憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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知的メタボを脱出せよ

1月27日朝日新聞朝刊15面下に、「リレーおぴにおん」という欄がある。発言者は、英文学者でエッセイスト・外山滋比古氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず記事は、「今の学生は、自力で飛べないグライダーのようなもの。教えられた知識を詰め込む優等生は少なくないが、いざ論文に書きたいことを書けといわれると途方に暮れるーー。
 1983年に出したエッセー「思考の整理学」の冒頭、僕はそんな話を書きました。問題提起のきっかけは、よく勉強する学生の論文が概して知識に頼り、面白くなかったこと。逆に知識に欠けていても独自性を感じさせる論文もあった。この違いは何か。
 頭というものを知識をため込む倉庫にするのではなく「創造のための工場」にするにはどうすればよいのか。考え直す時期にきたと思いました。コンピューターが登場した頃。知識や情報をたくわえる能力では人間はかなわないことがはっきりしましたからね。
 20年ものあいだロングセラーを続けているのは、もっとも切実な問題になっているからだと思うのです。豊かな時代になり、ごみ減量や体重管理が当たり前になったように、情報過多で身動きのとれなくなった「知的メタポリック」の状況から脱してみましょう。」と切り出した。
 つづけて記事は、「幸い、人間は眠っているあいだに相当のことを忘れます。そのうえで、残った知識や情報を整理し,取捨選択する。捨てていく。頭の中をすっきりさせることで、新たな思考、発想を生み出す環境を整えていけるのです。
 情報整理術というと若い人向けの指南書も多く出ているようですが、整理することは価値判断にかかわることで、一人ひとりまったく違うもの。本来、マニュアルなどありえません。その意味で、実は中高年のほうが円熟した知恵の力で巧みに整理ができるのでは?物忘れが増えても嘆く必要はなくて、むしろ、整理力が増すのだ考えればいいのではないでしょうか。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「知的メタボについて考えることは、知識とはなにかの根本に向き合うことでもあります。生活からかけはなれた知識が高尚だという考えが根強くありますが、そんなものは悪しき教養主義に過ぎない。その人の生き方が変わるような知識。年を重ねることによって増していく知識こそが、ほんものの知識だと強調したいと思います。
 最も最近は、手っ取り早く理解したいという風潮が強まっているのを感じます。哲学などの言葉はよくわかりません。でもわからないという挫折から、知ろうというエネルギーが生まれる。「捨てる」ことと同時に、「私たちは何を知りたいのか」も考え直す時だと思います」と締めくくった。
 読んでためになった。60過ぎて自分は何も知らない、世の中には自分の知らないことだらけだと、ふと思った。また、孔子、釈迦、ソクラテス等は約2500年も前の人、キリストは約2000年前の人、マホメットは約1400年前の人、その人たちの影響が現代人をとらえて離さないのはなんだろう?人間とはなんだろう?その疑問がでてきたら、孔子のふるさと曲阜に行ってみたくなり、釈迦が悟りを開いたブッタガヤに行ってみたくなり、キリストにゆかりのエルサレムへ行ってみたくなり、数年かけて、一人で歩き回ってきた。まだまだ、疑問は解けないままだが?
 また最近は、孫からも自然からも、周りに何か面白いことはないかと、心きょろきょろ生活している。面白い毎日だ。
 また、記事の「実は中高年のほうが円熟した知恵の力で巧みに整理できるのでは?」との指摘は、物忘れが多くなった前期高齢者にとっては、元気の出る指摘であった。
 
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by sasakitosio | 2015-01-31 07:29 | 朝日新聞を読んで | Trackback

魔の山

1月29日付東京新聞朝刊の27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。 今日は、この記事に学ぶことにした。

まず筆者は、「先週スイスのリゾート地、ダボスで恒例の会議があった。欧米などから著名な企業家や政治家を招いて世界の焦眉の問題を論じ合う。会議のテーマから世界の支配層や富裕層の関心事がうかがえる。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「成長に伴うコストとして格差を擁護する主張は少数派となり、大方の参加者に共通するのは、グローバルな規模で拡大する一方の格差が特権的地位と富を道連れに資本主義を破壊してしまうのではないかという恐怖感だ。欧米のピケティブームは怖いもの見たさにも支えられている。だが、資本主義の法則などと大上段に振りかぶらなくても支配と格差は眼前にある。

 日本の非正規層差別は語りつくされたが、現政権は対策を講じる気配さえみせない。つい先日ギリシャの左派勢力が政権を奪ったのも、犠牲を払い続けた庶民のやむにやまれぬ反撃だ。欧州連合を牛耳るエリート官僚や経済優等生ドイツの政治家らが、債務返済の神聖な義務を旗印にギリシャに押し付けた緊縮財政と構造改革が耐え難い苦痛を生んだのだ。」と指摘した。

 最後に筆者は、「ダボスの結核療養所で延々と続けられる高等な議論にうんだ若き主人公が、戦争で騒然とする下界に下りていく所で小説「魔の山」は終わる。格差という病におかされて発熱する現代の資本主義は議論ではなく、現実の対策を求めている。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「グローバルな規模で拡大する一方の格差が特権的地位と富を道連れに、資本主義を破壊してしまうのではないかという恐怖感」が大方の参加者に共通しているとのこと。

 では、資本主義が破壊されたその先には、どんな未来が待っているのだろうか?ソ連の崩壊、ドイツの統一、中国・北朝鮮の現状等を見れば、共産主義でないことはたしかだと思うが?

 ここは、筆者をはじめ、日本の有識者の皆さんに、発明・発見して頂きたいと懇切するしかない!!


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by sasakitosio | 2015-01-30 06:39 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月29日(木)快晴、寒い、霜柱5センチ超、人あり。

 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園7時半。朝日サンサン。

 霜柱、高く固い。大堀川河口には、今日もカモメの姿なし。水路の中を覗き魚の所在を確かめながら、土手の斜面を下り、柏下の草原を歩き始めた。先の水路沿いに、大きな鳥の影が見えた。首を伸ばしてこちらを見ているのは、大きなキジの雄だった。近づくと、すぐに垂直に舞い上がり、低く一直線に沼の枯れたアシ原へ姿が消えた。姿を見送りながら手を振る。いつも聞こえる鋭い鳴き声を一回も聞かせずに、飛んで行った。

 草原は、厚く降りた霜が溶け、枯芝の先に玉となる。その玉の露が、太陽の光を浴びてキラキラ輝く。太陽と目の角度によって、瞬間的に見える景色だ。歩くたびに宝石の輝きは前へ前へ進む。振り返れば、後ろには枯れた芝のほかは何も見えない。空は抜けるような青空。音の先に白い機体を浮かばせて、飛行機が一機北へ飛んで行った。


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by sasakitosio | 2015-01-29 17:39 | Trackback
1月24日付朝日新聞社説下に、「ザコラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

先ず筆者は、「デフレ覚悟の構造改革か、インフレ甘受の景気浮揚かーーー。

 アベノミクスに邁進する安倍晋三首相の経済政策に、新年早々、物申すのはヤボだろう。とは言うものの、経済を緩和基調で運営するか、引き締めるかは、どんな時代でも政治の大争点である。

 1932年(昭和7年)1月21日。議場は異例の熱気と興奮に包まれていた。朝日新聞は「殺気早くも場を圧す」「朝(与)野党の白兵戦」「政策攻撃に終始」などと激しい舌戦を活写している。

 政権復帰後の政友会は、総選挙に打って出る構え。帝国議会は民政党前政権の看板政策だった金本位制と緊縮財政をめぐり与野党が激突した。山場は、政友会内閣・高橋是清と前民政党政権・井上準之助の新旧蔵相による論戦である。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「「(前内閣の経済政策は)全て所期に反し、我が国民経済は極度に困憊し、前途暗澹たる状態に陥った。モノを作れば損失を招き、売ればさらに損失を招く物価の下落は不健全だ、と決めつける高橋。

 井上が立ち向う。政友会による金本位制の停止を見込んでドルを大量に買った銀行、商社が暴利を稼いだと指弾。「これが政治の要諦か。政治道徳に反しないのか」。景気の浮揚に財政出動すれば国債の大増発が必要で「非常な通貨膨張を来す」。行き着く先は物価の暴騰とかみつく。

 選挙前の非難の応酬とだけ見るのは浅薄だろう。その後の日本の歩みを考えれば、将来を決定づける論争だったからだ。

 苦労して日本銀行総裁、蔵相、首相へ上り詰めた高橋は、国際市場で日露戦争の軍資金を調達、数々の経済危機でも火消し役を務めたマネーの世界の大立者だ。

 井上は帝国大学から日銀に入り、生え抜き初の総裁に。金融恐慌では高橋と協力して危機を収拾した。日銀総裁、蔵相を各2回務めた金融、財政のプロだ。

 一体だった二人が対立したのは「日本の未来図をどう描くかで、決定的な違いを生じたからだ」と近代経済史に詳しい慶応大経済学部の竹森俊平教授は指摘する。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「二人の未来図を想像してみよう。

 高橋は、国内の経済基盤が充実するよう積極財政で支えて景気を良くし、当時の国富の象徴、金を大量に蓄積させ、これを元手に、アジアに日本主導の経済圏を造ることに備えたい。そんな気宇壮大な将来像も描いていた、と考えられる。

 井上は、日本経済が行き詰まっていると見ていた。国内産業を育てるにも、貿易赤字が多く、為替の不安定という弱点の克服が欠かせない。先進国が導入するグローバルスタンダード、金本位制への復帰をテコに経済を鍛え直す。そのための緊縮は避けられず、無論、軍縮も聖域ではない。

 国民は当初、井上の目指した構造改革を支持したが、緊縮にはデフレ不況という副作用がある。耐え切れず、今度は高橋による景気回復に期待をかける。

 総選挙で高橋の政友会は301議席と歴史的な圧勝を遂げ、井上が選挙委員長だった民政党は前回からほぼ半減した。

 だが国民の審判を井上は知らない。応援演説に立ち寄った東京・駒込で、右翼系結社の血盟団員に銃撃され亡くなっていた。

 高橋は最強の批判者を失った。論争は繰り返されず、国策は一本道となる。積極財政の推進、その財源確保のため日銀による国債の直接引き受け、そして円安の放置という3本柱の政策だ。

 当座の景気は好調さを取り戻すものの、財政の規律が揺らぎ始める。農村の不況対策費がばらまかれ、軍事費の増大も目覚ましかった。さすがの高橋も抑え込もうとするが、36年2月26日、青年将校率いる陸軍部隊に殺される。死後、「軍事国債は生産的だ」の声がまし、井上の予言通り、財政は膨張を続けた。

 そして日米開戦――敗戦。日銀引き受けで大量発行された通貨が戦後の悪政インフレの源となり、国債は紙切れ同前になる。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「アベノミクスは、財政出動や異次元の金融緩和など3本の矢で、デフレ脱却と景気回復を目指す点で高橋財政を思わせる。

 「この道しかない」という安倍氏への期待からか、総選挙で自民は大勝した。

 それでも問いたい。道は一本だけか。

 少子高齢化、グローバル経済への対応、1千兆円超の借金と課題は多い。高橋―井上対決のようにがっぷり四つに組んで論争する政治家が、今ほど求められている時はない。

 26日召集の通常国会では、首相の所信表明演説がない見通しだ。岡田克也代表の新体制となった民主党が要求しなかったからだという。何とも情けない。

 雪が舞う中、大分県日田市に井上の生家を訪ねた。併設の「清渓文庫」で遺品を拝見した。襲撃時に井上が着ていて、穴が三つあいたコートと金本位復帰の際に自ら筆を執った書2点が目にとまった。

 「遠図」と「光明」。改革の困難を思いながら、その先の成功を信じたのか。今の政治家こそ必要な覚悟と希望に思えた。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 高橋是清と井上準之助は、ともに暗殺されたことは知っていたが、その経済政策の違い、未来図の違いはこの欄で教えてもらった。日本の経済力、世界の中の日本に位置、ネット社会とグローバル化、等々時代状況が異なるが、筆者の指摘「アベノミクスは、財政出動や異次元の金融緩和など3本の矢で、デフレ脱却と景気回復を目指す点で高橋財政を思わせる」との指摘は当たっているような気がした。

 ただ願わくば「軍事費は景気対策」「赤字国債は景気対策」「日銀の国債引き受けはデフレ脱却策」だなどとの声が増すことの無いように、そして「悪性インフレ」「国債は紙切れ同然」の歴史は繰り返さないようにしてほしいと思った。そして、今の程度の為政者で何とか日本国が回っていることは、喜ぶべきか、嘆くべきか、その答えの出るのは案外近いかもしれない。


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by sasakitosio | 2015-01-29 07:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback

仏紙テロの背景直視を

1月27日付東京新聞12面に、「メディア観望」という欄がある。筆者は、特別報道部・田原牧氏だ。

まず筆者は、「「言論の自由」か、「イスラムも悦脱」、「排外主義の台頭」の小見出し。パリの週刊誌シャルリエブドが襲撃された一月七日、わたしは旅先のカイロにいた。

 エジプト人の表情は冷めていた。もっとも、カイロでも爆弾事件はあり、イスラム過激派に市民は憤っている。しかし、西欧では、アフガニスタンで米軍機が結婚式を誤爆し、より多くの犠牲者が出てもそう騒がない。命の格差への違和感が漂っていた。

 私は別の違和感を抱いた。2004年のマドリード、05年のロンドンでのテロ事件を思いだした。ともに無差別テロで、犠牲者も今回を上回った。だが、反応は今回のほうが激しい。何が原因か」と切り出した。

 つづけて筆者は、「少なくとも欧州の右傾化は一因だ。フランスでは14年5月の欧州議会選で、「移民排斥」を掲げる極右政党、国民戦線(FN)が勝利した。

 事件後、言論の自由の旗が振られたが、的を得たとは思えない。フランスでも表現の絶対的な自由はない。ホロコーストの否定やナチの賛美は規制される。同紙には、これまで預言者ムハンマドの下半身をあらわにした劇画も掲載されている。批判は自由だが、そこにはマナーが必要だ。

 一方、イスラムの原則からも、犯人らの行為は正当化できない。イスラムの世界観では、世界はイスラム圏(イスラムの家)と異教徒圏(戦争の家)に二分される。イスラムへの冒涜はイスラム圏は厳禁だが、異教徒圏ではイスラム法はそもそもが無効だ。

 異教徒圏への戦争(攻撃ジハード)も、イスラム圏が統一されておらず、戦争を唯一発動できる長(カリフ)がいない現在、許されない。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「「言論の自由」も「イスラムの脅威」も問題の本質とは考えにくい。置き去りにされた重要な課題が気になった

 植民地主義の問題である。

 犯人たちはアルジェリア移民の子弟だった。同国はフランスの旧植民地で、1954年から8年間の解放戦争で、独立を勝ち取った。フランス側で戦った「裏切り者」(アルキ)は、移民としてフランスに逃れた。その後もフランスは安価な労働力として、アラブ移民を受け入れ続けた。

 だが、70年代の不況とそれに伴う失業と治安悪化で、移民らは白眼視される。従来の差別は悪化し、移民排斥の空気は増す。近年では、自国の「恥部」たる植民地支配を肯定する歴史修正主義すら台頭している。こうした排外主義は、憤る移民の子弟を過激派のささやきに近づける。」と指摘した。

 最後に筆者は、「事件後の巨大な抗議デモには「私はシャルリ」というプラカードが目立ったが、その安易さが悩ましい。テロが政治行為である以上、それを招いた素地の解剖抜きに再発は防げない。

 日本でも、その素地が広がる。対岸の火事とは思えない。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 特に筆者指摘の「置き去りにされた重要な課題が気になった。植民地主義の問題である」は、考えさせられた。このところ、「21世紀の資本」を熟読していて、イギリスとフランスの植民地帝国の辺りにたどり着き、また今この記事を読み、改めて植民地時代からの「物的・人的」関係が、今日の社会生活に影を落としていることに気付かされた。日本には在日「中国人・韓国人」の問題がある。

 また、「テロが政治行為である以上、それを招いた素地の解剖抜きに再発は防げない」との指摘は、すべての為政者に聞かせたいと思った。

 


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by sasakitosio | 2015-01-28 06:43 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月25日付朝日新聞2面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、特別編集委員、冨永格氏だ。 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ぼんやりした不安はあった。フランスが自称「イスラム国」への空爆に加わった昨秋から、小銃に迷彩色の兵士が増えて有事の色が濃い。標的はエッフェル塔か、ユーロスターが発着する北駅か。「9.11」型の無差別テロは怖いけど、観光都市で暮らす以上は腹をくくるしかない。

 やられたのは週刊新聞シャルリー・エブドとユダヤ系スーパー。無差別でないところに、強烈な犯意を感じた。

 同紙が預言者ムハンマドを特集した9年前、抗議のただ中で編集長は語った。「表現の自由は、一つ譲ればまた一つ後退する」。闘う姿勢とは裏腹にオフェスは開放的、記者や漫画家は同好会の空気をまとっていた。

 ほぼ無防備な編集会議への乱射と預言者の仇という大義。手間のわりには「手柄」が大きい。卑劣な所業だ。

 出会った追悼画の中に、9.11で消えた超高層ビルを二本の鉛筆に見立てた絵があった。テロリストにとって、ニューヨークのツインタワーは「富と搾取の象徴」、シャルリーは「不信心の化身」か。見せしめである。」と教えてくれる。

 つづけて筆者は、「あけすけな紙面はおよそ万人向けではない。実売3万部。一般紙を真ん中に置けばシャルリーは際物だ。それでも全仏で370万人が連帯しを示した。

 この国の風刺精神は18世紀の思想家ボルテールあたりから受け継がれてきた。パリ大行進のコースがまさに、ボルテール大通りだった。

 特別号は増刷を重ね700万部。主要紙でも数十万、記録は1970年11月、ドゴールの死を伝える夕刊紙の220万部というから、空前の発行数だ。もはや際物とは呼べない。

 その表紙で、反テロの合言葉「私はシャルリー」を掲げたムハンマドが泣いている。添えた言葉「すべてを大目にみよう」の主語はさだかでない。同紙にしては穏当な筆致だが、侮辱とみるムスリムは多い。穏当や調和を愛する日本人として、街で巨大広告に接する彼らが気の毒でならない。一方に、待てよと問い直す自分がいる。

 皆を笑顔にする風刺はない。小さな配慮が重なり禁忌の闇が広がる。宗教批判と信者への侮辱を分かつ一線は、ぎりぎり表現の自由に近いところで引くべきだと。仲間をテロに奪われた新聞社の一員として、見る聞く話すの自由はどこまでもこだわりたい。

 イスラムの教えは殺生とは無縁だ。信仰に名を借りた暴力は宗教をおとしめ、世界16億人のムスリムを差別にさらす。幾重も罰当たりである。」と指摘した。

 最後に筆者は、「世は不穏と緊張の中にある。米科学誌の名高い「終末時計」は22日、人類滅亡までの残り時間を5分から3分に縮めた。核拡散や温暖化を憂えた結果だが、息苦しさは日常にも迫る。

 移民規制を訴える仏の右翼政党、国民戦線への支持は3割に近い。テロ後にあった党幹部は得意げだった。「我々の警告が現実になった。急伸したオランド大統領への支持は、国民感情が収まった時にどこへ向かうのか。見ものだね」

 新たな「愛国票」は2年後の大統領選でいただく算段だろう。

 今日はギリシャの総選挙。緊縮に異を唱えて優勢な急進左派が勝てば、ユーロ危機が再燃しかねない。経済低迷と内向き志向の悪循環だ。

 秩序がとろけた中東では、イスラムを名乗る無法集団が乱行の限り。日本も巻き込まれた。武器が散らばり、捨て置かれた石油設備と共に過激派の活動を内外で支える。こちらは憎悪と暴力の連鎖である。どうやらグローバル時代には、安定頼混迷が、幸福より不幸が勢いよく広まるらしい。

 民主、自由、市場など、欧州生まれのルールが唯一絶対とは言わない。しかし地球を覆う難題に立ち向かうとき、これらに代わる知恵があろうか。

 思えば宗教も人類の知的遺産だ。安らぎをもたらすべき教えを破壊と抹殺の根拠にされては、どんな開祖もがっかりだろう。むろんムハンマドも。」と結んだ。

読んで勉強になった。

 「イスラムの教えは殺生とは無縁だ。信仰に名を借りた暴力は宗教をおとしめ、世界16億のムスリムを差別にさらす。」、

 「思えば宗教も人類の知的遺産だ。安らぎをもたらすべき教えを破壊と抹殺の根拠とされては、どんな開祖もがっかりだろう」、との指摘はそのとおりだと、日本人である自分には思えた。

 ただ、日本にもオーム真理教によるサリン事件があった。宗教・宗教団体による無差別大量殺人の裁判という「法と権力」による裁きは終わったが、「安らぎをもたらすべき教えと教祖」が破壊と殺戮を行ったのはなぜか?まだその源淵は明らかになっていないような気がする。

 過日エルサレムを独り歩きし、聖墳墓教会で真摯な祈りをし、嘆きの壁でも真摯な祈りをし、神殿の丘でも真摯な祈りをし、神殿の丘では「ムスリムですか?」と聞かれた。その時に、神に対する「真摯な祈り」には、大いなる意味があり、そこは共通してしてたと思った。


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by sasakitosio | 2015-01-27 07:00 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月23日付東京新聞朝刊1面に、「秘密保護法 言わねばならないこと 集団的自衛権」という欄がある。

 今日はこの記事を学習することにした。

 まず記事は、「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に抗議し、青のファッションを身に着けて国会を包囲するヒューマンチェーン(人間の鎖)が25日、行われる。呼びかけ人の一人、野平晋作さんに聞いた」と切り出した。

 つづけて記事は、「青はジュゴンのいる辺野古の澄んだ海の色。集団的自衛権の行使容認などに反対して赤のファッションで国会を囲む「女の平和」が17日にあった。今度は青で訴えたい。

 沖縄で昨年、名護市長選と市議選、そして県知事選と衆議院選の4小選挙区すべてで新基地建設の反対派が勝利した。

 沖縄の民意がこれ以上ないほどはっきり示された。政府は考え直すべきなのに、安倍晋三首相は知事との面談を拒み、沖縄振興予算も削ると。

 だから今度は、本土の市民も建設に反対なんだと、目に見える形でアピールしたい。

 日本の総面積の0.6%しかない沖縄に米軍基地が74%集中している。沖縄の米軍基地の問題は、米国に従属した日本がその矛盾の多くを沖縄に押し付けていることによって生じた問題だ。

 まず、沖縄に米軍基地を押し付けないことを本土の市民が決意する。そうしたら、日本全体の問題として本土の市民も向き合わざるを得ない。

 米中枢同時テロの後、米軍基地はテロの標的になって危ないからと、沖縄への修学旅行が次々とキャンセルされた。 沖縄の観光業界は大打撃を受けた。」と指摘した。

 最後に記事は、「結局、安倍首相が進めようとしている集団的自衛権の行使とは米軍と一緒に戦争することだ。このままではテロの標的になるリスクも沖縄がより引き受けることになりかねない。

 25日は国会前で午後2時から。翌日開会する通常国会に向け、大きなアクションを起こそう。」と締めくくった。

 25日に国会を青色が包囲した。運動を企画した人、参加した人に敬意を表する。これらの運動を継続的に、積極的に取り上げ報道する東京新聞にも敬意を表する。

 地元の民意を尊重しない政権は、国民全体の民意を尊重することができるのだろうか?だましは何時か暴露され、真実は必ず国民を気付かせる思うのだが?それが、いつかが問題だが?

 


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by sasakitosio | 2015-01-26 06:33 | 東京新聞を読んで | Trackback

積極的平和主義のリスク

1月25日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「イスラム国における日本人人質事件については、憤るばかりである。

誰がやっても有効な解決策はすぐに見つからないので、政府の無策をいま責めるべきではない。しかし、問題がこのように展開したことについて、日本政府の対応が適切であったかどうか検証することも重要だ。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「湯川遥菜氏がイスラム国に拘束されてから久しいし、後藤健二氏の留守宅に昨年12月に身代金の要求がきていた。もちろん政府も事実を把握していたはずである。この間、問題の解決のために何をしていたのか。さらに、この時期に安倍首相が中東を訪問し、イスラエルとの協力関係を強調するという対外的デモンストレーションを行うことが、人質事件にどのように影響をおよばすか、政府内部で十分な検討を行ったのだろうか。」と疑問を呈した。

 最後に筆者は、「安倍政権は、国民の安全を守るためと称して日本版NSC(国家安全保障会議)を設置し、深い情報収集と戦略構築を売り物にしてきたはずである。2億ドルの身代金要求について政府高官は想定外と言ったと報じられている。それはあまりにもお粗末な話である。

 安倍政権が進めてきた安全保障や外交の態勢づくりが、本当に国民の安全を守るのか。首相の言う積極的平和主義が国民のリスクを高めることはないのか。この機会に熟慮する必要がある。」と締めくくった。

 筆者の指摘の通りだ。特に、この時期になぜにイスラエル訪問なのか?

 安倍政権のもと武器輸出が緩和される流れの中での、いつでも本気で戦争ができる態勢にあるイスラエルへ、首相が訪問したことの意味と、日本国民の安全についても、この機会に熟慮する必要があるような気がした。


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by sasakitosio | 2015-01-25 07:23 | 東京新聞を読んで | Trackback

アメリカに学ぶ?

1月20日付東京新聞11面に、「米共和党夢を叶えるには」の見出しでアメリカの政治事情が「論説委員のワールド観望」という欄にのった。筆者は、論説委員・安藤徹氏だ。 今日はこの欄を学習することにした。

 まず筆者は、「共和党が上下両院で歴史的多数を占める米連邦議会の新会期がスタートした。

 2014年の中間選挙の大敗から一層のレームダック(死に体)化が懸念されるオバマ政権を尻目に、一気に党勢拡大に走りたい共和党だが、ベイナー議長再任に際して早くも過去最大級の造反票が投じられ、高揚感の伴わない立ち上がりとなった。

 背景には、連邦議会に対する有権者の根深い不信感があろう。

 連邦議会の仕事ぶりへの満足度を問う各種主要世論調査は、過去数年10%台の低支持率を続けている。医療保険改革法(オバマケア)の撤回に固執するあまり共和党が予算を人質に一時的な政府機能の停止をもたらした13年秋のギャラップ調査では、議会は支持率わずか9%だった。」と指摘した。

 つづけて筆者は、「冷戦終結時、著書「歴史の終焉」で自由と民主制にもとづく政治思想の歴史的な勝利を論じたフランシス・フクヤマ・スタンフォード大学フェローは、「外交評論」最近号で「アメリカの腐食=政治的機能不全の源泉」を論じている。

 フクヤマ氏は、米国の建国史に根ざす行政府への伝統的な不信感や、議会、行政ともにその役割の最終的なよりどころを司法に求めるに至った政治の現状など、歴史的な背景を分析しつつ、現在の機能不全については「実際の意思決定が、巨額な選挙資金を握る一部富裕層や特定利益団体に握られ、一般市民が民主的意思形成に信頼を託し得ていない」などと指摘している。

 二年前、「機能しない議会にいるより、外から世論喚起を図る方がより効果的」として保守派シンクタンクヘリテージ財団理事長に転身したとされるデミント前上院議員は、さしずめフクヤマ説を裏付ける典型例だろうか。

 デミント氏が推す保守派「茶会」の論客テッド・クルーズ上院議員は、実際に次期大統領候補の有力候補の一角を占めている。」と教えてくれる。

 さらに筆者は、「一方、任期最終章にに入るオバマ政権も今や「融和」の呪縛から解かれたかのごとく、

 議会を迂回する大統領権限を駆使して、内政、外交で攻勢に出ている。14年暮れに打ち出したキューバとの国交正常化以降、支持率は若干ながら上昇に転じている。失業率などに象徴される堅調な経済諸指標を全面に打ち出し、最後の戦いに挑むかのようでもある。

 今のところ、民主、共和とも歩み寄りの気配はない。16年に迫った次期大統領選の前哨戦を迎え、互いに相手の出方待ちだ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「いわばキング牧師の「夢」に導かれて就任したのがオバマ氏だとすれば、共和党の目下の夢はその大統領職の奪還だろう。

 米国の政治制度への不信を隠さない極論が、幅広い保守層の支持を集めるとは考えにくい。夢を叶えるためには、新生共和党の理念を象徴する大統領候補の出現が欠かせない。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「連邦議会の仕事ぶりへの満足度を問う各種世論調査は、過去数年、10%台の支持率を示しつづけている」とのこと。13年秋のギャッラップ調査では議会支持率はわずか9%だった」とのこと。

「フクヤマ氏が、現在の機能不全について「実際の意思決定が、巨額な選挙資金を握る一部富裕層や特定利益団体に握られ、一般市民が民主的意思形成に信頼を託しえていない」などと指摘している」とのこと。

 記事で初めて知った、アメリカの現実に考えさせられた。

 まず、日本でも世論調査の時に、議会の仕事ぶりに対する国民の支持率を取ってみたら面白いと思った。

 また、アメリカの実際の意思決定が、「巨額な選挙資金を握る一部富裕層や特定利益団体に握られていて」との指摘は、そっくり日本にも当てはまりそうだと、おもった。

 間接民主主義の弱点が見え、それを巧みに利用して支配構造が創られていることに、気づかせられた。

 ネットの普及と宅配の普及で、限りなく産直が可能となったが、政治の場面も「間接民主主義」から「直接民主主義」への移行が不可避かもしれないという気がしてきた。


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by sasakitosio | 2015-01-24 07:00 | 東京新聞を読んで | Trackback

運命と希望

1月22日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「かって民主党政権がTPP(環太平洋連携協定)参加を打ち出した際に、幹部の一人がこうつぶやいた。「グローバル化とTPPは避けられない日本の運命だ」

 現政権下では、大勢に逆らっても仕方がないという感覚は深く国民に浸透する。経済学者も(内容はともかく)格差拡大を資本主義の法則や矛盾という不可避性の用語で表現することがある。」と教えてくれる。

 つづけて筆者は、「確かに、グローバル化や格差拡大は無数の人々の生活向上の夢、世界史的な技術革新の波、強力な利潤追求活動などが絡み合う、あらがいがたい流れのように見える。

 だが、背後には、大企業や富裕層に有利な法制度などのルールの束があり、ルールを支えるのは特定の理念や無意識の思い込みだ。たとえば、最近、報道された富の一極集中(世界の富の約半分を上位1%のスーパーリッチが保有する)は運命や法則ではなく、各国の偏った税制と国際規制の不在の結果だ。」と指摘した。

最後に筆者は、「20日夜の一般教書演説でオバマ大統領は、富裕層から中間層への富と所得の再分配を図る大胆な税制改革を提起した。

共和党の反対で実現不可能なことは承知の上で、次の大統領選を念頭に民主党内進歩派の主張を一部取り入れてリベラル色を強調したわけだ。

 こうして、格差解消を妨げている理念と勢力をあぶり出し、中間層が希望を持つことが可能になる。」と締めくくった。

読んで勉強になった。 

 グローバル化や格差拡大の背後には、大企業や富裕層に有利な法制度などのルールの束があり、ルールを支えるのは特定の理念や無意識の思い込みだ、との指摘。

 (世界の富の約半分を上位1%のスーパーリッチが保有する)は運命や法則ではなく、各国の偏った税制と国際規制の不在の結果、との指摘。

 格差解消を妨げている理念と勢力をあぶりだし、中間層が希望を持つことの可能性として、 20夜のオバマ大統領の一般教書演説「税制改革」の行くへに期待を表している。
 これら筆者の「指摘や期待」をもとに考えてみる。

 自由と競争、人間の解放は人間社会の発展の原動力のような気がする。

 そして、人間の個体の格差は避けようがない現実で、社会的制度的に規制しない限り個体格差から生じる「富を含め」あらゆる面(知的にも富的にも)での格差が一生の間に蓄積するのは不可避のような気がする。

 その中で、社会の発展を阻害しない、人間のやる気をそがない、そんな「格差容認の理念と許容の限度の理念」が、今日ただいま必要のような気がしてきた。

 


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by sasakitosio | 2015-01-23 07:29 | 東京新聞を読んで | Trackback