憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

<   2014年 09月 ( 95 )   > この月の画像一覧

 9月30日(火)、曇り、風なし、草に露なし、人あり。
入りの柏公園6時10分、虫の声あり、ナナカマドの実に赤みが出てきた。彼岸花はすべて枯れてしまった。
 公園を出て、大堀川河口へ。川岸を歩く。水面にハクチョウ6羽が岸によってくる。それを写真にとる年寄り二人あり。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。虫の音が聞こえる。機場の林の中から、モズの雄たけびが聞こえるが、姿は見えない。
 機場の林の草薮を踏み分け、建物の正面側の広い通路をあるいて、戸張側の機場の林へ入る。コブシの実が赤みを増して、ひときわ綺麗だ。金木犀は香りを漂わす。
 近くの稲を刈り終えた田圃の畔にキジの雄が藪に見え隠れしながら歩いている。さかんに手を振るが、キジは知らんぷりだ。
 虫の声を聞き、金木犀の香りの中で、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。ひどりばし近くの鉄塔の梁で盛んに鳴くモズ一羽。手を振って、挨拶。 
ひどり橋、横の柵を使って腕立て伏せ、スクワット。
帰路も、水路沿いの草原を歩く。モズが木の天辺で鳴いている、モズに手を振っていると、通行人が不思議そうに見ている。
 小魚がたくさんいる水路、往路は鳥類は一羽もいなかったが、帰路は鴨が数羽騒いでいる。魚のためには、鴨を追っ払った方が良いと思い、水路沿いをさきに進む。鴨が飛び立った。すると近くにいたらしいカワセミも一緒に飛び立った。
 柏下の水路沿いを歩いていると、モズの声がする。
 草原から飛び立って、沼のアシ原へ消えた。
 
 
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by sasakitosio | 2014-09-30 16:09 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 9月29日付東京新聞社説に。「よく恐れよく備えよう」の見出しで、日本における火山事情が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
まず社説は、「火山の猛威を、あらためて見せつけれれる惨事となった。予知は困難と言うが、火山国に暮らす私たちは、自然災害をよく恐れ、よく備えなければならない。
 長野、岐阜県境にそびえる御嶽山が噴火するのは、2007年3月の小規模噴火以来、7年ぶりのことである。
 下界よりも一足早い紅葉の時期を迎え、しかも晴天に恵まれた週末。絶好の登山日和だったことが、残念なことに、被害を大きくする背景となってしまった。
 突然降りかかってい来る噴石や火山灰から、逃げる間はほとんどない。何人も登山者が、逃げ切れずに火山灰に埋もれた。
 噴火を予測することは、できなかったのだろうか。
 山頂付近では半月前、地震活動が活発化していた。
 御嶽山では、前回07年の小規模噴火の前も、多い時は一日160回を超える地震活動があったが、その後は静かな状態が続いていた。
 ところが、今月に入り、10日に50回超、11日には80回超を観測した。それを受けて気象庁は、活動が活発化したことを地元自治体などに情報提供していた。
 しかし、震源が徐々に浅くなるなど危険な兆候は見られず、12日以降は地震回数も減ったため、5段階レベルで示す噴火警戒レベル1の「平常」から引き上げることはなかった。
 気象庁は「これだけで噴火の前兆と言うのは無しい」と説明している。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「地球上には約1500の活火山がある。日本列島には、そのうち110、約7%が集中している。
気象庁は110の活火山のうち47を常時観測火山と位置づけ、さまざまな観測計器を置いて監視している。
 ただ、大学の研究者など火山の専門家が常駐する観測施設があるのは、桜島(鹿児島県)や有珠山(北海道)など5か所だけ。富士山や御嶽山にはない。
 噴火予知には、 場所、 時期、 規模、 様式、 推移という5つの要素を的確に予告できる必要があると、とされる。それで初めて住民の避難勧告ができる。
 火山予知計画は、地震予知計画に10年遅れて1974年に始まった。気象庁に置かれた火山噴火予知連絡会は、この予知計画と同時に発足している。これまで何回も噴火し、常時監視している火山については噴火の時期をある程度予測できるまでになったが、避難勧告に必要な規模、様式、推移の予知には程遠いのが現状という。
 予知の成功例とされるのは、00年有珠山の噴火だ。国内で初めて緊急火山情報が出され、周辺住民一万五千人が避難し、人的被害を防ぐことができた。周期的に噴火を繰り返してきたことなどから、的確な予知や避難ができたとされる。
 逆に、1998年の岩手山(岩手県)では、火山活動が活発化して臨時火山情報が出せれたが、結局、噴火しなかった。
 このように、火山の予知は難しいが、火山国に暮らす我々としては“不意打ち”されるのを待っているわけにいくまい。噴火の危険と隣り合わせでいることを再確認し、謙虚に火山を恐れ、よく備えなければならない。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「今回の噴火でも、山上の山小屋は避難場所となり、関係機関との連絡の拠点ともなった。山に親しむための施設は、危機管理の施設でもある。各火山の山小屋の備えが十分か、再点検したい。
 山に登るな、などとは言うまい。山に、自然に親しんでこそ、その良さも怖さも分かるはずだ。そうして心構えも、装備などの備えもできてくる。
 東日本大震災との関係で、津波の発生状況がよく似ていた869年の貞観地震が注目された。その貞観地震の五年前には、富士山で貞観噴火が起きている。
 1707年には富士山で宝永大噴火が起きた。その49日前には、南海トラフを震源とする宝永大地震が起きている。
 関連は明らかはないが、不気味な一致である。
 東日本大震災でわれわれが学んだのは、想定外の災害が起こり得るということだ。」と教えてくれる。
最後に社説は、「原子力規制員会は今月、周辺に火山群がある鹿児島県の九州電力川内原発について、新規制基準にかなうと判断した。突然の火山噴火の恐ろしさは、今回改めて目の当たりにした通りである。原発は、対応できるのか。
 自然の脅威に、私たちは、何よりも謙虚に向き合っていくしかない。」と締めくくった。
 御嶽山噴火の突然の噴火と、その人的被害をみて、すぐ思い当たったのが「川内原発」だ。原子力規制員会の代表が、「安全とはいえない」との発言が、このことなのだろうか?
 再稼働時の危機は当然として、原発が火山の近くに存在する事自体大丈夫なのだろうか?福島第一原発事故の地震・津波と、噴火の火砕流・熱風のどっちが、原発制御に大きく影響するのだろうか?新聞で報じてほしいと思った。
 また、活火山の列島分布図を新聞で見て、日本は列島全体が地下から常時エネルギーを浴びていることが分かった。
 そして、この地下にあるエネルギーを電気や暖房に利用できるよう研究し実用化できれば、遠く紛争の中東から石油を買って運んでくることはないのではないか。日本の総力をあげて、地熱利用に集中する価値がありそうだと思った。
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by sasakitosio | 2014-09-30 09:09 | 東京新聞を読んで | Trackback
 9月29日(月)晴れ、冷たい風、草に露なし、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時50分。虫の声あり。
 公園の曼珠沙華はしぼんでしまった。公園を抜けて、大堀川河口へ。川岸を歩く。数本の月見草が、小さな花を茎の天辺に咲かせている。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。街中のお寺から、明け六つの鐘の音が聞こえる。
機場の林の樹の中から、モズの声がするが姿を見せない。
 機場の林の中を、メタセコイヤの樹をめぐり、手の届くところは葉っぱに触る。柔らかいし感触がたまらない。
 戸張側の機場の林で、虫の音を聞きながら、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。小魚がたくさんいる水路。今日は、鴨が十数羽騒いでいる。水路壁には、それをじっと見ているカワセミの姿があった。遠回りして振り返ったら、もうそこにはカワセミの姿はなかった。
 近くの葦からモズが飛んだ。先の田圃の畔に着地、近づいたらまた飛んで少し離れた畔に着地。とまってみていたら、鉄塔の梁に止まった。遠くから盛んに手を振る。今度は鉄塔に張る高圧線の上に止まった。尚も手を振ると、鳴き始めた。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路、草原を歩きながら、高圧線の上に止まって入るモズに手を振る。モズが鳴く、鳴くたびに手を振る、しばらくそれを続けた。機場の林の金木犀は朝日を浴びて、橙色の花が光る。一本一本の香りを確かめながら歩く。
 
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by sasakitosio | 2014-09-29 17:32 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

越境するテロに備えよ

 9月26日付東京新聞社説に、「越境するテロに備えよ」の見出しで、中東の外国人兵のことが載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「イラクやシリアの紛争には多数の外国人戦闘員が加わっている。過激な思想に共鳴した若者たちが国境を越えて、各地でテロを起こす恐れさえある。国際社会は結束して、未然に防ぎたい。
 国連安全保障理事会はオバマ大統領の呼びかけで首脳級特別会合を開き、加盟国に対し、テロ関与を目的にした海外渡航者を処罰する法整備を義務付ける決議を全会一致で採択した。
 決議ではテロ関与を目的とする出入国や通過と、戦闘員の勧誘、活動資金集めなどを防止し、テロリストや支援者を罰する国内法の整備を加盟国に求めた。
イラクとシリアで勢力を拡大するイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」への外国人戦闘員の流入と、自国に戻ってテロを計画することを防ぐのが狙いだ。」と切り出した。
 つづけて社説は、「米情報機関の調べでは、イスラム国や国際テロ組織「アルカイダ」などには、80か国以上から約15000人の外国人戦闘員が参加している。多くは中東や北アフリカの出身者だが、西欧諸国や米国、ロシア、オーストラリアなどの国籍を持つ者も2000人以上いるとされている。
 8月に米国人ジャーナリストを処刑したのは英国出身者とみられるなど、外国人志願兵らの残虐行為がいくつも報告されている。
 オバマ大統領は会合での演説で「外国人戦闘員が自国へ戻って自爆テロを起こす事例を何度もみてきた」と危機感を訴えた。各国は情報交換と法の適用で国際的な包囲網を築き、テロの拡散を封じ込めねばならない。」」と指摘した。
 さらに社説は、「2001年、米中枢同時テロの後、米国内ではイスラム教徒というだけで不当な取り調べを受けた事例が多数あった。各国は人権を十分に考慮し、法制定と運用には慎重に臨むべきだ。
 欧米に住むイスラム教系移民の若者には、教育や労働で格差の壁に直面して疎外感を強めるものがいる。
 非イスラムの若者では、アルコールや薬物依存症から立ち直るために宗教に興味を持ち、もっとも過激な組織に接近した例もある。欧米諸国は社会格差を縮小し、教育やカウンセリングを通じて若者に希望を与える根本的施策にも取り組んでほしい。」と指摘した。
 最後に社説は、「日本からは現在、中東紛争に戦闘員として加わっている事例はない。しかし、テロ組織のメンバーが日本国内を通過したり、資金調達をする可能性は否定できない。政府は安保理決議を受けて適切な法整備を進める必要がある。」と締めくくった。
 社説の指摘や主張に異論をはさむ余地はない。
 「欧米諸国は社会格差を縮小し、教育やカウンセリングを通じて若者に希望を与える根本的施策に取り組んでほしい」との指摘はその通りなのだが、宗教の規範性が異なる場合、自由に活動できる側に居る人の集団の方が、競争に勝利する可能性が高いような気がするが?その点では、宗教を信じて生きている人々の集団間で、格差が生じるのは、自然ではないのか?
 問題は、その結果の受け入れ方と、是正の方策が難しく、いまだ不明なところにあるような気がするが?
 現代は、地球が限りなく狭くなり、同じ地域にいろいろの人が生活することが避けられない時代だ。
 ここは、世界中の宗教者に集まって議論してもらって、現代において宗教とは何かを徹底的に議論して頂き、信ずる神や仏の違いで、「諍いが起きない、テロなどが起きない」ようにしていただきたいと切に思った。 
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by sasakitosio | 2014-09-29 08:04 | 東京新聞を読んで | Trackback

国・東電 現場理解せず

 9月25日付東京新聞朝刊3面に、「国・東電 現場理解せず」の見出しで、元柏崎刈羽原発所長が、「吉田調書」を語る記事が載った。今日はこの記事を学習することにした。
 記事には、
「元柏崎刈羽原発所長「吉田調書」を語る」、
「国・東電 現場理解せず」、
「「制御できる」過信を反省」、
「ムラ人脈国民置き去り」、等の見出しが目に入る。
 記事は、聞き手・浅井俊典氏が、語り手・宅間正夫氏の話をまとめたものである。
 まず記事は「東京電力福島第一原発事故で、吉田昌郎元福島第一所長=2013年7月死去=が政府の事故調査・検証委員会に事故状況を語った「吉田調書」。調書を読んだ東電の元柏崎刈羽原発所長で、取締役や監査役も務めた宅間正夫(77)は「(東京)の本店は首相官邸の介入を許し、現場を支えなかった」と当時の経営陣を批判した。社内の安全神話への過信があったと認め「今こそ日本に原子力が必要かどうかの議論を徹底的にすべきだ」と述べた。」と切り出した。
 つづけて記事は、「<吉田調書によると、事故対応をめぐり、当時の関直人首相が吉田元所長に直接指示するなど官邸が現場に介入。現場が一段と混乱したとして、国や電力会社に疑問を投げかけている。――>
 「そもそも発電所内の事故は、事業者である電力会社が全責任を負うもの。本店は本来、現場が働きやすいように指示や支援をして現場を守るべきなのに、政治家の顔色ばかりをうかがっていた。非常時の連携や危機管理が徹底されず、吉田君が「やってられない」と思ったのも当然だろう」
 <2号機に危機が迫った2011年3月15日、福島第一は一部作業員の退避を検討したが、官邸には「全面撤退」と伝わった。吉田元所長は調書で、「全員撤退とは言っていない」と、官邸への不信感を募らせていたーー>
 「原発の所長経験者としてひとこと言いたい。私たち現場の電力マンは自分のプラントは死んでも守るという精神をたたき込まれている。あの状況で全面撤退など誰も考えられない。この問題は、現場に対する官邸の理解不足を感じる」
 <調書によると、東電は08年、第一原発の想定津波が従来の6メートルを大きく上回る15.7メートルと試算したが、対策を先送りした。当時、責任者の原子力設備管理部長だった吉田元所長は「完璧にやっていくのは非常に難しいし、お金もかかる」と語っていた。――>
 「試算は東日本大震災で襲われた津波とほぼ同じ高さだった。福島では過去にその高さの津波が来たことはなく、吉田君の判断はやむを得なかったと思う。問題は、津波によって炉心溶融(メルトダウン)などの過酷事故が起きるという考えがなかったことだ」
 「原子力には、五層のレベルで事故を防ぐ「深層防護」の考えがある。五層は順番に①異常の発生②異常の拡大③放射能漏れ④過酷事故⑤住民への原子力災害――の防止だ。原発事故まで国内では三段目までの対策しか考えてこなかった。
 過酷事故や原子力災害を「想定外」のこととして片づけ対策を怠った。東電の誰もが安全神話を信じ、原子力を制御できないことなどありえないと思っていた。深層防護を真に徹底していなかったと反省する」」と教えてくれる。
 最後に記事は、「 政府は吉田調書を公開することで、情報公開や危機管理を重視する姿勢を示し、国民の反対が強い原発再稼働への理解を得たいという狙いが見える。――
 「原子力は同じ大学や大学出身の人間が電力会社と国、原発立地自治体など官民に分かれて、特殊な共同体を作っている。村の人脈が就職や出世を左右する世界で、東電にも村の社員が存在する。社内で最も閉鎖的で、周りの意見に耳を貸さない集団だ。」
 「原子力ムラは自分たちで原発を囲い込み、国民を置き去りにしてきた。今こそ原子力が必要かどうかの議論を徹底的にすべきだ。
 個人的にはエネルギー問題を考えれば原発再稼働は必要で、事故後の安全対策でリスクは下がり、深層防護も徹底されつつあると思う。日本の将来を考えた原子力に対する冷静な判断ができるのではないか。」」と教えてくれる。
 読んで勉強になった。
 「原子力には五層のレベルで事故を防ぐ深層防護」の考えがあり、①異常のは発生②異常の拡大③放射能漏れ④過酷事故⑤住民への原子力災害ーー防止だ。」、
 「東電の誰もが安全神話を信じ、原子力を制御できないことなどありえないと思っていた。」、
 「原子力は同じ大学や大学出身の人間が電力会社と国、原発立地自治体など官民に分かれて特殊な共同体を作っている。」、
 「原子力ムラは自分たちで原発を囲い込み、国民を置き去りにした。」、等の指摘は、これからの原発の行く末を考える上で、有意義な情報であった。
 特に、深層防護の五層目が、いまもないがしろにされている気がしてならない。一番大事なのは、「住民への原子力災害」の防止ではないか。未だ避難民が十万人以上いる事実の前に、いかなる安全策も説得力を持たないと思うのだが?
  
 
 

 
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by sasakitosio | 2014-09-28 14:40 | 東京新聞を読んで | Trackback
 9月26日付東京新聞朝刊2面に、「大津波予測 元会長も把握」「吉田調書公開で原告が主張追加 東電株主訴訟」の見出しで、25日あった「東京電力福島第一原発事故をめぐる株主代表訴訟」の口頭弁論のことが記事になった。
 今日はこの記事を学習することにした。
 記事は、「東京電力福島第一原発事故をめぐる株主代表訴訟の口頭弁論が25日、東京地裁で始まった。原告側は「吉田昌郎・元所長(故人)は事故前、勝俣恒久・東電元会長らに想定より大きい津波の来る可能性を伝えていた」とする準備書面を提出した。
 政府事故調査・検証委員会が吉田氏から事故当時や事故前の状況を聴取した記録(調書)が今月11日に公開されたことを受け、主張を追加した。」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「吉田調書では「今、想定している5メートルン何十センチという設計のベースよりも大きな津波が来る可能性が否定でいない」と吉田元所長が東電幹部に説明してきたことや、「会長の勝俣さんからは「そうなのか」「確率はどうなんだ」と尋ねられた」ことが判明した。
 勝俣会長側が7月に提出した書面で、想定を超える津波が来るという吉田所長からの報告について、「知らない」「なかった」と答弁していた。閉廷後に記者会見した原告側代理人の海渡雄一弁護士は「勝俣元会長が虚偽の答弁をしたことが、吉田調書から明らかになった」と指摘した。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「訴訟では、原発事故で東電が巨額の損失を出したのは安全対策を怠ったためとして、株主が現・旧経営陣27人を相手に、約5兆5千億円を東電に賠償するよう求めている。」と教えてくれた。
 記事で初めて、株主訴訟が提起されており、株主が現・旧経営陣27人をを相手に、約5兆5千億円を東電に賠償するよう求めていることを知った。
 東電の経営陣が、原発事故の責任を「民事も刑事も」も全くとらなくていいのは、なんとしても腑に落ちなかった。
 刑事については検察審査会が起訴相当とした。
 旧経営陣の中には、責任をとるどころか、莫大な退職金をうけとり、天下りしていた人もいた。この裁判は、庶民の怒りを代弁していると思った。裁判を通して、東電経営陣のウソと無責任を徹底的に、公衆の前に明らかにしてほしいと思った。
 
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by sasakitosio | 2014-09-28 13:58 | 東京新聞を読んで | Trackback
 9月28日(日)、晴れ、冷たい風、草に露なし、人多し。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時50分。虫の声あり。
彼岸花の花見、残りのはな数輪。公園を出て、大堀川河口へ。
 川岸を歩く。虫の声が藪から聞こえる。おまけの月見草が数輪咲いている。 
水際にピンクの花数本。中の一本を引っ張ると根がついて抜けた。かえって、ネットや図鑑で調べたら、イヌゴマであった。今年初めての出会いだった。14年も手賀沼を歩いているが。柏の寺から、明け六つの鐘の音が聞こえてきた。
柏下の水路沿いの草原を歩き、機場の林へ。機場の建物の玄関口のひろい通路を通って、木に就いた名前の版を見て歩く。いつも優しそうな葉っぱだと思っていた「木」についている説明版をみて驚いた。メタセコイヤと書いてある。柔らかい葉っぱに触ってみる。気を付けてみれば、メタセコイヤが彼方此方に植えてあることに気が付いた。
 戸張側の機場の林は10本の金木犀が一斉に花を開かせた。香りが辺り一面漂っている。なかで、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。よくゴイサギやカワセミに出会う小魚のいる水路、魚も減り、鳥も今日はなし。
 ひどり橋近くで、盛んにモズが泣いているが姿は見せない。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路も、水路沿いの草原を歩く。カモが時々、水路から飛び立つ。
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by sasakitosio | 2014-09-28 13:30 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

欧米ジハーデストの帰還

 9月23付東京新聞11面に、「論説委員のワールド観望」という署名入りの囲み記事がある。筆者は安藤徹氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「凄惨な処刑映像をネットに晒し続けるテロ組織「イスラム国」。そこに加担した欧米ジハーディスト(聖戦士)の相次ぐ帰還が欧米諸国を震撼させている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「さる5月、ベルギーのユダヤ博物館を襲撃して4人を射殺したのは、シリアでイスラム国のテロに加わったアルジェリア系フランス人(29)だった。シリア滞在中、処刑がネット公開された米人記者の監視、拘束に関与していたとも報じられている。
 知らぬ間に家族が中東のイスラム聖戦に加担、潜在的テロリストとして帰国する。こんな悪夢が現実となる例もある。
 英国バーミンガムで昨年起きたケースだ。
 イスラム系青年(22)が幼友達と「トルコ旅行に行く」と出国。数日後、自室から「抑圧されたイスラム同胞を救う聖戦に行く」との親に宛てた書き込みが見つかった。二人は連絡を取り続けた親の説得もあって今年初めに帰国、拘束された。現在公判中だ。
 数千人ともされる欧米市民をテロ行為に駆り立てるものは一体何か。彼らが目指す世界の現実の一端を示しているのが、イスラム国の委託で制作された一連の宣伝映像だ。
 ネット上で公開されている。
 シリアの活動拠点ラッカの日常をルポした形式の内容だが、宗教警察の監視活動を通して、市場、家庭、教育現場、刑務所など、隅々までシャリア(イスラム法)の導入徹底を進める実態が描かれている。違背した者、アサド政権の加担者に対する公開処刑など処罰は酸鼻を極め、正視にに耐えない。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「イスラム系欧州市民の若者世代が過激化する要因については、欧米社会下の疎外感、歴史的憎悪を煽るカリスマ的指導者の弁舌、ネットの感化力などを指摘する欧米専門家が多いが、一方で、深刻な思想的葛藤や民族的苦悩とは異なり、ゲーム感覚で参加したかのような印象を与える事例も増えているという。
 先のバーミンガムの事件では、二人の青年に過激な思想的な背景や前歴はなく、出国前にアラビア語やコーランの入門書を購読していた。「ジハードに行くなんて皆に言えないよ(笑)。即逮捕だし」、公判で示されたチャットの文面は、事態の深刻さとどこかそぐわない。
 欧米ジハード問題に早くから警鐘を鳴らしてきたロンドンの「過激化国際研究センター(ICSR)」は最近の報告で、加担者の多くはむしろテロ組織の実態に幻滅し消耗、精神的動揺を来す傾向が強いと分析。「反アサド聖戦に参戦するはずが、実際には宗派間の絶えざる流血だった。」との声も紹介している。」と教えてくれる。
最後に筆者は、「帰還ジハーディストの脅威は、米中枢同時テロに象徴される国外からの攻撃、国内居住者が過激化する「内なるテロ」に次ぐ第三の脅威だ。
 それを阻止するためには、国際的包囲網による徹底した封じ込めと同時に、多くの若者が落ち入りがちなテロの呪縛を解く地道な社会的取組みが欠かせない。」と指摘した。
 この記事を読んで、理解しがたいことがいくつかある。
 イスラム国の宣伝映像で「宗教警察の監視活動を通して、市場、家庭、今日行く現場、刑務所など、隅々までシャリア(イスラム法)を導入し、違反した者、アサド政権の加担者に対する処罰は酸鼻を極め、正視に耐えない」とのことである。日本の戦国時代みたいな空間が、現代にタイムスリップしてきたようだ。それを、抑えるのに「現代人」のわれわれが「戦国時代人」になって対抗できるのだろうか?
 現代の自由と民主主義で、イスラム法に忠実に生きようとする人々を、イスラム法より人間の命や自由が上位価値だと、日常生活を通して、感化しなければならないが?
 ただ、現代から見た「イスラム国」の処刑の残虐さは、江戸時代では特異なことではなかった。 品川宿の探索の際、大森の処刑場跡で、八百屋お七が火あぶりにされた、「鉄柱の穴」見てきた。四十七士も切腹斬首であった。
 未来に向かって、今何ができるかが問題だが?
 せいぜい、内政不干渉に徹し、専守防衛に徹し、共存共栄に徹し、民族自決に徹し、テロは犯罪と徹し、まずは、中東のことは中東で決めてもらうしかないのではないか?
 たとえどんなに時間がかかろうと、犠牲者が出ようと。外国は、手もカネも口も出さず自国への飛び火は徹底的に総力を挙げて防ぎ、じっと見守り続けるのが一番早い、犠牲の少ない、中東問題の解決のような気がするが?
 
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by sasakitosio | 2014-09-28 07:42 | 東京新聞を読んで | Trackback
 9月23日付朝日新聞社説下に、「社説 余滴」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、国際社説担当・国末憲人氏だ。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「わくわくする気分がなかったと言うとうそになる。なにせ、新国家誕生が決まる瞬間かも知れないのだ。
 英国からスコットランドの独立の是非を問う住民投票が18日にあった。事前の世論調査では独立賛成派が急伸し、反対派を一時上回った。可能性は十分ありそうだ。
 慌てた英政府は、懐柔に懸命になった。スコットランドの自治権をいま以上に拡大する方針を、急きょ表明したりした。
 ふたを開けると、市民の選択は英国残留。独立反対派が10ポイント差の勝利を収めて、開票は終わった。
 英国には申し訳ないが、ちょっぴり残念な気分で、社説を用意する。深夜、論説委員室で一人帰り支度をしていて、ふと思い当たる。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「まてよ、独立派は本当に敗れたのか。
 スコットランドはこの15年余りの間に広範な自治を獲得し、今や保健、社会サービスから教育、経済開発まで担う。英政府が持つ権限は外交、国防、金融などに限られる。しかも、今回は英政府から、さらなる自治拡大の言質まで引きだした。
 これって独立したのと、どこがちがうのか。
 「独立」の名目こそ手にしないものの、スコットランドはもはや、事実上の国家と言っていい。自治の権限に基づいて、自分たちの信じる福祉重視の国家モデルを追求できる。自由競争重視の英国とは異なる社会を、そこに生み出せるかもしれない。住民投票は、その可能性をさらに広げることになった。
 独立の夢破れて泣いているようで、彼らは実はほくそえんでいるかもしれない。
 グローバル化とボーダーレスの時代を迎えた欧州で、国家の権力は年々弱まっている。独立と自治の境目さえ、近年怪しい。スコットランドはそのような波にうまく乗っている。それが英国全体や国際社会にとっていいか悪いかは別にして。」と指摘した。
 最後に筆者は、「世の中には、声高に「独立」を叫ぶ人たちがいる。シリアとイラクの国境付近とか、ウクライナ東部とかで、国家の体を成すとは到底思えない集団が、独立したかのように威張っている。
 だけど、国家とは名目でなく、人々の生活と結びついた実態だ。独立をの旗を掲げる前に、なすべきことは多い。
  各地で独立を目指す人々は、スコットランドから、まずその点を学んだ方がいい。」と、締めくくった。
 読んで勉強になった。
 筆者の言う「「独立」の名目こそ手にしないものの、スコットランドはもはや、事実上の国家と言っていい。自分たちの信じる福祉重視の国家モデルを追求できる。自由競争重視の英国とは異なる社会を、そこに生みだせるかもしれない」との視点では、スコットランドは「独立賛成派と独立反対派」による、迫真・緊張の国民投票劇で、双方の陣営が同じ勝利を味わったことを、近い将来、気がつくかもしてない、と思った。
 また、筆者の言う「国家とは名目でなく、人々の生活と結びついた実態だ。」の指摘は、その通りだと思った。

 「
 
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by sasakitosio | 2014-09-27 20:43 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 9月27日(土)、晴れ。
 妻と二人で、朝7時に家をでて、常磐高速を使って、笠間市内の小学校へ。8時半開会の運動会を見に行った。ために、毎朝の手賀沼散歩は中止。
 高速道はスムースな流れで、ドライブインで一回休憩して、目的地へ。ようやく開会式に間に合った。
 二人目孫(幼稚園児)の子守り役をかねての、運動会見物。
 孫が出場する「プログラムナンバー」になると、入場門に集まっている時間帯から、その競技が終わるまで、孫の集団のなかでの「所作」を、目を皿のようにして、観察。孫に気付かれると、挨拶と励まし代わりに手を振る。
 お昼時には、嫁が朝早くからおきて、心を込めて作ってくれた、ごちそうや果物をいただく。この時に、孫と話をする時間が貴重だ。孫との話の中で、現在の孫の関心事をしり、突っ込みを入れて「返答」を通して、孫の成長を計り、息子の小学生の頃を思い出す。
 孫がいま知りたがりの時期が続いていて、親が回答に困っているテーマが「イスラム国と北朝鮮」が戦ったら、どっちが強いか」という質問だった。自分が小さいころ、「百獣の王ライオンとトラが戦ったらどっちが強いか」と疑問を持ったことを思い出した。家族の中で、決して話題にしないだろう「イスラム国」・「北朝鮮」のことが、小学低学年の子供たちの間で話題になっていること自体に、驚いた。
 小学校の運動会を見に行って、楽しいことの一つは、乳幼児から小学校高学年までの沢山の子供たちの顔が見れることだ。一人一人が、一人一人の仕草が、みながみなカワイイ。
 宝物の中に、生きている気分になり、自然に顔がほころんでいるはずだ。
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by sasakitosio | 2014-09-27 19:05 | 今日の感動 | Trackback