憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 2月25日付東京新聞28面に、「こちら特報部」のページがある。中で、「「スパイの家族」呪縛今も」・「宮沢・レーン事件遺族「秘密法は危険」訴え」の見出しで、戦時中、北海道帝国大生・宮沢弘幸が軍機保護法違反罪に問われた」「宮沢レーン事件」。この「スパイ冤罪事件」に巻き込まれた宮沢さんの妹の秋間美江子さん(87)のことが記事に載った。
 筆者は、出田阿生氏だ。
 今日はこの記事を勉強することにした。
 記事は、「「特高警察が家に押しかけてきて、棒でドンドンと天井を突っつくんです。ほこりだけで、何もないことが分かっているのに。二、三日して、黒いコートの男たちが後ろをついてくるのに気づいた時は本当に気持ち悪くて・・・」
 美江子さんにとって事件は、本当に思い出したくないつらい出来事だった。米コロラド州在住。がんで五度の手術を繰り返し、主治医にも止められていたが、弘幸さんの追悼集会に出席するため帰国した。特定秘密保護法を廃止したいという一念からだ。」と切り出した。
 つづけて記事は、「軍機保護法違反罪に問われた弘幸さんは、懲役15年を科せられた。裁判は非公開。家族には何が罪に問われたのかも知らされないままだった。極寒の網走刑務所に投獄された弘幸さんは結核を患う。敗戦後の1945年10月に釈放され、療養したが、47年2月22日に衰弱死した。27歳であった。
 漏らしたとされた軍の飛行場などは、新聞などに報道されていた周知の事実だった。スパイはぬれぎぬだった。特高が外国語堪能な弘幸さんに目を付け、見せしめで検挙したのだ。当時、スパイは国賊扱い。うわさが広がり「家族まで殺されかねない雰囲気」だったという。14歳だった美江子さんにも、下校時に特高警察の尾行がつきまたった。
 その後、いくつもの縁談が壊れた。
 美江子さんは「二人の兄をなくした」と語る。弘幸さんが刑務所に送られた43年、慶応大学だった次兄の晃さんは、明治神宮外苑の陸上競技場で開かれた「学徒出陣」の壮行会で、在校生代表として壮行の辞を述べるはずだった。だが、別の学生に交代させられた。
 その後、晃さんは海軍航空隊に学徒志願して戦闘機のパイロットに。長崎に原爆が投下された直後、被害調査のため上空を飛行し、被爆によるとみられる白血病で、40歳の若さで亡くなった。壮行の辞を読めなかった屈辱については、生前、家族にも話さなかった。晃さんの死後、それを知った美江子さんは泣いた。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「事件との関係を隠すため、転居を重ねた。母とくさんが戦争協力団体「大日本婦人会」の活動に熱心に取り組んだのも、晃さんの学徒志願も、世間の偏見や迫害から逃れるためだったという。
 美江子さんはその後、結婚し、夫の仕事先の米国で、千人以上の日本人留学生を支援してきた。
 「家族で私だけが幸せに生きてきた」と話す。
 だが、「スパイの家族」の呪縛からいまだに逃れられないという。
 「今でも他人から疑われるのが怖い」と打ち明ける。」と、教えてくれる。
 最後に記事は、「秘密保護法も、第三者が「秘密」の妥当性を検証できない点では軍機密保護法と同じだ。
 冤罪の温床となりうる。何よりも恐ろしいのは、人間同士の信頼関係を破壊することだ。
 美江子さんは訴える。「聞くことも、話すことも自由な日本であってほしい。」」と、しめくくった。
 読んで、よく分かった。記事にあるように「何よりも恐ろしいのは、人間同士の信頼関係を破壊する」のが、生きにくい社会をつくることになる。今の平和と自由を守るために、秘密保護法は廃止しなければならない、との思いを強くした。
 
 
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by sasakitosio | 2014-02-28 20:07 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月28日(金)。曇り、天上の雲間に青空が見え、東の雲間からお日様の光がこぼれる。風少し、雨上がりの草原、人少し、釣り人一人。
 毎朝の手賀沼散歩。昨夜来の雨も上がり、草原はじくじく、ところどころ水溜りあり。草原を、柏公園、柏下の水路沿いを歩き、機場の林へ。機場の林で、イロハモミジが細い枝ばかりになっているが、その細い枝に、雨のしずくが「玉と結び」、しかも、枝に沿って「数珠つなぎ」になって、光る花のように見えた。楓の枝にも、樟の葉っぱにも、ユリノキの芽にも、露は結んでるが、イロハモミジの枝の細さと長さが、雨のしずくが「玉の露」となるに、絶妙にマッチングしているのかもしれない。
 機場の林で、鳥の声を聴きながら、体操。
 戸張下の水路沿いの草原を歩く、昨夜来の雨で、水路の水は澄んできれいだ。雪柳も芽も、赤い色から、緑色になって膨らんできた。
 ヒドリ橋のわきの柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。
帰路の土手には、桜の木が次々と花を開かせていた。白梅がまた、一本花を開かせた。
 紅梅は、近づくと風が香りを持てくる。
 帰路の戸張下の水路沿い、中ほどに来て、田んぼの畔に、羽ばたいてケーンとなくオスのキジあり。今日は鳴いてくれた。手を振ってこたえる。道々には、小綬鶏、小鳥、スズメ、ムクドリ、鴨、ダイサギ、百舌鳥、ヒヨドリ、カラス、実にいろいろな鳥たちとすれ違う。沼の散歩の楽しみの一つだ。
 柏下の水路沿いに入ると、対岸の畑の端に、オスのキジは壱羽、首を挙げ羽ばたいて、ケーンと一声、そして飛び立った。
 あすの朝は、4番目の孫、自分に一番似ている孫、の幼稚園のお遊戯会だ。ために朝早く車で出発。で、手賀沼の散歩は中止。
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by sasakitosio | 2014-02-28 17:01 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 2月27日づけ朝日新聞社説に、「NHK会長 報道トップの資質疑う」の見出しで、NHK会長の記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「報道機関の長が、現場を上から黙らせようとすることが、どれほど致命的なことか。
 報道陣としてのイロハのイの認識が、NHKの会長には欠けているのではないか。 そう疑わざるを得ない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「籾井氏は就任直度に、理事10人全員に日付を空欄にした辞表を提出させていた。理事全員が国会でその事実を認めた。
 あらかじめ辞表を書かせる。
 それは自分に従わなければいつでもクビにできると宣言し、異議を唱えられないように理事らを縛ることを意味する。
 メディアトップとして、最も慎むべき行いだろう。
 放送法は「放送の不偏不党」と「健全な民主主義の発達に資する」ことを目的に掲げる。その実現に一番大切なのは、異論を封じないことである。
 まして視聴者の受信料で営む公共放送には、多様な声を尊重する姿勢がとりわけ求められよう。組織内の異論に耳を傾けられない人が、世の中の少数意見に目配りなどできまい。」と厳しく指摘した。
 さらに社説は、「NHKの理事会は、番組内容が放送法や番組基準に照らして適切かどうか報告を受け、検討を行う。理事は報道や制作、経営企画などに携わってきた生え抜き幹部で、一般企業の執行役員のような存在だ。
 その首を会長が好き勝手にすげ替えられるとなれば、報道や番組作りの現場をどれだけ萎縮させるか。計り知れない。
 だからこそ放送法は、会長による理事の罷免は「職務上の義務違反その他」の非行があるときなどと制約を課している。
 籾井氏は自分への絶対服従が理事の義務と考えているのか。
 理事が自ら辞めた形にすれば、法の制約は受けないと考えたのか。どのみち見すごせない。」と指摘した。
 さらに続けて社説は、「籾井氏は就任会見で、特定秘密保護法や領土問題、靖国神社参拝などについて政府に寄り添うような発言をし、のちに撤回した。そこらが経営委員会で糾されると「私は大変な失言をしたのか」と開き直った。
 批判をかわすためだけに撤回し、真意と違うことを報道されたと責任転嫁する。見事までに失言政治家とそっくりだ。
 経営委員会はきのう籾井氏に言動を慎むよう求めて2度目の注意に踏み切った。強い危機感の表れだろう。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「籾井氏や経営委員ら、外部から登用された上層部の言動が、現場の築いてきた信頼を危うくしている。職員らには迷惑このうえあるまい。その責任をどう考えるのか。
 公共放送を率いる資質はあるのか。
 籾井氏は胸に手を当てて考えるべきだ。」と締めくくった。
 実に厳しい、社説の指摘だ。が、現状は、社説の指摘の通りだと思った。人間には、自分の社会における「位置」から、周囲との「距離」を測れる人と、それができない人がいる。
 とくに、社会的に成功したといわれる人ほど、自己の成功体験を「肯定」する考え方から抜け切れないものだからかもしれない。
 本人の自覚のない状態は困りものであるが、「私器」の長なら許されることが、、「公器」の長ではやってはならないことがあるのではないか。
 株式会社は、特にオーナー会社は、社長の考えたことが「絶対」だがそのかわり、会社が世間から見放され「倒産」しても、社長の負担と責任で済む。
 しかし公共放送は、会長個人のものではない、社会全体のもの「公器」だ。会長の考えが「絶対」ではないのは当然だし、会長も「法律」に従わなければならないのは当然だ。
 そのことの自覚と実践が、成功とともに、年齢とともに、ゆるくなるなるのは老化という普通の人間の特質だが、NHKの会長が「普通の人」であっていいはずがない、と考えた。
 
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by sasakitosio | 2014-02-28 08:05 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 2月23日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ソウル大学国際大学院教授・パクチョルヒ氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「日韓の摩擦を目の当たりにする米国の心境は複雑である。 アジアへの復帰を実りあるものとし、再均衡戦略を実現するためにも日本と韓国の協力は不可欠だ。しかし、肝心の両国は現政権発足から一年たった今でも一度も首脳会談を開催していない。
 二〇一三年上半期の安倍内閣の閣僚による靖国参や有力政治家の慰安婦問題に関する問題発言などを受け、米国は日韓関係改善のため日本側に自制を促した。
 一方、秋口には国際会議で日本側との対面を避ける韓国大統領の様子を見て、米国は韓国の頑固な姿勢が問題の根源だと考え、韓国に相当な圧力をかけた経緯がある。
 韓国の世論さえも日韓関係をこれ以上放置すべきでないと首脳会談の糸口を探っていたところ、安倍総理は靖国参拝を強行した。そのつけは日本の方に回り、本来ならダボス会議などで行われるはずであった日韓首脳会談は水の泡となった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この状況を見て米国は再度日韓関係改善に乗り出した。2月13日、韓国を訪れたケリー国務長官は「過去の歴史を克服し両国の関係を改善するのは日韓両国の責任である」とただした。また「過去の歴史問題に関して両国が受け入れられる解決方法の模索に私も協力する」とまで言い切った。4月下旬に、日本だけを訪問する予定だったオバマ大統領が韓国にも立ち寄ることになった。どちらかだけを訪問した場合、不必要な誤解を招く可能性があると判断したからであろう。そこまでして米国は日米韓の協力体制の復元に真剣に取り組んでいる。米国にとって韓国と日本はともに重要な同盟国であり、東アジア戦略の要である。」とも教えてくれる。
 さらに筆者は、「しかし、米国の圧力と説得だけでは日韓関係の改善は困難である。日本と韓国自らが協力関係を回復する理由と名分を探らなければならない。
 日韓共に問題の根源が自国にもあるという自覚がない限り、必要以上に相手を挑発する流れは変わらない。その意味で日韓には次のような反省が必要である。
 まず日本は過去韓国に植民地支配と侵略の被害を与えたことに対し、真摯な反省の念を持たなければならない。日本の非を認ず、口うるさい韓国が諸悪の根源だという考えを口にする限り、韓国では批判の声が高まらざるを得ない。
 また日本には「中韓」とひとくくりに表現することを避けてほしい。中国と韓国を同一視すれば、韓国を日本から引き離したい中国の思うつぼになる可能性が高い。体制や価値観、生活様式、戦略的利益の多くを日本と共有する韓国をわざわざ中国側に追いやる必要があるだろうか。日本は中韓を差別化する戦略的視線を持つべきであろう。同時に日米韓は共に自由主義的国際秩序を堅持する同志であるという認識に立ち返るべきである。
 一方、韓国には節度と均衡間のある外交がもとめられている。韓国が中国と日本のはざまでバランスを失ったような外交に終始する限り、偏った外交と批判されても仕方がない部分がある。東北アジア平和協力外交を実践するためにも日本の協力は不可欠である。
 また歴史問題の重要性を踏まえた上で、そのために日韓関係のすべてを犠牲にすべきではないという幅広い視野を持つべきであろう。」と、日韓両国に冷静な対応を促した。
 最後に筆者は、「日韓の協力は東アジアの安定・安全・安心のための要である。冷戦型の封じ込めのための協力ではなく、長い目で価値観の違う国々とも安定した関係を結ぶための「抱擁の連合」の構築を目指すべきである。」と、結んだ。
 読んで大変勉強になった。
 とくに、筆者の「抱擁の連合」は、いい考え方だと思った。
 筆者の忠告を、日韓両国の関係者が、よく理解し、実践してほしいと思った。
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by sasakitosio | 2014-02-27 17:21 | 東京新聞を読んで | Trackback

キジの雄、三か所で発見

 2月27日(木)。曇り。お日様全く見えず。風なし、霜・霜柱なし、人少なし、釣り人なし。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時半。明るいが、お日様全く見えず、厚い雲に全天おおわれている。近頃珍しい。
 小鳥のさえずりを聞きながら、公園の広場から、柏下の水路沿いに草原を歩く。耕作した後の畑に今日は、キジが見えない。いないものと思って歩いていると、樹の陰から、ひょいと畑に現れた。手を振っても、もくもくと畑の土をつついている。
 機場の林で、小鳥の声を聞きながら、体操。
 戸張下の水路沿いの草原を、きょろきょろ歩く。水路の土手に立つ柳の綿帽子、その綿帽子の前後から「緑の芽」が出ている。柳の若葉が出始めた。
 ひどり橋に近い、田圃でキジの雄がケーンと鳴いた。手を振ったが、首を縮めて、急ぎ離れていった。
 ひどり橋近くの樋管の入り口に、ダイサギ一羽、いったん飛んだが、また戻ってきて、水の中に立った。
 橋のそばの沼側の柵を使って、腕立て伏せ、屈伸運動。
 帰路、土手の桜の花を確かめながら歩く。今日もまた、一本の桜の木に、花が開いた。紅梅の香りは、樹の周りに漂い、白梅は花に鼻を近づけて香りを楽しむ。水仙の花は、地面近くに咲いているので、膝まづいて、花に鼻を近づける、強烈な香りで脳みそがしびれそう。
 帰路の水路沿いの草原、戸張の田圃で、畔を歩くキジの雄を発見。今日は、三か所でキジの雄にあった。  縄張りの範囲内か。歩く道々、小綬鶏やムクドリが前を横切る。
 公園近くの草原では、犬の散歩に出会う。多くの犬の中には、なぜか、いつも、私をジーと見つめ、向かってほえる元気者がいる。
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by sasakitosio | 2014-02-27 13:22 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

さまよえる亡霊

 2月25日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「まるで「朕は国家なり」だな、と首相の尊大さにあきれている。四百年も前のフランス王のように勝ち誇っている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「東京都知事選に勝つと案の定、安倍晋三首相は早速「集団的自衛権」の行使を容認する考えを強調した。調子に乗って、「最高責任者は私」と言い放った。「閣議決定も思うまま」と考えているようだが、今は絶対王政の時代ではない。
 安倍さん「国権の最高機関は国会」(憲法41条)をお忘れですか。
 あなたは支配に都合悪い事実が漏れるのを厳罰で防ぐ、「特定秘密保護法」の採決を強行した。
 憲法の番人・内閣法制局長官の首を自分の言うことを聞く人間にすげ替えた。
 「公共放送」NHK会長や経営委員会に、自分に忠誠を誓うメンバーをいれた。
 その上での「最高責任者は私」の傲慢発言だ。」と怒りの指摘をした。
 最後に筆者は、「憲法を勝手に解釈し、「集団的自衛権の行使」は「必要最小限の実力行使」(戦争)に含まれると、首相が任命した「私的諮問機関」の北岡伸一座長代理が語っている。
 戦争を始める条件とは、「密接な関係に国が攻撃を受けた場合」「放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合」などで、これではいつでも勝手に戦争ができる。
 戦後の平和教育は「マインドコントロール」だったとは、安倍さんの朕理論だ。祖父時代の亡霊がまださまよっている。」と締めくくった。
 筆者の指摘しているように、いつでも勝手に戦争ができるとすれば、実に怖い話だ。それが現実化したら、若者の就職難のおり、知り合いに孫が自衛隊に入った人がいるが、かわいそうすぎる。
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by sasakitosio | 2014-02-27 07:47 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月26日(水)。快晴。東の空に靄あり、手賀沼に靄立ち上りる。草原に霜降り、地表に霜柱たつ。風なし、人少し、釣り人あり。
 入りの柏公園6時半、東の空に、黄色い太陽、まん丸。
 柏下の水路沿いへ、土手を降りると、先の耕作したての畑の端に、キジの雄の姿があった。近づいて手を2、3回振ったら、かのキジ君羽ばたいて、ケーンと鳴いてくれた。手袋したまま手を挙げて、拍手拍手!!
 草原は降りた霜が、お日様の光りで、銀の砂をまいたように、きらきら光る。
 機場の林で、小鳥を見ながら、体操。
 戸張下の水路沿いの草原をあるく。排水路が沼へ落ちる交差点に、秋の大雨の際に草が堆積し、水の流れが止まっていたところが、浚渫されていた。二か所とも。
 草原のキラキラをみながら、ひどり橋まであるく。途中、水路にダイサギが立つ、少し遠回りして手を振る。
 キジが田圃の畔で鳴く、手を振ったが、このキジは首を縮めて急ぎ足で、離れてゆく。
樋管の田圃側に、釣り人ひとり。
 帰路、ひどり橋の脇、沼側の柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。
 土手の桜を、一本一本蕾の膨らみ具合を見ながら励ます、また一本花が咲いた。白梅も、水仙も元気だ。
 帰路の草原、お日様に光るキラキラ。振り返ってみれば、瑠璃色に光る「草の葉の露」ときどきあり。しかし、過日のにぎわい、今日はなし。
 機場の滝の水が、すこし澄んできた。
 柏下の水路沿いの草原、草原に輝く「霜」の輝きを見ながら歩いていると、後ろでキジの羽ばたきと鳴き声がした。見れば対岸の田圃のあぜでに、行きにも鳴いてくれた,キジがいるではないか。
 キジに先に声をかけられたか!手を振って、さよなら、さよなら、ありがとう。
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by sasakitosio | 2014-02-26 17:22 | 手賀沼をたのしむ | Trackback
 2月22日付朝日新聞社説に、「安倍外交 孤立への道を進むのか」との見出しで、安倍内閣の外交問題が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「「日米の絆を取り戻す」安倍外交が掲げる外交政策の柱が傾きかけている。しかも、首相自身の手によって。
 オバマ大統領訪日を控え、安倍政権はその深刻さを正面から受けとめるべきときだ。」と、切り出した。
 つづけて社説は、「きっかけは、昨年末の首相の靖国参拝だった。
 首相は参拝に当たり「戦争犠牲者の御霊を前に、不戦の誓いを堅持していく決意を新たにした」との談話を出した。だが、米国が突き付けたのは「失望した」という声明だった。
 この声明への激しい反発が、首相側近とされる自民党の議員から吹き出ている。
 衛藤晟一首相補佐官は「我々の方が失望した。米国は同盟関係の日本を何でこんなに大事にしないのか」と語った動画を公開した。
 萩生田光一・自民党総裁特別補佐は「共和党政権の時代にこんな揚げ足をとったことはない。民主党政権だから言っている」と講演で批判した。
 また、首相が任命したNHK経営委員の百田尚樹氏は、東京裁判について「(米軍による東京大空襲や原爆投下を)ごまかすための裁判だった。」と東京都知事選の際に演説した。
 米国務省は「不合理な示唆だ」と反論した。日本はサンフランシスコ講和条約でこの裁判を受諾した。当然の反論だ。
 解せないのは、一連の言動を「個人の発言」「放送法には違反していない」と繰り返す首相や官房長官の姿勢だ。
 こんな言いつくろいが世界に通じるわけがない。きっぱりと否定しなければ、首相の本心を周囲が代弁しているととられても仕方がない。」と指摘もした。
 さらに社説は、「首相はこのところ、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈の見直しに前のめりだ。
 集団的自衛権はもともと米国が後押しし、昨秋の日米外務・防衛担当閣僚会合では、容認に向けた政権の動きを「歓迎する」としていた。
 ところが、歴史認識に真摯に向き合わない首相らの姿勢は、むしろ米国のアジア戦略の撹乱要因になっているとの見方が、米国内で急速に広がっている。
 先日日本を訪れた米下院のロイス外交委員長は、首相の靖国参拝について「中国を利することになると心配している」と日本の議員団に語った。ロイス氏は、首相側近が批判した民主党ではなく、共和党の議員だ。
 こんな忠告をしてくれる友人がいる間はいい。異なる見解を排除するだけの外交姿勢はこのへんでやめにすべきだ。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。安倍首相を取り巻く、人材の異様さだ。
 このままでは、日本がアジアからもアメリカからも見放され、国際社会で「孤立する」危険があるのではないか。また、日米安保条約を廃棄する腹があっての、アメリカ批判と思われても、仕方がないくらいの、勢いのような気がするが、だいじょうぶか?
ここは、自民党の「自浄能力・自治能力」に、まずは期待したい。
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by sasakitosio | 2014-02-26 13:16 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 2月21日東京新聞社説に、「友人の忠告に耳を傾けて 揺らぐ日米関係」との大見出しで、「色あせた「同盟復活」、政権に足りぬ危機感、、、絶えず「手入れ」必要」との小見出しで、このところ心配な日米関係のことが社説に載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は。「安倍政権内の一部にある「本音」が、思わず出たということだろう。衛藤晟一首相補佐官が動画サイト「ユーチュ-ブ」に投稿した国政報告である。
 昨年12月、安倍首相の靖国参拝に「失望」を表明した米政府にたいして、衛藤氏は「むしろわれわれが失望した」と批判した。
 管義偉官房長官の要請で投稿を削除したものの、当初は「何が問題なのか」とつっぱなていた。
 日米関係の強化は、安倍政権にとって「金看板」だったはずだ。
 三年余りの民主党政権時代に傷ついた日米「同盟」関係を修復し、深化させると大見えを切った。
再登板後はじめての訪米となる昨年2月、首相はオバマ大統領との首脳会談後、「日米同盟の信頼が完全に復活した」と宣言した。
 ところが今、米政府や連邦議員から聞こえてくるのは、首相の靖国参拝に対する不満や、歴史認識に対する懸念がほとんどだ。「同盟復活」はすっかり色あせた。」と切り出した。
 つづいて社説は、「安倍政権は、その是非は別にして、集団的自衛権の行使容認や日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直しを通じて、日本の軍事的な役割分担を増やそうとしている。米海兵隊の新しい基地を沖縄県名護市辺野古に建設する手続きにも入った。
 「同盟」関係の強化へ安倍政権が「努力」しているのに、なぜ米国は首相の靖国参拝を了としないのか、オバマ民主党政権はアジア・太平洋地域を重視するリバランス(再均衡)戦略を掲げながら、行動が伴わず、日本よりも中国を重視しているのではないか・・・。そんな不満が、首相官邸と自民党内の一部にあるのだろう。」と指摘した。
 さらに社説は、「日米両国にとって、アジア・太平洋地域の安全保障上の懸念は、中国の軍事的な台頭と核・ミサイル開発を進める北朝鮮の動向だ。
 脅威を高めないためには、中国に自制を促しつつ無用な刺激を避け、安全保障体制の要となる日米韓三か国の結束が必要だと、オバマ政権は考えているのだろう。
 米側が指摘するように首相の靖国参拝は、中韓両国に歴史認識をめぐる日本批判の口実をあたえ、「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動」(在日米大使館声明)だったことは否定できない。
 オバマ政権は冷え込んだ日韓両国関係改善にも乗り出した。
 日米貿易摩擦の時のような「ガイアツ(外圧)」は心地よいものではないが、安倍政権に関わる人たちが、日米関係が重要であり、米国はかけがえのない友人だと、心の底から思うのなら、その忠告を突っぱねるのではなく、謙虚に受け止めるべきではないか。」と指摘した。
 さらに続けて社説は、「歴史問題は、安倍政権の命取りになるとして、一昨年くれの第二次政権発足後しばらく抑制的な対応だった。しかし、昨年夏の参院選で自民党が勝利し、「一強」支配を確立した後は、タガが緩み始めている。
 首相の靖国参拝に加え、NHKの経営委員に送り込んだ作家の百田尚樹氏は旧日本軍による南京大虐殺はなかった、NHK会長に就いた籾井勝人しは従軍慰安婦はどこの国にもあった、などと発言した。そして衛藤氏の投稿である。
 官房長官はいずれも「個人の問題」として沈静化を図ろうとしたが、問われているのは、安倍首相と政権の歴史認識そのものだ。危機感が政権には足りない。
 これらの言動は、サンフランシスコ講和条約が規定する戦後の国際秩序からの脱却を安倍政権が試みているから・・。そんな疑いの目が注がれているなら、米国も穏やかではいられまい。
 近隣諸国の過度の対日批判や挑発には毅然と対応しなければならないが、先の大戦や植民地支配を反省し、強いた苦痛には心を込めて対応する。
 その真摯な態度が、近隣諸国や米国の日本に対する懸念をとり除き、この地域に平和と安定をもたらす。日本自身が不安定要因になる愚を犯してはならない。」と指摘した。
 最後に社説は、「「同盟」関係はよく、ガーデニング(庭造り)に例えられる。手入れを怠れば、荒れてしまうという意味だ。首相の靖国参拝は、たとえ「親米保守」を自任する政権でも、対応を誤れば日米関係は簡単に揺らぐことを証明した。
 安倍首相や政権の面々は、友人の忠告に耳を傾け、独りよがりの態度を改めるべきだ。それが、近隣諸国との関係改善につながり、日米間のわだかまりを解消する。 四月にはオバマ大統領を真の友人として快く迎えたい。 これは決して米国のためではない。日本自身のためである。」と締めくくった。
 ガイアツは、社説の指摘のように「心地よいものではない」が、安倍政権に関わる人たちの「時代錯誤」「国家主義」は、一日も早く「卒業させて」ほしい。
 戦前の日本を肯定し、憲法を変えて、軍事国家にし、アメリカとも中国とも不仲になり、日本が国際社会から「孤立」するようなことがあっては国民の最大不幸だ。
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by sasakitosio | 2014-02-25 17:30 | 東京新聞を読んで | Trackback
 2月25日(火)。晴れ、東の空に靄あり。風少し、霜ほとんどなし、霜柱少しあり、人少なし、釣り人なし。
 毎朝の手賀沼散歩。入りの柏公園6時20分。東の空に、濃霧のごとき靄の中、深紅の太陽が出きって、大きなマン丸。
思わず写メール。公園の広場から、柏下の水路沿いの草原へ、水路沿いの木の上にモズがいた。おはようと声掛け、逃げない。機場の林に向かって、刻々と真紅を白く変化させながら登る太陽をみながら、歩く。
 機場の林で、小鳥の声、ヒヨドリの声を聴きながら、体操。
 戸張下の水路沿いを歩く、過日11匹の鮒を救出した「水路初めの水たまり」は、濁って変色している。私の救出を拒んだ3匹の鮒はどうしたか?
 お日様の光りで、草に降りた霜が光り輝く、と楽しみにしていたが、残念霜はほとんど草原に降っていなかったらしく、見ることができなかった。
 ひどり橋近くの樋管の入り口には、今日も、ダイサギが立って魚を狙っていた。
 橋に近い柵で、腕立て伏せ、屈伸運動。
 帰路の土手、また一本、桜が咲いた。白梅は次々と開花していた。水路沿いの草原を歩く。途中、水路の土手の樹に、モズが止まっている。後ろ向きで、細く長いしっぽを、くるくる回したり、上下に振ったりしている。思わずおはようと声をかけた。
 機場の着水井で、滝の濁り水を見ていると、水面に浮かんできた一羽のカワウ、なんと10センチ強の魚を咥えているではないか。かの鵜も、魚が大きすぎてか、何回も何回も飲み込む努力をしていた。この魚は利根川の木下の取水場から、導水管の中を何キロも流されて、ようやくお日様をあびるプールに着いたところだったろうに。魚にとっては不運、鵜にとってはラッキーか。
 
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by sasakitosio | 2014-02-25 11:27 | 手賀沼をたのしむ | Trackback