憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 11月30日(月)晴れ、雲間から陽光あり、風さむし、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園7時20分。公園を抜けて、大堀川河口へ。カモメが二羽、華麗に飛ぶ姿が見えた。
 近づくと、対岸の中州にカモメが沢山。数えたら、16羽。
 カモやオオバンやシラサギやハクチョウが群れる河口で、カモメが最大の勢力を誇っていた。
 柏下の水路沿い、機場の林のなか、戸張下の水路沿いの草原を歩く。途中草原で、ジョギングを50歩やって、百歩歩いて、また50歩ジョギング、帰路の柏公園でまた50歩のジョギングをしてみた。すこし息切れ感があったが、意外と爽快であった。息子には、年だからと、ジョギングや走りは要注意と言われていたが、意外と大丈夫かもしれない。
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by sasakitosio | 2015-11-30 17:38 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

高齢運転の危険 自覚を

11月30日付東京新聞社説横に、「ミラー」という欄がある。
 筆者は、神奈川県逗子市の無職・小林敬八(87)さんだ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「高齢者運転の事故が多く、大きな社会問題になっている。「75歳以上は免許停止を」の声さえある。今月初めのサンデー版には、警告に近い特集が載った。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「通院や買い物で生活上、クルマが必要になっているのは現実である。
 しかし、高齢者は運転の怖さを強く自覚すべきであろう。ことは人命にかかわることで、ただ漫然と運転席に座り、漫然とスタートするわけにはいかない。かなしい事故が起きてからでは遅いのだ。
 一分間でもよい。車の凶器たることを認識してから、ブレーキとアクセルの位置を明確に覚え、声を出してから出発すべきである。
 もちろん体調不良なら自制し、原則として夜間と雨天には運転しない心構えが大切だ。運手に慣れと甘えは許されない。
 高齢者は幾多の法律を知っているはず。近場の運転でも車は凶器になり得ることを強く自覚すべきだ。
 中距離運転ならば、数日前から体調管理に努めるべきであろう。
 事故は案外、自宅から5キロ以内が多いという。気の緩みが原因だろうが、もし事故を起こしたら、その人の家庭を破滅させ、不幸の底に落としてしまうのだ。最近多い自転車との事故だが、右折左折の際は、特に徐行注意が肝要だ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「高齢になったら、一年365にと、イメージトレーニングの気力と努力を欠いては駄目。私は40年間見事故、無違反で表彰されたがイメトレは完全実行している。
ドライブレコーダーも取り付けて自分の正しい運転を監視させている。目から注意が離れるナビはつけない。
 でも自分の年齢をわきまえて、近々、免許証返納を考えている。」として締めくくった。
読んで、納得した。
 特に、筆者が87歳であることで、余計、説得力を感じた。
 そして、「車の凶器たる事を認識し」、
「ブレーキとアクセルの位置を明確に覚え、声をだしてから出発すべき」、
 「体調不良なら自制して、夜間と雨天には運転しない」、
 「中距離運転ならば、数日前から体調管理に努めるべき」、
「右折左折の際は、特に徐行注意が肝要」、
「高齢になったら1年365日、イメージトレーニングの気力と努力を欠いては駄目」、
「目から注意が離れるナビはつけない」、等々はすべて学び実践すべきことだと思った。
 そして、イメトレ以外は一応心がけている。
 
  
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by sasakitosio | 2015-11-30 16:49 | 東京新聞を読んで | Trackback

苦境の組織 立て直す

 11月24日付東京新聞1面に、「知に挑む2015年ノーベル賞」という欄がある。今日はこに記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「「苦境の組織を立て直す」という見出しで始まった。
 微生物から有用物質を取り出す研究が軌道に乗り始めた1975年、大村智は北里研究所から思いがけない通告を受けた。
 「研究室を閉鎖してもらえないか」
 研究所は経営悪化を理由に、大村に北里大へ移るよう求めたのだ。大村は自前で企業から研究資金を調達し、スタッフの人件費や研究室の部屋代を賄う「独立採算制」を決断し、存続に持ち込んだ。
「資金がないから研究ができないというのは言い訳だ」というのが大村の信条になった。
 84年に研究所副所長に就任し、組織全体の財政再建に乗り出す。その過程で専門家から会計学・経営学を本格的に学んだ。やってみればなかなか手応えがある。「経営も研究だ」と感じるようになった。反発も出てくるが、理を尽くして話し、改革を進めた。
 埼玉県北本市での新病院建設には苦心した。地元住民は、研究所はいらないが病院は歓迎という姿勢。地元医師会は病院が出来たら困るという。大村は熱意に加え、巧みな交渉力も発揮して乗り切った。そして資金面で病院建設を支えたのは「イベルメクチン」の特許使用料収入だった。
 大村は、読書などで感銘した言葉を日記帳に書き溜めている。正月には、お気に入りの言葉を色紙に揮毫し、額に入れて研究室に掲げ、スタッフにも配る。
 今年は「至誠惻怛。幕末、財政破綻寸前の備中松山藩で改革を行った学者・山田方谷が、越後長岡藩家老・永井継之助に伝えた言葉だ。苦境に置かれた組織を立て直したところが大村と重なる。
 この10月、母校の山梨大でも後輩の学生にこの言葉を紹介した。
 「何事も真心(至誠)と慈しみの気持ち(惻怛)を持ってやるということ。そうすればうまくいくんです」」として締めくくった。
 読んで、感心した。
 大村智氏は、学者のイメージを一新させた学者だ。
専門家から会計学・経営学をまなび、「経営も研究」だといいきるところは、やはり並の学者ではない、と思った。
 埼玉県北本市での新病院建設にむけて、地元市民と医師会を熱意と交渉力で乗り切った、とのことは、やはり人に信用される「人間性」を、大村智氏は持っておられるからではないか、と思った。
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by sasakitosio | 2015-11-30 06:29 | 東京新聞を読んで | Trackback

先頭集団でもまれ成長

 11月23日付東京新聞朝刊1面に、「知に挑む 2015年ノーベル賞」という欄がある。今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は「「鼻水を拭く力があるならば、一歩前へ出ろ」
 1954年から55年にかけての冬、山梨大の1年生だった大村智は、クロスカントリースキーの練習で新潟の雪の中にいた。今も忘れない程厳しい言葉をかけたのは、横山隆策(77年死去)だ。横山は新潟・妙高高原に山小屋をかまえ、大学生らを集めて教えていた。。横山一門は、何人もの5輪選手を輩出した。横山の孫娘、久美子(43)、寿美子(41)はともに長野五輪に出ている。
 山梨県のスキー大会では優勝する大村も、この集団に入るとただの人だ。しかし、上達のスピードは速かった。
 「知らない間に、教わらなくても、ある水準まで到達できる」。レベルの高い人達に囲まれる環境の大切さを実感した。
 もう一つ、「人まねはだめ」ということも知った。
 優れた人に教わっても、まねだけでは結局その人を超えられない。なんとか独自の方法を確立していかなくではならない。
 大村はこの経験を36歳で渡米した時に生かす。
 名の知られた学者の間に身を置き、努力することで、自ら成長させて行った。
 培った人間関係は、米製薬大手メルクとの共同研究に結びついた。人が目をつけない動物薬に的を絞って開発を進め、抗寄生虫薬に的を絞って開発を進め、抗寄生虫薬「イベルメクチン」によって、世界の名だたる大学や研究所に先駆けることができた。
 ノーベル財団から受賞の電話を受け3日後。再びスウェーデンから電話が入った。電話の主は、1960年の米国スコーバレー冬季五輪に出場した松橋高司(83)=スウェーデン在住。60年前の練習仲間からお祝いの言葉を受け、大村は「びっくりした」と心からうれしそうな笑顔を見せた。(文中敬称略)」と締めくくった。
 読んで、ためになった。
 大村は横山一門内でのスキーの練習で「「知らない間に、教わらなくても、ある水準まで到達できる」と知り、そしてレベルの高い人達に囲まれる環境の大切さを実感した、とのこと。
その経験を、36歳で渡米した時に生かし、名の知れた学者の中に間に身を置き、努力することで自らを成長させていった、とのこと。そこで培った人間関係は、米製薬大手メルクとの共同研究に結びついた、とのこと。
 これらは、たぐいまれなる「明るさと、向上心に満ち満ちた」大村智氏の「人間性」のたまもののような気がした。
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by sasakitosio | 2015-11-30 06:14 | 東京新聞を読んで | Trackback

私のコピーでは発展ない

 11月22日付東京新聞朝刊1面トップに、「知に挑む 2015年ノーベル賞」という欄がある。
 「1.人を育てる名人」というタイトルで、大村智さんの記事が載った。
 今日はこの記事を学習することにした。
 まず記事は、「「博士号を取ってみないか」。北里大元教授の高橋洋子(66)は、大村智(80)から声を掛けられた1981年のことを思い出す。
 高橋は当時32歳。北里研究所で大村チーム5人で発足したときからの研究員で、微生物の分離や培養を担当していた。仕事ぶりはみんなに認められていたが、高校卒業後、専門学校の夜間部終了という学歴しかなく、5歳と2歳の子を持つ母でもあった。
 「私に出来るかな」。1週間ほど悩んだ末「挑戦してみようと」と決断した。まず大卒の資格を得る必要があった。
 朝は午前4時に起き、ドイツ語や英語を勉強。子どもを保育園に送った後、研究所で働く日々を1年間続けた。大卒資格を得た後、新種の放線菌をテーマに論文を書き、北里大に提出。85年に博士号(保健学)を取得した。
 「大村先生は、学歴とか性別とか一切気にしない。チャンスを与え、やる気を引き出す方針のおかげで、今の私がある」と高橋は言う。
 決して大規模とはいえない大村研究室から、これまで約120人が博士号を取得し、31人の大学教授が生まれた。高橋もその一人だった。」と切り出した。
 つづけて記事は、「東京都立隅田工高の定時制教員から科学の道に入った大村は、人を育てる名人でもある。
 「こうせよ、ああせよと指示ばかりしては、私のコピーになってしまう。それでは発展はない。興味を持たせることが、指導者の役目だ」
 分かりやすく、その人に合ったテーマを与えることにも腐心した。こうしてスタッフの士気を高め、能力を最大限引き出す。大村研が発見した化学物質は約500種、うち26種が医薬品や農薬として使われている。有用物質探索には、採取、抽出、分析など多くの過程があり、チームワークが大事だ。数えきれないほどの成果は、大村の巧みな人材育成とチーム戦略から生まれた。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「ノーベル授賞式が12月10日、ストックホルムである。北里大学特別栄誉教授の大村智さんが医学生理学賞、東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章さん(56)が物理学賞を受ける。晴れの舞台を前に、栄誉にいたる足跡をエピソードでつづる。(榊原智康担当します)」と次を予告して終わった。
 読んで、楽しかった。 
 「決して大規模とはいえない大村の研究室から、これまで約120人が博士号を取得し、31人の大学教授が生まれた」とのこと。
 「大村研が発見した化学物質は約5百種。そのうち26種が医薬品や農薬として使われている」とのこと。
 それらの数えきれないほどの成果は「大村の巧みな人材育成とチーム戦略から」生まれたと知った。
 ノーベル賞の受賞で、マスコミが取り上げてくれて、初めて大村智氏という、素晴らしい人間を知り、そして同じ時代同じ日本に生きていることが誇らしくうれしい。
 
 
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by sasakitosio | 2015-11-30 06:00 | 東京新聞を読んで | Trackback

国政の正当性が問われる

 11月28日付朝日新聞17面に、「耕論」という欄がある。中で一票の不平等について、元最高裁判事・竹内行夫氏、慶応大教授・坂井豊貴氏、東大教授・川人貞史氏、の三氏が論じておられる。
 今日は、竹内行夫氏の記事に学ぶことにした。
 まず筆者は、「最高裁判事だった当時、「一票の格差」が最大2.30倍だった2009年の衆院選を「違憲状態」とした11年の大法廷判決の多数意見に、私は賛同しました。
 この判決も含めて、議員定数の問題は従来、法の下の平等にもとづく投票価値の平等という国民の権利の視点から議論や報道がされてきました。
 しかし今や、国権の最高機関である国会の立法行為などについての正当性(レジティマシー)にかかわる重大な問題として、もっと議論されるべき状況になっています。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この種の訴訟は1962年以来提起され、近年では国政選挙の後に必ず選挙無効を訴える訴訟が提起されています。このような提訴が常態化していること自体、世界でも他の例を見ない異常な状態です。
 だが、提訴を受けている選挙によって選出された議員で構成された国会やその国会で選ばれた内閣が、何の支障もなく重要な国政を続くられているということに、多くの国民が違和感を覚えていないということも、なんとも鈍感ではないでしょうか。」と指摘した。
 さらに筆者は、「具体的に考えてみましょう。例えば、先の国会でもっとも議論が紛糾し、国民の間でも意見が分かれた安全保障関連法です。
 憲法9条についての長年の解釈を変更して、限定的とはいえ集団的自衛権の行使が可能であるとした内閣決定は、最高裁で違憲状態にあるとの判決が下された衆院選の結果成立した政権が行ったものです。
   重大な憲法解釈の変更を行ったのが「違憲状態」とされた選挙の結果成立した政権だったことに、ブラックジョークのような感じがするのは私だけでしょうか。
 集団的自衛権の行使を可能にし、さらに日米間の防衛協力を現行安保条約の目的から拡大するという事実上の安保条約の改定などを含んだ法律を一会期で承認・成立させた国会はどうか。
 今回の最高裁判決で「違憲状態」とされた選挙で選ばれた議員からなる衆院と、2012年と14年の最高裁判決で「違憲状態」とされた10年13年の参院選の選挙区で選出された議員が半数以上を占める参院でした。
 最高裁が「違憲状態」とした選挙で選された議員が大半を占める国会が、このような重要な憲法解釈の変更や安全保障政策の基本にかかわる法律改正を行うことに、何らの問題もないと考えてよいのでしょうか。」と疑問を呈している。
最後に筆者は、「問われているのは、国会が行う立法などの正当性の問題です。「一票の格差」訴訟の最高裁判決が、投票価値の問題に加えて、わが国の議会制民主主義の根幹にかかわる憲政史上の重要問題を提起しているということについて、法律家のみならず国会もメディアも 国民も、もっと認識を深めるべきだと思います。」として締めくくった。
 読んで、大変に勉強になった。
 この間ズート、最高裁は、「違憲無効」という判断を出さないで、「違憲状態」などと言い続けるのか疑問を感じていた。
 が、筆者の「「一票の格差」訴訟の最高裁判決が、投票価値の問題に加えて、わが国の議会制民主主義の根幹にかかわる憲政史上の重大問題について提起している」との指摘で、違憲状態判決の意義が少しわかった。
 そして、筆者の「重大な憲法解釈の変更を行ったのが「違憲状態」とされた選挙の結果成立した政権だったことに、ブラックジョークのような感じがする」との指摘、
 「最高裁が「違憲状態」とした選挙で選出された国会議員が大半を占める国会が、重要な憲法解釈の変更や安全保障政策の基本にかかわる法律改正を行うことに、何らの問題もないと考えてよいのでしょうか。」との疑問、等は指摘の通りだと思った。
 問題は、最高裁の「違憲状態」の判決が、国民的には最高裁の判決が「違憲無効」でないから、現状を「是認」した、と受け止められているような気がする。
 筆者の「法律家のみならず国会もメディアも国民も、もっと認識を深めるべきだと思います」との指摘で、最高裁判所の「違憲状態」との判決への思いが少しわかった。
 しかし、事ここに至っては、最高裁の「違憲無効」の判決が出ないと、「議会制民主主義の根幹にかかわる憲政史上の重大問題」がただただ漂流し続けるような気がしてならないが。
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by sasakitosio | 2015-11-29 07:20 | 朝日新聞を読んで | Trackback

大人の責任

 11月28日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家・楊逸氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「号泣会見で有名になった元兵庫県議の野々村竜太郎氏。詐欺と虚偽有印の罪に問われているが、神戸地裁で24日開かれた初公判を欠席した。
「精神的に出廷する状況にない」からだという。
 彼は49歳、公の場で号泣しなければ、容姿格好からも「立派な大人だ」と誰しもが思ったろうし、だから県議にも当選したのだろう。だが、最近では見た目が立派でも、中身はまだ幼い子どものままという「大人」が増えているように、なんとなく感じている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「中国でも、長く一人っ子政策が実施されていたせいもあり、若者が「使い物」にならないという企業の嘆きが、ひっきりなしに聞こえてくる。
 デカい夢を語り、この上ないという自己評価の下、管理職になることを求めるという。しかし、実際に仕事をさせれば、肉体労働や面倒な事務仕事をやりたがらない。
 失敗すれば、人のせいしたり、すぐやめたりする。
 知り合いの企業人らは「やはり農村出身の子の方がしっかりしていると」と口をそろえる。」と教えてくれる
 最後に筆者は、「とりわけ小さいころから、出稼ぎ中の親と離れ離れで暮らす「田舎っ子」は、一人でいろいろな困難と向き合うので我慢強く、どんな仕事も文句を言わず、効率よくやってくれる。
責任の持てる大人を育てるには、親の説教や学校の授業だけでは不十分ではないか。」として締めくくった。
 読んでためになった。
 筆者の「最近では見た目が立派でも、中身はまだ幼い子どものままという「大人」が増えているように何となく感じている」との感覚は、自分が高齢者の域に入ってみると、世の為政者の中にも、「大人もどき」がうようよいるような気がしている。
 むかし、「40,50は鼻たれ小僧」といった「大人」がいたことを思いだいした。
 また、中国でも、「デカい夢を語り、この上ないという自己評価の下、管理職になることを求める」、しかし、「実際に仕事をさせれば、肉体労働や面倒な事務仕事をやりたがらない」、そして、「失敗すれば、人のせいにしたり、すぐやめたりする」、そんな若者に企業は嘆いている、とのことを知った。政治体制は違っても、人間、どこも同じように進化?変化?しているのかもしれないと思った。
 
 
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by sasakitosio | 2015-11-29 06:26 | 東京新聞を読んで | Trackback

1億総勤労からの脱却を

 11月26日付朝日新聞朝刊17面に、「あすを探る 財政・経済」という欄がある。筆者は、慶応大教授(財政社会学)・井手英策氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「ふと思い立ち、国立国会図書館の検索機能を使って、書籍のタイトルに見える「勤労」という言葉を調べてみた。ヒット件数が急増するのは第二次世界大戦前後の時期だ。
 勤勉に働くという思想なら、近世ヨーロッパや二宮尊徳の活躍した江戸時代の日本にもあった。だが尊徳の銅像が普及したのは満州事変後であり、次々と勤労をうたう閣議決定が行われ、勤労奉仕や勤労動員などの用語が定着したのは戦時期だった。
 戦争の産物であるこの概念は、思想の垣根を超えて浸透した。社会党(現社民党)は19945年にまとめた綱領に自らを「勤労階層の結合体」と定め、同じ年、共産党も行動綱領のなかで勤労の語を8度も繰り返した。極め付きは日本国憲法だ。勤労は「義務」にまで昇華された。
 戦後財政の基礎を築いてのは、所得倍増計画を打ち出した池田勇人である。その池田も著書で「人間の勤労の能率をよくし、生産性を高める」公共事業と「勤労者に対する」減税を政策の柱に据えていた。
 勤労する民の生活基盤は貯蓄だった。貯蓄は勤労の証しであり、かつ、老後、教育、住宅といった暮らしの防衛線でもあった。反対に、公共サービスは、権利ではなく、貧困層や高齢者、母子家庭、障害者への施しと考えられた。
勤労を義務とし、自分の蓄えで生きゆく自己責任社会。権利より道義を重んじる人びと。日本の福祉国家はまさに「勤労国家」だったのである。」と切り出した。
つづけて筆者は、「バブル崩壊後の90年、この前提は根底から覆った。不良債権に苦しむ銀行は貸し付けを削減した。不動産価格が下がり、追加担保を迫られた企業側も借金返済を急いだ。さらに、キャッシュフローを重視する国際会計基準も導入された。
 企業は、「手許現金の確保」に追われ、雇用の非正規化、人件費の削減に乗り出した。政府も労働規制緩和や法人税減税でこれを支えた。
 企業の経常利益はバブル期に匹敵する額に達した。だが、働く場をつくるための努力もむなしく、勤労者の生活は見るも無残に劣化を重ねた。 
 最大の不幸は、グローバル化のもとでの賃金下降圧力に太刀打ちできず、勤労国家の柱である減税と公共事業が巨額の政府債務を生んだことだ。踏み倒しを恐れた勤勉な民は歳出削減を支持し、公共事業や社会保障は容赦なく切り下げられた。
 823万世帯(90年)から1077万世帯(2014年)へと共稼ぎ世帯が急増した。夫婦で働いたのに世帯所得はピーク時より2割近く減り、先進国きっての高いワーキングプア率となった。勤労どころか就労さえできない。家族で働いても貧困がついて回る。家計貯蓄率はゼロ近辺をさまよっているのに、自己責任だけは繰り返し求められる。
 「勤労国家」は完全に破綻たんしてしまった。
 だがその残骸は残っている。家族との時間を犠牲にして、出産をあきらめ、過労死さえ強いられかねない勤労者には、働かない人間が目の敵になりかけている。生活保護への批判はその象徴である。社会的弱者の不正を暴き立て、給付を削り、負担を増やすことが納税者目線で「公平」だと語られるようになった。」と指摘した。
 最後に筆者は、「安倍政権の新「3本の矢」も、出生率をあげ、介護離職者を減らすだけなら反論の余地はない。だが、たと介護離職を免れ出生率があがっても、働くことが苦痛である限り、働いていない人への攻撃は止まないだろう。義務感ではなく、働きたいから働き、働けない人への思いを馳せられる社会を目指すべきだ。1億人に総労働を迫る社会からは、人々が活躍する社会は生まれない。
 仕事と生活の両立支援や就業環境の改善、非正規問題の解消などが大切なのは、勤労のためではなく、働く痛みを緩和して、働けない人への理解と共感を育むためではないだろうか。
 生きやすさこそが、多くの人が活躍する社会の大前提である。」として締めくくった。
 読んで大変勉強になった。
 中学校の校門の右側に、槇を背負いながら本を読む「二宮尊徳」の銅像があったのを思いだした。草刈り籠を担いで本を読んでみたが、肩に食い込むショイ縄の痛さに、本を読む余裕がないことを、実感したことを思いだした。
 「尊徳の銅像が普及したのは満州事変後であり、次々と勤労をうたう閣議決定が行われ、勤労奉仕や勤労動員などの用語が定着したのは戦時期だった」との指摘、
 「勤労を義務とし、自分の蓄えで生きていく自己責任社会。権利よりも道義を重んじる人びと。日本の福祉国家はまさに「勤労国家」だったのである。」との指摘、
 「勤労どころか就労さえできない。家族で働いても貧困がついて回る。家計貯蓄率ゼロ近辺をさまよっているのに、自己責任だけは繰り返し求められる。「勤労国家」は完全に破たんしてしまった。」との指摘、等等の指摘は、刺激的であった。
 そして、「生きやすさこそが、多くの人が活躍する社会の大前提である」との筆者の指摘はその通りであり、それを国民共有のものにするには、どうすればいいのか?しかも、平和裏に。
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by sasakitosio | 2015-11-28 07:13 | 朝日新聞を読んで | Trackback

原因と結果

11月27日東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「13日夜「(日本時間14日未明)、パリで発生した同時多発テロに関する論評を読んでいると強い違和感を覚える。原因と結果を取り違えている論者が少なくないからだ。
 「イスラム国が」(IS)が国際社会の秩序を混乱させている原因であるという見方は間違えている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「ISが原因ではない。サイクス・ピコ秘密協定〔1916年〕に基づいて、欧米の都合で中東の宗教、歴史、地理、部族分布などと無関係に国境線が引かれ、建設された国家が機能不全を起こしていることが原因で、その結果ISが生まれたのである。
 中東に安定した新秩序が形成されない限り、ISを除去しても、別の名称の団体が、似たようなテロ活動を起こすことになる。この地に安定した新秩序が近未来に形成される可能性は低い。したがって、アッラー(神)によって制定されたシャリーヤ(イスラム法)によって全世界を単一のカリフ帝国(イスラム帝国)が支配するような状態を暴力やテロに訴えてでも実現しようとする運動は今後も続く。」と指摘した。
 最後に筆者は、「当面は、空爆で拠点を破壊するとともに、ISの要求を一切受け入れず、テロに関与した者については法規を厳格に適用して責任を取らせるという対症療法しか打つ手がない。
 テロを続けても目的が達成できないと判断すれば、ISは戦術を変える。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
 「サイクス・ピコ秘密協定に基づいて、欧米の都合で中東の宗教、歴史、地理、部族の分布などと無関係に国境線が引かれ、建設された国家が機能不全を起こしていることが原因で、その結果ISが生まれたのである」との指摘は、理解出来た。
 「この地に安定した新秩序が近未来に形成される可能性は低い」との指摘、
 「全世界を単一のカリフ帝国(イスラム帝国)が支配するような状態を暴力やテロに訴えてでも実現しようとする運動は今後も続く」との指摘、は当たってほしくないことだ。
 ただ、「テロを続けても目的が達成できないと判断すれば、ISは戦術を変える」との指摘は納得した。
 そして、筆者指摘の「ISの要求を一切受け入れず、テロに関与した者については法規を厳格に適用して責任を取らせる」ことに合せて、「中東のことは、中東に」任せて、周りの国々は「武器を供与したり、爆撃したり、軍隊をだしだり」しないで、あふれ出る「人間」の保護にだけ、手をつなぐというようなことが出来ないのだろうか?
 日本政府が、そういう点、「人間の安全保障」の面で、世界貢献ができないものだろうか?
 
 
 
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by sasakitosio | 2015-11-28 06:20 | 東京新聞を読んで | Trackback
 11月27日(金)快晴、風冷たし、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園7時20分。陽はさんさん。公園を抜けて、大堀川の河口へ。水面に、オオバンやカモやハクチョウに交じらず、カモメ7羽がカモメだけで群れて、泳いでいた。
 柏下、水路沿いの草原を下を向いて歩いてていて、ふと右側の水路側の草原に動く気配あり。キジの若い雄が一羽、すれ違いぎわの一瞬だけ首をたてたが、ゆっくり歩いて行った。
 振り向いて、何度も手を振る。昨日は、カワセミに会った。
 野鳥との日々の出会いが、楽しい。
 
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by sasakitosio | 2015-11-27 19:09 | 手賀沼を楽しむ | Trackback