憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 1月31日(金)。晴れ、ほとんど雲なし。風なし、草に霜あり。人少なし、大津川河口釣り人3人。
 毎日の手賀沼散歩。入りの柏公園6時20分。草原には大型の小綬鶏三羽走る。月は見えねど東南の空に、金星輝く。金星を仰ぎながら、柏公園の広場、柏下の水路沿いの草原、機場の林へ。
 機場の林で、小鳥のさえずりを聞きながら、金星を見ながら、体操。
 戸張下の水路はじめに、フナが数匹ぷかぷか。草原をヒドリ橋まで歩く。途中で、日の出、真っ赤な太陽が、どんどん上がる。時に6時45分、まだ、金星は輝く。水路の田んぼ側の土手の斜面に、咲く、小さな花を2.3輪つけた水仙。
 ヒドリ橋の周りの川岸は、ヘラブナの名所。今日は釣り人3人あり。
 帰路、梅の花にあいさつ。香をいただく。緑道の土手をあるく、この暖かさで、いままで大地に這いつくばって、霜の寒さを耐え忍んでいた「草花」が、一斉に立ち始めた感がする。ダイロッパ(新潟の方言?)の芯、タンポポの芯、仏の座の茎、名を知らない草が、葉や茎を立て始めた気がする。春はそこまで来ているか?
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by sasakitosio | 2014-01-31 17:28 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
 1月28日付朝日新聞社説に、「NHKの新会長 あまりに不安な船出」という見出しで、NHK新会長の発言の記事が載った。今日はこの記事二学ぶことにした。
社説は、「公共放送のトップを任せられるのか。強い不安を感じる。
 NHK新会長の籾井勝人氏が就任会見で、政府の立場に寄り添うような発言を繰り返した。
 尖閣諸島・竹島などの領土問題で、一部経費を国が負担する海外向け放送による政府見解の発信強化に意欲を見せ、「政府が右ということを左というわけにはいかない」と述べた。
 安倍政権が世論の反対を押し切って成立させた特定秘密保護法も、「必要だとの政府の説明だから、とりあえず受けて様子を見るしかない」と語った。 
 だが一方で、議論を呼ぶような問題を取り上げる番組では「了解をとってもらわないと困る」と、会長としての方針も示した。現場を萎縮させる恐れはないのだろうか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「公共放送の先駆けである英BBCは、フォークランド紛争やイラク戦争で必ずしも英政府を支持せず、客観的な報道に努めた。時の政権から非難されたが、国際的な評価は高まった。
 NHKが向くべきは政府ではなく、受信料を納める国民の法である。放送内容が政府の宣伝ととられれば、海外での信頼もかえって損なわれよう。
 籾井氏は「放送法順守」を何度も口にした。大事なことは「健全な民主主義の発達」と明記された法の目的に照らし、社会の諸問題について、視聴者に多角的な視点や情報を提供することだ。その使命を果たす覚悟がなければ、会長は務まらない。」と、指摘した。
 さらに社説は、「籾井氏は個人的見解と念押ししたうえで、従軍慰安婦についても持論を展開した。「今のモラルでは悪いが、戦争をしているどこの国にもあった」とし、補償を求める韓国側の動きには「日韓条約で解決している。なぜ蒸し返すのか」と述べた。
 これには与野党から批判が相次ぎ、韓国でも反発を招いた。
大手商社での国際経験を買われての人選だったはずだが、いったいどうしたことか。
 昨年末の経営委員会では会長任命に先立ち「言葉の選び方に留意して」と注文されていた。籾井氏は昨日、「私的な考えを発言したのは間違いだった。」と釈明したが、早くも懸念が的中した形だ。」と、指摘した。
 最後に社説は、「NHKが自主自立を守るには不断の努力が必要だ。予算承認権を握る国会では、政治が干渉してくるリスクは常にある。会長はそれを率先して防ぐべき立場だ。自らの発言が審議対象になるようでは困る。」と、苦言を呈して、締めくくった。
 社説の言う通である。大手商社で国際経験を買われたとのことであるが、籾井氏のような「人権感覚」「国際感覚」で、外国人に接していたのでは、通常は「日本人・日本文化の宣伝」にはならないはずだ。また、公共放送の公器の認識に乏しく、人権意識の希薄な人が、組織の上に立つことは、公害である。社内的にも社外的にも。ここは、世論の力で、退場願うのが、国益にかなうのではないか?
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by sasakitosio | 2014-01-31 13:32 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 1月28日付東京新聞社説に、「NHK会長発言 公共放送の信頼損ねた」の見出しで、NHK会長・籾井勝人氏の発言が記事になった。
 今日はこの記事に学ぶことした。
 社説は、「そもそも適任だったのだろうか。NHK新会長、籾井勝人氏である。経済界からの就任だが、放送の役割を深く理解しているとは言い難い。公共放送の信頼を損ねたのなら、退場願うしかあるまい。」と切り出した。
 つづけて社説は、「籾井氏は、NKKが従うべき放送法第一条の「目的」に掲げられた「不偏不党」の意味を取り違えてはいないか。例えば、昨年暮れの臨時国会で与党が強行可決した特定秘密保護法である。
 籾井氏は記者会見で「一応(国会を)通っちゃったんで、言ってもしょうがない。政府が必要だというのだから、様子を見るしかない。昔のようになるとは考えにくい」と述べた。
 同法は、防衛・外交など特段の秘匿が必要とされる「特定秘密」を洩らした公務員らを処罰に処す内容だが、法律の乱用や人権侵害の可能性が懸念されている。
 にもかかわらず「昔の(治安維持法の)ようになるとは考えにくい」と言い張るのは、一方的な見解の押し付けにほかならない。
 秘密保護法を推進した安倍晋三首相側への明らかなすり寄りで、もはや不偏不党とはいえない。
 首相の靖国神社参拝も同様だ。
 籾井氏は「昔の人は「死んで靖国に帰る」と言って心を慰めた。千鳥ヶ淵(戦没者墓苑)ではだめだという人が大勢いる」と述べた。
 賛否が分かれても、時の政権の主張に唯々諾々と従うことを、不偏不党と考えているのだろうか。
 さらに、籾井氏は「従軍慰安婦は今はモラルでは悪いが、現実としてあった。戦争地域ではどこでもあったこと」とも語った。
 女性の人権を著しく蹂躙した従軍慰安婦の存在を、戦争中という理由で肯定的にとらえるのは、公共放送のトップとしての見識が疑われても仕方があるまい。「個人の発言」では済まされない。」と、厳しく指摘した。
 最後に社説は、「心配なのは、籾井氏の会長や安倍内閣寄りの委員が加わった経営委員会の考え方を忖度し、制作現場が委縮したり迎合したりして、放送内容が政権寄りに改変されることだ。
 NHKは視聴者の受信料と信頼で成り立つ、民主主義国家たる日本の公共放送だ。どこかの専制国家の国営放送のように、権力側の言い分を押し付けるのなら存在意義はない。
 良識あるNHKの職員には奮起を促したい。放送法第一条「目的」の三項にはこうある。「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。」」と締めくくった。
 社説の主張・指摘の通りだと思った。 
 籾井氏が、財界の中で公器である「NHKの会長」にふさわしいとして選任されたわけだが、財界で名を成した人は会社に利益をもたらし続けたことだろうが、国民全体に奉仕したわけではない。
 だから、人選に無理があったのではないか?
 社説が心配しているように、会長や経営委員会の考え方を忖度し、制作現場が委縮や迎合したりして、放送内容が「不偏不党」に欠けるよう恐れが十分ある。ここで、思い出すのは、ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」という言葉だ。
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by sasakitosio | 2014-01-31 08:03 | 東京新聞を読んで | Trackback

デミトロフ

 1月28日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことのした。
 筆者は、「「デミトロフ」といっても、チョコレートやケーキの名前ではない。ましてや「テルミドール」のような料理でもない。東欧ブルガリアの政治家である。
 私など老輩には、デミトロフは「獅子吼」という言葉とともに思い起こされる。獅子吼といえばデミトロフである。
 ゲオルギー・デミトロフは、1933年2月のドイツ「国会議事堂放火事件」の容疑者として逮捕された。が、ナチスの共産党弾圧を引き出すための、自作自演のでっち上げだった。ナチスの法廷に引き出されたデミトロフは徹底的に陰謀を論証して、翌年には無罪を勝ち取っている。
 しかし、名前が記憶されているのは、国会放火事件によってではない。その2年後に行われた「コミンテルン大会」での演説である。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「彼は独善的で公式的、現実に全く通用しない、排他主義的な同志たちを批判、大胆な反ファッショ統一戦線の結成を呼び掛けた。
 ナチスと対抗するための、多様で広範な、民主主義のための共同行動を熱烈に訴えた。その情景が「獅子吼」として語り継がれている。」と、教えてくれる。
 最後に筆者は、「戦争に向かおうとしている、いまのこの危機的な状況にもかかわらず、広く手を組んで共同行動に立ち上がらず、あれこれ批判を繰り返している人たちに訴えたい。いったい敵は誰なのか、と。」と結んだ。
 読んで、 デミトロフの「コミンテルン大会」での演説が、録音でもあれば聞きたいと思った。また、この大会でのデモトロフの「獅子吼」の結果はどうなったのかも知りたいと思った。
 筆者のいらだちもよく分かった。
 そして、筆者の「危機的な状況」についての、共通認識をどう作るかが、難しいのだなとも思いました。文字からうけるもの、言葉からうけるもの、映像から受けるもの、それぞれ人によって「受ける強度、受ける深度、受ける切迫度」等、いわゆる理解度に差があるから、共通の意識づくりは、結構難しい。
 肉声・直伝が一番いいのだが、その場合時間的・距離的・場所的に限定的にならざるを得ない。
 「獅子吼」する人、それを同じトーンで伝える人、それを同じ周波数で受け取る人。全てをどうやってそろえるか?人の手でできるのだろうか?
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by sasakitosio | 2014-01-30 13:22 | 東京新聞を読んで | Trackback
 1月26日付朝日新聞朝刊2面に、「日曜に想う」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、特別編集委員・冨永格氏だ。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「前略。目ざすシャトウ(醸造所)の正門わき、悲しいまでに澄んだ空を背に、三色旗、五星紅旗が寒風と戯れていた。いずれも半旗である。
 ここの所有者がフランス人から中国人に代わったのはひと月前だ。売買の翌日、売主が(63)が操るヘリコプターが近くの川に落ち、買主(46)と息子(12)、通訳を含む全員がなくなった。
 とんがり屋根の館や、90ヘクタールの敷地を見下ろす趣向だったらしい。
 畑は年に30万本の高級品を産する。
 中国茶で財を成した購入者は「お茶とワインの文化結束」をうたった。投資にリスクはつきものだが、これほどの不運は想定外だろう。12年前、先代も飛行機事故で他界しており、大衆紙は「呪い」の見出しで報じた。
 ボルドーワインの最大に輸出先となった中国。生産技術を求め、あるいは成功の証しとして醸造所を買う実業家が絶えず、紅旗が翻るシャトウはすでに50を数える。40億円とされる先の商談は、中で目立っていた。」と教えてくれる。
 つづいて筆者は、「チャイナマネーの存在感は、フランス中で増している。     <中略>
 中国経済の規模は日本の倍、貿易額は米国を抜いて世界一だ。新車販売は2000万台を越す一方で、大気汚染は末期的、地価を当て込んだ借金癖が官民にはびこる。日本でいえば1960年代の高成長と公害、80年代のバブルが一気に到来したかの狂騒である。
 経済の主役を官から民へ、公共事業から消費に転じられるのか、神戸大の梶谷懐准教授は「戸籍差別のため、農村出での若者が都市で家庭を持つ将来像は描けない。個人消費が広く爆発する展開になりにくい」と語る。
 みずほ銀行(中国)主任研究員の細川美穂子さんは「輸出一筋のころに比べ国民の利害が多様化し、経済運営は難しい。体制維持を最優先に改革も成長もという綱渡りになる」とみる。
 成長の果実が、富裕層のマネーゲームや高官の懐に消えるたのでは、社会の不満は募るばかりだ。消費を担うべき中間層を厚くするにはあれこれの自由化が必要だが、一党独裁の秩序も譲れない。
 永遠のジレンマだろう。」と、指摘している。
 さらに筆者は、「もちろん、自由経済のの下でも国富の「有効利用」はままならない。
 四半世紀の昔、日本は熱狂の中にあった。ソニーが米コロンビア映画を買い、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを手に入れた89年、「アメリカの魂を奪うのか」といった批判をよそに、年末の平均株価は3万9000円台をつける。
 にわか長者たちは、海外で名画を買いあさった。高値づかみをした絵の行くへを取材した時のこと、欧米の画商に通じた人物の言葉にはっとしたものだ。
 「世界の宝は時の金満国家に集まる。勢いが衰えたら安値で買戻し、元気になればまた売りに来るだけさ」
 古き良き時代の遺産がたくさん残る欧州から眺めると、泡と消えた富や後始末で失った時を今更ながら悔やまれる。お隣の泡沫(バブル)がはじけたら、衝撃は日本の比ではない。世界経済が縮み込む悪夢である。」と、心配している。
 最後に筆者は、「個人、企業、国家を問わず、お金というもの、稼ぐことよりも使い道や残し方が難しい。それがあるうちに、将来世代をを含め、一人でも多くの国民を幸せにするのが経済政策だ。あちらは李克強首相が掲げるリコノミクス、こちらはアベノミクス。二つの国策の先にさて、幸せはあるだろうか。」と結んだ。
 読んで面白かったし、ためになった。日本のバブルを二回経験しているが、庶民の自分には、被害をこうむった記憶はない。バブルの中にあったが、バブルに踊るほど泡を食ったわけでなかったからだ。ただ、いま老後の生活に入ってみると、中国のバブルがはじけ、日本の財政危機が現実化した時に、社会は、人は、企業は、銀行は、お金は、株は、物価は、年金は、もろもろ暮らしにかかわる「存在」がどうなるのか、若かった昔より気になる。
 地理的にも時間的にも情報の伝達速度にも、地球が狭くなった現代、どのようなドラマを人類は見ることになるのか?それが、喜劇でも、悲劇でも、一時の出来事であってほしいのだが?
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by sasakitosio | 2014-01-30 09:30 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 1月30日(木)。曇り。風なし、霜・霜柱なし。人少なし。
毎朝の手賀沼散歩。柏公園6時10分。まだ暗い。南東の地平に雲の切れ間、明るい。東の空は厚い雲、その雲をこじ開けるように、雲が赤く染まる。
 草原は、枯草がジュウタンのようにふかふかしている。そんな草原を、柏下の水路沿いから機場の林まであるく。カラスの声を聞きながら、体操。 
 戸張下の水路沿いの草原をヒドリ橋まで、途中は小綬鶏ちょくちょく、カラスは戸張の山、空、鉄塔の天辺、あちこちで合唱だ。
 スイセンの群生土手、花が開いて、三本を確認。
 帰路は、ふくいくとした紅梅の香りを楽しみ、枯れたアシ原に雀のおしゃべりを聞きながら、また、水路沿いの草原を柏公園まで、ジュウタン状の草原を歩く。途中、土手の斜面に咲く、ホトケノ座がグングン赤紫の花をつけたまま伸びている。根本に小さな白い花が見える。春は間違いなく、近づいている。
 柏公園にはいり、椎の実が地面に落ちてるところ、足元に動くものあり。しゃがんでみると、ちさな蝶々だ。チジミの類のようだ。全体が土の色、羽は透明、大きさは3センチほど、この寒い季節に、よく羽化したものだと感心。携帯で写真一枚。これも、春の足音の一つか。
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by sasakitosio | 2014-01-30 07:51 | 今日の感動 | Trackback

元米同盟国連盟が拡大中

 1月26日付東京新聞社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「「LEXUS-A(レクサスーA)」という言葉に出会った。といってもトヨタ製の乗用車のことではない。
 League of EXUS AIIiesno頭文字をとったもので「元米同盟国連盟」とでも訳すか。池内恵東大准教授の造語で、英国の国際問題誌モノクルの記事の中で紹介されていた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この「連盟」に属するのはサウジアラビア、イスラエル、トルコなどで、米国が中東政策を転換してシリアのアサド政権を延命させ、イランとの核交渉で妥協したことで外交的に「はしごを外された」面々だ。
 いずれも米国が長年同盟国として扱ってきた国々だけに、オバマ政権に対する失望は強く、サウジアラビアは国連安保理事国入りを拒否するという形で米国への抗議の姿勢を示した。
 加えてイスラエルでは、ケリー米国務長官が新たな中東和平交渉の仲介役を買って出て現地で精力的に説得工作を行っているが、これまたイスラエルの神経を逆なでしているようだ。
 「ケリーの異様な執着と救世主気取りには困ったものだ。(中略)早くノーベル平和賞でももらって、イスラエルのことは忘れてほしい」
 今月14日、イスラエルの新聞イェディオット・アーロノットは、同国のモシェ・ヤアロン国防相が側近にこう漏らしたと伝えた。
 ケリー長官の和平案は、パレスチナ側にイスラエルの存在を認めさせる代わりに、イスラエルはヨルダン川西岸地区など全占領地を返還し、エルサレムの一部をパレスチナ国家の首都とするものだといわれる。
 ヤロン国防相は、そんなことをしたらイスラエルの生存にかかわることになると批判したわけだが、ホワイトハウスの報道官は「国務長官の努力に水を差すような言動は看過できない」と非難した。
 結局ヤアロン国防相が謝罪して一件落着したが、執拗にイスラエルに圧力をかけ続けているというケリー国務長官にイスラエル側はオバマ政権に対する恨みがつのっているようだ。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「米国にはしごを外された」といえば、日本も中国の防空識別圏に入る民間機の扱いをめぐって米国に裏切られるようなことになったり、最近では安倍首相の靖国参拝について「残念だ」とコメントされ、レクサス連盟の会員資格は十分あるといえる。
 米国では、オバマ政権が再選のない2期目に入りよりリベラルな政策を内外に打ち出している。アジア外交では中国封じ込める「基軸政策」に代わって「リバランス政策」が提唱されているが、これは経済問題に比重をかけて中国との関係を強化するもののようだ。」と」指摘した。
 最後に筆者は、「必然、日本は中国などとの関係では米国の後ろ盾をあまり期待できないだけでなく、場合によっては米国に利害相反する立場をとられることになるかもしれない。
 そうなってから米国に恨みつらみをぶっつけるよりも、米国一辺倒だった外交路線を改め、より柔軟な外交に活路を求める時期に来ているのではないか。」と、結んだ。
 その通りだが、日米安保を廃棄し、真に独立国家への道をあゆむ覚悟がないと、アメリカの引力圏から離脱するのは難しいのではないか。さりとて、このままいて、アメリカのタニマチニなり、アメリカのポチをし続けるのも、いかがかと思うが?
 ならば、思い切って、日本が世界蓮邦を提唱し、日本国憲法を世界へ広める運動からはじめたらどうか?
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by sasakitosio | 2014-01-29 12:00 | 東京新聞を読んで | Trackback
 1月29日(水)。快晴、空に雲無し。風あり。草の霜なし、霜柱なし。人あり。
毎朝の手賀沼散歩。柏公園5時54分。まだ暗い。鳥の声なし。
 空に、多くの星あり。北の空に、北斗七星、北極星。東南の空に金星。その右隣に三日月。
 暗いなか、柏公園、柏下の水路沿いの草原、空の星をながめながら、歩く。正面にそびえ立つ機場の鉄塔、高さ50メートルほど、モスクのミナレットのよう。電波塔らしい。高いところに、丸いアンテナが数個ついている。その鉄塔の右に三日月、左に金星が輝く。光の強さは金星が月に優る。13年歩いているが、この金星と月の接近を見れたのは初めてだ。感動感動。
 機場の林で、明け六つの鐘を戸張の山の方に聞き、アケガラス飛び交うなかで、体操。
 戸張下の草原をヒドリ橋まで、月と金星を仰ぎながら、歩く。
 この時間では、北斗七星と北極星は、消えた。
 ひどり橋近くの樋管入り口にダイサギ一羽、魚を狙う、おはよう。
 田圃側の土手に咲くスイセン、咲きかけたいちりんが見えない。
帰路、道路沿いに咲く、紅梅二本。一本は開花5輪。もう一本は、開花一輪、枝が数本蕾をつけてまま、刃物で切り取られた跡あり。
朝日を浴びながら、アケガラスの声を聞きながら歩く。沼から、鉄塔の上から、空から、戸張の山から、数えきれないカラスたちの声。
 実に、にぎやか。
 柏下の水路のT字路。いつもカワセミのいるところ。気を付けて歩くと、姿は見えない。いないのかと思って近づいたら、ポチャリと水の音。カワセミ一羽、水路壁にとまる。今回は、口に魚なし。
 出の柏公園6時54分。
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by sasakitosio | 2014-01-29 07:41 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

利根川で猛禽類

1月28日、火曜日、はれ、朝6時30分、東南の上空に金星あり。今日は朝早く守谷市役所へゆく用事があったの毎朝の手賀沼散歩は中止。車で元有料道路を往復。利根川の橋の上から、川岸上空に羽ばたきながら、空中に止まっている猛禽類を発見。
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by sasakitosio | 2014-01-28 21:40 | 今日の感動 | Trackback
 1月25日付朝日新聞社説に、「施政方針演説 明るさの裏側には?」の見出しで、安倍首相の、昨日の施政方針演説の記事に載った。今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「前略。論戦に臨む安倍首相がきのうの施政方針演説で見せたのは、表向きの明るさだった。
 「やれば、できる」。首相はこの言葉を4回繰り返した。
 次の東京五輪を、日本が生まれ変わるきっかけとする。東日本大震災の被災者の住まいを1日も早く再建する。こうした文脈の中のことだ。
 衆参のねじれを解消した首相が「やれば、できる」と意を強くするのはわからないでもない。演説を貫いたトーンだ。
 指導者が明るい未来を語ることに意味はある。だが、どうにも違和感をぬぐいきれない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「首相が力を入れている経済では「三本の矢によって、長く続いたデフレで失われた自信を取り戻しつつある」として、「景気回復の実感を、全国津々浦々にまで届けようではありませんか」と呼びかけた。
 そうあってほしい。ただ、多くの国民には、目の前に迫った消費税アップが気にかかる。
 支出をどう切り詰めるか、売り上げへの悪影響をどう防ぐか。多くの家庭や企業が頭を悩ませているのが実情だろう。
 一方増税が医療・介護や子育て支援に本当につながっていくのか。お年寄りや小さな子供がいる世帯にとって、これまた切実な問題だ。」と指摘した。
 さらに社説は、「首相は消費税対策について、5.5兆円の補正予算などの経済対策で「持続的な経済成長を確保する」という。
 その実態は公共事業の頼みのバラマキ予算だ。こんな旧態依然の金遣いで、ますます難しくなる社会保障の受益と負担のバランスをとっていけるのか。疑問は尽きない。
 首相は教育改革や女性の積極的登用を具体的に語る一方で、原発や集団的自衛権については深入りを避けた。
 例えば原発では「原子力規制委が定めた厳しい安全規制を見たさない限り、再稼働はない」とこれまでの見解をなぞっただけだ」と指摘した。
 最後に社説は、「東京都知事選の投票日までは「触らぬ神にたたりなし」という姿勢だとしたら、不誠実といわれてもしかたあるまい。
 首相が多くを語らなかったことこそ、もっとも議論されるべき課題だ。そこをごまかして、なんのための国会だろう。」と締めくくった。
 読んで、社説の主張の通りだと思った。原発や集団的自衛権、特定秘密保護法、等を国会の場で、野党の国会議員は「あぶりだし」たり、出国検査並みの「透視」したり、政府与党の「真の姿」を国民の前に「晒す」ぐらいの、攻めの質問を展開できないものか?
 ならば、国会中継は国民釘づけ間違いないが?
 
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by sasakitosio | 2014-01-28 09:48 | 朝日新聞を読んで | Trackback