憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

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 10月26日付東京新聞社説に、「競争力強化法案 これが成長戦略の要か」の見出しで、「第三の矢」についての記事が載った。
 今日はこの社説で勉強することにした。
 社説は、「政府が国会に提出した産業競争力強化法案は成長戦略の切り札との触れ込みに反し、失望感漂う内容だ。肝心の賃上げに結びつくような具体策は乏しく、アベノミクスの失速懸念が強まらないか」と懸念の切り出しだ。
 つづけて社説は、「法案の柱は、企業の重荷になっている供給過剰体制や過当競争をなくす「産業の新陳代謝」を促すことと、やる気のある企業に対して企業単位で規制を緩和する新たな制度を設けることである。しかし、問題なのは、ビジネス経験もなく企業経営について素人の官僚が、産業再編といった企業の命運を左右する分野に口出しする仕組みになっていることだ。」と指摘した。
 さらに、エルピーダメモリの件等の例を示しながら、社説は「失敗しても責任を負わない官が個別の経営に関与すべきでない。」と提言している。
 最後に社説は、「安倍首相はアベノミクスが正念場にあると危機感を持つべきだ。来年四月からの消費増税が決まり、物価上昇の動きは一段と加速しよう。賃金が上がらなければ国民生活は苦しくなるばかりである。――中略――地方の景気は相変わらず厳しく、デフレからの脱却は道半ばである。消費増税前の駆け込み需要や五兆円規模の経済対策頼みでは危うい。官僚任せ、官僚のやりたい放題のような成長戦略は早急に練り直すべきである。」と批判的に結んでいる。
 社説に共感する。しかし、福島第一原発の事故を目の前にし、いまだ終息しないのに、再稼働を画策している「政党」。それを支えながら「既得省益」を守ることに専念の「官僚」。二つが合わさったのが「政府」ですから、その政府に「成長戦略の練り直し」を期待しても、それは「無いものねだり」ではないか。
 
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by sasakitosio | 2013-10-31 14:12 | 東京新聞を読んで | Trackback
10月25日付東京新聞26面・27面に、「こちら特報部」という記事がある。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
「脱原発もテロ!?「迷文学」見過ごせぬの」の縦大見出し。
「霞が関文学」の危険性」。
 秘密保護法案 「又は」「その他」「関する」で・・処罰対象無制限に。
 消費税増税分 「成長戦略、事前防災など」で・・・公共事業へ流用可能に。
 震災復興予算 「活力ある日本の再生」で・・・被災地外の便乗多発。
等等の見出しを並べてみた。見出しだけ読んでも、記事の指摘がよく分かる。
 記事は、「微妙な表現一つで法律などを骨抜きにする官僚の手練手管は「霞が関文学」と揶揄される。きょう25日に閣議決定される特定秘密保護法案でも、その道の「達人」が腕を振るっていた。脱原発デモもテロリズムと解釈することが可能な一文を滑り込ませたのだ。「迷文学」の真意を見抜き、廃案に追い込まなければならない。」と切り出した。
 つづけて記事は、「「霞が関文学」という言葉がメディアで取り上げられるようになるのは、バブル崩壊後の1990年代初頭以降のことである。もっぱら皮肉られたのは、政府の景気判断を示す旧経済企画庁の「月例経済報告」だった。各省庁の利害関係が複雑に絡むことから、「景気は緩やかに減速しながら引き続き拡大」といった難解な言い回しが多用された。
 ほどなく、法案や公文書、政治家の答弁まで幅広くやり玉に挙がるようになる。「てにをは」や句読点を操ったり、但し書きを加えたりして趣旨を捻じ曲げる手法が横行したのだ。」と指摘した。
 さらに記事は、「最近の例を挙げると、消費増税が決まった昨年の「社会保障と税の一体改革関連法」では、「成長戦略、事前防災、減災などに資金を重点配分する」との付則を根拠に、増税分を公共事業に「流用」する余地を残した。
 東日本大震災の復興予算が被災地以外で流用された問題も、同じ構図で起きた。本来は被災地復興が目的のはずの復興基本法(2011年6月施行)に「活力ある日本の再生を図る」との文言が盛り込まれ、支援の対象が全国に拡大。同法に基づいて策定された復興基本方針では、「全国的に緊急に実施する必要性が高い防災、減災などの施策を実施する」との項目が「被災地以外でもさまざまな用途に予算が使えることになり、各省庁の便乗を許す根拠になってしまった」(五十嵐教授)。」と教えてくれる。
 最後に記事は、「安富歩・東大東洋文化研究所教授は、霞が関文学について「無意味で空疎な言葉の羅列でしかないのは、各省庁や政治家などの立場に折り合いをつける妥協の産物だからだ。そこには、国民に何かを伝えようという配慮がない」と切り捨てる。
 そして秘密保護法案こそが「霞が関文学の集大成」とみる。「たとえ意味のある言葉を発する人がいたとしても、秘密保護法案が成立してしまえば逮捕されてしまう。保護法は「暴走していく日本」というパズルを完成させる最後のピースだ。絶対に成立させてはならない」」と締めくくった。
 大変勉強になった。そして、絶対成立させてはならないと確信した。そこで、自分に何ができるかだ。駅頭宣伝や、知人・友人・女房・子供・孫、等近くの人に訴えることはできる。ささやかだが、出来るところから始めることにする。
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by sasakitosio | 2013-10-31 07:42 | 東京新聞を読んで | Trackback
 10月31日(木)。晴れ。川面にもやあり。風なし。草の露多し。人少なし。
 入りの柏公園ヒヨドリの声。、大堀河口の水面にもやがほわーと。柏下の水路沿い、草原を歩く。コサギ一羽、しばらくぶりにカワセミ一羽、瑠璃色の背を見せて、飛び立つ。
 機場の林で、体操。真っ赤な大きな太陽、裸眼で見える「赤」。手を挙げ背伸びしてみる青空。眉をさっと引いたような、細い可憐な白い月。
 戸張下の、水路沿い、草原を歩く。草に結ぶ玉の露、向こう朝日にきらきらと光る。今日は、行きの方が、キラキラが多かった。
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by sasakitosio | 2013-10-31 07:29 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
 10月26日付朝日新聞社説に「特定秘密保護 この法案に反対する」との見出しで、特定秘密保護法案の記事が載った。
 今日はこの社説に、学ぶことにした。
 社説は、「法案は、行政府による情報の独占を許し、国民の知る権利や取材、報道の自由を大きく制約する内容だ。この影響は、市民社会にも広く及ぶ。
 政権は、今の国会での成立をめざしている。だが、与党が数の力を頼みに、問題だらけの法案を成立させることに強く反対する。」と切り出した。
 続いて社説は、「今回の法案で示された秘密保護のやり方は、漏洩を防ぐという目的を大きく踏み外し、民主主義の根幹を揺るがすおそれがある。」としている。
さらに社説は、「要するに、情報を握る役所がいくらでも特定秘密を指定でき、何を指定したか国民に知らせないまま、半永久的に秘密を保持することができるのだ。
 情報から遠ざけられるのは、行政を監視すべき国会議員も例外ではない。議員が特定秘密の提供を求めても、審議の場を「秘密会」とし、内容を知りうる者の範囲も制限される。疑問を感じても、同僚議員に訴えたり、秘書らに調査を命じたりすれば処罰されかねない。
 政府は、特定秘密も情報公開請求の対象になるという。ただ、何が指定されているかわからなくては、公開請求すること自体が難しい。--中略――
 「知る権利」を無理やり条文に入れ込んだものの、単なる努力規定で、実効性はない。「不当な取材方法」とは何かもはっきりしない。
 特定秘密を扱う公務員や防衛関連企業の社員らは、適性があるかどうか個人情報をチェックされる。特定秘密を洩らせば最長で懲役10年が科せられる。故意でなくても罰せられる。
 不正に特定機密を得たり、漏らすことをそそのかしたりした者も、報道機関の記者に限らず罪に問われる。
 社会全体に及ぼす威嚇効果は極めて大きい。普通の情報の開示でも、公務員が委縮してしまう恐れが強い。」と危惧している。
最後に社説は、「政府がもつ情報は、本来は国民のものだ。十分とは言えない公開制度を改めることが先決だ。そこに目をつぶったまま、秘密保護法制だけ進めることは許されない。」と結んでいる。
 よんで、大変勉強になった。新聞に掲載された法案全文の活字の多さの前に、一応ざっと読んでみたが、社説は「法案」を理解する助けになった。。
 社説を読んで、考えた。
 社説を読む限り、本当にひどい法案だ。国民の基本的人権を制限し、構成要件があいまいなまま刑罰だけはっきり。これを、無責任か、諦めか、原因は問わず、この法案を通す国会議員は、ファシズムという悪魔に魂を売ったと同じではないか。歌を忘れたカナリヤのメディアもあるが、まだ日本には、将来の危険を知らせる「新聞」もある。このともしびさえ、危うくする「特定秘密保護法案」、世論で、廃案にできないものか。「メールやばいぜ、秘密法」、「週刊誌読めなくなるぜ、秘密法」
 かっての、日本社会党と総評の時代が、被支配者の国民にとってよき時代であったのか。
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by sasakitosio | 2013-10-30 17:14 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 10月30日(木)。曇り。風あたたか。草の露あり。人少なし。
 入りの柏公園、ほんの一声、虫の音。林の中は、ヒヨドリの声、騒がし。彼岸花の葉を見ようと、桜の林を抜け、アベリアの茂みを横切ると、ちいさな動くものあり、珍しい動物かとよく見ると灰色の子猫。そばにシマの子猫。鋭い目でにらみつけている親猫。
 大堀川河口は、ハクチョウ一羽。シラサギの姿が見えない。
 柏下の水路沿いを歩き、機場の林へ。樹のテッペンでモズがピーピーと小さな声で鳴く。手を振って挨拶。
 機場の林で、ヒヨドリの声を聴きながら、体操。
 戸張下の水路沿いを歩く。ヒドリ橋近くの休耕田に、葦とセイタカアワダチソウの藪がある、中から虫の声が聞こえてきた。田んぼにシラサギ一羽もなし。20羽以上いたシラサギはどこへ行ったのやら。
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by sasakitosio | 2013-10-30 07:32 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

銀行の犯罪

 10月24日付東京新聞25面に、「本音のコラム」という、署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大学教授竹田茂夫氏だ。
 筆者は、「米国では、リーマンショックを切り抜けたJPモルガンが複数の規制当局の追及で満身創痍だ。
 住宅担保証券をめぐる詐欺的な投資家勧誘、相場操縦的なデリバティブ取引、エネルギー市場での価格操作、中国の太子党の縁故採用(贈賄に近い)等等。同行は一兆三千億円ほどの和解金を当局に支払う羽目になったが、刑事責任の追及は今後も続くという。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「銀行は決済や金融仲介という不可欠な機能を担う一方で、日本でも米国でも仲介どころかバブル発生の張本人とみなされたり、権柄ずくの姿勢や影の部分が付きまとう。貸し渋りや無体な取り立てなど、怨嗟の声は絶えない。原発事故の貸し手責任論に業界はけんもほろろだった。米国では貪欲がウオール街の枕ことばだ。なぜか。金や信用供与は市場経済のの権力作用そのものであり、特に大銀行には顧客との間の交渉格差や情報格差を悪用するインセンティブが常に生まれるからだ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「金融はいかがわしいという直観にはそれなりの理由がある。金融は薄皮一枚で瞞着や打算や貪欲と隔てられている。だからこそ、信用の醸成が不可欠なのだ。」と結んでいる。
 いつもながらの、説得力。感心しました。
知り合いで、一生分稼いだといった「建設会社の社長」、金融機関に株を進められ、結果はビル三棟処分しても、間に合わなかった例がある。自分は、バブルのおかげで、預金趣味がないのに「銀行」が金を貸してくれ、自前の事務所がもてた。「預金趣味」の無い人間には、銀行は必ずしも「瞞着、打算、貪欲」には見えないのだが。
 
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by sasakitosio | 2013-10-30 07:14 | 東京新聞を読んで | Trackback
 10月29日(火)。晴れ。寒し。風少しあり、草に結ぶ露あり。人少なし。
 柏公園、ヒヨドリの声しきり。テントが撤去され、いつもの公園になった。
 柏下の水路沿いを歩く。水路に、1メートルはあろうか、コイ泳ぐ。気づいたか、猛スピードで逃げた。
 機場の林も、ヒヨドリの声。聞きながら、体操。
 戸張下の水路沿いを歩く。寒さのせいか、水路壁に沿って泳ぎ逃げる「小魚」見えず。
 先の大雨で、水路壁の隙間に生えた「ユキヤナギ」に、泥だらけのまま「白い小さな花」がついていた。
 ヒドリ橋からの帰路、緑道を、セキスイの乙女10人、後ろに自転車でコーチ3人、朝日を浴びて、寒い風の中を、気合も熱く、走って過ぎた。
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by sasakitosio | 2013-10-29 07:49 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
1 0月24日付朝日新聞社説で、「一票の格差 是正につながる判断を」の見出しで、一票の格差をめぐる最高裁の判決についての記事が載った。今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「ある人の投票価値が、別の選挙区の人の5分の2だった。
そんな不平等が生まれたのが昨年末の衆院選だ。国民の意思がゆがんだ形で国会に反映される異様な状態が続いている。
 その一票の格差をめぐり、最高裁がきのう弁論を開いた。来月にも判決が出る見通しだ。すでに、出た16件の高裁判決の多くは、憲法が求める投票価値の平等に照らして違憲だと判断し、選挙の無効を命じた判決もある。」と指摘した。
 続いて社説は、「司法は違憲審査に慎重に臨んできた。国民の代表である国会を尊重するがゆえだ。今回はそもそも国会に民意がきちんと反映されてない疑いがもたれ国会と国民の利益に対立がある。司法が踏み込んで厳しく審査するしかない。」と最高裁判決に期待を示している。
 さらに社説は、「最高裁は中選挙区制時代の76年と85年、衆院選の一票の格差に違憲判決を出した。いずれも選挙を無効とすることに伴う混乱を避け、無効までは宣言しない「事情判決」だった。
 議員の多くは、たとえ自分が選ばれた選挙の正当性が否定されても、議員の身分は奪われることはないとたかをくくっているかもしれない。しかし、85年の補足意見で、一定の期間後に選挙を無効にする可能性にも言及した。」と厳しい判決を期待している。
 最後に社説は、「違憲とされても立法府が動かないのでは、違憲審査の存在意義はなくなってしまう。」と結んでいる。
 85年の最高裁の判決の時、最高裁は「憲法の番人」ではなく、権力の番犬に成り下がった。三権分立は、ここに死んだ、と思った。
 最近、高裁の中で、違憲無効の判決を出したところがあった。このとき、違憲無効の判決を出した「高裁」が、「憲法の番人」になった。その高裁こそ、精神的・文化的・意識的に最高裁判所だ、と思った。
 社説によれば、来月にも最高裁の判決が出るとのことであるが、最高裁の「衆智・叡智」がいかがなものか?ぜひとも、国民を感動で、うならせる判決が出されることを期待したい。
 
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by sasakitosio | 2013-10-29 07:31 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 10月28日(月)。晴れ。風なし。草の露あり。人少なし。
 柏公園、昨日の祭りの後、カラフルなテント、芝生は人の足跡・タイヤの跡でぐじゃぐじゃ。土曜日の雨で芝生のコンデションは良くなかったらしい。
 柏下の水路沿いを歩く。寒い、水は澄んでいる。水面に白いものが、よく見れば、月。見上げれば、中天に半月。嵐にも鳴き続ける「コオロギ」も、寒さには参っているのか、声なし。
 機場の林で、体操。
 戸張下の水路沿いを歩く。緑道を後ろ向きに歩く人、二人あり。視線の先に、真っ赤な太陽が、頭を見せ始めていた。今日の初日の出。時は6時。戸張のお寺らから、明け六つの鐘。久しぶりの鐘の音。ヒドリ橋近くの、紅白の鉄塔に、モズの鋭い声あり。そらには、鳴きながらサギが3羽ゆうゆうと南へ。
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by sasakitosio | 2013-10-28 07:25 | 手賀沼を楽しむ | Trackback
 10月23日付朝日新聞社説に、「国家安保戦略 「軍事解禁」の危うさ」の見出しで、安倍政権がまとめた国家安全保障戦略(NSS)の原案についての記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社悦は、「国の安全保障を考えるとき、防衛だけを突出させず、外交や経済を含む総合的な戦略を描くことに意味がある。だが、原案が示すのは、日本が軍事分野に積極的に踏み出していく方向性だ。外交努力への言及は乏しい。
 日本が抑制的に対応してきた軍事のしばりを解く。ここに主眼があるのは疑いない。原案には盛り込まれなかったが、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認も視野に入っているのだろう。それが首相の言う「積極的平和主義」だとすれば、危うい道と言わざるをえない。」」と疑念を隠さない。
 つづけて社説は、「紛争から距離をとり、非軍事的な手段で平和構築をはかってきた戦後日本の歩みとは根本的に異なるものだ。
 ---中略――――
 一方で、原案には武器輸出三原則の見直しの必要性が明記された。防衛産業の強い要請を受け、武器輸出の拡大をはかる。ここでも軍事のしばりを解く意図があらわになっている。輸出後の目的外使用や第三国移転に事前同意を義務付けるといった「厳格な管理」の規定は、防衛産業に不評だ。しかし、これを見直せば、三原則の空文化は一層進むだろう。
 武器輸出に歯止めがなくなれば、日本製の武器が紛争を助長する懸念がぬぐえない。国際環境が変わっても武器は残り、日本の意図に反して使われる恐れさえある。」と教えてくれた。
 最後に社説は、「政権は今国会で、日本版NSCと呼ばれる国家安全保障会議をつくる法案の成立をはかる。首相のもとに情報を一元化し、外交・安保政策の司令塔とする試みである。本来ならNSCで国際情勢を緻密に分析し、時間をかけて安保戦略を練るのが筋だろう。、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 平和国家の基本理念をなし崩しに覆すようなことがあってはならない。」と結んでいる。
 読んで、現状を知るのに、大変勉強になった。そして、いくつかの疑問が残った。
 まず、政権は、なぜ、今、日本の「軍事解禁」をしようとしているのか?その原因はなんなのか?
 次に、政権は、日本の「軍事解禁」をして、世界・アジアで、日本国民の安全は、今よりも高まると思っているのか?
 また、政権は、独自の軍事力で、米から独立し、中国と対抗しようと思っているのだろうか?
 それとも、「軍事解禁」の本当の狙いは、日本の防衛産業の助成・育成か?
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by sasakitosio | 2013-10-28 06:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback