憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 3月29日付東京新聞朝刊に、「秘密保護法 言わねばならないこと 集団的自衛権」という欄がある。発言者は、落語家・古今亭菊千代氏だ。今日はこの欄に学ぶことにした。
 まず菊千代さんは、「昔は憲法について考えることはなかった。2000年から国際交流のNGO[ピースボート]の船で世界各地に行くようになり、九条のすごさ、こんなに世界の人から認めてもらっている憲法を日本は持っている。空気みたいに守られていると知った。
 中でも前文と九条は、日本が戦争中にしてきた間違ったこと、嫌な目に遭わせた人へのおわびと、二度とそういうことはしませんという誓いだったと思う。」と切り出した。
 つづけて菊千代さんは、「いまでは日本人がいろんな国へ行っても、日本はちゃんとした国だと、みんなわかっていて守られている。
 にもかかわらず、集団的自衛権の行使を認めるといって、逆に海外の日本人をどんどん危なくしている。
 すべて安倍(晋三首相)さんのせいだけとは言わないけれど、政府がこの方針を決めた。
 なんでこんなに平気でかわれるのか。絶対おかしい。海外の若い人たちは今の日本を見るわけだから、そういう国なんだと思うかも知れない。年を取った人たちは、また日本が元に戻ってたと見るかもしれない。
 私は抑止力という言葉も嫌い。
 抑止力には、相手側はもう一つ大きな抑止力を持ってくる。そのまた大きな抑止力ということに繋がり、結局、地球全部がだめになってしまう。
 武力で平和は守れないと思う。」と発言する。
 最後に菊千代さんは「九条のおかげで平和に生きてこられた。その有り難さを今一度、みんなで考えましょうと言いたい。いつの間にか自分の息子が自衛隊で海外に行って戦争に加わったり、傷ついたり、そんな目にあったお母さんが、寄席に来て落語を聞いて笑えるわけがない。戦争になったら笑えない。笑える幸せは平和憲法九条のおかげだということを分かってもらいたい。」と締めくくった。
 落語家らしくわかりやすく、共感できた。
 特に、「なんでこんなに平気で変われるのか。絶対おかしい。」、「私は抑止力という言葉も、嫌い。抑止力には、相手側はもうひとつ大きな抑止力を持ってくる。そのまた大きな抑止力ということつながり、結局、地球全部がだめになってしまう。」のくだりは、共感できた。
 戦争は、国家間の争いで、指導者間の争いで、それを現実に実行するのは「国民」だ。その点で、抑止力を高めるのであれば、国民同士の交流を深め、相手の国民が「加害の意思」がないことを、相互の国民が得心できる「策」を立てることではないか?
 そうすれば、戦争好きな指導者による「命と財産」の「振り込め詐欺」の被害に、相互の国民が合わずに済むのではないでしょうか?
 また、外国人の観光客の増加、オリンピックによる外国人の訪日の増加等の機会を、ビジネスと当時に「日本の文化」と「日本の自然と」と「平和憲法」を広く知ってもらい、帰国後に宣伝してもらう「チャンス」にできないものだろうか?
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by sasakitosio | 2015-03-31 06:31 | 東京新聞を読んで | Trackback

軍と沖縄

 3月29日付東京新聞29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「気分は既に改憲後なのだろう。安倍晋三首相は国会答弁で自衛隊を「わが軍」と言った。戦後の日本人は、軍が国を滅ぼした経験を土台に、国の形を作ってきた。自衛のための実力組織を持つにしても、それは他国の軍隊とは違うという原則を立てた。そして自衛隊は他国を攻撃することを前提とせず、編成や作戦を構築してきた。自衛官の大半も、憲法九条の下で国民を守るために志願したはずだ。
 軍という概念を避けてきた理由はもう一つある。
 先の大戦の末期、沖縄では軍が住民を巻き込んで地上戦を戦った。軍が守ろうとしたのは国民の生命ではなく、国体という名の指導部の既得権であった。」切り出した。
 つづけて筆者は、「安倍首相は意図していないかもしれないが、沖縄における基地建設の強行と、自衛隊の軍への転換は、二つそろって戦後日本の原理を踏みにじろうとしている。
 安倍首相にとっての「わが軍」は、指導者の子供じみた夢想のために用いられるのであって、決して国民を守るものはならない。そのことは、最近の安保法制の議論を見れば、明らかである。戦争を始めた外国軍に武器弾薬を運ぶことは、自衛ではなく、軍隊がする戦争である。」と指摘した。
 最後に筆者は、「増長もいい加減にしろ。法治国家という概念は、安倍一党のようなおごり高ぶった権力者を法で縛るという意味なのである。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「先の大戦末期、沖縄では軍が住民を巻き込んで地上戦を戦った。軍が守ろうとしたのは、国民の生命ではなく、国体という名の指導部の既得権であった。」との指摘は、古今東西を問わず、すべての戦争に当てはまるような気がした。
 国民の利益と指導者の既得権を混同させ、「国益を守るため」と国民をやる気にさせ、命や財産を振り込ませる、指導者による巧妙な振り込め詐欺、それが戦争のような気がした?
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by sasakitosio | 2015-03-30 07:01 | 東京新聞を読んで | Trackback

野蛮人の支配

 3月22日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「NHKのBS放送で、ドイツのワイマール民主制が崩壊して、ヒットラーが権力を掌握するまでの経緯を描くドキュメンタリーが再放送された。
 私も再見し、「ナチスの手口」を確認した。ヒトラーとその取り巻きはならず者であった。しかし、暴力、捏造、脅迫、そして開き直りによって政敵を抑圧、粛清して、独裁を確立した。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「民主主義は文明社会における政治のルールである。文明社会はウソはつかない、公私のけじめはつける、自分と違う考え方を持つ他人とも共存するなど、まっとうな常識を持った人間によってさ支えられる。
 常識を拒絶するならず者が幅を利かすようになること、つまり野蛮がはびこることが民主主義崩壊の前兆である。」と指摘した。
 さらに筆者は、「今の日本をファシズム前夜と呼ぶことは、誇張かも知れない。だが、野蛮が品性を駆逐していることは確かである。総理大臣が虚偽の言いがかりで野党を攻撃し、NHK会長がゴルフに行く車代をつけ回しする。我が国の指導者の品性は小学生以下である。こういうと子供たちに怒られるか。」と皮肉った。
 最後に筆者は、「首相は自分には言論の自由があるとして、自分の発言でメディアが萎縮しては困ると開き直った。
 権力を監視する役割を持つメディアや言論人は、ふざけるな、売られたけんかは買うぞという気概を持たなければならない。品性と怯懦は違う。」と締めくくった。
 筆者の「ヒトラーとその取り巻きはならず者であった」との指摘は、初めて出会った見解だ。そういう言い方もあるかと思うと同時に、ヒトラーの蛮行は、ヒトラーの取り巻きが「ならず者で」でないと、できなかったように思った。そして、それを許した当時の「ドイツ」の国民がいた。それが作為的か不作為的かを問わず、まったく国民の支持がない「権力」は存在できないだろうから。
 また、筆者の指摘「わが国の指導者の品性は小学生以下である」との指摘は、「総理大臣が虚偽の言いがかりで野党を攻撃した」こと、「NHK会長がゴルフに行く車代すのつけ回しする」こと、などを見聞きする限りでは、当たっているかもしれない。
 ただ情けないのは、自民党内はじめ政権与党内の自浄意識・能力の欠如であり、国会で責めるほうの野党の、無気力、無力のほうである。
 
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by sasakitosio | 2015-03-29 12:06 | 東京新聞を読んで | Trackback

50年めの岐路

 3月25日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「どんな建物も百年経てば文化財になる。
 平成の大修理を終え、27日、5年ぶりに一般公開される姫路城大天守は築約400年。 だが、その間には何度となく倒壊や解体の危機に直面してきた。
 江戸後期の財政難、
 明治の廃城令、
 そして姫路の大空襲。
 今となっては「よくぞ残してくれました」だけど、修復には莫大な費用がかかる。「見るに堪えない。いっそ壊したほうがよくはないか?」という意見も毎回出たはずだ。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「広島県産業奨励館が竣工したのは1915年。ちょうど百年目である。原爆投下後、解体の声も上がる中、この建物は原爆ドームとして残った。「よくぞ残してくれました」である。
 一方,長崎の浦上天主堂が竣工したのは百一年前の1914年。原爆投下後、保存を望む声が高かったにもかかわらず、こちらは戦後13年の58年に解体された。「なぜ残さなかったか」と悔やまれる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「22日に閉店した渋谷の東急プラザは築49年。同じころに建った東京都児童会館はすでに解体された。築50年目前後が壊すか残すかの瀬戸際なのだ。コンクリートの耐用年数?そうかなあ。現在の文化財も漫然と残ったのではない。これは意思の問題だと思いますけど。」と、締めくくった。
たしかに、筆者の言う通り、姫路城も、広島産業奨励館も「よくぞ残してくれました」だ。50年近くで、街の様子、特に建物の有無がかわる。そうすると地域の景色が変わる。建物がなくなって、見通しがよくなったり、建物が出来て日陰に成ったり、相続で所有者が変わったりする。変わらずに残っているものは、それを残す意思を持った人々が大勢い居た証しでもある。自分の年齢よりも長く残っている「存在」に出会うたびに、それを残し続けている「人々」に感謝している。
 
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by sasakitosio | 2015-03-29 11:41 | 東京新聞を読んで | Trackback
 3月19日(日)晴れ、暖かく風なし。人多し。
入りの柏公園、6時20分。柏の森からウグイスの声、公園の数十本のソメイヨシノが一斉に咲き始めた。コブシも遅咲きのものも開花。草原も緑が目立ってきた。
 公園を抜けて、大津川河口へ。今日は水かさが増している。いつもいるハクチョウの姿なし。
緑道に設置してある直系3メートルの「鉄管」に入り、東のお日様に向かって手を合わせ、家族の心の安らぎを祈る。同じ作業を南、西、北の順で行う。
 土手を降り、柏下の草原を歩く。草原に鴨が十数羽食餌中。
 近づくと、今日は一斉に、ぎゃく、ぎゃく、いいながら飛び立った。
 機場の林へ入ると、通路の沼側の枯れ葦の中にある竹藪の中から、ホーホケキョのウグイスの声がした。声はすれども姿は見えない。土手のぎりぎりに立って、ウグイスの囀りを楽しむ。試みに、何回継続して囀るか?ウグイスの囀りに合わせて、手をたたき数えたら、何と連続で37回囀った。
 帰りにも、竹藪の近くへ来ると、ウグイスがホーホケキョ。
 数えたら、19回連続で囀ってくれた。ウグイス君本当に有難う、ごくろうさん。
 機場を抜けて、機場側の林の中で、もも上げ体操。思い切りのもも上げ体操で、いつも、体が目覚めた感じがする。
 戸張下の草原を歩き始めた途端、ツバメらしきものが弐羽目の前を飛び去った。まさか今頃ツバメがと思って歩いていたら、ひどり橋近くで、かなりゆっくりツバメが2羽目の前を横切った。今年の初ツバメだ。
 ひどり橋近くの萩の根元には、ムスカリが数十本青い花を咲かせていた。青い貴婦人だ。すがすがしくて、気品がある。
 花の命は短くて、盛りを見せのは、ひと時だが。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 眼下の大津川河口では、釣り人二十人余。魚に取っては、吉日か、魔の日か?
 帰路の土手は、河津桜が、すっかり緑の葉が目立つようになった。柏下の草原を歩いて、土手を登ると、目の前に白いものがひらひら、モンシロチョウだ。
 昨日、我孫子で「グループホームのお披露目会」に参加したとき、周りの畑にモンシロチョウがひらひら飛んでいるのを見て、感動したことを思い出した。
 
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by sasakitosio | 2015-03-29 08:36 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

ヘリコプター・マネー

 3月26日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大学教授・竹田茂夫氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「バブル崩壊の対症療法から始まった米国の量的緩和(QE)はそれなりに成功し、出口のタイミングを見計らう段階だ。黒田日銀のバズーカ砲は総裁の当初の説明(二年間で2%のインフレを起こす)に従えば不発に終わったというほかない。自縄自縛の政策で、少しでも逡巡すれば失敗の自認と解釈され期待に働きかける効果を失う。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「欧州中央銀行(ECB)はこの三月からQEに乗り出したが、あらかじめ出口が1年半後とされてデフレ脱却の効果かは疑問視されている。そのため、欧州の有力な経済学者の中から「ヘリコプター・マネー」の提案が出てきた。
 元来、思考実験の比喩であり、大学の講義で広く使われてきた。国債発行→金融市場での吸収→ECB等の買いオペという経路ではなく、ヘリコプターで上空から現ナマをばらまくようにECBが欧州市民の預金口座に現金を振り込むというものだ。
 QEと異なり出口をうんぬんする必要がなく格差解消を狙うこともできるという。棚ぼたのカネから消費にまわる比率(消費性向)が問題だが、悪名高き日本の地域振興券の場合には極端に低かった。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「だが、政策的に望ましくてもこの提案は実現しない。技術的な問題より、自立自助、自己責任といった市場経済の根本的なイデオロギーに反するからだ。」と教えてくれる。
 読んで勉強になった。
 なかで、「米国の量的緩和(QE)はそれなりに成功した」とのこと、「黒田日銀のバズーカ砲は総裁の当初の説明(2年間で2%のインフレを起こす)に従えば不発に終わったというほかない」とのこと、このちがいはどこからくるのだろうか?
 米国の利上げに新興国が戦々恐々しているらしいが、日本は円安で、外人観光客が増え、大企業は空前の利益をあげ、株式市場の世界ではかってのバブル崩壊を忘れたかのような状況だ。なかで、労働者の中に格差を拡大・定着させる政策が、為政者によって進められている。この先どんなドラマが待っているのだろうか?
 いまのところ、日銀の量的緩和の影響は、富裕層以外の人々の暮らしには、あまりプラスになっていないような気がするが?
 喜劇ならともかく、悲劇だけは、勘弁してほしい。特に富裕層でない人々の「家庭・暮らし」にとっては!!! 
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by sasakitosio | 2015-03-28 07:17 | 東京新聞を読んで | Trackback

「ずるずる体質」危惧

 3月22日付東京新聞朝刊1面に、「秘密保護法 いわねばならないこと  集団的自衛権」という欄がある。今日の発言者は、映画監督・高畑勲氏だ。今日はこの記事を学習することにした。
 まず高畑氏は「小学4年のときに戦争が終わり、戦争への反省や今の憲法がどんなに大切かを考えながら生きてきた。そういう意味で戦後民主主義の子の一人。戦後70年になり、それが危うくなってきていると感じる。
 僕が監督した「火垂るの墓」は反戦映画といわれているが、必ずしも反戦とは言えないと思う。戦争末期に日本中の都市が米軍の空襲に遭い、僕も焼け出された。その体験は伝えないといけないが、そればかりだと戦争体験の伝え方としては偏っている。加害体験が抜け落ちているから。戦争を理解するには、日本人の集団心理を含めて歴史を学ばなくてはいけない。」と指摘した。
 つづけて高畑氏は、「日本人には「ずるずる体質」と呼びたくなるような気質があると思う。場の空気や相手の気持ちを読むのは得意だが、体制に順応しやすく、深みにはまった時に反対できなくなる。あの戦争の時もそうだった。
 特定秘密保護法も普通の人には関係ないようだけど、深みにはまるとどこに向かうかは分からない。そうなると大衆である我々が反対する力を持てなくなってしまう。いまもずるずる体質は変わっていないと思う。」とも指摘した。
 最後に高畑氏、「そういうずるずる体質の歯止めとして憲法9条があるのではないか。9条はある意味で国家を存立しにくくするものだが、日本はその枠の中で苦しみながらやってきた。改憲してすっきりさせた途端、その苦しみはなくなり、またずるずると行ってしまうのではないかと危惧している。
 数は少ないかもしれないけど、若い人の中で特定秘密法や集団的自衛権の行使、改憲に反対の声を上げる人たちが出てきている。こうしたことは非常にうれしいし、応援したい気持ちだ。」と締めくくった。
 筆者の指摘する「ずるずる体質」は、確かに自分にあると思うし、世界から戦争がなくならないところを見ると、人類共通の「脱げない皮膚・逃げれない資質」かもしれないと思った。
 このずるずる体質の改善方法を発見した人は、人類を戦争にによる滅亡から救う道の発見ということで、将来メシアを呼ばれれかもしれない、と思った。
 
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by sasakitosio | 2015-03-28 06:37 | 東京新聞を読んで | Trackback

拝啓 安倍首相様

 3月24日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「これから自衛隊員に戦死者が出たとき、あなたは派兵の最高責任者として、何とおっしゃるのですか。
 国のために必要な犠牲者です、靖国神社に祀ります、とでも言いますか。私たちの国は前の戦争で、同胞を310万人、外国人2000万人を殺してしまいました。
 その反省が、あなたが変えようとしている日本国憲法九条「国の交戦権は認めない」です。それはまだ厳然としてあるのですから、他国のための戦死など憲法違反そのものです。
 まして、他国の市民を殺すのは「平和国家」の不名誉です。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「自民党と公明党はいつでも、どこでも際限もなく、秘密裏に、米軍の戦争に参加できると合意しました。集団的自衛権の行使を認める与党合意のとき、北川一雄公明党副代表が高村正彦自民党副総裁に「真っ赤なトマト」を届け、「完成美」の花言葉を添えたそうですね。
 「平和の党」が「戦争の党」と交わり、赤く染まった記念だったのでしょう。」と揶揄している。
 最後に筆者は、「この高村・北側両氏の二人三脚は、戦争参加にまっしぐらです。あなたも国会で関連法案を審議する前に、いそいそと米国詣。大歓迎が期待されています。公明党は自民党と憲法骨抜き策を密談し、政府は米国の鼻息をひたすらうかがう。
 人の命を顧みない戦争大国のマネをやめ、安心して暮らせる平和小国を目指したらいかがか。」と締めくくった。
 読んで納得した。
 「他国のための戦死など憲法違反そのものです」、
 「他国の市民を殺すのは「平和国家」の不名誉です」、
 「公明党は自民党と憲法の骨抜きを密談し、政府は米国の鼻息をひたすらうかがう」、等はその通りだと、思った。
 また、読んで、「公明党の北側一雄氏が自民党の高村正彦氏へ「真っ赤なトマト」を届け、「完成美」の花言葉を添えた」とのことを初めて知り、筆者の「「平和の党」が「戦争の党」と交わり、朱く染まった記念だったのでしょう。」との皮肉も、すとんと落ちた。
 それにしても、アメリカの「ジャパンハンドラー」も、公明党も、自民党・政府の改憲勢力を甘く見ているような気がしてならないが?アメリカはイラクの轍を、公明党は社会党の轍を踏んでいるような気がするが?
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by sasakitosio | 2015-03-27 06:34 | 東京新聞を読んで | Trackback

チキンレースと資本論

 3月12日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある、今日の筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「青春映画「理由なき反抗」に二台の車を崖に向かって爆走させるチキンレースのシーンが出てくる。
 転落を恐れて、先に運転席から飛び降りた方が弱虫(チキン)で負けというわけだ。
 この遊びはゲーム理論で「瀬戸際戦略」と命名され、国際紛争のお手軽な説明図式になった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「欧米のメディアはギリシャ左派政権の財務相がゲーム理論研究者であったことに注目して、欧州連合(EU)や欧州中銀への対決姿勢をチキンレースに持ち込むものと解釈する。ドイツの保守派高級紙は、40歳のギリシャ新首相を無知で無謀な若者にたとえる。この映画の独語タイトルは「知らずにやってしまう」(無分別の意)と訳せるが、ほぼ同じ言い回しが「資本論」にある。」と指摘した。
 さらに筆者は、「市場交換の当事者は、自分の行為が社会全体にどう作用するかを知らないし、知らずに済む。市場は幻想(商品への物神崇拝)を生み出しつつ、資源配分の機能を果たすことをマルクスは指摘したのだ。保守派経済学の大御所、ハイエクは同じ事態を情報効率性として称揚する。価格情報さえ流布すれば、誰も実情を把握しなくても、市場全体はうまくいくという。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「EUなどは市場の論理を振りかざして緊縮財政と構造改革をギリシャに強要したが、その結果は社会の破綻だ。知らずに行うのはどちらなのか、」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「ドイツの保守派高級紙は、40歳のギリシャ新首相を無知で無謀な若者にたとえる。」とのこと。
 「資本論に、市場交換の当事者は、自分行為が社会全体にどう作用するか知らないし、知らずに済む。市場は幻想(商品への物神崇拝)を生み出しつつ、資源配分の機能を果たすことをマルクスは指摘した」とのこと。
 「ハイイクは同じ事態を市場の情報効率性して称賛する」とのこと。
 「EUなどは市場の論理を振りかざして緊縮財政と構造改革をギリシャに強要したが、その結果は社会の破綻だ」とのこと。
 ギリシャの破綻とEUの行くへは、世界の平和にとって、目が離せない問題だ。また、マルクスの指摘とハイエクの称賛は、ピケティの格差拡大の指摘、と合わせて、理解してみたいとおもった。
 ちなみに、ギリシャへは数年前に、ソクラテスとアリストテレスの足跡をたどりたくて、アテネで連泊して歩き回ってきた。その期間内に、ソクラテスとアリストテレスの石像が左右の門になっている博物館らしき「施設」の前に来た時に、自分の体がフ―と膨らみ大きくなったような不思議な感覚を覚えたことを思いだした。
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by sasakitosio | 2015-03-26 07:19 | 東京新聞を読んで | Trackback

大艦巨砲主義

 3月15日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「戦艦武蔵の船体がフィリッピン近くの海底で見つかった。船体とともに沈み、70年眠っていた戦没者に改めて哀悼の意を表したい。
 それにしても、この船は旧日本海軍の大艦巨砲主義の象徴であり、軍事の技術革新から取り残された日本の指導者の錯誤の凝集であった。海軍の技術畑の指導者や造船業者にとって、大艦の建造が既得権となり、飛行機を中心とする新しい技術体系に転換できなかったのだろうと想像する。」と、切り出した。
 つづけて筆者は、「大艦巨砲主義は、平和な時代にも生き残っている。その代表例は原子力発電である。いまから50-60年前には、原発は未来の科学技術の粋と思われていた。大出力の発電所は経済大国のシンボルであり、巨大な原発をたくさん作ることが経済発展を推進すると信じた人は多かった。しかし、今となっては廃炉や廃棄物処理まで含めれば、原発はあまりにも巨大で高コストなシステムであることは明白である。にもかかわらず、大艦巨砲主義の信奉者は変化を拒否し、新しい技術の成長を抑え込もうとする。」と指摘した。
 最後に筆者は、「原発は戦艦と違って海底に沈むことはないが、もっと恐ろしいことに日本全体を放射能の海に沈めるかもしれない。70年ぶりに発見された武蔵野残骸は、なぜ日本が戦争に負けたのかを教えてくれている。この映像を単なる感傷の対象にしてはならない。」と締めくくった。
 よんで、納得した。大艦巨砲主義と筆者が指摘する「原子力発電」が、「日本全体を放射能の海に沈める」まで、国民の多くは、それが「日本の指導者の錯誤の凝集」だったと、気付かないだろうか?転んだあとの「知恵」がないことが「福島第一原発事故の後」ではっきりしたのに、転ばぬ先の「杖」がないのが怖い。
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by sasakitosio | 2015-03-25 09:37 | 東京新聞を読んで | Trackback