憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

<   2014年 06月 ( 91 )   > この月の画像一覧

 6月25日付東京新聞社説に、「奇策や禁じ手ばかりだ」という見出しで、新成長戦略が載った。今日はこの社説に学ぶことにした、
 社説は、「株価さえ上がれば何をやっても許されると思っているのだろうか。安倍政権が閣議決定した新成長戦略は、なりふり構わぬ手法が目立つ。国民の利益を損ねかねない政策は成長戦略といわない。
 国民の虎の子の年金積立金を株式市場に大量投入する「官製相場」で株価つり上げを狙う。
 財政危機だと国民には消費増税を強いながら、財源の裏付けもない法人税減税を決める。
 過労死防止が叫ばれる中、残業代ゼロで長時間労働につながる恐れが強い労働時間規制緩和を進める。
 低賃金など劣悪な環境で「強制労働」との批判も上がる外国人技能研修制度を都合よく活用する。
 昨年の成長戦略は安倍首相の発表会見中から株価が急落、大失敗に終わった。今回はその経験だろう、株式市場とりわけ外国人投資家の関心が高い法人税減税や労働市場改革を柱にすえた。国民の財産の年金資金による株価維持策という禁じ手まで使うに及んでは株価上昇のためなら何でもありかと思わざるを得ない。日々の株価に一喜一憂する「株価連動政権」と揶揄されるゆえんである。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「新しい成長戦略は「企業経営者や国民一人一人が自信を取り戻し、未来を信じ、イノベーションに挑戦する具体的な行動を起こせるかどうかにかかっている」と最大のポイントを挙げている。しかし、この成長戦略でどうやって国民が自信を取り戻し、未来を信じればいいのか。
 20年近く続いたデフレの大きな要因は、非正規雇用の急増などで国民の所得が減り続け、それが消費減退、企業活動の低下を招くという「賃金デフレ」であったことは通説だ。正社員の給与も伸び悩み、中間層の消失、一握りの富裕層と大多数の低所得者層に置き換えられたのである。
 だとすれば、まずは非正規労働の増大や長時間労働に歯止めを掛ける。人材育成や訓練に力を入れることによって生産性を高め、働く人への適切配分を進める。成果主義によって報酬を決める労働時間規制の見直しでは、生産性向上よりもかえって長時間労働を生む懸念の方が強いだろう。」と指摘した。
 最後に社説は、「原発再稼働を目指し、トップセールスと称して原発や「武器」を世界に売り歩き、今度はカジノ賭博解禁に」前のめりだ。どうして、こんな奇策ばかり弄するのか。正々堂々と経済を後押しし、国民が納得する形の成長戦略でなければ、いずれ破たんするだろう。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった。
 社説の指摘する「20年近く続いたデフレの大きな要因は、非正規雇用の急増などで国民の所得が減り続け、それが消費の減退、起業活動の低下を招く「賃金デフレ」であったことは通説だ。」は、普通に理解できる。
 また、「株式市場とりわけ外国人投資家の関心が高い法人税減税や労働市場改革を柱にすえた。国民の財産の年金資金による株価維持策という禁じ手まで使うに及んでは株式上昇のためなら何でもありかと思わざるを得ない。」との指摘は、共鳴する。
 社説は、「どうして、こんな奇策ばかり弄するのか。」と疑問を呈する。これは、日本の指導者が強欲のためか、それとも「正々堂々と経済を後押しし、国民が納得する成長戦略」を創造する能力の「劣化・老化・喪失」の証しなのだろうか。
 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-30 17:47 | 東京新聞を読んで | Trackback

メダカの赤ちゃん団体で

 6月30日(月)、曇り、風少しあり、草に露あり、人あり。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時20分、静か。木の枝のトンネルを抜けて、大堀川河口へ。ムクドリが草原を走る。カラスが鉄塔でなく。
 階段を下りて、川岸を歩く。鯉が跳ねる。ハクチョウの親子6羽は、草原でクローバを食べている。
 柏下の水路沿いの草原を歩く。きのうのバケツをひっくり返したようなゲリラ雨の跡が、草原に水位が水路壁を数十センチオーバーした「泥の跡」で、残っている。メダカの赤ちゃんは流されなかったか?行きには、姿見えず。
 機場の林へはいる。今日は木陰から、ハグロトンボ一匹ヒラヒラと飛ぶ。樹の下では、ところどころにネジバナが咲く。
 戸張側の機場の林は、樹の下の芝生の中に、ピンクのネジバナの花がぞくぞくと咲き始めた。
 花を見ながら、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く。水位が高くなった跡が、芝生にたまったゴミで分かる。ツバメと一緒にひどり橋まで。
 途中、休耕田のアシ原からヨシキリの声が聞こえる。アシの天辺で鳴くヨシキリ、鉄塔の梁でなくヨシキリ、全力でなくヨシキリに手を振って感謝。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。対岸の大井の村から、コケコッコウの声、畑からはピーチクパーチク、ヒバリの囀り。
 帰路も、選んで水路沿いの草原を歩く。機場の池の周りを見ながら、沼の土手に生える「月見草」にからみつく、つる草を見つけると、それを取り払う。数本の月見草に全部つる草が巻いていた。
 柏下の水路を覗きなながら歩く。水に動きがあると、しゃがんでゆっくり観察。メダカの赤ちゃんの団体を発見。それも数団体。メダカは、所在が確認できれば動きがゆっくりなので、見つけやすいのが有り難い。 
 
 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-30 13:14 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

原発頼みの経営脱却を

 6月28日付東京新聞社説に、「原発頼みの経営脱却を」の見出しで、電力各社の株主総会の記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「原発再稼働の見通しが立たない中、東京電力など電力各社が開いた株主総会は、八方ふさがりの経営状態を浮き彫りにした。立て直しに必要なのは「原発頼みの経営」から踏み出す決断ではないか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「2011年3月の福島第一原発事故から3年の株主総会は、九社のうち五社が三期連続赤字という決算を受けて開かれた。原発停止の長期化や火力発電の原燃料費の負担が重く、中部電力の三田敏雄会長が「配当ゼロ」を詫びるなど各社は終始、経営悪化の弁明に追われた。一方、株主からの脱原発提案は、過去に一度もなかった北陸電力を含め全社に出された。いずれも否決されたが、総会は長時間に及んだ。
 経営陣が総会で示した立て直し案の柱は原発再稼働で、「原発は重要な電源。さらに高いレベルで安全を確保し、地域の理解を得ながら再稼働に向けた取り組みを進める」(東北電力)など各社から強い意欲が示された。政府のエネルギー基本計画が原発を「重要なベースロード電源」と位置づけた事を受けたものだ。
 しかし、再稼働を巡る現実は一段と厳しくなっている。その一つが「脱原発」の自治体への広がりだ。
 関西電力には、筆頭株主である大阪市が脱原発を迫った。京都市も脱原発案を提出、これに神戸市が賛成した。現職や元市長らが2年前に設立した「脱原発をめざす首長会議」は会員が69人から98人に増えている。政府と電力各社は、原子力規制員会の審査終了をもって地元との協議に入るとみられる。しかし、福井地裁による大飯原発の再稼働差止め判決もあり、協議の難航は避けられないだろう。」と指摘する。
 さらに社説は、「電気料金の再値上げは窮余の一策だが、消費税10%への引き上げを控える政府が関単に認めるとは考えられない。コスト削減の余地も狭まっている。
 国会で電力システムの改革法が成立し、地域独占にあぐらをかいてきた電力各社は今、自由化の入り口に立っている。
 関電の総会で橋下徹市長は「経営陣は失格だ。自由化に耐えられる会社ではない」と経営の刷新を求めた。東京電力のかじ取りを任された数土文夫会長も「従来の経営手法を大胆に転換する」と強調している。見通しの立たない原発頼みの経営を脱却し、電力改革に正面から取り組むことで、消費者である家庭や企業の期待に応えるべきだ。」と締めくくった。
 社説の指摘のように、「電力システムの改革法の成立」、「福井地裁による大飯原発の再稼働差止め判決」、「大阪市、京都市の脱原発提案、神戸市の脱原発姿勢」、等、これらを無視して「原発再稼働」で政府と足並みをそろえることは、各電力会社を危うくすることになるような気がするが?
 企業は、反社会的存在(大阪市、京都市、神戸市の意見を無視して)では永く継続できないのではないでしょうか?
 市民・消費者・顧客の意向に反する商売が、永く続かないのではないか?
 政府の役人は税金で給料をもらっているし、政治家に責任を追わせれば、路頭にまとうことはありませんが?電力各社は、独占ですが、民間会社ですから?経営陣には、方針の誤りから、ゆめゆめ職員を路頭に迷わすことのないことをお願いしたい!!
 
 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-30 07:23 | 東京新聞を読んで | Trackback
 6月29日(日)、雨。風なし、人少なし。
 毎朝の手賀沼散歩、入りの柏公園5時10分。静か。
 傘をさして、樹が枝を横に伸ばし、トンネルを作ってくれる、 木の枝のトンネルを抜けると、大堀川河口だ。
 川岸を歩く。水面にはハクチョウの親子6羽が遊んでいる。岸辺の土手には、藪の中で、白い小さな「鬼ナス」の花が盛りだ。
 柏下の水路沿いの草原を通り、機場の林へ。入って直ぐケーンとなくキジの声。声の方へ目をやれば、畑の真ん中にキジがいた。それに気を取られていたら、目の前の林の木陰に、キジの雄がいた。手を数回振ったら、ケーンと鳴いてくれた。手を振って二匹にバイバイ。
 また、樹の間を傘をさして歩くと、樹の葉から、ハグロトンボ3匹がヒラヒラ。
 戸張下の機場の林で、もも上げ体操。
 戸張下の水路沿いの草原を、ツバメと一緒に、ヒドリ橋まで歩く。
 途中、休耕田の葭原に、ヨシキリが盛んに鳴いてくれる。姿を確認できたヨシキリには、手を振って感謝感謝!!。水路の中に置いた「稲の捨て苗」が、流されて浮いているのを発見。すぐに拾って、水路壁の内側の水たまりに移植。
 ひどり橋近くの農道で、キジが鳴いた。手を振ったら、頭を下げて、どんどん遠ざかって行った。
 ひどり橋、横の柵を使って、腕立て伏せ、スクワット。対岸の先の、大井の森から、ホーホケキョとウグイスの声が聞こえた。
 帰路も水路沿いの草原を、ミミズを探しながら歩く。
 柏下の水路では、雨のしぶきのため、メダカの赤ちゃんは見えない、その水面をシオカラトンボが5匹、スイスイと飛んでいた。雨にも負けず。
 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 16:20 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 6月24日東京新聞社説に、「「言論の府」劣化を憂う」の見出しで、通常国会のことが載った。今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「昨年とは様変わりである。衆参ねじれ状態解消後、初めての通常国会が終わった。法案の成立率は上昇したが、審議の形骸化も目立つ。暮らしを最優先に、との国民の期待に応えたとは言えない。
 97.5%。安倍内閣が22日に閉会した通常国会に提出した法案の成立率である。成立率が90%を超えたのは、国会がねじれ状態となり前、第一次安倍内閣当時の2007年以来、7年ぶりだ。
 法案成立率の高さは、一つの目安ではある。しかし高いからと言って、充実した審議が行われたとは限らない。「決められない国会」も問題だが、「決めてはならないことを決めてしまう国会」もまた、問題なのだ。」と切り出した。
 つづけて社説は、「議員提出分も含めて成立した法律には、高齢者の負担増となる地域医療・介護総合確保推進法、首長の権限を強める改正地方教育行政法、憲法改正の手続きを定めた改正国民投票法、特定秘密を監視する審査会を衆参両院に置く改正国会法などが含まれる。
 これらは国民の暮らしや国の在り方に関わる重要な法律だ。審議は衆参両院で多数を得た与党ベースで進んだが、国民にその利点や問題点を明らかにした上で、議論を尽くしたと言えるだろうか。
 非協力的な野党を切り捨て、協力的な勢力は味方につける。数の力で持論を通そうとする安倍晋三首相率いる自民党政権の政治手法があらわになってはいまいか。
 極めつけは「集団的自衛権の行使」を政府の憲法解釈を変更して認めようとしていることだ。戦後日本の「国のかたち」を変えてしまう重要問題であるにもかかわらず、与党内の調整ばかりに力を注ぎ、国会審議をないがしろにするとは何ごとか。」と指摘した。
 さらに社説は、「国会審議の形骸化の責任は与党だけにあるわけではない。特に、民主党は野党第一等の責任を果たしているとは言い難い。安全保障など、徹底した党内議論で政策をまとめ上げる気迫がなければ、政権側に足元を見透かされてしまう。
 いわゆる第三勢力も、日本維新の会は分党を決め、みんなの党は「政治とカネ」の問題で党首が後退した。野党の内紛、弱体化は政権与党を利するだけだ。」と指摘した。
 最後に社説は、「言うまでもなく、国会は国権の最高機関だ。いくら議員内閣制とはいえ、国会が首相官邸の思うがままであってはならない。「言論の府」としての誇りと責任感、民主主義を全うする使命感を、与野党ともに取り戻すべきである。」と締めくくった。
 社説が「「言論の府」としての誇りと責任感、民主主義を全うする使命感、を与野党ともに取り戻すべきである。」との指摘は、全面的に共鳴する。
 議員がたとえ一人でも、現在の特権をフルに活用し、特定秘密法の廃止、集団的自衛権行使反対、原発再稼働反対、で必死に直接国民に訴え、国民世論を動かす、「盥の水をかき回す箸」になる人はいないのだろうか?
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 13:41 | 東京新聞を読んで | Trackback

孫たちの恐怖

 6月24日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ルポライターの鎌田慧氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「南北朝鮮の軍事国境線近く、韓国陸軍部隊で発生した22歳兵士の反乱は、韓国映画のアクションドラマのようだ。
 大学1年で徴兵され、「部隊に適応できない要注意兵士」だった(本紙)が、9月に除隊予定だった。彼にとってどれほど兵役が負担だったか、解放される日をどれほど待ち望んでいたか、想像するだけでも胸が痛い。親たちは息子の暴発に驚愕していると思う。」と切りだした。
 つづけて筆者は、「韓国軍はこれまで2度も、乱射事件が起きているという。いじめが原因で兵士が自殺するケースは、「世界の憲兵」として、世界で嫌われている米軍に、これから支配されそうな自衛隊でも珍しくない・
 イラクから帰国した自衛隊員が、PTSDで自殺する事件もあった。武器を持たされ、人殺しを強制させられる軍隊生活や血みどろの戦争は、並みの神経の人間には耐えがたい。 韓国反乱兵の顛末はどうなったか、この原稿の締め切りの段階では、まだわからない。韓国は死刑を実施していない国なので、無事のまま拘束されることを祈りたい。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「安倍首相は孫のことなど考えなくてもいいのだろうが、高村さんや石破さん、麻生さんなど、戦争に前のめりの政治家たちに、自分の孫を戦争に参加させるかどうか聞いてみたい。どうせ志願するのは貧乏人の子弟だけと達観しているのだろうか。」と締めくくった。
 自分にも孫がいる。来れば一緒に風呂にはいってくれる。  
 釣りに入ったり、散歩したり、利根川の土手で春先に段ボールで滑ったこともある。
 今では、中学生になった孫から送られてきた「自我像」をみながら朝の体操している。
 孫たちの写真をみながら、毎日家から出、入る。
 自分と息子たちが、戦争に駆り出されないために、護憲運動を始め、続けた。いらい、52年。
 今は、孫たちの世代が戦争に駆り出されないために、何ができるか?まずは、平和憲法を世界へ未来へ送り届けることで、できることは限られているが、何でもしなければ、と思った。
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 13:13 | 東京新聞を読んで | Trackback

復活する人種差別

 6月22日付東京新聞朝刊社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「私が物心ついて初めて米国を訪れたのは1961年のことだった。ニューヨークでしばらく過ごした後、ワシントンへ向かう途中、ハイウエーバスが休憩に止まったサービスエリアでレストランに入ろうとして凍りついた。
 「カラード(有色人種)」「ホワイト(白人)」と入り口が二つに分かれていたのだ。
 私はどっちに入るべきなのか戸惑っていると、一緒に旅行中の白人が私の腕を引っ張って言った。
 「キミはボクラと一緒でいいんだ。」
 バスは米国を南北にわけるメーソン・デクソン線を超えて南部のデラウェア州に入っていたのだ。
 南北戦争の結果、奴隷が解放された後も、南部の州ではいわゆる「ジム・クロウ法」が制定されて、あらゆる場面で黒人が差別されていた。
 その3年後に公民権法ができ、米国の人種差別は制度的には禁止されることになったわけで、来月2日にその制定50年目を迎える。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「しかし、米国では最近「差別の復活」ということがいわれるようになってきた。
 「今、米国の学校はキング牧師が公民権のために闘っていた当時と同じように人種が隔離されてしまっています。」
 ミシェル・オバマ大統領夫人は先月、カンザス州トピカにある高校の卒業生表彰式の来賓演説でこう述べた。
 すでに「白人専用の学校」や「黒人だけの学校」というものは存在しないのだが、白人が集中する学校や黒人が大半を占める学校が米国中に増えている。
 ニューヨーク州の場合なら、白人の多い学校で黒人生徒は平均6%しかいない。一方、黒人が主に通う学校の白人生徒の割合は平均17%にすぎない。
 その原因は、住宅地が人種的にはっきりと分かれてきたためと分析される。豊かな白人層は都市部を嫌って郊外に移り住み、その結果、郊外の学校には白人の子弟が集中する。都市部の学校には黒人の子弟が取り残された形で集まってくる。
 問題は白人が多い学校と黒人が多い学校に学力差があることだ。その結果、黒人生徒の進学率も相対的に低く、その先の就職でも大きな差が出てくる。
 米国の失業率は改善が続き、今年5月の雇用統計では6.3%まで回復したが、その中で黒人は11.5%と高く、さらに16~19歳の黒人失業率は31.1%に達している。
 50年前に制定された公民権法によって、黒人大統領が誕生するまで米国社会はの意識は変わったのかも知れない。
 しかし、現実の生活では、人種間の格差は歴然と残っている。それが制度的なものによるわけでないことが以前より問題を複雑にしている、 米国の人種問題の解決はまだ道半ばだ。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった。クリントン大統領の時代にニューヨーク独り歩きをして、感じたことは、街中で見る人は「ほとんどカラード」だった。その後モスクワ独り歩きの時も、街中で見る人は「ほとんどカラード」であった。 そのとき、これからは、カラードと女性が主役の時代だと思った。
 その後、アメリカで民主党の大統領候補の席を、オバマ氏とヒラリー氏が争っていた。結果的に、オバマ大統領が誕生した。
 筆者の「50年前に制定された公民権法によって、黒人大統領が誕生するまで米国社会の意識は変わったかもしれない。
 しかし、現実の生活では、人種間の格差は歴然と残っている。」と指摘は、いくつか考えるヒントになった。
 1つは、どこの国でも、いつの時代も、制度的に恩恵を受ける人と、そうでない人の差ができるのは自然の成り行きだ。
 しかも、平和な時代が長く続くと、格差の「発生と継続」が制度的に、子孫に受け継がれ、何代にもわたって「格差」が固定することになるのは良くあることだ。
 この固定された「格差」は、誰かが「格差を生み継続する」制度を再構築しない限り、限りなく拡大するのではないか?
 そして、第二次世界大戦という「大破壊」から、70年の平和な時代を過ごした「国家・国民」は、おしなべて、地球的規模で、解決を迫られているのではないのか?
 アメリカ社会は、日本社会から見れば、人種問題という難題を持っているだけ、解決はかなり難しいのではなかろうか?
 二つ目は、日本における「格差」について考えさせられた。
 正規労働者と非正規労働者の誕生と、非正規労働者の増加。残業代ゼロ。株主配当の増加。等等は、アメリカ型格差社会を日本に導入することにならないのか? 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 11:37 | 東京新聞を読んで | Trackback

情報隠しの仕組み

 6月22日東京新聞1面に、「秘密保護法 言わねばならないこと」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、情報公開NPO理事長・三木由希子氏だ。
 筆者は、「安倍政権は閣議と閣僚懇談会の議事録を公開するようになった。録音せずに事務方のメモを基に原則3週間で公開している。だが、政府は公にすることより、国の安全が害される恐れがある情報などは議事録に残さず、公開しない。
 非公開情報を記録しない議事録は、議事録と言えない。記録が残っていなければ将来の検証や評価ができないからだ。政府は説明責任の意味を理解していない。
 こんな公開なら政権発足直後にもできたはずだ。特定秘密保護法成立の後で、しかも集団的自衛権の行使容認を閣議決定で決めようとしている今のタイミングで出てきたことに筋の悪さを感じる」と指摘した。
 つづけて筆者は、「公開すべき閣議・閣僚懇よりも、それに先立つ閣僚会議。ここで重要な政策を実質的に決定している。 
 議事録だけではなく、政府の意思決定に関連した文書類を一体的に管理することを義務付け、後に公開して検証を可能とすることが大事だ。」と指摘した。
 さらに筆者は、「政治に秘密はあると思うが、秘密保護法の特定秘密の指定の仕方は認められない。ある情報を非公開にするのは、非公開にする公益が公開した場合よりも高い場合であるべきだが、この法律にはそうした発想はない。政府の活動が必ずしも公益とは限らないのに、秘密を守ることそのものを国益と考えている。」と指摘する。
 最後に筆者は、「秘密と非公開の範囲を最小限にとどめるとともに、政府にとって都合の悪い情報を隠せる仕組みはやめるべきだ。せめて秘密にするのなら、その後の検証手段を確実に用意しなければならない。そうしなければ、それに関わった人は無責任の集合体になる。」と、締めくくった。
 「秘密保護法 言わねばならないこと」という、コメント欄をみる度に、東京新聞の根気強さを改めて知る。
 物忘れの激しいマスメディア界で、記憶喪失症にならず、「特定秘密保護法」をキジを通して追っかける姿勢は、読者としてうれしい。
 特定秘密保護法を、事実上施行不能に追い込むのが次の戦いだが、そのためには、マスコミも国民も「国家権力を無責任集団」にさせないぞ、これを成立させた「国会議員・政党」を忘れないぞ、というメッセージが「常時」世間に漂って居ることが不可欠の条件ではないか?
 筆者の「政府にとって都合の悪い情報を隠せる仕組みはやめるべきだ。せめて秘密にするなら、その後の検証手段を確実に用意しなければならない。そうしなければ、それに関わった人は無責任の集合体になる。」との指摘は、当たっていると思った。
 古今東西を問わず、「永久にばれないと思うと」、人という動物は、たいがい偏頗行為・不法行為・犯罪行為を犯しやすいものである。人間の性かもしれない。
 現に不幸な国民と、末は不運な為政者・役人を、日本国に誕生させないためにも、特定秘密保護法は廃止したいものだ。
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 10:30 | 東京新聞を読んで | Trackback
 6月27日付東京新聞社説に、「禍根を残さぬために」という見出しで、刑事司法改革が載った。今日はこの社説を学習することにした。
 社説は、「新しい刑事司法の在り方を考える法制審議会特別部会の議論が大詰めだ。冤罪をなくすという原点を忘れず、禍根を残さぬ着地点を見出してほしい。
 大きな焦点は、やはり取調べの録音・録画(可視化)の行方である。特別部会に対し、法務省が答申のたたき台となる私案の修正案を示した。可視化を義務付ける範囲について、裁判員裁判の対象事件に加え、特捜部など検察の独自捜査事件も入れた。
 裁判員裁判の対象事件は、すべての起訴事件の約3%にとどまる。検察の独自捜査事件は年百件程度だ。可視化の範囲は、まだ狭いと言わざるを得ない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「日弁連の委員からは、三人の裁判官で合議する重い罪を対象にする案が出された、人身売買や一部の誘拐事件、公文書偽造事件などが加わってくる。それでも全事件のうち約5%である。
 3%か5%かのどちら選択するか~~、そういう思考回路だと、可視化の意義から遠ざかるのではないか。 有識者委員である厚生労働次官の村木厚子さんや映画監督の周防政行さんらが強調するのは、原則として、すべての事件を対象とすることだ。
 特別部会で必ず実現せねばならないのは、3%案でも5%案でも、録音・録画を義務付けるよう刑事訴訟法を改正させることだ。
 そのうえで将来に向けて。全事件の録音・録画をめざすよう答申に明確に書き込むべきである。
 供述の信用性や任意性を明らかにするため可視化は必要だ。端的にいえば捜査機関に適正な取り調べを行わせるためだ。それは犯罪の種類を問わないはずである。
 検察は裁判員裁判事件などの可視化を10月から正式導入する。同時に犯罪の種類に関わらず、供述が裁判の争点になりそうな事件は、参考人聴取などを試行対象にする通知を出している。
 検察はもう後戻りできない。それに比べ、強い抵抗感を示しているのが警察だ。欧米諸国では可視化はもとより、取り調べでの弁護人の立ち会いも認めている。韓国や台湾でもそうだ。日本の警察がかたくなであれば、「不適正な取り調べ」が」横行していると疑われよう。裁判所も可視化されていない供述書は厳しく見て、証拠の価値も下がるだろう。警察の体質改善を図ってほしい。」と指摘した。
 さらに社説は、「特別部会では、捜査当局が強く求めていた捜査の“武器”も新たに導入されようとしている。
 1つは、司法取引である。
 もう一つは、通信傍受の拡大である。
 両方とも答申に盛り込まれる情勢だ。
 司法取引の有力案が「協議・合意制度」と呼ばれる。他人の犯罪を解明するため、操作に協力すれば、容疑者を起訴しなかったり、略式起訴にとどめたりする。
 被告人の場合は検察官が起訴を取り消したり、軽い刑に変更する仕組みだ。経済事件や組織犯罪などで用いるという。
 この司法取引で最も懸念されるのが、自分の利益のために、ウソを言う人が出ることだ。自分の刑を軽くしたい心理が働き、本当は主犯者なのに、共犯者を主犯者に仕立て上げる。事件とは無関係の人まで、共犯の仲間に引き込む危険さえある。
 諸外国では司法取引の前提として、重要証拠を開示する。日本の場合はそれが欠けており、弁護人は提案に応じるかどうか客観的に判断できないのではないか。取引する場合は、取り調べではないから録音・録画もされない。
 しかも、検察だけでなく、警察も司法取引ができる案だ。公訴の権限がないのに、どうして取引ができるのだろう。
不可解な点だ。
 米国で冤罪事件を調査したら、15%が司法取引によるものだったという。リスクの高い手法には大いに疑問を持つ。
 通信傍受は飛躍的に拡大することになるだろう。放火や傷害、恐喝、詐欺、窃盗・・・。実に広い刑を対象にしている。
 振り込め詐欺や集団窃盗の捜査に必要だというならば、それに限定した厳しい縛りをかけるべきである。現在、通信事業者の立ち合いが義務付けられているが、この制限も取り外される。そもそも犯罪が発生していない段階での盗聴を許すのか。捜査機関が通信傍受を乱用し、歯止めがなくなる恐れがあり、強く反対する。」と危惧を示した。
 最後に社説は、「特別部会の議論は三年近くになる。まとめ上げたい気持ちは十分に理解する。だが、冤罪防止のための可視化と、危険性が高い捜査の”武器“など、すべての案をセットにし、一括採決するつもりだ。 新時代の刑事司法制度を構築する大事な部会だ。一括採決ではなく、本来、それぞれ個別に判断すべきテーマと考える。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 記事で、時々見た「捜査の可視化」が「捜査の“武器”」とセットで、3年間も議論されてきたことを初めて知った。
 慎重に審議が尽くされてきたことは、理解できるが、社説の「疑問」は、被支配者の側から見れば、ごく自然な「危惧」のような気がする。
 為政者は、どうしてこうも「毒をオブラート」で包み、圧倒的多数の被支配者たる「主権者」に、飲ませようとするんだろう?
 為政者にとって、国民は、騙しやすく、騙されやすい、仔羊のような存在なのだろうか?
この社説を読まなければ、気がつかなかった。
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 09:48 | 東京新聞を読んで | Trackback

理念なき劣化した社会

 6月22日東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、立教大学大学院教授(哲学者)・内山節氏だ。今日はこの記事を学習することにした。
 筆者は、「いまから15年ほど前、群馬県の「新総合計画」の策定に加わったことがあった。「新総合計画」は5年ごとに全国の都道府県がつくっているもので、その県の基本計画のようなものであった。
 はじめに各地の「計画」を読んでみたが、どこの都道府県も同じような内容になっていた。先端産業の育成とか、高速交通網、高速通信網の整備、子ども達の生きる力を育むなどとともに、自然と共生する県づくりなどが並んでいた。
 どうして同じような内容になるのか、それは5年計画であることに理由があると気付いた。どの都道府県でも当面の課題を持っている。5年計画だとその当面の課題を列挙することになり、同じようなものになっていく。 この時の群馬の「新総合計画」では、5年計画をやめ、百年計画に変更した。百年後というと、いま生まれた子や孫が晩年を迎えているころである。だから子や孫が年を取って困らない群馬をつくるにはどうすればよいのか、それを考え方の柱に据えたのである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「5年から百年に計画期間を延長してみると、「つくる」計画が意味を持たなくなってしまった。たたとえば百年後にどんな交通手段や通信手段が用いられているのかが分からないわけだから、高速道路をつくるなどと言っても意味がない。百年後の社会の姿がわからない以上、「つくる計画」は立てようもないものである。逆に重要になったのが「残す経画」だった。社会がどんなに変わっても、これだけは残しておかないといけない、そういうものをしっかり残す計画に変わった。
 どんな社会になったとしても、自然は残しておかないといけない。二次三次産業は変わっていくだろうけれど、農業などの一次産業はしっかり残しておかないとうまくいかない。たとえばどんな社会になったとしても、コミニティーや本物の地域自治のかたちも残さなければいけないし、そして何よりも、さまざまな課題に対して考え続ける風土をのこさなければならない。もちろん残すためには、都市のコミュニティ―のように「つくって残す」ものもあるが、それは公共事業のようなものではないのである。
 百年計画の理念を想起し、それに基づいて県が事業計画を策定したものが、この時の「新総合計画」だったが、重要なのは、どんな時間幅で物事を考えていくのかだった。それによって見える世界が変わる。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「ところが今日の政治や経済は、極めて短期間の、いわば目先の利益ばかり追っている。百年後にも人々が平和を享受できるようにするにはどうしたらよいのか、というような発想はどこにもないままに集団的自衛権を強行しようとする。百年後にも通用する憲法の役割を考えるのではなく、解釈の変更だけで事実上の憲法改正をもたらそうとする。経済と社会の関係を考えることもなく、「成長戦略」と称して、原発の再稼働と輸出、武器輸出、観光客を呼び込むためのカジノの建設、法人税の減税などを進めようとする。」と指摘した。
 最後に筆者は、「おこなおうとしていることは、当面の政策でしかないのである。 これからの社会に対する理念がなくなっている。もっと長い時間幅で考えなければ、理念は生まれないのだから。私はそれは劣化した社会の姿だと思う。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった、刺激された。
 筆者指摘の、「5年から百年に計画期間を延長してみると、「つくる」計画が意味を持たなくなった。」、
「逆に重要になったのが「残す計画」だった。」は、大いに納得できた。
 また、筆者の指摘した、「百年後にも通用する憲法の役割を考えるのではなく、解釈の変更だけで事実上の憲法改正をもたらそうとする。
 経済と社会の関係を考えることもなく、「成長戦略」と称して、原発の再稼働と輸出、武器輸出、観光客を呼び込むためのカジノの建設、法人税減税などを進めようとしている。
 おこなおうとしていることは、当面の政策でしかない。」は、実に現状を正確にさらして見せてくれた、と思った。
 たしかに、この状況は、筆者の指摘通り、「劣化した社会の姿」なのだと思った。
 ただ、このままで、いいのか? 何か手だてはないのか?
 社会の劣化防止に効く、特効薬はないのか?
 筆者の頭脳に期待したくなった!!
 
[PR]
by sasakitosio | 2014-06-29 07:51 | 東京新聞を読んで | Trackback