。
 全国の高校は、事前と事後とを問わず、憲法違反の疑いもある届け出を強いるべきではない。
生徒や親たちともよく考えたい。
 愛媛県での動きは、教育委員会が昨年12月、校則の変更例を学校側に示したことが発端となった。
 今年に入り、文科省が届け出制を認める見解を打ち出したことも、背中を押したに違いない。」と指摘した。
 最後に社説は、「文科省は昨年10月,郊外での生徒の選挙活動や政治活動を解禁した。ただし、違法なものや暴力的なもの、学業や生活に支障をきたす場合などには制限、禁止しうるとの条件を付けた。これが届け出制の出発点となっている。
 個人的な政治的信条の是非を問わないよう、文科省は学校に配慮を促している。
 だが、生徒の内心に踏み込むことに変わりはない。
 高校生か否かによって、同年の若者たちの間で、政治活動の自由と権利をめぐる格差も生じる。これも重大問題である。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「主権者としての権利を自らの責任で適切に行使できるよう、生徒を教え、導くことまでが、学校の権限であり、責任である」との指摘、
 「生徒を疑い、恐れるあまり、校外での個人的な活動まで管轄下に置くのは、越権行為というほかない。」との指摘、
 「生徒が制約を感じたり、戸惑ったり、また自主的な活動を控えたりすれば、そうした基本的人権の侵害にも等しいといえよう」との指摘は、その通りだと思った。
 規制や監視よりも、日本国憲法の学習を進め、憲法にある対等平等の主権者としての意識をしっかり持って高校を卒業できるよう、学校には心を砕いてほしいと思った。
 願わくばこの機会に、「平和憲法を世界へ未来へ」広め、世界平和に貢献できる若者が巣立つことを、祈念したい。
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by sasakitosio | 2016-03-28 06:56 | 東京新聞を読んで | Trackback