憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 2月25日付朝日新聞朝刊17面に「オピニオン」という欄がある。中国総局長・古谷浩一氏が、文化人類学者・パトリック・ルーカスへさんのインタビュー記事だ。
 今日は、この記事を学習することにした。
 まず記事は、「「中華民族」という言葉が高らかに唱えられる最近の中国。日中関係の行方もまだまだ不透明の中、戦後70年の今日、日本への風当たりも強まりかねない様相だ。中国の変化を約30年にわたって見つめてきた米国の文化人類学者、パトリック・ルーカスさんは、中国国内のナショナリズムを、中国語で「民族主義」と語る。意見を聞いた。
 ――「偉大なる中華民族の復興」。習近平政権が強調するこのスローガンからお聞きします。どう見ますか。
 「習近平氏の発する言葉は、この20-30年間の中国の最高指導者の中で、最も民族主義的な色彩が強いものだと言えるでしょう。彼の言葉にはイメージ的な者も含めて二つの理論が盛り込まれています。
 一つは「中国は特別である」ということ。
 もう一つは「中国の需要は他者より大事だ」といったものです」
 「「偉大なる中華民族の復興」とは、われわれは歴史上優秀な民族であり、アジアの中心だった元々の地位に戻ると言いたいのです。こうした考え方は、とても危険です。歴史がどうだからと言って、そのことで未来を決めることはできないから」
 ―――ナショナリズムについて、あなたは今の中国で高まっているのは愛国主義ではなく民族主義だと、はっきり区別していますね。
 「愛国主義には健康的な部分もあり、必ずしも他者を傷つけるわけではありません。民族主義はそもそもが差別意識であり、他者を必要とする。そして往々にしてその他者に害を与えます。「われわれは別の人々よりも優れており、「特別」、だから、「我々はやりたいことができる」。それが基本理論です」
 「中国政府の高官や外交官の言葉を思い起こしてみても、「中国の歴史は特別」
 「中国文明は特別」
 「中国の思想は特別」などなど、この種の発言のなんと多いことか」
 ――――、民族主義をあおるような言葉が使われる背景をどう見ますか。あなたは経済改革が始まった1980年代から中国を研究してきました。――――
 「歴史を遡ってみれば、80年代、中国共産党は「破産」しました。共産党が呼びかける共産主義のイデオロギーを、だれも信じなくなったからです。私の知る党官僚自身ですら、そうでした。共産党は、市民の信認を得るため、何か新たなものを必要としました。」
 「共産党がまず導入したのは人々の物質的な要求を満足させる方法。共産党に欠点もあるけれど、いうことを聞いてくれれば誰もが豊かになれますよ、というものでした。」
 「これは悪くありませんでした。みんなが自転車やミシン、テレビを持つようになりました。しかし、物質的な欲求をある程度満足させた人々は、もっと多くの物質的な欲急を満足させると同時に、精神的な要求も満足させたいと思ったのです」
 「人々は、この社会は不平等だと考え始めました。権力者や金持ちは、すべてを思いのままにしているが、そうでない人は、すべてにおいて受動的でなければならない、と」
―――不平等の問題が、共産党統治を揺るがす最初の危機として現われたということですね。
「そう。もう一つは社会システムの問題です。人々は、共産党に何も依存していないと思う一方、何も社会的な貢献をしようとしない。指導者が何を言おうが、自分の人生とは関係ないと思ってしまう。統治を空洞化しかねない二つ目の危機でした。共産党は一党支配を変えることができない。
 だから、帽子を変え、マスクを変えることにしました。共産主義はいわば淘汰され、民族主義が統治に使われ始めたのです」
 ―――「抗日戦争勝利50周年」の1995年前後、当時の江沢民国家主席は愛国主義教育を強めました。
「ここで登場したのが「被害者の物語」。これはきわめて便利なものでした。なぜならば、西欧や日本から受けた被害の歴史を強調することで「ほかの民族は堕落しており、野蛮であり、自分たちは善良で無辜でる」といえるから。この場合の敵は、西欧人であり帝国主義。さらに日本人と、その侵略行為でした。民族主義と共に、こうした「記憶」呼び起こされたのです。」
 「民族主義を広めるのはびっくりすくらい簡単です。理論が簡単、というより空っぽだからです。空っぽの核心によく入れられるのが「歴史」。これは中国だけでなく、日本などもおなじてしょう」
「興味深いことは、49年の建国の際に毛沢東たちが訴えたのは、中華民族が立ち上がった「勝利者の物語」だったということです。80年代まで、統治者は「被害の物語」を必要としなかった。中国の庶民たちの記憶もこの点、もやっとしているように見えます。指導者やエリートが「我々の社会はもともとこうだ」と言いだすと、人々は割と簡単に歴史認識を変えてしまいます。それだけ民族主義は、統治者にとって使いやすい道具ということなのです」
―――ただ2012年の反日デモでは、日本車だという理由でパトカーまで壊されました。。
「中国政府も民族主義のパワーが大きくなりすぎて、コントロールできない状況が生じています。中国政府は対外的に一寸たりとも譲らないといった強硬姿勢を見せていますが、問題は、それでどうやってほかの国と付き合っていくかです。政治はお互いに譲歩するものです。しかし、外国人に譲歩すれば、政府も批判を免れなくなっています」
―――あなたはこうした民族主義が、中国国内の少数民族に与える影響も指摘しています。
 「正確に言えば、中国の民族主義は中国人全体の民族主義ではありません。漢民族の民族主義です。最近の「漢服運動」はその一つの例です。以前、中国の伝統服と言えば清朝のもの。分かりやすいのは女性が着る旗袍(チャイナドレス)ですね。でも清朝は満州族が統治者だったから、今やこれらは淘汰され始めています。私が研究した中国民族大学は中国56民族が学ぶ学校ですが、その校内でも漢服運動がおこなわれている。多民族国家である中国にとって危険な動きです。」
――ここ数年、新疆ウイグル自治区やチベット自治区で、少数民族と漢族との摩擦が強まっています。
 「漢族中心の民族主義拡大と関係があるはずです。自分たちの民族の学校を閉鎖するぞと言われたり。ウイグル語を使うなと言われたりしたら少数民族は直感として危機感を覚えます。新疆では、ウイグル族が漢族と結婚すればお金がもらえるという話を聞きました。いわば「漢族になれ」ということで、少数民族側に受け入れられるわけがありません。」
―――中国周辺の国や地域にとっても、こうした民族主義の拡大にどう対処するかは大きな課題です。
 「昨年、台湾や香港で起きた民主を求める動きも、中国の民族主義の影響を無視することはできないと思います。ある中国の学者は「香港人は長年、西洋の奴隷だった」とテレビで発言していました。多くの香港人も漢族のはずですが、大陸の漢族は香港を下に見ています。これに反攻しようと考える香港人が出るのは当然のことです」
 「巨大な隣国で民族主義が高まれば、周辺の人々は圧力を感じます。日本の状況はよく分からないので、具体的なことは言いたくありません。でも、中国の民族主義の高まりによって、日本の民族主義が高まることは自然な流れです」
 「誤解の無いように言っておきたいのですが、中国の全てが民族主義というわけではありません。民族主義だけで中国を定義してはいけません。民族主義は中国の一側面にすぎない。私が中国の民族主義を観察しているのは、それを理解しなければ、今の中国をわかることはできないと思うからです。」
―――民族主義一色でない状態が、周囲にいる私たちに見えにくいという悩みがあります。
 「確かに今の中国で聞こえてくるのは、エリートの声と民族主義的な言葉ばかりです。でもそれ以外の言葉を話しやすい開放的な社会になれば、民族主義に反対する人が多くを話出すかもしれません」、等等教えてくれた。
 読んで勉強になった。
 パトリック・ルーカスさんの「愛国主義と民族主義はちがう」とのこと。「いまの中国の民族主義は、漢族の民族主義だ」とのこと、「民族主義はそもそもが差別意識であり、他者を必要とする。そして往々にして他者に害を与える」とのこと、
「中国の全てが民族主義というわけではない」とのこと、
「民族主義は中国の一側面にすぎない」こと、等々は理解出来た。
 また、「歴史を遡ってみれば、80年代、中国共産党は破綻しました。共産党が呼びかける共産主義のイデオロギーをだれも信じなくなったからです」の指摘は、熟考すべき問題だと思った。
 ただ、民族主義による加害の歴史は、戦前の日本に掃いて捨てるほど有ったような気がするが?
 何よりも、日中は官民を挙げての交流を通して、民族主義の危険と誤りを相互に理解できるよう努めなければならないと思った。
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by sasakitosio | 2015-02-28 07:29 | 朝日新聞を読んで | Trackback

暴力と資本主義

 2月26日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「ハーバード大学で長年、「米国資本主義の歴史」を教えるS・ベッカート氏の近著「綿の帝国」(未訳)は括目すべき大作だ。膨大な資料を基に綿(綿花・木綿)を通して5大陸に亘る資本主義の歴史を展開する。
 焦点を二つに絞ろう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「まず、資本主義の暴力性だ。現代経済学では市場参入で当事者全員の利得が向上すると教えるが、実態はまるで違う。
 産業革命の技術で綿の一大生産拠点になった米国南部では、土地を土着部族から奪い輸入奴隷を労働力に充当して、プランテーションの市場収益性が確保されたのだ。
 さらに南北アメリカ植民地化の際のジェノサイド(民族大量虐殺)、大航海時代の私掠船、武装した東インド会社等によるアジアの植民地化など、歴史は暴力にあふれている。
 著者は奴隷制や強制労働等の暴力は資本主義の歴史的逸脱ではなく、その中心だとさえいう。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「第二点。資本主義の本質は土地・労働力・技術等絶えざる新結合だが、現代の大手アパレル製造販売は、国境を超えて生産関係を再編しコスト削減を図る。
 先進国から中国へ、中国から最貧国へ工場は移る。その結果が一昨年のバングデシュの縫製工場ビルの倒壊だ。
 中央アジアの児童労働などもあるが、現代資本主義の暴力は市場原理と企業組織を通して、意図せざる結果として生じる。」とも教えてくれる。
 読んで勉強になった。「綿の帝国」の邦訳が楽しみだし、資本主義の歴史は直接的な暴力にはじまり、現代はそれが組織的・制度的に巧妙化されているらしい。
 自由気ままに生活できることがよいことだと思うが、それが同じ人間に対して「奴隷制や強制労働」をさせる人間を生み出したという「資本主義」。
人間てなんだろう?資本主義ってなんだろう?個々の人間も資本主義の思想も万民の幸せのための存在であることに意味があるような気がするが?
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by sasakitosio | 2015-02-27 07:04 | 東京新聞を読んで | Trackback

テロとハイジャック

 2月25日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。  今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「フォトジャーナリズム雑誌「DAYS  JAPAN」三月号が「イスラム国(IS)」の特集を組んでいる。
 同誌発行人でフォトジャーナリストの広河隆一さんの文章(「ジャーナリストとしてinパレスチナ」)が印象的だ。
 湯川遥菜さん殺害の報が流れ、後藤健二さんが危機に陥ったとき、パレスチナにいた広河さんは、その際の「ジャーナリストだから」「優れた仕事をした人だから」後藤さんを救えという呼びかけに疑問を呈する。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「「イスラム国」は人質を取る。ジャーナリストだけではない。支配する街の住人全部が人質だ。そこをヨルダンや有志連合が爆撃する。
 ハイジャックされた飛行機と同じだという。ハイジャック犯を殺すもっとも確実な方法はミサイルを撃ちこんで撃墜することだ。乗客のことを考えたら作戦は成り立たない。乗客の犠牲者は軍事用語で「付随的被害」と呼ばれる。今有志連合が行っているのはそういうことなのだと。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「「ジャーナリストの命の重さを語っていた人々が、ヨルダンがおこなう報復攻撃で、住民の犠牲についてはほとんど語らないのはなぜだろう」
 9.11後の米国は危うく見えた、「シャルリ・エブド」誌襲撃後のフランス、人質事件後の日本はどうか。
[報復の連鎖を断て」という声はあまり聞こえてこない。」と締めくくった。
 読んで、考えさせられた。
 「イスラム国は」人質を取る。ジャーナリストだけではない。支配する街の住人全部が人質だ」とのこと。
 それは「ハイジャックされた飛行機と同じだ」ということ。
 そして「ハイジャック犯を殺すもっとも確実な方法はミサイルを撃ち込んで撃墜するだ。」し、「乗客の犠牲者は軍事用語で「付随的被害」とよばれる」とのこと。
 「付随的被害」という言葉で無視される「命」の無念さをおもった。「人質を取られた段階」で、テロとの闘いは終わっているような気がした。人質(イスラム国の住人を含め)を救出できず、付随的被害を容認する「テロとの闘い」は、いったいなんなんだろうか?
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by sasakitosio | 2015-02-26 06:50 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月24日付朝日新聞朝刊13面に、「シンポジュウム「広がる不平等と日本のあした」という欄がある。
 今日は、この記事を学習することにした。
 先ず記事は「世界的ベストセラー「21世紀の資本」の著者でパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏を招いたシンポジュウム「広がる不平等と日本のあした」(主催・朝日新聞社、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、協力・みすず書房)が1月29日、都内で開かれた。ピケティ氏が基調講演し、日米欧の各国内で所得や資産の格差が拡大していくことに警鐘を鳴らした。パネル討論には、政府の経済政策にかかわる西村康稔内閣府副大臣だが参加。日本経済の現状や、経済成長と格差解消を両立させる課税のあり方について話し合った。」と教えてくれる。
 つづいて記事は「富の分配という問題は、19世紀にはリカードやマルクスが政治経済学の中心に置いていたが、20世紀になると中心から外れていった。経済の発展が進めば不平等は自然に縮小するものだと、多くの経済学者が楽観的に考えるようになったからだ。しかい、いま、そんな話を本気で信じている人はいない。この数十年間、多くの国で、不平等が大きく拡大しているのだ。
 米国の学者クズネッツが指摘したように、1920年代から50年代にかけて、所得の不平等は大きく縮小していた。しかし、80年代くらいから拡大し始め、今や20年代よりひどくなっていると言える。不平等が拡大したのはグローバル化で熟練度の低い労働者の賃金が下がったからだ、という考え方を多くの米国人は好む。重要でないとは言わないが、それだけでは十分説明できない。
 私はまず指摘したいのは、教育における不平等が所得の不平等につながっていることだ。米国の下位50パーセントないし70パーセンのト所得層は、公立の高校か短期大学に進むことが多いが、ここには公的な投資があまりされていない。これに対し、名門大学にお金がつぎ込まれている。ハーバード大学の親の平均所得は、米国の上位2%にあたる。教育機会の不平等はフランス、そして日本にもある。
 労働市場の制度も重要だ。米国で、労働組合が弱くなっただけでなく、最低賃金も歴史的に見て非常に低くなっている。最上位の所得層にかかる税金が安くなったことも影響している。これでは、経営者たちが自分の給料をどんどんあげたくなるだろう。
 資産の不平等は、長い目で見れば所得の不平等より重要だ。上位10%の人たちが、欧州で60%、米国で70%の資産を所有している。日本では50-55%くらいという分析があるが、私は過小評価されていると思う。
 現在の資産の不平等は、1世紀前ほどひどくはない。しかし、国民所得に比べてどれくらいの資産が存在するかを見ると、歴史的にも非常に高い水準になっている。第一次世界大戦、大恐慌、第2次世界大戦で落ち込んだが、その後増加しているのだ。
 世襲社会、相続財産に依存する社会が戻ってきている。特に欧州と日本で。経済成長が低いため、過去に蓄積した資産が重要になるからだ。それは、親の資産なしに自分の給料だけで東京やパリで住宅を買おうとすると、非常に難しくなることを意味する。
 長い間、米国や英国は、課税制度を強力に使い、富の再分配をしてきた。戦争による富の破壊やインフレなど、再分配に効果をもたらすものはいろいろある。私は、累進課税が最も透明性が高く、最も民主的なやり方だと思う。不平等と富をめぐる民主的な議論に貢献すること、それが私のこの研究でやろうとしたことである。」と教えてくれる。
 また、ピケティはパネルデスカッションの中で、「富裕層が中間層や貧困層のために累進課税を受け入れるにはどうしたらいいか、というのは非常に複雑な問題だ。ただ言えるのは正義がなければ、グローバルで開かれた経済を維持できなくなること。これを富裕層も理解する必要がある。さもなければグローバル化への反発や排外主義が広がりかねない。
 技術革新と不平等との関係も難問だ。最善の対応は教育に対する投資だ。日本もそうかもしれないが、特に欧州では、大学に十分な投資がなされていない。世界のトップ大学の9割が大西洋の向こう側、すなわち米国にあるというは望ましい状況とは言えない。21世紀にバランスの取れた成長が果たせるかどうかは、高等教育への投資にかかっている。」と述べている。
 読んで勉強になった。
 ピケティ氏の指摘、「教育における不平等が所得の不平等につながっていることだ。」、「労働市場の制度も重要だ。」、「資産の不平等は、長い目で見れば所得の不平等より重要だ。」、「現在の資産の不平等は、1世紀前ほどひどくはない。」、「世襲社会、相続財産に依存する社会が戻ってきている。」、「長い間米国や英国は、課税制度を強力に使い、富の再配分をしてきた。」、「私は、累進課税が最も透明性が高く、最も民主的なやり方だと思う。」、「正義がなければ、グローバルで開かれた経済を維持できなくなること。これを富裕層も理解する必要がある。さもなければ、グローバル化への反発や排外主義が広がりかねない。」、等等の指摘は、良く理解出来た。
 日本の現代史に、照らして思い当たることもあった。
 中でも、「資産の不平等が第一次世界大戦と、大恐慌、第二次世界大戦で落ち込んだ(?)」ことは、よほど強烈なショックがないと、資産の不平等を世界的には縮小できないのではないとの、示唆なのだろうか?
そこで、「累進課税が最も透明性が高く、最も民主的なやり方だと思う」とのピケティ氏の指摘につながるのか?
  
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by sasakitosio | 2015-02-25 07:08 | 朝日新聞を読んで | Trackback

はじめてのピケティ

 2月23日付朝日新聞朝刊23面に、「文化の扉」という欄がある。見出しは「成長だけでは格差は縮まりきらない」で、ピケティの「21世紀の資本」が図解いりで記事になった。
 今日はこの記事を学習することにした。
 まず記事は、「「ロックスターのような経済学者」と呼ばれるフランスの経済学者トマ・ピケティ氏。今月初めまで来日し、メディアに引っ張りだこだった。でも彼の本って、結局何が書いてあるだっけ?」と切り出した。
 つづけて記事は、「潮が満ちて水面の高さが上がれば、小さな船も大きな船も同じように持ちあげられる。これまでの経済学では、そんな上げ潮のように、経済全体が成長すれば恩恵が広く行き渡って、所得の格差は自然と小さくなっていくと考えられてきた。この通説に異論を唱えたのがピケティ氏の「21世紀の資本」だ。
 共同研究者と共に10年以上かけて、世界各国の最大200年以上にわたる税金の記録を調査。データを基に、資本主義経済では20世紀二度世界大戦と戦後の高度成長の時期を除いて、格差はむしろ拡大していることを示した。
 橘木俊詔・京都女子大客員教授(経済政策)は「格差問題を考える場合、普通は貧困層に注目する。ピケティ氏が独創的なのは、納税記録がより残りやすい富裕層に目を向けることで、格差を歴史的データで実証したことだ」と話す。」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「ではなぜ格差は広がっていくのだろうか?
 ピケティ氏がその理由を挙げるのは、富裕層の持つ株や土地運用して資産が増えるペースの方が、労働者の給料が経済成長に伴って増えるペースよりも速いから。その関係を「r>g(資本収益率は経済成長率を上回る)」という式で表現する。
 この理論によれば、資本主義では資産を持つ人がますます富み、ほっておくと格差が広がる。そこで、資産を多く持つ人ほど、多くの税金を納める「資産への累進課税制」を導入するよう提言する。
 ピケティ氏の研究は世界中で批判も含む議論を呼んでいる。日本でも「格差是正のための分配より経済成長を目指さないと、じり貧になってしまう」という見方がある。しかし、若田部昌澄・早稲田大学教授(経済学)は「ピケティ氏が経済成長を重視していないというのは誤解。成長と格差是正は両立できる立場だ。」と話す。国際通貨基金(IMF)も昨年発表した調査報告で、所得格差が大きいと経済成長を鈍らせる恐れがあると指摘している。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「「21世紀の資本」という書名はマルクス「資本論」を連想させるが、本人は「共産主義に魅力を感じたことは一度もない」という。来日時に対談した萱野稔人・津田塾大教授(哲学)は「彼は資本主義者。資本主義をうまく回して行くためには、市場任せにするのではなく、政治の関与が欠かせないという立場だ」と話す。ピケティ氏は対談で「成長のため、やる気を起こさせるため、一定の格差は必要」とも述べた。萱野教授は、是正する必要があるのは、貧しい生まれだと能力を生かす機会まで奪われてしまうような極端な格差だと指摘する。「道徳的によくないという以前に、機会の平等がないと、社会が豊かさを実現できなくなる。彼の議論は国家と資本主義の関係を再考するきっかけにもなる」」と教えてくれた。
 読んで勉強になった。そして新たな疑問が湧いてきた。
 記事での「富裕層の持つ株や土地を運用して資産が増えるペースの方が、労働者の給料が経済成長伴って増えるペースよりも速いから」との指摘には、原因はどこにあるのだろうか?知りたくなった。 
 また記事で「萱野稔人氏が「ピケティは資本主義をうまく回して行くためには、市場に任せるのではなく、政治の関与が欠かせないという立場だ」と話されているが、その政治の関与が格差拡大に走らず、格差縮小に向かわせるにはどうしたらいいのだろうか?その対策が知りたくなった。
 そして、記事では「萱野教授は、是正する必要があるのは、貧しい生まれだと能力を生かす機会まで奪われているような極端な格差だと指摘」されているとのことであるが、今の日本は、どんな状況にあるのだろうか?また世界の中で、格差を是正すべき国はどこかも、知りたくなった。
 
 
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by sasakitosio | 2015-02-24 07:20 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 2月18日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「南アフリカの大使が新聞社に抗議したり、各国の通信社が報道するなど、産経新聞に載った曽野綾子氏のコラムが波紋を広げている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「保守系の論客としても知られる曽野さんは、1972年から2012年まで、自らが立ち上げた海外法人宣教者活動援助後援会(JOMAS)というNGOの代表で、世界中の貧困地帯を歩いてきた。著書に「南アフリカの貧民住居地区では」「インドの不可触民の村では」のような貧困地帯の話がよく登場する。
 彼女のエッセーの論調はしかし、いつも同じである。それに比べて日本は豊かだ、平和だ、貧困はない。支援や福祉に頼るのは日本人の甘えだ、堕落だ・・・。戦後教育の欠陥だ・・・。
そんな感じ。」と指摘した。
 さらに筆者は、「今回もまさか人種差別に当たるとも思わず、見分自慢のつもりで「もう20-30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来」の知見として「居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」と書いてしまったのかもしれない。」と指摘した。
 最後に筆者は、「にしても、この一言で40年にわたる活動が水泡に帰すとは想像しなかったのだろうか?あるいはもともと「分けて住む」ことを前提にした救援活動だったのか。
 虹色の国(レインボーネーション)を掲げ、白人と黒人の融和を図ったマンデラ元大統領の理想ともほど遠い。実に不思議だ。」と締めくくった。
 読んで考えるヒントを得た。以前歩き回った「エルサレム」では狭い地域に、イスラム、ユダヤ、キリストの聖地が共存し、居住地区もわかれている。中で、どちらかというとキリスト教地区のほうが、戦後のアメリカ文化の影響か、肌合いがあった感じがした。ただ、白人、黒人、黄色人、と肌の色は、個人が選んだわけでない「もの」による、区別は差別に直結しやすいし、これは「基本的人権」の問題だと思った。
 これは、曽野綾子氏の勇み足というべきか?
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by sasakitosio | 2015-02-23 07:36 | 東京新聞を読んで | Trackback

テロに屈しない

 2月22日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「あの事件以来、誰もが「テロ屈しない」と叫ぶようになった。しかし、最近の政治の動きを見るにつけ、とりわけ政治家やメディアが「テロに屈しない」と唱和すればするほど、世の中全体はテロリズムに制圧されていくという逆説が存在するように見える」と切り出した。
 続けて筆者は「共産党の志位委員長の代表質問に対して、「テロ政党」というヤジが飛んだ。気に入らない政党をテロ呼ばわりするするようなものに、国会に議席を持つ資格はない。
 日本の国会議員の劣化を物語る出来事である。安倍首相はテロ事件への対応について厳しい追及を受けそうになると、テロに屈しないといってそれ以上の議論は拒否している。
いずれの例も、テロという言葉は、自分の政治的優位を得るための道具となっている。そして、テロという言葉が使われたら、メディアも深い検証を放棄し、政治の世界では議論が止まる。」と指摘した
 最後に筆者は、「テロに屈しないと言うときの主語は何か。個々の政治家はもちろんだが、日本の民主主義と自由こそ、テロに屈しない主語である。権力を持つ政治家がテロという言葉を恣意的に使って、自由な議論と活発な議会政治を封じ込めるなら、それこそ日本の民主主義がテロに屈したことを意味する。
 テロとの闘いには、言論・表現の自由を実践する勇気が必要である。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 筆者指摘の「日本の国会議員の劣化を物語る出来事」との指摘は、知り合いが国会議員になってみれば、特段に嘆く出来事ではなさそうな気がしている。その分、主権者・マスメディアの責任が「大きく・重く」なったということのような気がする。
 また「テロとの闘いには、言論・表現の自由を実践する勇気が必要である」との視点は、納得できた。
 ただ、テロと闘わない方がいいような気がしてきた。テロは「避ける、なだめる、防ぐ」ことが先で、それと「闘って」いては戦争になって、テロ集団の「思う壺」にはまるようなものではないか?という気がしている。
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by sasakitosio | 2015-02-22 07:43 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月14日付朝日新聞朝刊17面下に、「私の視点」という欄がある。
 この欄に、「国連70周年 平和を守る4つのアイデア」という見出しで、「7日に、エルダーズのホームページに掲載された、アナン氏と、ブルントラント氏の論考」が載った。
 今日はこの論考に学ぶことにした。
 まず論考は、「70年前、国連は「戦争の傘下から将来の世代を救うため」に創設された。
 今日の世界を見渡してみると、少なくともこの任務は、十分に達成されていない。ナイジェリアから中東、さらにアフガニスタンやウクライナまで、何百万人が戦争の惨害によって亡くなるかその脅威に直面しており、国連は彼らを救うことができず無力であるように思える。私たちは、国連をより強固でより効果的な存在にするために、4つの提案をしたい」と切り出した。
 つづけて論考は、「大きな問題として挙げられるのは、すべての加盟国に代わって世界の平和と安全を維持するはずの安全保障理事会が、国境を越えて活動する武装勢力はもちろんのこと、国連のメンバーからさえ、もはや尊重される存在ではなくなっていることだ。
 世界中、特に(アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど南半球の)グローバルサウスの人たちは、2015年の今、なぜ安保理がいまだに第2次世界戦の戦勝国5ヵ国に支配されているのか理解に苦しんでいる。安保理の権威、そしてその決定の正当性はますます疑問視されているのである。
 私たちはこのような事態について見てみぬふりをしているが、1945年以降、時代は変わったのであり、安保理はこのような疑問を受け入れなければならないのである。
 多くの人は新たな常任理事国を設けることを含めて安保理を拡大することには賛成している。だが、現在まで何十年もの間、新常任理事国の創設や常任理事国が持っている加盟国の合意事項に対する拒否権を新常任理事国にも与えるべきかどうかについて同意がえられていない。
 最初の提案は、この膠着状態の打破を目指すものである
 新常任理事国の代わりに、非常任理事国よりも任期が長く、連続再選可能な新しいカテゴリーを設けるというものだ。
 言い換えれば、他の加盟国の信頼を保ち続けるなら「常任」となりえる。この方が確実に民主的ではないだろうか。
 第二に、常任理事国の5ヵ国に心から誓約を求める。
 現在のシリアのように人々が凶悪犯罪にさらされているような場合においても、5ヵ国が意見の一致を見ないために安保理が行動を起こせないという事態があってはならない。
 5ヵ国には、自国の利益を守るためだけの目的で拒否権を行使することがないよう誓約を求めたい。(安保理への)提案が世界の平和と関係諸国の人々に益ではなく害を及ぼすおそれがある、と信じられる場合にのみ拒否権行使をするという誓約である。その場合、(拒否権を行使した常任理事国は)提案する代替案が被害者を保護するために、より信頼性が高く効率的な方法であることを、しっかりと明確に説明することが必要だ。常任理事国の一か国以上がこのように拒否権を行使した場合には、他の常任理事国は合意の取り付けを放棄するのではなく、各国が合意できる効果的な解決策をより懸命に模索しなければならない。
 第三に、安保理がその決定によって影響を受ける者に対し、より慎重に耳を傾けるよう求める。常任理事国は、その決定にも最も直接影響をこうむるものの声を聞くことなく、あまりに頻繁に密室で審議を行っている。今後は紛争地域の代表者グループが情報を提示し、決定に影響を与える機会に恵まれることを常任理事国、そして理事会全体に対して求める。
 そして最後に、理事会、特に常任理事国に求めたいのは、実際に国連が必要とする指導者を選出することだ。新しい国連事務総長の選任については、国連憲章の内容とその精神を尊重し、密室の交渉で決めることはしないようにすべきである。
 性別や地域に関係なく、最も適格な候補者を徹底的にかつ自由に探す必要がある。その後、理事会は総会で選考するため複数の候補を推薦する。そして当選した候補者は任期を7年とし、再選なしの1期のみの事務総長に任命される。任命されたものはーー男性の事務総長が8代続いたため女性の事務総長に交代すべき時期だがーー、どの加盟国に対しても、(事務総長選考の際の)支援の見返りに仕事を与えたり譲歩を求められたりするような圧力を受けてはならない。(次期事務総長が正式に就任する)17年1月に最良の人選を行うために、この新しいプロセスを速やかに採用すべきである。」としている。
 最後に論考は、「これらの4つの提案は、「エルダーズ」が発表した声明に詳細が記載されている。国連がその権威を回復するために、重要な出発点となるものと私たちは確信している。国連が70周年を迎える年に、世界中の人々に、各国の政府がこれらの提案を受け入れるよう呼びかける。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。 
 論考によれば、「安全保障理事会が、国連のメンバーからさえ、もはや尊重される存在ではなくなっている」とのこと、
 「世界中、特に(アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど南半球の)グローバルサウスの人たちは、2015年の今、なぜ安保理がいまだに第二次世界大戦の戦勝5ヵ国に支配されているのか理解に苦しんでいる」とのこと、
 「安保理の権威、そしてその決定の正当性はますます疑問視されている」とのこと、
 「常任理事国はその決定に最も直接影響をこうむる者の声を聞くことなく、あまりに頻繁に密室で審議を行っている」とのこと、
 「事務総長の選考が密室の交渉で決められ、(事務総長選考の際の)支援の見返りに仕事を与えたり譲歩を求めたりするような圧力」があるらしいこと、
 等々は、生々しい国連の状況を教えてくれた。
 4つの提案はもっともなものばかりだった。ただ、すべてが「常任理事国の拒否権」にかかっているとしたら、実現は難しいような気がした。
 
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by sasakitosio | 2015-02-21 12:39 | 東京新聞を読んで | Trackback
20月20日付東京新聞社説に、「再び問いたい適格性」の見出しで、NHKの籾井会長の発言が載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「NHKの籾井会長の発言が再び波紋を広げている。視聴者が受信料で支える公共放送のトップとしての適格性を、やはり欠いてはいないか。このままではNHKの信頼は損なわれかねない。
 18日、籾井会長は経営計画を説明するため出席した民主党の会合で、これまでの問題発言を追及された。
 従軍慰安婦問題を番組で取り上げるかどうか、政府の方針を見て判断するとした5日の発言などで弁明に終始。会長就任時に理事全員の辞表を集めた件も新たに追及され、会談後に「くだらん」とこぼして、これに抗議する民主党議員と罵声を交わした。一万人を超える職員のトップとは思えない冷静さを欠いた応酬はテレビでも放映された。」と指摘した。
 つづけて社説は、「問題は会長だけではない。同じ日、放送総局長は記者会見で、「NHK職員といえどもサラリーマン。(上の意向への)忖度は企業や組織には普遍的に存在している」と述べて、会長や予算承認を握る与党の意向を忖度する空気が局内にあることを認めた。
 NHKはBSで毎朝、世界の主要局の報道を「ワールドニュース」として放送している。キャスターから編集まで国柄が出るが、重要な違いは政府との距離感にある。
 英BBC放送、仏F2などはしっかり距離を取り、政府に対し冷静で批判的な視点から報道している。
 一方、ロシアRTRなどはプーチン大統領を主役にした政府の宣伝番組としか受け止められない内容だ。
 「政府が右と言うことを左というわけにはいかない」という発言が示すように、籾井会長は就任当初から、政府寄りの姿勢が批判を浴び、NHKトップとしての資質に疑問符が付いてきた。2年目に入ったが、その発言からは自覚も反省も感じられない。」と指摘した。
 最後に社説は、「放送の影響力は強い。放送法は第一条で「不偏不党」を、第三条では法律に定める権限に基づく場合でなければ干渉されない。と番組編集の自由を定めている。
 「意見が対立している問題では多様な角度から論点を明らかにするよう」求める第4条は、集団的自衛権や原発再稼働、沖縄の基地問題など難問に直面して世論が割れているからこそ大切だ。
 NHKは時の政権の代弁者なってしまうのではないか。」視聴者の懸念はさらに強まった。
 公共放送を担う適格性があるのか、籾井会長は自らに問うべきである。」と締めくくった。 
 テレビに登場するNHK会長を見るかぎり、反省の色が全く感じられない。ここはNHKの会長を辞めさせるか?それともNHKの公共放送をやめさせるか?すくなくとも、放送法の精神が踏みにじられている惨状は一日も早く原状復帰させなければ、世界的に日本の国益が損なわれるような気がした。
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by sasakitosio | 2015-02-21 06:36 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月20日(金)晴れ、あったかい、風なし、人あり。
 入りの柏公園7時20分、静か。雨上りで、ぬかるみの残る草原を抜けて、大堀川河口へ。鴨とオオバン30羽余、川で朝の水化粧。白色の鳥一羽もなし。緑道の鉄管の中で、まずお日様に向かって手を合わせ、それから後左右に手を合わす。
 柏下の草原をしとしと歩いていたら、先の畑の藪の中から、ケーンとキジの鳴き声。久しぶりにキジの姿を発見。 昨日今日の暖かさが、キジを活発にしたのかもしれない。
 機場の林の枯草の大地も、緑っぽさが増してきた。
 機場の滝の色は、濁っていた。戸張側の機場の林で、もも上げ体操。戸張下の水路沿いの草原を歩く。水路の水は澄んでいて底まで見えるが、動くもの一匹もなし。
 大津川近く、水路の田圃側の土手をあるいていたら、カワセミが水路壁から飛び立って、先の橋の欄干にとまった。遠回りして、カワセミの後姿を見る。大津川の樋管の出口の水面を見て土手に上がろうとしたら、チーチーとの声、目の前の水路壁に大きなカワセミが止まった。見てみぬふりをして土手に登り、振り返ったら、きれいな瑠璃色の大ぶりの背中を見せてくれた。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路は、河津桜を一本一本眺めながら歩く。日当たりのいいところの一本に紅い花が3輪開いていた。今にも咲き出しそうに芽が割れ、花の房が数個、房の先に紅い花びらをみせながら、開花を待っているのがたくさんある。
 スイセンの植込みにも、花が咲いていた。
 帰路の柏下の水路の草原に入ると、目の前の水路壁にカワセミが一羽止まって入る。遠回りしたが、通り過ぎる前に沼のアシ原に向かって、飛び去った。
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by sasakitosio | 2015-02-20 14:29 | 手賀沼をたのしむ | Trackback