憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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野党再編

 2月28日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「民主党と維新の党が合流し、新しい党名を決めることになった。参議院選挙の直前に名前を変えるのは、特に政党名を書く比例代表選挙においてマイナスになるだろう。
 世論調査も、人々がいまさら新党に期待するわけでないことを示している。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「自民党に対抗する大きな塊をつくることは必要だと思う。どうせ新党をつくるなら、固い組織を持つ共産党は無理としても、生活の党や社民党も巻き込んだ大きな動きにするべきである。
 社民党もこのまま選挙に突入すれば、政党要件を失うのは必至なのだから、もっと必死になってほしい。要するに、昨年夏に国会のデモに集まった議員が大同団結すれば、人々も政治家の本気度を感じるのではないか。
 名前る変えることが既定路線ならば、よい名を考えるしかない。永田町の失業寸前の政治家が追い詰められて寄り集まるのではなく、昨年夏の安保法制反対運動以来の政治の流れの中で対抗勢力を立ち上げるという積極的な意味を込めるためには、やはり立憲という言葉を使ってほしい。」と指摘した。
 最後に筆者は、「立憲民主党とか、立憲市民連合とか、安倍政権によってなぎ倒されそうになっている憲法を立て直すという、戦いのイメージが伝わってくる名前がよいと思う。そうすれば、アベ政治を許さない人々も周りに集まってくるのではないか。」として締めくくった。
 読んで、面白かったし、勉強になった。
 「どうせ新党をつくるなら、固い組織を持つ共産党は無理としても、生活の党や社民党も巻き込んだ大きな動きにするべきである」との指摘はその通りだと思った。さらに、固い組織は、好き嫌い相半ばし、利害相半ばし、だから、これからの高度情報化社会の政党としては結集しやすく、解散しやすい組織の方がいいような気がしている。
 しかも時代の変化のスピードがきわめて速く、あらゆるものの[賞味期限]や「消費期限」が短くなり、政党という組織も其の埒外にないと思うから。
 
 
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by sasakitosio | 2016-02-29 19:50 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月28日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、同志社大教授・浜矩子氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 先ず筆者は、「アメリカの大統領選に向けて、民主・共和両党の候補者選びが佳境に入りつつある。
 泡沫、本命を追い詰める。両陣営とも、足並みをそろえてこの展開になっている。
 民主党側では、ヒラリー・クリントン前国務長官が不動の本命視されていた。ところが、いまや、バーニー・サンダース上院議員との大接戦を強いられている。サンダース氏は、社会民主主義を標榜する。アメリカ政界においては、極めて異色の存在だ。
 共和党側で、当初、絶対本命の位置を占めていたのが、ジェブ・ブッシュ氏だった。フロリダ州知事で、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の弟さんだ。これ以上の優位性はないと思われていた。
 ところが何と、ブッシュ氏は候補者指名争いからの撤退を余儀なくされてしまった。
 そんなブッシュ氏を尻目に、大富豪のドナルド・トランプ氏が、まさかの大躍進を遂げてきた。いまや、彼が共和党側の最有力候補だ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この構図をどう読むか。
 主流派に対するアメリカ人たちの拒絶反応。ここまではいたってスンナリ話が進む。問題はその先だ。
 「ややこしいことに、どうも、民主党側でサンダースを支持している人々と、共和党側でトランプ人気を盛り上げている人々が、かなり似通っているらしい。
 いずれの候補も、弱者たちの人気を博しているようなのである。失業と貧困にさいなまれ、生活苦に追い詰められている。そんな境遇にある人々が、両候補に支持を寄せている。なぜか。
 謎を解くキーワードは、どうも、「絶望」ではないかと思う。
 「絶望がもたらす希望」
 「絶望がもたらす幻想」
 が人々を二分している。
 これが今のアメリカなのではないか。
絶望がもたらす希望が、サンダース氏に託されている。
絶望がもたらす幻想が、人々をトランプ氏に引き寄せている。
 1%の金持ちどものおかげで、我々は99%の貧困層と化すことを強いられている。この絶望的怒りが、サンダース氏の格差解消へのメッセージの中に、希望の灯を見出した。自分の将来について、絶望せざるを得ない若者たちが、サンダース氏の掲げる分配と優しさの経済学に希望を委ねる。
 対するトランプ氏は、成長と強さの経済学を押し出している。このイメージが、絶望がもたらす幻想の温床となる。
 アメリカをもう一度最強にする。アメリカン・ドリーム再び。
 この威勢のいい掛け声が、人々を甘い香りの幻想へと誘う。
 ひょっとすると、何とかなるかもしれない。
 ひょっとすると、強気のこの人が、何とかしてくれるかもしれない。逆にいえば、この強気が通用しないというのは、悲しすぎる。だから、彼が繰り出してみせる夢にかけよう。」と指摘した。
 最後に筆者は、「こう考えてきたところで、日本で安倍政権の支持率がさほど落ちない理由も、見えてきたような気がする。安倍総理大臣はいう。
 「強い日本を取り戻す」。
 トランプ氏は言う。「再びアメリカを最強にする」。全く同じだ。
 成長と強さの経済学、疲れた人々を鼓舞するカンフル剤の役割を果たす
 絶望がもたらす希望と、絶望がもたらす幻想の、どちらに軍配が上がるのか。それが問われる。これが今のアメリカの政治状況だ。
そして日本の政治状況でもある。ただ、日本の場合、絶望がもたらす希望の明確な受け皿が見えない。
 野党共闘の主導者たちに、ここを熟慮してもらいたい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「いずれの候補も(トランプ氏・サンダース氏)弱者たち人気を博しているようなのである。失業と貧困にさいなまれ、生活苦に追い詰められている。そんな境遇にある人々が、両候補に支持を寄せている」とのこと、
 「1%の金持ちどものおかげで、われわれは99%の貧困層と化すことを強いられている。この絶望的な怒りが、サンダース氏の格差解消のメッセージの中に、希望の灯を見出した。自分の将来について、絶望せざるを得ない若者たちがサンダース氏が掲げる分配と優しさの経済学に希望を委ねる。対するトランプ氏は成長と強さの経済学を押し出している。」とのこと、
 「絶望がもたらす希望と絶望がもたらす幻想の、どちらに軍配があがるのか。それが問われる。これが、今のアメリカの政治状況だ。」とのこと、等々よく分かった。
 アメリカの大統領選のニュースから目が離せない。新聞やテレビと限られたニュースだが、アメリカの動向は絶対的に日本の政治経済軍事に影響するはずだから、行間を読み、画面の奥まで覗き、大統領選の経過と結果をしっかりと見ておかなければ、と思っている。
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by sasakitosio | 2016-02-29 06:57 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月23日付東京新聞社説に、EUと英国との合意に関わることが載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「欧州連合(EU)は英国が残留条件に求めていた移民対策などの改革案で合意し、EU離脱の是非を問う英国民投票が6月に実施される。欧州の結束と安定のため、ぜひにも踏みとどまってほしい。
 合意した改革案は、移民への社会福祉を制限し、子どもが母国にいる移民への子ども手当は母国の物価水準に合わせて支給することを認めた。
 金融政策に英国など非ユーロ諸国が不当を表明できるとしたが、拒否権は認めなかった。
 移民を送り出している東欧諸国は改革案に難色を示したが、最後は英国残留優先でまとまった。
 英国はEU加盟ながら、ユーロにも、出入国審査を免除し合うシュンゲン協定にも加わらず、一定の距離を置いてきた。」と切り出した。
 つづけて社説は、「EUの東方拡大(2004年)後、新加盟国ポーランドなどからの移民が増加し、雇用不安がたかまった。
 ユーロ危機対応に巻き込まれたことやEUの規制への不満も根強く、昨年5月の総選挙でキャメロン首相は、EU離脱の是非を問う国民投票実施を公約に掲げて勝利した。
 EU残留を訴える首相に対し、閣内からも異論が続出、ロンドン市長も離脱を支持し、世論は割れている。離脱すれば、英国からの輸出品に関税がかかる。英ポンドの大幅下落の予測もある。
 EUの存在意義は経済面だけではない。二度の世界大戦を経験した欧州は、戦後70年を経た今も、平和と安定を保っている。EUが共通外国・安全保障を掲げ、戦火を繰り返さない努力を続けてきたからこそであろう。12年にはノーベル平和賞を受賞し、国際的な評価も受けた。」と指摘した。
 最後に社説は、「首脳会議や閣僚会議を通じ、加盟国間の意思疎通ができていることも強みだ。アジアなど他地域の先例ともなる。多国間の枠組みともいえる。
 イラン核開発制限合意を始めとする外交でも、英国は独仏とともに欧州を代表し、存在感を発揮してきた。英国を欠いては、EUの力は大きくそがれる。
 EU加盟に伴い国の主権の一部を放棄することに、不満はくすぶり続けるだろう。
 しかし、欧州のみならず国際社会の安定に果たす役割の大きさを、誇りとともに思い起こしてほしい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「「EU離脱の是非を問う英国民投票が6月に実施される」とのこと、
 「英国はEU加盟国ながら、ユーロにも、出入国審査を免除し合うシュンゲン協定にも加わらず、一定の距離を置いていた」とのこと、
 「EU域内の貿易は無関税だが、離脱すれば、英国からの輸出品に関税がかかる。英ポンドの大幅下落予測もある」とのこと、
 「イラン核開発制限合意をはじめとする外交でも、英国は独仏とともに欧州を代表し、存在感を発揮してきた。英国を除いては、EUの力は大きくそがれる。」とのこと、等等を知った。
 外国ひとり歩きで、かってロンドン市内を歩き回ったことがある。いろいろの国の中で「ロンドンのタクシー」が一番よかった。運転手が、紳士然としていたことを思いだした。
 「首脳会談や閣僚会議を通じ、加盟国間の意思疎通ができていることは、アジアなど他地域への先例ともなる、多国間の枠組みとも言える」との社説の指摘はその通りで、英国には、なんとしてもEU残留してほしいと思った。
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by sasakitosio | 2016-02-28 12:23 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月22日付朝日新聞社説に、「丁寧な合意作りを」の見出しで、今の介護保険の課題を話し合う「厚生労働省の審議会」の事が載った。
 今日はこの社説を、学習することにした。
 まず社説は、「今の介護保険制度の課題を話し合う厚生労働省の審議会が始まった。年内に議論をまとめ、来年の通常国会に制度見直しのための法案を出す予定だ。
 厚労省が検討課題に挙げるのが、介護の必要度が低い軽度の人向けの生活援助サービスを介護保険から外すことや、利用者の負担を引き上げることだ。
 高齢化に伴って年々増え続ける介護費用の伸びを抑え、保険料の上昇を抑えたい。そんな考えからだ。
 だが、制度を見直すたびに、介護保険が使いにくくなっている、と感じている人は少なくないのではないか。 今年度も「要支援」の人向けの訪問介護やデイサービスが市区町村の事業に移り始め、一定所得以上の人の利用者負担が1割から2割に引き上げらえたばかりだ。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「サービス縮小や負担増を繰り返し、家族に負担が増すことになれば、「社会全体で介護を支える」という介護保険の理念や制度への信頼が揺らぐことにならないか。そのことにも十分留意する必要があるだろう。
 審議会では、軽度の人の中には生活援助サービスがなくなるとむしろ状態が悪化しかねない人もいて、逆に介護費用が膨らむ恐れがあるとの懸念も出ている。市区町村の事業へ移された要支援向けサービスの現状いや影響も検証しながら、実態に即した議論を進めたい。
 同時にサービスの縮小や利用者の負担増という、いわば部分的な手直しでのやりくりは限界だとする指摘もある。だとすれば、制度の支え手を増やすなど、抜本的な見直しの議論も避けて通れないだろう。
 介護保険料の負担は現在、40歳からになっているが、対象年齢を引き下げるかどうかも、長年の懸案だ。
 「若い人には介護は実感しにくい」として、親の介護を意識し始める40歳を目安として制度がスタートしたが、現実には若年認知症の親の介護に直面する20~30代もいる。
 一方で雇用環境が変わり、若い世代に経済的に苦しい人たちが少なくない現状で、新たな負担を強いることができるのか、という慎重論も根強い。
 障害者福祉との関係をどうするかも大きな議論になる。」と指摘した。
 最後に社説は、「サービスを縮小するのか、広くみんなで支える制度にするのか。
 給付と負担のバランスにどこで折り合いをつけるのかに、誰もが納得できる答えがあるわけではない。
 さまざまな課題をみんなで共有し、丁寧に合意をつくて行くしかない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。 
 「(介護保険制度の課題として)厚労省が検討課題に上げるのが、介護の必要度が低い人向けの生活援助サービスを介護保険から外すことや、利用者の負担を引き上げることだ」とのことをしった。
 いまどきは、介護離職、介護人不足、特老の大量・長期間の順番待ち、老老介護の悲劇、等々が問題だ。
 私的には、介護保険料は40歳から今まで払い続けているが、まだ古希を過ぎたばかり、前期高齢者のなり立て、のせいもあって、幸いにして介護保険の給付は一回も受けたことはない。
 まあ、国民年金から引かれる「介護保険料」の支払い明細を見ると高いもんだと思う。が、自分が何時お世話になるかは分からない、お世話になる必要が来た時に、スムースに利用できるように制度を整備してほしいと思っている。特に、特養入所待ちは「ゼロ」にしてほしい。
 そのためには、透明性が必須条件ではあるが、負担増は甘受しなければならないと覚悟している。
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-02-28 10:49 | 朝日新聞を読んで | Trackback

ネットの巨人 独自発信

 2月24日付朝日新聞朝刊6面に、「経済新話」という欄がある。ニュースビジネス[1]
 今日はこの記事を学習することにした。
 まず記事は、「大阪地検特捜部の元主任検事、前田恒彦が書く場に選んだのは、ヤフーだった。
 押収資料改竄事件で証拠隠滅罪の実刑判決を受けて服役、
 出所後の2013年に「新聞を読まないスマートフォン世代」を意識し、主にネットメディアで言論活動を始めた。そして15年12月、自らの逮捕に至る詳細をヤフーの有料連載で開始。自身の心理描写や実名で登場する検事のやりとりが生々しい。
 雑誌の「独占手記」でもおかしくない内容だが前田は「読み手に直接発信」「素早い上、世界中からアクセス可能」などの利点からヤフーを得たんだ。
 ヤフーの有料記事では「異例の速さで読者が増えている」と担当者。
 ヤフーは新聞社などから1日4千本の記事配信を受け、うち公共性と社会的関心を軸に選んだ80~100本をトピックス(ヤフトピ)に載せる。
 中日新聞やNHKなど大手マスコミ出身者がいる編集部には、記事を選り抜く眼力はあるが、自分たちで書くわけではない。」と切り出した
 続けて記事は、「「僕たちはいままで新聞配達でした」。
 社長の宮坂学(48)は笑う。
 「でも徐々に中身に入って行こう、と。いまは編集の業務委託をするぐらいまできたかな」
 その一例が前田ら約500人の執筆陣による12年創設の「ヤフーニュース個人(オピニオンン・解説欄)」だ。
 「発見と言論が社会の課題を解決する」が旗印。
 名古屋大学大学院准教授の内田良が運動会での巨大組体操の危険性を訴えた一連の記事は、行政を動かし、まさに“課題解決型”ジャーナリズムとなった。
 月刊130億ページビューあるヤフーニュースのトップに乗ると「そのインパクトは、ものすごい」と内田は言う。
 同欄担当者の内田聡(28)は、スマホで長文を読む層が飛躍的に増えたと感じた。
 「深みのある記事や解説を求める需要があり、既存メディアの配信では応えきれていない。では我々が提供しようと考えた」。
 書き手を探すと学界に少なからずいた。それを既存のメディアが発掘していなかったのだ。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「もともと宮坂は新聞記者志望だった。「僕はニュースに思い入れがあるんです」。
同志社大時代、本田勝一や沢木幸太郎に熱中し、朝日、毎日両新聞社受け、雑誌「エスクァイア日本版」を出していたユー・ピー・ユーへ。コンピューターで編集するDTPを経験し、ヤフーに転じた。
 今、こう洞察する。
「ニュース業界って(技術によって大変革)するテクノロジードリブンだと思う」。
 情報伝達手段が劇的に変われば、ニュースも変わる。
 その一つが「ヤフーニュース個人」だ。さらにヤフー編集部が企画し、外部のジャーナリストに深堀記事を書いてもらう「特集」も15年から始めた。
 独自記事の出版化や課金化も検討中。宮坂は「いずれヤフー発のピュリツアー賞を」と言って笑う。
 「総合月刊誌がはたしてきた役割を誰が果たすのか。
立花隆さんのような重鎮を、ネットはまだ育てていない」とも。
 ヤフーの格を挙げて大物にも書いてもらうほか、新人も育てたい。
 ページビューに応じて支払う原稿料も、読み応えのあるものには支払方法を変える。約4千億円の売上高のおよそ半分が営業利益という収益力の高さゆえ、「ニュース全体で収支が合えば良い」と余裕だ。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「背景には、新興ニュースアプリとの競争がある。膨大なニュースを使い勝手よく見せる「スマートニュース」「グノシー」といったライバルが台頭。ニールセンの14年の調査によるとヤフーは苦戦気味だ。
 報道機関の配信記事だけでは、新興勢力と差別化できない。だったら独自のモノを、と考えた。
 ネット界の巨人ヤフーに変身を迫ったのは、新興勢力が駆使する武器「アルゴリズム」だった。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「ヤフーは新聞社などから1日4千本の記事配信を受け、うち公共性と社会的関心を軸に選んだ80-100本をトピックス(ヤフトピ)に載せる」とのこと、
 「約5百人の執筆陣による12年開設の「ヤフーニュース個人(オピニオン・解説欄)」があるとのこと、
「約4千億の売上高のおよそ半分が営業利益という収益力の高さ」とのこと、等を知った。
 ネット業界の巨人の変心がどのような進化を遂げるのか、楽しみだ。
 また、情報伝達手段の劇的に変化した今日、限りなく情報の「出し手」と「受け手」の一体化・相互化が進まざるを得ないような気がした。
 
 
 
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by sasakitosio | 2016-02-28 10:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 2月23日付東京新聞社説に、防衛省内での統合幕僚監部の動きが載った。
 今日はこの社説を学習することした。
 まず社説は、「防衛省内で自衛官を中心とする統合幕僚監部が権限の大幅移譲を求めている、という。
 かって防衛省・自衛隊には1954年の発足から昨年まで採用されていた仕組みがあった。「文官優位(統制)」である。
 防衛相が各自衛隊を監督する各幕僚長に指示を出す際、官房長、局長ら「背広組」と呼ばれる内部部局の官僚が防衛相を補佐する規定だ。
 自衛隊発足当初は旧軍出身者が多く、文官優位の規定は、政治が軍事に優先する「文民統制(シビリアンコントロール)」の重要な手段と位置づけられていた。
 この文官優位の規定を変えたのが、安倍政権による防衛省設置法改正である。
 この改正で各幕僚長らは官房長らと対等な立場で防衛相を補佐することになった。制服組の悲願であった文官優位既定撤廃の影響なのだろう。
 統合幕僚監部が(統幕)がこれまで内局の運用企画局が担っていた「統合防衛及び警備に関する基本計画」策定に関する権限を、同局の廃止に伴って統幕に移譲するような内局に求めている、という。」と切り出した。
 つづけて社説は、「有事に備えて、軍事専門的な見地から計画を策定することは必要だろうが、自衛隊は世界有数の防衛力を持つ実力組織だ。軍事的合理性だけではない、抑制的な対応も同時に求められている。
 特に、今後の計画には、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法や、昨年4月に再改正された日米防衛力の指針(ガイドライン)の内容が反映される。
 内局を排して軍事専門家である統幕だけで計画を策定することになれば、実力組織がいよいよ独走し始めたかと、国民に受け取られても仕方あるまい。
 自衛隊はこれまで国民に高い信頼を得てきた。内閣府による2015年1月世論調査では、国民の9割以上が自衛隊に「良い印象を持っている」と答えている。」と指摘した。
 最後に社説は、「これは一朝一夕で得られる数字ではない。旧軍の暴走で国民を破滅的な戦争へと導いた反省から、戦後は憲法9条の下、専守防衛に徹し、抑制的な防衛力整備に努めてきた結果である。
 討幕への権限移譲が直ちに文民統制を脅かすことにならないのだろうが、実力組織が急いで権限拡大すれば、国民の誤解を招き、信頼を傷つけることになりかねない。慎重な対応が必要だ。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「かって防衛省・自衛隊に1954年発足から昨年まで採用されていた仕組みがあった。「文官優位(統制)」である」とのこと、
 「この文官優位の規定を変えたのは安倍内閣による防衛省設置法の改正である」とのこと、 等を知った。
 社説指摘のように「自衛隊はこれまで国民に高い信頼を得てきた」かもしれない。が、その信頼は、主に災害救助での組織的献身的な活動にあったのではないか。
 だが、自衛隊の主たる任務は「戦闘行為」である。  
 しかし、幸いにして、戦後70年余日本を侵略する国は、一国もなかったので、自衛隊は世界有数の「実力組織」だが、その戦闘能力を試す機会は、一回もなかった。
 そして、歴代内閣が「専守防衛」の方針を取っていたため、「外国での戦闘行為」の実績も何もなかった。
 その意味で、自衛隊の今日までの国民の信頼を活かすのであれば、自衛隊の任務を「国内外災害救助隊」に改編した方がいいのではないか、と思った。
 また、根本的には、違憲の安保関連法の廃止しかないのでないか。「戦争法を使わせない・廃止を求める2・27千葉県集会」に参加し、佐高信さんの話を聞いて、あらためて、戦争法廃止の必要性を強く感じた。
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by sasakitosio | 2016-02-28 07:30 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月27日付東京新聞朝刊8面に、「2016年米大統領選」という欄がある。筆者は、ワシントン=青木睦氏だ。今日はこの記事を学習することにした。
 まず記事は、「米大統領選で共和党の指名を争う候補者5人による10回目のテレビ討論会が25日夜、南部テキサス州ヒューストンで開かれた。優位に立つ不動産王ドナルド・トランプ氏(69)の勢いを止めようと、マルコ・ルビオ上院議員(44)とテッド・クルーズ上院議員(45)が前回討論会よりもトランプ氏へ攻勢を強め、激しい応酬となった。」と切り出した。
 つづけて記事は、「ルビオ氏は「トランプ氏はこの5人のうちで不法移民を雇ったことのある唯一の人だ」と攻撃した。
 トランプ氏は「私は何万もの人を雇用している。ルビオ氏は一人も雇ったことがない」と反論した。
 クルーズ氏はトランプ氏がワシントンの中央政界で幅を利かす「エスタブリシュメント(主流派)そのものだ」と決めつけた。有権者の既成政治への嫌悪感をトランプ氏になすりつけようという試みだ。
 トランプ氏は「私は誰とでも仲良くできるが、クルーズ氏は上院議員の誰とも仲良くできない」と反撃した。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「ルビオ、クルーズ両氏がトランプ氏を嘘つき呼ばわりすれば、トランプ氏も両氏をうそつきだと応戦、ののしり合いも過熱した。
 指名争いが集中する序盤戦最大のヤマ場である3月1日の「スーパーチューズデー」を前にした討論会は、これが最後となる。」として締めくくった。
 読んで面白かった。
 そして、トランプ氏の話の切り返し巧さは、頭の回転の良さを見せつけられた。
 さすがトランプ氏、名前がトランプだけあゝって、カードの切り方が巧い、と思った。
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by sasakitosio | 2016-02-27 10:57 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月27日付朝日新聞朝刊11面に、「2016年2月27日米大統領選」という欄がある。筆者は佐藤武嗣氏だ。 今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「「共和党指導者よ、あなた方はトランプ氏阻止のため、あらゆる措置を全力でとるべきだ」――。米紙ワシントン・ポストが25日、米大統領候補者指名獲得に向けて独走する実業家、ドナルド・トランプ氏を阻止するため、同党指導者に行動を起こすよう異例の社説を掲載した。」と切り出した。
 つづけて記事は、「同紙は「思いもよらなかったことが不可避になりつつある」との書き出しで、トランプ氏が序盤の予備選・党員集会で大勝していることから「同氏が共和党の指名候補になりそうだ」との見通しを示した。
 同氏の主張する不法移民100万人の強制送還を「スターリンか、(カンボジアの)ポルポト以来の強制措置だ」などと大統領候補としての資質を疑問視し、「共和党の指導者が、弱い者いじめの扇動家が党の旗手になるのを阻止するのに措置を取らなければ、歴史は共和党を厳しい目で見るだろう」と指摘した。」と教えてくれた。
 読んで、考える刺激を受けた。
 まず、ワシントン・ポスト紙が「トランプ氏が共和党の指名候補者になりそうだ」との見通しを示した」とのこと。
 また同紙は、「社説で、「共和党指導者よ、あなた方はトランプ氏阻止のため、あらあゆる措置を取るべきだ」と同党指導者に行動を起こすよう促した」とのこと。等等を初めて知った。
 トランプ氏の政策が過激で誤解に基づくものだとしても、それが普通のアメリカ国民の「今日現在の気分」であり、「今日現在の世界への現状認識」であるならば、トランプ氏の勢いを「共和党の指導者」が阻止することは出来ないのではないか?
 何せ、エスタブリッシュも被支配者も、智者も愚者も、貧乏人も資産家も、有名人も無名人も、選挙の投票権は「みなが皆一票」しかないのが、今の民主主義だから。
 こう見てくると、「ワシントンポスト紙」が、まさに「エスタブリッシュ」の代弁者のように、大衆から見らてるのではなかろうか? 
 トランプ氏をアメリカの内部から、阻止することは難しいような気がして来た。アメリカ国民大衆の気分と格差の現状が変わらない限りは。
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by sasakitosio | 2016-02-27 08:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback

米大統領の懸念

 2月26日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家・元外務省主任分析官の佐藤優氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「安倍晋三首相は、5月の大型連休中にロシア南部のソチ市を訪れ、プーチン大統領と会談する調整を進めている。これに対して、米国のオバマ大統領が懸念を表明しているとの情報が、最近組織的に流布されている。
 北朝鮮による弾道ミサイル発射を受けて9日、日米電話首脳会談が行われたが、その際、オバマ大統領から安倍首相に、「なぜ伊勢サミットの前に訪露する必要があるのか。ロシアに間違えたメッセージを伝えてしまうのではないか」などと言ってけん制をかけてきたという。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「これに対して、安倍首相は訪露の意志を覆さなかったので、最後、オバマ大統領は「アベが日本の国益のために行くというのならそれでいいだろう」と言って電話を切ったという。
 これをオバマ大統領による「了解」と受け止めるか「捨てせりふで、強い不快感の表明」と解釈するかについて、外務省内で見方が分かれているようだ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「日本にとって、米国は唯一の同盟国である。しかし、それだからと言って日本外交が米国の政策に完全に従属する必要はない。日露は引っ越すことのできない隣国である。中東危機をめぐるエネルギー問題、北朝鮮による核開発、弾道ミサイル発射をめぐる問題、北方領土問題について、首脳レベルでの対話を行うことが日本の国益に貢献する。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「オバマ発言、「アベが日本の国益のために行くというならばそれでいいだろう」を、「了解」と受け止めるか、「捨てせりふで、強い不快感の表明」と解釈するかで、外務省で見方が分かれているようだ」とのことは初めて知った。
 「了解」か「不快感の表明」かは、オバマ大統領の「会話のトーン、会話時の動さ、表情」を見た人でないと、先ず正確にはわからない話だ。
 また、元は、オバマ大統領と安倍首相の人間としての信頼関係がどの程度のものかによっても違うのではないだろうか。安倍首相の「戦後レジュームからの脱却」が、靖国神社参拝や、東京裁判の否定につながるようでは、オバマ大統領と安倍首相は「心の友」とは成り得ないとおもうが?
 また、筆者の「日本外交が米国の政策に完全に従属する必要はない」との指摘はその通りだが、今までが今までだから、アメリカに逆らって、独自の道をゆく準備と心構えと覚悟が、「外務省・政府」・そして国民、に出来ているかどうかが、一番の国益問題のような気がするが?
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by sasakitosio | 2016-02-27 07:10 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月22日付東京新聞社説に、「人口減少社会」についての事が載った。今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「日本の人口は人類が経験したことのない規模と速度で減少に向かうという。危機感を煽る言説も目立つが、そもそも人口減少は何を意味するのだろう。
 子どもを産み育てにくい東京への一極集中が続けば、やがて、若者が流出する地方自治体は9百近くも消滅に瀕し、日本の人口は急減する・・・。
 日本創生会議が提起した「地方消滅」のシナリオの衝撃は大きく、政府は「地方創生」を打ち出し、2060年に1億人程度の人口を確保するとした長期ビジョンを閣議決定した。
 その根幹にある人口の推移は次のように説明される。
 日本の人口は、13年時点で1億2千7百万人だった。今のままの出生率、死亡率で推計すれば、2100年には半分以下の5千2百万人、2百年後には十分の一の千四百万人と減っていく、3000年には千人となり、やがて、なくなってしまう。
 この推計だけ見れば、なるほど大変なことである。
 そもそも一億人とは、日本にとってどんな人口なのか。
 明治初期には三千万人余、
 大正期に五千万人、
 太平洋戦争の頃は七千万人。
 一億人を超えたのは1960年代後半になってからだったことを考えれば、絶対的な基準とは言い難い。
 将来不安の元は、人口減より、むしろ人口構成の変化である。石破地方創生担当相も先日の講演で「正三角形がつぼ型になり、これからは逆三角形になる。人口が減って何が悪いという論もあろうが、では、人口構成はどうするのか」と指摘していた。
 上段のグラフが13年10月1日時点の日本の人口ピラミッドである。こうなると、ピラミッドと言うには無理がある。」と指摘した。
 続けて社説は、「正三角形が変形していくのは「人口転換」の結果だ。
 出生率も死亡率も高い「多産多死」の社会から、死亡率だけが低下する「多産少死」を経て、最終的に出生率も低下する「少産少死」に移行するという人口転換学説は、人口学のグランド・セオリー(大理輪)といわれる。人口転換の間に、その社会の人口は爆発的に増えるのである。
 多くのヨーロッパ諸国では、人口転換は18世紀後半に始まり、20世紀前半に終わった。
 日本では1880年ごろに始まり、1950年代に終わった。
 先進国の人口増加が収まった頃、こんどは途上国の人口転換が始まり、世界人口の増加率は20世紀後半ピークに達した。
 歴史的に見れば、人口問題とはつまり、食糧問題であった。
 英国で産業革命と人口転換が始まったころ、「人口論」を世に問うたのがマルサスだった。その核心部は「人口は幾何級数的に増え、食糧は算術級数的にしか増えない」という警告にあった。
 途上国の人口転換が始まると、こんどは1972年、世界の学識経験者100人からなるローマクラブが「成長の限界」を発表し、人口増加に警鐘を鳴らした。
 74年には国連の世界人口会議が開かれ、世界人口行動計画が採択された。
その家族計画については94年の国際人口開発会議で、国家主導の発想から、女性の自己決定権を尊重するリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖の健康と権利)へと深化した。途上国での近年の出生率低下は、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの浸透と共に進んでいる。
 いわゆる正三角形の人口ピラミッドが意味するものは多産多死、つまり、どんな年齢層でも毎年、一定の割合で人が減っていく社会である。いくつまで生きられるのか、個々人にとっては見通しの立てにくい不安定な社会である。
 だれもが相当の確率で熟年期を迎えることが期待できる社会は、けして三角形ではない。」と指摘した。
 最後に社説は、「人が減ると思えば、確かに不安は広がる。いつまでも子どもたちが健やかに生まれてくる社会であってほしい誰もが願う。
 かと言って、人口こそ国力の源という時代に時計の針を逆戻りさせることはできまい。
 乱れた人口ピラミッドを少子化社会とみるのか、それとも少産少死の成熟社会とみるのか。
 社会の将来像を考えるには、つい三角形を連想させてしまう人口ピラミッドという言葉を忘れる必要があるのかもしれない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「明治初期には3千万人余、大正期に5千万人、太平洋戦争のころは7千万人、1億人を超えたのは1960年代後半になってからだった」とのこと、
 「出生率も死亡率も高い「多産多死」の社会から、死亡率だけが低下する「多産少死」を経て、最終的に出生率も低下する「少産少死」に移行するという人口転換学のグランド・セオリー(大理論)といわれる」とのこと、
 「多くのヨーロッパ諸国では人口転換は18世紀後半に始まり、20世紀に前半で終わった。日本では1880年ごろに始まり、1950年代に終わった。」とのこと、
「途上国の人口転換が始まると、こんどは1972年、世界の学識経験者百人からなるローマクラブが「成長の限界」を発表し、人口増加に警鐘を鳴らした。」とのこと、等等を知ることができた。
 乱れた人口ピラミッドを悲観的見るのか、楽観的に見るのか、努力して何とかなるものなのか、難しい問題だということが分かった。
 社説にある「成熟社会」の先に、「  ?  」な社会が待っているのだろうかが、知りたくなった。
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by sasakitosio | 2016-02-26 06:51 | 東京新聞を読んで | Trackback