憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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by sasakitosio | 2013-12-30 21:06 | 今日の出会い | Trackback

ねじれをつくろう

 12月25日東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「猪瀬東京都知事が辞職した。百条委員会が開かれないなど不満は残るけれども、ぼんやりしている暇はない。次の焦点は都知事選である。」と切りだした。
 つづけて筆者は、「候補者選びについて、後出しジャンケンが有利だとか知名度が鍵だなどと各新聞。緊張感がなさすぎでしょ。今度の都知事選は今までと違う。問われているのは、石原都政から猪瀬都政へと継承された13年半だけではない。安倍自民党を承認するかどうか、なのだ。」と指摘した。
 さらに筆者は、「昨年の衆院選と今年7月の参院選で圧勝した政権与党はもはや何でもできると思い込んでいる。
 だが、この1年の首長選を振リ返れば、さいたま市長選(5月)、横須賀市長選(6月)、静岡県知事選(同)、川崎市長選(10月)、福島市長選(11月)など、自公推薦の候補が続々と落選している。また大阪府でも、堺市長選(9月)、岸和田市長選(11月)で、維新の会系の候補者が落選した。」と指摘した。
 最後に筆者は、「そうなった原因はいろいろだろう。有権者が概して地に足をついた行政を望んでいる。石原慎太郎や橋下徹氏に代表される独裁的なやり方や、国政への批判も含まれよう。衆参の「ねじれ」が消えた今、国政の暴走を止めるには中央と地方の「ねじれ」が必要だ 
 反自公成力には魅力的な勝てる候補者を立ててほしい。善戦したけど負けたね、じゃ困るのだ。」と締めくくった。
 筆者の言う通り、国会で「ねじれ」が解消したら、自民・公明・政府のやりたい放題。これに懲りても、国会のねじれを生むには、解散総選挙か、次の参院選を待つしかない。しかし、待ちきれない。一日も早く、国政の暴走を止めたい。そのためには、降ってわいたような、都知事選は、国会議員の目を覚まさせ、国政の暴走を止める絶好のチャンスだ。それをはっきり天下に明らかにするのは、候補者の政治姿勢として「公約違反の消費増税、原発再稼働、特定秘密保護法」の是非をめいかくにさせ、候補者の応援政党や団体の政治姿勢としても「公約違反の消費税、原発再稼働、特定秘密保護法」に対する対応を明確にさせる。そのことを都知事選の三大争点にして、都民の国政に対する「理解」を深める、機会にできないか?
 自分も、上記三大争点に反対の立場、脱原発に賛成の立場を明確にした、人間的に信用できる人の、応援に駆け付けたい。
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by sasakitosio | 2013-12-27 20:42 | 東京新聞を読んで | Trackback
 12月25日付東京新聞社説に、「PKO弾薬提供 文面統制を危うくする」の見出しで、自衛隊の韓国PKO部隊への弾薬提供の記事が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「自衛隊による韓国PKO部隊への弾薬提供は国会での議論を全く経ていない。国連の要請があり、緊急性、人道性が高いとはいえ、武器輸出三原則をなし崩しにし、文民統制を危うくしかねない。」と、危惧しながらの切り出しだ。
 つづけて社説は、「政府はこれまで、国際機関から武器弾薬の供与を要請されることは想定されず物資の中に武器弾薬は含まれない。仮に国連事務総長から武器弾薬提供の要請があっても「断る」としてきた。
 武器輸出三原則の縛りがあるためだ。PKOを通じた平和構築、人道支援協力は「平和国家」日本の望ましい国際貢献の姿である。 
 しかし、これまで国会で提供しないと約束していた弾薬を、国会審議も経ず、政府が一方的に提供を決めることが許されるのか。
 専守防衛とともに、戦後日本の「国のかたち」である武器輸出三原則を骨抜きぬし、国会による文民統制(シビリアンコントロール)を形骸化するものだ。」と指摘した。
 さらに社説は、「安倍晋三首相らは、文民である首相、閣僚による国家安全保障会議(NSC)の決定こそ、文民統制と考えているのだろう。
 それは文民統制の一部をなすが全部ではない。国会によるコントロールこそが文民統制の中核だ。
 国会審議を経ず、議事録作成の義務すらない同会議を経るだけで安全保障政策を変えてしまうことは、日本の将来に禍根を残す。」とも指摘した。
 最後に社説は、「そもそも南スーダンは自衛隊派遣を継続できる治安状況なのか。弾薬1万発を提供する余裕があるなら、いったい全部で何発持ち出したのか、緊急性が高いというが弾薬提供に本当に妥当性があるのか。疑問は尽きない。
 これらは、国会で明らかにされなければならない。来年の通常国会を待たずに、速やかに閉会中審査を行うべきだ。文民統制を国会に「取り戻す」必要がある。」と締めくくった。
 国会が、特定秘密保護法の扱い以来、政府・与党にないがしろにされることが、目に余る。社説にあるように、文民統制は、国会によるコントロールでなければならない。その国会が、機能しない。その責任は、主に与党の国会議員にある。政府の監視をしない、できない国会・国会議員は、不用であり、120%無駄な存在ではないか。
 また今回の事件をみて、考えさせられたことがある。それは 海外に軍隊を派遣した場合、現場の変化する事態に、迅速に対応できるわけがない。現場の対応を事後承認するのが、通例だ。現場は、命がかかっているのだから。そもそも戦闘状態のところに、自衛隊を送ってはならないということではないか。間違ったり、盗まれた「供与した弾薬」で、自衛隊が被害を受けないことを祈りたい。
 
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by sasakitosio | 2013-12-27 20:30 | 東京新聞を読んで | Trackback

毒を食らわば

 12月24日東京新聞23面に、「本音のコラム」という、署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、ルポライター鎌田慧氏だ。 今日はこの記事にまなぶことにした。
筆者は、「原発推進派の誘致運動を、わたしは「毒を食らわば皿までも」と表現してきた。原発が隣の村にできて、同じ危険になっても、交付金支給では立地地域分と隣接分での極端な差がある。それならわが村も誘致しよう、との声を聞いてきた。福島の事故があってなお、再稼働を求める「原子力マネー汚染村」のボスたちの声、やはり「毒を食らわば皿までも」なのだ。」と、切り出した。
 つづけて筆者は、「原発の回復不能の症状とは、依存がドンドン深まることだ。ほかのことを考えるより、いまのままを願う。企業城下町の通弊とはいえ、害悪は公害などの比ではない。
 原発誘致は貧しさからの脱却のはずだったが、村議や村長など有力者たちがおこぼれに預かっただけだった。健康を犠牲にしてもお金と言うのは、依存の極端な表現で、けっして豊かさの証明ではない。」と指摘した。
 さらに筆者は、「日曜日、東京での再稼働反対集会は、秘密保護法成立のあとだけに、怒りのこもったものになった。原子力基本法に「安全保障に資する」の一句入って、たちまちにして、原発問題は軍事機密になった。わたしは集会で、「愛国」などではない、「安倍亡国内閣だ」といって、大きな運動を呼びかけた。
 フクシマの傷口に塩を塗るような原発再稼働と「戦争のできる国」への逆走は、戦後の民主化のすべてを奪うもので、許せない。」と結んだ。
 原子力マネー汚染村、原発依存症とは、よくつけたものだと感心した。原発再稼働にうごめく輩は、さしづめ、原発依存症候群の人々だ。麻薬患者と同様、薬(おカネ)を断つしか治せないのか?
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by sasakitosio | 2013-12-27 20:11 | 東京新聞を読んで | Trackback

いつの時代に戻す気か

 12月24日朝日新聞35面に、「どうする秘密法」という、署名入り囲み記事がある。登場者は、俳優・奈良岡朋子さんです。 今日は、この記事に学ぶことにした。
 奈良岡さんは、「代表を務める劇団民芸として11月に、映画人の一人として12月に特定秘密保護法への反対の意思表示をしました。今後も反対していきます。」と切り出されました。
 つづけて奈良岡さんは、「政府は国民のために特定秘密法が必要と言っていますね。でも、本当にそうならば国民が理解できるように説明すべきです。反対の声がどんどん増えて半数以上になっているわけでしょう。  それなのに有無を言わせず通すという姑息な手段をとるのは、政治家の風上ににも置けません。これでは、民主主義とは言えませんね。」と、怒りの指摘だ。
 さらに奈良岡さんは、「私は10代のほとんどは軍国主義の中で育てられました。爆撃を受けて多くの友人を亡くしました。治安維持法で特高に身柄を持っていかれ、死んだ親類がいます。病院で亡くなる直前に会った姿が忘れられません。
 特定秘密法で最初に頭をよぎったのは特高警察でした。いま、文化人の端くれにいますが、劇場でしゃべったせりふで警官が「中止」と言うようになったら、やりたい芝居もできないじゃないですか。」と、戦前の体験から、秘密保護法の怖さを、語っている。
 最後に奈良岡さんは、「戦争を放棄した9条を持つ日本国憲法をゆがめ、トータルなものとして軍事国家にむかっている気配を感じます。戦時中の生々しいことはできれば話したくなかったのです。 
 しかし、70歳を過ぎてからは、体験を語り継ごうと劇団の若い人たちに伝えています。
 「日本を取り戻す」といって、どの時代の日本を取り戻す気なのでしょうか。」と結んだ。
 本当に、自民党・公明党・政府に、何の反省もない現状は、「選挙で誕生した権力者」の異常を感じます。ここは、東京都知事選を、政府与党の「異常」を正常になおす「機会」にしたいものだ。
 私も、微力ながら、「脱原発・秘密保護法廃止」の候補者の支援をしようと思っています。上野まで30分ですから。
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by sasakitosio | 2013-12-27 20:02 | 朝日新聞を読んで | Trackback

北朝鮮の行間を読む

 12月22日付東京新聞朝刊社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。
 今日はこに記事に学ぶことにした。
 筆者は、「「閉ざされた国」の真相は、公式な発表文の行間にくみ取れることがある 。
 その意味で、北朝鮮の張成沢元国防副委員長が処刑された翌日13日に発表された朝鮮中央通信の報道は興味深い」と切り出した。
 つづけて筆者は、「まず、この報道が暴いているのは張氏がクーデターを画策していたということだ。張氏がわざと北朝鮮の経済を破綻させ、国家が崩壊直前になったら自ら総理に就任し全権を掌握するシナリオだという。またその際、人民を懐柔するために巨額の資金を不正に蓄財していたと糾弾している。
 独裁国家が、クーデター計画があったことを認めるのは珍しいことだ。その体制が必ずしも盤石でないことを内外に示す事になるからだ。
 しかしそれをあえて公表したのは、国内に相当いると考えられる同調者と海外の支援者勢力にクーデター計画が頓挫したとくぎをさす必要があったのではなかろうか。 
 では、其の海外勢力は誰だったのか。この報道には外国名が二つでてくる。
 「張成沢が米国とかいらい逆賊(韓国)一味の「戦略的忍耐政策」と「待つ戦略」に便乗して我が共和国を内部から瓦解、崩壊させ・・」というぶぶんだが、これはにしがわの制裁が北朝鮮の経済を圧迫しているのに張氏が便乗しようとしていたというだけで、背後で「米帝国主義」が操っていたなどと言っていない。
 その一方で、国名を挙げずに張氏の海外の勢力とのつながりを非難している部分が三か所あった。
 「張成沢は石炭をはじめ貴重な地下資源をむやみに売り払うようにして・・」
 「羅先経済貿易地帯の土地を50年期限で外国に売ってしまう売国行為」
 「外部世界に「改革派」に認識された自分の醜悪なざまを利用して短期間に「新政権」が外国の「認定」をうけられるだろうと愚かに妄想した」
 北朝鮮の石炭や鉄鉱石を買っていたのは中国である。また、羅先特別市の港湾地帯は中国とロシアに期限付きで使用権を付与している。さらに、中国では張氏は「朝鮮の鄧小平」と呼ばれ、「改革派」として知られていた。
 ということは、クーデターの背後に中国の影があることをこの報道は示しているのだろうか。」と推測して見せた。
 最後に筆者は、「中国が北朝鮮の権力の世襲や、核ミサイル問題で暴走するのを苦々しく思っていたのは確かだ。そこで、北京の意向に沿った指導者が登場するよう仕向けたとしても不思議はない。
 そうした見方はうがち過ぎているとしても、このクーデター計画の発覚で極東情勢が流動化するように見えてならない。」と結んだ。
 筆者が、うがち過ぎているとしても、と、言うが、結構リアルなうがち方のような気がする。独裁国家特有の「まるっきりのでっち上げクーデター」ではないかと思ったが、その後の散見する「張氏の周辺にいた人の消息情報」を、見聞きする限り、まるきりのでっち上げではなさそうな気がしていた。案外、筆者の読みは真実かもしれない?
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by sasakitosio | 2013-12-27 19:53 | 東京新聞を読んで | Trackback

他者の視線考える国に

 12月22日東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という、署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、立教大学大学院教授・哲学者・内山節氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした
 筆者は、今年一年を振り返ってみるとだんだん世界は余裕を失ってきたと感じている。それは政治や経済などのさまざまな分野でいえるけれども、そう感じさせる一番の理由は、それぞれの国が為政者のやりたいことをしているだけで、その政策や方針が外国からどうゆうふうに見られているのかを考える力がなくなっている、というところにある。」と切り出した。
つづけて、筆者は、「特定秘密保護法の可決は、その代表的な出来事であった。いま日本がこのような法律を制定することが、外国から見るとどう感じられるのかという視点が、政府に全く欠けていた。ヨーロッパのマスコミの論調をみても、なぜこんな時代錯誤の法を日本は通すのかというものが多かった。世界は情報公開の方向に向かっているのである。そのとき日本だけが歴史を逆転させるような法律をつくろうとしている。不思議な国、変な国という印象を与えたことは確かだ。
 中国や韓国から見れば、日本は再び危険な国になろうとしているというだろう。もちろん、外国からの視線がつねに正しいとは限らないが、自分たちが外国からどう見られているのかを考えない政治は、少なくとも大国の政治ではない。それでは尊重される国には絶対ならないだろう。
 同じことが中国などにもいえる。自分たちの政策が外国からどう受け止められているのかが全く配慮されていない。自分たちのやりたいことをしているだけの政治は、周辺諸国を警戒させるだけである。
 環太平洋連携協定(TPP)をめぐる米国の態度も同じだ。米国の利益をごり押しするだけの交渉では、米国の地位を低下させるということを考える余裕が、この国にもなくなっているのだろう。」と指摘した。
 さらに筆者は、「他者の視線を意識することで他者への理解を生み、他者との連携や協力関係の創造にもつながることを、私たちは忘れてはならないだろう。このような視点から見れば、現在の日本の政治は劣化した政治だというしかない。
 日本を大切にしたいなら、尊重される国を作らなければならないはずなのに、逆に警戒される国をつくりだしてしまっている。中国の政治と同じレベルのことをしてしまっているのである。特定秘密保護法は、その意味でも国を劣化させる法律である。」と指摘した。
 最後に筆者は、「能の大成者である世阿弥は「離見の見」という言葉を大事にしていた。能役者が舞台に立ったとき、観客の視線で自分を見ながら舞わなければいけない、という意味の言葉である。
 私たちに大事なのはこのことだ。私たちは自然からどのように見られているのか、自分たちの行動は立場の違う人にはどう映っていつのか、日本という国は外国からどうみえのか、そういうことを考えながら行動できることが、環境問題でも、温かい社会をつくるときにも、尊重される国をつくるためにも必要なのである。」と結んでいる。
 よんで、大いに勉強になった。
 最近自分は地球の「いそうろう」だと気づいた。地球の恩恵を受けっぱなしで、生きている。地球のためになることは、何もしていないのではないか。と気づいた。生きるも、死ぬも、地球に意思があるならば、地球の意思のままではないか。むかし、親におてんとうさまが見てるから、悪いことをしても、必ずばれるから、正しいことをしなさい、と言われた。それ以来、「自分の良心、内なる心」に恥じないよう心がげてきた。それでも、特別のことは何も起きていませんが。
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by sasakitosio | 2013-12-27 17:01 | 東京新聞を読んで | Trackback
 12月22日付東京新聞社説に、「中国の夢の行方は 週のはじめに考える」という大見出し、「病理は氷山の一角、「国進民退」ではなく、信の大国の進む道」の小見出しで、中国のことが記事に載った。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「習近平体制が発足して一年になる11月中旬、上海を訪れました。世界第二の経済大国となった中国の発展を象徴する大都市です。
 重機がうなりをあげるマンション建設現場わきの大通りで、営業マンから分譲マンションのチラシを手渡されました。
 「5百50万元、7百九〇万元・・・」人民元で書かれた金額を日本円に換算して驚きました。およそ九千三百五十万、一億三千四百万円となります。まさにバブルの真っ盛りです。<中略>
 都市部の格差について、北京大学が今年夏に公表した調査結果は、衝撃的でした。最富裕層(上位5%)と最貧層(下位5%)の世帯年収の差は、240倍にも。都市と農村の格差も深刻です。上海に見たのは、中国が抱える深刻な病理のまさに氷山の一角にしかすぎないのです。」と切り出した。
 つづけて社説は、「改革解放政策と市場経済化が複雑に絡み合って生み出された格差の解消こそ、船出して一年の習政権の最大の課題だといえます。
 習主席は就任直後の全国人民代表大会(全人代)で、「中国の夢」を実現すると訴えました。そして「中国の夢とは、人民の幸福を実現することだ」と強調した。<中略>
 国家の富強を前面に打ち出すことで、臨界点に達している汚職腐敗や格差や国内矛盾から目をそらそうとしているのなら、つくろいにとどまるでしょう。<中略>
 ですが、記者や編集者の資格制度を厳しくするなど、言論や思想の引き締めを強めていることには内外の懸念があります。
 最も心配なのは、国有企業改革などで既得権益層に十分切り込めなかったことです。民が切望しているのは、党や国家の威信を借りて私腹を肥やすような、社会的な不公平の解消なのです。
 大国のかじ取りを任された習指導部には、ここに手をつけずに「人民の幸福という中国の夢」の実現は難しいということを胸に刻んでほしいと思います。」と、希望している。
 さらに社説は、「一方的な防空識別圏の設定は平和的な領土問題の解決を訴える中国の姿勢と食い違っています。欧米メディアは「極めて挑発的」「無責任ゲーム」と、厳しく批判しています。
 国内求心力を高める狙いがあるのかもしれませんが、指導者が「戦争に勝てる人民の軍の建設」などと、威勢のよい言葉で過度に民族意識をあおるのは危険なことです。」と指摘した。
 最後に社説は、「経済が大きくなっただけでは十分ではありません。真の大国にふさわしいふるまいとは、万が一にも一触即発の危険な事態が起こらぬよう、平和的な台頭を目指す道のほかはありえないのです。」と締めくくった。
 30年程前の夏、柏市と承徳市が姉妹都市になったことを機会に、7歳から70歳の年齢構成の20人の団体で、承徳市を訪問した。
 その時に、市の偉いひとから「日本は中国に攻めてこないか?」と真顔で聞かれたことに驚いた。経済大国になった日本が、軍事大国になることを心配していたのだろう。彼らに「日本国憲法の平和条項」を説明してやればよかったと、今にして思う。
 日本は、軍事国家が破綻し、軍隊の信用が亡くなって、戦後68年を過ごしてきている。しかし、中国は解放軍が健在だ。いわゆる軍事国家である。そこに、共産党一党独裁の政治があり、戦後の世界平和の中で、資本主義経済を導入し、外資の参入によって急激に「経済発展」を遂げることができただけではないか?軍事国家・独裁国家の本質は変わっていないのではないか?それが、民主的な国家に代わるのを、じっくり待つしかないのかもしれない。中国の民衆の力を信じて。
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by sasakitosio | 2013-12-27 10:22 | 東京新聞を読んで | Trackback
 12月27日(金)。小雨。風なし、人あり。
 今年最後の手賀沼散歩。明日からは、恒例の外国一人旅。成田から午前フライト、帰りは1月5日早朝。
 自分が勝手に決めた、世界4大聖人「ソクラテス、孔子、釈迦、キリスト」ゆかりの地を歩き回り、古に思いをはせる。団体でのたびも、共通の思い出は、帰国後語れるので、それも楽しい。が、一人旅は、気ままに、じっくり、目標を持って、体力にあわせて、等等、それはそれでいい思い出になる。1年かけて、各種文献を買い集め、読破できないままだが、想定できる事態に備えて、日本で最大限の準備をして出かける。それでも、いつもハプニングはある。自分にかかる迷惑は、面白いと思って、臨機応変に対応する。今回の、滞在先は、インド・ブッタガヤ。おしゃか様の悟りの聖地。
 小雨の中、草原を、柏下から、機場、戸張下、ひどり橋まで歩く。ひとほとんどなし。ヒドリ橋の樋管の入り口、アオサギ一羽、コガモ数羽、食餌中。
 帰路、ひどり橋の上から、沼をみれば、ハクチョウ3羽。周囲の枯れた葦原からは、スズメの楽しそうなおしゃべりがうるさいほどに聞こえる。スズメ達は一体何が楽しいのだろう?言葉がわかるといいのだが。
 柏公園近くの緑道を、小雨の中、走るのは「酒井根中の男女」。
 
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by sasakitosio | 2013-12-27 07:53 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
 12月20日付朝日新聞朝刊17面に、オピニオン「今こそ政治を話そう 秘密法とどう向き合う」という記事がある。登場人物は、質問する「高橋純子氏」と、回答する「長谷部恭男東大教授だ」。
 この記事に学ぶこと、4回目だ。
――「それこそ常識的に考えれば、「沖縄密約」を否定し続けた政府を信用しろと言っても無理な話です。」と、怒りを込めた、高橋純子氏の質問。
 「そうでしょうか。専門的な知見がない人に、特定秘密として指定すべきか否かの判断はできません。しかし、高い第三者性を求めれば求めるほど、専門性の低い人を呼んでこなければならない、そんな組織を作ってもあまり意味がないと思います。
 発想を転換して、情報を手元に持っている人がそれを出しやすくする仕組みを作る。そのことに力を注いだ方がいいのではないですか。」と、長谷部教授は回答。
 この回答には、高橋純子氏も、想定外の回答に「唖然」としたはずだ。なにせ、「沖縄密約の違法秘密を否定し続けた政府の信用性」の有無、「独立性と中立性の高い第三者機関を設けてチェック」させることの是非、など、肝心な質問に全く答えないで、別の回答をしているのですから。東大の教授と言うのは、格も「不遜」な人たちなのだろうか?それとも、これは長谷部教授の個性なのか?
 ――「どういうことでしょうか。」との高橋氏の質問。
 「アメリカでは、諜報機関に勤める人が退職後に回想録を書くのはごく普通のことで、事前審査を経れば出版できる仕組みが整っています。<中略>
 著者はFBIに原稿を提出して事前審査をパスし、CIAから「不条理な削除」を求められた部分は黒塗りにして出版しましたが、CIAの要求は政府の保秘指定のガイドラインを逸脱しているので、法的手段に訴えるとしています。」と、長谷部教授は回答。
 「日本もそのような審査をパスすれば出版できる仕組みを作ればいいのです。<中略>
 それ(映倫)にならって、メディア各社で組織を作り、出していい情報かどうか政府と協議するルートを持つ。審査を経て世に出たものの中に特定秘密が含まれていたとしても、審査を通ったことが故意の漏洩ではないことを担保するので、罰せられる可能性もなくなります。」とも、長谷部教授は回答。
 「特定秘密法ができたことで、秘密を知りたいという人々の欲求が高まり、市場ができる。そこを狙って回想録を出そうとする人や、内部情報を入手して報じようとするメディアや記者が増える。政府に情報を出せ出せと要求するよりも、彼らがすでに持っている情報を外に出せるルートを作った方がはるかに実際的です。政府が「黒塗りにしろ」と不当要求してきたら、法的手段に訴えればいい、特定秘密法には抵触してないと。手元に情報を持っているからこそ、勝負できるのです。」とも、回答。
 <回答をよんで、数々の疑問が湧いてきた。高橋純子氏にも、かんがえていただけたら、うれしい。
 まず、「専門的知見がない人に、特定秘密として指定すべきか否かの判断はできません」との決めつけは如何なものか?
 まず、役人以外に専門的知見を持った人は、いくらでもいるのではないか。さらに、役人から説明をうければ、「専門的知見」なるものを理解できる人は、いくらでもいるのではないか?
 さらに、「専門的知見を持った役人」そのものの、社会的・人間的判断に決定的に疑問を抱かせたのは、「沖縄機密」です。
 長谷部教授のいわれる「専門的知見をもった役人」そのものの信頼性が問われていることを、長谷部教授はなぜ正面から、とらえようとしないのだろうか?為政者の視点から、為政者(役人)はいつも正しい判断をすると決めつけているのではないか。長谷部教授は、役人が私益・省益から、無縁だと思っておられのかもしれない。
 「発想を転換して、情報を手元に持っている人がそれを外に出しやすくする仕組みを作る、そのことに力を注いだ方がいいのではないですか」との回答。
 ここでも、疑問が湧いてきた。まず、公務員のもつ情報は、全て国民のものである。その情報に近づこうとする「人」を、罰則で脅かすのが、「特定秘密保護法」だ。逮捕・監禁・懲役を承知で、何処の国民の誰が、「情報を手元から出しやすくなる仕組み」に、のってくるのだろうか?罰則をなくすることが、一番情報が出やすい環境づくりなのではないか?
 「アメリカでは、諜報機関に勤めている人が退職後に回想録を書くのはごく普通のことで、事前審査を通れば出版できる仕組みが整っています。」との回答。
 ここでも、疑問が湧いてきた。事前審査を経て、出された回想録は、それはすべて「本営お墨付き」・「大本営用達」の回想録で、為政者の「宣伝」ではないのか。事前審査つき、では秘密でも何でもないのではないか? 事前審査付きでは、少なくとも、「沖縄秘密」のように「違法秘密」は永久に国民の目に触れなくなるのではないか?これでは、いかんのではないか?
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by sasakitosio | 2013-12-26 21:01 | 朝日新聞を読んで | Trackback