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by sasakitosio

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再評価ゴア元副大統領

 5月24日東京新聞朝刊社説横に、「太郎の国際通信」という欄がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「「アル・ゴア(元米副大統領)は正しいのかもしれない。」
 14日の米航空宇宙局(NASA)の発表に接してそう思った。それは、南極半島のあるラルセンBという棚氷が数年中に崩壊して消滅するというものだ。
 棚氷というのは陸上と連結している海上の氷のことで、南極大陸のそれは広さが160万平方キロで日本国の面積の4倍余もある。
 その一つのラルセンBは2002年に一度崩落したのだが、残りの約1600平方キロも亀裂が生じて、数年中に大陸から切り離されて消滅するだろうとカリフォルニア州バサデナにあるNASAジェット推進研究所が予測した。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この発表でゴア元副大統領を連想したのは、同元副大統領が出演したドキュメンタリー映画「不都合なる真実」の中でこのラルセルBが、炭鉱内で毒ガスを感知するとさえずるのをやめて危険を知らせるカナリアのように、地球温暖化の危険をしらせるものとして挙げられていたからだ。
 同副大統領は、棚氷が消滅することで大陸上の氷も歯止めを失い海に落下して解けることになるが、陸氷が解けると海水が増加して海面上昇につながると警告した。
 「同様に南極大陸西部の氷が解けると、海水面は20フィート(約6メートル)上昇して世界中で陸地が浸食されるでしょう」
 「不都合な真実」は07年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞、アカデミー歌曲賞を受賞、またゴア元副大統領は環境問題を啓発したことで同年ノーベル平和賞を受賞した。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「これに対し地球温暖化否定論者からの反論が巻き起こり、英国ではこの映画の学校での上映禁止を求める訴訟も起こされた。
 英高等法院は07年10月、この映画には九カ所に誤りがあると指摘し、上映に当たっては配慮すべきだと判決を下した。その九カ所に誤りの中に「二十フィートの海面上昇」もあった。
 「氷の氷解が大量の水を放出することになるのは確かだろうが、それは数千年先のことだろう」
 判事はこう述べて「この指摘はきわめて人を惑わす」と断じた。
 この判決をきっかけに、この映画やゴア元副大統領に対する信頼感が揺らいだだけでなく、地球温暖化への危機感も薄らいだように思えた。」とも教えてくれる。
 最後に筆者は、「しかし、NASAの研究者はラルセンBと大陸との裂け目の拡大速度から見て、棚氷は20年頃に大陸から分離して消滅し、その後陸地の氷河は速いペースで海面に滑り落ち、海面上昇をもたらすことになると今回改めて予測した。
 「炭鉱のカナリア」は「数千年先のこと」ではなく、実はもっと近い将来の危険を察知してさえずるのをやめたのではないか。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
「棚氷というのは陸上と連結している海上の氷のことで、南極大陸のそれは広さが160万平方キロで日本国の面積の4倍余もある」ことを、初めて知った。
 「その一つのランセルBは2002年に一度大崩落したのだが、残りの約1600平方キロも亀裂を生じて、数年中に大陸から切り離されて消滅するだろうとカリフォルニア州バサデナにあるNASAジェット推進研究所が予測した」ことも初めて知った。
 ゴア元副大統領は「同様に南極大陸西部の氷が解けると、海水面は20フィート(約6メートル)上昇して世界中で陸地が浸食されるでしょう」と「不都合な真実」の中で環境問題を提起した下とのこと。
 つないだ文脈で見ると、地球の人類にとって新しい歴史が始まるような気がするが?
 また、この地球異変の兆候は、国家が「唯我独栄?」、「他者排斥?」そして戦争という「団体殺人」へと、核戦争という「地球破壊」へと向かってはならない、という「地球・宇宙」からの警告と受け止めた方がいいような気がするが?
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by sasakitosio | 2015-05-31 07:38 | 東京新聞を読んで | Trackback

萎縮招かない社会に

 5月24日付東京新聞朝刊に、「秘密保護法 いわねばならないこと 集団的自衛権」という欄がある。
 筆者は、作家・森絵都氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「福島の原発事故で避難が始まってから、たくさんの高齢者がなくなった。
 原発から20キロ圏内の立ち入りが規制され、多くのペットが取り残された。日本が、こんなにも弱者を切り捨ててしまう社会なんだと、改めて実感した。
 事故から二か月後、20キロ圏内に取り残されたペットを救出する活動に同行した。自分の体をかけて犬や猫を守る女性たちを追いかけるほどに、その姿を記録したい思いが強まった。」と教えてくれる。
 つづけて筆者、「将来、原発の近くで何か政府に都合の悪い事が起きたら、それを隠すために特定秘密保護法が利用されるかもしれない。私は何か調べるときに現場に行き、自分で見て、人に会って話を聞く。非常時だからこそ、自分の体を張って伝えなければならないことがある。だが、秘密保護法は取材対象にも罰則が及ぶので取材者の萎縮を招いてしまう。
 昨年来、秘密保護法廃止を求める発言をしはじめてから、仕事先の人たちに「勇気がありますね」「大丈夫ですか」などと言われた。
 先進国では市民が政治について意見を言うのはごく当然なのに、日本では発言しない人が多いからだろう。」と指摘した。
 最後に筆者は、「政治のことは難しく、賢く、分かり抜いたうえで語らなくてもいい。間違えたことを言っても、拙くても、本当に自分たちが日常レベルで感じたり、疑問に思ったりすることをカジュアルな雰囲気の中で気軽に発言していくことが大事かと思う。
 そして、私たちの心の中にある萎縮を取り除いていくことが、この社会に新しい風を吹かせて、政府からの締め付けにあらがっていくための一つの方法になるのではないか。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 筆者の「将来、原発の近くで何か政府に都合が悪い事が起きたら、それを隠すために特定秘密保護法が利用されるかもしれない」との危惧は、正解のような気がした。そして、特定秘密保護法は、「私たちの心の中にある萎縮を」利用して、権力者に不都合な情報を隠し、政府への国民の批判を阻止するバリアとなり、権力を保持する者の地位を守るために、きわめて有効の作用すること間違いなしではないか?
 これを阻止するのは、主権者国民の勇気ある「人権擁護」の行動と、それを支え続ける「マスコミ」と「勇気ある専門家」の存在が不可欠のような気がするが?
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by sasakitosio | 2015-05-31 07:03 | 東京新聞を読んで | Trackback

素晴らしき平安時代

 5月24日付東京新聞25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。 
まず筆者は、「2025年の日本の学校では、こんな歴史を教えることになるかもしれない。
 2015年から日本は「第二平安時代」に入りました。といっても、首都を京都に戻したわけではありません。
 この年、偉大なる安倍晋三総理の下で、「平和安全法制」が決定され、日本は自国の平和だけに一生懸命なわがままな国から、世界の平和と安全に、武器を持って貢献する偉大な国になりました。これで、戦後という屈辱的な時代が終わり、日本は新たな平安時代に入ったのです。」と切り出した、
 つづけて筆者は、「平和を守るには力が必要です。だから平和への貢献を具体的に示すのは、犠牲者の数です。戦後の日本では、一人の戦死者も出さなかったと変な自慢をする人がいましたが、平安時代ではどんどん犠牲者を出すことで、世界平和への貢献を内外に誇るようになりました。
 平安時代は、平民を安上がりに使い捨てる時代でもあります。貧乏な皆さんにとっては、大人になったら安い給料でこき使われるか、軍隊に入って平和のために犠牲になるというのが正しい生き方です。
 みなさんはなんと素晴らしい時代に生きていることでしょう。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「こんな素晴らしい時代に不満を待たないようにするため、これ以上の歴史を勉強する必要はありません。試験対策の暗記の苦労もありません。文句ある?」と締めくくった。
 よんで、変な話のようだが、結構、現実を言い当てているかもしれないと思った。
 「平和を守るためには力が必要です。だから平和への貢献を具体的に示すのは、犠牲者の数です」とか、「平安時代は、平民を安上がりに使いしてる時代です」とか、「平和安全法制」と国会に提出した「安倍自公政権」の隠された「本音」・「本性」を、率直に代弁しているようにさえ思えた。
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by sasakitosio | 2015-05-31 06:53 | 東京新聞を読んで | Trackback
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これは今年の春先、手賀沼で木陰の雑草の緑の中で、りりしく明るく立っていた。辞典で調べたら、絶滅危惧種のキンランだった。今は緑の種の鞘をしかりつけて、スギナの林の中にひっそり立っている。草刈り前の一刻の平和なときかも。
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by sasakitosio | 2015-05-30 06:31 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 5月25日付東京新聞朝刊2面に、「福島事故IAEA報告書」に関する記事が載った。今日は、この記事を学習することにした。
 ウイーン=共同で三本。
 初めの記事は、「「勧告した安全評価を十分実施しなかった」「国際的慣行に従わなかった」。国際原子力機関(IAEA)がまとめた東京電力福島第一原発事故の最終報告者は、東電や規制当局の認識の甘さを痛烈に批判している。
 事故当時、東電や日本政府から「想定外」との弁明が相次いだ。 
 しかし、IAEAは日本が何十年にもわたり原発の安全性を過信し、発生の確率が低い災害などに十分備えてこなかったと一蹴した。
 IAEAは福島の事故前から、加盟国に対し原発の安全性を評価する際、機器の故障などが大事故に至るすべての可能性を把握する確率論的安全評価(PSA)の適用を勧告。2007年の専門家による訪日調査では「日本には設計基準を超える事故について検討する法的規制がない」と指摘し、過酷事故に十分備えるよう求めていた。
 しかし、IAEAの勧告や助言を受けた抜本的な対策は取られず、報告書によると、第一原発ではPSAを適用せず、非常用デーゼル発電機などの浸水対策が不足。
 十年ごとの定期安全レビューでも地震・津波予測の再評価が義務付けられておらず、過酷事故への対応や安全文化の見直しも含めて「国際的な慣行」に十分したがっていなかった。
 福島の事故後、中東のヨルダンが「原発の建設予定地を地震が少ない場所に変更」(同国原子力委員会幹部)するなど各国は新設・既存の原発の安全を強化している」と教えてくれる。
 次の一本は、「IAEAが東京電力福島第一原発事故を総括する報告書で、日本の安全対策を厳しく批判した背景には、日本で原発再稼働への動きが進み、世界でも原発建設が増える見通しの中、再び過酷事故が起きかねないことへの強い危機感がある。
 福島の事故前にも1979年にスリーマイルアイランド(米国)、86年にチェリノブイリ(旧ソ連)で原発の大事故が生きたにもかかわらず、日本では「よそごと」として原発の安全神話にあぐらをかき、電力会社と政府の規制当局は真摯な対策を怠ってきた。
 原子力技術の”優等生“だった日本での事故により国際的に原発への信頼は大きく揺らぎ、ドイツが2022年までの全商用原子炉の稼働停止を決定、スイスやベルギーなど先進国を中心に脱原発へかじを切る国が続いている。
 しかし日本では安倍政権が「原発回帰」を推進、今夏にも九州電力川内原発が再稼働する見通しで、トルコなど海外への原発輸出も進めている。
 世界全体を見渡しても、電力需要が急増する新興国を中心に原発は増える見通しで、日本を含め世界各国で原発の安全意識を徹底できるかが問われている。
 近い将来、いづれかの国で再び過酷事故が起きれば、国際的な原子力平和利用への信用が崩壊しかねない。
 IAEAの天野之弥事務局長も報告書で「第一原発事故が人間に与えた大きな影響を忘れてはいけない。安全が最も大切だ」と強調し、教訓を生かした事故防止に努めるよう訴えている。」と、教えてくれる。
 さらに次の一本は、「「十分に防護思い込み 報告書の要旨」という見出しで始まった。
 IAEAが東京電力福島第一原発事故を総括した最終報告書の要旨は次の通り。
 1、(自然災害など)外的な危険要因に対する原発の脆弱(ぜいじゃく)性について、 
  体系的で総合的な方法で見直したことがなかった。
 1、事故当時、国内や海外の原発運転の経験は規制の中で十分に考慮されてなかった。
 1.東電は福島県沖で、マグニチュード(M)8.3の地震が発生すれば最大約15 
  メートルの津波が第一原発に達すると試算していたが、対策を取らなかった。原子 
  力安全・保安院も迅速な対応を求めなかった。
 1.2007年の訪日調査で「日本には設計基準を超える事故について検討する法
  的規制がない」と指摘、保安院が安全規制の向上に中心的な役割を果たすように求 
  めた。
 1.第一原発の設計は、津波のような外的な危険要因に十分対応していなかった。I 
  AEAの安全基準で勧告された確立論的安定評価(PST)による審査は十分実施 
  されず、非常用デーゼル発電機の浸水対策などが欠けていた。
 1.原発で働く東電社員らは津波による電源喪失や冷却機能の喪失に十分な備えがな
  かった。適切な訓練を受けず、原発の状況悪化に対応できる機器もなかった。
 1.「原発の安全に関する問題に遅滞なく対応する方法について、どの組織が拘束力 
  のある支持を出す責任と権限を持つのか明確ではなかった。
 1.事故当時の規制や指針、手続は重要な分野で国際的な慣行に十分従っていなかっ
  た。十年ごとの定期安全レビューでは外的な危険要因の再評価が義務付けられてい
  なかった。 過酷事故の管理や安全文化でも国際慣行との違いが目立った。
 1、日本では原発が技術的に堅固に設計されており、十分に防護が施されているとの
  思い込みが何十年にもわたり強められてきた。その結果、電力会社や規制当局、政
  府の予想の範囲を超え、第一原発事故につながる事態が起きた。
 1.原発事故と自然災害への対応では、国と地方の計画がばらばらだった。事故と災
  害の同時発生に協力して対応する準備がなかった。
 1.日本の国内法と指針は、緊急対応に当たる作業員の放射線防護の措置に言及して
  いたが、詳細な取り決めが不足していた。
 1.子供の甲状腺被ばく線量は低く、甲状腺がんの増加は考えにくい。一方、事故直
  後の被曝線量に関しては不確かさが残る。
 1.避難住民の帰還に備え、インフラの再構築やその実行可能性、地域の持続的な経 
  済活動を検討する必要がある。
 1.汚染された原子炉建屋への地下水流入を制御することが依然必要。汚染水問題 
  では全ての選択肢を検討することが必要。
 1.復興活動に関する国民との対話が信頼醸成には不可欠。」とも教えてくれる。
読んで、日本の原発関係者、東電、規制当局の国際的非常識、十分に防護の思い込みが何十年にもわたり強められてきた、こと等に驚きとともに、日本国・日本国民が世界的に恥をかいたと思った。
 報告書の要旨は、一から十まで、指摘は当たっているのではないか。この指摘が、完璧に対応できなければ、原発を再稼働してはならないと思った。国会で、徹底的に規制当局と東電を「過去のの事実については」厳しく糾弾し、再稼働に当たっては「報告書要旨のすべてを」完璧に実践させることで追及し、再稼働前に政府・東電の無責任を国民の前に明らかにしてほしいと思った。
 そして、国会の議論が、再稼働の問題性を、広く深く多くの国民が考える大きなチャンスになることを期待したい。
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by sasakitosio | 2015-05-30 06:20 | 東京新聞を読んで | Trackback
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by sasakitosio | 2015-05-29 14:53 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 5月28日付東京新聞25面「こちら特報部」の中に、
 「広島・長崎例に核攻撃言及」、「 イスラエル国防相 講演」、「対イラン可能性示唆」、という見出しで、現在のイスラエルの事情が載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「核拡散防止協定(NPT)再検討会議が最終文書を採択できずに閉幕し、核軍縮の行方が懸念される中、イスラエルのモシェ・ヤアロン国防相が同国での講演で、広島や長崎の例を挙げて、イランに対する各攻撃の可能性に言及していることが分かった。
 安倍政権は近年、イスラエルとの防衛交流や経財連携急速に進めている。(田原牧) 
 この講演は今月5日「反テロ」を掲げる同国の保守系団体「シェラト・ハディン(イスラエル法律センター)」が主催した。
 イスラエルは事実上の戦術核保有国だが、NPTへの調印を拒んでいる。対立するイランの核開発施設の完全廃棄を訴え、イランと欧米など六か国が4月にまとめた核開発に関する枠組み合意に反対している。」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「同センターが動画サイトに投稿した講演のビデオによると、ヤアロン国防相は講演の質疑で、イランのような国の脅威にどう対処すべきかについて問われ、「自衛のために、最後にはある特定の手段をとるべきかもしれない」と言明。
「20万人が死亡した長崎や広島への原爆投下を決めた後、どう感じたのかと問われた(米国の)トルーマン元大統領の逸話を思い出す。彼はこの攻撃がなければ、日本との戦争が長期化し、犠牲者が200万人にも及ぶという可能性を将校から聞いて、(原爆の投下を)道徳的な決断だと見なした」と例示。
 「私たちは、そこには至っていない。だが、これが私の話していること(特定の手段)だ」と語り、広島や長崎への原爆投下を暗に肯定。
 核攻撃も選択肢の一つとする姿勢を示した。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「日本は近年、イスラエルとの関係を緊密化している。昨年5月にはネタニヤフ首相が来日し、安倍首相も今年1月にイスラエルを訪問した。サイバー攻撃対処などの連携強化で合意し、イスラエルが導入するF35戦闘機の共同開発には日本も加わっている。
 原爆投下を巡っては、当事国の米国でも「すさまじい道徳的な愚行」{哲学者のジョン・ロールズ}という批判がある一方「戦争の終結を早めた、」という評価が依然として根強い」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 核拡散防止条約(NPT)再検討会議が最終文書を採択できずに閉幕したことに、人類の危機を感じていた。核兵器を造ることができても、廃絶できない人類は種の絶滅の危機に一歩づつ近いづいているのだろうか?
 そこに、いま、核戦争を恐れないとの「イスラエル国防相」の発言を、目にすると、また一歩人類の危機に近づいたのだろうか?
 過日、エルサレムの「中と周囲」を歩き回ってきた。その時、イスラエルの日本人への好意も、戦争に対する本気度も、すごいものだと思った。この十数年の間、いろいろの国の都市を歩き回ったが、常に戦時を感じたのはエルサレムだけだった。ただ、エルサレムには狭い地域に「キリスト教の聖地」、「ユダヤ教の聖地」、「イスラム教の聖地」が共存していた。そこに、共通していたのは、それぞれの神に対する真摯な祈りであった。  それぞれの神は、人類の核戦争による「地球の破壊と人類の滅亡」を、決して望んではいないとおもうのだが? 
 いかなる口実でも、核戦争をさせない、最善策は「核兵器の廃絶」しかないと思うのだが?
 
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by sasakitosio | 2015-05-29 06:08 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月27日午後5時45分ごろ、やけに桁数の長い電話番号が、受話器の着信記録に載った。国内他県の番号より、かなり長い。
何となく心当たりがないので、何かの間違い電話では?
受話器を上げない方がいいのではないか?と思ったが。
 しかし、結構長くなっているので、受話器を上げた。若い男性の声がした。加藤です、中日新聞のと聞いた途端、「国際電話ですか」と聞いてしまった。
 「上海からとのこと」。東京新聞で、過日「習体制の行方」という「現在の中国事情」の社説の連載があり、その筆者が加藤直人氏であったこと思いだした。そして最終回の社説に載っていた「感想募集」をみて、私の感想と希望を数枚送ったことを思い出した。
 外国から、新聞社の論説委員から、お電話を戴いたことに、びっくりした。友達に自慢できるハプニングたった。
 もらい電話であるが、筆者が日中の国民間の友好に尽くされることを期待し、現地の被支配者の国民の声を日本国民に伝えていただくことが、日本国民の中国国民への理解を深めることになることを、生意気にもいってしまった。また、私が、これからの中国の民主化の行く末について、思っていることも、上海在住の論説委員に直接聞くことができたことは、私にとって大変刺激になり為になった。
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by sasakitosio | 2015-05-28 07:03 | 今日の感動 | Trackback

1億総背番号制度

 5月26日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルライター・鎌田慧氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「年に何回か、息子を名乗った男から、電話がかかっていくる。「お前、ずいぶん声がちがうね」。
テキもさるもの。「昨日から風をひいてね、病院に行こうと思っている。」と答える。
 息子より若い声である。会社のカネを使い込んだ、とかの古典的な手法だ。たいがい、「明日会社の人から電話があるから」と言って切れる。
 翌日、別人から電話が来るが、ちっとも驚かないので、脈がないと判断するようだ。同じような電話がもう何回来たかわからない。どこからか家族の情報が漏れている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「「マイナンバー」は、まだ実施されていないのに、すでに個人情報はタダ漏れだ、38年前、私は原発とコンピューター社会の情報管理支配を防露する「ガラスの檻の中で」を出版した。
 それ以前から、自民党の中山太郎議員は著書「一億総背番号」で「プライバシー“侵害”の恐れがあるから反対する」という意見は、「ハイジャックがはやるから飛行機を廃止しろ」というのと同じで社会の進歩に逆行する」と脅かしてきた。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「自民党40年超にわたる国民支配の執念である。マイナンバーとは、誕生から食肉店のショーウインドウまで、牛肉の背番号制の別名、人間の魂にまで手を突っ込もうとする悪法である。個人にメリットは何もない。
 「おれおれあんちゃん」の口車よりもはるかにたちが悪い。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 まず、「マイナンバーとは、誕生から食肉店のショーウインドウまで、牛肉の背番号制(トレーサビリテイ)の別名」と聞いて、びっくりした。
 中山太郎議員の「プライバシーの”侵害“の恐れがあるから反対する」という意見は、「ハイジャックがはやるから飛行機を廃止しろ」というのと同じで社会の進歩に逆行する」との脅かしは、ひどい話だと思った。
 「国民総背番号制」が社会の進歩という「認識」、と批判者の意見に耳を傾ける「謙虚」さが全くないことに、あきれた。
 安倍総理がよく似ているような気がした。自民党というのは、自由気ままは有っても、民主主義(特に人権の平等)の自覚のない人たちの集まりなのだろうか?
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by sasakitosio | 2015-05-28 06:11 | 東京新聞を読んで | Trackback
 5月22日付東京新聞社説に、「課題は置き去りのまま」の見出しで、中立性・公平性の面からも、科学的真実性の面からも、色あせた感のする「原子力規制委員会」の「適合判断」が、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)になされたことが載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「四国電力伊方原発3号機(愛媛県)が原子力規制委員会から新規制基準に「適合」と判断された。事故時の住民避難については、今回も置き去りだ。従って、再稼働の”お墨付き“とは呼び難い。
 九州電力川内原発(鹿児島県)、関西電力高浜原発(福井県)、そして伊方原発と、3.11以前へ回帰がそれこそ粛々と進んでいるように感じてしまう。
 福井地裁は先月、高浜原発再稼働差止めの仮処分決定で、地震の揺れに対する規制委の評価の甘さを指摘した。伊方原発の場合も、そうではないのか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「伊方原発の敷地のすぐ北側の海底を中欧構造線が走っている。関東から九州まで、長さ千キロに及ぶ、日本最大級の断層帯だ。阪神大震災も、その近くで発生した。 
 1854年12月23日から翌日にかけ、安政東海(M8.4)。安政南海(M8.4)の巨大地震が連動して発生した。南海トラフ巨大地震だ。二日後に、伊方原発がある佐多岬半島西端を震源とする伊予西部地震(M7.3~7.5)が起きている。
 南海トラフと中央構造線。原発の近くに並行しして巨大地震の巣が横たわる。
 ところが規制委は、四国電力が想定される地震の揺れを当初より一割強引き上げただけで、よしとした。住民の不安は解消されるのか。
 最大の疑問は今回も、有事の際の避難経路と手段である。
 伊方原発は半島の付け根にあり、そこから先には約5千人が住んでいる。その人たちに、事故を起こした原発に向かって、どう逃げろというのだろうか。
 大分側へ船で逃れるという案がある。混乱の中の海上避難は恐らく容易ではないだろう。
 避難計画が審査の対象になっていないのが、そもそも間違いなのではないか。」と指摘した。
最後に社説は、「思い出してもらいたい。なぜ新たな規制基準が必要になったのか。住民の命と暮らしを守るためである。それには広範な住民対話も欠かせない。
 電力会社だけではなく、住民の不安や疑問を十分くみ取った上で、判断を試みるべきではないか。
 審査書公表後の住民説明会なども、限られた人々を対象とした通り一遍のものとしか思えない。
 司法の指摘に耳を傾ける気配もない。まるで3.11前である。
 「適合」判断三例目。規制委自身、その審査姿勢を一度よく、振り返ってみるべきではないか。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 社説は、「1854年12月23日から翌日にかけ、安政東海(M8.4)、安政南海(M8.4)の巨大地震が連動して発生した。南海トラフ巨大地震だ。二日後に伊方原発がある佐多岬半島西端を震源とする伊予西部地震(M7.3~7.5)が起きている。南海トラフと中欧構造線。原発の近くに並行して巨大地震の巣が横たわる。」ことを教えてくれた。
 社説はまた「最大の疑問は今回も、有事の際の避難経路と手段である。伊方原発は半島の付け根にあり、そこから先に約5千人が住んでいる。」ことも教えてくれた。
 社説は、「「適合」判断三例目。規制委自身、その審査姿勢を一度よく、振り返ってみるべきではないか。」を、強く指摘している。その通りだと思った。
 そして、これでは、かって原子力規制委員長が、「適合」は安全を保障するものではありませんと「公言」していたが、まったく安全には何も役に立っていないことが、明白になった気がした。ならば、原子力規制委は、国民の安全確保という面では、まったく無用なものであり、その意味ではこれこそ「究極の税金の無駄使い」ではないかと思った。
 
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by sasakitosio | 2015-05-27 06:11 | 東京新聞を読んで | Trackback