憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 8月31日(日)曇り、風あり、草に露あり、人多し。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時50分。虫の声、少し。公園を抜け、大堀川河口へ。鴨数羽、ハクチョウ三羽岸により、ハクチョウ三羽は遠くで、水遊び。
 時々、月見草の黄色い花が見つかる。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。無視の声が聞こえる。
 機場の林へ入り、草薮を歩く、楠をはじめ常緑樹に新芽が生えている。新芽は春先によく見るが?中で、葉の中に赤い実のようなものが見えた。ごつごつ感のある緑色の実の一部が赤ピンクになってた。葉っぱ、幹の色で、コブシと確認。
 通路の草薮に月見草が一本立っていた。黄色が爽やかだ。
 滝は、濁った水を落とし、音を立てていた。
 戸張側の機場の林で、虫の声を聞きながら、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。稲穂は深々と頭を垂れている。今日もすスズメの団体はなし。
 ひどり橋近くの萩の植込みは、蕾がいっぱいにつき、朝露と蕾の重さで、枝先が地に就くほど、枝垂れていた。
 ひどり橋、横にある柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路、花で確かめておいた、コブシの下で、コブシの実をさがしたら、機場の林のものよりは少し小ぶりだが、緑のごつごつした実の一部が赤ピンクになっていた。
 帰路、落ちている山法師の実を拾い、戸張下の水路沿いの草原を歩く。途中、カワセミ一羽、水路壁にとまっていた。先に気付かれて、逃げられた。
 機場の林の近くへ来ると、沼の方からイッピツケイジョウの声がする。沼に立つ柳の大木の天辺を探したが見当たらない。声を頼りに、探すと。緑道近くの沼に立つ、一本のアシのうえで囀っていた。近づいて、手を振る、なぜか逃げない。何回もてを振って、あいさつ。クチバシを上にして、くちばしが開いているのが分かるほど、思い切りイッピツケイジョウと鳴いてくれた。私が遠ざかっても、しばらくイッピツケイジョウが聞こえていた。
 柏下の水路沿いの草原では、ショウジョウトンボが数匹、歩く先々に舞っていた。
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by sasakitosio | 2014-08-31 18:55 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

戦争する理由

 8月28日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、このに記事に学ぶことにした。
 筆者は、「最近の政治と社会は戦争へ転がり落ちて行った暗い時代を思い起こさせるという議論がある。小さな幸せもあった昭和初めの庶民の暮らしは、満州事変以降ファシズム体制に飲み込まれ、敗戦で荒廃の極みに達した。この間、わずか15年。
 思想統制があったにせよ、国民がファシズムを支持したというのがポイントだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「他方、民主主義の下でなぜ戦争が起きるのかを知るには米国の例が重要だ。実際、米国は建国以来、国際紛争の解決のために戦争やクーデター支援やジェノサイド(民族大量虐殺)を躊躇してこなかった。フィリピン植民地化、中南米独裁政権の支援、(ブラジル、チリ、グアテマラ等)、ベトナム戦争など。湾岸戦争やイラク侵攻もそうだ。
 ルーベンスタイン著「殺す理由」はこう説明する。
 米国人の生命・財産・海外権益だけでなく、自由や文明秩序といった米国的価値観を邪悪な敵が侵害する時に限り、つまり米国の拡大された「自己」の自衛権行使として米国民は戦争に同意するという。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「同書は邪悪な敵とは自分の影の分身であり、戦争とは紛争解決努力の否定だという。
 軍備拡張と政治的弾圧の中国や北朝鮮が戦前日本のデフォルメした姿であり、安倍政権の奉じる国家主義の行き着く先あるからこそ、仮想敵とされるのであろう。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。特にルーベンスタイン著「殺す理由」に
 ①「米国人の生命・財産・海外権益だけでなく、自由や文明秩序といった米国的価値を邪悪な敵が侵害する時に限り、つまり米国の拡大された「自己」の自衛権の行使として米国民は戦争に同意する」、とあるとのこと。
 ②「邪悪な敵とは自分の影の分身であり、戦争とは紛争解決努力の否定」、とあるとのこと。
 この視点は、アメリカの過去と現在と将来を見る上で、大切なことのような気がした。
 筆者の「軍備拡張と政治的抑圧の中国や北朝鮮が戦前の日本のデフォルメした姿であり、安倍政権の奉じる国家主義の行き着く先であるからこそ、仮想敵とされるのであろう」との指摘は、なるほどそういう見方もあるかと新鮮な気がした。
 
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by sasakitosio | 2014-08-31 10:29 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月28日付東京新聞朝刊9面に、「「イスラム国」兵士100人」と言う見出しで、「米国人兵士のイスラム国参加」についての記事が載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 記事は、「「ワシントン=斎藤保伸」米国務省のハーフ副報道官は26日、CNNテレビのニュース番組に出演し、シリア国内で最大百人の米国人が兵士としてイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」などに参加していることを明らかにした。米当局者が具体的な数字に言及するのは異例で、米国人のイスラム過激派への関与の実態に衝撃が広がっている。」と切り出した。
 つづけて記事は、「ハーフ氏はこれまでの記者会見で、シリアやイラクの紛争に欧米を含む約1万2千人の外国人兵士が加わり、米国への大きな脅威になっていると指摘するなど危機感を示してきた。
 ロスアンゼルス・タイムス紙は司法当局の者の話として、過激思想に共鳴する欧米からの合流者が3千人いると報じている。
 イスラム国は米本土を含む西側諸国をテロ攻撃の長期的目標として掲げている。
 USAトゥデー紙によると、米国ではイスラム教徒の人口が急増中で200万人を超えるとみられている。現在、その半分以上が移民だが、中には米国社会にとけこめず、反感を抱いてイスラム国に移るケースがあると指摘されている。
 AP通信によると、連邦捜査局(FIB)のコミ―長官は「過激派に参加するためシリアへ向かう人が広範になっており、把握が難しくなっている」と述べた。
 米国人、ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏が「イスラム国」に処刑された事件では、実行犯が英国人見られている。
 一方、ホワイトハウスは26日、シリアで米国人男性が死亡したことを確認。ニューヨーク・タイムズ紙はこの男性がミネソタ州出身の33歳で、「イスラム国」の兵士として戦闘に参加した米国人で最初に死亡したケースと報じた。
 ミネソタ州ではこれまでもイスラム教徒が10人単位で過激派の戦闘員としてシリアに出国したケースあると地元ラジオ局の「MPR」が報じている。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「オバマ大統領は9月下旬の国連総会にあわせ、過激派への外国人流入を阻止する方策の検討のため、安保理首脳級会合を主催する方針。」と教えてくれた。
 この記事を読んで、驚いた。
 ①「シリアやイラクの紛争に欧米を含む約12000人の外国人兵士が加わり、米国への大きな脅威になっている」とのこと。
 ②「イスラム国は米国本土を含む西側諸国をテロ攻撃の長期的な標的として掲げている。」とのこと。
 ③「米国のイスラム教徒は200万人をすでに突破。・・・中には米国社会に溶け込めず、反感を抱いてイスラム国へ移るケースがある」とのこと 。
 ④「オバマ大統領は9月下旬の国連総会にあわせ、過激派への外国人流入を阻止する方策の検討のため、安保理首脳級会合を主催する方針、」とのこと。
 上記の記事は、アメリカのテロとの戦いが、いたるところに反米勢力を産み、国内にも米国に反感をもつ者を増産しているようだ。格差の拡大が、さらなる格差を生み、国内外に亀裂を生んでいるような気がした。
 テロ対策は、集団的自衛権の行使や、軍による封じ込め策ではなく、世界的規模での「格差対策」が不可欠のような気がしてきた。
 
 
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by sasakitosio | 2014-08-31 10:23 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月28日付東京新聞社説に、「苛烈な現実を見た判決」と言う見出しで、「自殺と原発」の福島地裁の判決が載った。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「自殺と原発事故の因果関係を認めた福島地裁の判決は、苛烈な避難生活を直視した結果だ。「東京電力はストレスによる自殺も予見できた」と述べた。東電も国も、血の通った対応が迫られよう。
 2011年7月に自宅で焼身自殺した58歳の女性がどんなにつらい立場に置かれていたか、判決文からも如実に伝わってくる。
 生まれてからずっと福島県川俣町に住んでいた。夫と子ども三人を育てて、00年には自宅を新築した。
 そこに東日本大震災と福島第一原発事故が襲った。女性の家は計画的避難区域に指定され、福島市内でアパート暮らしをせざるを得なかった。
 農場での仕事を失い、家族や地域の共同体とのつながりも失った。住宅ローンの支払いも残っていた。帰還の見通しがたたないまま、心細い避難生活を続けるーー。
「ストレスは非常に強いものだった」「耐えがたい精神的負担を強いて女性をうつ状態にした」と判決が述べたとおりだろう。
 特に東電に対して、「事故が起きれば核燃料物質が広範囲に飛散し、居住者が避難を余儀なくされ、さまざまなストレスを受けて自死に至る人が出ることも予見できた」と明確に言い切った。
 自殺と原発事故との因果関係をはっきり認めたことは重い。他の訴訟にも大きな影響を与えよう。」と指摘した。
 つづけて社説は、「原発事故の避難中に病気や自殺などで亡くなった「原発関連死」は本紙独自調査で少なくとも1千人を超す。昨年三月から約260人増えている。
 内閣府が公表している「震災関連自殺者は」福島で56人に上っている。この自殺者数は、11年10人、12年13人、13年に23人とむしろ時がたつほど増えているのが特徴だ。今年も既に10人に達している。
 阪神大震災でも震災後3年から、ストレスによるアルコール依存症などが増えたと言われる。これが意味するのは、当然、避難生活が長期化すればするほど、ストレスはドンドン蓄積され、人間の心や身体を蝕んでいくことだ。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「地域防災計画は、まず災害時の非難に重点をおいている。それは当然のことだが、長期にわたる避難生活に伴う心身のケアにももっと目配りするべきだろう。
 東電や国は責任を痛感してほしい。「真摯に対応する」とコメントした東電は、そのことば通りにすべての被災者に真摯な対応をしないと、さらなる怒りを買う。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 自殺と原発事故の因果関係をはっきり認め、「東京電力はストレスによる自殺も予見できた」と明確に言い切った「この福島判決」画期的な判決だと思った。丁度、多重債務問題で、行政や立法では既得権益を打破できず解決できなかったのを、判決が解決してくれた。それを思い出した。
 政府や国会が、電気マネーで金縛りにあって、被災者国民の立場に立って「法の運用、新規立法」ができないまま時が過ぎてきた。福島地裁の判決は、原発事故と自殺の因果関係、その予見性を明確に認めた「画期的判決」で、これからの同種の裁判に影響することは間違いないと思った。
 この判決をみて、久しぶりに三権分立が国民の権利を守るために機能したような気がした。この判決が、被災者の励ましになること間違いなし、と思った。
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by sasakitosio | 2014-08-31 08:10 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月25日付東京新聞社説に、「語らねば、伝えねば」の見出しで、満蒙開拓団のことが載った。
 今日は、この社説を学習することにした。
 社説は、「国家は時に、自国民を平気で犠牲にします。昭和の戦争がそうでした。その渦中で進められた国策「満蒙開拓」も・・・。これは遠い昔の物語でしょうか。
 一冊の本が手元にあります。
「証言 それぞれの記憶」という百ページにも満たない冊子ですが、そこには、数えきれない命の記憶が詰まっています。
 戦前から戦中にかけ満州(現中国北東部)へ移民し、敗戦時に、地獄の思いを味わった13人が絞り出すように語った体験を書き起こした証言集です。
 昨年、長野県阿智村にできた民間施設「満蒙開拓平和記念館」のスタッフが聞き取り、来館者の要望に応えて発行しました。
 戦後、堅く口を閉ざしていた、あの戦争をじかに知る人々が、ようやく語り始めました。それほど惨い体験だったのです。満蒙開拓も例外ではありません。
 「開拓じゃないに。中国人を追っ払って、既に開墾してあったところに入ったんだから。後ろ盾には日本軍がいて・・」
 先の証言集からの引用です。
 入植直後から、意図せずとも自分が「侵略」に加担させられれている、と気づいた移民は少なからずいたのでしょう。証言は、その無念の思いの吐露なのです。
 1932年、現中国東北部に日本の傀儡国家、満州国が建国された後、貧困にあえぐ農村救済のためなどと、移民は国策で満州に送り込まれた。
 「20町歩の大地主になれる」と入植を進められた農家も多く、その総数は、開拓農民を中心に27万人に達しました。
 しかし終戦後に突然、ソ連軍が侵攻、関東軍には置き去りにされた。逃避行の途中で、その半数以上が集団自決や病死、行方不明という惨禍に。離散した家族の子どもらは中国人に託され、残留孤児、婦人になったのです。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「戦争とは、人と人とが殺し合うことです。領土や宗教、民族、資源などその理由はさまざまでも、「国を守る」ため、国家や権力者が敵をつくる。だが、実際に戦場に行かされ、血を流すのは普通の人々、弱い立場の人々です。
 あの昭和の時代、国家統制が強まる中でも、戦争や戦場は遠いよそ事のような日常が続いた。「お国が言うなら」と流されがちな当時の世相や国民性が、満蒙開拓と言う国策を推し進めた背景と無縁ではありません。開拓民も、戦場に巻き込まれるとは思いもよらなかったでしょう。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「命や教訓を次代に繋ぐ方法は語りや文章に限りません。
 映画監督の山田火砂子さん(82)は、年内の公開に向けて作品「望郷の鐘~満蒙開拓団の落日」を制作しています。東京大空襲で命拾いをした経験を持つ山田さんは「戦争のひどさを伝えて行くのが私たち世代の務め」と言います。
 戦後「残留孤児の父」と慕われた阿智村の住職、故山本滋昭さんが主人公です。地元開拓団の教員に請われて心ならずも渡ったが、自身はシベリアに抑留され、妻子とは生き別れてしまいます。
 72年の日中国交正常化の翌年に、滋昭さんは独力で「日中友好手をつなぐ会」を設立。その活動は全国に広がりました。
 仲間らと中国に残された孤児の帰国支援や肉親捜しに奔走。一人で4万通を超える文通や交流を重ねました。死んだとされていた長女とも対面を果たし、90年に88歳で亡くなるまで、心は日中を行き来していた。
 これら民間の活動が無ければ、長く帰国者の問題に目を背けてきた国の償いも支援も、さらに遅れていたでしょう。
 中部の「手をつなぐ会」代表理事」の林隆春さん(64)=愛知県一宮市=は「それでも二世、三世の仕事は今も派遣や非正規が多い」と見ています。滋昭さんら先人の遺志を継ぐという林さんも決意を聞いて、あらためて思うのです。
 国家や権力者の都合で、最後に犠牲になるは誰なのか、と。 」と教えてくれる。
 最後に社説は、「安倍政権の集団的自衛権の閣議決定は、憲法の論議も、国民も置き去りでした。
 沖縄戦の、ひめゆり学徒隊の惨劇の証言を今も続けているのは、86~89歳の9人だけです。多い時は30人いた。ひめゆり平和祈念資料館では10年余りかけて後継者を育てています。
 広島の被爆体験の証言者は恐らく百人前後しかいないと指摘する人もいます。そして「ほとんどの人が話したがらなかったが、まだ今なら間に合う」とも。
 危うい空気を感じるから語りたがらなかった人々が、あえて凄惨な過去を振り返り始めた。
 それに学び、行動しないことには、無関心や傍観者だった、あの時代と重なってしまうのです。」と締めくくった。
 読んで、満蒙開拓団のことが、少しわかった。
 「戦争とは、人と人が殺し合うことです。領土や宗教、民族、資源などその理由はさまざまでも、「国を守る」ため、国家や権力者が敵をつくる。だが、実際に戦場に行かされ、血を流すのは普通の人、弱い立場の人々です」との社説の指摘は、その通りだと思った。だから、普通の人びとは、権力者が威勢のいいことをいって、戦争の準備を始めたときに、自分及び家族が真っ先に、戦争に行かされ、血を流させられるということを考えなけれなならないと思った。そして、普通の人びとは、皆が皆、特定秘密保護法や集団的自衛権に賛成した政党、議員には間違っても投票しないようにしたいものだと思った。
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by sasakitosio | 2014-08-31 07:51 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月30日(土)雨、風なし、人ほとんどなし。
 いつもは9時ころ床につくのに、昨夜は業界の学習会の後、懇親会まで参加して帰りが午後10時。その後、来泊の息子と12時ころまで話していたので、起床がいつもより約一時間遅くなった。
 ために、入りの柏公園6時20分、セミの声なし、虫の声なし、カラス数羽鳴き、ムクドリ数羽走る。
 大堀川河口へ。雨のため、川岸に降りずに緑道を傘を差しながら歩く。いつも五時過ぎからいる3人の釣り人も、今日は一人もいない。
 水位が下がって、河口の真ん中に土が出ている。そこに鴨数羽、カワウ2羽、アオサギ一羽。ハクチョウ6羽は水面に遊ぶ。
 柏下の水路沿いの草原を歩く、草刈が済んで雨でも歩きやすい。水路の藻の上に、体長約40センチのライギョが、朝寝の最中。近づくと、ガボッと水しぶきを立てて、藻の中に潜った。
機場の林を抜け、戸張下の林に入り、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。それほど歩かないで、水路の岸壁にカワセミが魚を狙っていた。
 遠回りして、水路の橋の上から振り返ったが、カワセミはいなかった。前方の水路上から、沼のアシ原へ向かって飛ぶ姿が見えた。
 雨の中、稲の黄金色はしっとりとしたいい感じだが、本日スズメの学校はお休みらしい。戸張の田んぼには一羽も見えず。ムクドリが50羽余り、刈り終わったばかりの草原で、団体で食餌をしていた。
 ひどり橋、横の柵を使って、雨に当たりながら、腕立て伏せ、スクワット。
 帰路は、山法師の一本、濡れた芝生に実を落としていた。 大きめの実を拾った。
 帰路の公園、深紅のサルスベリが、雨の中、鮮やかに咲き輝いていた。
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by sasakitosio | 2014-08-30 16:35 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

戦前の「お上」と似る

 8月26日付東京新聞朝刊1面に、「秘密保護法 言わねばならないこと 集団的自衛権」という、署名入りのかこみ記事がある。筆者は、俳優で作家・高見のっぽ氏だ。
 今日は、この記事を学習することにした。
 筆者は、「戦時中、岐阜県の笠松に疎開していた。4キロも離れていない岐阜市が空襲で一夜にして、丸焼けになった。防空壕の中で焼夷弾の音を聞いた。あの恐ろしさは忘れられない。
 今の安倍政権は「由らしむべし、知らしむべからず」、余計なことを知らなくてよろしいという戦前の「お上」に似ている感じがする。
 特定秘密保護法も集団的自衛権も根っこにはそうゆう問題がある。
 何も知らないちっちゃい子どもたちのために、しゃべらない「ノッポさん」もあえて言わせてもらいたい。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「昨年、秘密保護法が成立した。国家の秘密は「今までだって全然出てこない。法律にすると「お上」はもっと自由にできる。これを秘密にしますと言ったら、本来なら知っていいものも秘密になってしまう。(米中央情報局の職員だった)エドワード・スノーデン氏が暴露したように、アメリカだってあれだけ悪いことをやっている。わざわざ法律つくらなくても、今までのやり方でいい。
 集団的自衛権の行使を認めたのもおかしい。自衛隊は、喧嘩を売られたときに我慢するが、最後に(個別的自衛権で)鉄砲を打つのは許される。これまで通りで十分じゃいか。」と主張する。
 最後に筆者は、「今の米軍のイラク攻撃は、アメリカ資本の石油のためにやっていること。集団的自衛権を認めたら、自衛隊が行って人を殺さなきゃいけない。冗談じゃない。
 憲法は人間がつくったものだが、人間以上のものと言うことにしておかなければ意味がない。変えるなら変えてもいいが、関単に一部の人間だけで変えます、では危なくてしょうがない。ちゃんとみんなで話し合いをもっとしてほしい。」と結んだ。
 筆者の主張が、分かりやすくまとめてあって、よく理解できた。そして共感を覚えた。いろいろの社会的ポジションから、秘密保護法と集団的自衛権の問題について、発言してもらい、それを新聞んで紹介して頂くことは、護憲派には励みになり、国民的には理解を「深め・広げる」ことに役立つとこと必定と思った。
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by sasakitosio | 2014-08-30 09:23 | 東京新聞を読んで | Trackback

心に杭は打たせない

 8月26日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」と言う署名入りのかこみ記事がある。筆者はルポライター・鎌田慧氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「沖縄・辺野古への米軍新基地建設の強行をテレビで見ていて、落ち着かない。見ている自分が、まるで侵略軍の側にいるように感じさせられるからだ。カネと暴力で目的を達成させるのだから、侵略は過言ではない。
 抵抗していた県知事が言うことを聞くようになったのは、はた目を気にしない多量の交付金によってだった。受ける側よりも、恥も外聞もなく、カネを配る政府の手つきを傍観者の私たちが許していることになる。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「今日も海上保安庁の巡視艇や建設業者の船に対して、住民のカヌーやゴムボートが抵抗する。その光景を想像すると、胸が痛む。
 「心に杭は打たせない」。1950年代後半の砂川基地拡張反対闘争のスローガンだった。
 基地に入って逮捕された被告は、一審東京地裁判決で無罪だった。米軍基地は日本国憲法が禁じている武力だったからだ。
 海上にピケを張る沖縄の人たちも、いま杭を打たせないため体を張っている。この新基地建設計画はベトナム戦争当時のものだった、と友人の建築家・真喜志好一さんは主張しつづけてきた。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「米軍に資金が無かったのだが、いまは日本が引き受ける。住民のためとのおためごかし。
 普天間の危険性を人質に昔の計画を完成させる奇襲攻撃。すべての負担は沖縄。安倍内閣はヘイヘイ言うだけの土下座外交。」と締めくくった。
 読んで、知識が増えた。 
 ①「抵抗していた県知事が言うことを聞くようになったのは、はた目をきにしない多量の交付金によってだった」とのこと。
 ②「この新基地建設計画はベトナム戦争当時のものだった。」とのこと。
 ③「普天間の危険性を人質に昔の計画を完成させる奇襲攻撃。すべての負担は沖縄」とのこと。
 上記、筆者の指摘を前提に考えると、いま反対運動をしている人に、すごいな、ガンバレガンバレと声援を送りたくなった。心に杭を打たせないために!!
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by sasakitosio | 2014-08-30 09:15 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月26日付東京新聞社説に、「金目より大切なこと」と言う見出しで、中間貯蔵施設のことが載った。今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「福島原発事故の除染廃棄物は野ざらしにされ、復興にも支障を来す。とはいえ、交付金などと引き換えに原発立地地域に押し付けるというこれまでのようなやり方では、核のごみ問題は解決しない。
 福島県郡山市から川内村へと向かう道すがら、大きな黒い袋が道沿いに小山のように積まれているのが、しばしば目についた。
 土、砂利、木の枝や葉・・。東京電力福島第一原発事故の放射能除染作業に伴う廃棄物が詰まったフレコンバック(除染袋)の仮置き場だ 「見ているだけで気がめいる」と近所の人は言う。
 政府は最長30年間保管する中間貯蔵施設を造り、来年一月までに搬入を始める予定でいる。
 ところが建設候補地に挙げられた双葉、大熊両町との受け入れ交渉が難航し、建設のめどは立っていない。
 6月には石原環境相の「最後は金目でしょ」という失言があり。、交渉はさらに複雑にした。
 政府は10月の福島県知事選を前に突然、両町や県などに拠出する交付金を30年間で3000億円と、三倍に吊り上げた。そして今回、原発事故で下落した用地の差額を福島県が補てんすることで、受け入れに向かうという。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「残土は見えにくくなる。だが、それだけでいいのだろうか。
 候補地はいずれも原発のある自治体だ。原発立地地域の住民ほど、安全安心は「金目」に変えられないと、身に染みた人はいないだろう。しかも、内閣改造や知事選を控えた時期である。反発をより強めた人も多いに違いない。
 そもそも、「とりあえず中間貯蔵」というその場しのぎの考え方は、もう通用しないのではないか。最終処分の展望があるから「中間貯蔵施設」と言えるのだ。
 中間貯蔵施設候補地の住民が一様に不安視するのは、例えば30年という時間の流れの中で、そのまま最終処分場にすり替えられていくことである。
 中間貯蔵施設は「除染と復興を進めるために不可欠」と政府は言う。だとすれば、提示すべきは「金目」だけではないはずだ。最終処分へのより具体的な道筋と方法ではないのだろうか。
 本来廃棄処理は、排出者の責任だ。だが現実には電力会社に、その力も技術もない。使用済核燃料の最終処分はもっとずっと大変だ。この上原発再稼働を認めれば、行き場のない核のごみが増え、悩みが深まるだけではないか。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった。
 最終処分場の展望があるから「中間貯蔵」といえるのだ、との社説の指摘は、理解できる。その意味からも、ここでも、政府は国民に「ウソ」をついていることがわかる。中間貯蔵施設は「除染と復興を進めるために不可欠」と政府が言って建設候補地を説得しようとしている。
しかし、政府の責任である「最終処分場の具体的なめど」が立たない状態で、建設候補地が「中間貯蔵施設」が受け入れれば、それがそのまま「最終処分場」にされる可能性は極めて大きいのではないか。福島第一原発事故後の対策を見る限り、政府・東電の組織ぐるみの無責任は周知の事実である。
 またまた、政府・東電は、中間貯蔵施設の建設で、ウソの上塗りをしようというのだろうか?受け入れ側も、為政者による「振込詐欺」には注意しよう !!
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by sasakitosio | 2014-08-30 07:31 | 東京新聞を読んで | Trackback
 8月29日(金)曇り。涼しい。
 今日は早朝から、仕事で佐倉へ出かけるので、毎朝の手賀沼散歩は中止。
 手賀沼沿いの道路を、柏―我孫子―印西~~佐倉と信号の少ない、緑の多い道を走る。柏我孫子間の沼沿いの田んぼは、まだ壱枚も刈られていない。稲刈りはやはり、9月からかと思っていたら、佐倉に入り、印旛沼の近くを走って時、コンバインによる稲刈りが行われ、何枚かで田んぼに稲の切り株が見られた。
 佐倉では、もう新米が食べられということだ。
 柏から国道16号以外は、すべて2車線で道路の真ん中に黄色い線が引いてある。前にのろのろ運転(法定速度)の車があると、急いでいるときはイライラするし、焦って追い越したりすると事故の元。だから、余裕をもって、待ち合わせ時間より、30分以上早くつくように自宅を出発。
 おかげで、予定時刻の45分前についた。時間調整で、喫茶店を捜したが発見できず、しかし、幸いなことに老舗の和菓子屋さんが、和菓子と緑茶で休憩させてくれた。有名人の色紙が何枚も飾ってあった。佐倉の街をゆっくり、観光してみたくなった。
 
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by sasakitosio | 2014-08-29 17:03 | 今日の出会い | Trackback